こんにちは、根本齒科室の根本です。
もう民主主義はこりごりwwwです。
何を書こうか迷っていましたが、昨晩、久しぶりにリアルな感触の『夢』を見ました。
それはなんと、急 に 結 婚 さ せ ら れ る 夢です。
なぜだか知りませんが、突然、戦国時代の政略結婚の様に、何時何分にどこそこへ行け
と親族から連絡があり、急に電車を乗り継ぎ、○○ホテル(忘れた)に行きました。
「こんなの民主主義的じゃないっ!」とか、少し思いましたが、まあ夢にありがちな
(まあ、こんなもんか・・・)的な理不尽総スルー状態で、○○に出向きました。
式の前に着替えることになり、靴下を忘れてパニクったところで目が覚めました。
目が覚める直前に、隣の部屋にいた相手の方が、横からしか見えませんでしたが
ほんの一瞬、チラッと見えました。
少し小柄で、地味目、悪くはありませんでした。点数(自分を棚に上げて)は68点。。
(まあ、こんなもんか・・・)的な()、そんな某独裁国じゃあるまいし、などという
現実的思考は、こんなときは出てこないもんですね。
起きたら、まだ朝の5時半でした。
変な夢や怖い夢を見ると、早く起きたりしてしまって、落ち着かないものです。
あわててネットで「夢判断」で検索して、よく見るページその他で確認しました。
◆見知らぬ人と結婚する…利益を得られる。社会的責任を負うべきかどうか迷っている。
それは、今年から消費税納税事業者になったのに納税原資に困って途方にくれていた
昨日の昼休みのことが影響したのか???
・・・などと意味不明な供述を繰り返しており、引き続き厳しく追及していく方針です
話を歯に戻します。
私も歯の夢はときどきみます。
しかし不思議なことに、自分が治療している夢は、見ないものですね。
自分でインプラントをたくさん打っている夢など、結構見てもいいはずなのに。
見るのは、不明な歯科疾患に陥って、一生懸命自分で診断して悩んでいる夢ばかりです。
たいていは、ある歯が急にグラグラになり、(ヤバイ、抜けそうだ、どうしよう)
と思っていると目が覚めるというものです。
どうも、調べるとストレスのような感じです。
その他、下記にいくつかのサイトで歯に関する夢判断を抜粋してみましたので、
ご参考までに、どうぞ。
◆~未弐の夢事典⇒Click
◇~夢ココロ占い⇒Click
☆~眠り男の夢占い⇒Click
【総説】
◆歯…言葉。理解力。生命力。意図。討論。成熟。老化。攻撃性。行動力。物質的運気。所有物。家族。肉親。
◇歯…今ある環境や精神状態、体調などを示します。ストレスや不安を抱えていたり、怒りなどの攻撃的な思い、強い対抗心など精神状態が反映されます。体調のトラブルを知らせるサインの場合もあるので体調管理にも気を配りましょう。夢の中での出来事や背景を重視して解釈することが大切です。また、歯を食いしばるように辛抱しなさい、じっくり吟味して考えなさいという忠告の意味合いをもつ場合もあるでしょう。しかし歯ぎしりや虫歯など歯に対する何らかの要因でみる場合もあるので区別して考えましょう。
【比較解剖篇】
◆美しい歯・白い歯・健康な歯…利益が上がる。会話能力がアップし充実した人間関係を築く。仕事運・勉強運上々。
◆強い歯・大きい歯・歯が生える…事態好転。行動力に満ちている。闘争本能。
【齲蝕(うしょく)篇】
◆虫歯・醜い歯…心の痛みや怒り、後悔に満ちた言葉でトラブル発生。一時的な運勢の低下。健康運要注意。
◇虫歯…気力の低下やストレスなど精神状態が下向きのようです。自分に自信がもてずにいたり、不安に思うことや問題を抱えているなど、気持ちが休まっていない状態なのかもしれません。しかし、体調不良や実際の歯の痛みなどから見る場合も多くあるので区別して解釈し、念のため体調管理にも気を配りましょう。
【補綴(ほてつ)篇】
◆入れ歯…騙されること。偽りの顔。約束を守らないこと。
◇入れ歯の人…入れ歯をした人が印象的な夢は、あなたを陥いれようとしている人物がいるかもしれません。安易に人を信用せず、警戒した方がよさそうです。
◇入れ歯…本心をごまかしていたり、隠し事があるのかもしれません。本当の自分を出していないしるしです。運気は下降気味。仕事や学業での自信をなくしてしまうような出来事が起こりそうです。
◆新たに入れ歯を入れる…生活の変化。転職。
◆金歯が輝く…金運上昇。
☆歯のかぶせなど(銀冠、またはブリッジ)…銀冠やブリッジ、または土台のある人工歯が抜けるのは、すでに縁のなくなった人間関係、修復できない過去の対人関係などをあらわすことがあります。抜けた人工歯をもう一度入れ、元通りになれば、その関係が時間の経過とともに修復されることを意味します。また、抜けた人工歯を再び入れようと試みているのは、対人的な試行錯誤、強い未練をあらわします。
◆偉人から歯を貰う…思いがけない幸運がある。
【歯科疾患篇】
◆痛む歯…不運。不吉。障害。
◆欠けた歯・歯が折れる・砕ける…大損害。人の犠牲に。病気や潜在的な疾患。
☆歯が砕ける…歯が砕けたり、粉々になるのは、夢主の病気、疾患を暗示します。
夢主の身体状態に関し、特に警告的なものです。本人の気がつかないところで病状が進行している場合があります。定期的に夢に見るなら要注意です。
◆噛み合わない歯・歯にものがはさまる…旧知の人が嫌になる。ライバル出現。
◆ぐらぐらする歯…ストレス。体調不良。
◆前歯のトラブル…恋人・友人のトラブル。
◆奥歯のトラブル…身内・家族のトラブル・病気・不幸・災難。人生を支えていたバックボーンが変化する。
【抜歯篇】
◆歯が抜ける…老化や魅力を失うことへの恐れ。損失や浪費。貧窮。困難。問題や状況が理解できない状態。自信喪失。身近な人に不幸や突然の変化が起こる。(歯の治療を気にしている人)苦痛から解放されたい気持ち。
◇歯が抜ける…気力の低下、無気力を表します。不安にかられていたり、現状から逃げ出したいような気持ちなのかもしれません。困難な状況へ立ち向かう意志に欠けているようです。また、大きな環境の変化や別れなどを示す場合もあるでしょう。
☆歯が抜ける…圧倒的に多くの人がみる夢です。歯が抜けるのは変化の暗示です。歯は夢主の生活基盤や基礎になっている人間関係を象徴します。主に夢主の生活や健康状態を暗示しているのですが、時に家族や知り合いの病気や不幸を暗示している場合があるので注意してください。
◆抜けた歯を元に戻す・拾い上げる…トラブルの暗示性は弱まる。
◆乳歯が抜ける…過去夢。精神的成長。
◆虫歯が抜ける…歯の治療の反映イメージ。
◆虫歯が抜けてスッキリする…問題解決。
◆自ら白い歯を抜く…事態好転。
◆歯が抜けて隙間が気になる…自分の居場所を確保しライバルを排除しようとする気持ち。
◆歯がごっそり抜ける・歯茎だけになる…生活状況の急変。初体験など性的な節目。性的能力を失うことへの不安。体力の減退。
◆無理に歯を抜かれる…対立。頼まれごとが増える。
◆犬歯が抜ける…身内のトラブル。両親との死別。
◇歯が生える…新しい何かの始まりを示します。それは、これまでの自分から生まれ変わろうとしているようです。自信が湧いてきたり、よい心境の変化、過去との決別など、気力や精神状態が上向きである状態です。
【歯みがき篇】
◆歯を磨いて綺麗にする…恋愛運上昇。体調良好。
◆汚れた歯を磨く・歯ブラシが現れる…ストレス。体調の変化。
◇歯磨き(はみがき、ハミガキ)…あなたの行動や言動に何か問題があるようです。口が軽い、生意気な口ぶり、嘘、いい加減な返事、思いやりに欠ける言葉など思い当たることはないですか?軽率な言動に注意するようにと夢が教えているのかもしれません。改善しなければいけないことがあるはず。親しき仲にも礼儀あり!を忘れないように。
☆歯ブラシ…歯を磨いているのはストレスをあらわします。不摂生な生活や健康状態に注意してください。歯ブラシや歯の状態によって、体調の変化をあらわします。
【歯の治療篇】
◆歯の治療に行く…多忙によるストレスの高まり。失言によるトラブル。
◇歯の治療…気力の低下、恐れや不安を示します。人間関係や仕事など、身近なものに対する不安な気持ちや恐怖心があったり、ストレス、体調や精神的な疲労を感じているのかもしれません。また、あなたの普段の行動や言動に注意を促している場合もあるでしょう。改めるところはないか見直し、軽率な言動や態度に気を付けましょう。
◆歯の治療を受けて不快に感じる…セックスに対する恐怖。
◆歯の矯正…言葉遣いを正そうとする気持ち。会話能力を高める必要性。
◆歯を矯正して美しい歯並びになる…目的達成。人間関係良好。
◆歯を飲み込む…問題発生。(女性の夢)妊娠やその不安も。
【DDS編】
◆歯医者…言語表現を改める必要性。言葉等による人間関係のトラブルを修復してくれる人や手段。苦痛への恐れで自制心が効かない状態。
◇歯科医・歯医者…誰かに救いを求める気持ちを示します。人間関係や恋愛、仕事などに対する不安や恐怖心、ストレスや精神的な疲労を感じているのかもしれません。また、実際の歯や健康面での気がかりがあるのかもしれません。いずれも、気力や体力の低下から自分の心身を守ろうとしているようです。また、夢の中の歯科医は自分の身を守り癒そうとする自分自身の場合も多くあり、潜在意識があなたの言動や行動に問題があることを察知し、注意を促すために歯科医の姿を借りて夢に現れるのです。念のため軽率な言動や態度は慎みましょう。
◆歯医者に行く・歯科医を探す…言葉遣いを直してくれる人や語学の先生を求めている。
◆怖い歯医者が現れる…人に叩かれる等の困難にぶつかる。威圧的な歯医者であるほど重圧が大きい。
(以上、抜粋に際し一部順序を変更してあります)
いかがでしたでしょうか?
まあ、イメージが悪いですね。とくに歯医者の言われようといったら、ありませんね。
これが皆様の潜在意識だといわれてしまうと、何の言葉も返せないのが正直なところです。
いくつか、仕事柄興味深く思えたことがあるので、書いてみます。
(1)現実離れした項目が目を引く
◆偉人から歯を貰う
◆抜けた歯を元に戻す・拾い上げる
◆自ら白い歯を抜く
◇歯が生える
これらは通常成人の常識的な社会活動の中では起こりえないことです。
とくに『偉人から歯を貰う』とはどういうことでしょう!!
私の歯科医院でも、保存不能でやむなく抜歯に至った抜去歯を集めて保管しています。
たいていは歯が縦に割れたか、歯周病で根尖(こんせん)まで歯石にびっしり覆われて
あまりに酷いので、1日ハイターに付けて消毒してから保存しています。
そんな私からすれば、さすがに偉人から歯を貰って喜んだりとか、ありえません。
(2)『入れ歯』と『ウソ』が関連があるようだ
これは、見た瞬間(あ、やっぱりそうか)と、思いました。
入れ歯とは結局、本質的には、一時的に表面を取り繕うものなのです。
「入れ歯を外した、歯の少ない(or 無い)自分が本当の自分だ」
心の中では、痛いほどよく分かっているのです。
しかし、それを認めたくありません。歯の抜けた自分を認めたくありません。
だから、患者様は口にします。
「食べかすが詰まる」
「夜に入れ歯を外さないで寝てもいいですか」
そして、しばらくすると入れ歯に接していた歯(鈎歯)の隣接面の生え際を
むし歯か歯周病でいためてしまうのです。
これは、歯みがきが上手下手とか、バネの問題とかもありますが、その大元には
そこをみがきたくない(=認めたくない)気持ちが強いのだと思います。
隣接面をみがくという行為そのものが、歯が無いことを認めることになります。
それは精神的には耐えられないことです。できるだけ考えたくないことです。
だから自分をごまかして、ついおざなりにみがいただけで入れ歯をはめてしまったり、
入れ歯を外さないで歯みがきしてしまったり、
夜寝るときに入れ歯をしたまま寝てしまったりしてしまいます。
他人に対しても、自分の心に対しても、偽りの仮面で事実を隠蔽する。
その末路は、悲惨なものです。
入れ歯はますます拡大し、歯はますます失われ・・・後はご想像にお任せします。
(3)『歯医者』と『言動』が関連があるようだ
◇夢の中の歯科医は自分の身を守り癒そうとする自分自身の場合も多くあり、潜在意識があなたの言動や行動に問題があることを察知し、注意を促すために歯科医の姿を借りて夢に現れるのです。
何となく、このような「○○は自分自身の投影である」というような説は(なるほど)
と思ってしまいがちで、「ご先祖の警告」「念が」云々よりは大分説得力があります。
歯医者は、その存在自体が大きな不満で覆われていることは疑いようがありません。
「痛い」
「治療に回数がかかる」
「治してもまた悪くなる」
「保険外の高いものを勧められる」
などの声が一般的です。
(どうも歯医者はおかしい)(他の医者とちがう)と皆様は思っておいでのようです。
しかし、何がどうおかしいのか、はっきり答えを認識しているわけではありません。
ただ、少なくとも、歯医者とは何か異質で違和感のある存在だと感じているはずです。
答えは、こうです。まとめると
●医科は自然治癒力が主体、歯科は自然治癒力がない
●医科は疾患の回避が困難、歯科は疾患の回避が可能
一般的な怪我や病気などの様に、自然治癒力主体で治るもののサポートをする、とか
事故や急病などをあらかじめ察知して回避することが困難、などの性質があるときは
今まで同様に、「痛くなったのであわてて駆け込む」という対応がもっとも妥当です。
しかし歯科の場合は、上記2点において、一般的な医科と正反対の性質です。
C2を超えるむし歯が自然治癒力で自動的に治った話とか、歯周病で下がった歯槽骨が
元の高さまで自動的に復元した話など、聞いたことがありません。
ということは、人工物で補修するしかない⇒リハビリテーションそのもの、であり
当然神様ではありませんから、二次齲蝕や共倒れなど主に処置歯の劣化が生じます。
ということは、やり直し治療~さらなる処置歯の劣化⇒抜歯⇒入れ歯⇒ry
ここが一般的な病気や怪我と完全に異なる点です。
しかも、予防や定期健診、周囲の大人の協力で子供を守るなど、二人三脚の努力により
少なくともむし歯や歯周病などの感染性疾患はほぼ完全に回避可能です。
ただ、この2点を認めてしまうと、現在の厚生労働省の建前の逆が真実である、
ということを認めるのと同じになってしまいます。
それは、保険証を持たされて「痛くなったのであわてて駆け込む」のに慣らされた
一般国民には、とても耐え難いことなのです。
だから、使い古された建前論を歯医者に押し付けて、トラブルになってしまうのです。
現在TPP問題で、国民皆保険が崩壊する云々と議論になっています。
私も、市民権として一定の愚行権を認めないものではありません。
しかし、簡単に回避可能な疾患までも含めて、一切の自己責任を否定して、何でも
『国民皆保険=准無料サービス』に放り込んでしまうことには疑問です。
疾患の特性によっては、かえって国民のダメージが増してしまうからです。
その典型的な失敗例が、歯科です。
公的医療サービスついては、歯科を含め、社会のセーフティーネットは
いかにあるべきかを、より深く真剣に議論していただきたいものです。
夢に話を戻しますが、使い古された建前論を歯医者に押し付ける患者様の側も
それで本当に問題の解決にならないことは、経験上もうすうす感じているはずです。
(ここでこういう治療をしてもらっても、しばらくすればまた壊れるだろう・・・)
「こう治療してくれ」と口で言っておいて、(でも無理だろう)と心で思う。
この潜在意識の二重性が、『心と言動の不一致』『潜在意識の二重性一般』として
夢で歯医者の形を借りて出てくる。歯医者的にはそんな気がします。
(4)定期健診・メンテナンスや衛生士の夢がない
歯科医院も、予防が定着してくると、『治療の必要が無い患者様』が増えてきます。
つまり、歯のチェックをして歯石を取ったり、フッ素を塗ったりするだけの方です。
こうなると、歯科医師が出て行かなくても歯科衛生士で十分に事足ります。
なかには、歯科医師が1人で、歯科衛生士が4人も5人もいる医院すら聞きます。
しかし、日本人の夢の中には、歯科医院における歯科衛生士やメンテナンスが
ひとつのカテゴリーとして夢の中に出てくる、ということには全然なっていません。
わが国ではまだまだ『治療より予防が大事だ』という認識が少ないということでしょう。
(これがヨーロッパの若者だったら、どうなのだろう??)
今はユーロ危機でそれどころではないかもしれませんが、もしかしたら彼らの夢は
メンテナンスに行って歯がつるつるになってさっぱりして気持ちいい、とか、
歯科衛生士の若い女性と親しく会話できて気分が良い、などのプラスイメージ?!
である可能性が結構高いような気がします。
◆歯のメンテナンスの夢…身の回りや健康管理がおろそかになっている潜在意識の警告
◆歯科スタッフと親しく語る…運気が安定している兆候、家族の絆などの暗示
みたいな(↑私が出鱈目に作成)項目が、あっちにはあるのかもしれません(未確認)。
じつは今日は水曜日です。私の歯科医院の休診日です。
それなのに風変わりな夢を見て超早起きしてしまい、二度寝しました。。
8時ごろ医院(徒歩5分)に清掃業者が来ることになっていたので、鍵を開けに行って
また1~2時間くらい三度寝しました。。。
気持ちよすぎてバチが当たりそうなので、軽い内容でしたがコラムにしてみました。
たまに歯の変な夢をよくご覧になる方は、お気軽に部熊区どうぞ。
【今回のまとめ】
夢の中に出てくる歯科関連の内容は、かなり潜在意識を現している可能性がある
こんにちは。根本齒科室の根本です。
またまた大きく遅れまして申し訳ありません。
何しろ専門から遠く離れたことについて言及していますので、どうしても
譜読みもせず初見でピアノを弾くような違和感は終始ぬぐえないのです・・・
前回は、私たちの価値基準は江戸時代を中心に過去の歴史の影響を
大きく受けている(と思われる)と述べました。
けだし戦後は、心の中に「ムラ」を抱えたままであるものの
時代、というか周囲を取り巻く社会環境が大きく・早く動いています。
そこで、ここ数十年の変遷を「ムラ」に限らずもう少し幅広く考えてみたいと思います。
そんなとき、今回の話題に合いそうな本を見つけました。
題名は、これです。
何とも過激な題名でインパクトがあったので、思わずアマゾンで購入しました。
この本の件については、後段で述べます。
読者の皆様もも、少しの間、過去の時代を思い出していただければ幸いです。
<30年前~>
松田聖子、田原俊彦、YMO、ひょうきん族の時代でした。
とはいっても、個人的には日本の歌謡曲やアイドルにはほとんど興味がなく、
言ってみれば河合奈緒子や榊原郁恵、アグネス・ラム、武田久美子、宮崎美子など
「巨乳だったら誰でもいいや」くらいの、間抜けな子供でした。
もちろん音楽的には、よりメロディアスな洋楽ブームに先進性や夢を感じていました。
TVではなくレコパルなどのFM誌とレンタルレコード店が私たちの情報源でした。
「エアチェック」「クロム/メタルテープ」等という単語を懐かしく思い出します。
『TVばかり見ているとバカになるから新聞や本を読め』
何と言ってもコレがこの時代の一番のキャッチーなフレーズだと思います。
親も、学校の教師も、どの大人も同じように言っていたことを強く覚えています。
とくに朝日の天声人語は、大学入試によく出ると言われ、もてはやされていました。
(・・・新聞www 今考えると、普通にありえなすぎて笑えますが)
このころの歯ブラシは「ローリング法」が正しかったのを、覚えてますか?
保健室の前に張り出してあったポスターに、そう書いてありました。
また、歯医者と言うのは、薬(フェノール系)臭くて込んでいるのが常識だった。
(なぜ『歯医者』が『臭くて』『込んで』いるのか、誰も疑問に思いませんでした)
<20年前~>
国際的な大きな世相の変化としては、旧共産圏の崩壊がありました。
「自由」「民主主義」はやはり正しい。素晴らしい。
ベルリンの壁を叩く若者を見て、誰もがその当時、そう思ったことでしょう。
しかし私たちはそれらを本当に普遍的価値とまで思っていたのでしょうか?
「ソ連よりマシ」「不便はイヤだ」と思いたかっただけなのではないでしょうか?
残念ながら、高校を卒業後には、街のバブルは終わっていました。
まだユーロビートブームは続いていましたが、おいしい目には一切あいませんでした。
これらは日本の歌謡曲とは異質のリズムながら、音楽的にも王道進行が多いなど
日本には割りと合いそうに思えたのですが、当時ほとんどTVで扱われませんでした。
音楽を中心に、流行の一意性、絶対性が崩れ始めてきた時代かもしれません。
はじめて「TVだせー」「カラオケだせー」「歌謡曲(ry」と思う契機になった時代でした。
「(電通、メディアなどの)お上に流行を決めてもらうのは余計なお世話だ」
こういうことの走りだったのかもしれません。
我が家にもずいぶんとMOがたまったものです。
ただし、洋服とかは「DCブランド」といっておけば凌げるような、楽な時代でした。
個人的には、あの頃の世相の情報源は新書が中心だったように記憶しております。
私は、「ソビエト帝国の崩壊」のころから小室直樹氏のファンを自認していただけあって
カッパビジネスという新書はよく読んでいました。
当時の印象に残った本としては
「労働鎖国のすすめ(西尾幹二)」と「我、朝日新聞と戦えり(俵孝太郎)」があります。
西尾先生の本を読んではじめて移民のもたらす諸問題を正面から考える契機になりました。
また、俵氏の本で、マスメディアが基本的に国家・国民と反するスタンスの存在だと知り
インパクトの大きさに愕然としたものです。
歯医者はまだ込んでいました
実習で乳歯を使うと言うので、近所の歯医者回りをして抜去歯をもらいにいくと
「乳歯はないよ」が定番のセリフしたが、待合室はどこも患者様でいっぱいでした。
松田聖子の再婚で「審美歯科」という概念がはじめて一般社会にもたらされました。
しかし、不勉強な歯学部の学生として非常にうさん臭く感じていたものです。
なぜ歯の「治療」ごときに「美」が導入されなくてはいけないのか?
歯科も外科や内科などの一般的医療と同じと思っていた私には、分かりませんでした。
<10年前>
世の中はバブル後の不景気が長く続き、「失われた10年」と言われています。
しかし、なぜ不景気が長引いたのかについては、報道のせいで誰も知らなかった。
騙されて「国内の既得権益のせいだ」と誤った考えを持っていた人が多かった。
「官僚ガー」「族議員ガー」「利権ガー」「土建ガー」etc
スケープゴート。村八分以来の日本人の悪いクセです。
そのせいで米主導の構造改革詐欺にまんまとひっかかってしまいました。
長引くデフレ。雇用格差。
まさか「自由」と「民主主義」が私たちを破壊するとは思っていませんでした。
この時代の世相の大きな変化は、携帯とインターネット(Windows95)の登場です。
「検索」の概念が一変し、学習や情報アクセスの意義が根本から変わりました。
以前からの「物知り」といわれた人物がいっせいに役目を終えた時代でもあります。
また、株や先物、FXなどの投資も急速に個人ベースで営業マンを介さずに
インターネットを通じてアクセスできるようになったことも大きな変化でした。
今は下火になったようですが「税金のいらない銀行」「永遠の旅行者」
などという本もだいぶ売れたと記憶しています。
これは資源学や経済よりも歯科で書くべきだと思うことですが、
2001年に商品先物で「パラジウム」が歴史的暴騰を記録しました。
このことが歯科材料に大きな変革をもたらしました。
もともと歯科と工業触媒と宝飾で3案分していたパラジウムですが
このせいで「すみませんが保険の銀歯はあまりに不採算なので当院では・・・」
という残念な事案が頻発してしまいました。
そのかわりに『金属代替材料』としてのセラミック系素材が一躍進歩しました。
「ハイブリッドセラミック」「グラスファイバー」「ジルコニアCAD/CAM」etc
このことで審美歯科や前歯部の修復が一変してしまいました。
現在では欠損修復においては第一選択と言っても過言ではないほど重要な素材です。
もうひとつ歯科で大きな出来事となったのは、予防歯科の普及です。
なかでも熊谷崇先生(山形)と内山茂先生(埼玉)の成功がひときわ目を引きました。
早期発見早期「治療」 から 疾患「抑制」 へと大きな概念的進歩を提示しました。
つまり、痛くなくても半年に1回など定期的に検診と専門的清掃をして
日々のプラークコントロールや生活習慣もプロのコーチング下に置くことで
「そもそも」むし歯や歯周病が発生しない、という、「そもそも論」への進化です。
<現在>
ついにTV、新聞などのレガシー(既存)メディアの信頼性は地に堕ちました。
「『国』の借金」という言葉のウソが衆目の下に晒され、国債の安心感がむしろ増大。
長期金利はびくともしません。
同時にデフレ不況の正体と、誰が真犯人だったかもバレました。
そして今回のTPPにまつわる一連の欺瞞的報道、そして原発事故時の隠蔽体質で
レガシーメディアの敗北は誰の目にも決定的なものになりました。
もう40代以下の世代では、報道を鵜呑みにする軽率な人間などほとんどおりません。
ネットを通じて「複数のソース」による比較検討と、自由な議論での「集合知」の形成
すなわち新たな「情報リテラシー」の確立がなかば常識化しつつあります。
エンターテインメント方面においても、大きな変化を迎えています。
プロ野球の地位低下は目を覆うばかり、むしろ高野連が逆差別なので解体しろとの声すら
少なくありません。ひところを考えると信じがたいものがあります。
サッカー人気も下火で、日本代表も中田英寿以降はあまりぱっとしません。
一部の海外組の選手も最近はインフレ状態で、Jリーグは実質的に非常に残念な状態です。
気がつくと、オリコンチャートの上位はジャニーズと韓流とAKBの寡占状態です。
音楽配信も携帯やiPodなどが主流となり、メジャーレーベルはどこも火の車と聞きます。
また、さまざまな若者向け雑誌も苦戦しているところが多いようです。
思えば以前は、TVのブラウン管の中は、今よりもはるかに身近に感じられたものでした。
ドラマの俳優や、お笑い芸人は、まるでその辺の知人のようですらありました。
ワイドショーのパネラーやコメンテーターはまるで代弁者のようですらありました。
巨人戦やプロレスの試合はまるでいつも街の近所で行われているようですらありました。
今はもう、既存の枠組に満ちた地デジモニターなど、何を見ても完全に他人事です。
若い方々を見ていても、以前に比べてスタイルの系統や流行が、無くはないのですが
カオスとも言える程細分化されてきていて、とても一括りにはできないように思えます。
昔のような「服はDCブランド」「遊びはカラオケ」などの安牌が存在しないのです。
これらをまとめると「脱・上意下達」「ゆるやかなカオス」の時代ともいえると思います。
歯科ですが、先達の成功に触発されて、予防歯科が一時業界内で流行りかけました。
しかし少なからぬ医院で、採算性の面から挫折し、以前の治療中心主義の状態への
ゆり戻しの傾向も見られます。
なによりも、(現制度の適正数から言えば)あまりに過剰に歯科医師が量産されすぎ
(じつは先進国レベルで見るとごく平均的な数値なのですが)、(現制度の制約下では)
経営困難に陥り、廃業する歯科医院が後を絶たないという問題も顕在化してきました。
現在は、年間2~3千軒が新規開業し、ほぼ同数が廃業していると言われています。
廃業した中には、まだ若く借金を多く抱えた歯科医師も少なくなく、同情に堪えません。
あたりまえのことですが、みんな歯の治療はイヤなのです。
それなのにどこも「『治療』します」「削ります」みたいな看板で店を開いたって、
誰がどう見ても敬遠されるに決まっています。必然的に足も遠のきます。
歯医者の治療が好きで通っている人など、普通に、いません。
たまにネットなどで目にする「予防がどうの」などの情報は気になっていたが
ある日急に歯肉が腫れた。
重い腰を上げて歯科医院にいったところ、なんと
「もう手遅れですね。抜いて入れ歯かインプラント・・」
これでは患者様もたまらないだろうと思います。
むし歯にも歯周病にも「なったことにすら気がつかなかった」のに、もう手遅れ???
生半可な気持ちで予防に取り組んでいる歯科医師は、やはりショックを受けます。
(なんでもっと早く診られなかったのか!「運」の悪い患者様だ)
このように、すでに治療中心主義の限界や矛盾が、多々現実化しています。
でも患者様も、歯医者の敷居は高いし、どこに行ったら良いのかも分かりにくいです。
歯科では「脱・上意下達」「ゆるやかなカオス」の手前の時代ともいえると思います。
予防が普及してみて、審美歯科について個人的にひとつ分かったことがありました。
審美歯科というのは、当初は一部誤解されて伝わったところもありましたが
本質的には、その人本来の機能と形態を十分に引き出し、ないしは再現する考えです。
たとえば説明もなく汚い充填物をあちこち詰められたりとか、矯正しないばかりに
むし歯だらけになったとか、差し歯にしたら根が割れて抜歯とかブリッジが共倒れとか・・
誰もそんな風になどなりたくてなったわけではないのです。
「私たちは知らない間にいろいろやられてしまっていた」
「こんなはずではなかった。侵害された私の歯の権利を返して欲しい」
それが、一昔前からは審美歯科になり、インプラントになったわけです。
当然、そのようなことを防止するため、次世代以降では予防歯科であるべきなのです。
<まとめ>
昔は良いと思っていた多くの概念が、今やオワコンで完全に使えない概念に変化しました。
もちろん、それが複雑に入れ替わったり、その逆になることも多いですね。
「自由と民主主義をもうやめる」に戻ります。
社会学や歴史的にはいろいろあるのでしょうが、私たちの多くが「自由」「民主主義」を
最初に刷り込まれたのは、旧共産圏・東側陣営との比較の中でではないしょうか。
何か言うと秘密警察に逮捕されるとか、一党独裁とか、娯楽が画一的でつまらないとかetc
だから独裁は悪い、「自由」「民主主義」が良い、という文脈です。
確かにそうではあるのですが、私たちの場合は「自由」「民主主義」のところに、
もっと別の単語が入った方がよりしっくりくる人のほうが多いのではないでしょうか?
たとえば「きゅうくつでない」「融通が利く」「便利な」「暮らしやすい」etc
「自由」「民主主義」とか言ってしまうと、ほとんどの場合、言っている人のほうが
「もう何でもあり」のような気分になってしまうのでは仕方ないのかもしれません。
さすがに何でもあり、ではまずいようです。
憲法12条にも「国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」
と書いてあります。
それは、「自由」「民主主義」の本質は、実際に「何でもあり」の世界だからです。
たとえば中世の絶対王政や徳川幕府の時代は、いかにも窮屈な感じがします。
しかし駆け込み寺のような伝統的・宗教的権威があったり、五人組などのような
間接統治が実態だったり、よく見ると完全制圧の時代ではありませんでした。
これがヒトラーなどのファシズムの時代になると、伝統や宗教、因習が力を失い、
国家権力による絶対支配・完全制圧が確立してしまいます。
これは、それまでとは全く違うことです。
じつは現在の西欧の「自由」「民主主義」は、このような時代を経てきているので、
行動規範の中でも原理的に相当厳格なものがあります。
そのような「自由」「民主主義」が本気を出すと、ファシズム同様、伝統や因習が
全く力を失ってしまいます。その辺の話し合い等とは桁が違うのです。
そのような絶対的な国家権力を、安全策として建前でも国民一人一人にバラバラに
分解しておくのが、現代の国民主権・民主主義という知恵だと私は考えます。
このような絶対的な権威を経験した社会で、無分別な放縦を認めることは危険です。
たとえば経済的に無分別な自由を認めると、いわば総合格闘技、ジャイアニズム
の世界にすぐ突入してしまうのは、繰り返し歴史が教えるところです。
しかし民主主義といっても、わが国は歴史上、実力で自由や民主主義を勝ち取った
経験はありません(曲がりなりにも経験した韓国や台湾ともだいぶ事情が違います)。
西欧キリスト教的な市民感覚と言うよりは、心の中に「ムラ(空気嫁や共同絶交)」
を抱えた、特に都市部ではバラバラな個々人が、集合離散を繰り返しているのが
21世紀型ムラ社会の実態なのではないでしょうか。
ただ私は、それが悪いとは(共同絶交には問題があると思いますが)言っていません。
私たち日本人の肌には、西欧的な市民感覚や社会科学的なお題目よりも
(心の中の「ムラ(という因習や行動原理の塊)」にとって便利な範囲内で活用しよう)
という考えのほうが、ほとんどの方の場合、しっくりくるのではないでしょうか。
ここ30年は、既存の価値観が大きく変化しています。
自由と民主主義でさえ、根本的な点検が求められている時代?かもしれません。
しかしおのおのの判断基準は変わってきているものの、
判断基準を変えていく人の側の行動様式は、永年変わっていないように思います。
(でもよく騙されてますよね。「抜本的改革」とか「国際化」とか「自由化」とかの単語に)
そういう、日本的な部分も、安定性や勤勉性という側面から再評価されるべき
時期に来ているのではないでしょうか。
しかしそれには、具体的な面でのいろいろな正しい知識の普及が大事です。
自由や民主主義という概念は、日本史の中では、憲兵が暴れまわった翼賛時代と
ほぼ同じか、それ以上にラジカルな本質があります。
しかも基本的には非暴力的で安全です。
社会の不条理や不利益を改善していくには、かなり有効な一石でもあります。
(それは、自由や民主主義とは全く無縁の「官僚」を見ているとよく分かります。)
逆に誤った知識の普及や正しい知識の隠蔽があると、今の世の中では、
封建時代よりもさらに強力に社会の悪化や停滞につながる恐れが大だからです。
これは社会についても、医療や歯についても、生活全般についても、同じだと思います。
【今回のまとめ】
自由や民主主義は予想外に鋭い刃物だからこそ使用者の広く深い見識が試される。
p.s.
もう評論家の真似事はコリゴリです。この1ヶ月、ずっと精神的バッドトリップでした。
次こそは歯のことを書きます(とかいって、たまにまた変なことを書くかもしれません)
こんにちは。根本齒科室の根本です。
この間書いた『アレ』、意外と根深い問題だなあ、困った・・・
問題を前にお互いが「見て見ぬ振り」を積み重ねていくと、「疑心暗鬼」に変わります。
この、結構文化的に根深い問題かもしれない、「見て見ぬ振り」は、何に原因があるのか。
もっと言えば、日本の歴史的規範とは何だろう?
高校時代、世界史で連続赤点を取ったミスター仮進級の俺に、分かるわけない、か。
んー、でもたとえば「原子力ムラ」というからには、日本の伝統的ムラ社会系だろう。
で、ムラ社会のもとって何だろう?でも今から山本七平先生の本を買うのもめんどい。
軽く本気でググっていたら、井沢元彦氏の何かの小論文に当たりました。
ついに大国主命→天照大神の「国譲り」の話にまで行ってしまいました。
(超はしょります。僕が言ったんじゃないですよ。井沢さんですよ井沢さん)
天さん「よこせ」
大さん「いやだ」
天さんに攻められ、大さん防戦一方。子供の兄は自殺、弟は諏訪へ逃げます。
大さん。くやしいけど、「負けた」とか言いたくない。
「話し合いで決めて国を譲った」とごまかすことにしました。アレ、出雲大社の向きが・・
これが「日本的話し合い」「日本的多神教」重視の伝統の基礎になるものだそうです
・・・(僕が言ったんじゃないですよ。井沢さんですよ井沢さん)
つまり「日中は根回しときどき調整、所により隠蔽、ときには思考停止やガマン」です。 ①
かなりヤバイ状況や恥ずかしい状況でも「話し合いで可決」にしとけば一応格好がつく
何かとストレスはたまりそうですよね。
時は過ぎて聖徳太子の時代です。有名な十七条憲法ができました。
第1条「和()空気嫁」
これは、つとめてにこやかに仲良くしろと言うことではありません。
天さん大さんのようなガチンコにならないように、何とか集団で空気嫁ということですね。
一神教の伝説のような大暴れや37564はやめなさい、たまにはメロンも美味しいよ、てことです。
2条から先はどこに何があるかを全て忘れていたので、調べました。そしてまた忘れました。
(第2条「仏法僧」第3条「天皇中心」)
で、ラストです。
第17条「大事なことは独りで決めてはいけない」
来ましたね。
これは官僚向けに作られたものだそうですが、徹頭徹尾リーダーシップの否定ですよね。
だいたい「空気嫁」に始まり、「ひとりできめるな」で終わるような思想を強要されたら?
考えなくても分かります。
人はみな安定した組織・小集団を作ろうと思うようになります。
人はみな誰も決定責任を取ろうとしなくなります。サッカー日本代表もそうでした。
人はみな抜け駆けに厳しくなり、足の引っ張り合いになります。
心の中で「誰も責任を取らず、抜け駆けに厳しい中小規模のぬるま湯集団」を渇望する。
誰もが、馴れ合いが好きで群れたがり、微妙な空気を読んだりしてさらに膠着する。
まるっきり官僚とか組合とか町内会のノリです。誰も責任を取りたがらずに馴れ合うばかり。
まったく現在と同じですね。 ②
もう少しすると、原始共産制の大化の改新とか律令制とか出てきます。
しかし肝心の国民が②のような馴れ合い大好きなのばかりでは、いろいろ無理があります。
いちおうしっかりした律や令を作るのですが、すぐに見向きもされなくなります。
補足的な「格・式・例(今で言う通達、行政指導、規則、疑義解釈etc)」がすぐに大手を振るい、
肝心の律や令は、9条以外の日本国憲法のように、誰も気にしなくなってしまいます。 ③
また、当時はかなり階層流動性が低い良民賤民(五色の賤)を制定していました。しかし当然
「②誰も責任を取らず、抜け駆けに厳しい中小規模のぬるま湯集団」大好きな人々が集まり
「①日中は根回しときどき調整、所により隠蔽、ときには思考停止やガマン」に明け暮れていたら
そりゃあ、田舎の町内会のような微妙な空気になるのは時間の問題です。
そんな感じで、中世です。
たまにムクリコクリ(蒙古&高麗)が2回くらい来たりしますが、たまにですよ、たまに。
基本四方の海に守られて安全、四季も明確、水資源に富んだ温帯の島国の中では、人々は
( ^∀^)こうではなく、やはり( ´∀`)こんな感じだったんだと思います。
これに比べて大陸勢力(ランドパワー)は海洋勢力(シーパワー)と違って厳しいですね。
班田収授の法もなし崩し、荘園もグダグダ、守護地頭もダメダメ。
この時代強くなったのが、そう「ムラ」でした。これを「惣村(そうそん)」といいます。
(「そうむら」は酒の名前)
そこには惣掟(自治法規)・自検断(自治司法)などの高度な自治性と鉄の規律がありました。
彼らは農民だし、とりあえずお上が決めた身分とか賤民がどうのとかには無関心です。、
そのかわり、農民内での乙名(おとな)・沙汰人(さたにん)などの権限のほうが絶大で
はるかに高い関心事あったようです。
村の掟は厳しく、これに背くと悪名高き「村八分」が待っています。
もちろん、村八分は行動規範①②③の連立方程式の解に他なりません。
そして現在の日本でも「シカト」~「ハブ/ハブく・ハブいた」などの行動様式として
根深い社会病理として、また「いじめ」の原型として社会に巣食う
「共同絶交」思想のルーツでもあるのです。
また、平安くらいからは「死・産・血」などのケガレ思想が、インドなどから流入しています。
もともと黄泉の国伝説という下地のあった日本に、これはピタッと嵌ります。
これが、階層関係の方向性として、上下ではなく内外、という日本独特の観念を生み出します。
低い階層⇒穢れたもの⇒外、となるのです。
今でもシカトとかいじめがあるとは、いかに当時の惣村の権限が強かったかが分かります。
応仁の乱で室町幕府の権威までダメになってくると、いわゆるその辺の者一般人が力をつけ、
下克上を盛んに起こし、戦国時代になりました。
この時代の領主つまり戦国大名は、力こそ正義のような人種。「惣村」よりは普通に強いです。
「一円支配」という大名の直接支配で、惣村の権力を徐々に奪っていきます。
この戦国時代に一度「ムラ社会主義」が否定されたことは非常に興味深く思えます。
そしてまた、各人の心の中に残された「ムラ社会主義」が、江戸時代になって復活します。
江戸時代の「ムラ」の大きな特徴は、政権が支配に利用するツールと化していることです。 ④
すると村人が勝手に、相互監視や密告、足の引っ張り合いを強化してしまうのです。
これは、旧共産圏ではデモやメーデーなどの、本来市民から自発的に行われるイベントが、
市民を束縛したり洗脳したりする強制ツールになってしまったことに似ています。
自主的でない、上からの押し付けによる「五人組制度」は、治安維持に威力を発揮します。
明治時代にいったんなくなったのですが、戦前に悪名高き「隣組制度」として復活します。
上が勝手に班を決めて、班単位で連帯責任で管理するというやり方が
結構強烈な統治力・治安維持力があるのには驚きました。
いわば『平和・非民主』主義の代表例です。
江戸時代は、「民は知らしむべからず~」に代表されるような情報や権限の統制・一極化と
「官僚による支配」が顕著な特徴であり、きわめて長期安定政権でした。
長期安定といえば美しい響きですが、普通に言えば単に「硬直化の推進」です。
参勤交代や諸法度、五人組など、あらゆる手で硬直化や現状維持を推進します。
こんな世の中では階層流動性=身分制度も、非常に強固なものとなります。
今でも被差別・同和問題があるとは、いかに当時の硬直化が根深かったかが分かります。
こうなると、各身分階層とか、それぞれの村や寄合、職域単位などごとに
数多くの情報共有や暗黙の掟、不文律が発生するようになります。
さらに『ウチ』と『ソト』では暗黙の掟や不文律の重要度がまったくことなります。
万一村八分や、笑い者(死ぬより恥ずかしいことだったようです)になったら大変です。
いろいろな怪談話で多いパターンは、代々『○○集落の△地点には行くな』
という言い伝えがあるのに、余所者や不心得者が禁を犯して、『あぼ~ん』
このパターン、鉄板ですよね。
今でも『洒落コワ』という怪談ジャンルのほとんどが「行くなと言ったのに」系です。
これは、集団やムラの『ウチ』と『ソト』での大きな情報断絶の存在を示しています ⑤
暗黙の掟を破ると村八分にもなるし地縛霊も大爆発をするし、きわめて危険ですw
ここまで、国譲りから江戸時代まで強引にまとめてみました。
①ヤバかった事も「話し合いで決めた」などと白黒をあいまいにして事実を隠蔽する
②十七条憲法「空気嫁」「ひとりできめるな」で、みんな馴れ合い大好き人間に
③法律よりも、通達、行政指導、規則、疑義解釈でないと組織が動かない
④村を連帯責任で統治ツール化すると、村人が足の引っ張り合いを強化する
⑤集団の『ウチ』と『ソト』で大きな情報断絶。余所者は肩身が狭い
長期政権である江戸時代の影響は、やはり大きいですね。
しかし、いくらぬるま湯が心地よいからといって、ペリーに来るなともいえません。
海外はもの凄い列強帝国主義の時代です。
このままだと日本人全員が「バラク」とか「デビッド」とか「ステファン」とかに
されてしまいそうです。
鎖国では日本を軍事的に守れないので、
開国(江戸幕府)して日本を強化(明治政府)するしかありませんでした。
本当はしないに越したことはなかった開国~明治維新。
でも日本らしさを守るにはもう鎖国では無理なので富国強兵しかありません。
地球上はもう宗主国と植民地ばかりになっています。いわば准非常事態です。
もう掟ガーとか身分ガーとか言っている場合ではありません。
まさに「選択と集中」挙国一致するしかありません。
富岡製糸工場で女ッぷりを発揮し、日清日露で男を見せ、鹿鳴館では営業活動。
ついに1911年、小村寿太郎内閣は「関税自主権」を回復するに至りました。
そして2011年、野田佳彦内閣は「関税自主権」をTPPで放棄しようとしています。
愚かです。
維新後はとくに国力を集中するために、アイコンとしての天皇制や国家神道
(この言い方はあまり好きではありませんが)の利用が目立ちました。
そのほかに、この時代の非常に大きな変化として、以下のような点があります。
◆軍律、つまり現在の体育会系につながる上下関係の発生
◆統治の効率化のための四民平等(階層流動性の実質的解放)
◆公務員試験による科挙型通過儀礼(大学入試はまだ無い)
明治大正では江戸時代と異なり、ムラ(五人組)を統治ツールとして利用せず、
市民(臣民)に対する中央集権的な直接統治になったのが大きな違いです。
村や集落では①~⑤の性質を残しながらも、プレッシャーは軽くなりました。
地租改正で金銭的小作農(フリーター、非正規?!)が生まれたり、
貧富の差の拡大が見られるなど、「自由による格差社会」も垣間見え、
少し風向きも変わってきます。
ただ、昭和に入ると、戦況とかが悪化してきます。
また町内会が大政翼賛会の統治ツール「隣組」として利用されてしまいました。
江戸時代に続く2度目のパターンですね。結構味を占めてるようです。
しかし英霊のご奮闘むなしく、しなくてもよかったはずの戦争に負けてしまいました。
残念ながら、大本営も「ムラ①~⑤」だったのです。
①ヤバかった事も「話し合いで決めた」などと白黒をあいまいにして事実を隠蔽する
②十七条憲法「空気嫁」「ひとりできめるな」で、みんな馴れ合い大好き人間に
③法律よりも、通達、行政指導、規則、疑義解釈でないと組織が動かない
④村を連帯責任で統治ツール化すると、村人が足の引っ張り合いを強化する
⑤集団の『ウチ』と『ソト』で大きな情報断絶。余所者は肩身が狭い
戦後は、天皇の権威は戦前と比べて大きく損なわれ、求心力も減殺されました
「ムラ」は農地解放で空中分解し、行き場を失います。
「軍律」も武装解除で空中分解し、行き場を失います。
小室直樹氏の指摘によれば、空中分解した「ムラ=村落共同体」は
各企業に吸収されました。
終身雇用とか年功序列などの日本的経営と呼ばれるものがそれだそうです。
また、「軍律」は、もっと純粋かつ理不尽な?!「体育会系」に形を変えて
中学以上の運動部を中心とした部活動、体育会、一部ブラック企業などに
吸収されていきました。
しかし一般社会生活上の共同体的な連帯は、もうどこにもありません。
心の中に「ムラ①~⑤」を抱えたまま絆を失い、バラバラになった国民は、
「アノミー」(無連帯状態)という、行動基準を失った状態に陥っていきました。
戦後に特徴的なこととしては、他に以下の点があります。
△教育改革(教育基本法第一条)
武田邦彦先生によると「自分個人だけよければいい」という宣言だそうです。
戦前の教育勅語と比べて、友人・家族・地域社会・国家についての言及がない
ところが大きなポイントです。
その意見は、今問題のいわゆる「平等教育」とは相容れないではないか
という声も聞こえてきそうです。
何のことはありません。日本の教育機関は「ムラの掟」を平等に叩き込むための
教育機関なのです。
掟に忠実な人間を育てないといけません。
上記の点については、おそらく占領政策にとって、地域共同体的な自治・連携は
不都合だと思われたのでしょう。その残滓だと考えられます。
とにかく、欧米のように下手にディベート能力や情報発信能力を身に付けられては
ムラの安泰が保てません。
そこで、「読む」「聞く」のインプット系能力ばかりが問われることになり
ムラに都合の悪い「書く」「話す」のアウトプット系能力は伸ばさないのです。
それなのに21世紀になって急に、コミュニケーション能力が大事な世の中に
変わってしまいました。
△入試地獄
そもそも私は大学という場において入学試験が必要であるとは到底思えません。
東大だろうが医科歯科だろうが、入りたいものが入ればいいのではないでしょうか。
そして、必要な学力を身に付けたら進級・終了。無理なら留年、フェードアウト。
実際ドイツの医科大学では希望者全入と聞きます(ただし何年か順番待ちはある)。
もう心の中に「ムラ①~⑤」を抱えたままアノミーに陥った日本人は
他人を見ても何も信用できず、試験くらいしか信用できるアイテムがないのでしょう。
古代中国のように科挙の真似して学問まで硬直化してどうするのか、と思います。
やはり大企業が「ムラ①~⑤」になってしまっているのが根本原因だと思います。
企業が新卒一括採用を根本的に改めれば、必然的に大学全入も実現可能であり
入試地獄は解消、センター試験は純粋な「資格試験」として生まれ変わるでしょう。
しかしそれには、企業が「ムラ①~⑤」であることを脱皮することが必要です。
今までの例では、暴力団排除条例のように、アメリカの密約や黒船がないと
日本では全体的に変わる、ということがなかなかできませんでした。
この写真は、動物園でゴリラを見るときのメガネだそうです。
目が合うと興奮するので、このようなものがあるとのことです。
集団でわざと真実から目をそむけている、というのは、さしずめ
このようにコケティッシュな、そして少し哀しい情景です。
しかしムラ社会の重要な要素である「⑤情報断絶」ですが、インターネットにより
風通しが一変されようとしています。
気がついたのは、新聞・テレビや記者クラブもまた「ムラ」だったことです。
そのような意味でも、私はネットに期待しています。
以上、脱線を交えながら、『ムラ』にのみ焦点を絞って、素人考えをぶってみました。
強く感じるのは、やはり江戸時代の影響が強く、上においては大本営的な考えの元、
個人個人においては「ムラ①~⑤」的な考えのもとになっている、ということです。
今回の政府や東電、保安院、既存マスコミなどの発想や行動様式も、忠実に
これら「ムラ①~⑤」の思想を踏襲していると考えると、すっと解けます。
そこでは、心の中の①~⑤に比べて、「民主的」「合理的」「科学的」「客観的」
という概念など非常に軽んじられていて、場合によってはむしろ害悪であるので
「事実には目をそむけ」現実も「見て見ぬ振り」をすべきである。
などという、一見荒唐無稽な現実と直面せざるを得ない、重い現状です。
国民もまた、みな「ムラ①~⑤」を心に抱えたままバラバラになってしまっていて
下は井戸端会議から上は大企業まで、安住の「ムラ①~⑤」を求めてさまよい続けます。
だからこそ、今回の震災などでも、前回のコラムに書いたような理不尽が
そこかしこで起こってしまうのだろうと思います。
話を歯に戻します。
私はたとえば、今後は歯科は予防中心が国民の利益に叶う、とか
歯は有限で再生しない、とか、痛いと悪いはほとんどリンクしない、とか
道理を説いてきたつもりでした。
私は政治家ではないので、直接の政策がどうだから、とはあまり言えませんが
自分の思いを伝えるには、「ムラ①~⑤」的な雰囲気に合致するようにもって行かないと、
徒労に終わるのではないか、と、本稿を終えるに際し痛感しています。
(そしてそれが自分にっては結構難題であることにも気がついてしまいました)
『予』防・『予』測(simulation)・『予』見などの、『予』の字がつく多くのことがら。
これらは、十分なデータと合理性に基づいた妥当性の高い方向の発見です。
と同時に、いずれも「自らによる変革」を強く求めるものです。
私も含めた多くのさまよえる「ムラビト」達には、①~⑤を考えると苦手系だと思われます。
それだけに、事に当たっては少し強い自己変革の覚悟が必要だと思います。
【今回のまとめ】
伝統的な心の掟「ムラ①~⑤」が不利益にならないように、個人個人が注意すべきである
こんにちは。根本齒科室の根本です。
前回申し上げたように、今回のエントリーは歯とはほとんど関係ありません。
最近ちょっと気になっている「私たちにとっての民主的とか自由とかとは何か?」
ということについて、専門外ですが少し見解を述べてみたいと思います。
私も含めて、今までは「選挙や議会があるのが自由や民主主義のキモだ」
くらいのレベルの認識の人が多かったと思います。
ふと最近、私たちは『予』という漢字が示す内容が根本的に肌に合わないのではないか
と思いました。
すでにご案内のように、歯科での『予』防の重要性。SPEEDIの『予』測。除染の『予』定。
どうも私たちはとことん、『予』という漢字から逃げ回っている感を強く持ちます。
たとえば、まだ日本では、歯科疾患のない方に対する歯科サービス(=『予』防)は
公的には提供すらされておりません。
最初は「このように道理が通らないのでは国民の歯が気の毒だ」などと思っていました。
しかし、そこにご存知のように、東日本大震災が発生しました。
このことを通じて、私もいろいろと深く考えさせられました。
また、厳しい国難に瀕して、日本人が自らも気がつかないその正体を否応なく
目の当たりにしてしまった事件であったようにも思いました。
で、私なりの結論から言えば「日本はとことん民主主義的なものが嫌いだった」です。
それが良いとか悪いとかではなく、利点も問題点もあることを踏まえた上で、
私なりの結論としてそうであった、とういうことです。
歯科の治療についても
「今まで患者様に歯の道理ばかり説いてきたつもりだったが、こりゃ、無理かも」
とすら最近は思います。
日本は戦後、科学技術や経済を発展させ、勤勉で節度あり礼儀正しい民族として
世界から、ドイツなどと並んでかなり高い信頼や評価を得てきました。
これがあの震災で「日本の上から順番に」すべて吹っ飛んでしまったのです。
今となっては「加害者」「世界を汚染する厄介者」呼ばわりさえある始末です。
まずは津波が大変でかなり慌てましたが、全てのケチのつき始めは原発でした。
最初やらかしたのは政府でした。
「パニックになるから情報を伝えない」としてSPEEDIデータを隠したのに始まり
「ベントの視察は正しかった」「ただちに健康に影響はない」「爆発的な事象が」
「実測値がないからSPEEDIは公表しなかった」・・・
(SPEEDIは『予』測用なので、競馬の『予』想と同じで仮の値で計算するはずなのに・・)
次にやらかしたのはマスコミでした。
F1の3号機の爆発もメルトダウンのことも、私たちが最初に映像として知ったのは
テレビではなくYouTubeなどのネット経由でした。
どのチャネルをひねっても御用学者が「爆破弁の成功」「低線量はむしろ健康によい」
これではテレビにばかり頼っては情報が偏りすぎて、むしろ有害だという感じでした。
今までの政財官癒着とロビイングのせいか、当事者である東京電力に対してほとんど
追及らしい追求がなかったことも、一市民として大きな憤りを感じました。
その後は自治体(とくに県レベル)でしょうか。
茨城県の橋本知事が強く交渉して、茨城県の計画停電が回避されたときには
「おお、首長もしっかりがんばっているなあ」と思ったものです(他県の方、すみません)。
しかし、いかんせん災害の規模に対して財源がなさ過ぎるという面はあるものの
地方公務員のみの力では多方面で早い段階での限界を感じざるを得ませんでした。
とくに線量(ベクレル・シーベルト)の測定に腰が重く杜撰であったことは遺憾でした。
このあたりまでは、読者の方も「そうだそうだ」とお思いの方も多いと思うのです。
「なぜ国や政府は私たち国民を見殺しにするのか」と怒った方も多いでしょう。当然です。
ただ、ここから先は、非常に困難なことを申し上げざるを得ません。
それほど遅くない段階でやらかしたのは、被災地を含む私たち住民自身でした。
「あれ、俺ら日本人って、こんなんだったっけ???」私も深く驚きました。
一時、福島県民をホテルに泊めないなどの残念な差別や、買占めなどもありましたが、
重要なのはおもに現在も問題になっている環境汚染や食物の風評被害の問題です。
この点については、一部の御用学者や御用医師が、当初より無用な安全デマを流して
回ったことも大きく影響するので、その点は十分割り引いて考える必要があります。
また、国や東電、自治体の助力がきわめて貧弱である点も十分勘案すべきです。
コラムでもたびたび上げていますが、現在、私がこの震災に当たって、もっとも
民主的かつ合理的だと思うのが、武田邦彦先生や児玉龍彦先生などの見解です。
綿密かつ包括的な食品測定と除染でのみ東北が救われる、という趣旨はまさにその通りです。
これこそが「原発推進」「反原発」にかかわらず、今緊急にやらなければならないことです。
(むしろ推進派こそ包括的測定と除染を主張すべきであり、推進に有利ですらある)
(純粋な「原発推進」と「原子力ムラ推進」は思想の本質が異なると考える)
逆に今「推進」「反対」などと論争して「測定」「除染」を忘れさせることこそ
優先順位の無視であり本末転倒、東北や日本にっては大きな迷惑です。
そのような国家百年の計は、しっかり福島をきれいにしてからにしていただきたいものです。
また、災害などの混乱時に大規模改革を進め過ぎることは、ナオミ・クラインが著書
「ショックドクトリン」で固く戒めるところでもあります(先日、和訳が出ました)。
しかし、私の見解では、以下の点だけは、両先生とはことなります。
彼らは現在を「日本でのパターナリズム(父権主義)の終焉」の転換点という見方をします。
児玉先生は「住民はそんなにバカじゃない」とまで持ち上げてくれています。
ところが、私の見解はそんなに甘いものではありません。
残念なことに地域住民や共同体の方々みずからが、まさに戦前さながらの
「観念論的な言霊信仰」に自主的に退行した姿を、数多く目にしてしまいました。
「観念論的な言霊信仰」
要は、(論拠やコンセンサスに基づいた事実など)客観的・建設的なことをいう奴は
神経質な奴なので気に入らない、(情報を)見ない聞かない測らない、黙って我慢しろ
ということです。
具体的な例は多くあります。
ある小学校では、給食の汚染度が不明で心配なので弁当を持たせたいと親がいったら、
給食は教育の一環なので我慢して食べろ、と言われました。
別の小学校では、牛乳を飲みたくないといった子供4人が先生に立たされて、牛乳を
バケツに捨てさせられて「これを呑めないお前たちは○○県民ではない」といって
怒られました。
岩手県某所では、避難所から盛岡の温泉旅館に避難する人に対して「我々を捨てて
出て行って、都合のいいときだけ(また後で)泊めてくれなんて納得できない」とか
「自治組織が『出て行ったヤツは、戻ってこないでくれ』と明確にしている」所もある
などの、被災者同士での葛藤や厳しい対立も報道されております。
某病院では、震災・原発事故を理由に休んだスタッフを、即時解雇したそうです。
それを見ていた残ってたスタッフは、怖くて一時避難できなくなったという話もあります。
最近一番びっくりしたのは、武田先生のブログで、「福島や関東の野菜を売るために
汚染されていない南の野菜を捨てさせている」との記事が報告されていたことです。
ソースがないのでリンクにとどめますが、なんという『集団自決』的な発想でしょう!
その他、多くの類似の事例を皆様もニュースなどでご覧になられたことでしょう。
小さいお子様をお持ちのお母様が安全なところに一時避難したい、というのを、主に
亭主や舅・姑が反対して引きとめたり、汚染度の不明な食物を食べさせたりしている
という例が非常に多いのもご存知の通りです。
・・・
もちろん、一番いけないのは、この国難に被災者を兵糧攻めにして助けようとしない
政府と財務省であることは言うまでもありません。
GDP500兆の国で、これだけの震災に、補正予算が高々数兆などというのは、まさに
「積極的な見殺し」そのものであり、それだけでも万死に値します。
住民の方々も、普段からそのように女性や子供を蔑ろにしたような考えではないのは
当然のことです。
しかし、ほぼ人災に等しい不作為も事ここに窮まって、二進も三進も行かなくなって
私たち日本人の無意識から出てきた発想と行動様式がこのようなものであったことは
極めて遺憾なことでした。
もちろん同じ日本人である私もいちど虚心坦懐に、自分自身を知るという意味でも
その原因を省みる必要がある、と強く感じました。
何かあると、政治家や官僚の文句ばかり言って溜飲を下げてばかりでは、
ものごとの本質的な理解や展望・解決策は遠ざかるばかりだと思うからです。
これが今回、少したまった歯のネタを差し置いても、私なりの浅学非才を記す理由です。
私がこことここのコラムで、民主主義を支えることの困難さを訴えたことがありました。
あれからもう3ヶ月にもなります。
この感覚が間違っていることを心から願うばかりですが、ほんとうは、私たち日本人は
「賢 帝 に よ る 独 裁」の方が民主主義よりも肌に合っているのかもしれない・・
たとえば「堯帝の鼓腹撃壌伝説」「楽市楽座・江戸元禄文化」「ケマル・アタテュルクの
トルコ建国」「現代のシンガポール、返還前の香港」などなどetc
なんだか平和で豊かで良さそうなものが多いですよね。
①経済的に困窮しない
②日常生活に著しい不便・不満がない
③行き過ぎた圧政ではない
この辺が保証されている限りは、面倒くさい民主主義よりもこっちのほうがイイ。
(選挙はないけど)
あなたも本当はひそかにそんな感じがしませんか?
たまに役人が天下りしていても、政財官癒着していても、政治改革をしていなくても、
治安が良くて自分たちも豊かで娯楽も多くて楽しければ、それで十分ではありませんか?
ここのコラムに目を通されるようなレベルの方には信じられないかもしれませんが、
いわゆる団塊層やOQ層などの守旧派が、モラルがないなどといって執拗にネットを叩くのは、
「いけない、これでは日本国民が民主主義化してしまう。何とか時計の針を戻さないと」
という、遺伝子にでもしみついた(この表現は科学的には正しくありません。比喩です)
心の叫びなのではないかと思います。
たとえばネットのことを「ネトウヨ」などと揶揄するのも、表面的な排外主義の批判云々よりも
◇ 今まで隠してきたことがネットで詳らかにされてしまいコントロールできないこと
◇ その内容の多くが従来型の心情(=信じたいこと)と異なるのが不快であること
のほうがよほどが許せないのではと肌で感じます。
その理由は、TPPの論議などでもそうなのですが、片方の意見(ここでは守旧派やTPP賛成派)に
極端に合理性や客観性が乏しく、感情論に終始しているからです。
これは一見、それぞれにおいて表面的な理屈のこねあいに見えますが、根の深いところでは
守旧派の「日本型封建主義・統制系」とネット派の「日本型民主主義・情報系」のせめぎあい
なのだろうと思います。
そしてやはり、今や復興を遅らせ、国の進路を誤らせ、国際的な信頼を損ねることが明白な
「日本型封建主義・統制系」や団塊・OQ的な発想の元となるものを考え直してみるべきです。
なぜこのような非合理的な発想が出てきてしまうのか、原因しっかり見据えておかないと
今後、何事においても本質的なところで誤りを犯してしまう可能性を強く感じるからです。
私は、「アレ」がちょっと気になっています。次回以降、その点について述べてみます。
【今回のまとめ】
震災で、『予』の字がなぜか嫌いだった日本人の特性の一部「アレ」が明らかになった。
こんにちは。根本齒科室の根本です。
前回は、歯科医院には3つのタイプがある、というようなお話をしました。
これは、私なりに大まかに分類すると3つということで、きっちりクリアカットなものでは
ありません。
それぞれの間の差は、なめらかに移行的なものです。
一番言いたいことは、現在は歯科の概念についての変化の過渡期にあるということです。
現在、旧式な考えから、新しい考えに移行しようとしている最中だと考えられます。
そこで、表面化はしませんが、静かに、旧勢力と新勢力のせめぎ合いが行われているのです。
前回、あえて言及しませんでしたが、歯科業界には、歯科医師のほかに有資格者として、
歯科衛生士と歯科技工士の2つのポジションがあります。
これらの2つのポジションの本質を考えていくと、おのずと歯科業界の大きな流れが
どのようになっているのかが見えてきます。
◆歯科衛生士(DH)
歯科衛生士と歯科助手(DA)の区別がなかなかつかない方も多いのではないでしょうか。
「歯科衛生士は資格がある人でしょ」
という声も聞こえてきそうです。
ただ、あなたが歯科医院にかかったときに、スタッフから受ける接遇を見て
「この人はDHだ」
「この人はDAだ」
と、自分ではっきり院内のスタッフを判別できる方はほとんどゼロではないでしょうか。
これは、日本の歯科界に独特な特徴です。
Dr~『先生』。女医でも『先生』。カッコからして違うし、偉そう。
DH~ちょっと資格があるけど見分けもつかないしとりあえず『ねーちゃん』
DA~資格もないし、カワイイので普通に『ねーちゃん』
ほとんどの国民(≒患者様)にとっては、歯科衛生士はねーちゃんの範疇です。
そして、これは今までの治療中心主義側の医院にとっても都合の良かった概念です。
「偉いのは先生だけでよい」
戦前の日本には歯科衛生士はいませんでした。
歯科衛生士法が制定されたのは、占領下の昭和23年です。
敗戦後、アメリカの真似をして、中身も分からないまま、
歯科衛生士というカテゴリーを急ごしらえで作ったのです。
当時は「とりあえず先生のお手伝いのために口に中に触れる資格」のような考えが主流でした。
削った歯や抜いた部分の型を取って、削った歯に仮のフタをしてもらえれば患者が捌けるので
仕事が助かる。
そんなです。
歯科医師の方針と異なることや頼みもしない患者指導などしたりすると、
・衛生士の分際で生意気だし
・患者数が捌けないので医院の売上が減少する、
・第一、忙しい歯科医師のストレスがたまる。
だから、余計なことはするな、言うな。
ずっと、こんな考えでしたし、今でも正直、こんなところが結構多いです。
ですから日本では、法律制定以来、今日まで歯科衛生士は
①ずっと開業権が与えられないままです。
②すべての行為は歯科医師の直接管理下でしか行えません。
③何か問題があると、衛生士の権限を狭める方狭める方にすぐ話しが行きます。
・局所麻酔はダメ
・レントゲンのボタンはダメ
・カルテを書いたらダメ
・縁下歯石を取ってはダメ
歯学部の専門課程がたった4年間に対して、衛生士学校では3年間も拘束しているのに、
あれはダメこれはダメ、がんじがらめに法律と規制と院長に手足を縛られています。
そして、国民(≒患者様)からは、『ねーちゃん』扱いです。
今まで何回かコラムに書いてきたように、いわゆる歯の「治療」は
◇歯は再生しないので、削ったり抜いたりしたら終わり
◇機能と形態の回復は医療行為ではなく、リハビリテーション
なのです。
この2点をないがしろにしてスクラップ&ビルドを繰り返してきた挙句、多くの国民の歯や口が、
広範かつ回復不能なダメージや破壊リスクを背負わされてきました。
もう、いわゆる歯の「治療」に、未来はないのです。
このようなことは、1980年代ごろから、北欧の統計学的データが出揃い始めて、それを受けて
多くの先進国では、歯科医師の数や権限を縮小して、歯科衛生士のそれを拡大する方向に
政策的に舵を切ってきています。
医学上の統計学的(後ろ向き)研究は「歯の治療の本質とブラックボックス3」でも書いたように
確固たるエビデンスになるまでに、10年20年と、非常に時間がかかります。
しかし、せっかく出たそれらの知見を目の前にしながら、日本の歯科政策は世界をよそに
まるで一昔前の原子力政策や、電事連のロビー活動さながらの様相を呈しています。
海外ではまるっきり事情が異なります。
ほとんどの先進国では歯科衛生士は、『独立的』な専門職としての地位を確保しています。
局所麻酔も、レントゲンも、開業も、場合によっては初期治療も当然認められています。
また、日本以外のほとんどの外国の非開業衛生士は、院内に自分専用の個室とユニットを
与えられています。
そして、英語のWikipediaでアメリカやカナダの衛生士事情を見ると、平均的収入は
時給換算30ドル(2500円)程度だそうです。
これを週40時間、年間52週のうち45週勤務したとしたら、2500×40×45≒年収450万円です。
(もちろんこれ以上の人もたくさんいます)
(今の1ドル75円の異常なハイパー円高で計算しても、400万を超えます)
今、日本の歯科医院で、衛生士1人に年間450万の人件費を払っている医院が、いったい
どれだけあるでしょうか?
そして、国としてそのように舵を切った所のほうが、むし歯も喪失歯も日本より少ないのです。
◆歯科技工士(DT)
これがまた非常にわが国の特殊性を表しているのです。
*ここからは歯科医師として少し胸をいためながらの記述になります
歯科技工士の法律は、占領も終わったサンフランシスコ平和条約後、昭和30年に
制定されました。
つまり、アメリカの真似をしたり占領下で押し付けられて作ったものではありません。
日本が独自に法律を作ったのです。
その理由は簡単です。
3年後の昭和33年に、歯科の国民皆保険化があるのです。
それまでは歯科は保険がなくて、いわばぜいたく品であり、まさに職人芸のようなものでした。
1日数人~10人程度の患者様の型を昼間にとって、夜の技工作業で入れ歯作りに本気を出す。
これが当時の歯科医院の一般的な姿です。
しかし、歯科の国民皆保険が実現してしまったら、今まで歯がなくて困っていた多くの方が
怒涛のように歯科医院に押し寄せて大混乱になるのは想像に難くありません。
しっかり需給を見越して準備をしなければいけません。
つまり、日本の歯科技工士の法制度は、数が多い保険診療の技工物に対応するために
準備されたのです。
不思議なのは、何でこれをわざわざ業務独占資格にしたのか、です。
寡聞にしてその理由は直接分かりませんが、おそらく国家や歯科医師の管理下におくことを
念頭においていたと推察されます。
◇資格にしておけば無知な国民が「それっぽい」と思って安心する
◇制度で規制しておけば管理しやすい
そこで、当初は非常に多くの技工物が出ることになりましたが、早晩問題が発生します。
①保険技工物の質の低下
②技工所などの労働環境の劣悪化
私も以前某所で分院長をしているときに、院内技工士さんのSさんにいろいろ話を聞きました。
「新人はバケツ1杯の加工(鋳造で作る詰め物、かぶせ物)を作って一人前だ、と言われて育った」
と聞いたときには、若い根本院長はさすがにたまげました。
Sさんも最初は大手技工所で修行したそうですが、今で言ういわゆる「超ブラック」状態で
週の半分くらいは帰れない、みたいな話はざらだったそうです。
また、昔は鋳造にアスベストリボンが必要だったので、大変危険な環境であったことが
知られています。
その他、金属や石こうの粉塵の量が半端ではなく、平均寿命もかなり短く、主に呼吸器障害で
キャリアを終えることが多かった、とも教えていただきました。
もうひとつ、ご覧の方のほとんどは患者様の立場なので、聞きたくない内容だとは思いますが
これは言わなければならないことです。
日本の技工士は歩合制です。そこでの技工料の取り分というものがあります。
たいていは、材料経費別で、技工料の5~6割といったところが国内の相場のようです。
そこで、皆様はいわゆる保険の銀歯などが大体いくらくらいかかっているかご存知ですか?
以下に、
保険点数×10~[技工経費率]
歯科医院が払う技工料
(~そこからの技工士の取り分)
のおおよその目安を示します。
・銀歯の詰め物 ~ ¥6000~[17%] ¥1000 (→ ~¥600)
・差し歯の土台 ~ ¥2000~[50%] ¥1000 (→ ~¥600)
・銀歯のかぶせ物 ~¥11000~[27%] ¥3000 (→~¥1800)
・プラスチックの前歯~¥23000~[16%] ¥5000 (→~¥3000)
・・・
銀歯のかぶせ物を作って、~1800円、銀歯の詰め物に至っては、~600円
じつはあなたの歯は、「1800円だ」「600円だ」と思われて作られているのです。
こ れ は ひ ど い ですよね。
こんなイジメとしか思えないような額で、それでも彼らは超人的な努力で何とか形にします。
こんなもの、日本人のような、モノ作りが骨身にしみているような民族でなければ、
世界中探しても絶対に実現不可能です。確実に暴動がおきます。断言します。
今はすでに「過労死」「技工士の結婚問題」「技工士の逃散」がごく普通に語られる所まで
事態は進展してしまいました。これは
少しでも安いところに出したい歯科医院
少しでも仕事を多く取りたい技工所
という二重の影響で、このようなひどいことになってしまっているのです。
その意味では、歯科医院もその責任の一端を担っているといわざるを得ず、この点は
大変心苦しく思っています。
しかし、歯科医院も商売です。借金やリース、人件費、地代家賃、他の経費もあるので
どうしても技工所に満足の行く返答をしにくい面もあるのです。
彼らも商売ですがこちらも商売です。路頭に迷うわけには行きません。
(だからこそ私は保険診療所の国営化を訴えているのです)
ただ、いくら超人的なといっても、さすがにこの経費では省力化につぐ省力化は避けられず
そこかしこにエラーが出るものです。
たいていは高さや内面に瑕疵があり、結構調整しないと保険の銀歯なんて入りません。
しかしもっと大きなエラーの原因が、じつは歯科医院にあります。
それは、ひとつには安物の粘土を使ったりしてエラーが大きいということもあるのですが
もっとも大きなものは
「保険だからこの程度でいいだろう」という、歯科医師が決して口にできない諦観です。
マージン、コンタクト、バイト。
この辺が大体あってれば少々波打っていても内面ががたがたしていても、入れちまえ。
出来上がった物の調整能力も技術のうちだ。
考えたくはありませんが、仄聞する範囲ではおそらく一昔程度前までの
保険診療に対する平均的なコンセンサスといっても間違いないと考えられます。
これが自由診療の1本3万円くらい取られる技工物だと、不思議なことに、神業のように
スッと入ってしまうから、不思議なものです。
そのかわり、経費率から換算しても、そういうものは1本10万円くらいはいただかないと
とてもではありませんが提供できません。
・・・嗚呼、ついに一番言いにくいことを、さらっと言ってしまいました。
皆様の憤慨する気持ちも分からないではありませんが、どうか一旦こらえてください。
ひとつには、歯科医院が絶対に口にしたくない情報なので、そうであればこそ
どこかで一般読者に提供される機会は絶対必要だからです。
もうひとつには、結局「モノ」は「モノ」でしかなく、安かろう悪かろうだったり
耐久性・精度で目に見えないところで大きなリスクを生じてしまうことは
とくに一般の方には絶対に忘れていただきたくないからです。
・歯科医院は金を出せない
・技工所は金を使えない
これでは「良い物」ができるわけがありません。
「なら、保険点数を上げていい物を作るようにすればいいではないか」
という声が聞こえてきそうです・・・
・・・でも、それは本末転倒なのです。
①このデフレなのに構造改革とかムダ削減とか仕分けとか、今までもそういうのに喝采したり
投票してきたのって、日本人自身ですよね。自分の保険料がっつり上がるかもしれませんよ?
(本当は医療は年金と異なり内需なので、デフレ期の医療費への支出は名目GDP↑に寄与する)
②残念ながら、保険の10割(窓口3割+医院診療報酬7割)でも、価格的にも世界標準の
8分の1程度なんです。
③ところで、さっきの「良い物」でだまされたでしょうw だから、
天然歯>>>(越えられない壁)>>>「良い物」>>>(越えられない壁)>>>保険の歯
ですから。「モノ」は「モノ」なんです。天然歯にはぜんぜん叶わない。だから予防なんです。
もうすでに①②の段階で、歯科の皆保険については、今後非常に厳しい見通し、というかすでに
実質破綻状態です。
で、③という厳しい現実です。前回のコラムの通りです。
私も、達人や上手な先生の作であろう歯が結構壊れてきているのも経験上よく目にします。
すると、厳しい環境下で苦労されている現役の技工士諸兄にあっては、大変心苦しい結論に
ならざるを得ないのですが、あえて言います。
(諸兄には何の他意も反感もありません。いつもお世話になっております)
近 い 将 来 、 技 工 そ の も の が 実 質 的 に 消 滅 す る
話が荒唐無稽とは言えない状況も十分ありえます。
まずは妥協の産物である保険の技工が壊滅状態になるでしょう。
そして、次世代の方々が「歯を失わない」ようになると、インプラントが消えます。
矯正用の技工(取り外しマウスピースなど)はそこそこ増えると思われます。
しかし、次世代の方々が「むし歯にならない」ようになると、「良い物」が消えます。
(芸能人や趣味の方、先天疾患、事故など特定のニーズで審美補綴自体は残ると思いますが)
なぜなら、現状では「歯を失わない」「予防中心が当然」の未来のニーズに合致しないからです。
今までの議論から、これからの一般レベルでの未来のニーズ予測をしますと
予防管理~歯科衛生士
咬合管理~矯正・予防歯科医
の時代になることは、多くの他国の事例からも強く推察されるところです。
何と言ってもまずは、切削回避がもっとも大事です。
ご案内のように私は
原子炉を守るのが重要か vs 付近住民の安全を被曝から守るのが重要か
自作の義歯を守るのが重要か vs 周囲の歯質や残存歯を守るのが重要か
において、付近住民や周囲の歯質のほうがはるかに大事だと思っている人間です。
原子炉や自作の義歯のほうが大事だとばかりに歯を大きく便宜拡大したり削ったりするのが
ちょっと現在の私には理解できないところです。
現在は、まだまだ過渡的な段階です。削る必要があるケースが多いのも残念ですが現実です。
しかし「付近住民や周囲の歯質のほうを大事にする」コンセプトでいけば、接着性の
安価で審美的な素材が非常に発達してきているし、削る体積を大幅に削減できますので、
極力それでいくようにしています。
よく、「金属よりも強度が若干落ちるので機能咬頭などの出っ張ったり力のかかりやすい
所には使いにくい」というご意見の先生も多くおいでです。
いわゆる「住民よりも原子炉大事」派です。
しかし定期健診とセットで考えると
・少々の欠けなどは即座に修復できる
・接着性の素材にしたばかりに抜歯や大幅な歯質削除に至ることは考えられない
(逆は非常にありがちないつものパターン)
・万一将来偶発的に型を取って金属修復が必要になりかねないとしても、そのタイミングを
限りなく後に延期できる
などのメリットの大きさは計り知れませんので、私は現在のところ「削らない派」です。
ところで、あなたは自分の歯を「 ど う さ れ た い で す か ? 」
【今回のまとめ】
日本独特の「歯科衛生士」「歯科技工士」事情を見ると、現在が過渡期であることが分かる
p.s.
最近、少し疑問に思うことがあります。
それは、日本人に特有かもしれない、考え方とか意思決定プロセスについてです。
良い面に働くこともありますが、歯科については、あえて非合理なものを選んでいる
ような感じがします。
同じようなことが、SPEEDIの隠蔽や食品の風評被害にも見られるような気がします。
客観的なデータや情報、安全・予防原則を忌避する気持ち
子供や女性を軽んじる不調
このあたりが、無意識に日本人の間に伝統的に裏でつながっているのでは、と案じます。
機会があれば、やや逸脱しますが、それについても少し考えてみたいと思います。
こんにちは。根本齒科室の根本です。
JunkStage様から「根本は投稿が多いので、新米から少し立場を上げる」
とお達しがありました。
これはいけません。少しでもサボって、立ち位置をコソコソ下げておかないと、
秀逸な集合知の目に留まり、バカが露呈して評判が下がる一方です。
団子虫には団子虫に快適な、石の裏などのポジションがあry
えー、私たちが、お口の問題について触れることができる唯一の専門的機関は
今のところ、民間の「歯科医院」しかありません。
そして、歴史的経緯や法律的な強い規制の下で、私たちは歯については
「歯科医師」としか相対できないことになっています。ですから
歯科医師
というポジションや方向性、彼を通じてお上が何をさせようとしているかを
一度見ておくほうがいいのではないかと思います。
歯科医師とはどういう生き物なのか?
◇歯科学生
少なくとも私が学生だった頃は、ほとんど上から下に与えられたものを暗記して
午後は毎日実習という状態でした。
いわゆるアカデミックな「抽象化」概念とは正反対の具体的な内容ばかりで
3年以降(専門課程)の卒前教育は、まさに読んで字のごとく「専門学校」でした。
それが、まあ削ったり抜いたりすることに関する講義や実習ばかりですね。
しかも、卒業したくらいではとても開業レベルまではいかないのは当然です。そこで
◇入局
◇バイト・勤務医
◇研修医
などでさらに人体実験を重ねます研鑽を積みます。
専門学校でも良いことだと教わったし、がんがん削り倒したいのも人情です。
これこそ世のため人のため、まるで一昔前の原子力政策のような感じです。
(私も身に覚えがありますので、あながち間違いではないと思います)
◇入局
<口外>
確かに抜歯はうまくなりますが・・医局では病棟と外来が半年づつで、
病棟の間は腫瘍や顎変形症で入院して手術する方の面倒をグループで見ます。
私なども、本当にお医者さんごっこ、いやナースごっこになってしまい、
歯の治療とは全くかけ離れた半年でした。評価の分かれるところです。
私も口腔外科の医局に入局しましたが、若かりし間抜けな頃は
「早く歯医者さんごっこをしたい」「点滴がうまくなってもなぁ~」
と浅はかなことを思っていたので、ストレスではありました。
今思えば、短い間ながら、大事なことをいっぱい教わったと思います。
<保存補綴小児>
やや専門的です。
一応、削ったりかぶせたりする仕事をしますが、目指す方向がかなり専門的です。
また、大学では
異常に設備が充実している
経営を一切考えなくて良い
ので、仕事や研究の質は非常に高いのですが、現場レベルは相当な不採算です。
ここでの方法が、そのまま姿勢の開業医で通用することは、ほとんどありません。
<矯正>
認定医まで5年間かかります。「矯正歯科」という標榜科を考えれば
一番実践的な医局だとは思います。
しかし一般治療は無理です。
一般レベルから見ると、普通の歯医者のイメージとは実質的に全く別の人種です。
しかも矯正には保険が利かないので、あたら「金儲け主義」「悪徳」のレッテルを
貼られがちでもあります。
また、世界で唯一”矯正装置を恥ずかしがる”不思議な国民性のカギも、
上記のようなわが国独自の嫉妬心にあるような気が、私はします。
<その他>
ry
◇研修医
治療、治療の流れをより深く学ぶ、ということで、大学卒業後1~2年間、
学生実習の延長のような感じで、患者の一般治療を行います。
違いは、研修医は一応免許を持っているので、ライターの許可印をもらわずに
治療を進めることができる、それだけです。
しかし私が6年生のときに、どのライターも「必ず」私たちに言ってきたことは
「お前らは腐っても医科歯科大を背負ってるんだ。お前らが本気出せば、
どこの誰とも分からないその辺の研修医に治療内容で負ける訳ないんだよ。
常にそのつもりで実習にかかれ。分かったか」
・・・や~先生、それって○○語で、SHA BIE CHU とかいいませんかねぇ~
思っても決して口にはしませんでした。
でも、身の程もわきまえず、卒後研修医のことを舐めてはいました。
もちろん研修医も、削ったり抜いたりかぶせたりする仕事がメインです。
患者様の予防的モチベーションをあげる教育、歯を削らずに残そうと
積極的にアプローチする卒後研修教育は、寡聞にして覚えがありません。
◇バイト・勤務医
当然ですが、これが一番現場の流れを覚えるのに適しています。
しかしバイトを取るような勤務先では、たいてい院長の意向に沿うような方向で
仕事をすることになります。
ということは、院長の時代の古い日本のコンセンサスを叩き込まれるのと同じです。
多くの場合、一番求められるのは、スピードといっても過言ではありません。
大学で学んだ、手の込んだやり方のほとんどは役に立ちません。というか嫌がられます。
省略したり手抜きしたりして、とにかく回転率を上げているのが、日本の現場です。
院長や理事長も、積極的にそのような方向で推進します。
「早く」「必要なだけ」削ったり神経を取ったりすることが、たいていは正義です。
私も、ここで話すと歯科医師人生が終わりかねないようなことも、見聞きしたり
また実際にやらされたりもしてきました。
しかし一応歯科医師も専門職のはしくれということに、日本ではなっています。
勤務先の意向でばかり仕事をしているというのは「専門職の独立性」を考えた際に
疑問が残ります。
とくに先般の福島第一原発事故の直後から、いままで1年1ミリシーベルトと言っていた
多くの医療関係者が、とつぜん
20ミリシーベルトでも、いやいや100ミリシーベルトでも大丈夫だ
被曝しても笑えばガンにならない
低線量はむしろ健康によい
神経質なことを言って不安を煽るのは良くない
などとお上の提灯を持つようなことを言い出し始めているのを見ると、やはり
「専門家の矜持と独立性」は言うは安く守るは難しという気がします。
ミスター100ミリシーベルト男は、日本中の歯科医院にゴロゴロいるのです。
ここまで、卒後のいろいろな進路を見てきました。
医局に入局すると、専門性は上がるものの、現場との乖離が無視できない。
卒後研修医は学生よりもレベルが高いのか低いのか分からない。
将来開業を希望するとなると、やはり勤務医の方向に収束していきます。
よく考えてください。
この勤務医は、いままで勤務先の院長や医療法人の方針に従って、
より早く
より多く
より正確に
歯を削ったり抜いたりすることを目指して仕事をしてきました。
それを「正義である」と信じきっているからです。
心を変えるのは行動です。人間には
…<感情<行動<意思<感情<…
という性質があります。
意思は感情には勝てませんが、意思に基づき行動を変えることによって
感情のコントロールが可能です。
つまり彼らはまさに東電や経産官僚、昔の自民党のように、削ることこそ正義であり
しかも「他の歯医者よりも自分が」削ることがより正義である、という固定観念を
勤務という自らの行動で常にフィードバックし強化してきたのです。
さらに、勤務医を長く続けていると、いろいろと自分の意向や好みも出てきます。
「院長はこうしろというけど、自分はこうしたい」
「ここも削ってかぶせて形を整えたらもっとよいのでは」
「ここは義歯は危険だからインプラントの話をしたらどうか」
ついでに偉くなった気がしてみたりします。
治療の流れも分かってくると、なんだか自分でやってみたくなります。
「自分の理想の臨床をしてみたい」
そして一国一城の主を目指そうとします。
ただ、なぜ治療方法にそんなに流派があるのか、という根本的な疑問は、いつも
頭の片隅におしやられてしまいます。
医科には病院という勤務先があるから開業が少ないが、歯科にはないから開業が多い
というのは、半分ウソです。
この仕事は手仕事、職人芸なので、みんな自分の思うとおりにやりたいだけなのです。
そんなことは海外ではとうの昔にばれており、欧米では歯科医師資格を必要としないで
治療できる国がかなりあるのです。
◇デンタルセラピスト
予防が盛んでむし歯の少ない北欧諸国では、初期むし歯に限って、専門学校に数年通うと
治療資格が得られます。
また、歯科医師不足の発展途上国やアラスカでは、専門学校に数年通わせて、
歯科治療の即戦力を鋭意養成しています。
歯科医師の指示の元、あるいは歯科医師から独立して、など、さまざまです。
つまり、専門卒なら誰でも歯の治療をして良いというのと同じです。
◇デンチュリスト
もともと総入れ歯の技工士が、チェアサイドで入れ歯の型やかみ合わせを取って良い
というところから来たのですが、それが部分入れ歯に広がり、残存歯の細工も良い
ということになって、なし崩し的に技工士でも歯の治療が可能になりました。
しかも技工士自体に正式な国家資格がない国が大半です。
つまり、誰でも歯の治療をして良いというのと同じです。
◇オーストリア
2005年に欧州司法裁判所は、オーストリアの歯科医師資格を欠格だとする
欧州委員会の主張を認めました。
つまり、誰でも歯の治療をして良いというのと同じです。
◇スペイン、イタリア
ここは医学部を出ていれば、すべての歯科治療が可能です。
(日本では、型を取る/取り付ける/矯正、は医師免許では行えない)
このように歯科先進諸国では、歯科『治療』の価値や歯科医師のポジションが
非常に厳しく見直されており、あわせて「脱原発」ならぬ「脱治療」が
国民側でも医療従事者側でもどんどん進んでいます。
歯医者がこんなに偉そうに威張っているのは、先進・中進国では日本だけです。
一部の北欧諸国では、同じ治療をするのに6年も通わせるのは予算のムダだ、仕分けろ
ということで、歯学部をつぶして専門学校に変えたりすらしているとも聞きます。
そんな国々のほうが、日本より歯について成績が良いことを、まず知ってください。
◇開業医
そんなことには少しも気がつかないで、偉くなったつもりのベテラン勤務医は
(自称)自由のために、数千万~土地つきでは1.5億程度の金策にチャレンジします。
最近はコネでもない限り、銀行(信金・信組含む)は新規には金を貸しませんので
「国金(日本政策金融公庫)」「親族借入」「貯金」で何とかしなければいけません。
さて、数千万~億単位の金策も何とかなり、一大イベント「開業」を成し遂げました。
(内リースが2千万くらいあって苦しいのは内緒です)
今日からは、月末にお金が入るサラリーマンから、月末にお金が出て行く経営者です。
個人事業主として、お店(歯科医院)をつぶさないようにしなければいけません。
そこで事業主たる院長は、おおむね下記の3通りの方向に流れていきます。
①世間の空気に流される
「何だかんだ言っても、患者様がいないのでは話にならない」
一生懸命、世間のニーズに迎合していきます。
今まで当コラムの最初のほうの回を読んでいただいた方はご案内ですが、
じつは日本の歯科についての一般のニーズやコンセンサス自体が大きく間違っています。
「痛い/困ったを、助けたい」
痛い人や困った人、つまり大きく進んでしまったり手遅れの人ばかりが集まります。
彼の最大の武器は、スピードです。
当座、痛みを抑えたり形を作っておけば、彼も患者様も満足です。
日本の保険診療は世界最低なのですが、安く上がって患者様が安心である方が大事です。
多くは残念ながら、○~○○年後、治したところばかりが傷んで、患者様は
さらに大掛かりな治療に追い込まれたり、不満から転院を余儀なくされたりします。
これを『オンデマンド~低レベル治療中心主義』と呼ぶことにします。
②理念に生きる(治療)
ほぼすべての勤務医は、必ずこのような悔しい経験をしています。
「昔のへたくそな銀歯を外したら、根が割れて抜歯/抜根になってしまった」
「以前に雑に神経を取られているから、詰まっていて根の再治療がすごく面倒だ」
「アンバランスなかみ合わせにされて慣れてしまっているので、問題点を話しにくい」
「『痛くなければそれで良い』といって、治療中なのに中断してしまった」
すべては以前の不良治療のせいです。これは事実です。仕方がありません。
とくに昭和時代の治療は、超スピード重視で『オンデマンド~低レベル治療中心主義』の
権化のようなものがほとんどです。
彼らは考えます。
「私が、配慮の行き届いたていねいな治療をすれば、患者様は救われる」
そして、一生懸命勉強します。
審美補綴、インプラント、矯正、かみ合わせ、総義歯、根管治療、再生療法etc
市井の「勉強会」「スタディーグループ」に積極的に参加します。
本も一生懸命買って読みます。
そして、保険制度を忌み嫌うようになります。
「保険制度のおかげで質の低い治療が蔓延して、患者様も我々も迷惑だ」
「私は、時間と金がかかっても、プロとして恥ずかしくない治療をしたい」
こういう先生はホームページを見ていると良く分かります。
「○○法は素晴らしい治療」←保険外
「院長は○○学会所属/◇◇国に留学」←欧米のどこか
「保険治療は健康に悪い」
「予約厳守なので、新患急患随時ではない」
「インプラントの謳い文句では『よくかめる』『快適』が重点的」
こういう項目が多いところは、たいていそうです。
これを『ルサンチマン~高レベル治療中心主義』と呼ぶことにします。
でも結局、歯を削るのが大好きなことは変わりありません。
③理念に生きる(予防) 予防中心主義
また、ほぼすべての勤務医は、必ずこのような不思議な経験もしています。
「おかしいな、僕より上手な先生の歯がどんどん壊れている」
「かぶせ物を外したら、土台がすごくていねいに削られていて驚いた」
とりあえず、治療中にもかかわらずがっかりします。
「負けたorz」
しかし、何回かそんな苦い経験をすると、人によっては考え直します。
「歯は治療しても、ダメなものはダメなんじゃないか」
「達人が治療しても凡人の俺らがやってもダメなら、治療って意味なくね」
「歯の健康や耐久性は、治療以外のものに大きく左右されているのではないか」
少し調べると、予防や定期健診で歯の寿命が大幅に伸びることがすぐ分かります。
しかし多くの場合は、原発推進派のような変な考えで落ち着いてしまいます。
「原発は(日本経済に)必要だから(国内の原発は)安全だ」
「治療は(医院経営に)必要だから(俺様の治療は)安全だ」
必要なことと、安全なことは、まったく別の議論です。当然です。
でも今まで、1億人単位で騙されてきましたねw
「原発は必要か」→火力でほぼリカバー可能(安全保障上の議論は別)
「原発は安全か」→現状では年平均1度起こる震度6でほぼ壊れることが確定
「治療は必要か」→経過観察のほうがいいものもある
「治療は安全か」→耐久性の平均値が統計的に10年前後
このように、必要性と安全性を分けて考えると、原発についても治療についても
今までとはまったく別の視点が求められます。
すると、治療については
◇極力人為的介入を減らす
(削る量を最小限に減らす、経過観察でよいものは削らない、インプラントを応用するetc)
◇治療されていない歯や、止むを得ず治療した歯を、極力長期に維持することが第一
必ずこうなります。
ここで腹を括った先生は
◇定期健診や予防管理を治療よりも重視する
◇患者様に上記のことを伝え、予防意識を高める
ために、「歯科衛生士」を多く雇います。
歯科医師は削るのは得意ですが、教育力や予防力には欠けていることが大半です。
これに対し、歯科衛生士は治療はしませんが、教育力やコミュニケーション力は
歯科医師(とくに男性医師)よりも優れていることがほとんどです。
そうすると、今までよりも歯を大事に思う患者様が劇的に増えていきます。
定期健診が増えて、歯科衛生士が前面に、歯科医師は後方に下がっていきます。
先生は目立たないし威張れないし削れないし、女子の尻に敷かれてカワイソウw
ですが、ここを耐えると、地元には非常に良い効果をもたらします。
また、見かけの人件費は増えますが、医院経営も安定していきます。
これもホームページなど見れば割合よく分かります。
「ホームページのデザインが女性的」
「衛生士が目立っている」
「院長や歯科医師が目立たない」
「細かな予防メニューが多い」
「インプラントの謳い文句では『他の歯の延命』が重点的」
などの特徴が感じられれば③である可能性が高いです。
②と③の微妙なニュアンスの違いを読み取れるようになれば、あなたも一歩前進です。
しかし欠点は、国や利権構造がまだまだ①や②を推奨しているので
③の医院は、自前でいろいろ工夫したり投資したりしなければなりません。
よって、各医院で細かい点でいろいろ違いが出てきてしまっています。
これも原発と似ています。
原子炉を守るのが重要か vs 付近住民の安全を被曝から守るのが重要か
自作の義歯を守るのが重要か vs 周囲の歯質や残存歯を守るのが重要か
・・・民主党も自民党も官僚も東電も、原子炉のほうが重用だったようですよね。
ここを見極めなければいけません。
これを『腹を括った先生~予防中心主義』と呼ぶことにします。
このように、開業医には
①世間の空気に流される『オンデマンド~低レベル治療中心主義』
②理念に生きる『ルサンチマン~高レベル治療中心主義』
③理念に生きる『腹を括った先生~予防中心主義』
の3タイプがあることが分かります。
私の感じでは、だいたい①がもっとも多く、次が②で、③はまだまだ非常に少ない
といったところです。
大雑把に、①:②:③=4:2:1 と仮定しても、
歯を削るのが好きな、リスクの高い①+②で85.7%もいます。
14.3%の③を探すには、近所だからとか素人の口コミなどの他力本願ではいけません。
【今回のまとめ】
歯科医院には歯科医師の考えによりに概ね3つのタイプがあり、見極める必要がある
こんにちは。歯科医師の根本です。
今回のブラックボックスは、心のブラックボックスを取り上げます。
その前に、この2週間以上、ご無沙汰してしまったことを読者の方におわびします。
何と言うか、精神的賢者タイムに陥ってしまった、ということもあるのですが、
今回書こうとしていることは、歯科医師としてとても言いにくいことなのです。
それは、私たちが、すでに世代間で分断されてしまっているという冷たい事実です。
そして、あなたがいくら予防して歯を守っていきたいとしても、もしかしたらもう
手遅れかもしれないという、厳しい現実です。
こういう話をすると、まあしたり顔で
「それは昔は予防の概念がなかったから」
「時代のせいだ、時代が」
という声が上がるものです。
そこから進んで、それがどのような心のブラックボックスを形成していったか、
について考えてみる機会だと思います。
たとえば、前回のコラムの
軽い気持ちでお口を拝見して (ノ∀`) アチャー
の例に端的に現れていますが、初診時にすでに差し歯が壊れていたとか、
入れ歯のバネをかけた歯がぐらぐらになっていた、ということも多いものです。
これは、まことにとんでもないことなのです。
すでに歯を守りようがない。削る/抜くという、野蛮な仕事をせざるを得ない状況です。
イコール、修復は出来ても、その歯が○年後に高い確率で抜歯になるのです。
イコール、その次はさらに歯を減らしてさらに大きい修復物/入れ歯を入れる。
そのような状態の方の歯を守っていくことは大変困難、というか、すでに無理です。
これは決して歯医者が公に口に出来ないことでもあります。
もし少しでもそのようなニュアンスが伝わったら、患者様が逃げ出して潰れてしまう。
ですのでつい
保険の入れ歯でも十分かめますし大丈夫
悪くなってもいつでも『治療』します
などと言って、厳しい本質から逃げた有害な説明になってしまう。
本当は先生だってそんなこと言いたくないんだから言わなければいいのに。。
本当は大丈夫だなんてこれっぽっちも思っていないくせに。。
本当はどうせすぐダメになるとか思って無力感をごまかしてるくせに。。
「インプラントと部分矯正と生活習慣改善と、今後のために定期的予防が大切」
「今の歯を守っていくには、手間も暇もお金もかかります」
そう聞かされると、安易な気持ちの方は多分ビビって、ひとまずは逃げ出すことでしょう。
しかし幸運なことに、B+歯科医院、C+歯科医院、D+歯科医院と転院していっても
複数の先生から、合理的で妥当な説明を受ければ、もしかしたら思い直されるかもしれない。
しかし不運なことに、B-歯科医院、C-歯科医院、D-歯科医院と転院していって
古い発想の抜歯大好き削るの大好きなヤブにばかり当たってしまうと
目も当てられないことに・・
でも今日ははっきり言ってしまうことにします。
これは、いくつかの点で今回の福島の汚染問題と似ています。ひとつめは、
◆ 一度こわれてしまったら非可逆的である。取り返しがつかない
つまり、こわすと修復不能で細胞自体が取り返しがつかない遺伝子があるということです。
3月15日の最初の爆発で、すでに多くの子供や若い人がヨウ素131に被曝してしまいました。
これらの人々はヨウ素131がなくなる前にすでに、甲状腺の細胞の遺伝子はズタズタです。
後から日本海側などに避難しても、すでに甲状腺がズタズタにやられた現実は消えません。
その中でも、RET(レット)遺伝子という部分の破壊が、甲状腺ガンの必要条件なのです。
(実際にはその後に他の遺伝子がやられることでガン化するとのことです)
福島近辺の多くの子供たちはすでにヨウ素131を食らってしまって、その結果、高い確率で
RET遺伝子を傷つけてしまっています。
p.s.
Ret mutationはチェルノブイリ特異的ではないようです。しかし後日、児玉龍彦先生の
動画で、チェルノブイリ特異的な遺伝子損傷としての7q11 triplicationの説明がありました。
他の甲状腺ガンでは見られないのにチェルノブイリのにだけ4割ほど見られるとのことです。
そうなるといくらヨウ素131が消えても、晩発性の甲状腺ガンはほぼ確定ということです。
そういえば前々回コラム「ブラックボックス2」の下のほうの図中に、児玉龍彦先生の後ろに
「心霊御用」で映り込んでいるのは長瀧重信医師(御用中の御用)です。
これが何とあの児玉先生の師匠だということには、日本中が大変びっくりしたことでしょう。
まさにトビが、いや、トドが鷹を産むに等しい状況です。児玉先生の周囲は驚くことが多い。
(まあ、あのミスター100ミリシーベルトの山下某も弟子らしく、これは分かり安杉)
その御用が何を長々と研究してきたかというと、チェルノブイリの小児甲状腺ガンの研究です。
細胞のDNAの中のRET遺伝子という部分がやられるとガンになる、ということです。
恐るべきことに現在の知見では、RET変異が同定された人に対する第一の予防手段は
予防的甲状腺全摘術とのことです。
失ってしまった健康、失ってしまった正常RET遺伝子は元に戻らないのです。
もう、遺伝子診断でクロなら、甲状腺を全摘して、一生薬を飲み続けるしかないのです。
同じことがセシウムと膀胱ガンの間にも見られて、日本バイオアッセイ研究センターの
福島昭治先生らの研究(PDF注意)により、例の、
被爆~ p53遺伝子(↑)→被曝~ → p38MAPK(↑)→NF-κB(↑) ~ガン
というドライバーミューテーション(orパッセンジャーミューテーション)のメカニズムが
解明されたという話も、例の参考人陳述で有名になった話です。
これもひとたびp53遺伝子がセシウム137の被曝を食らって変異してしまうと、高い確率で
晩発性の増殖性前ガン状態(上皮内ガンを含む)が必発であるということです。
もうひとつです。
◆ 「前向き研究」と「後ろ向き研究」は根本的に質が違う
もちろん多くの国民には、菅政権や原子力村の「特殊ムラ社会主義」「事なかれ主義」で
我が身の保身のために多くの国民を見捨てた、というのは自明の理です。
とくに国会答弁で森まさ子議員の質問に対して「SPEEDI用のデータがなかったから」などと
いい加減な答弁ではぐらかした文部科学大臣髙木義明の犯罪性は一級殺人に等しく
終生において断罪されるべきものであります。
しかし児玉先生はそんなことは百も承知ながらも、非常にうまくまとめてくださいました。
「前向き研究(予測、時間がかからない)と後ろ向き研究(統計(実測)、時間がかかる)の違いを
しっかり理解しないで混同したからSPEEDIの発表が遅れた」
さすが児玉先生、角を立てずに上手に前向きに、全部持っていきます
十分なデータがないときに行う予測こそが前向き研究であり、SPEEDIだ、という概念は
不肖根本にもまったく初見であり、非常に勉強になった次第です。まとめると
後ろ向き研究(レトロスペクティブ)では
◇ メカニズムを探すためのもの
◇ 統計学的処理
◇ 判断の要素(パラメーター)を多くする
◇ 時間がかかる
前向き研究(プロスペクティブ)では
◇ メカニズムを用いて行うもの
◇ 予測とシミュレーション
◇ 判断の要素(パラメーター)を少なくする
◇ データを多く計測する
◇ あまり時間はかからない
ということです。
私など、形だけの大学院生をやっていただけで、まじめに勉強してこなかったので、
恥ずかしながら前向き研究の具体的なイメージが乏しいのが実情です。
メカニズムを用いて行う、ということで方向性のアタリをつけて行う研究のような。
とすると、予防歯科的テーマを前向き研究として扱うとすると、その題材は、
「感染やバイオフィルムの動態」
「構造力学的な問題」
とりわけ細菌の動態(なぜその菌はそこにばかり偏在するのかetc)、それを制御する
(おそらくマイグレーション?) 遺伝子??の研究がメインテーマになるのでしょうか?
以上の2点は、一般論での物の考え方としても非常に参考になりました。
歯科の場合では、後ろ向きなデータは結構出てきているので、それらを活用して、
今後は前向きな「予測」と「シミュレーション」を発展させていくことで、
次世代の予防歯科にはかなり貢献するのではないでしょうか。
要は、差し歯や入れ歯の修理、インプラントなど「ものづくり系」の分野は後ろ向きであり、
これらをいかに減らしていくか、という研究が前向きなのかもしれません。
だからこそ、はっきり言っておかなければならないのです。
もう一度、児玉先生の発言を聞いてみてください。かなり辛そうな部分です。
「ヨウ素131は最初の段階が命。ここで防げないと、
今からヨウ素131を注意しても、も う 、 し ょ う が な い ・・」
児玉先生、も う 思 い 切 り 甲 状 腺 に 匙 投 げ て い ま す 。
命=後戻りできないライン、を超えてしまうと、もう後からヨウ素剤を飲んだりしても
もう手遅れ、ということです。
これが私が「緊急提言:武田邦彦と~」のコラムで強く力説した「可逆性」の議論の本質です。
先手(予防)=直前にヨウ素剤を服用
後手(治療)=甲状腺全摘、生涯服薬
これを見れば誰だって先手のほうが良いに決まっています。
しかし後手の段階からは先手の段階には絶対に戻れません。
そして歯科は「非可逆的」「回避可能」の意味において”『原発』性甲状腺ガン”と同じなのです。
(慢性急性の差はありますが)
先手(予防)=定期健診、フッ素、
後手(治療)=削る、神経を取る、修復する、抜歯する⇒さらなる治療=歯の喪失
すでに差し歯や入れ歯にされてしまった人は後戻りできないラインを超えてしまっているのです。
これらを治療しても、天然の歯には遠く及ばないどころか、治療行為自体に無理があるので
○年後に高い確率で再治療~更なる歯の喪失を経験することになるのです。
つまり(私を含めて)治療経験者はある意味、歯的に「終わってしまった側の人間」なのです。
「これらをいかに減らしていくか」の前向きの範疇にある若年者、まだ歯医者で治療されていない
子供たちは、幸いなことに、まだ後戻りできないラインを超えていないのです。
これらの2者に対する対応が必然的に異なってくるのは、いうまでもありません。
まずは、前者(大人たち。非可逆的、回避不能でもある)
には、何とか手厚いリハビリ(形態のみでなく、機能や生活訓練)を担保したい。
その中で、できるだけ天然の歯の状態(=破壊前)に近い状態を擬似的に構築し、
それを維持管理していくことで擬似的な予防とする、という考え。
つまりいい加減なブリッジや入れ歯は天然の歯の状態(=破壊前)に近い状態の構築とは程遠く
歯を守る=擬似的予防、という発想とは対極のものである。
人生という長い目で見れば、せめて擬似的な予防という状態を構築すべき、というのは
歯科医師として当然願うべきことです。
じつは、この「歯を守る=擬似的予防」の可能性を秘めたものが、たったひとつだけあります。
それが、インプラントです。
聞きたくない言葉でしょうが、今の医学や歯科学の進歩では、それしかないのです。
歯の移植は、中高年など、年齢が進めば進むほど予後が不良になりますので、
術後安定性を予測する面においては、インプラントの足元にも及びません。
だから、後者(子供たち。可逆非可逆なし、回避可能でもある)
には、何とか長期間にわたって前者の立場に落とさない施策が必要なのです。
SPEEDIのデータをすぐ知らせて適切な避難を取らせる
迅速なヨウ素剤の服用に万全を期する
ことでガンを予防することと、まったく同じことです。
「インプラントなんて禍々しい、金儲け主義の権化じゃないか!」
などとしたり顔で語る無知な治療万歳主義のOQに、この際一言言っておきたい。
その前に努力してインプラントが必要な人の発生を根絶しませんか?
そうすれば、インプラントなんか即座に姿を消しますから。
文句を言う前に、やるべきことがあるんじゃないですか?
文句ばかり言ってやることをやらないのって、「現実逃避」って言いませんか?
大事なのは、未来ある子供たちですよね。そんなんじゃ子供たちかわいそうですよね。
児玉先生はまた「測定と除染(緊急的除染と恒久的除染)」を充実させろと強調します。
これが、予測とシミュレーション(非線形拡散と濃縮)から導き出された結論だからです。
児玉先生の言う「測定と除染」は前向き研究のシミュレーションの分野に属する話なのです。
未来のために、逃げないでやることやりましょうよ、って話ですよね。
歯科で言う「定期検査と専門的清掃」も同じく、前向きシミュレーションに属する話です。
歯石やバイオフィルムも「除染」しないとダメです。
しかも口腔内には恒久的除染(口腔内完全無菌化)は無理なので、マメ=定期的に
測定と緊急的除染(歯をみがく、歯石をしっかり取る、できればフッ素塗布)を行うしかない。
歯の予防が新しい概念であるというのは、前向きな予測とシミュレーションに属する話
だからなのだろうと、私は考えます。漢字も同じですし。
ですから、大人たち、とくに小さなお子様をお持ちの方々にお願いがあります。
子供の歯を、大人たちの治療⇒再喪失の悪循環の世界に引きずり込まないでください。
無傷な子供の歯に対して少しでも「削る、神経を取る」治療行為を肯定することは
その子の人生と健康にあたら大きな不具合と負担を押し付ける行為そのものです。
どうか石にかじりついてでも、お子様のために可能な限り予防行為にこだわってください。
小学校低学年までは
必ず仕上げみがきしてください。
シュガーコントロールは徹底してください。
歯医者で定期的に検診させてフッ素を塗ってください。
「子供が嫌がるからついつい」といってさぼるのだけは、後生ですからご勘弁下さい。それは
SPEEDIのデータを隠蔽して適切な避難を取らせない
迅速にヨウ素剤を配布せず故意に被曝させる
ことでわざわざガンにさせることと、attitudeとしてまったく同じことです。
本当にかわいそうなので、「絶対に歯医者に『治療』させない」つもりでお願いします。
【今回のまとめ】
「前向き研究」と「後ろ向き研究」の違いの理解と実践が、非可逆的な障害から日本を救う。
こんにちは。歯科医師の根本です。
先日、突然急患(新患)の方が来院されました。
「ちょっと取れてしまったので、見てほしい」
軽い気持ちでお口を拝見して (ノ∀`) アチャー
(大きなブリッジがプラプラだぁ、これ今手を出したら、1時間コースだゎ)
(誰だよ、こんなことして放置しておく奴はぁ?あまり地元じゃ見ない形だなぁ)
思わず反則ですが、やさしく逝ってしまいました。
根「どこで作った物ですか?かかりつけの先生とかは、どうなんですか?」
患「いやぁ、もう7~8年前の話で、」 ←えっ、前の先生7~8年も放置って、どうよ??
根「でもいきなりこの状態で見てもですねぇ・・
こういうのは、作った先生本人じゃないとなかなかきちんと対応できないんですよね~」
患「・・・」
根「・・・はい」
何でこんな歯周病の状態の口にこんなものを入れたのだろう?しかも健診もしなかった???
もちろん、前医から設計の意図などが適切に患者様に説明されていたとは思えない状況で、
かつ、私の常識の範囲では理解できない形です。
「こんなもの、入れたとたんに壊れるだろう。前の歯医者は何を考えていたんだ」
なんて、絶対に患者様には言えませんよね・・・
この症例を、少なくとも私の納得できる範囲の出来に収めるには、
最低でも安定的な支えとして4~5本のインプラントが不可欠で、
さらに徹底した歯周病治療と歯ブラシ指導、部分矯正はどうしても必要に見えます。
残念ながら保険の範囲内では一切問題の根本に到達できない形です。
さらに残念なことに、どう見てもこの方の問題意識は低すぎる様に見えます。会話内容からも
「手軽に保険でさっさと治療できるだろう、前もそうだったし、今回もそうだろう、間違いない」
と言わんばかりのオーラが全身からむんむん漂っていて、やりにくいったらありません。
もう、早く何とかしろ、といわんばかりで、他人の話にていねいに耳を傾けるとか
客観的な考えを重視するタイプとは思われません・・・
この問題の最大の責任は、まだ被害が小さい段階で、予後をプロスペクティブに予見できず、
しかも適切な患者教育ができなかったor怠った前医にあるのは言うまでもありません。
いくら本当のことでも、言わないべきだ、とされていることもあるのですが・・・
とりあえず、痛み止めを出して、何とかお引取り頂きました。
本題に入ります。
フリーアクセスの話は、おもに医療全般、医科全般の問題として考えられております。
しかし、歯科のフリーアクセスについては、医科とは根本的に異なる問題を孕んでいます。
歯科には、前に述べたとおり、医療分野(外科的処置、消炎処置、疼痛処置など)と
非医療であるリハビリテーション分野(インプラントを含む補綴、矯正)の双方があり
いずれも「歯科医療」である、ということに「されている」のはご案内の通りです。
これが、患者様(市民側)・医院側どちらにとっても非常にマズイのです。
これを「医療社会インフラ論」と「医療サービス論」ということばでまとめておきます。
「医療社会インフラ論」は私の造語ですが、医療の役割のうち、ユニバーサルサービスとしての
面を強く評価する、医療をより「社会インフラ」「公共財」と強くみなす見解のことです。
あまねく偏在や差別があってはならず、全国一律に一定の水準の医療が提供されるべきである
という見解です。
しかし、医療の質は低いのはもちろんいけませんが、逆に一部地域の質が高すぎても
差別につながるので一定でないとだめ、という動きにもつながりかねません。
これでは必然的にボトルネックが生じるので、全体の水準がそれに引きずられて低下する
という懸念も内包します。
どうせ保険だしこの程度でいいか
お上も2年持てばOKって言ってるし
スマイル0点だし
・・・
すると全般的に、医療機関での対応が悪いとか、臨床水準が低いのではという
不満の声が生じます。
そこで、その反省から、医療も広い意味でサービスの一環であるので、顧客満足を第一に
技術や対応の向上に向けた努力を行うべきだ、という主張が出てくるのは必然です。
これを「医療サービス論」と仮に呼んでみます。
差別化を容認するので、必然的に医療社会インフラ論とは相容れない性質を持ち合わせます。
いわゆる、同じ保険なのに「名医vsヤブ医者」「当たり外れ」の問題です。
こんなこと、社会インフラでは本来あってはならない問題ですね。すでに大きな矛盾です。
そこで問題になるのが、「リハビリテーション分野の扱い」です。
歯科のリハビリテーション分野については、医療分野と異なり、とうぜん物が体内に残ります。
しかも正確に長期に(理念上は無限に)残ることを期待されています。
さらにすべて手作りのリテールであり、心臓ペースメーカーのような規格品が不可能です。
すると技量差ももちろんですが、流派の差や臨床観の差もより強く現れてくるものです。
入れ歯ひとつとっても、100人いれば100通りの入れ歯の作り方があるとさえ言われております。
このような性質のものを、平準化を旨とする医療社会インフラ論の枠組みの中で考えること自体
大きな無理があると思います。
「根本歯科で作った入れ歯が合わないので○○歯科で調整してもらったが合わない。何だ」
などは日本では意外と良くあることなのではないでしょうか。
確かに○○歯科が根本歯科より大分うまければ入れ歯は合うことが多いでしょう。
しかし、根本歯科独特の装置がついた、いわばそこでしかできない入れ歯も結構あります。
これが、安易な転院が大きなマイナスになることが多い大きな理由のひとつです。
(実際は私のところでは特殊な自家製アタッチメントなどは使用しておりません)
入れ歯に限らず、インプラントを含む補綴や矯正もまったく同じ問題を孕んでいます。
欠損やインバランスの規模が大きければ大きいほど技術差や臨床観の差が大きく影響し、
医院間の「流動性」がより大きく低下してきます。
しかも矯正治療は、毎月数千円の調整料などとは別に、
治療開始時に60万~80万円程度の大きな治療費が発生します。
転院するとまた60万~80万からですから、治療期間中の転居すら大きなリスクなのです。
もちろん当院でもインプラントや矯正治療を手がけております。
しかし、最大の前提条件は「末永くその方の面倒を見られること」です。
ですから、当然ながらまずは生活状況のインタビューから入ります。
転居が多いとか、不安定な生活状況である、という場合は非常に慎重な評価になります。
なぜなら、矯正治療でも最低10年、インプラントでは一生、少なくとも数十年は
責任を持ってフォローしますということでないと、大変無責任な話にるからです。
いわゆる大手チェーン院に多いとされる「ヤリ逃げ治療」が一切通用しない世界です。
それだけ、歯科の「リハビリテーション分野」とは重いものなのです。
つまり「自然治癒力が期待できない」ということは重いものなのです。
「リハビリテーション分野」は本質的に「平準化」とは水と油の関係で、相容れないものです。
そうなればこそ、本来は「リハビリテーション分野」はあまり自分のところで抱え込まずに
地域、たとえば役所出張所単位ごとの区割り規模程度で、公的な「補綴専門病院」でも作って
一般医はそこに紹介して、全体としての質を担保するのがかえっていいのかもしれません。
なぜなら、リハビリテーションである以上、機能と形態=個人的なQOLの向上が
非常に重要な課題でもあるからです。
これはすぐれて個人的な問題であり、基本的人権にもかかわる大事な問題です。
お上が「お前ら庶民はせいぜい『この程度の』入れ歯で我慢しろ」
などと勝手に規定したり誘導したりすることなど、人道的にできないはずです。
それは「お前らはせいぜい仮設にでも一生住んでろ」と言い放つのに等しい愚挙です。
(また国民も安易に洗脳されて、いつまでも仮設を出たがらないのではちょっと困ります)
これには、ミクロ経済学における理由の裏づけもあるのです。
それは、価格弾力性や支出弾力性の問題です。
「価格弾力性」とは、価格が1パーセント変化すると売上が何パーセント変化するか
という指標で、1以上の値が出ると弾力性が高いとされています。
「支出弾力性」とは、消費支出が1パーセント増えるとその支出が何パーセント変化するか、
という指標で、やはり1以上の値が出ると弾力性が高いとされています。
弾力性が高いということは、安くないと買わないということです。
弾力性が低いということは、高くても必要なら買うということです。
要は、弾力性が高いものはぜいたく品、低いものは必需品ということです。
総務省の発行する「家計調査年報」を参照すると、以下のことが分かります。
日本の保険診療の値段は一定ですので、国内で同じような収入帯の方々の間で
価格弾力性を比較することはできません。
しかし、各収入帯ごとに比較した支出弾力性を見ると、高収入の世帯ほど
より多く歯科医療費を消費していることが知られています。
ところが医科では歯科とことなり、世帯の収入にかかわらず医療費はほぼ同等です。
つまり、医科の価格弾力性は低いのです。
医科は弾力性が低く必需品である。
歯科は弾力性が高く必需品ではない。
個人的なQOLの向上と直結する「選択的支出」だと、本当は国民は知っています。
また、「歯医者は回数ばかりかかって困る」などという割には、「購入頻度」は
常に医科は歯科の数倍以上の数字です(総世帯100世帯当たり500:2000程度)。
これらから、公的保険ではもっと弾力性の低い(=必要性の高い)分野に
資本を集中投下すべきだというのが、当然の結論です。
弾力性の高いリハビリテーション分野にお上が介入すること自体がおかしいのです。
「お前らはせいぜい仮設にでも一生住んでろ」とか勝手に決めてはいけないのです。
しかしそれを許さないのが日本の保険制度です。
今の制度では、各歯科医院でも「リハビリテーション分野」を積極的に行わないと
点数が上がらないしくみです。
(入れ歯は赤字だが、時間短縮による回転率の上昇で何とかしのぐのが現状)
また、市民の歯を守るための公共的な歯科予防施設が制度上わが国に存在しないのです。
唯一市民に開かれたインターフェースが、現状の歯科医院だけなのです。
これではどうしても、市民の歯はどんどん削られて抜かれることになってしまいますし
歯科医院も仕事のメインが補綴あるいは不良補綴物(不良根管治療も含まれる)のやり直し
になってしまっています。
この悪循環を端的に図で表してみます。
ヒドイ図ですが、ひとたび修復すると悪化しやすくなる、というのはこういうことです。
ひとたび歯を人工物に置き換えはじめると、構造的に再修復サイクルに取り込まれてしまい
歯質がどんどん失われるのをとめることができません。
どういうことかといいますと、たとえば定期的に健診やメンテナンスに通っていると
歯や歯周組織がほとんど傷みません。
仮に非常に小さなむし歯のなりかけがあったとしても、予防や生活習慣に注意していると
臨床的に止まっていて進まない、というラッキーなことがかなりの頻度で起こります。
これを繰り返していけば、そのまま一生歯が持ってしまう、というのが究極の予防です。
それには、日々の生活の注意とともに、プロが定期的に目と手を入れる必要があります。
ところが、ひとたび削ってつめると、歯のグレードがどんどん下がり始めるのです。
つめ物のトラブルは、新しいつめ物やかぶせ物などでしか手当てできません。
つまり、同等またはより大規模の修復工事でしか維持できません。
かぶせ物(大)のトラブルをつめ物(小)で補ったりするような逆転現象は不可能です。
そうすると、かぶせ物のトラブルは、より大規模な、神経除去~土台からやり直し、
などでしか手当てできません。
その次は○年で神経除去
その次は○年で歯根破折で抜歯
その次は○年で咬合性外傷で複数抜歯
その次は○年で・・・
このあたりで気がつくことになります。
「ああ、私はお上に騙されてた。入れ歯で十分かめるという話だったのに全然違う」
「歯の治療をすればするほど、そこを中心にどんどん壊れてやり直しになってしまう」
しかしすでに時遅しなのです。
この面で一歯医者に当たられても、現状ではお答えようがありません。
なにしろ、歯医者は大学6年間かけて削る教育しか受けてきていないのですから。
ですから将来的には「削る行為」が市民の間で激減する方向に制度的に持っていかないと、
いつまでたっても日本人のお口の悲劇は報われないと私は思います。
そもそも、入れ歯・差し歯などの本質的に歯の健康を阻害する破壊的なものを
「公共財」扱いすること自体が欺瞞であり、市民にとって有害だったのです。
これらが有害である以上は、将来的には公共財からは排除して、むしろ
これらのお世話にならないためのものを代わりに導入すべきだと考えます。
【今回のまとめ】
医療を社会インフラと考えると、歯科の「リハビリテーション分野」は本質的になじまない
こんにちは。歯科医師の根本です。
(微グロ注意:好まない方はブラウザの[戻る]をクリックしてください)
「歯の治療の本質とブラックボックス」という題名のコラムを以前書きました。
そのときはとくに書きませんでしたが、あそこに書いた内容はじつは
歯科医師免許がなくても医師免許だけで可能な処置です。
それに引き続く「リハビリテーション」分野、つまり歯科医師免許を必要とする
補綴・修復・矯正については稿を改めてと思っていました。
ただ、治療法の各論を書いても、全くといっていいほどあなたのためになりません。
そこで、蛮勇を奮って「治療が失敗する時」という観点で少し書いてみます。
今日も凹んで帰ってきました(いつもですが)
みんな本当に、歯医者の言うことを聞かないのです。
歯の治療の中には、一般的な治療で治ると誤解されているものが数多くあります。
「おかしいな、治しても治してもまた悪くなるorどんどん悪くなる」
「いつまでたっても痛みが取れないorしみたりしみなかったりが取れない」
ご経験はありませんか?
それは、あなたがその問題を「一般的な治療で治る」と誤解しているからです。
そこには全くといっていいほど原因がなく、根本的な原因は別のところにあるので
そこにスポットを当てないと、いくら歯医者さんごっこしても何の意味もないのです。
今回はさすがに文章のみでは無理なので、へたくそな図を併用していきます。
(桃生苑子さん、ゴメンナサイ)
◆ 鋏状咬合
このようなかみ合わせの方が歯のトラブルで見えたとします。ほぼ十中八九
◇ ひとつ前の歯が傷む
◇ 治療しても治療しても壊れる
◇ 歯ぎしり・くいしばりの原因
このような結果をたどります。
図のように後ろから2番目の歯が治しても治してもすぐ壊れて、どんどん崩壊を早めます。
つめもの→大きなつめもの→神経を取って差し歯→抜歯
また、鋏状に互い違いにずれた奥歯はいびつな力のベクトルをアゴに与えます。
このような筋肉系統の想定外の運動をもたらし、脳に不自然なフィードバックをもたらしてしまい、
とうぜん結果としてストレス解消としての歯ぎしり・くいしばりの元になります。
これに対する根本的な対処は、部分矯正をおいてありません。
◆ 開咬
というものがあります。これも典型的に
◇ 奥歯ばかりが傷む
◇ 治療しても治療しても壊れる
◇ 歯ぎしり・くいしばりの原因
という結果をたどります。
人間のアゴは、
◇ 右に動かすと筋力をかけない左の歯が浮く
◇ 前に動かすと筋力をかけない後の歯が浮く
という特徴により、力の負担を分散して、歯や骨格の負担を軽減する機能があります。
常識的に考えても、動かす反対方向の筋力は使わないのは当然です。
しかし、開咬の人は、アゴを前に動かしても、筋力をかけないはずの後ろの歯が
ゴロゴロと引っかかってすり合ってしまいます。
単純に、前歯が全く仕事をしておらず、奥歯にばかり負担がいくので、
咀嚼の面積からしても、奥歯の負担は普通の人の何倍にもなります。
こんな過酷な環境下では、つめものや差し歯がすぐダメになるのは当然です。
また、動かした反対側の、筋力をかけないはずの部分で歯がゴロゴロ引っかかると
余計な運動が起こされ、やはり脳に不自然なフィードバックをもたらしてしまい、
とうぜん結果として、ストレス解消としての歯ぎしり・くいしばりの元になります。
開咬の原因には、案と匂いの気氏のような、反対咬合(下の歯が前)もありますが、
多くは指しゃぶりや、とくに舌を歯に押し付けるクセが原因になります。
これらが矯正治療と同じ作用をおよぼし、上下の前歯を離してしまいます。
これに対する根本的な対処は、全体的なかみ合わせの治療も必要ですが、
舌を歯に押し付けるクセを徹底的に取らないと、また歯が前に出てしまいます。
ですから
① 矯正や差し歯で、上の前歯の引っ掛かりを少し作る
② クセを改善する
矯正を基本とした治療と併せて、日常のクセの改善が絶対条件です。
もうひとつ、とくに中高年の方に多いのですが
◆ 挺出歯
の問題は避けて通れません。
上の歯と下の歯は、それぞれアーチを形成しています。
そのアーチの織り成す平面を「咬合平面」といいます。
これがゆがむと、いびつな力がかかり、特定の歯を著しく傷めたり
機能的な悪いクセの元になったりします。
◇ おもに下顎大臼歯の欠損・崩壊・高さ不足
◇ 梃出歯に限って有髄
◇ (長い上の歯)、短い下の歯
これは、図でも明らかなように、このような状態をしっかり治療しようとすると
点線よりも下の部分を大きく削って低くしなければなりません。
しかし、当然ですが、一定以上歯を削ると、神経に当たってしまいます。
そうなると、全体の治療のためにその歯の神経を取らなければいけません。
残念ですが、この場合は1本の歯よりも全体の機能が優先になります。
これが本当に不思議なのですが、私が卒後臨床にたずさわってきてずっと
そこらじゅうの神経を取られまくって差し歯や銀歯だらけになっている患者様でも
なぜかこの「挺出歯」だけは神経が残っていることがほとんどなのです。
歯は、かむ相手がいないと、だんだん伸びて挺出してくる性質があります。
これは、その当時の初診時にすでに、すでに下が崩壊していて、上が伸び切って
そのまま上をいじらすに、下に低い入れ歯を入れてしまったことが推察されます。
いかにも、時間に追われ素人に阿る保険医がやりそうなことです・・・
そんなことをすると、さきほど申し上げたアーチの「咬合平面」が大きくゆがみ
歯にもアゴにもよくありません。
また、詳細は別の機会に説明しますが、入れ歯を入れると骨が下がります(吸収)。
そうすると、さらに下は低く、上は伸びを増して、咬合平面はますまゆがみます。
こんな状況で姑息的な処置や修復を繰り返しても、ほとんど壊しているのと一緒です。
これらをふまえて、ひとつ内緒話をします。
私が、初診時に口腔内を診察するときに一番初めに見るところがあります。
たとえば患者様が「右下の親知らずが腫れて痛い」とおっしゃったとします。
いすを倒して、「ハイお口を開けてください」といって、親知らずを見ます。
これが普通です。
しかし親知らずを見る振りをして、それよりも一瞬先に見る場所があるのです。
どこだか分かりますか?
それは、骨の形です。
歯に問題のある方の多くは、骨がすでに変形していることが多いのです。
ほとんどは図のように、上顎の中心部(口蓋隆起)と下顎の2箇所(下顎隆起)が
骨が育ちすぎてしまい、盛り上がりやでっぱりを見せています。
上顎は左右が合わさってできているので縫合部分に影響が集中します。
下顎は一体なので、左右の変曲点付近に影響が集中します。
これは、歯が本来の圧力以上の圧力を恒常的に受けてしまったので、
防御反応として骨が反応性に増殖したものです。
病気ではありませんが、悪いかみ合わせやクセ・習慣の存在をもっとも良く表します。
先ほどのような「鋏状咬合」「開咬」「挺出歯」や乱杭歯などがあると
ほとんどは大なり小なりこのような隆起が見られるものです。
では、これらができてしまった人は、どうしたらよいのでしょうか?
そこでもっとも大切なキーワードは、ズバリ(青山繁晴氏ではありませんが)
「 安 静 空 隙 」
です。
これは、食事中に物をかむ時や、余震の発生などで棚の物が落ちないように
ふんばる時などの特別なときを除いては
① 唇は閉じていても
② 歯と歯の隙間をわずかに浮かして空ける
ようにすることです。
もしかしてあなたは、唇を閉じているときに歯と歯も接触して合わせていませんか?
それは間違いです。悪いクセです。さっそく今日から改善してください。
上の前歯の付け根付近の歯肉に、舌の先端を軽く触れるようにすると簡単です。
これには理由があります。
それは、人間も含めて哺乳類の歯は、普段は離しておくようにできているからです。
以下の図をごらん下さい。
上から、イヌ、ネコ、シカの骨格の図です。
肉食~雑食のイヌネコは、このように奥歯も含めてとがっています。
これではじっとかみしめていても安定しません。
また、とがっているので、無理にかみしめていると口の中を怪我する恐れがあります
そこでイヌネコは普段はペロペロしたりハァハァしたりして、歯と歯を離しています。
草食獣のウマやシカはどうでしょう。彼らの頭脳レベルは私と同程度のようですね(‘A`)
これは歯の表面が平らなのでじっとかみしめていても安定しそうです。
しかしアゴの長さを見てください。「馬面」というように、非常に長いです。
咀嚼筋はエラの辺りですから、馬面だと、テコの原理で、筋肉に非常に負担がかかります。
そこで彼らも普段は口をモグモグしたりして、歯と歯を離しているわけです。
これらは本能的なものだと思われます。
しかし人間はどうでしょうか?
人間は本能よりも学習と推測を選択した動物です。
他人が唇を閉じている顔を見て、(これは歯も閉じてそうだな)と推測してしまいます。
みんなで推測するので、誰も間違いを指摘しませんし、できません。
それでみんな、歯と歯を押し付けておくという間違いを常に続けているわけです。
これらの負荷は、必ず
◆ 歯の表面の磨耗・チッピングor根の破折で代償
◆ 骨の過剰増殖で対抗
◆ 歯周病の悪化で歯が緩むことで免荷
◆ 顎関節・筋肉系のインバランス
のいずれかの面に出てきます。
だから、これらの現象面だけ見ても何の意味もないのは明らかです。
しかし考えてください。「保険制度以前の歯科と医療」で見たように
人間の本来の自然の中での消極的寿命(現代医療なし)は、18~40歳前後でした。
歯も、遺伝学的にその程度の耐用年数のプログラムであることが容易に推察されます。
それを、DNA的に想定外の、歯と歯を押し付けておく、などという負担をかけ続けたら
歯やアゴはあっという間にダメになってしまいます。
咀嚼筋は非常に強力な筋肉です。歯と歯を軽く触れているだけでも、相当強い
等尺性収縮(アイソメトリックコントラクション)という負荷がかかり続けることになります。
等尺性は、等張性(アイソトニック)とことなり、適切な力のコントロールができません。
往々にして、限界を超える圧力が歯やアゴにかかってしまいます。これが
歯牙接触癖(歯列接触癖/TCH/Tooth Contacting Habit)
と呼ばれ、最近にわかに脚光を浴びている、悪いクセの問題です。
これは私が大学院当時に少しお世話になった木野孔司先生らが新しく提唱している概念です。
木野先生たちには散々迷惑をかけた私としては、まことにお恥ずかしい限りではありますが、
あなたの歯を守るには、普段は歯と歯を離しておくことが絶対条件です。
治療した歯の持ちが、何倍も、断然違います。
騙されたと思って、詳細はGoogle先生におたずね下さい。
これを患者様にご説明してしばらくたつと、皆様おっしゃいます。
「私ったら、気がつくと歯と歯をくいしばってるのよねぇ~、面倒くさいわねぇ」
いやいや、大変優秀です。
しっかりとフィードバックができているということは、非常に大きな前進です。
折に触れて私がツッコミを入れたり、ご本人が継続的に意識されるようになると
「最近は気がついたときも、歯が浮いていることが多くなってきたかしら」
というフェーズに移行していきます。
しかし残念ですが、少なからぬ方が、私がこのような説明をすると嫌な顔をするのです。
「自分を変えたくない」というのが大きな理由だと思われます。
自分を変えたくない、という意図が働く場面がいろいろあるのはよく理解できます。
しかし、この件に関して自分を変えたくなかったり嫌な顔をするにははっきり原因があります。
それは、私が何度も申し上げている
歯は治療できない~リハビリとして捉える
歯は有限~削ったら終わり
を、納得したくないのです。
どうしても自力本願がイヤで、歯科も外科や内科のように他力本願でないとイヤなのです。
日本医療には、このような甘えの習性が「事前的モラルハザード」で植えつけられているので
そこでまずは、ある程度継続的な習慣指導やフォローアップが大事になってきます。
多くの方はそこで変われるのですが、「そういうのが肌に合わない」といっていく人もいます。
しかし、肌に合わないとか言われても、非専門の立場で医学的事実や木野先生らの知見を
否定されても、対応に困ってしまいます。
これでは、治しようがありません。
だから今日も(あいつら、ホント言うこと聞かねぇなあ~)と凹んで帰ってきた次第です。
そんな私は取手のちょっと北、茨城県龍ヶ崎市民です。
はっきりいって、ホットスポットです。来年に向けて米の買い占めは必須の状況です。
地域や食材の放射線汚染については、問題ないという人と、問題だという人がいます。
問題だという人の気持ちはよく分かります。
日本が、なかんづく東日本の太平洋側がチェルノブイリのようになってしまったのに、
TVも本当のことを言わないし、政府も隠蔽するので、とても心配なのでしょう。
不思議なのは、問題ないという人です。
こんな時期なので、ときどき患者様とも話題になります。
「食材とか困りましたね・・牛肉から600ベクレルとか」とか振っても
「 い や ~ 、 気 に し て も し ょ う が な い し 」
と、判で押したように、ややうつむき加減でおっしゃいます。
まあ、歯の治療中にそんな話をされても困るだけだというのももっともです・・・
私は、何かこの表現そのものが引っかかるのです。
現実問題として、今は気にしなければまずい時期だと思います。
今は原発の中よりも外のほうがはるかに大きな問題です。
とくに小さなお子様や若い女性がいるご家庭などでは、
取り返しの付かないことになってからでは遅すぎます。
ネット(YouTube、USTREAM等)から情報を得ている方には、もちろんご案内ですね。
7月27日の衆院厚労委員会で、参考人の児玉龍彦先生がおっしゃっていました。
被爆~ p53遺伝子(↑)→被曝~ → p38MAPK(↑)→NF-κB(↑) ~ガン
チェルノブイリの研究で、このような特異的なガン化、20年以上後の必発が分かっています。
(カスケード間違っていたらすみません。大学院でもう少し
モレキュラーをまじめに勉強しておけばよかった・・)
このように、20年~30年後に特異的な遺伝子の転写経路活性化を経てガンが発生するのを
ドライバーミューテーション(orパッセンジャーミューテーション)というそうです。
遅 露西亜・・・
何事もこういう日常のちょっとしたことで、自分を変えていけるか、いけないかで
その後の人生や健康について、思いのほか大きく変わっていってしまうのでしょう。
さあ、炎の参考人「児玉龍彦」でぐぐりましょう。
【続報2011/08/05】
大変です。
参考人陳述から1週間後、USTREAMにて津田大介氏によるインタビューが行われました。
どうしたことでしょう。
たった1週間という時間が、これほどまでに一個人に大きな変化をもたらすとは!
この、はにかみ屋で笑顔にあふれた永遠の青年のような素敵な紳士が、
あの、火を吐くような鬼神の如き正義の闘将とまさか同一人物だとは
どこをどう見ても全く信じられない有様です(とりあえず髪型とかチゲーし)。
_, ._
(#` Д´) ⇒ (ノ∀`)
児玉先生ともあろうお方が、津田ごときにビビルとかありえねぇし、
やはり先生は当日、右後ろの悪霊に憑依され霊障をおこしていたに違いありません。
心霊御用恐るべし(‘A`)
【今回のまとめ】
歯のトラブルには別の部位に根本原因があることが多い&安静空隙は後で着実に実を結ぶ
p.s.
USTREAM(後日談)の方の、54分54秒~
日本を愛する日本人なら、ぜひご瞠目願います。
児玉先生の瞳が、一瞬ですが、児玉参考人に戻る瞬間です。
「~総量を減らす知恵を!
日本の政府も、経団連も、我々もマスコミの方もお父さんもお母さんも
この散っちゃった、先祖から受け継いで子供へ渡す、
日 本 の 国 土 ! こ れ を 守 っ て ほ し い !
これが私の気持ちです」
こんにちは。歯科医師の根本です。
前回までで、「事前的モラルハザード」という単語が出てきたり、
なぜ欧米では歯科医師が1日10人以下で悠々としていられるか、
雀の涙とは何か?など若干ややこしい部分がいくつか出てきました。
そこで今回は主に今まで発表された数字や資料などで補足を行います。
まずは目安としてOECD20カ国と日本のデータを比較してみます。
詳細は以前お世話になった平健人先生にいろいろ教えていただきました。
意外なことに
・ 人口千人当たり歯科医師数は平均的(若干多目)
・ 歯科医療費(保険+保険外)は平均的(若干少な目)
・ 65歳以上無歯顎者率は少な目(<-1SD)
日本は歯科医師過剰だ過剰だ、コンビニより多い、などと言いますが
このように、それほど多すぎる訳でもないことが分かります。
65歳以上の無歯顎者が少ないのは、ブリッジや部分入れ歯で粘るからです。
何か、先生も残った歯を利用してブリッジや部分入れ歯で粘ると、
あたかも良い治療をしているかのような錯覚に陥るのでしょうか。
1本の歯に1本分以上の負担をかけることは、結局ツケ回しに過ぎません。
そして案の定
・ 治療に通い杉(3.2 回)(>+2SD)
・ 12歳児DMFT大杉(2.4~1.7(2005))(>+2SD)
・ 医療費の中の歯科の割合が低い(<-1SD)
・ 公金持出(保険など)率が最高(平均の倍以上)
諸外国に比べてずいぶんと安易に
歯の治療に通う=歯を非可逆的に削る・抜く
ことをしていることが伺えます。
私は、日本の保険制度で患者様が経済的な心配をあまりせずに
必要な医療を受けられることは、大変結構であると思っています。
しかし物事には限度というものがあります。
何事も、あまりにも度が過ぎてしまうと、強い副作用を伴うものです。
とくに歯科はそうです。
では、いったいどのくらい度が過ぎて折るのでしょうか?
以下に示す図表は、「歯科医療再生のストラテジー&スーパービジョン
(川渕孝一編 医学情報社)」からの引用になります。
前掲書では、2002年上半期の基準外国為替相場および最低外国為替相場
に基づいた研究データとなっています。
そこで、昨今の円高最高国債最強の世相を反映して
「各国内の歯科治療費はとくに変更されていない」という仮定で、
本日のYahoo!ファイナンスの為替(open)で再換算したデータと並べてみます。
表の明朝体部分は前掲書からそのまま抜粋、ゴシック部分は日本を1とした場合の
換算値を計算しました。上の表は2002年、下の表は2011年(再換算)です。
ちなみに日本の治療費は「窓口負担(3割)」と「診療報酬(7割)」の合計10割
での換算です。
驚くことに
上の表(2002年)では、国別・項目別ともにおよそ8倍
下の表(2011年)では、国別・項目別ともにおよそ7.5倍
の格差があることが分かります。
さすがは大震災でも世界から秩序正しさを賞賛される秩我慢強い日本国民、
これでよく暴動がおきないものだと、初めて表を見たときに呆れたものです。
ところが日本の窓口負担は(一般的に)3割です。これで比較すると
2002年では 8倍 ÷ 3割負担 ≒ 27倍
2011年では7.5倍 ÷ 3割負担 ≒ 25倍
窓口負担ベースでは日本と世界で25~30倍近い格差があるのです。
これをグラフにしてみると、一目瞭然です。
それぞれのグラフの下のほうに日本と横線で書いてある所が
わが国の治療費です。
いかがでしょうか。
日本は安いとは言うものの、こんなに低いとは思わなかったのではないでしょうか。
なお、青いマルで囲った「保険外」のエリアの「陶材冠(=セラミック)」の部分は
ほとんど国際価格と一致しています。
保険外のものについては、先進国ではおおむね価格統一化の方向に向かっている
といってもいいでしょう。
◆ 10割分でも海外と8倍近い差がある
◆ 窓口に限定すると海外と25~30倍近い差がある
いくら公共事業の下請けといってもひどいものです。
いやむしろ、その治療をしてもペイしない、つまり経費を引くと赤字になる治療項目が
数多く含まれていることが容易に推察されます。
これでは日本の歯科医師はたまりません。
保険は勝手に値段を上げることはできませんので、少しでも回転率を上げないと、
あっという間に自分のお店がつぶれてしまいます。
そこで、やはり前掲書から、今度は、歯科治療で平均どのくらいの手間をかけるか、
言い換えると、年間(つまり単位時間)何人くらい診ているのか、という値を紹介します。
・横軸が1年間の歯科医療費の合計
・縦軸が1年間ののべ患者数の合計
です。
どうでしょう、このきれいな直線。
日本以外の国では、単位時間に何人診るという基準が大体一致しています。
ところが、日本だけが回帰直線を大きく外れ、だいぶ上のほうに位置しています。
つまり、世界の平均どおりなら、1年間で日本全体の歯科医院に訪れる患者数は
1.8億人くらいと推察されるのですが、予測を大きく上回り、1年間に合計で
4.1億人もの患者数が押し寄せている、ということになります。
4.1÷1.8≒2.3なので
回転率が世界標準の2.3倍 ――― ①
客単価が世界標準の7.5分の1 ――― ②
これらより導かれる結論は、(言いたくありませんが)2.3÷7.5≒0.31
「日本の歯科医師は海外の歯科医師の2.3倍の患者数をこなしても3割の収入に留まる」as
「海外の歯科医師は日本の歯科医師の4割の患者数をこなすだけで3倍以上の収入を得る」
・・・初めて知りましたか?
ちなみに、これ、平均ですよ。
予約制なのに待ち時間がいつまでたっても終わらないような人気の歯医者から
近所中でヤブと評判が立って閑古鳥が鳴いているようなヤバイ歯医者まで
全部足した平均です。
下手すると人気店では海外の4~5倍程度の回転率をこなす、なんてザラです。
そりゃ、無理ですよ。
それでいい治療をしろなんて言われたって、手の動きに限界がありますから。
「・・・そんなことでは困る」
そういう声が当然聞こえてきそうです。よく理解できます。
それは、私たちもかれこれ”四半世紀”困っているからです。
・・・もう25年前になりますか。
今の私たちから考えれば十分に歯医者天国、歯科バブルの時代です。
(あの頃開業できてればなあ、ベンツに豪邸に愛人○人にクルーザーに不動産・・・)
そんな時代にすでに、とんでもない国会質問が行われていたのです。
以下抜粋します。
第102回国会 予算委員会第四分科会 第2号
昭和六十年三月八日(金曜日)
次に、薮仲義彦君。
○公明党衆院議員 薮仲義彦分科員
私は本日、厚生大臣に歯科の問題に限って質問をさせていただきたいと思います。(略)
上下の入れ歯に要する時間、これも医科歯科大学、日本歯科大学、東京歯科大学でやった平均時間が出ています。215分。それから材料代、保険点数でできるのが486点、これも間違いがないと思いますので、時間がないので、厚生省資料がいっているから、これはこのままでよろしいと思いますので、やらしてください。
この割り算も、大臣、そこに載っていると思います。今申し上げた4985万(当時の一医院当たり年商平均 根本註)という収入の中の経費率と申告所得の合算でいきますと94.1%になるわけです。それを掛けまして、お医者さんの収入がそれだけ(≒4690万)ですよということですね。それを一年間、御指摘のように275日で割りますと、一日当たりの金額(≒17万)が出てくるわけです。一日八時間労働として八で割りますと、一時間当たり(≒2.1万)が出てきます。それを一分当たりに直すために六十で割ります。そうすると、一分当たり大体355円37銭、こうなりますけれども、この金額はよろしいですか、局長さん。
○厚生省保険局長 幸田正孝政府委員
お話しのとおりでございます。
○薮仲分科員
これに大臣、所要時間の215分を掛けるわけです。そうすると、76404円という金額が出るわけです。この点、局長、間違いございませんか。
○幸田政府委員
先生の前提に立ちまして計算いたしますと、そのとおりでございます。
○薮仲分科員
今、総義歯の保険で請求できます最高金額は幾らでしょう。最も難しいと言われるものは幾らになりますか。
○幸田政府委員
四千七百十六点、一点十円でございますから、(上下で 根本註)47160円でございます。
○薮仲分科員
今ざっと計算しますと、七万六千円、保険点数が四万七千何がしですね。ここだけでももう二万以上赤字になっているわけです。私の手元にある資料等でやりましても、大体保険診療というのは七万円、八万円、九万円とかかるわけです。アメリカ、西ドイツ等々における総義歯のいわゆる保険点数はどのくらいかかっているか、これはおわかりだと思いますけれども、局長は資料をお持ちですか。
○幸田政府委員
アメリカで申し上げますと、日本円に直しまして片側だけで86250円でございますから、両方、二倍をいたしますと十七万円余になります。西ドイツの場合は片側で56185円、これの二倍ということになるわけでございます。
○薮仲分科員
今、総義歯の海外の例とそれからいま一つの数式を出しますと、海外では十六万、十万。ざっと歯科医師がどれくらいかなという単純計算でいつでも七万六千円、八万近く入れ歯はかかるのに、実際の保険点数では四万七千円何がしかしかもらえない。こうなりますと、今現場の臨床の先生方が一番問題にしていらっしゃるのは、私の医院ではあの先生は総入れ歯がうまいですよと言われることについてはじくじたるものがございます、入れてあげたい、治してあげたい、でも大変な不採算になるので、どうしても保険ではできませんと言わざるを得ない部分がございます。今、保険でできる件数をお示ししましたように、総義歯のパーセントは〇・八%、それが今保険の現状でございます。私は、保険医全体の診療報酬の中で勘案すればいいことだということは十分承知の上で申し上げているわけでございますが、実際これから高齢化社会になっていって、このような状態で推移するということは非常に問題ではなかろうかと思うわけです。
それと、大臣、この際ですからもう一点御指摘申し上げますと、大臣のお口の中にも鋳造冠(FCK)といって冠がかぶっていると思います。全部鋳造冠というのがあるのですね。がしゃんと全部大臼歯なんかにかけるわけでございますけれども、これも今と同じような数値で計算をした資料が大臣のお手元にあろうかと思います。これで計算しましても、鋳造冠も同じように保険点数では赤字になります。今と同じようにこれを計算するとどうなるか。簡単に言いますと、分当たりの355円37銭掛ける全部鋳造冠は時間が100分でございますから、35537円かかるということになっています。
これは保険で請求できるのは幾らでしょう。大臼歯全部鋳造冠です。
○幸田政府委員
およその数字でございますが、8000円程度でございます。
○薮仲分科員
資料がなくてお困りでしょう。もうちょっと高いと思いますけれども、いずれにしても似たような金額でございまして、全部鋳造冠を歯にかぶせるということで金銀パラジウムを使った場合に、やはり歯科医師にとっては心の痛む問題で、不採算の大きな課題でございます。
ごにょごにょと分かりにくかったかもしれませんのでまとめます。
昭和60年(1985年)当時
①歯科医院の平均年商4985万(所得+経費4690万)
÷275日(週休2日)~日計17万
÷8時間(診療時間)~1時間2.1万
÷60分~(1分売上)355.37円
②「総義歯」作製時間平均215分=3時間35分(医科歯科大ほか各大学の平均)
1分売上355.73円かける215分=7万6404円
(これが総義歯作成コスト)
しかし保険収入=4万7160円ちなみに現在もおよそ同額
アメリカ保険=17万2500円
西ドイツ保険=11万2370円
③「全部冠」作製時間平均100分=1時間40分(医科歯科大ほか各大学の平均)
1分売上355.73円かける100分=3万5537円
(これが全部冠作成コスト)
しかし保険収入=8000円ちなみに現在はおよそ1万3000円
以上です。
今回の内容は、読者の方によっては若干お気を悪くされたかもしれません。
「医は算術ではない。金儲け主義wを持ち込むな」
「レベルの低い話をするな」
・・・
お気持ちは良く分かります。
しかし、少なくともこれらの数値を、概算ででもはっきりと掴んだ上で歯科をお考えの方が
果たしていらっしゃったでしょうか?
数字は数字です。
「これは初めて見た。とりあえずひどいなぁ」
ということであれば、今回の内容はひとつの情報提供だ、ということでお願いいたします。
ひとつ震災にちなんで申し上げます。
最近のニュースでは、どうも政府与党の対応が悪くて、被災地での仮設への入居が
予定通りにすすんでいない、と報道されています。
すべてを流されて、さらにこの猛暑で、いまだに冷房もない体育館などの避難所で
すごされている方を思うと、まさに胸を締め付けられる思いがいたします。
(その意味でも、今般の被災者の保険診療無料の措置は当然のことです)
この『応急仮設住宅』、私には大変興味深いのです。
◆ 施工費用は230万円
◆ 入居期間は2年間
これ、まさに保険の歯(入れ歯・差し歯)と同じなのです。
価格が230万ということは、平均的な一戸建の施工価格の十数分~の1クラスです。
つまり、保険の歯と保険外の歯の価格差とほぼ同じなのです。
また、入居期間が2年間という点ですが、保険の歯には
差し歯・ブリッジには2年間(補綴物維持管理)
入れ歯には半年間(義歯管理)
という、短いながらも保証が付いています。
この短い保証期間が、仮設住宅の入居期間2年と一致しているのです。
じつは、これはお上が「2年以上は持たないと思うよ」と言っているのと同じです。
数年で壊れる「仮設住宅」を失っても、また強引に「仮設住宅」を探す。
そして、それを繰り返すのでしょうか?
つまり、そういうことです。
保険の歯 ≒ 仮設住宅
保険の歯が2年以上持っているというのは2年以上仮設に居座っているのと同じなのです。
仮設住宅は、災害があるから一時的に無料で入れるのです。
そんなもの何年も居座ったら、建て付けも悪くなるだろうしいろいろ故障するだろうし
非常に住み辛いでしょう。
仮歯 ⇒ 避難所
保険の歯 ⇒ 仮設住宅
良い歯・インプラント ⇒ 終の棲家
もちろん何でも金を出せ、ということではありませんが、私の今までの臨床実感では
金額比率的にも、耐久年数的にも、おおむねこれで合っているような気がします。
ですから、まずは『応急仮設住宅』とやらのお世話にならないように、定期的な
歯の予防とメンテナンスがいちばん大事だということです。
もちろん、自然災害は回避不能ですが、歯科疾患は回避可能だからです。
ところで、あなたは今回のデータのように、日本でも、まあ4割3倍とは言わないまでも
せめて歯科医師が現在の半分の患者数で2倍の収入を得られるようにすべきだ、
(トータル客単価4倍)という意見があったら、ご賛同いただけますか?
それとも、日本の医者は、応分の環境で応分の報酬を得てはいけませんか?
日本の医者というだけで、海外の医者よりも格段に格が落ちるとおっしゃいますか?
逆に、外人は全員バカで間違っている、日本だけが正しい、と八紘一宇でもしますか?
でも、自分が同じように言われたら嫌ではありませんか?
医者は体のいい道具か何かで、何でも叩き放題ですか?
・・・それって、産経や変態毎日の社会部とかと同列に堕ちてませんか?
医療も、あまりにも粗末にしすぎると、逆に医療に依存するようになって
現場もシステムも疲弊・劣化します。
とくに歯科は、治療ではなくリハビリであり、しかも歯は有限ですので、
医療リソースや制度・財源等の劣化は今後にとって致命的です。
・・・まあ、そんなに治療費を上げろ、などとは私からは強く言いませんが、少なくとも
「今回5000円だった治療の実際の価値は(x30=)15万円であった」くらいには思って
可能な限り自立心と健康(と、歯については予防とメンテナンス)を大事にしてください。
よく、お菅変え考えください。
【今回のまとめ】
データは、患者様と歯科医院の相互の悩みを示している&仮設住宅と保険の歯は似ている。