春を告げるイッペーロッショの花今年の日本は猛暑で大変だったそうですが地球の反対側のブラジル南部ポルトアレグレでは極寒に見舞われ山岳部では雪が積り霜が降りて寒い思いをしました。8月に入り寒い日と温かい日が入れ換わりに来て多くのお年寄りを別世界に連れて行きましたが、もう9月春がそこまで来ています。ブラジルの春を告げる花がイッペーロッショです。ポルトアレグレではサンパウロより少し遅く咲き始めますが住んでいるマンションの近くに散り始めたイッペーロッショの木があります。皆さんに見事な春を告げる花、イッペーロッショを紹介しましょう。このイッペーの黄色いのがブラジルの国花として親しまれており9月7日の独立記念日の前後にブラジル全国で咲き始めます。ポルトアレグレでは中旬に成るでしょうがこれも咲き始めたら紹介しましょう。
今年のアフリカにおけるワールドカップでは悔しい思いをしましたが、私の住むブラジル南部のポルトアレグレにある1909年に創立されたサッカーチームのINTERNACIONALが南米リベルタドール杯を2006年に続き2度目のチャンピオンに輝き溜飲をおろしています。2006年には、インテルはトヨタカップで日本でバルセローナと世界一を競い絶対優勢のバルセローナを下しクラブ対抗世界一に成っています。
今年のトヨタカップは、アブダビで12月8日から従来の南米とヨーロッパだけでなくアジア代表、アフリカ代表、中米代表、オセアニア代表、主催国代表等を加えてまさに世界一を競いますが、最終的にはヨーロッパ代表のミラノのインテルとブラジルのインテルの優勝争いが予想されます。是非今回もブラジル、南米代表としての我がインテルナシオナルに世界一を獲得して貰いたいと願っています。
リベルタドールの決勝戦は、地元ポルトアレグレで行われメキシコのシーバスと云うチームを3-2で破りメキシコのグアダラハラでの2-1と合わせ5-3で完全優勝しました。人口145万人のポルトアレグレの町はインテルの赤いカラーに染まり夜明けまで爆竹が上がり凄い盛り上がりでした。何枚か私のBLOGから写真を転載して置きます。
尚、ポルトアレグレの町には、矢張り2度リベルタドール杯を獲得、東京でのトヨタ杯で1度世界一に輝いているグレミオと云う青いユニホームのチームがあり町を2分しています。
麻生悌三のブラジル不思議発見(9) セルジッペ州イタバイアニーニャの小人村
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1491
麻生悌三さんのブラジル不思議発見8月号です。今月号は、ブラジルの東北伯、セルジッペ州の田舎町、イタバイアニーニャの小人村を紹介して呉れています。
この小人(小人症)は、1万人に一人位の割合のところ、この街には25倍の割合で小人が住んでいるそうです。現在分かっているだけで130名の小人がいるそうですが街から出て住んでいる人もおり80名前後の小人がこの街に住んでおりTVで紹介されたり話題の街となっているようです。ガリバーと小人達の話を思い出す迄もなく、私の住んでいるポルトアレグレでも時たま見かけます。人口150万人としてポルトアレグレの街でも150人程度は小人がいるのですかね。
この小人症と反対に子供の時(オタマジャクシの時代)は、巨大で大人(カエルに成長すると)普通の大きさに成ると云うあべこべ蛙と云う珍しい動物も付録として紹介して呉れています。色々不思議な現象が起きるのですね。
写真も一緒に送って頂いていますので送って頂いたのを1枚だけ使用しますが、残りはBLOGで紹介して置きます。
麻生悌三のブラジル不思議発見(8) イグアスの滝の滝裏に営巣するアマツバメ
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1481
麻生さんのブラジル不思議発見7月号です。色々ブラジルの不思議発見を毎月送って呉れていますが、今月号は世界3大瀑布の一つイグアスの滝壺の中に営巣するアマツバメに付いての考察です。イグアスの滝と云えば月夜に掛かる神秘の虹とか色々な話題が取り上げられますが、麻生さんは、あえてアマツバメを通じてイグアスの滝を紹介しておられます。イグアスのマツバメは、北米と南米を棲みかにして毎年1万5千キロ以上を往復するとの事。渡り鳥として鶏インフルエンザを運ぶ事もあるとか。これは防ぎようがないですね。リオグランデドスール州に棲むツバメは、アルゼンチン南部のパタゴニアと渡り歩く短距離移動のツバメだとのこと。
写真は、雄大なイグアスの滝の裏に飛び込み営巣をするアマツバメです。
ブラジルのイメージは、アマゾンにリオのカーニバルと常夏を想像しますが、現在は真冬、私の住んでいるブラジル南部、ポルトアレグレでは寒波に見舞われ震えあがっています。今朝の新聞のTOP PAGEは、いずれも寒そうな写真でしたが、私も朝から血液検査の為に近くの診療所まで歩いて行きましたが、朝の8時に気温は3度を示していました。明け方は1度まで下がっていたようですが州内の奥地では、カシアスが零下3度、お隣のアルゼンチンでもアンデス山脈に近いメンドンサでは、零下8.6度を記録しているそうです。想像できますかブラジルに霜が降りたり雪が降ったりするのを。。。熱帯の赤道を越えた北半球から南の端まで海岸線が6000km以上続く広いブラジル、吐く息が白く、耳が痛くなり鼻が赤くなり手が悴む寒い寒い冬の季節を迎えています。
『ブラジル戦後移民』 47年の記録 旧ホーム・ページの保存(23)
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1480
現在第20回バーチャル座談会 ワールドカップを語る!! を開催中で皆さんの発言を取り込む作業等が忙しく、週末に小旅行を楽しんだりとホームページの更新、FLWを怠っていた所、今アクセスして見ると何と159915回と後85回、数時間で160万回を達成します。この旧ホーム・ページの保存(23)を掲載するまでに160万回が達成され新しいTOP PAGEの書き換えが初めて間に合わなく成りそうです。ブラジル時間6月28日中には160万回が達成確実と成りましたので明日にでも6月28日付でTOP PAGEを書き換える作業をします。
150万回が3月12日でしたので今日までに丁度107日経過しており1日平均935回のアクセスがあった事になります。前回は、アクセス数が減少し735回まで落ち込み160万回達成は7月末に成るのではないかとの予想でしたが、1ヶ月以上早くなり107日で10万回を記録しています。それ程、更新が行われていないのにアクセスが増えているのはそれだけ寄稿集の掲載が増え検索に引っかかる回数が多く成っているのかも知れませんね。有難い事です。
写真は、現在開催中のバーチャル座談会の話題、ワールドカップに因み今日の3-0のチリとの試合で3点目を上げて天を仰ぐロビンニョーの写真を掲載して置くことにします。
第20回バーチャル座談会 ワールドカップを語る!! (その1)
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1477
最近は、バーチャル座談会は、年末年始だけになってきていますが、6月11日より南アフリカで開催されるワールドカップ(コッパドムンド)について皆さんと色々語りたいと思います。
これまでのバーチャル座談会では、第5回にブラジルのサッカーを語る(前・後編)、第11回でアテネ・オリンピックについて語る(前・後編)、第17回で北京オリンピックに付いて語る(前・後編)と掲載されていますが、ワールドカップそのものを題材にするのは今回が初めてです。
NHKでも毎日、贔屓チーム、注目選手等が語られ開催まで後9日とか機運が盛り上がって来ています。サッカーが好きでも嫌いでもこれから1ヶ月半は毎日サッカーのニュースで賑わうはずです。是非皆さんのさり気ないコメント等を中心にこのメーリングリストが盛り上がると嬉しいです。皆さんのコメントを削除すると行った事態にはなりませんのでこのアフリカ大会の季節に何を発言、コメントしていたか将来の為にもバーチャル座談会に残しておいて下さい。期間は7月15日までの45日間とさせて頂きます。
さあ始まり始まりです。
さて愈々、明日6月11日からワールドカップが始まります。過去18回の大会で南米が9回(ブラジル5回、アルゼンチン2回、ウルグアイ2回)、ヨーロッパが9回(イタリアが4回、ドイツが3回、イギリス、フランスが各1回)と均衡しており今回でサッカーは南米かヨーロッパかが競われるアフリカで最初の第19回大会と成ります。過去の全大会に参加しているFIFAランキング1位のブラジルを中心とした展開となることは間違いないと思いますが最後に笑うのは6回目の優勝を飾るブラジルかヨーロッパ勢か?アルゼンチン、スペインの声も掛かりどの国が優勝してもおかしくない実力均衡(ドングリの背比べ?)の大会ですが、日本の健闘は?地元アフリカ勢が何処まで頑張るか?見どころの多い大会と成りそうです。先ずは(その1)を掲載して置きます。
麻生悌三のブラジル不思議発見(7) パンタナールのアメリカヌマ鹿
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1475
麻生さんのブラジル不思議発見6月号は、『パンタナールのアメリカヌマ鹿』です。この所サボッテいる訳ではないのですが、このHPの寄稿集の更新が進んでいません。BLOGの纏めとして訪日関係、JALの翼を消さないでの署名運動、末娘の結婚式等も残して置きたいのですが整理が出来ていません。麻生さんだけが毎月きっちりと寄稿して呉れており有難いと思っています。
私もパンタナールには2度行っていますが、最初は学生の頃でボリビアからの帰路にカンポグランデに立ち寄りましたが良く覚えていません。2度目は、盛和塾の皆さんの勉強会に参加させて貰いカンポグランデから久枝さんの農場、ボニート見学等確か3泊4日の旅でしたが乾燥期の終わりの頃で鰐もそれ程見る事が出来ませんでしたしアメリカヌマ鹿を見る機会もありませんでした。ヌマ鹿と云うのは沼に住んでいるのでしょうね。足に水掻きが付いているとか、実見して見たいです。
5月15日に末娘小百合の結婚式がありミナス州のヴィソーザの町まで出掛けましたが帰路、ブラジルで最初に世界遺産に指定された古都オーロ・プレット(黒い金)の街に立ち寄りましたので写真を何枚か紹介して置きましょう。
1600年代の終わりに初めて金塊が発見され一躍注目されヴィラ・リカ(VILA RICA=豊かな村)と呼ばれた町は急速に発展し、1700年代後半には4万人の人口を数える当時としてはラテンアメリカ最大の都市に成長。ブラジルの独立運動発祥の地としても有名で、ミナス州の英雄チラデンテスの生家も残っています。
1698年にサンパウロから奥地の金を目指したバンデランテスのアントニオ・ジアスが同行するジョアン・デ・ファリア・フィリオ神父に最初のミサを上げさせたのがこの地の始まりと言われており、大きな金塊が見つかった土地、ヴィラ・リッカと名付けられたが、1711年にオーロプレット(OURO PRETO)と改名されました。町は見る見るうちに発展し、30年後には4万人の人口を擁し、18世紀後半には当時のラテンアメリカ最大の都市に発展したが、さすがのオーロプレットの町も1750年代から金の産出が鈍り始めその発展は止まりました(ジアマンチーナ=DIAMANTINA=他の都市に移動していたようです)。
ブラジル独立後の1823年にはミナス州最初の州都に指定され、1897年に計画都市のベロオリオンテに州都が遷都されるまでミナス州の中心都市として栄えました。1933年にはブラジル国民記念都市に指定され、1980年にはブラジルで最初の世界文化遺産に指定され世界中の観光客が押し寄せています。
麻生悌三のブラジル不思議発見(6) 科学で解明出来ない心霊医療
http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1469
麻生さんのブラジル不思議発見、5月号は趣向が変わって科学で解明できない心霊医療、まさに世にも不思議な物語と云える。麻生さんには定期に原稿を送って頂いているが、現在日本の九州地方を旅行中で掲載が5月1日に間に合わなかった事をお詫びして置きたい。
麻生さんは、ブラジルで有名なアリゴさんと神のジョーンさんを紹介しているが、ブラジルには日本人の心霊医療を行う移住者もおりサンパウロ新聞の吉永拓哉記者が紹介している。
医師の免許のない者が医療行為をすることは違法で有るが病を治して呉れるのであれば『藁をも掴む思いは』だれでも持っている。特に医者から見放された難病の持ち主で有れば一縷の望みを掛けたくなる。信じる信じないは、その人の自由であるが信じる自由だけは(心霊医療に頼る)は、残して置きたいものですね。貴方なら心霊 医療に頼る?
写真も麻生さんが送って呉れたものです。































