新年明けましておめでとうございます。
このご挨拶も沢山交わされた1月、皆様はいかがお過ごしでしたか?
桃生は先日行われたJunkStage総会で司会を担当させていただき、緊張しまくりまして沢山噛んでしまったせいか、その後の新年会ではあまりの解放感と楽しさに大変気持ちよく酔っ払ってしまいました。
……そのため、帰りの高速バスの記憶がちょっと定かではありません(笑)
新年会や総会を通してライターの皆さんとお話させていただいたなかで、思ったことがひとつあります。
それはわたしたちスタッフが考えているよりJunkStageってすごく可能性のある場所なのかもしれない、ということ。参加されている人の数だけ想いがあって、表現したいことがあって。皆さんのお話の中に、伝えたいこと、伝えたいと思えることがいっぱいあって、お話を聴いているだけで、なにかわくわくしてきちゃいました。
JunkStageは本当にお人柄のいいライターさんがいて、スタッフを介さないでもどんどん仲良くなっていらしていることも多いです。「え!? いつの間に!?」みたいなイベントを知らない間に開催されていたりすることもしばしば。皆さんの熱意あふれるお付き合いを嬉しく思いながらも、わたしも何かしたいなあ、と常々考えていたのですが、この度、ついに主催イベントを開催させていただくことになりました!
■吉永真奈さんとコンサートやります!!
JunkStage女子部のインタビューの初回を飾ってくださった箏奏者・吉永真奈さん。そのインタビューがきっかけで、2月にコンサートを主催させていただくことになりました。
実は桃生、もともと吉永さんの所属されていた音楽ユニット・Rin‘の大ファンです。デビューアルバムはもちろん初回限定版で購入、ライブやコンサートにも何回かお邪魔したことがありました。
だからJunkStage女子部でインタビューをやろう、という企画が上がった時、真っ先に吉永さんにメールしたのです。断られてもともと、だったら好きな人にお願いして断られたら本望だ。そんな、ほとんど玉砕に近い気持ちでお願いした企画でした。
運命という言葉があります。夢みたいな出来事に遭遇すると、わたしはいつもこの言葉を思い出します。ライターさんをスカウトしてOKを頂いた時も、総会や新年会などで直接お話しさせていただくときも思いだすこの言葉。嬉しくてたまらなくなる、魔法の言葉。
「光栄です。喜んでお受けします」
……もちろん、二つ返事でOKをくださった吉永さんに感じたことは言うまでもありません。
そんなわけでインタビューは内心ばくばくながらも和やかに終了したのですが、その後何度かやり取りをさせていただくなかで、思い切ってコンサートの打診をしてみたところ、吉永さんはなんとこれも快諾。えっちょっとこれ妄想じゃないのか!? ……運命パワー、おそるべしです。
そんなわけで女子部から生まれたランチタイム・コンサート。
会場にもこだわって、原宿駅から徒歩5分なのに静かな洋館レストランをお借りしての開催です。しかもお客様に食べて頂くフランス料理を作るのはミシュランの三つ星ホテルで修業されたシェフ!……桃生は多分食べられないのですが、それがすごく悔しいです(笑)
もともとお箏の音が好きな方、吉永さんのファンの方だけでなく、初めて生音で箏を聴くあなたにもぜひ遊びに来ていただきたいなと思います。
■■■吉永真奈・サロンコンサート■■■
――箏とピアノで綴る極上の時間――和と洋のコラボレーションを楽しむ贅沢な時間。
落ち着いた洋館レストランでフランス料理を頂きながら、箏(こと)とピアノの生演奏を身近に感じて頂ける限定50名様のサロンコンサートです。
■演奏
箏 吉永真奈
ピアノ 高藤大樹(ゲストアーティスト)■演奏楽曲
1)さくら
2)篝火
3)数え歌変奏曲
……他多数■コンサート概要■
日時:2月28日(日)12時~14時
*受付開始は開演の30分前となります。会場:Jardin de LUSIENE(ジャルダン・ド・ルセーヌ)
http://www.luseine.com/
(原宿竹下口徒歩3分、ブラームスの小径沿い)料金:9000円
三ツ星ホテルでの経験あるシェフのフレンチ・ランチコースを
お楽しみ頂けます。■お申込み・お問い合わせ先
主催事務局
サロン・コンサート係
info.momou@gmail.com
生音にこだわってみたため、今回は本当に少ない人数での開催となりますが、その分楽しんで頂けるイベントにしていきたいなと思います。
吉永さん自身、なんとソロでは初めてのアルバムとなる「玉響~Tamayura~」が1月20日に発売されたばかり。もしかしたらコンサートでは新曲のお披露目もあるかもですよv
吉永さんと皆さんをつなぐお手伝いができるよう、桃生現在も奮闘中です!
JunkStageをご覧の皆様、こんにちは。
茨城県の写真館「スタジオ ラ・フォーレ」さんのご協力で、女子部の4人が月に1回、持ち回りでウェディング撮影会をモニターして参ることになりましたこちらの企画。
第4回は桃生が、前回和装でのウエディング撮影を体験させていただいた彩につづき、念願の洋装ウェディングモニターを体験してまいりましたv
* * *
JR佐貫駅から車に揺られること10分。
国道沿いに見えてきたお馴染みの看板の奥に、それは突然現れました。以前女子部のメンバーがお邪魔してきたときにはまだ建設中だったスタジオが、なんと完成していたのです!
▲12月1日オープン、モニター参加時にはまだ新築の香りが残っていました。
「私たちもとても完成が楽しみだったの。ぜひ見に来てね」と予約時に仰っていたマネージャーの岩田真理子さん。たしかに、その大きさにまず圧倒されます。
新築大好きで大興奮の桃生、まずは撮影そっちのけでスタジオの中を拝見させていただきました。内部は二階建ての吹き抜けになっていて、大きく採られた窓ガラスのため採光も抜群。そしてとにかく広い!キレイ!!! 思わず30分以上もかけて見て回りたくなるほど、随所に工夫が活かされています。
▲これ、ぜんぶ一つのスタジオの中の表情です。とにかく明るくてキレイ。(二回言う)
ここなら被写体がどんなでも(失礼)雰囲気のある写真になることは間違いありません。
スタッフの皆様が太鼓判を押すスタジオを拝見してテンションの上がった桃生、今度は隣接の衣裳館へ移動して撮影のためのドレスとヘアメイクの準備に向かいます。
さて、ドレス選び。
「どれでも好きに見てくださっていいですよ」と声を掛けていただいたものの、大量かつ保護シートによって守られているドレスの砦の前で立ち尽くすこと数分。もはや見当もつかないほどのボリュームに眩暈を起こしながらも、トルソーが着用している写真が掲載されたカタログを拝見しながら慎重に自分の体形と相談します。
だって、どうせ一生ものの写真ですもの。せっかくなら似合うものを着たいじゃないですか?
ざっと拝見した印象ですが、ラ・フォーレさんでご用意なさっているウエディングドレスは大まかに分けて3種類。非常にシンプルなラインのもの、ボリュームのあるかわいらしい印象のもの、大人っぽく裾を引くシルエットがきれいなもの……。
乙女のツボをつく品揃えに、幸福な悩ましさは募るばかりです。
ところでわたしには夢がありました。
それは大人っぽく、セクシーなドレスが着たい!!ということ。
身長150cmの分際で何を言うかという感じではありますが、低身長ゆえにドレスに限らず洋服を選ぶときも迷走しがち。
その思いをプロに相談したところ、一番安心したのはスタッフの方のこの一言でした。
「似合わないドレスを選んでしまった場合、アドバイスなどされることはありますか?」
「勿論ですよ。どうしても体形やその方の雰囲気もありますから、迷われている場合はご相談に応じます。お写真は一生残りますから、一番その方がきれいに見えるように私たちもできる限りのお手伝いはします。だって同じお金を出して撮影されるんですもの、それは大事なことでしょう?」
「でも、似合わなくても着たいドレスがあったら……」
「大丈夫ですよ。その時は髪型で変身できますから、安心して着たいものを選んでください♪」
そんな心強い返事をいただき、俄然強気になる桃生。
念願かなってセクシーなマーメイドラインのドレスを着ることにしたのでした。
▲フィッティング中のひとこま。
ドレスを選んだら今度はバスローブに着替えてメイクルームへ移動です。
ここで特筆すべきはそのメイク技術の高さ!
これCGかよっと思うくらい、日々の荒んだ生活(笑)で荒れたお肌が多色コンシーラーのピンポイント使いによって目の前で修正されていくのです。
考えてみたら嫁となるひとは式場打ち合わせだの参加者への招待状発送など非常に多忙。お肌も荒むというものです。だからこそ、基礎化粧の部分こそプロの技に期待したい。思えば愛され女子の一番のポイントは「お肌の清潔感」ではなかったでしょうか?
そんなわけで、見違えるほどきれいになった鏡の中のお肌には我が事ながらしげしげと見入ってしまったのでした。
一通りメイクが終わると、次は美容師の石島さんと真理子さんのお二人に髪型をもりもりと整えていただきます。前掲の写真のとおりわたしは髪が短いのですが、ロングのウィッグを足してあっという間に華やかなヘアスタイルに。
そして再度ドレスに着替えたあとは、手袋やアクセサリーを足してスタジオへ戻ります。
今回撮影を担当してくださったのは、このモニターではお馴染みのカメラマン・藤原さんとアシスタントの小野寺さん、小林さんの3名。天使の笑顔が苦手な桃生はうっかりすると気合が入りすぎて演歌調になりがちなのですが、お笑い芸人のようなテンションで話しかけてくださる3名の明るいコンビネーションによって着々と撮影は進んでいきます。
おおおおおお……。たぶん、この写真を見て一番感動したのは私です。(笑)
さて、続いての撮影はカラードレス。
これは以前お邪魔した際に一目ぼれで「着たい!!」と思っていたものを選びました。
ピンクとこげ茶のアポロチョコ配色に合わせて、ベースメイクはそのままにメイク担当の増尾さんの手でどんどん変身していく鏡の中の自分にまたびっくり。
驚いたのが、がっちりとヘアスプレーで固めたはずの髪の指通りにぜんぜんゴワツキがなかったこと。これなら撮影中のアレンジはおろか、撮影後帰宅する際も自然な髪型に戻って帰れます。
お客様へのうれしい気配りはまだまだ続きます。ドレスに着替えている間も、「疲れませんか?」「お手洗い大丈夫ですか?」。至れり尽くせりの心遣いに、たぶん、ここにエステサロンなど併設されればきっと通ってしまうに違いないと確信しました(笑)
「ウエディングドレスは大人っぽくしたから、今度は思い切って可愛くしましょうね」
増尾さんのお言葉通り、先ほどのロングのヘアスタイルとは違う重心を上げたふんわりしたアレンジの髪型、ピンクを足したメイクで気分はロココのお姫様です。サンルームのようなフィッティングルームでアクセサリーなど選んでいただいていると、本当に一生ものの写真を撮っているのだなあ、としみじみとした感慨が襲ってくるのでした。
さて、変身後の撮影は小物なども使って進みます。
ポージングを付けてくださる合間にも裾周りのお直しなど細かいチェックが入り、スタジオの隅から隅まで使って最善のポイントを探してくださるので撮られているほうは気が楽かと思いきや、気を抜いたりすると指先がたるんだりして撮り直し、なんてことも。自然光だけでも十分なほど明るいのですが、位置を変える度にライティングをし直していただき、スタッフの方の「一枚」にかける気合を感じました。
撮影中も撮影後も、スタッフのお一人お一人が常に笑顔で働いていることが印象に残ったモニター最終回。現在は成人式や卒業シーズンに向けて、スタジオは連日大賑わいの様子です。
それでも、「一枚一枚を丁寧に、一番きれいに」が徹底されているのはさすが。
タイトなスケジュールを縫ってでもぜひここでまた撮りたいな、と思わせて頂ける一日でした。
* * *
女子部発足当初よりご協力いただいたスタジオ ラ・フォーレさまのモニター企画。
現在、こちらのスタジオではオープン記念企画として様々な特別優待企画を実施されているとのことです。ドレスに限らず新作の振袖や衣裳も続々入荷しているとのこと。
ぜひ一度読者の皆様も足を運んでみてください!
きっと一生ものの1枚が撮影できると思いますよv
今、輝いている女性に会いたい、お話を聞きたい――そんな思いからJunkStage女子スタッフが各界をリードする女性にインタビューをするこちらの企画。
第4回目のゲストは、「やすらぎの別邸 四季亭」の経営者であり、「ふじさん牧場」の牧場主でもある鷲野珠里さんの記事をお届けします。
自然豊かな山梨の山間に2006年純和風のプライベートヴィラ「やすらぎの別邸 四季亭」をオープンさせた鷲野さん。東京でのOL生活から一転、牧場主となるまでのお話を伺いました。
■さて前半ではプライベートヴィラ「やすらぎの別邸 四季亭」を中心にお話を伺って来ましたが、後半では昨年2008年にオープンされた「ふじさん牧場」についてお聞きしていきたいと思います。四季亭のオープンから2年。宿だけでなく牧場を始められたきっかけはなんだったのでしょうか?
— 以前よりお泊り頂いたお客様から「自然を触れ合える場所を紹介してほしい」という要望が多かったのですが、近隣になかなか紹介できる施設がなくて。それであれば自分たちで何かできないかなと考えたのがきっかけです。
四季亭のまわりは自然しかないので、その自然を生かした何かができればお客様の満足度アップにつながる、と同時に新しいお客様にも来て頂けると思いました。DASH村のように自然体験みたいなことができればよかったのですが、○○の里や果樹園、農園などいうとイメージが伝わりにくいので、誰もが想像しやすい牧場という名前にしました。牧場というと動物がいて、触れ合えて…なんとなく遊びに行きやすい雰囲気があるのと、富士五湖地域に牧場がなかったので、新しい観光地になると思いました。
■ OLから宿の経営者、そして牧場主へ。牧場オープンのまで道のりは平坦なものではなかったと想像できますが、いかがでしたか?
— どうやったら牛や馬、羊を飼うことができるのか…という初歩的なところからスタートしました。当たり前ですが、牧場で飼う動物はペットショップにいるような動物ではないので、まず山梨県の畜産課に突然電話をして「牛って飼うことができるんですか?」ということを聞きました。それが2008年3月のこと。それからわずか半年後の8月には牧場をオープンしました。
わずか半年で牧場をスタートさせるという急ピッチな作業でしたが、四季亭のオープン時同様、さまざまな方の協力があってできました。その中で一番大変だったのは自分たちで山の木をチェーンソーで伐採して整地をしたこと。業者まかせではなく、できることはすべて自分たちでやったので、とても大変な作業でした。山の木を切るには伐採許可というものも必要でその許可が下りるまでに1ヶ月近くもかかり、作業工程がさらにタイトなものになりました。また、山梨県の畜産関係の方々には本当にお世話になりました。犬も飼ったことのない素人が牛や馬を飼うという無謀な試みに快く力を貸していただき、様々な方に声をかけて下さったおかげで牛は清里の牧場、馬は河口湖の牧場の方からお借りできました。羊は県営の八ヶ岳牧場から購入しました。
自分たちだけの力では何もできず、皆様のお力があってこそ、オープンにこぎつけられたと思っています。オープンで一応一区切りをつけましたが、これからが本当のスタートでまだまだ毎日手探りの状態です。
■ 鷲野さんのほっそりした様子からはチェーンソーを持って木を伐採される姿が想像できませんが、本当に手探りの道のりだったんですね。これからが本当のスタートということですが、ふじさん牧場でのこだわりなどはありますか?
— こだわりのポイントはいろいろあるのですが…食、遊び、動物とのふれあいには特にこだわっています。
まず食のこだわりですが、なるべく地元でオーガニックのものにこだわった食材をそろえています。例えば、「美味しんぼ」という漫画にも登場する地元の武藤さんという農家の方が作った日本一の有機米「みずほ米」や、抗生物質を一切使用しないで育てた忍野村産の地卵など、ふじさん牧場にいらっしゃった方には安心安全で美味しいものが食べられるというようにしています。
次に遊びのこだわりですが、遊園地のように作られた遊具設備ではなく、自然をいかした遊びを楽しんでもらいたいと思っています。竹馬や木のブランコ、竹で作ったすべり台などがお楽しみいただけます。今後はツリーハウスなども作る予定です。
最後に牧場ならではの動物とのふれあいですがなるべく自然体の動物の姿を見せたいと思い、羊は放し飼いにしています。馬や牛も動物小屋に行けば簡単に触れあえます。畜産経験のない私たちだからこその触れ合い体験を提供できればと思っています。
■ さまざまな経験を通して、いろいろな角度からお客様に楽しんでいただけるようにと努力されているのをとても感じます。新しいことの連続で充実した日々を過ごされていると思いますが、今一番楽しいことはなんですか?
— 四季亭も牧場もまだまだスタートラインにたったばかり。これからいろいろな企画をやるにつれ、どんどん盛り上がっていくと思います。ここに石釜をつくってピザを焼こう…とか、ツリーハウスと作ろう!とか、水田を作ってみたら…などと妄想しているときが今は一番楽しいです。
■ まだまだやりたいこと、やれることがたくさんあってお話を伺っているだけでワクワクします!これから四季亭、ふじさん牧場を通してどんなことに挑戦していきたいですか?
— 大きな目標は「富士五湖地域のブランド力アップ」。
日本一の山、富士山や富士五湖という素晴らしい自然遺産があるのに、軽井沢や箱根のようなブランド力が足りないので、観光地としてもっともっと発展させていきたいですね。そのために、自分たちが発信源となることが重要と考えています。
四季亭・ふじさん牧場から発信していく“何か”を作り上げたいと思っています。
第1弾として、山梨版の日経新聞に取り上げていただきましたが、ワインかすを食べて育った「富士山ワインラム」の販売を12月に予定しています。ワインの名産地、山梨県勝沼のワイナリーからぶどうの絞りかすと地元の豆腐店からもらったおからを使ってえさをつくり、それを支給することによって、ワインラムを作ります。いまは飲食スペースが全て屋外なのですが、いずれ屋内の建物をつくり、そこでワインラムを使った料理を出せればいいなと思っています。
■ ワインラムの販売もいよいよ目前ですね!山梨の豊かな自然を肌で感じるだけでなく、舌でも感じられるのはとてもうれしいですね。四季を通して楽しめそう!
それでは最後にJunk Stageの読者に一言お願いします!
— 東京生まれ東京育ちの本当に普通のOLが、なぜかいまは牧場と宿の運営に携わっています。人生どんなことが起こるかわかりませんが、今まで経験したことはひとつもムダなことはなかったと思います。この経験も次につながると信じて、前向きに進んで生きたいと思います☆山梨へいらっしゃる際には四季亭&ふじさん牧場へぜひ足をお運びくださいね!
■ ありがとうございました!今後も鷲野さんの挑戦を期待しています。
(聞き手:蜂須賀彩)
読者の皆様、こんにちは。
紅葉の美しい今日此の頃、いかがお過ごしでしょうか?
今月の雑記は、照山がお送り致します。
先月、コラム「日本画の手引き」連載中の日本画家・池上紘子さんの個展にお伺いしたのですが、ちょっと不思議な、心和む体験でしたのでそのことを。
場所は、文学の香り高い文京の、千石駅から徒歩8分。「千石空房」という下町のちいさなギャラリーと聞いていたのですが…到着してみると、昔の長屋作りの木造建築に、外壁にはたくさんのお面やおもちゃがかかっていて驚きました。
「??駄菓子屋さん??」
と不思議に思いながら足を踏み入れると…広い土間におもちゃやお菓子、本やCD、なぜか芸能人のサインまでがずらりと並ぶ、とても不思議な空間でした。
こちらのギャラリー、すぐ隣で万年筆屋を営む職人のオーナーが有志を募り、工房・ギャラリー・カフェとして改装したお店だそうです。
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土間を上がり、畳部屋の奥にある急な階段を見上げるとそこに、池上さんの牡丹の絵がありました。蹴上げのない急な階段を上ります。
すると、「いらっしゃいませ」と、なんと着物で出迎えてくださる池上さん。
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2階の部屋には、ちゃぶ台、藤座布団、ローソファに水屋とアンティックなTV、そして壁面ぐるりと池上さんの美しい日本画が。
昭和初期にタイムスリップし、絵の好きな方のお家に遊びにきたような不思議な空間でした。
池上さんの煎れて下さったお抹茶とお菓子を頂きながら、制作秘話や展示会の話など作品についてお話を伺いました。
池上さんの絵は、写真で見るよりも暖かみがあって、素敵でした。
中央にあった、深い碧が印象的な湖の絵は、志賀高原国立公園だそう。
現地での感動のあまり、30号の大きさ(910×727mm)をたった2週間で描き上げてしまったという力作でした。
また写真左上、今年の市販の年賀状のデザインに使用されているという、後ろ姿の虎の絵がキュート!
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その場にいらしたほかのお客様(勿論初対面)とともに、なんだかお茶飲み友達のような雰囲気で和やかに過ごさせて頂きました。
ちなみに、ちゃぶ台にあった芳名帳を捲ってみると…なんとJunkStageにて連載中の、仏師の紺野さん、映画評論の東出さん、ミュージカル女優ののあさんが来場していた様子。
スタッフ陣には全く連絡が入っていなかったのですが…(笑)。
こうして人との交流が勝手に生まれて行くのもJunkならではですね。
来年5月には、なんと池上さんの個展会場で、のあさんが歌うというイベントの企画もあるとのこと。
また、年末に向け参加される展覧会も沢山あるそうで、なんと今日からまたこの千石空房で、干支をテーマにした4人展を開催されるとのこと!(詳細は→コチラ)
ご興味のある方はぜひお立寄りくださいませ。
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若手の芸術家が忙しいというのは、とても素晴らしいことだと感じ、
また、池上さんの心づくしに癒された秋の一日でした。
今、輝いている女性に会いたい、お話を聞きたい――そんな思いからJunkStage女子スタッフが各界をリードする女性にインタビューをするこちらの企画。第4回目のゲストは、「やすらぎの別邸 四季亭」の経営者であり、「ふじさん牧場」の牧場主でもある鷲野珠里さんの記事をお届けします。自然豊かな山梨の山間に2006年純和風のプライベートヴィラ「やすらぎの別邸 四季亭」をオープンさせた鷲野さん。東京でのOL生活から一転、牧場主となるまでのお話を伺いました。
■「やすらぎの別邸 四季亭」。2006年8月にオープンということで3年目を迎えましたね。東京で生まれ育った鷲野さんが山梨で宿業を始められるまでの経緯をお聞かせ下さい。
ー2002年に夫が仕事の都合で富士山麓の山梨県富士吉田市に移住しました。当時、マーケティング会社の立ち上げに参加していた私は東京に残り、週末だけ山梨に通うという週末婚をスタート。3年経ち、仕事が一段落したところで2005年の秋に山梨へ移住しました。東京で忙しく働いていたので「自然とともに生きる」という初めての田舎生活がとても新鮮で、こういった生活は都会の人たちにはきっと楽しんでもらえるのではないか、と考え宿業を始めることを決意しました。自宅の周りにあった空き家となっていた別荘6棟を自分たちで半年かけリノベーションし、四季亭をオープン。貸別荘としてお客様にご利用いただいています。
■OL生活から一転、宿の主人として切り盛りされるのはとても苦労が多いのでは?と思いますが、オープン後に大変だったことは何かありますか?
ーオープンが8月だったため、いきなりのトップシーズンでのスタート。おかげさまでオープン当初から連日満室が続き、慣れない中で無我夢中の毎日でした。その中で一番大変だったのは、オープン2週間目のお盆の最中に起きた井戸の故障!落雷により井戸が故障してしまって宿の全ての水道がストップしてしまったんです。夜中の12時にお客様から一斉にお電話がきて初めて気付くという状況。すぐに全てのお部屋に事情を説明に行き、水を買いに走って、翌朝一番でペットボトルのお水を届けました。幸いどのお客様も「天災だから仕方ないわね」と、逆に気を遣っていただき、励まされたのをとてもよく覚えています。お盆の最中ということで、業者の方も全てお盆休みだったのですが、私たちのためにお休みを返上して、夜中から翌日にかけて直して下さった電気屋さんや水道屋さんには頭が上がりません。けれど、このような事故があった中でも、一日も宿を閉じることなく営業し続けられたことが、大きな自信につながりました。
■オープン2週間目でのピンチ!くじけてしまいそうだけど、逆にバネになっていよいよ宿業に専念されるきっかけになったのではないでしょうか。四季亭の女将として表へ出られるので苦労とともに嬉しいことも多いのではないでしょうか?
ーそうですね。お客様に「とてもよかったわ。ありがとう。」との言葉をいただけた時はとても嬉しかったです。お客様と直接やりとりしているので、お客様の反応がわかりやすくやりがいを感じます。例えば、お出迎えで失敗してしまっても、その後の応対によってプラスの評価をいただけることもよくあります。意外と厳しいご意見をおっしゃるお客様がリピートして下さる確率が高かったりして、とても面白いですね。
■鷲野さんのこだわりももちろん、お客様とのやりとりからよりよいサービスを発見されることも多そうですね。四季亭のこだわりや、ご自慢、オススメのポイントはどんなところでしょうか?
ーお部屋の清掃やアメニティ、リネン類などホテルや旅館と同じようなクオリティを維持しながら自由度の高いサービスをしている点でしょうか。お食事に関しては基本的に宿泊にはついていませんが、ご希望の方には朝と夜とそれぞれお部屋食を用意したり、近隣の美味しいレストランを紹介させていただいたりと、お泊まりになる方にはご自身の別荘のようにご利用いただける点が好評をいただいています。また、お客様のご要望にお応えしていく中で、一番の富士五湖滞在をご一緒に作り上げていく、ということを目標にしています。そのため、どんな些細なことでもお調べするコンシェルジュサービスもご提供させていただいています。本当にいろいろなことをご質問されるお客様が多いので、他のお宿と比較しても、ご宿泊前のやりとりがとても多いのが特徴だと思います。ご宿泊当日だけでなく、事前にさまざまなやり取りをする親切さが四季亭の評価につながっているのかなと思います。
■そうですね。お宿に限らず事前に多くやり取りしていると安心して利用できるな、という経験はよくありますね。ところで、東京から山梨への移住で戸惑われたことも多いのでは?と思いますが、いかがでしたか?
ー戸惑ったことは全て(笑)四季亭での仕事に限らず、山の中での田舎暮らしが初めてだったので虫の多さや自然の厳しさなど、当たり前のことにびっくりすることが多かったです。けれど、日が昇ると同時に一日が始まって日暮れとともに家へ帰る…という人間らしい生活ができることに感動しました。以前は忙しい毎日を過ごしていましたが、今は1日24時間がとてもゆったり流れているなと感じます。都会での刺激的な生活はもちろん楽しくて捨てがたいけれど、田舎での暮らしが人間本来の姿かなと思います。四季亭がある場所は東京から90分の距離なので、両方のいいとこ取りをしつつ過ごしていきたいですね。
後半へ続く
鷲野珠里
「ふじさん牧場」(http://www.fujiboku.com)の牧場長と「やすらぎの別邸 四季亭」(http://www.fuji-shikitei.com)の女将を兼任。大手都市銀行の窓口業務と女性向けマーケティング会社の設立を経て、2006年に山梨へ。同年8月に「やすらぎの別邸 四季亭」をオープンする。
こんにちは。須藤です。今月の雑記を担当いたします。なぜなら、久々にネタがあるから…。
行ってきました!沖縄西海岸。沖縄といえば、3~4年前に、JunkStageスタッフであるちえさんと行って以来。ひさしぶりです。
2時間半くらいで到着。まずはホテルへチェックインです。
今回の旅は「あくせくしないもん」がコンセプトだったので、ホテルがとても重要だったのです。
そして選んだのは、雑誌で「いま泊まりたい沖縄ホテル」第1位だった、カフーリゾートフチャクです。
で、でかい。思ったよりでかい。5~6キロ離れた真栄田岬からもどでかく見えてます。
そして、お部屋。すごいです。ブセナテラスとか、ぜんぜん目じゃないです。広さが違う。
ただのツインルームなのに、普通のホテルのスイートに匹敵する広さ。
ベッドルームとリビングルームが別。そして寝てもあまりあるバルコニーから海!
全室オーシャンビューで、このお部屋はお風呂からも海!
7月にOpenしたばかりとあって、ホントにとっても綺麗。。。
そして、長期滞在を推奨しているらしく、お部屋にキッチンがついてるんですよ。
建物はちょうど西向かいにつくられているので、お部屋から海に沈む夕陽が見えます。
こりゃ、たいした宣伝とかしなくても、西海岸でひとり勝ちするでしょうね(広告屋的発想)。
お昼ごはんはビュッフェだったので期待していなかったのですが、メインを選べるプリフィクス。
私はうにのクリームリゾットにしたのですが、死ぬほどうにが入ってました。
ビュッフェも、地産地消に基づき沖縄の食材がいっぱい使ってあります。
ル・クルーゼのお鍋に入ってるビュッフェは見た目もとっても可愛いです♪
サンマリーナビーチへお散歩へ行き、向かいの恩納ガラス工房でガラス吹き。作ってきました♪
そのあとはホテルへ帰って(もうこのホテルから出たくない)、プールで泳ぎます。
…ええ、10月です。泳げます。ヨユーで。プールは水平線と平行に作っているというこだわり!
疲れたら、ふわふわクッションのソファーでうとうとします。
寒くなってきたら、温水のジャグジーに入ります。
脱衣室には水着の脱水機がある気遣いに、ランドリー、ジムもあります!ここ凄いよ!
カフェ&バーではここでもうれしいお気遣い。
なんと、おつまみにするチーズが、一切れ100円で売っているのです。
チーズの盛り合わせって、頼んでも多すぎたり口に合わなくて残したりするので、これはよい。
宿泊者にはワンドリンクチケットもついていました。
さて2日目。朝の7時から動く予定でしたが、あまりにホテルから出たくないので予定変更。
朝からオーシャンビューのお風呂へ入り、ベッドでごろごろして、バルコニーで空を眺めて。
チェックアウトぎりぎりの時間にホテルを出て、リベンジ・美ら海。
なぜリベンジかというと、大学時代この近くに行ったにも関わらず改修中(移転?)だったから。
ここは、説明する必要もないでしょう!凄かったですよ。評判通り。
そのあとは移動して、青の洞窟へ行きました。
台風後の高波で、岩に打ち付けられそうになりましたが(汗
インストラクターのお兄さん、「はーい、大きな波きますから、ふんばってー」って、どうやって…。
「あっち行くとサメ出ますからダメですよ」って。単独遊泳は危険みたいです。
こうして、遊ぶに遊んでかえってきました。リフレッシュです!
そして、おすすめですよ…カフーリゾートフチャク。
フチャクは地名で、面しているビーチが「フチャクビーチ」。カフーは「果報」の沖縄弁だそう。
ちなみに…ホテルのお隣半分は、なんとレジデンス棟…誰か買ってくださいw
シルバーウィーク最終日。定休日である水曜日にスタジオを開け、七五三の前撮りで賑わうスタジオラフォーレさんにお邪魔して来ました。
Junk Stageのイベントで花嫁役でありながらひたすらウェディングドレスの裾を踏んでしまった私なので、もちろん当初の予定通り和装にチャレンジして来ました。そしてなんといっても今回の目的はカツラをつけること。バレエの発表会でつけ毛をすることはあってもカツラをかぶる機会がなく、ぜひ挑戦してみたかったのです。
スタジオに到着し、まずはカツラをかぶる下準備として髪をまとめます。その後、本日の白打ち掛け・色打ち掛けを試着。ヘアメイクも含め、マネージャーの真理子さんに最終チェックをしていただき、ふたたびメイクコーナーへ。
ヘアメイク担当の増尾さんの手によって写真撮影のためにみるみるうちに白くなるお肌。ファンデーションを何色も使い、シミ一つないキレイなお肌にしていただきます。仕上げにはお着物にあわせ、真っ赤な口紅をさします。普段はグロスだけで済ませてしまうので紅いリップに気持ちも高まります。
続いて前撮り用のお衣装がずらりと並ぶ2階のフィッティングスペースへ移動し、着物の着付けをしていただきます。着物を美しく纏うために綿で体型を補整。見た目には分からないけれど胸板の厚いアメフト選手になったよう。あとは打ち掛けを着るだけ…というところで再度メイクコーナーへ。いよいよカツラをかぶります。髪の毛がひきつれないように整えていただいて頭に装着。似合わなかったらどうしよう!ドキドキしながら目を開けると意外なことにしっくりなじんでる。おでこが広いからかしら、とふと思いましたが、みなさんから似合うわねーとお褒めの言葉をいただき満足。綿帽子もかぶり、撮影に臨みます。
まずは古民家風の建物をいかして階段下のスペースで撮影。視線や表情を指示していただきながら、立ち姿、座った姿勢、アップとさまざまな構図で撮影していただきます。お客様から見えるスペースなので撮影中に「おめでとうございます」と声を掛けられ、つい調子に乗って「ありがとうございます」と答えてしまいましたが、、、すいません、モデルでした。メイクや衣装をつけると本当の花嫁になったように自然な笑顔ができるので不思議です。早く本物の花嫁になりたいものですね。
さてぜひにと望んだカツラですが、30分もつけていると首にずっしりくる重さ。きちんと付けていただいたので髪が引っ張られて痛かったりということはありませんでしたが、首って筋肉あるのね…としみじみ実感。3カット目になると目の奥からじんわり疲れが広がります。なんだかこわばった表情になってしまってるかも。まだスクリーン前での撮影が残っているのにこれではいけない!と喝を入れてスクリーンの前に移動です。ここではよく撮られるポーズ、宝塚風(!?)のポーズなど数カットを撮影。お扇子を持つ手を上げてみてーとの指示をうけるも、お着物の重さで思うように腕が上がらない。式や披露宴にお着物で参加するって大変なのね、と驚かされました。
そして出来上がった写真がこちら。
白打ち掛けの撮影が終了。一旦休憩をはさみ和装のカツラから洋髪へと変身します。アンコやつけ毛をもりもりにつけ、あっという間に華やかな洋風のヘアスタイルに。お花のコサージュも目一杯つけて色打ち掛けの撮影です。
あざやかなエメラルドグリーンがポイントのめずらしい色打ち掛け。前回伺った際にみたときは、絶対に着こなせない…とためらってしまったデザインでしたが、ヘアメイクをばっちりしていただいて袖を通してみるとあら不思議。とってもあでやかな打ち掛け姿になりました。白打ち掛けの時と同様、他のお客様(男の子たち!!!)からきれいだね、と褒めてもらってなんだかとっても幸せな気分。
今日の打ち掛けはあざやかな色合いもさることながら袖と背の刺繍がとても美しいデザイン。そのデザインを際立たせるため、立つ角度、座る角度、腕の位置など細かい指示が飛びます。しかし、本当にお着物は体が思うように動かないのが一番の難問。うしろを振り返るポーズを求められると思わず「うっ!」と声が出てしまいました。さすがに着物を着て4時間以上…体力も限界です。
そして出来上がった写真がこちら。
撮影の合間に、他のお客様とのお打ち合わせや撮影をのぞかせていただきましたが、七五三の早撮りシーズンということもあり、成長するお子さんたちに大きくなったわねーと声をかけているスタッフの方の姿が印象的でした。ラフォーレさんにはお子さんたちやカップル、ご家族のお写真が飾られていますが、和気あいあいとした雰囲気が伝わるのは気さくなスタッフの方がたくさんいらっしゃるからかな。小さい頃から同じスタジオで撮り続ける経験がないので、とてもうらやましい。これからは積極的に写真館に通いたいですね。
担当していただいたカメラマンの藤原さん、着付けの岡部さん、スタッフの久保田さんとぱちり。今回はお客様の撮影の合間を縫ってのタイトなスケジュールでしたが、みなさまありがとうございました。モニターも残すところあと1回。最終回はJunkStage編集スタッフ桃生がうかがいます。お楽しみに!
今、輝いている女性に会いたい、お話を聞きたい――そんな思いからJunkStage女子スタッフが各界をリードする女性にインタビューをするこちらの企画。第2回目のゲストは、ポールダンサーのATSUMI(あつみ)さん。
ポールダンスに出会うまでを伺った前回に引き続き、今回の後編はスタジオ設立、すぐに起こった一大ブームとその後についてお伺いしました。
ースタジオが開設されて、ポールダンス自体の注目度がもの凄く上がったと思うのですが、そのころと今とでポールダンスを取り巻く環境というのは変わりましたか?
それまでは、取材といってもいかがわしい内容のものもあったのですが、そういういったものはお断りして、フィットネスとしての部分を前面に出していった結果、この頃には一般紙や TVでのニュース番組、バラエティ番組、ラジオなどからも取材が来るようになりました。
あの時はもうほんとうに忙しかった!幸いなことに沢山のメディアが注目してくださって…その頃は、ポールダンスの地位を上げたいという思いでがむしゃらだったので、とにかく沢山仕事をしました。
ークラブシーンでも、ポールを設置してくれてレギュラーでポールダンサーが出るというイベントも一気に増えた時期でしたね。
そうですね。当時、私も出演・監修した大手ランジェリー企業のイベントや、その他にもフジロック、サマーソニック等の音楽フェスなどの大きなイベントでも、ポールダンスを取り入れるオーガナイザーが増えていきました。同時期に持ち運びできる、つっぱり型のポールの販売が始まったのも大きかったと思います。
最近はファッションフォトや、ポップアーティストのPVなんかでもずいぶん目にするようになりました。
ーまさに、ご自身が目標とされてきた地位の向上が行われてきたのですね。その当時の目標は叶ったとお考えでしょうか。
確かに、その当時目標としていたことは予想よりもずっと短い時間でクリアすることができました。私が始めたころは、ほんとうにストリップのことだと思われていた位だったので、そこから考えたら、かなり変わったと思います。
ただ、現在の状況についていえば、今は、やりたい!という子が沢山いるけれど、受け皿は結局深夜イベントや夜のお店が多かったりしていて、、、私は以前から、ポールとお酒はもう少し切り離しても良いのではないか、という意識があるんですね。
もちろんショウの現場の数自体はどんどん増えていますが、そういった方向性のままだと、全体としてはやはりいかがわしいイメージを抜けきれなくなってしまうのではないかと思っていて、その辺りにはジレンマを感じています。
ポールダンスというのはそれ自体でやっぱりとても美しくて、主役になれるダンスですしね。
たとえば音楽イベントなどに出演させて頂いての経験談なのですが、バックダンスという位置づけでもポールを始めるとお客さんは結構こっちを見てしまうんですね。
それだけ強烈なものだと思うし、だからこそやりたいと思ってくれる人が多いのだと思います。
■スタジオについて、経営者として
ーポールダンスの美しさ、アクロバティックな凄さなどはだいぶ浸透してきましたが、実際に習いにくるのはどういう方々が多いのでしょうか?
そうですね、もちろんショウに出たい、プロになりたいという方や、既にアーティストとして何らかの活動をしていて芸域を広げたい方もいらっしゃいますが、うちのスタジオでは8割くらいが「習い事」として初められる方です。
「ちょっと人とちがうこと」をしてみたいという動機でいらっしゃる方が多いみたいですが、中には「ショウに出るなんてとんでもない!」と仰る方も居ます。
ーそういう方でも続けられるのでしょうか?
続けてくださるかたは、ずっと通ってくださっていますね。
あと意外と、やってみると結構無邪気に楽しかったりもするんです。小さい頃、登り棒や回るジャングルジムに夢中になったような感覚だったり(笑)。それとやっぱり「主役になれる」感があるのだと思います。
ー女性らしさを表現するのにも、ポールダンスはとても有効な気がします。
以前はフィットネスという方向で売出していたのですが、最近になって思うのは、やはりポールダンスは「踊り」なんだなということ。
私は男女問わず「踊り」=「色気」が大事だと思っているので、そういった部分が発揮し易いダンスかなと思います。
最近はレッスン内容も、より振り付け部分を多くしたり、技と技のつなぎを意識してもらったりしています。
ースタジオ運営にあたってのモットーなどはありますか?
それは当初から変わっていません。「楽しく、長く踊れる身体づくり」です。生徒さんを見ていても、身体ができてきたら自分のやりたい技も、表現もどんどん決まるようになっていくんですよ。それが素晴らしいな、と。
ー大変だった事などはありますか?
まさか物件が借りられると思っていなかったので、スタジオ開設当時は、経営に関しては全くの素人で、やっぱり大変でした。最初は手探りで、同じく個人事業主の美容師さんやスタイリストさんなどに相談したり、経営者向けの堅い内容のセミナーに通ったりもしました。
また、スタッフが増えるにつれて、代表として振る舞う難しさに悩んだ事もありましたし、つい最近までは株式会社にするかどうかでかなり迷っていましたね。会計士さんなどに何度も相談しに行きました。そんなふうにして試行錯誤してきて、いまは自分のなかでは経営者としてのスイッチが80%を占めています。なんというか、もう、お母さん気分ですね。スタジオが子供、そんな感覚でいます(笑)。
■ダンサーとして、また女性として
ーATSUMIさんご自身は今後はどのような活動をされていく予定でしょうか。
私は自分はとてもラッキーだったと思っています。色んな方との出会いがあって、また色んな方の協力があって、おかげさまで比較的短い時間のなかで、ポールダンスをメジャーにするという当初の目標は叶ってきたように思います。
ポールダンサーATSUMIとしてのいまの私に今後できることは、後進を育てる、ということなのかなと感じています。
ありがたいことに、今、生徒さんの中から地方から通って下さっている方が何人かいて、
「地元でスタジオを開きたい、教え方を教えてほしい」という声があるんですね。まずはそいういった声に答えていければと考えています。
また、私本人の活動としては…私は年齢を重ねてもずっと踊っていきたいと思っているので、実はポールダンスという形にはこだわっていないんです。踊っていけるのであれば、ポールダンスでなくても良いかもしれない、と思っています。
実は去年の夏、練習中に腕を痛めてしまって…しばらく活動を控えていたんですね。ちょうどそれがやっと完治したところで、昨日、治った腕で自主練習をしていたら、とてもわくわくしてきて想像力が湧いてきて…
やはり私の人生の優先順位は「ダンス」が一番なのだなと実感したところだったんです。でもちなみに、昔とはちょっと変化した部分もあって…今まではダントツで1位・ダンス、2位・ダンス、3位・ダンス……10位・恋とかだったんですが、
30歳をこえて、少し意識が変わってきました。今はちょうど、その変化も含めて、表現者としても女性としてもネクストレベルを模索しているという感じです。
ーエポックメイキングな存在だったATSUMIさん。どんな道程でそこに至ったのかを伺ったのですが、ご本人は鮮やかな笑顔が印象的な、気さくな女性でした。
ポールダンスを世に出した女性はどんな方だろうと思っていたのですが、試行錯誤しながら「ダンス」という軸を離さなかったら辿り着いた、というお話が印象的でした。
今後のご活躍をお祈りしています!
(聞き手:照山怜奈)

<ATSUMI(高倉 温味) 略歴>
日本初ポールダンススクール「HYPE POLE WORKS」の講師を経て、2007年1月に自身のスタジオPole&Dance studio 『grace a』を東京・三軒茶屋に設立。日本で数少ないプロ・ポールダンサーとして活動。これまでに日本、韓国、上海、台北などでショーを行う他、多くのメディアを通じてもポールダンスを普及してきた第一人者の一人。→http://www.poledance.jp/media_2007.html
2006.12よりGOLD FINGER ポールダンスショー監修、指導を担当。現在は、ダンサー、インストラクター、スタジオ経営、ショーステージ監修などを基盤に、各種メディアにも露出。
今、輝いている女性に会いたい、お話を聞きたい――そんな思いからJunkStage女子スタッフが各界をリードする女性にインタビューをするこちらの企画。
第3回目のゲストは、ダンサー・ポールダンススタジオ主催のATSUMI(あつみ)さんの記事をお届けします。
9歳からダンスを始め、2007年1月、都内で初のポールダンススタジオを設立。
一大ブームとなったポールダンスについて、日本ポールダンスシーン第一人者のATSUMIさんにお話を伺ってまいりました。

ー(スタジオにお邪魔して)こんにちは、今日は宜しくお願いたします。
とても明るいスタジオですね。
ありがとうございます。こちらこそよろしくおねがいします。(と言いながら、ポールから降りてくるATSUMIさん。)
■ポールダンサー・ATSUMIになるまで
ーダンス自体を始められたのはいつごろですか?また、本格的にダンスを職業にと思ったのはいくつくらいのときですか?
最初は部活だったんですよ。9歳のときに、ダンス部に入りました。小学校3年生のときかな。職業として意識したのは11歳のとき。部で、だんだん代表グループに入ってやるようになって…11歳・小5のときに群舞の主役に抜擢されて、小6の時に独舞で賞をとったんですね。
そのころから、将来の夢を書くときには「舞踊家」って書いてたみたいです。たぶん、ほかに思いつかなかったんですよ(笑)。
ーすごく小さいときからですね、ではその後もダンス一本だったのですか?
いえ、高校生くらいのときに、いわゆる夜遊びを覚えてしまって(笑)。おかあさんのお化粧品を使って、バッグとか勝手に借りたりして、こっそり家を抜け出して…っていう。 最初は雑誌でみたクラブに電話をかけて、オープン時間を聞いて、18時だっていうから、18時きっかりに行ったりしてました。
ー当時はまだいわゆるクラブは少なかったのでは?
そうそう、ちょうどディスコ世代のジュリアナが下火になって、その後HipPopが流行る前だったから、ちょうど谷間の時期でしたね。でも、通っているうちに顔見知りができて…その店が、カウンターをお立ち台にしてたんですね、で、行くと皆が「あつみちゃん、踊りなよ」って、場所を空けてくれるようになったんです。
ー携帯電話とかもまだないような頃ですね。
そう!だからそのお店に行かないと皆には会えなかったし、今となってはどこの誰だったのかわからない。でも、小娘だった私にもすごくあたたかく接してくれて。このころは、本格的に習ったりっていうのはお休みしていた時期だったんですが、それがきっかけで、またダンスが楽しくなったっていうのはありますね。
ーではそれでストリートダンスに傾倒していったという感じしょうか。
傾倒というか…そうこうしているうちにちょうど進路を考える時期になって、進学か、就職かと迷っていたんです。…就職活動もして、NHKに面接に行ったりとかしてたんですけれど、なんか違うなと。就職じゃない、進学じゃない、じゃあ、やっぱりダンスをやろう、と。実は、結構消去法で決めたんです。
ーそれは意外な…。
でも、やるからには徹底的にやろう、と思っていろんな活動をしました。ちょうどブームと重なった事もあって、ずいぶんお仕事をさせて頂きました。 就職活動で行ったNHKなんかも、紅白歌合戦のバックダンサーとして行かせて頂いたし。
ー順調にキャリアを重ねられていたのですね。
でもね、25歳のときに腰と足首を痛めてしまって…。いわゆるぎっくり腰と捻挫ですね。それで、そのとき来ていた色んなお仕事も泣く泣く断って…実家に帰ったんです。
ーええっ、でもそこからすぐ復帰されたんですよね、比較的軽い怪我だったんでしょうか?
いえ、結局仕事は全面的にお休みして、2年半ほど実家に住んで居ました。でもまた東京に出てくるつもりだったから、営業の仕事をしたり、アルバイトをしたりしてお金を貯めてたりとかしていました。
ーそこからポールダンスの現場に至る、というのはどういう経緯があったのでしょう?
身体が治ってからリハビリという意味もかねて、フィットネスクラブでと、カルチャーセンターでキッズクラスを教えるというのを始めたんですね。
それが、フィットネスクラブというのは女子大生から、ご年配の方も同じクラスで教えるんです。キッズクラスは、3歳~中学1年生までが同じクラスだったり。それが衝撃的でした。人に教える方法は、そのときにずいぶんと勉強させてもらいました。
前後して、ダンサーとしての現場にも徐々に復帰していったんですが、その仲間のうちの一人が、たまたまショークラブでポールダンスをやってたんですね。初めて見たときに感動して、これは凄い、もっと世に出すべきだ!と思って。 その使命感に突き動かされた感じです。
ーその後、クラブシーンやインディーでの活躍を経て、東京で初めてのスタジオを設立された訳ですね。スタジオ設立にかける思いなどがあれば教えてください。
当時はショークラブを借りてレッスンをしていたのですが、そこが潰れてしまうという話があって…。とにかく、練習場所が欲しかったんです。 で、ラッキーなことに物件が見つかったんですね。ここのスタジオの窓が大きくて明るい雰囲気にひとめぼれしたので、載った雑誌とかの資料と、生徒さん達に書いてもらっていたアンケートを持って、ダメもとで申し込みました。大家さんも、よくこんなその当時まだ世間では怪しげと思われていた業種に貸してくださったなと思うんですけれども(笑)。生徒さんたちのおかげだな、と思ってます。
—後編へつづく—

<ATSUMI(高倉 温味) 略歴>
日本初ポールダンススクール「HYPE POLE WORKS」の講師を経て、2007年1月に自身のスタジオPole&Dance studio 『grace a』を東京・三軒茶屋に設立。日本で数少ないプロ・ポールダンサーとして活動。これまでに日本、韓国、上海、台北などでショーを行う他、多くのメディアを通じてもポールダンスを普及してきた第一人者の一人。→http://www.poledance.jp/media_2007.html
2006.12よりGOLD FINGER ポールダンスショー監修、指導を担当。現在は、ダンサー、インストラクター、スタジオ経営、ショーステージ監修などを基盤に、各種メディアにも露出。
JunkStageをご覧の皆様、こんにちは。
茨城県の写真館「スタジオ ラ・フォーレ」さんのご協力で、女子部の4人が月に1回、持ち回りでウェディング撮影会をモニターして参ることになりましたこちらの企画。
第3回は私、須藤が、前回和装を体験させていただいた照山につづき、洋装のウェディング撮影にチャレンジです。
* * *
さてやってきました2回目のラ・フォーレさん。
えぇ、3ヶ月前から楽しみにしていましたとも! なんせあと半世紀くらいは結婚する予定がありませんから(半世紀くらいしたら一通りやりたいことも済んで落ち着く予定)、若いうちに撮っておいて損はありません。
着くとまずは1時間もかけてドレス選びをしてしまいました。
今日は白のウェディングドレスとカラードレスの2点の撮影。
しかしこの白のドレス、なんせ種類が多いこと多いこと。全部チェックするなんて不可能です! 衣裳館にぶら下がる大量のドレスに埋もれ、ばばば、っとめくりながら、気になったものを取り出して見てみます。
そんな中でも、着たいデザインはいくつもあったのですが、こらえます。
だって女子もアラサーともなれば、酢いも甘いも、いえ、自分の弱みも強みも残念ながらよく理解しています。
とにかく「強みをのばして弱みを補う」=体型のカバー、この一点に集中して選びます。試着3つめでようやく、「着たい」と「カバー」を両立してくれるドレスが。
さてバスローブに着替え意気揚々とメイクブースへ。
前回は普段着撮影ということもあってか、超ナチュラルメイクにしていただいたため、今回は家からある程度のメイクをあらかじめして行ったのですが、さすがウェディングとあってきっちりと、ライティング映えするファンデーション、衣裳に負けないアイラインなどの処理をしていただけました。
須藤はほんのちょっとだけガイジンの血が混じっているため、目を濃くする通常のメイクだとどぎついニューハーフみたくなってしまって品を失うのですが、それを考慮いただいてか否か、適度なメイク。「若い方はだいたいグロスだけなんですが、衣裳に負けてしまうので口紅使いますね」「髪型、なにかやりたいスタイルありますか?」と逐一、確認していただけるご配慮に感謝です。
ヘアセットは、ウィッグなどを使い、やたらボリュームを出すんだなー、と不思議に思っていると、ティアラを載せるからなんですね!
載せるのもティアラか小さい薔薇か、選択を迫られ葛藤です。
泣く泣く薔薇を捨ててティアラを選ぶと、優柔不断な須藤に同情してか、小バラは襟足にさりげなく刺してもらえました(笑)。
意外や意外、ほんの数分で済んでしまうウェディングドレスの着付け。無事、7号で入りました(笑)。選択肢でいうと9号、11号のドレスが多いようですが、背中で締めて調整が出来るので、着たいものがあれば着付けで調整してくださるようです。
そして、「選択の自由」はこれだけでは済みません。アクセサリー選びが待ち構えています。
ネックレス。イヤリング。はたまた手袋からヴェールに至るまで。様々なものを提示され、AランチとBランチも決められない、極度の優柔不断の須藤は冷や汗の連続です。
もはや自己判断は不可能、と思い「どれが似合いますか?」とスタッフの方に泣きつくも、「このドレスに似合うものしかお出ししてないので、あとはお好みで♪」とのお返事。
「ま、迷います…(汗)」との私に、「それがお嫁さんの心境なんですよー」とスタッフさん。
なるほど! だから神田うのさんは、あんなに何回も結婚式をするのですね?!(違うかも)
そして一通り決め、あらためて鏡の前に立つと…
あらあら…。自分で言うのもナンですが、まるで別人です。
化粧と衣裳とは、怖いものです! 人間、というか女子は、加工と装飾でどうにでもなるものなのですね?!
そして狙ったとおり、「隠したい3つのポイント」(箇所は企業秘密)がきちんとカバーされています。
…んが。
撮影スペースに移動するやいなや、女主人の岩田真理子さんに、いちばん悩んだヴェールを「なんかそれ、普通すぎない」とダメ出しを食らいます(笑)。
「せっかくのモニターさんなんだから、普段うちでやらないようなことにチャレンジしてみようよ!」という真理子さんの一言で、撮影現場の空気は一変。
オーソドックスな、ヴェールをかけた「マリアヴェール」から、通常はしない座りのスタイルまで、撮影は真理子さんのディレクションの下、様々に進んでゆきます。
どうも「カメラに向かって天使の微笑み」ができない須藤に、カメラマンの藤原翼さんがミニーちゃんの耳をつけ無理矢理笑わせます(苦笑)。あ、ミニーちゃんの翼さんはしっかり須藤のデジカメでおさえたのですが、しれっと本人により削除されていました…。残念。笑
こうして出来上がった作品がこちら。
んぉ!
…もう結婚式はしなくていいです!(爆)
さて衣裳とヘアスタイルをチェンジして、カラードレスの撮影へ。
本当はパープルのカラードレスを着るつもりだったのですが、普通っぽすぎたので、急遽赤×黒のドン・キホーテっぽいドレスに変更。(でもパープルもいつか着たいv)
キトリっぽいなぁ。。(バレエに明るくない読者の皆様、済みません。)
ヘアアレンジは、変わって真理子さんが担当。結構かっちりと髪をあげてもらっていたのですが、「トリートメントスプレー」というものを使用すると、逆毛を立てた髪の毛もすぐに櫛が通るように。本来はドレスにつけるはずの羽根飾りを頭につけ、赤の混じったウィッグで、どんどん派手になっていきます。
テーマは「アール・デコ風」。
小鳥が飼えそうなスタイルはもはやウェディングというよりはパリコレ。なんだかすごいことになっております。大丈夫かしらと不安もつかの間、ドレスを着てみるとこれがハマってしまうから驚き。
アクセサリーは、今回はすべてお任せだったので気が楽でした(笑)。黒で統一し、幻想的な感じに。偶然、通りがかった店主の岩田力三さんのアイディアでカットを追加したり、臨機応変に撮影が進みます。
実は須藤は、19のときからモデルをしています。
といっても、見事なまでに顔を完全カットされる「手」(ネイル)のモデルです。
ネイルアートのグランドチャンピオンさんのモデルもさせていただいていたのですが、私がなにか(たとえばぼーっとしていて塗ったばかりの指をほかの指にぶつけてしまうとか)やらかしたらお姉様がコンテストの受賞を逃すという、緊張感の半端ない現場。ネイリストのお姉様が、いま塗った指に戻ろうとしているのか次へ行こうとしているのか、塗り残しやはみ出しを処理するタイミングなどをじっと見極めて指先の行動を変える手タレは、心身ともに重労働。にも関わらず、手タレなんて所詮、現場にでれば「小道具」扱い。
「撮影」といえば、そんな現場を繰り返してきたので、「疲れますよね?」なんて気を遣っていただき二重にびっくりです(そんなこと言われたことない)。実際、快適でスムーズ、撮影自体は2衣裳あわせて2時間ほどで終了したので、全然疲れませんでした。
こうして出来上がった作品がこちら。
終わったあとは、女子部恒例となった真理子さんとの昼食がてらの恋愛談義。
この日はスタジオのすぐ隣の、ピザ屋さんに連れて行っていただきました。これが美味しい! サ●ヴァ●ーレを超えました。加えて、「撮影までは減食!」と決めていたこともあり、もうなんか、見境なく本能のままに食べます。(いかん、3週間後にはJunkStageの一大舞台公演が控えているというのに、ドラえもんのような代表では格好がつきません。)
店員さんの中には、成人式にラ・フォーレさんで撮影をした方も多いとのこと。みんなが家族のような、あたたかいローカルさを感じました。
女子部スタッフのお母さん世代より上ながら(まったくもって見えませんが)、現役大学生の息子さんがいる真理子さん。ご主人(現店主、岩田力三さん)はベトナム戦争時の戦場カメラマンで多くの賞を受賞しながらも、「戦争ではなく人の笑顔を撮りたい」とこの写真館をはじめたそうです。そして、戦争が終わるまでひとり待ち続けた真理子さんの恋愛観、結婚観の波乱万丈で示唆に満ちたお話を聞くのは、毎回、女子部の隠れ目的だったりします(笑)。
現在、敷地内に新たにどでかい撮影スタジオを建設中のラ・フォーレさん。
「お金残したって仕方ないからね、生きてるうちにやりたいこと全部やるのよ!」という姐御肌な生き方、見習いたいもんです…。
社会のせいばかりにはしないけれども、この慢性不安と閉塞感の漂う、なんとなく薄暗い世の中。真理子さんのような「オトナ」と接することができるというだけで、私やJunkStageのスタッフたちは恵まれているのかもしれないな、と、このモニターという試みに新たな価値も見出した日でした。東京にばかりいるとわからないこともある、というのは、暑くとも清々しい、ラ・フォーレさんの最寄駅で電車を降りたときから感じたこと。
あらためましてラ・フォーレの皆様、ありがとうございました!
来月は、女子部きっての美女代表であり受付嬢のAyaがラ・フォーレさんにお伺いします。
読者の皆様、来月もどうぞ、ご期待くださいませ!
そして9月5日のJunkStageの第2回公演では、ラ・フォーレさんのご協力のもと、彩と、JunkStageライターであり舞台女優の帯金ゆかりの2人の花嫁をフックに物語が展開してまいります。
これ以上はネタバレになりますので伏せますが、是非遊びにいらしていただければと思います。現在ご予約いただいている方のうち、約半数のお客様がお1人でのご来場です。お気軽にお越しくださいませ!





































