今日の京都は、4月下旬並みの暖かさです。
もうすぐ、桜!!
桜の季節といえば、そう卒業式です。
娘が、無事に小学校を卒業し、近くの中学校に入学することになりました。
何はともあれ、無事に卒業させて頂いた事に、素直に感謝です。
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この季節になると、◇◇事件や△△事故で亡くなった方の、卒業証書が授与されました。と、
言うような記事を目にするようになります。
私の亡くなった子は、残念ながら卒業証書を頂くことができませんでした。
息子と同じクラスの子が、卒園式で将来の夢を語るとき、
たまたま、保護者会・会長として参加していた私は、涙が止まりませんでした。
どうして、うちの子は骨になっているのに、でも、この子たちはこんなに元気で。。。
もちろん、それぞれの子どもたちに、うらみや嫉妬はありません。
将来の希望にあふれる姿に、応援したいと言う気持ちでいっぱいでした。
でも、なぜ、涙があふれるのか?正直、今もわかりません。
卒業証書を頂ければ涙が出なかったのか?
そんな簡単な問題ではありません。
私が若かったと言うしかありません。
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人生にはそれぞれ節目があります。
それこそ、七五三などからはじまり、小中学校入学等々、
そういうときに、何か形に残るものがあれば、その節目を(後世も含め)感じることができます。
人は、階段を一歩一歩進むように、その節目に向かって歩んでいます。
最近、節目を感じることはとても大切なことなんだと思うようになってきました。
私の子は、生きていたら16歳ですが、彼に親としてできることは、十七回忌を弔うことです。
でも、これも私たち夫婦にとっても節目です。ある意味、卒業をするわけです。
節目とは、「今までの私(達)に卒業という形で、お別れをし、未来という名の、次なる節目に向かって 歩みだそう」と言う、儀式であり、宣言なのかも知れません。
それぞれの節目を、感謝の気持ちで感じ取り、勇気をもって次への節目に向かって歩いてゆく。
死んだ子から学んだ事のひとつです。
死んだ子、今生きている子は、私の先生です。
昨日でいったん、「小学生の父」と言う存在から卒業をしました。
次は、「中学生の父」と言う存在を卒業するまで、頑張って行きます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 子どもたちへ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
卒業おめでとう!!
心からお祝い申し上げます。
ウキウキしているところに、申し訳ないけど、 ひとつだけ、お願いがあります。
健康で、無事に卒業できた人は、その幸運を少しだけでいいから、
そうでなかった方に分けてあげてください。
しかし、具体的な行動を起こすことができないあなたを私は責めません。
私がお願いしたいのは、「想像をして欲しい」のです。
あなたと同じような年齢の子どもが、病気や怪我、障害があって、
病院や自宅で、困難な状況にあることを。
そして、その子たちも、あなたと何にも変わらない、普通の子どもたちなんだということを。
あなたのできる 範囲でいいです。
想像してみてください。
その想像を終えてから、次の節目に向かってください。
心からお願いします。
数日前の事なんですが、京都府にお住まいのHさんから、
たくさんの大根が届きました!今シーズンはこれにて最終ということですので、
形が小さいのがほとんどですが、今まで2回は、
とても立派な、十分出荷できる、それも無農薬!の大根を頂いているんです。
頂いた大根は、ハウスの利用者さんはもちろん、普段お世話になっている
ボランティアさんにもお裾分けさせて頂いています。
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このHさんとの出会いは、2年前の京都新聞に京都サポートハウスの記事が、
掲載されたことがきっかけです。
その記事をご覧くださったHさんは、見学をすることになりました。
初めてお会いしたときに、農家の方と伺いました。
当方の活動の様子などを説明したあと、Hさんがなぜうちでボランティアをしたいのか
伺ったところ、ちょっとびくりというか感動してしまいました。
「私は、田舎の百姓です。難病の方にうちの野菜を食べてもらって元気になってもらいたいのです!」
「うちの野菜は無農薬です。もう20年無農薬でやっています」
「だから、とても美味しい野菜です。難病の方に食べさせてあげてください!」
「お金は要りません。余ったら売るなり、皆さんで分けて下さい」
泣けて来ました。
出荷するには難しい外見のものもありますが、実に美味い。
こんなに野菜は美味かったんだと、昔、こどもの時に食べた感動を思い出させてくれました。
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Hさん、貴方の思いはハウスの利用者さんに、きちんと伝わっています。
これからも、身体を大切にしながら、どうか心のこもった野菜を作り続けてください。
いつか、皆でお手伝いに伺いますので、楽しみにしていてくださいね。


ところで、みなさん、私も農家の出身です。
無農薬で野菜を米を作るって、本当に大変なんです。
大雑把な計算ですが、日本の農地面積は世界のわずか0.2%ですが、
世界中で使用されている農薬の半分近くは日本で使用しています。
私の実家は、米を今も作っていますが、農薬を使用しない米作を知りません。
この野菜がどれだけの汗と血にまみれたものかを知ってもらえると嬉しいです。
美味いのは、Hさんの優しさがお腹に、染み渡るからかもしれませんね。
今日の京都は、温かい日差しと、春の空気の流れに、とても和んでいます。
早咲きの桜も開花してくれるでしょうね。
新聞配達している私にとっては、これからしばらくは、ウグイスの鳴き声と、
綺麗な桜を楽しみながら仕事ができる素敵な時期でもあります。
今朝は、倉庫を清掃中です。
提供品の書籍を保管しておくための倉庫を格安で貸してくれている大家さんの、
お庭の木に刺しておいたミカンをメジロさんが食べにきています。
可愛いですね~♪

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さて、ハウスの利用者さんと、私のふれあい?を少しだけご紹介します。
時々、こんな会話になるんです。
「私は、いったい何をしたらいいでしょうか?」
これは、詳細な説明を付け加える必要があります。
難病の患者さんの治療が、高度なものになった場合、
無菌室など、完全看護の状態になります。
付き添いの方が、実際に患者さんの手を握ったりしながら、
話したりすることができる時間は、
一日の中で、ゼロから長くても1時間程度です。
完全看護ですから、窓越しに見守るしかないわけです。
眠っている時間も長く、付き添いとは名ばかりとなります。
こんなときに、先ほどの問いを私にぶつけてこられるわけです。
私は、いつも、こう答えるようにしています。
「病気は私たちに、何かを知らせようとしている」
「だから、私たちは、病気から学ばなければなりません」
何を、どう学ぶのか?
それは、人それぞれ。なんでもいいと思う。
でも、今、困難な状況にあるハウスの利用者さんに、
抽象的な回答になんの意味があるのか?と言うご指摘もあると思います。
この6年間に私が 学んだことは、病気や困難こそが、
人間的成長を手伝ってくれているということです。
ですから、病気に勝つには、(何でもいいから先ずは)学ぶことが大切です。
(これは一般論ですが)病気を克服できない大きな原因は、「無知」と「貧困」です。
だから、人間的成長なくして完治なしなんです。
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私も、いま2つの病気を抱えています。
ひとつは、「身体表現性障害」です。
病院を8箇所回って、最近ようやく判ったんです。
呼吸が辛いのです。これは結構こたえる。
もうひとつは、長年治療していますが、治る見込みはありません。
とても残念ですが、重症の私は、現在の医療では 完治することはないそうです。
医療の進歩を待つしかありません。
すぐにどうこういう様なものではなく、感染するようなものでもありませんが、
正直、とても辛いときがあります。
ただ、私に病気があることで、患者さんの気持ちが少しですが判ると思っています。
娘は、アトピー性皮膚炎ですが、彼女にも、痒くて辛いときに、いつもこう言っています。
「いつか治るかもしれないし、昔に比べたら、ずいぶん良くなっているね。」
「あと、アトピーと言う病気から何かを学んでみよう」
「なんでもいい、『辛い、痒い』という感情を学ぶっていうのでもいいし」
「先ずは、病気のことと、貴女自身のことを知る機会にしよう」など等。。。
娘は12歳の小学生ですが、病気を通じて「知る・考える・耐える」などを
学習しているんだと思います。
そういう機会を与えてくれている病気に感謝です。
病気で困難な状況にある方の精神状態を文字に表すことは、私には(能力が無いので)
難しいですが、ひとつだけ言えるのは、「まさに生きていると言うことを実感する瞬間」であると言うことです。
「生きることに必死になる。」
今の日本にいて、そんなことって、そうないですからね。
サポートハウスの活動を知っていただくために、
表題の書籍を無料で進呈する事業を始めます。
お届けするには、それ相応の条件がありますが、
お一人でも多くの方にお読み頂きたいです。
お届けするのは、 「やさしさの木の下で―ぼくとびょうきとファミリーハウス」です。

書籍の横顔は、出版社にありましたので、こちらをご参考になさってください。
http://www.jiyu.co.jp/BookDB/books.cgi?kikaku=88312
絵本になりますので、小さなお子さんから、ご年配の方まで読み易いものになっています。
是非、蔵書に加えたいという方は、まずは京都サポートハウスまでご一報下さい。
当方へは、LINKからアクセスが可能です。
お申し込みにはいくつか条件がありますので、簡単にお知らせいたします。
詳細は別途メールでお送りします。
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書籍代金と、送料は京都サポートハウスが負担をいたします。
進呈先といたしましては、公共の図書館、私設の図書館や絵本文庫も可能です。
また、病院内も、もちろんOKです。
一個人に進呈することは残念ながらできませんので、書店等で直接ご注文下さいませ。
繰り返しになりますが、お申し込みや問い合わせは、LINKからアクセス願います。
別途当方からご連絡いたします。
多くの方に、お読み頂きサポートハウスの必要性や、病気で困難な状況にある方の
存在を先ずは知っていただければと思います。
なお、書籍を無料で進呈できるもの、「1冊からボランティア」のキャッチフレーズで行っています、
収益事業があればこそです。たくさんのご協力、ご支援を賜り、この場をお借りして、
心よりお礼を申し上げます。
・京都サポートハウス
http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143
京都は日中は、暖かな日々が続いています。
夜になると寒いのは冬だから自然なこと。
今年は風邪やインフルエンザにかかることが無く嬉しい。
でも、体調不良は続いています。
しかし、ついに8箇所目にしてついに病気がわかり、
ようやく治療が始まりました。
この病気のことはまたお知らせします。
面白い名前の病気なんです。
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みなさん、「藁にも縋る」(わらにもすがる)、そんな経験はありますか?
一度や二度ありますよね。
私にもあります。子どもが生死を彷徨っているときは、
本当に、何でもいいから縋りたい心境でした。
一般的には、受験や大きな仕事の節目や、出産とか・・・でしょうか。
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京都市内には、町内ごとにお地蔵さんが、小さな祠に祀られている。
その数は単純計算でも2~3千はあるはず。ハウスの周りにも、
徒歩5分圏内に、10箇所近くある。
早朝、新聞配達を終えた私がハウスに向かう時に、
お地蔵さんに、手を合わせていらっしゃる方がいます。
たいていは、ご近所の方なんですが、ある日、見慣れない方が丁寧なお祈り。
よく観ると、ハウスの利用者さんでした。
きっと、家族の病気が良くなるようにと、祈っていらっしゃるはずです。
声もかけずに見守りました。
どうやら、近所のお地蔵さんはすべて回っているようです。
特に、病気の症状が深刻なときは、本当に藁にも縋る思いになります。
真剣な祈りがきっと神様に伝わって、良い方向に向かって欲しいと思います。
皆さんも、すぐそばのお地蔵さんに、祈ってください。
病気が少しでも良くなるように、少しでも苦しみが和らぐように。。。
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今日は宗教的な日記になりましたね。
神が存在するかどうかではなく、
ただひたすら愛する家族のために祈ることは
とても美しくもあり、悲しくもあります。
何もなければ、単に感謝の気持ちをもって、
平和を祈っていればいいのですから。
でも、人は皆いつかは死に行く宿命を背負って産まれてきています。
死は敗北ではなく、死ぬこと自体はある意味、「生」と言う川の流れの一つでもあるんでしょうね。
ハウスの利用者さんを通じて、生きることとは?死ぬと言うことは?を考えさせられます。
いや、いつか私にも訪れる死の準備をしていると言えるのかもしれませんね。
再発率の高い、急性骨髄性白血病の原因となる白血病幹細胞にだけ現れる分子のリストアップに成功し、
この幹細胞だけを狙い撃ちし、再発させずに根治する新薬の開発に役立つという研究発表がありました。
詳細はこちらで
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201002/2010020400081&rel=y&g=soc
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私が、ボランティアの世界に本格的に踏み出したのは、
友人の白血病が治って欲しいと言う気持ちからでした。
当時は骨髄バンクの登録を呼びかける活動を続けていました。
今では、日本骨髄バンクは海外との連携も取れ始めていますから、
白血球の型(
ほかに、さい帯血バンクも始まり、白血病は、(少しずつではありますが)、
不治の病ではなくなってきています。
しかし、(移植が必要と診断されてた)年間2000人と言われる白血病患者さんの、
すべてに移植が行われる程の環境には無く、一層の充実が望まれています。
今後は、医療全般で新しい動きがあればこちらで、ご紹介をしてゆきますので
楽しみにしていてください。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
日本は、地下資源に乏しく、食料の自給率も低い。
しかし、医療の分野では、日本はその先端にいるのですから、
今後も国策として優秀な人材の確保や、研究、治療に多くの予算を割いて欲しいものです。
軍備の増強に予算が割かれる度に心を痛めています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
話は白血病に戻りますが、骨髄バンクに登録しませんか?
私も登録していますよ!
今朝は、吹雪の中の新聞配達でした。
久しぶりに雪が降りました。
やっぱり冬は、雪がないとね!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今日は、サポートハウスでの蔵書のお話です。

『わたしの病院 犬がくるの』・・・写真・文 大塚敦子
病棟にくるのは、セラピー犬です。
JAHAのセラピー犬認定を受けているから安心です。
http://www.jaha.or.jp/contents/modules/sect5/index.php?id=6
難病の 病気であったとしても、子どもたちは、とても好奇心旺盛です。
こういう取り組みが少しずつではありますが、広まっていることに、
とてもうれしく思うのです。
私の子どもが入院していたときには、絵本の読み聞かせが精一杯でした。
それに、今は、「院内学級」もあって、体調の良い日には、
授業を受けることもできるようになってきました。
「病気だからなんでも我慢して当たり前」では、辛すぎますよね。
ハウスの利用者さんに、(精神的に余裕のあるときに)お読み頂ければと、
お部屋に用意している書籍等の紹介をこれからも続けてゆきます。
お勧めの書籍等があれば、ぜひご紹介くださいね!
今日から2月ですね
今朝の京都市内はとても寒いですね。
雪が降ればまだ暖かいのに。。。
さて、ここ半年のハウスの様子を簡単にまとめてみました。
(利用者さんのプライバシーの保護のため、抽象的な表現が続きます)
☆申し込みについて
京大病院から難病患者さんへの情報提供が相変わらず多いいのですが、
病院を通さず、ネットを活用して、直接アクセスしてくる方も増えています。
それだけネットが多くの世帯に普及していると言うことと、
どうやら検索の上位にランキングされてきているようです。
このあたりは、専門家ではないので良くわかりませんが、
案外、収益事業の関係でHPへのアクセスが多いので、
結果的にサポートハウスの宣伝にもなっているのかな?と感じています。
臓器移植の方が増えてきているので、いきなり手術の日程が決まる場合もあり、
そんなときは、深夜に携帯電話へ連絡が。
緊張の一瞬ですね。
☆稼働率
相変わらず高い稼働率です。(6月と、12月が80%、その他の月は90~100%)
ただ、それだけ困難な状況にある方がいらっしゃると言うことでもあります。
手放しでは喜べません。
リピーターの方も多くいらっしゃいます。
リピートと新規の方の比率はおよそ、1対2です。
☆病気
移植の方が増えてきています。
あと、「もやもや病」の有名な医師が京都大学病院に移動のため勤務されるようになり、
その関係で、その患者さんが多く利用されてきています。
「もやもや病」についてはこちらで。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%82%84%E3%82%82%E3%82%84%E7%97%85
難病になると一番困るのは、症例が少ないので、対応してくれる医療機関が限られてくることです。
よって、医師が移動すると、患者さんもその先生についていくことになります。
患者さんの金銭的、体力的、精神的な負担の大きさは想像を絶するものがあります。
厚生省が認めている「難病」であるならば、医療費は無料ですが、病院へゆくための交通費や、
付き添いの方の滞在費はその対象ではありません。
このあたりは国の責任において対応してもらいたいと強く感じています。
患者さんにはなんの落ち度も無いのですから、流行の「自己責任」では処理できないのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今日、退室される利用者さんから、お手製のお土産を頂きました。
約半月のご利用でしたが、深い家族愛を感じました。
素敵なご夫婦でした。
退室される方をお見送りしながら、いつも感じることがあります。
病気に罹ることはことはとても残念なことです。
家族(一族)の団結が試される時でもあります。
病気を契機に、壊れてゆく家庭を見たことがあります。
人は困難に立ち向かう時に、人として成長するんだと実感する瞬間でもあります。
また数日後には、新しい利用者さんがお越しになられます。
微力ではありますが、精一杯お世話ができればと思います。
タイトルに惹かれて来られた方には申し訳ないですが、
竜馬について熱く語っている記事ではありません。
先日、歴女な娘に付き合って、寺田屋へ家族で。
寺田屋がある伏見区は私の左京区からは少し離れていますが、
それでも車で30分程度。竜馬ブームの中、小さな、小さな寺田屋には、
たくさんの観光客が。。。
元ツアーコンダクターの私は、娘に色々と説明していたのですが、
個人的には、伏見と言えば、名水で知られる街で、酒造りが有名。
寺田屋を早々にあとにして、地元の酒造会社(蔵元)を見学させて頂きました。
日本人の心を象徴する一つである、「日本酒」の歴史を振り返えりながら、
今の酒(アルコール)に関する、環境が厳しくなって来ていると感じました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
良質の酒造りには、良質の米と水、それにそれを酒に育て上げる職人など、
長年の培われて来たノウハウが凝縮されているのですが、残念なことに、
酒もその他の商品と一緒で、利益を優先するただの液体に成り下がってきています。
これは、アルコールの管轄が、財務省であることなど、食としての安全性や、
酒がもつ神聖な精神世界に配慮をすることなしに、税金を得るための手段として、
国が管理してきた背景もあります。
酒造会社にも、それぞれの事情もあるのでしょうが、利益を優先する企業が、
増えていることに寂しさを覚えます。皆さんが普段口にしている安い日本酒は、
基本的に科学的に作られたアルコールで薄めた日本酒もどきです。
これは戦後の間もないときに、材料不足や、安価に楽しめるようにと言う背景もありましたが、
結果的に、本来の日本酒の姿を損なう原因になっています。
農業で言えば、昔は無農薬で作っていたのに、農薬漬けになった米しか作れないように、
国策としてそういう方向に持っていったことに良く似ています。
フランスのワイン作りを支えるため、厳しい法律があるのとは随分開きを感じます。
こういう法律は文化を支えるためには必要な「規制」であると思うのですが、
困った「規制」もあるんです。
先日のWHO(世界保健機構)が、アルコール飲料の安売りや飲み放題の規制などを求めた指針案を承認しました。
最近、この手の「規制」が多くなってきています。
タバコがひと段落してきたので、次は、酒(アルコール)の様です。
もちろん、過度な摂取は身体を壊す原因になりますし、意味もなく飲酒を勧める
マスコミや企業、それに大人にも自制を求めたいところです。
しかし、私はこの「規制」と言う言葉や思想が独り歩きして行くことに、大変な怖さを感じます。
私は規制の全てを否定しているのではありません。
ルールがあってこと秩序が保たれ、その上に平和が成り立っているわけです。
しかし、何事もバランスが大切です。
「規制」が行き過ぎると、結果的に私たちの生活は、
息苦しい世の中になってしまうのではないかと?、思うからです。
多様な文化や思想があってこそ、人間は生きてゆけるのですから、
行過ぎた規制は、その多様性を奪うものになりはしないかと、危惧をしています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私が身をおく「ボランティア」の世界は、もっと大きな言葉で表現するならば、「自治」になると思うのです。
言い方を変えるならば、「その人が感じた問題を、自らがその問題解決に主体的に取り組む」と言うことになると思います。
こういう文化を育てることの方がより良いものができるのではないかと思います。
今回のWHOの規制(法的な拘束力はなく、あくまでもスローガンではありますが)が、
その「自治」に呼びかけるものであって、人々から多様性を奪うものではないように、
願うし、これからも成り行きを見守って行きたい。
そんなことを実感した一日でした。
では、また来週。。。








