ローリング・ストーンズのギタリストとして知られるロニー・ウッド。このライブは2001年12月11日にロンドンのシェパード・ブッシュ・エンパイアで行なわれたものです。(ライブのタイトルは親友、ジョージ・ハリスン(2001/11/29没)を偲んで、ジョージとの共作曲名がつけられています。)僕の中ではロッド・スチュワートのそっくりさんとしての印象が強いです。70年代当時の2人は、本当によく似ていました。ローリング・ストーンズには1976年加入で、当時は他の兄さん達の弟分のような存在でしたが、2001年の段階では当然、どっしり構えたおじさんです。
楽屋入りする彼の映像が冒頭に少し入っていますが、派手です。いい意味で自由に生きてきた人という感じ。ストーンズの中では存在感が薄めですが、さすがに大看板を背負っているだけの貫禄があります。
ステージの方は娘のリアと共演したり、息子のジェシーも登場し、コアーズのアンドレア・コアーと歌い、元ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュと競演し、リラックスした空気の中でゆらゆらしています。
彼の場合、幸か不幸か薬物ではなくアルコール依存があった程度で、一般人に近く(謎)親近感が沸きます。いわゆる大物ミュージシャンの1人といえる彼ですが、このステージではグデグデのおじさんキャラ全開で楽しいです。摂生して長生きしろよ!って感じ。
ここで彼の周辺の作品紹介。
先ほど書いたロッド・スチュワートとのフェイセズ以来20年ぶりの競演。(厳密には「22年ぶりだ」とロッドがステージで何度も言っているので22年ぶり)「お前と俺」のあ・うんの呼吸を楽しめます。(これも厳密に言うと「俺」ではなく、「僕」ですが、ロッドの一人称を字幕で「僕」にしたのは僕なので、ここでは「お前と俺」にしときます。)
少し脱線しますが、この一人称問題も日本語字幕では永遠の課題です。英語ならI、my、me、mineの4つを使いこなせばOKですが、日本語だと俺、僕、私、あたし、あたくし、わたくし、わし、おいら、ぼく、ボク、おれ、オレ、等々色々あって面倒臭い。僕の場合は男であれば俺、僕、私の3つから選ぶ事がほとんどで、女性の場合は私がほとんどです。文字数節約というのが1つの大きな理由ではありますが、他を使わなくても、読んでいる人が自然にひらがなにしたりカタカナにするような字幕を目指しているのです。文字で過剰に演出しなくても、字幕全体が方向性を持っていると、元の音(セリフ等)と溶け合って、自然にカタカナの印象が残る。または、ひらがなの印象が残る。というのがいいと思っています。文字で演出するという瑣末な問題より、しっかりデータを伝えましょう、という感じ。(まあ、これも主観の問題で、偉そうな事を勝手に言っていると思われても仕方ありませんが、意識はそこにあります。)「どれを選ぶかは、あなた次第」にしてあげるのが親切で透明な字幕じゃないかと思うのです。
さて、話を戻して他の作品紹介。
ゲストのスラッシュが所属していたガンズ・アンド・ローゼズの「デスティネーション・エニホエア」は、発売ソフトではなくMTVでのOA用に1997年に訳しています。これは45分、字幕400枚ほどの短編映画ですが、今はソフトも廃盤。“チャイニーズ・デモクラシー”も遂にリリースされたわけで、こっちも出せばいいのに。
それからコアーズは“Borrowed Heaven”のプロモーション映像(購入者プレゼント用ディスクだったような…)とファーストシングル“サマー・サンシャイン”のPVには歌詞に字幕を入れたりしました。さらに“オール・ザ・ウェイ・ホーム~ヒストリー・オブ・ザ・コアーズ”こちらは海外制作の字幕を日本側で手直ししたパターンです。ライヴと彼らのドキュメンタリーの両方を楽しめる2枚組DVD。
ストーンズつながりも何本か訳していますが、今回はここまでにします。
誤まって放射能を浴びた科学者が日光を浴びるとトカゲ系の怪物に変身してしまうので困る話です。
白黒のせいでしょうが、変身した怪物が妙にリアルです。SFが好きな人は一度はこの怪物のスチルを見た事があるでしょう。でも、主人公の性格が…。「こんな所で泥酔して寝たらダメだよ」(@夜の砂浜)。「ほら、そこでそんな事してると困る事になるよ」(@夜の酒場で女に言い寄り、連れの男達に絡まれる)と、主人公の心の中の天使クンは囁かず、悪魔クンがド~ンと居座り、まんまと困る主人公。
「いくらフィクションだからって、もうちょっと同情したくなる男を主人公にするもんじゃないのか、普通は?」と突っ込みたくなる気持ちを抑えて考えたのです。たぶん、放射能を浴びたせいで主人公は肉体だけでなく精神も変化したんです!そうそう。そうすると、このトカゲは突如として哀愁の怪物になるわけ。
いえいえ、そう思ったのはこう書いている間の思いつき…。だって上司のような博士が作品の序盤で言うんです。放射能事故に巻き込まれたのは、身から出たサビだろ。彼は酒癖が悪かった。二日酔いで現場に行ったんだろ?みたいな事を。
あ~あ、やっぱり自爆じゃん。でも彼の支えになろうと親身になる彼女もいる。そんな彼女を放り出して酒場の女とイチャイチャ…。
やっぱりダメな奴が悲劇的な結末を迎えるヒドイ話です。でもでも、ヒドイ奴でも一介の科学者になる頭はあったわけで、必死に普通の男の子に戻ろうと焦る彼には同情します。(ただ、観客が同情したな~って思うと、すぐ「あ~ぁ、バカだね」と思う行動に出ちゃうんだもん。)
という話なので、褒めませんが、でもやっぱり訳すと愛着がある。酒場での殴り合いのシーンの撮影にはカメラの後ろに何人いたのかな?笑いをこらえつつ立ち会ってた人もいたんじゃないかな?いや、逆にエド・ウッドの現場みたいに、当事者達は思い切り真剣にやってたのかな?なんて、色々想像します。
少なくとも原作・製作・監督・主演を務めちゃったロバート・クラークは、本作を誇りに思っていたと、どこかの英語のサイトに本人のコメントがあったのは見た事がありますが…。(2005年没)
それからIMDBのユーザーコメント情報。初公開は何と「プラン9フロム・アウター・スペース」(エド様作品)と2本立てだったそうです。すごい。(「すごい」の意味が微妙ですけどね。)
そうそう、サウンドトラックには例の「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」でも使われてる音楽も入ってます。(この曲、色んな映画で使い回されてるし。)
ちなみに本作は1959年製作、1962年日本公開。別に関係ないけど「太陽の季節」は1955年。
と、色々書いてきましたが、ごめんなさい。誤訳しました!!
発売版のDVDでは修正したので大丈夫ですが、この作品、じつは以前、ディレクTVのSFチャンネルでの放映用に翻訳した事がある作品で、今回のDVD発売用では当時の字幕を軽く見直せばいいだけだと思っていました。
それで1999年当時の自分の訳を見たらですね…。ええ、最初から間違えてました~。
作品は、けたたましいサイレンの音から始まります。放射能事故発生直後から話が始まるわけです。その後、主人公を乗せているであろう救急車が病院へ急行しつつ、ナレーションが入ります。そこを少し…。
アメリカが アメリカが打ち上げた
人工衛星2機を打ち上げた 人工衛星による――
Immediately after the launching of US satellites number One and number Three into outer space,
その直後 太陽で 太陽が発する放射能の
危険な光線が発生した 新発見は大ニュースになった
newspaper headlines across the country told the world of a new radiation hazard in the sun
放射能より危険な光線だ 宇宙線より危険な光線だ
far more deadly than cosmic rays.
私の同僚の科学者 無名の科学者で私の同僚
ギル・マッケンナ博士は―― ギルバート・マッケンナは
An obscure scientist, my colleague, Doctor Gilbert McKenna had
研究中に この光線を発見 その危険を身をもって知った
already discovered this danger from the sun.
これは彼の物語である これは彼の物語である
This is his story.
………。
いや、話が話なので、「研究中にこの光線を発見したギルの話だよ~」でも、作品のメインの部分には全く影響ないので、どうでもいいじゃん!と、言いたいところですが、せっかく右側のように訳せるのなら、最初から右側のように訳せよ!と自分に突っ込みたくなります。ええ。
でも、とにかく発売版で直せてよかったよかった。(1枚目と2枚目は切り方を変えて、長さを調整し直しました。)
フランスのジャズピアニストによるバッハの演奏はいかがでしょう?
心地いいです。
1970年代にはピンク・フロイド、エルトン・ジョン、スティング、イエスなどと共演もしている1934年生まれの75歳。その音色は若々しく、音楽の素晴らしさ、楽しさを実感させてくれます。
いわゆる「おしゃれな音楽」、「おしゃれなアレンジ」という先入観で聴いてもいいでしょう。「百聞は一見にしかず」ではなく「百文は一聴にしかず」って感じです。
翻訳部分はほとんどありませんでしたが、彼はフランス人で会場はスイス。結局、ドイツ語で曲紹介をしていました。そこでドイツ語の翻訳家の方の力を借りて字幕にしました。
と書くと大げさで、字幕は9枚。全部曲紹介だったので、ドイツ語の翻訳家の方が情報を訳してくれた段階で翻訳も字幕化も終了という状態でした。
とにかく演奏は素晴らしいので、よかったら聴いてみて下さい。
@allcinema
The Atomic Submarine(1959)
潜水艦は(ストックフッテージ以外)自前の映像は全てミニチュアです。最大級の原子力潜水艦も、もちろんミニチュアですがスクリューが回っていたり、それなりにディテールに凝っていて微笑ましい。
当時、子供だったアメリカ人のこうした作品への評価は決まっています。「50年代のB級SFは面白かった。」「子供心に怖かった。当時を思い出して、テレビで放送されるのに気づくと今も必ず見てしまう。」「最近のCGだらけの特撮よりはるかに想像力を掻き立てられる。」などです。
でも、ここまでの評価だと最近の日本人からすると「あぁ、例のB級SFね。吹替えならまだいいけど、字幕を追ってまで見ると疲れるし退屈だよ~」になるわけです。
いけません。見所は他にも色々あるものです。この作品の場合、スタッフ&キャストがテレビ畑の人が多いらしく、セットが安っぽい(ほ、褒めてない…)。いや、安っぽいのではなく、「こなれている」のです。そのため緊張感は高まりません。リアルな空気がない。極寒の北極海の海中を進む重苦しさがない。潜水艦の中なのに「ルーシー・ショー」のような食器棚にコーヒーメーカーがある。さらに「時間ですよ」とか「寺内貫太郎一家」のような画面上の人物配置が楽しかったりします。(テーブルの向こう側だけに人物を置いて、画面の下側はお茶の間の視聴者席のパターン)「潜水艦に空いてるロッカーなんてない」なんてセリフがある割に船室に洋服ダンスがあったり…。とってもテレビ的で~す。
やっぱり褒めてない?いいの。
とにかくストーリーから。冒頭のナレーションを借りて紹介すると、「冒険家ロバート・ピアリーは 20年もの苦難の末――」「1909年に北極点に到達した」「1950年代から60年代の 世界の変貌には彼も驚くだろう」「彼が必死に開拓した 氷の世界が――」「旅行や物流の要衝となっている」「それは空だけでなく 氷の下も同じだ」「広大な北極海の底」「乗客や貨物を運ぶ 原子力潜水艦が――」「何十隻も頻繁に行き交っている」「しかし 謎の惨事が多発し」「北極海航路は ついに閉鎖された」
この謎の惨事の原因になっているのが、なんと…。(ネタバレ自粛)
という話です。ホメロスの叙事詩オデュッセイアに出てくる怪物のような…。
ちなみに本作の1年前の1958年に作られたのがレイ・ハリーハウゼンの「シンドバッド七回目の航海」で、そこに出てくる半獣巨人が…。
たぶん、予算にかなりの差があったんでしょう。このあたりは突っ込むと穴が開きます。
で、そこらへんを補うかのように本作に織り込まれたのが「お熱いのがお好き」や「アパートの鍵貸します」風のロマコメ。そして50年代特有のビートニックカルチャーの若者です。
前者は冒頭の一部だけですが、長い航海の後、久しぶりの休暇をとっている将校がガーフルレンドとイチャイチャしようとしているとノックの音。「休暇は取り消し。帰艦せよ」という命令を受ける。そして帰艦すると「戦争反対。原子力反対。何でも反対」の若い博士が乗り込んでくる。という具合です。他愛ない宇宙人による地球侵略ものではありますが、こうした要素を見ると、時代の空気はしっかり感じます。
そうした空気を感じながら見るのが、こうしたゆるい映画の愉しみなのではないかと…。え?そうした要素を入れているのは、見せ場が少ないから、時間を延ばすための苦肉の策だろ?(そ、そうかも…)
でも、ロマコメ部分は少し洒落てます。以下、ちょっと長いですが、リーフ(原潜の将校=左側)とジュリー(ガールフレンド=右側)がソファでイチャイチャしている時の会話です。
リーフ:
何か感じる?
Do you feel anything?
ジュリー:
本気なの?
Are you kidding?
何かが始まる気がする
This is just the beginning of something.
これは偶然じゃない
We didn’t just meet accidentally.
よく言うわ
Oh, that’s original.
その次のセリフは
Doesn’t the next chorus go something like…
“至福の時を大切にしよう”
”Let’s not waste one precious golden moment”.
“邪魔が入らないうちに”
”Any second there could be a knock on the door and-”
テレビの主人公は
いつも邪魔される
Well,it happens all the time to the heroes on TV
芝居でも 映画でも
Plays, motion pictures.
休暇が取り消されて
The hero gets his leave canceled and he’s-
女性は後悔して…
And she spends the rest of her life whishing…
黙って
Oh,honey.
至福の時を大切にしましょ
Let’s not waste one precious moment then.
★★★★★★★ノックの音★★★★★★★
何の音?
What’s that pounding?
この音さ (リーフの鼓動)
Need I say more?
リーフ 見て (ドアの下からメモ)
Reef, look.
まさか (メモを読み)
Oh,no
何なの?
What’s wrong?
見せて (一緒にメモを読む)
What is it?
信じられない (休暇終了のメモ)
Oh, no.
こういった具合です。50年代のB級SFの愉しみはロマコメにありというわけではないですが、(はい、実際にないです。大げさです。)でも愉しみ方が色々あるというのは確かです。
翻訳のポイントとしてはジュリーの「よく言うわ」(Oh, that’s original.)でしょう。ここを「独創的ね」とか「オリジナルね」と直訳すると、会話があさっての方向に行きます。この場合は独創的の正反対で、「よく聞くセリフね」を皮肉で言っているだけです。(こういう所があるからこそ機械翻訳はムリなのですが、あってくれてよかった~。)
あと、これが大変だったのですが、登場人物の上下関係の使い分けです。艦長と副官の上下は簡単です。でも航海長(=副官=少佐)と砲撃長(=大尉)が同郷なのか、長い付き合いなのか、階級差はあるけれど対等に話します。これもまだOK。次は原潜に乗り込む“博士”たち。イギリス人で海洋学でノーベル賞を受けたというイアン卿と原潜の設計者ケント博士。この2人は60歳代で、皆が彼らに丁寧語で話し、彼らも皆に丁寧語で話す。最後に若い博士カール。彼は先に書いた50年代特有のビートニックカルチャー(ヒッピーカルチャーの兄貴分)の若者です。このカールの父親と副長は親しかったようで、その親不孝息子であるカールが副長に話す時の口調が常にしっくりこない…。さらにカールは博士でもあるので、艦長も命令口調ではなく何となく丁寧語で話すべきで…。こうした条件を全部気にしながら原稿を作っていくのですが、これは翻訳がどうこうというレベルではなく頭が混乱してきます。文字数を集約しながらセリフを作っていくと、何回見ても直しが残っていて大変なんです。
「あ!艦長がケント博士に偉そうに話した!」とか、「副長が艦長に『帰れ!』って言った」とか、いくら用心深く見直しても残っていたりします(職業柄、これはすごく恐ろしい事です)。
こうして「ゆるい映画」はまた訳されていくのでありました…。(ふ~)
あぁ、そういえば、この作品はブルースクリーンを使って合成が行なわれた最初期の作品でもあるらしいので、そのあたりも要チェックです。
それと冒頭のナレーションに出てくる冒険家ロバート・ピアリーは実在の人物で、音とスペルからするとピアリーよりペアリーに近いのですが、冒険家の歴史などを調べていくとピアリーで定着しているのでピアリーにしました。
2000年10月30日、31日に行われたパリ・オリンピア劇場での公演の模様です。これはテレビ放映用の短縮版で、字幕は3枚しかありません。そのぶん歌い通しです。
ポール・サイモンは1964年にサイモン&ガーファンクルとしてデビュー。「サウンド・オブ・サイレンス/Sounds of Silence」「明日に架ける橋/Bridge Over Troubled Water」などロック史に残る名盤を多く生み出し、1970年に解散、ソロ活動へと入る…。
という事で、彼の長いキャリアはネット検索に任せて、ここでは僕が訳した作品を羅列します。(羅列が多くてごめんなさい。でも自分の仕事の備忘録も兼ねて…)
The Essential / ジ・エッセンシャル【プレミアムDVD付き完全初回生産限定版】
発売日 : 2007/09/05 字幕:175枚
このベストはポール・サイモン入門編にぴったりです。(ちょっと高いけど、いわゆるレアな映像満載)
ポール・サイモン / グレイスランド [DVD]
1997/7翻訳 字幕:約630枚
こちらは名盤“グレイスランド”の誕生秘話に迫ります。
ディック・キャヴェット・ショー(ロック・オブ・ワンダー)
DVD発売日: 2006/02/01 字幕:約8600枚
ポール・サイモンはディック・キャヴェット・ショーに3回登場しましたが、その3回目にあたる1974年9月5日OA分が収録されています。この回の他のゲストにはアンソニー・バージェス(キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」の原作者)とイエールジ・コジンスキー(ピーター・セラーズ主演「チャンス」の原作者)がいて、彼らがテレビカメラの前で話す映像も貴重です。(って、いつも書いてるけど、ディック・キャヴェット・ショーの出演者のリストは見れば見るほどすごい人達が揃っています。映像がどれくらい残っているのか分からないけど、「ロック・オブ・ワンダー」でソフト化されたもの以外にも、すごく興味がある人達が大勢います。)
さらに、↓これは宣伝用のインタビュー素材等を訳したもので、ソフト未収録の映像ですが…。
SURPRISE / サプライズ
発売日 : 2006/05/24 字幕:約400枚
あとは、先日書いたロックの殿堂25周年記念ライブとトリビュート・トゥ・ヒーローズにも出ています。
ポール・サイモンという人はサイモン&ガーファンクル時代もそうですが、人の思う事をさりげなく歌います。「懐かしさ」「寂しさ」「楽しさ」「冒険心」…。飾りのない、心に沁みる歌が多いです。
でも一方で映画「ワン・トリック・ポニー」のサントラのような都会的な軽やかさもあり、何にしても淡々としたシャイな人という気がします。いわゆるスターというより庶民。実際に直接会って話すと壊れそうな感じがするし、同時にさりげなく心を見透かされそうで怖い気もする。“サプライズ”のジャケットは赤ちゃんの顔のアップですが、彼は1941年生まれの69歳です。なんか赤ちゃんじじい。(失礼)人の素朴な感情を歌うプロかな…。
怖い話です。一番怖いのはエンディング。当然ではありますが、エンディングが怖い。なぜ怖いかと言うと、ネタバレを避けて言うのは難しいのですが、無理やり言うと「地獄の入り口は生き地獄」という事でしょうか。少なくとも凡人の僕は「あれは生き地獄だ」と思ってしまいます。
主人公アリスン(クリスティナ・レインズ)はニューヨークで活動するモデル。カメラマンはジェフ・ゴールドブラム(当時はまだ新人)。恋人はクリス・サランドン(スーザン・サランドンの元夫)。親友はデボラ・ラフィン。アリスンにアパートを斡旋するのはエバ・ガードナー。上の部屋に住んでいる神父がジョン・キャラダイン。教会関係者は他にアーサー・ケネディとホセ・ファーラー。警察関係者はイーライ・ウォラックにクリストファー・ウォーケン。お茶目な老人役にバージェス・メレディス。ボケをかます老教授役がマーティン・バルサム。最後に2つくらいセリフを言うのがトム・ベレンジャー。
聞き覚え、見覚えのある名前がズラリと並ぶオールスター・キャストのオカルト大作です。かなりギョッとする場面も多いのですが、途中の怖い場面もギョッとする場面も蹴散らす怖さは(くどいですが)エンディングにあります。なぜ彼女はその立場になったのか…。
「彼女が罪深いのなら、罪深くない人って誰なんだよ!」と叫びたくなります。「罪深いのは、あんただろ!」と叫びたくもなります。
この作品、翻訳していて困った事が何点かありました。まず「黒と白の猫 黒と白のケーキ」というセリフが3回ほど出てくるのですが意味不明。原作も手に入れて確認しましたが、そこにも手がかりなし…。なぜ老教授を演じるマーティン・バルサムがボケをかますのか。謎。お茶目なカモノハシ野郎は何が悪かったのか?謎。さらに教会関係の人も、「あんたどっちの立場なんだい?」と聞きたくなる部分があって…。
幸い、こうした謎があっても作品自体は楽しめるのですが、正直言ってストーリー的には消化不良ではあります。
それでも、この作品には70年代のニューヨークの空気が詰まっていて、それだけでも僕には魅力十分です。音楽もいい感じです。さらに徐々に憔悴していくアリスン。こんなに主人公が、ずっと顔色が悪い話もめずらしいのではないかと思います。(ジャケットの彼女も、だいぶ具合が悪そうです。)
暗い話だし、救いはないし、イヤになりますが、でも何か魅力がある…。歯切れの悪い言い方ばかりになるのは、ネタバレしない方がいいかな、という配慮なのですが、異端を悪とする者こそ、真の悪ではないか。と、考えさせられる話です。
なんか、こう、好きか嫌いか、と聞かれれば、好きです。でも、ギョッとするのが苦手な人には勧められないし、ホラーが好きな人は、ぜひこういう作品も見るといいのではないですか。と言えて…。
とにかく70年代のニューヨークの空気に触れたいと思う人に勧めたい作品だけど、怖いし…。
とにかく監督が描きたかったのはキワモノ的な部分ではなく、「真の恐怖とは何か」だと思います。興味があったら見てみて下さい。
2010/3/9(火)深夜0:50@WOWOW
クイーンです。フレディ・マーキュリーです。オードリー春日じゃありません。
このライブは1986年7月のもの。円熟期のクイーンを見られます。ライブエイド(←これはDVD化時にイギリス本国で発表されたプレスリリースの翻訳版で、僕の訳を読めます。)は1985年7月13日。それから1年後のフレディも元気そうですが、残念ながらこのツアーの後、二度と本格的なツアーに出る事なく1991年に他界しました。
僕にとってフレディは歌っているイメージが強いですが、ツアー前後のオフの様子もこの作品には入っています。普通に話すフレディは、何となく不思議。
以前、セックス・ピストルズの“勝手にしやがれ”をクラシック・アルバムズのシリーズの1本として訳しましたが…。今見たら、先日、2010/02/24に再発売になってます。
このソフトの特典映像の中でピストルズとクイーンの逸話が語られます。ピストルズが世間から注目される事になったビル・グランディ・ショーという番組への出演はクイーンが出演をキャンセルした時の代役でした。これはよく知られた話ですが、もう1つ面白いのがボーカルのジョン・ライドンとフレディの初対面時の話です。
クイーンの“華麗なるレース”の収録スタジオがピストルズの“勝手にしやがれ”の収録スタジオと偶然隣り合わせになった日の話。ジョンがフレディのいるスタジオに押し入ったのです。「フレディは収録中だからムリだ」と周囲に言われていたのに、どうしてもジョンは会いたかったのでしょう。その後、クイーンのプロデューサーがピストルズの部屋に来て言います。「フレディは収録中だった。ジョンが犬みたいにスタジオを這い回り、フレディに“やあ”と言って出て行った。二度とさせないでくれ。」
2010年の今から見ると、セックス・ピストルズやクイーンを「昔の有名なバンド」とくくるしかない世代の人も多い気がしますが、当時のポジションには大きな差がありました。(そもそも、音楽の種類が全然違うし。)
これというのもフレディが歌うイメージで最も強烈なものの1つのが、僕にとっては、“ブレイク・フリー(自由への旅立ち)”で女装してニコニコ歌っている彼だったりするのです。もちろん当時はベテランの余裕での遊びでしたが、デビュー当初のピストルズくらい茶目っ気があるというか…。
でも考えてみると、ジョンはメディアの前で叫ぶ声と歌声がダブりますが、フレディは歌声だけしか思い出せない。
フレディ・マーキュリーという人は本当に不思議な人です。その性癖が命取りになった気はしますが、その点だけでなく素顔が見えない。とても複雑で繊細な人だったんだろうと勝手に想像するだけで、もう返事をしてくれる当人はいない。こういう人をカリスマと呼ぶのは簡単だけど…。そんな事より、もっと長生きしてほしかった。生きて、もっと人々を楽しませる存在であり続けてほしかった人です。
そういえば、このライブはソフト化されていない気がするので、興味がある人はお見逃しなく。聞き覚えのあるヒット曲満載だと思います。
久しぶりに「ゆるい映画」です。ユーモラスでハートウォーミングな心地よいゆるさ。ニューヨークはエリス島(昔、移民局があったところ)に墜落したUFOに乗ってきた宇宙人ブラザー。いつの間にか彼はハーレムの酒場に辿り着き、この店に出入りする人々と交流を深めていきます。
ブラザーは一言も話せませんが、身振りでそれなりに意思の疎通をはかり、手をかざすだけで傷や病気を治し、故障したゲーム機まで直せるという特技を使って皆に喜ばれる存在になります。でも、宇宙からの使者が彼を追ってきて…。
あらすじはこんな感じですが、彼が行きあう人々の些細な描写がどれも楽しい作品です。
韓国系の果物店の店先でフルーツを食べて叱られるブラザー。よく見ると、「レジ」に入れるお金を渡せば怒られずにフルーツをもらえると理解した彼は、「レジ」に手をかざして開け、そこからお金を出してフルーツと交換してもらおうとします。
ブラザーは出ませんが、役所の福祉課で生活保護の申請をしたい女性が職員に文句を言う場面も楽しいです。
こんなに書類があるんだよ
出生証明
死亡証明
医者の証明
就業証明
賃貸証明
納税証明
領収書
請求書
こんなに書類があっても
いつも 1つ
書類が足りないって
分かってるわよ
規則が変わったなんて
ウソでしょ
あの男が
書類をなくしたのよ
あんなに書類があったら
電話機だってなくなるわ
今回は私が手続きします
あの男に
書類は渡さないでよ
あの机で私の生活が
行方不明になるわ
不潔な男だよ
あの男を
役人にしたのが間違いさ
風呂に入れて
ゲームセンターには、どんなハイレベルのゲームでも遅く感じて退屈だという凄腕の少女。ブラザーはゲーム機のスピードを上げ、彼女を喜ばせます。
宇宙からの追っ手の2人組は、ブラザーが最初に落ち着いた酒場でドラフトビールのオン・ザ・ロックを注文し、それを一気に飲み干し店主を驚かせます。
そしてタイムズ・スクエアから125丁目のハーレムまで行くため、ブラザーが地下鉄に乗るとトランプのトリックを見せてくれる若者に遭遇。彼はブラザーに「バーテンとジョーという客の話をカードで見せる」と言います。
ハートの3がバーテンでスペードの3がジョー。
“ジョー 客が来ない”
“客を4人連れてきたら”
“2ドルやる”
そこでスペードの3のジョーがカードの山に戻り、26分(枚)後にジョーが戻ります。その次に出るのがキング4枚。客です。次は「2ドル」に相当するスペードの2。そこでバーテンは言います。
“男ばかりで孤独そうだ”
“女を4人連れてきたら
もう2ドル払う”
ジョーは“任せとけ”と出ていく
ここでスペードの3のジョーがカードの山に戻り、今度は17分(枚)後にクイーン4枚とジョーが戻り、2ドル(ダイヤの2)が続きます。
このシーンは文字で説明するのは大変ですが、字幕ではもっと大変。要するに52枚のトランプのカード全部を使って、出すカード出すカードが話に沿った数になっているのが面白いのですが、映像をよく見ていると、さっきあったカードが次のカットでは他のものになっていたり、とにかくテンポの速い編集でごまかしています。そこで字幕も話として分かりやすいように訳しましたが、それにしても速いのでどうしても分かりにくい仕上がりになっています。2分ほどのシーンの間に52枚のカードが出たり消えたりしながら、最後に残る5枚がストレートフラッシュになる流れですが、2分だと目まぐるしいのは当然ではあります。
きっと、カードの彼は実際にストリートパフォーマンスをするプロなのでしょうし、その話術とカードさばきは、話を追えなくても楽しいです。
この若者は59丁目のコロンバス・サークルで地下鉄を降りますが、その時「マジックをもう1つ見せる」「白人を皆 消すよ」と言います。この列車は「Aエクスプレス上り」で「次は125丁目 ハーレム」。白人はここで降りるか各駅停車に乗り換えてしまうのでした。
そんな中、乗る電車を間違えた白人の若者2人が例の酒場を訪れます。イリノイ州から来た2人は道に迷い、物騒な雰囲気の街で困り果てます。さらに運悪く、酒場で隣り合わせたのはブラザー。「地下鉄はどこ?」と聞かれたブラザーは何も言わず親指を下に向け、「君はどこの出身?」と聞かれると親指を上に向け…。
こうした細かいエピソードの積み重ねが1つの作品になっています。過度な暴力もなく、ほんわかした逸品です。
そういえば、英語以外に韓国語、スペイン語、フランス語が少しずつ入ってきて、それらはスクリプトにも入っていなかったのですが調べて訳しました。「ブラザー本人が理解できず呆然とする」というシチュエーションなので、訳がない事にも意味があるわけですが、その中身が分からないという事は訳があっても分かるので、観客にまで分からない状態を作るより、「こう言っているのに通じてないわけね」と分かるようにした方がよいと判断しました。
「バグダッド・カフェ」にも通じる人の優しさに包まれた作品です。機会があったら見てみて下さい。
翻訳は2007年4月で字幕の枚数は905枚。
複数の会社が発売していますが、僕が訳したのは→DVD発売日: 2008/02/27
2010/2/23(火)深夜0:50 リピート4/6(火)午前11:45@WOWOW
音楽方面ばかり続いていますが、もう1回音楽いきます。(次は映画いきます)
1963年生まれでアルバムデビューは1987年ながら、10代の頃からシンガーソングライターとしてキャリアを築いてきた実力派。彼のデビューアルバムリリース時のツアーからのライブです。(髪型はLAメタルの人みたいだけど、彼はイリノイ州シカゴ出身。)
彼の曲で僕が好きなのは“ライト・ヒア・ウェイティング”と“ナウ・アンド・フォーエヴァー”です。どちらもバラード調のスローな曲ですが、今回のライブはこの2曲より前の時期のアップテンポな曲中心のものです。
“ライト・ヒア・ウェイティング”は、僕が翻訳していたドキュメントUSAという番組の1エピソード“夢の卒業パーティ”の終わりにも使われていました。アメリカの高校の恒例行事の1つ、プロム(卒業パーティ)を控えた時期の高校3年生の様子を追ったドキュメントで、いわゆるプロムキングとクイーンになりそうなカップルから、様々な悩みを抱え不登校になっている若者達。さらには同世代ながら高校に通っていない若者まで、色々な境遇の若者が登場するドキュメントでした。
この番組を放送したのは1993年の春(アメリカCBSでの放送は1992年の夏)。このエピソードに登場した若者達も今は30代半ばです。1人1人の名前は思い出せませんが、何人かの表情は今でも覚えています。思春期特有の悩み、将来への期待と不安。彼らはその全ての表情を見せてくれていました。
テレビというのは不思議なものです。番組を翻訳しただけの僕にとっては過去の話ですが、彼ら1人1人が今を生きている。1人1人に人生がある。番組という形になったところで視聴者にとっては1つの過去になり、それなりに完結した気分になりますが、もちろん人々は生きていく。
当時の僕は翻訳し、吹き替え版を収録し、番宣を書く事までしていましたが、それでも傍観者でしかない。彼らとの接点は実際には何もないのに、「皆、元気にしているのかな?」と思うのです。これって職業病みたいなものなのかも…。
ところで、この曲の一部だけ訳すと…
Wherever you go
Whatever you do
I will be right here waiting for you
Whatever it takes
Or how my heart breaks
I will be right here waiting for you
君がどこへ行っても
君が何をしていても
僕はここで君を待っている
何があっても
いくら苦しくても
僕はここで君を待っている
この歌詞はリチャード・マークスが当時の恋人(現奥さん)のシンシア・ローズに書いたラブレターを曲に乗せたものらしいですが、このドキュメンタリーのエンディングに使われると、せつない思いになるばかりでした。
“ナウ・アンド・フォーエヴァー”は映画“ゲッタウェイ”のテーマ曲。主演のアレック・ボールドウィンとキム・ベイシンガーの仲がよかった頃の作品です。この作品の時は2人揃って来日し、テーマ曲を歌ったリチャード・マークスもプロモーション来日しました。
その特番の翻訳をするため2人にインタビューし、リチャード・マークスには“ナウ・アンド・フォーエヴァー”を含めて3曲歌ってもらう取材をしたのですが、アレックとキムは今はすでに破局してしまっています。15分ほどのインタビューでしたが、とても和やかで、本当に仲がよかったのに。と、破局話を聞いた時に思ったものです。
一方、リチャード・マークスは今もシンシア・ローズと一緒です。幸せそうで何よりです。
(ライブの話、どこ行ったんだ~?)
Private Sessions: Songs for Haiti
2010/02/23(火)夜8時55分~10時35分@BSジャパン
これは去る1月12日にハイチで発生した大地震の復興支援のための募金を呼びかける緊急特番です。地震列島とも言われる日本で暮らす人間として、ぜひ復興の力になりたいと僕も思います。
今日、翻訳を仕上げたばかりですが、この告知も微力でも募金活動に貢献できると思い、ここでは番組を見たくなるように出演アーティストなどの情報を書きます。(映画もやっているのですが、どうも最近、音楽ばかり書いています。)
トップはライオネル・リッチーの“ハロー”。80年代にソロとして大活躍した彼ですが、90年代は少し静かでした。でも最近は再始動しているようで、懐かしい馬ズラで“ハロー”をしっとり歌います。2曲目はやはり80年代のメタルロックシーンで有名になったトゥイステッド・シスターから、リーダーのディー・スナイダーがゲストとしてスタジオでも話をします。もちろん歌うのは“ウィア・ノット・ゴナ・テイク・イット”。そして3曲目はシンディ・ローパーの“タイム・アフター・タイム”。彼女の“ザ・ボディ・アコースティック”というアルバムのバージョンのイメージ(このアルバムでは“タイム・アフター・タイム”をサラ・マクラクランと共に歌っています)で、こちらもしっとり歌ってくれます。4曲目はフリートウッド・マックのギタリスト、リンジー・バッキンガムによる“ビッグ・ラヴ”。ソロのアンプラグドバージョンです。
ぶっちゃけ言ってしまうと、この特番のアメリカでの放送枠はPrivate Sessionsというレギュラー番組で、この番組自体がゲストアーティストのアンプラグド演奏を楽しむものだったりします。
とにかく細かく書きすぎると番組を見る楽しみが減ってしまうので、登場するアーティストの顔ぶれを紹介するだけにしましょう。(以下はあいうえお順で登場順とは違います。歌う人もいるし、メッセージだけの人もいます。)
J.T.テイラー(クール&ザ・ギャング)
アニー・レノックス(ユーリズミックス)
ヴァネッサ・ウイリアムス
エディ・レヴァート(オージェイズ)
コルビー・キャレイ
ザ・ルーツ
サード・アイ・ブラインド
サラ・マクラクラン
シール
ジョン・ポッパー(ブルース・トラヴェラー)
シンディ・ローパー
ディー・スナイダー(トゥイステッド・シスター)
デイヴ・スチュワート(ユーリズミックス)
ドートリー
トム・モレロ
バリー・マニロウ
ブルックス&ダン
ボーイズⅡメン
ホール&オーツ
マット・ソラム
メアリー・J・ブライジ
ライオネル・リッチー
リンゴ・スター
リンジー・バッキンガム
ワンリパブリック
先日書いたロックの殿堂25周年記念ライブとも、トリビュート・トゥ・ヒーローズとも違う構成ですが、キャッチーな曲も多く若い世代も気持ちが若い世代も一緒に楽しめる洋楽番組になっています。
この震災は地球の反対側のようなハイチで起きたもので、日本での関心は少し低いのかもしれません。「アメリカ人なら ぜひ寄付しよう」といった表現も出てきますが、募金で力になれるなら日本人も力になりたいものです。
ちなみに先日少し紹介したデューク・エリントンは1964年(昭和39年)に新潟地震が発生した時、日本公演を行なっています。地震の被害を知った彼はハワイ公演をキャンセルして東京厚生年金会館で被災地支援のチャリティコンサートを開き、そのコンサートの純益96万円を新潟市に贈りました。再来日した1966年(昭和41年)には新潟市から国際親善名誉市民の称号が贈られています。(データはwikipediaより)
この番組で何度も出てくる言葉があります。「皆の力を合わせましょう」。それだけで、できる事が増えるのですから。
最後に、ハイチ地震の被災者支援のための募金は今も行なわれています。詳しくは日本赤十字社のサイトを見て下さい。
この番組の英語版のサイト









