2018/11/02

1995年10月9日の東京ドームで鳴り響いた曲に度肝を抜かれた時のことを、今でもありありと思い出せます。
曲名は「Mannish Boy」。
シカゴブルースのパイオニアのひとり、マディ・ウォーターズの名曲です。マディを知らない方も、あのローリング・ストーンズがバンド名を彼の曲名から取った、といえば、どんだけの人かはご理解いただけると思います。

なぜ度肝を抜かれたのか。
何と、プロレスラーの入場テーマとして使われたのです。
当時も今も、日本のプロレスラーの入場テーマはエレキギターとシンセと打ち込みのドラムの曲がほとんどで、ギターソロはツインギターがハモるみたいな様式があります。
ぶっちゃけ、ダサい曲が多いというか……

それが、50年代のブルースで、しかも1コードの曲で入場してくるプロレスラーがいるとは!

その「Mannish Boy」に乗って堂々と入場したのは、まだ若手の高山善廣。本編の主人公です。

高山さんのこれまでの実績を年代記的に書くのは、このコラムの芸風ではありません。まあ、Wikipediaをご覧いただければ十分かと。

ただ、これだけは言っておきたい。

高山善廣のキャッチフレーズは「帝王」ですが、まさに彼こそ掛け値なしの日本プロレス界の帝王なのです。

日本プロレス界では、新日本プロレスのIWGP王座、全日本プロレスの三冠王座、プロレスリング・ノアのGHC王座が3大王座と言われています。そのシングルとタッグの王座をすべて獲得したただ1人の男、それが高山善廣なのです。

そう言うと、「プロレスの王座は強さの象徴ではないから云々かんぬん」と言い出す奴がいるのですが、もうね、アホかと。
そりゃ確かにプロレスの王座は本当に勝負に勝ったから取れる、というものではありません。その団体が「こいつをチャンピオンにしよう」と決定して、与えられるものです。
じゃあ、芥川賞はどうなのか? グラミー賞はどうなのか? アカデミー賞はどうなのか?
誰かに与えられた賞は、意味がないの?
ましてや、(普通はないと思うけど)芥川賞と直木賞と本屋大賞を取った作家って、凄くないですか?
高山善廣は、まさにそれなんですよ。

敢えて言っちゃえば、ボクシングや総合格闘技の王座なんて、強ければ取れちゃうでしょうが。
どんなにアホでも、どんなに嫌な奴でも、強ければ取れちゃうのが、スポーツ格闘技の王座です。

しかし、プロレスの王座は違います。

これまでのコラムをお読みいただいた方は、一流のプロレスラーに必要なスキルがいかに多岐にわたり、身につけるのが困難なものか、おわかりいただけると思います。
チャンピオンは、その団体の「主人公」であり、「座長」であり、「センター」なのです。

主要3団体を渡り歩いて、全団体で「こいつが王者にふさわしい」と評価され、実際にベルトを腰に巻いたって、とんでもないことなんですよ。

そして、高山さんは総合格闘技の試合にも積極的に挑戦しました。

残念ながら総合格闘技での試合は4戦して全敗。
しかし、そこでもプロレスラーとしての姿勢を崩しませんでした。
作戦を練って手堅く勝ちに行くような試合は一切しません。真っ正面からぶつかって玉砕

PRIDE 21でのドン・フライとの試合は、その壮絶な殴り合いをご覧になった方も多いのではないでしょうか。
見てください、これを。

このド迫力はプロレスだ格闘技だの枠を超えています。
掛け値なしに、世界中の格闘技ファンに伝説的に語り継がれている名勝負なのです。


私が高山さんと知り合ったのは、2013年でした。

彼が代々木上原で経営していた飲み屋さんにお邪魔した時のことです。
その後、まあ常連と言ってもいいような状態になり、プロレス好きのマーケターのオジサンたちで押しかけては長居していたのですが、いつも高山さんは私たちに同席して、けっこうヤバい話も含めてプロレス談義に付き合ってくれました。
そういう人は私たち以外にもたくさんいたのではないでしょうか。

高山さんとは年も同じで、ローリング・ストーンズの熱狂的なファンという共通点もあり、いつも楽しく話をさせていただきました。
Facebookでも「友達」の1人に加えていただき、メッセージのやり取りもかなりの回数になりました。
WWEの来日公演を見に行くと偶然何度も近くの席になり、高山さんの隣の芸能人が来るはずだった最前列の席に、うちの子を2人座らせてくれたこともあります。

「いつもWWEでしか会わないなあ……」と思ってたんですが、それもそのはずで、日本の団体を見に行く時は、高山さんは試合に出てるんですよね(笑)。

写真は高山さんにうちの娘との写真に応じていただいた時のものです(身内の写真はネットに上げない方針なので、トリミングしてあります)。

というようなことだけでも、いかに高山さんがファンを大事にしてくれるか、よくおわかりいただけると思います。
あんな怖い顔をして、本当に親切な人なのです。
WWEのネットの噂さえ出回っていない話、身体を痛めないトレーニングのしかた、ビッグマッチの感想、ストーンズのローディーがアレした話……いろいろな話をしてくれました。
相手はプロレス界の帝王、こっちは一介のファンですよ

おそらく、こうやってやり取りしたのは私だけではないはずです。かなりの人が高山さんの(陳腐な言い方ですが)神対応を受けているはずなんです。
現代日本のプロレス界で最高の実績を残しているのに、それに驕ることなく、1人1人のファンを大切にする人なんです。

そんな高山さんも、2017年5月4日を最後に、リングに上がっていません
当時参戦していたDDTのリングで頸髄損傷という重傷を負い、首から下が麻痺状態になってしまったからです。
一時は生命の危険さえあったのですが、懸命のリハビリの結果、2018年11月現在では肩のあたりまで感覚が戻ってきているそうです。

2018年8月31日、盟友の鈴木みのる選手が中心になって、ほとんどすべての主だったプロレス団体からプロレスラーが集結し、「TAKAYAMANIA EMPIRE」という興行が行われました。
ほとんどオールスター戦と言ってもいいような興行です。
あれだけのメンバーが集まり、解説を小橋建太や佐々木健介が務め、開場前では多くのプロレスラーや格闘家が募金の呼びかけをしていました。
高山さんの人徳なんでしょうね。

今回の記事は、ぶっちゃけ募金の呼びかけです。
美人の奥様や多くのレスラーの支えがあるとはいえ、頸髄損傷という重傷は、とても治療期間が長いのです。

あなたがプロレスファンであれば、たぶん一度は募金されたことがあるでしょう。
うちの娘も、WWEの会場で本当によくしていただいたので、募金が始まった日に小遣いから募金しました。
でも、おそらくまだまだ足らないんです。また、募金してください。私も続けます。

私は1ファンとして、高山善廣がリングに帰ってくるのを見たいんです。せめて自分の足でリングに上がり、引退の挨拶をして、自分の足でリングを降りるだけでもいい。

あなたがプロレスファンでなくても、1ミリでも感じることがあれば、少額でもかまいません。募金していただけませんか? 100円でも、何なら10円でもいいです。

募金の仕方は、高山さんのオフィシャルブログに案内があります。

厚かましいお願いで恐縮ですが、ご協力を心からお願い申し上げます。

※なお、高山さんの「高」は、本当は「はしごだか」です。今時大丈夫だとは思うのですが、UTFでないと表示できない文字ですので、「高」と表記しています。

2018/11/02 08:46 | 群雄名鑑 | No Comments
2017/11/21

和製英語だらけのプロレス技

和製英語、よくありますよね。ナイター(英語ではnight game)とかガソリンスタンド(英語ではgas station)とか。
さらに、テンションとかセレブリティとか、英語と微妙に意味合いが異なる使われ方をしている言葉を入れると、私たちはかなりの和製英語を使っています。

意外なことに、アメリカのエンターテインメントをまんま輸入したはずのプロレスでも、実は非常に多くの和製英語が氾濫しているのです。
日本でも、プロレス技の名前はほとんど英語ではあるのですが、実はけっこうな割合で、英語ではなくカタカナ語だったりするんですよ、これが。

ラリアット


スタン・ハンセンが創始者のこの技、今ではプロレスの代表的な技のひとつで、世界中どこでも、1興行で最低1回は出てくる技です。
が、アメリカでは基本「lariat」とは言いません。「clothesline」が一般的な名称なんですよ、実は。

直訳は「物干しロープ」で、物干しロープに首を引っ掛けて転んでしまうことが由来とのことです。
ちなみに、スタン・ハンセンはアメリカではスタン・“ザ・ラリアット”・ハンセンなので、元はニックネームなんですかね。
なおここ数年は、日本のプロレスに詳しいアナウンサーが敢えて「lariat」と呼んだり、わざと日本語発音で「rariattoooooooo!!」とか言ったりしますが、マニア受けを狙っただけだと思われ、一般名詞としてはあくまでclotheslineなのです。

スープレックス


プロレスの神様カール・ゴッチ曰く「スープレックスと呼んでいいのはジャーマン・スープレックスだけ」だそうですが、実況を聞いている限り、自分が後ろに倒れながら頭越しに投げる技は、全部「suplex」と呼ばれています。

たとえばバックドロップは「back suplex」、

ブレーンバスターは「vertical suplex」、

フロント・スープレックスは「belly to belly suplex」、

サイド・スープレックスは「gutwrench suplex」


ですが、そんな区別をしないで単にsuplexと言われる場合がほとんどです。
(Wikipedia風に言うと“独自研究”ですが)下図Aのような投げ方をする技がsuplex、Bのような投げ方をする技がdrop、と言われているようです。

図A

図B

ロック様の「Samoan Drop」ですね。
サモア系のレスラーしか使わない技です。サモア人はムチャクチャ強いので、おそらく他の人種が使うと殺されるのでしょう。

なお、日本では“雪崩式”と言われる、トップロープからの投げ技は、「superplex」と言います。

 

コブラツイスト


ディック・ハットンが開発し、日本ではあのアントニオ猪木が使い手だったこの技、これも和製英語で、アメリカでは「abdominal stretch」と言います。
確かに、「cobra twist」と書いてみると、何となく珍妙な気がします。用法的にはどうかわかりませんが、少なくともプロレス技の英語名としてはおかしいような……

ローリング・クラッチ・ホールド


日本語で回転エビ固めということが多いとは思いますが、上記の横文字も使われます。
が、アメリカで「rolling clutch hold」と言っているのを聞いたことがありません。
何と「sunset flip」と言うんですよ。

古くからのファンにとっては、サンセット・フリップと言えば、マイティ井上が前宙して背中から相手の上に落ちる技が浮かぶと思いますが、それは「senton」。日本では「セントーン」と言うとジャンプして素直に背中から相手の上に落ちる技のことですが、アメリカではケツから相手の上から落ちる技は、みんな「senton」です。
※スペイン語「sentón」が元で、「尻餅」のことみたいです。

ショルダー・スルー

プロレスならではの技で、走ってくる相手を空中に跳ね上げ、後ろに落とす技です。
これを食らった時のリック・フレアーのリアクションが素晴らしいのですが、それはまた別の機会に。

これは「back body drop」と言います。「後ろ身体落とし」何のひねりもありませんね。

エルボースマッシュ


左手で相手の首を取り、下から回した右腕で相手の顎をカチ上げるこの技、ドリー・ファンク・ジュニアなんかが得意にしていました。
これがなぜか「European uppercut」。ヨーロッパのレスラーがよく使ってたからだそうです。

フライング・ボディ・シザース・ドロップ


走って正面から飛び上がって、脚で相手の胴を挟み込み、そのまま押し潰す技です。
これが何と「Lou Thesz press」。ルー・テーズさんがオリジナルなんですね。

各種キック

キック全般はもちろんkickですが、日本とはその中身が異なります。

boot


こういう正面から蹴るキックは、bootと言います。
ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンのファンの皆様は「bootleg」(非公式な音源から作られる海賊盤)の略語を連想する向きもあるかもしれませんが、無関係です。

super kick


何がスーパーなのかはわかりませんが。
いわゆる後ろ蹴りです。日本ではトラース・キックなんて言いますが、英語にはそれに該当する言葉がなく、語源不明だそうです。

heel kick


こうした飛び後ろ回し蹴りを日本ではニール・キックと呼びますが、恐らく最初に訳した人が読み間違えたのではないかと。
聞いて間違えるとは思えませんが、「n」と「h」は、字が下手な人が書くと似てますしね。

sharp shooter


滑舌の悪さで有名な長州力の得意技サソリ固めのことです。

ただし、シャープ・シューターの方が一般的になったのには変わった経緯があります。
元々は、WCW(WWEと真っ向勝負した唯一のガチ競合)のトップスターだったスティング(notミュージシャン)が、サソリ固めを英訳した「scorpion death lock」として使っていました。

同じ技をWWEのブレット・ハートも使ったのですが、差別化のためかシャープ・シューターと名前を変更。他のレスラーが使っても、WWEではあくまでシャープ・シューターという名称を貫きました。その後、WCWはWWEに買収されてしまったので、名前もシャープ・シューターしか残らなかった、というわけです。

スティングが後にWWEのリングに上がった時は「scorpion death lock」を使用しましたが、その頃には一般名称が「シャープ…」で、スティング用の特殊な名前が「スコーピオン…」という状態になっていたのです。
なお、WWEは公式に動画を制作し、「sharp shooterの本家は、長州力のscorpion death lockだ」と認めています

というわけで、プロレス英語の道は奥が深いのであります。

2017/10/31

ご無沙汰してしまいました。
変にまとまった投稿をしようとするあまり、実は書きかけばかり何本も溜まっている状態です。
面目ありません。そんな期待もされてないか。

それでも、間隔が空いてしまうのはよくない気がしてきたので、ちょっと1本あたりは短くても投稿しようかなと。
今回はその第1弾です。
えー、今後、必ず更新頻度が上がることを保証するものではありません。

 

さて、プロレスに詳しくない人でも、「技をかけるという言い方は、普通にご存知でしょう。
そう、「技」は「かける」ものなんです。

で、この「かける」、英語で何というかご存知ですか?

伝統的には、「apply」なんですよ、これが。
他動詞だと、「応用する」「当てはめる」「一生懸命やる」「(薬を)塗る」「用いる」……と、広い範囲をカバーする言葉です。
日本語の「かける」も、たいがい範囲が広い言葉ですが、「apply」も負けてません。

エド・“ストラングラー”・ルイスの古い技術書なんかにも、「Applying wrist lock」なんてキャプションがついてました。

で、WWEの番組を見ていると、「deliver」も使われていることがわかります。
「Delivered Styles Clash to Kevin Owens!!」という感じで。
辞書を引くと、「届ける」「配達する」「提供する」「達成する」……とある中で、「(打撃などを)与える」という意味もあるようです。

ニュアンスとしては、「apply」が「かける」、「deliver」が「くらわせる」ってところでしょうかね? 知らんけど。

そして、いつの頃からは判然としませんが、短い技の名前の場合、まんま技名が動詞として使われるのも、よく聞くようになりました。

「RKOをかけた」が「RKOed」とか、「彼にペディグリーをかける」が「Pedigree him」とか。

「検索しろ」が「Google it」になるのと同じなんでしょうが、日本語でも「ググる」になるくらい一般的ならわかるんですが、こういう特定業界だけの名詞も、動詞になったりするんですね。

こんなん書いてきて、英語できる人にとっては当たり前だったら恥ずかしいけど、生まれてこのかた日本人で、日本語ネイティブ極まりないオジサンの、キュートな努力をほほえましく見守ってください、

2017/10/31 12:12 | プロレス英語, 全般 | No Comments
2017/04/27

「イノキ! イノキ!」という“猪木コール”は、プロレスに興味のない方もご存知でしょう。
応援するレスラーの名前を連呼するのは、洋の東西を問わず定番の応援で、どの国でも見られる形です。

日本の“コール”に対して、英語(アメリカだけ?)は“チャント”と言います。

chant
 1 〈人が〉〈スローガンなど〉を一斉に唱える, 同じ調子で繰り返す, シュプレヒコールする;
 2 …を歌う; 〈聖歌〉を詠唱する; 〈お経など〉を唱える; (歌で)…を賛美する
 ※Macのプリインストール辞書より

という言葉を使うところからもわかるように、アメリカのチャントは必ずしも個人名の連呼ではありません(詳細はこちらをご参照ください)が、今回はあくまで“レスラーの名前を連呼する応援”に絞ってお話しして参ります。

 

日本の“コール”は必ず“4拍子四分休符終わり

冒頭のイノキコールを、ちょっとリズム譜にしてみましょう。

イノキコール

このように、四分音符3つで四分休符で終わります。
3音の「イノキ」は、こうして4拍子になるわけですが、では、音数が異なるレスラーはどうなるのか。

例えば、猪木の終生のライバル、ジャイアント馬場さん。音数は2つです。
この場合、
馬場コール
のように、頭が二分音符になり、終わりはあくまで四分休符です。

では4音の場合。新日本プロレス復興の立役者、棚橋弘至は……
棚橋コール
という感じで、2拍目が三連のリズムで2つに分かれるのです。

5音の場合……誰かいたかな? 思いつかないので、適当に。
“勅使河原”さんへのコールは、こうなります。

前半の拍を分解するわけですな。

佐村河内さんみたいな6音の人はどうなるのか……例がパッと浮かばないので、実験のため、誰かあの人をプロレス転向させてください。

そして、外国人レスラーの場合。
日本のファンは、あくまでカタカナ表記を上記の法則に当てはめてコールします。
ハルク・ホーガンの場合、
ホーガンコール
こうなります。
「ホーガン」という音は「Hogan」の発音と近いのでさほど問題はないのですが、例えば故ブルーザー・ブロディなんかだと、

となります。でも、「Brody」という名前は「Bro」と「dy」の2音節なので、「Bu」「ro」「di」と発音される「ブロディコール」は、誰かに教わるまで自分のことだとわからなかったんじゃないかな……

PAC(2017/4/26現在のWWEクルーザー級王者ネヴィル)もそうですね。

おわかりのように「PAC」で1音節ですから、「PA」「K」「KU」とか言われても、何のこっちゃ?だったのではないかと。

とにかく、日本の“コール”の場合、100%四分休符終わりなのです!

 

アメリカのチャントのバリエーション

暗黙のうちに確立したルールに従う日本のコールと違い、アメリカのチャントはある程度の法則がありつつ、チャランポランな感じです。
たとえば、前項に出たハルク・ホーガンは
Hogan chant
このように、2拍子で休符なしです。

サモア・ジョーの場合、Joeは1音節なので、2拍子休符あり。
Samoa Joe chant

日本式と同じリズムのチャントもあります。CMパンクがそのパターンです。
CM Punk chant
クリス・ジェリコも同じリズムですが、彼の場合はニックネームである「Y2J」の連呼です。
Y2J chant

そして、日本にはないパターンとして、1小節でチャントして、1小節で手拍子するパターンがあります。

名前が短い場合、ジョン・シナの応援「Let’s go Cena」のように、Let’s goがつく場合も多いです。
Let's go Cena
が、シナはコアな男性ファンに嫌われる傾向がありますので、実際にはほとんどこうなります
Let's go Cena, Cena sucks

で、この手拍子1小節パターンは、なぜか2音階のメロディがつくケースもあります。
アンダーテイカーや
undertaker chant
ダニエル・ブライアンが典型例です。
Daniel Bryan chant
中邑真輔へのチャントもまさにこれ。
nakamura chant
「This is awesome」(こりゃすごい)なんてチャントをする際も、たいていこのメロディです。
this is awesome

最後に特殊なケースのご紹介です。
人気タッグチーム「New Day」の場合、モータウンのベードラみたいなリズムで「New Day rocks」と連呼します。悪役の頃は「New Day sucks」でしたけど。
New Day rocks

そして、デビュー以来無敗の日本の誇り、無敵のNXT女子王者アスカ! 最初の登場で、誰かが歌い出した3音階メロディが全米に波及しています。
Asuka's gonna kill you
Asuka’s gonna kill you
凄いですよね。「アスカはお前を殺すよ〜♩」ですから!

というわけで、プロレスをご覧になる際には客席の声にも耳を傾けると、ひときわ楽しめますぜ。

2017/04/27 09:50 | プロレス英語, 見方 | No Comments
2017/01/09

少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

昨年の1月に開始した本コラムですが、不定期ながら1年間続けることができました。今後もネタだけは豊富にありますので、鋭意続行する所存でございます。
今後とも、変わらぬご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

さて、1月。
プロレスファン的には、1月と言えば1月4日に毎年開催される新日本プロレスの東京ドームを連想する向きも多いことでしょう。メインのオカダ・カズチカ×ケニー・オメガの試合は確かに素晴らしかったと思います。
しかし!我々WWEファンにとっては、何と言っても1月は「ロイヤルランブル」です!

「ロイヤルランブル」とは、ペイ・パー・ビュー(PPV)大会の名称でありつつ、非常に特徴ある試合形式の名称でもあります。
イベントとしては、レッスルマニア、サマースラム、サバイバーシリーズと並び、WWEの“4大PPV”のひとつです。
例年1月下旬に開催され、今年2017年は30回目の記念すべき大会となります。そして、例年は1万〜2万人キャパの会場が選ばれるところ、今回は7万人を収容するテキサスのアラモドームでの開催。これはプロレス界最大のイベントであるレッスルマニアに匹敵する規模です。

最大の呼び物になるのが、そのまんま「ロイヤル・ランブル・マッチ」。30人(2011年だけ40人でした)のスーパースターが参加する一種のバトルロイヤルなのですが、ちょっとしたアレンジで、単なるバトルロイヤルとは一線を画しているのです。

ご存知の方も多いでしょうが、バトルロイヤルはプロレスの試合形式のひとつです。自分以外は全員が敵で、最後に勝ち残ったレスラーが優勝者となる形式です。
アメリカでのバトルロイヤルは、通常“オーバー・ザ・トップロープ・ルール”が適用され、トップロープ越しに場外に落ちて、床に足がついたら負けになります。うっかり落ちても負けは負けです。
これにより、格上のレスラーが勝つとは限らない展開が可能になり、最後まで展開が読めない試合形式になるのです。

これに加え、ロイヤルランブルでは“時間差入場”という工夫がされています。これが最大の特徴となっています。最初は2人のレスラーで試合が開始され、以後、2分間隔で1人ずつ入場して試合に加わっていくのです。

▼WWEによるロイヤルランブル2017の予告編

「時間差で入場する」たったこれだけの工夫で、多くの盛り上がりが演出できるんです。
たとえば……

次に誰が出てくるかというワクワク感を演出

出場者は、試合開始まで全員は発表されません。また、原則として入場順も非公開です。会場のスクリーンには次のレスラーが出てくるまでのタイマーが表示されますので、会場はカウントダウンの大合唱となり、テーマ曲がかかった時にはドカーンと盛り上がるわけです。

サプライズ登場の舞台に

長期欠場していたレスラーの復帰や、新しいレスラーの初登場などの舞台として使われることが多く、これまた爆発的に盛り上がります。
2010年には、負傷欠場していたエッジが終盤で突然復帰した挙げ句、優勝をかっさらい、爆発的な盛り上がりでした。
昨年2016年には、つい21日前に新日本プロレスの東京ドーム大会に出ていたAJスタイルズが登場、ファンを驚かせています。

試合がダレない

ロイヤルランブルは、2分おきに30人が登場するわけなので、試合時間は確実に1時間を超えます。入場が28回で、それだけで56分ですからね。
それだけの長丁場を、同じメンバーでダレずに試合をするには、それはそれは高いスキルが必要になります。
しかし、2分ずつ時間差入場すれば、2分に1回は必ず見せ場が作れますので、レスラーのスキルに頼らなくでも、長尺の試合が成立するわけです。

参戦する人の幅が広げられる

前項のように出番が短時間で済むので、プロレスラーでなくても参加できる余地があります。
過去には、フットボーラーやバスケットボール選手が参戦したこともありますし、引退した元レスラーや、女子プロレスラーも出てきました。
当然そういう人は、体力的・技術的に普通のプロレスの試合をすることができません。しかし、ちょっと出て行ってすぐに落とされてしまう分には、何とかなるわけです。
そうしたアトラクションも可能な試合形式なのです。

 

さて、そんなロイヤルランブル、かつてはWWE王座が賭けられたりしてたのですが、ここしばらくは優勝者に与えられる権利は統一されています。
すなわち、春の大祭典レッスルマニアのメインイベントの出る権利です。ロイヤルランブルの優勝者は、無条件にレッスルマニアの最後の試合に出ることができるのです。
ほとんどの場合、レッスルマニアのメインイベントは最高峰王座のタイトルマッチですから、WWE世界王座あるいはWWEユニバーサル王座に挑戦することになります。
プロレス業界最大のイベントで、主人公のひとりになる者が、ここで決まるんですよ、これが!

ロイヤルランブルは1月30日(現地時間29日)です。下の動画をご覧いただくとわかるように、初めての人が何となく見ても、メチャクチャ楽しめるのがロイヤルランブルです。
日本でも、WWEネットワークでご覧になれます。初月無料ですので、ご興味のある方はぜひお仲間に(勝手ステマ。お金はもらってません。何ならください)。

▼ロイヤルランブル転落シーン100連続

2017/01/09 06:22 | 全般, 見方 | No Comments
2016/11/30

日本のプロレス団体は、ほとんどが自前でレスラーを育てます。
実績あるアスリートを入れる場合もありますが、基本的には体力テストをパスした素人を、団体が育てて一人前にするのが一般的です。
新卒の学生を採用して、研修やOJTで一人前に育てる日本企業と同じですね。
プロレス団体の場合は、素質ある若者をスカウトして育てる、相撲部屋のあり方を継承しているわけですが、日本企業も職人の徒弟制度や商店の丁稚のやり方を引き継いでいるのかもしれませんね。

一方アメリカでは、学校で専門教育を受けて、そのスキルを背景に企業に就職すると言われています。いや、ホントはよく知りませんけど。
そういう社会だからか、アメリカのプロレス団体のほとんどは、レスラーを育成しません
1950年代あたりまでは、学校や町のレスリングジムで技術を身につけた人が、それ以降は主に引退したプロレスラーが経営するレスリングスクールでプロレスを教わった人がプロレスラーになっていました。
前座で経験を積むのはOJTみたいなものですが、「仕事に就く前に基礎は学んでくる」というのが基本的なスタンスです。

このコラムで毎度取り上げているWWEも、原則としてプロレスラーとしてのスキルを持った者が上がるリングです。
スクール上がり以外にも、他団体で名を上げたレスラーを好条件で引き抜いて、完成品のレスラーによるショーを構成しています。
ショー全体の構成が重要なので、第1試合にデビューしたての無名の若手が試合をすることはなく、最初の試合からメインイベントまで、プロによる完成したショーを目指すのです。
第1試合に世界王座戦が行われることさえ珍しくありません。

しかし、WWEが少し変わっているのは、地方の小さな団体と提携して、「ディペロップメント団体」と位置づけ、スカウトした素人の若者を預けて実践させ、育ったところでWWEのリングに上げるシステムを採用していたところです。
今のベテラン勢の多くは、そうして育成されたレスラー達です。
1980年代半ばからWWEは全米に進出し、各地の弱小団体を次々と解散に追い込んでいましたので、将来の引き抜き元を自ら潰していたわけですよね。
もしそのまま全米を制覇してしまうと、新しいレスラーの供給ルートがなくなってしまいます。
ディペロップメント団体は、そうならないための制度だったのでしょう。

時代は下り、WWEはガッツリ提携していたディペロップメント団体「FCW(フロリダ・チャンピオンシップ・レスリング)」を2012年から完全に自社に組み込み、nextを意味する「NXT」という社内の事業部門としました。

そして、フロリダ州オーランドに自社のトレーニング施設「WWEパフォーマンス・センター」を設立、自社による選手の育成に着手したのです。

パフォーマンスセンターは、世界最高峰のプロレスラー養成施設です。
ありとあらゆるトレーニング器具が完備され、コーチの指導の下に実に豊富なトレーニングができるようになっています。
練習用リングは何と7つ。柔らかいスポンジのマットを詰めた、空中技の練習専用のリングもあります。
しゃべくりの練習ができるブースも複数あり、しゃべる姿を録画してその場で確認できるようになっています。登場でインパクトを与える訓練のため、小型のステージとエントランスまで備えられているのです。

WWE Performance Center

▲WWEパフォーマンスセンター。ローリング・ストーンズを見に行った時、見に行きました!

このパフォーマンスセンターで、他ジャンルの経験を持つアスリートや体力テストをクリアした若者が、元プロレスラーのトレーナー達によって訓練されるのです。
「プロレスのリングで求められるスキル」を徹底的に叩き込まれ、リングに上がるに足るレベルに達したと判断されると、まずはNXTでデビューとなります。
言わば、NXTはWWEの二軍という位置付けです。

サラッと「二軍」と書きましたが、このNXT、いわゆる二軍の域をいささか逸脱しています。

NXTは、基本的にWWEと提携するフルセイル大学のホールでショーが行われ、番組を収録してWWEネットワークのウィークリー番組として放送される形でスタート。今でも基本的なフォーマットは同じです。
しかし、番組の人気が上がってくると、フルセイル大学から飛び出して全米をサーキットするようになり、万単位の観客を集めるペイ・パー・ビューの大会を何度も開くようになっていきました。
そして、米国内にとどまらず、海外にまで遠征するようになり、2016年12月3日には、ついに大阪で来日公演が実現します。

結果的に、WWEが小規模な団体をもう1つ作ったも同然。そうなると、純粋に将来のスターを育成するためだけでなく、団体としての集客力が問われてくるわけです。
やがて、他団体のトップスターを引き抜き、NXTのスターとするのが常態化してきます。

そのスカウト網は世界中に拡がり、当然、日本にもその手は伸びてきます。
プロレスリング・ノアKENTAが、何とハルク・ホーガンがWWE代理人として契約、ヒデオ・イタミとしてデビューしたのを皮切りに、日本人レスラーが特別待遇で招かれます。

フリーの女子プロレスラー華名がASUKA(notシャブ)としてデビュー、破竹の快進撃でNXT女子王者に上り詰めました。
2016年12月1日現在、未だに負けなしの完全別格扱いです。

そして、新日本プロレス中邑真輔は、本名のままデビュー、前王者フィン・ベイラーを破って王座挑戦権を獲得、初挑戦でサモア・ジョーを倒してNXT王座を奪取しました。
デビューからわずか4カ月半での快挙です。
残念ながら11月19日にサモア・ジョーに奪回されましたが、12月上旬の日本→オセアニアのツアーで再度取り戻す予定だとか何とかいうもあります。
いや、だったら12月3日の大阪しかないでしょ!

さて、NXTが特殊な「二軍」というのには、もう1つの理由があります。

それは、「多くの場合、NXT王者が一軍(RAW、SMACK DOWN)に上がると、いきなりトップスター扱い」ということです。
野球なんかだと、よほどの才能がないと、二軍上がりは一軍の下っ端からスタートですよね? が、NXTの場合、スタートからトップなのです。

それは、歴代の王者の現在を見ると、明らかです。

  • 初代 セス・ロリンズ
    レッスルマニアでWWE世界ヘビー級王座奪取。押しも押されもせぬトップスターの1人に。
  • 第2代 ビッグ・E・ラングストン
    一時期NXTとWWE本隊を兼務。NXTではベビーフェイス(善玉)、WWEではヒール(悪役)というユニークな地位にいた。「ビッグE」に改名後、現在ではタッグ王者New Dayのリーダーとしてトークの才能が開花、大人気スターに。
  • 第3代 ボー・ダラス
    “うざい自己啓発系ヒール”としてトップグループに食い込むかに見えたが、イマイチ伸びず。現在では下位グループに。
  • 第4代 エイドリアン・ネヴィル
    日本では「PAC」の名前でジュニアヘビー級の頂点に君臨。IWGPジュニアヘビー級王座にも就く。「ネヴィル」と改名してWWEデビュー後、トップスター中のトップスター、ジョン・シナと互角の勝負をするも、怪我をして以来、中堅どころに落ち着いてしまったか。
    ※「IWGPジュニアヘビー級王座に就いたことはない」というご指摘をいただきました。申し訳ありません。謹んで訂正いたします。
  • 第5代 サミ・ゼイン
    かつては「エル・ジェネリコ」の名前で来日の経験もある、独立系団体のスター。ジョン・シナとの好勝負を演じるも負傷、王座を狙う第2グループあたりで活躍中。
  • 第6代 ケビン・オーエンズ
    WWEデビュー戦でジョン・シナを破るという異例の大抜擢を受け、その後も常にトップグループで活躍、12月1日現在はRAWのトップを意味するWWEユニバーサル王者を保持している。
  • 第7代 フィン・ベイラー
    日本では「プリンス・デヴィット」として、ネヴィルとのライバル関係で人気を博す。IWGPジュニアヘビー級王座も保持していた。
    日本公演でオーエンズを破ってNXT王座を奪取するという異例(PPVやテレビ放送のない興行での王座移動は異例)の王座獲得を果たす。
    WWE一軍デビューからわずか2戦目でセス・ロリンズを撃破してWWEユニバーサル王者になるという破格の扱いを受けるものの、その一戦で肩を負傷して王座を返上、現在欠場中。

以下は現在もNXTに所属しています。

  • 第8代 サモア・ジョー
  • 第9代 中邑真輔
  • 第10代 サモア・ジョー

これで明らかなように、NXT王者経験者は、かなりの確率ですぐに一軍のトップグループに入っています。
我らが中邑真輔は、ベイラーを倒して挑戦権を得ただけでなく、ハウスショー(テレビ放送のない興行)ではオーエンズにも勝っています。
ということは、WWEでの設定上、中邑は「初代と第2代のユニバーサル王者より強い」ということなのです。
であれば、一軍入りしたら、中邑はいきなりトップグループで始まる可能性が高いのです!

※念のためですが、「中邑真輔」ですからね。中村俊輔じゃありませんよ。
ちなみにGoogleで検索すると、「shinsuke nakamura」の方が、「shunsuke nakamura」よりも桁違いに検索結果が多いです。
世界(というかアメリカか)では、中邑真輔の方が上なんです!

「いきなりトップ」なのは、女子も同じです。
現在のRAWおよびSmackdownの女子王者、シャーロットとベッキー・リンチは、2人ともNXTから昇格してすぐにトップグループに入り、語り継がれるような名勝負を何度も繰り返し、頂点を極めたのです。
ということは!現王者ASUKAが昇格したら、いきなりトップグループ間違いありません!

このように、NXTのトップどころは、ほぼそのまま1年後のWWEのトップグループなのです。
単なる二軍ではない、ということはおわかりいただけると思います。

そんなNXT、ついに日本初上陸を果たします。
12月3日、大阪のエディオンアリーナ。私も東京から見に行きます。
まだいい席がちょっと余ってるようなので、ちょろっと買って、見てみませんか?

君たち、エディオンアリーナでボクと握手!

2016/11/30 10:41 | 全般, 見方 | No Comments
2016/09/19
1980年代の半ば、現在オッサンの私にも、大学生だった時代がありました。
ご多分に漏れずアルバイトなんかもしていたのですが、その中で最も強く記憶しているのが、“リング屋”さんでした。
そう、プロレスのリングの運搬と組み立て、撤収を請け負う仕事です。
今はなき「UWF」という団体、それも「第1次」の方で、何度か手伝わせていただきました。
新日本プロレスとUWFのリング屋を請け負っていた某社の社長の息子が、たまたま大学の同級生だった関係で、声がかかったのです。
リング屋アルバイトを通じて見聞した話だけで何本か書けるのですが、今回はリングの構造について、書きたいと思います。知らないですよね、リングの構造?
フッフッフ、私は知ってます! 何せ荷下しから撤収までの各工程をすべて、少なくとも一度はやりましたからね。
なお、あくまで私が知っているのは「新日本プロレスとUWF」のリングだけです。他団体のリングについては、知ってる範囲で注記します。

リングのつくりかた

リング設営は、まず四隅の鉄柱を置くところから始まります。
この鉄柱、クッソ重いのですが、1人で担がされます。
最近、インディ団体のリング設営の写真を見て、若手レスラーが2人がかりで担いでるのを見たのですが、嘆かわしいことです。レスラーのくせに何と軟弱な……1人で担げよ!
床を傷つけたり全体がずれたりするのを防ぐため、頑丈なゴムのシートを敷き、その上に置かれることになります。
01_steel_post
次に、各辺の真ん中に1つずつと、全体のど真ん中に1つ、マットまでの高さの支柱を計5本立て、それぞれの間を鉄骨で繋ぎます。全体としては田の字型になりますね。
ちなみに全日本プロレスでは、鉄骨ではなく木材を使っているそうです。
柱どうしはケーブルでしっかり固定されます。
02_flames
続いて、厚くて固いを、骨組みの上に並べて敷き詰めます。
03_bourds
この上からマットを敷くのですが、まずは厚いゴム(恐らく鉄柱の下に敷いたのと同じ材質)を敷きます。
04_rubber
その上から2センチ厚くらいのフェルトを敷き詰めます。
何と、マットはこれだけ。敷きながら、「こんなもんで衝撃を吸収できんのかよ?」と思ってました。
推定ですが、投げ技でレスラーがマットに叩きつけられた時の「バン!」という音は、演出的にけっこう重要ですから、分厚いマットで音が消えてしまわないようにしたのではないかと思います。
なお、全日本は板の上に普通の体操で使うマットを敷いていました。まあ、ないよりはいいのでしょう。
05_felt
マット類を弛みなく敷き詰めたら、キャンバスのシートを掛け、下図のようにロープで鉄骨に固定していきます。
シワがよってしまうと、足を取られて負傷する可能性がありますから、この作業はとても重要。
手の空いている者が全員で、1つずつキツく締めていくため、けっこうな時間がかかるのです。
下図の要領で、鉄骨に溶接されたフックにロープで締めていきます。
06_cambus
ロープを3Dで再現するのはめんどうくさいので、省略。
07_cambus
お次はロープです。
ロープといっても、ワイヤーにゴムを被せたものです。WWEでは、ワイヤーは絶対に使わず、繊維のロープだけを使うそうです。
全体が輪のようにつながっているため、1人1本ずつ、肩にかけて運搬するのですが、何せワイヤーですから、とにかく重い!
バイト翌日は肩に食い込んだロープの形にアザになるほどです。
金具で鉄柱にロープを固定して、申し訳程度のカバーを付けます。
なお、ロープがピーンと張るように金具を締めるのは、試合直前。それまでは、やや緩い状態にしておきます。
4つのコーナーにコーナーポストをくくりつけます。
08_posts
最後に、エプロンに垂れ幕を掛け、その裏に備品(階段、ビニールテープで補強したビール瓶に水を入れたのをまとめたバケツなど)をしまい、完成です!
ちなみにビール瓶の水を使っているところを見たことがありません。
09_ring
この後は売店の設営です。
シリーズ共通パンフに対戦カードのスタンプを押したり、グッズや釣り銭箱を並べたり。
開場後は売店の売り子仕事がありますが、設営が終わったらしばし休憩。
仕出しの弁当を食べて、後は選手が会場入りするまでは自由時間なのです。
本当はいけないらしいのですが、目の前にモノホンのリングがあるのに、大人しくしているわけがありません!
もちろん、プロレスごっこon the本物のリングとなるわけですよ。
さて、それでは、本物のリングに上がったことがないとわからない、プロレスのリングの秘密をお話ししましょう!

 ロープは痛い

プロレスをあまりご存知ない方でも、レスラーがロープに走って、反動で戻る動きには覚えがあると思います。
あれ、プロレスラーは顔色ひとつ変えずにやってますが、ロープに当たるとメッチャ痛いです。
うっかり強めに当たりに行ったら、その場でうずくまりました。
鍛えてるとはいえ、プロレスラーだって本当は痛いはずです。我慢してるんですよ、あれはきっと。

トップロープから見下ろしたリング

リングに上がったら、やはりトップロープに上ってみたくなるのは人情というものです。当然ながら私も上りました。
あのー、スキーなんかで、下から見ると大した斜面に見えなくても、いざ上がって滑ろうとすると、すんごく急な斜面に見えたりすることがありますよね? 大げさでなく、垂直に近いような錯覚をする場合さえあります。
類似の現象は、トップロープの上でも起きました。
もんのすごく高い所に立ってるような印象を受け、リング全体が節分の豆まきの枡くらいに見えるのです。
10_from_top
誇張抜きで、こんな感じに見えます。
トップロープで立ち上がると、目の高さはマットから3mくらいの高さになりますから、確かに結構な高さではあるのですが、想定を大きく超える恐怖感がありました。
上った時は華麗にダイブしようと思っていましたが、そのままスゴスゴとコーナーから下りましたとさ。

カウントはつらいよ

プロレスごっこのレフェリー役をさせられた時、当然フォールの際にはマットを叩いてカウントするわけですが、あれがね、大変なんですよ。
軽く叩いてると、ゴッツイ先輩たちから「音がちっちぇえ! ちゃんと叩け!」と怒られたので、大きい音がするように叩くと……
叩くと……
痛え! 痛えよ!
薄いとはいえマットがあるので、叩く音は弱まります。その上で、大会場の後ろの席でも聞こえるような音量でマットを叩くのは、なかなかハードルが高いアクションです。
リング屋さんは肉体的にハードなアルバイトなので、バイト翌日は身体のあちこちが痛みました。
全身の筋肉痛、鉄柱やロープが食い込んだ肩のアザ……
確実に言えるのは、レフェリー役による右手の痛みは、全体の2割は占めていました。
あのジョー樋口さんの右手は、厚みが左手の倍近くあり、箸も使えないほどだったと聞いたことがありますが、実感をもって理解できます。

レスラーだけを最低限保護する仕組み

さて、そんな痛みの根源のようなリングではありますが、杉下右京ばりに細かいところが気になる私は、それでも「ダメージを軽減する仕組み」を発見しました。
これは、新日本プロレスと同じリングを使っている場合の話で、他の団体についてはわかりません。
四隅にある鉄柱には、骨組みになる鉄骨をはめるための枠が一体化しています。
ここのところですね。
11_spring
アップにすると、細かい部分の粗が見えますね。実際の鉄柱とちょっと形状が違うのですが、めんどうなのでこのままで。
実は、この中にスプリングがあるのです。
ただし、バネ鋼の直径が5mm以上ありそうな、ものゴッツイやつです。
試しに鉄骨をはめて上から押してみたんですが、ピクリとも動きませんでした。体感で1mm押し込めなかったと思います。
つまり、マット全体が一体化した状態で、鉄柱のバネが衝撃を吸収するようになっているのです。
実際問題、あんな固いバネで、どのくらいの効果があるのかはわかりませんけどね。
なお、こうした整ったリングは日本とアメリカくらいで、ヨーロッパやメキシコなどでは、カチカチだったり、逆にフカフカでジャンプしづらかったり、マットが平らでなかったりと、レスラーがその力を存分に発揮できない場合もあるようです。
プロレスをご覧になるとき、“リングそのもの”に着目してみるのも、また一興です。
今度見るとき、よーく見てみてください。
2016/09/19 04:32 | 全般, 見方 | No Comments
2016/09/04
えー、少し間が空いてしまいました。お待たせしてしまった皆様、たいへん申し訳ありません。あ、待ってない?
ちょっといろいろありまして(悪いことではありませんが、いいことでもありません)、しばらく書くことができませんでした。
その間も、ただ漫然と休んでいたのではありません! プロレスは3回ばかり生観戦に行きましたし、WWEの番組は毎週5時間欠かさず見て、PPVもすべて見ておりました。
観戦して思ったこと考えたことを全部書いていたらきりがありませんので、今回は「プロレス技の謎」について考察してみようかなと、思ったりなんかしました。
念のために書いておきますが、謎は完全には解けておりません。そんなに底の浅いものではありませんでしたよ、案の定。

かけた方が痛い技

RKOというプロレス技があります。
ランディ・オートンという、祖父の代からプロレスラーという家系のレスラーの技です。
「相手に背を向けつつ首を抱え、ジャンプして……」とか書いてもわからないでしょうから、動画をご覧ください。

本名のランダル・キース・オートンのイニシャルと“KO”をかけたネーミングが秀逸なこの技、どこが素晴らしいかを言い出したらキリがないくらい素晴らしい技です。
無理矢理まとめると、オートンのセンスの良さで、思いもよらないタイミングで突然繰り出して観客を驚かせ、試合を一気に終わらせる、当代でも出色のフィニッシャー(決め技)と言えるでしょう。
さて、この技を初めてご覧になった方、そこはかとない違和感を感じませんか?
大学生の頃までプロレスごっこをやめられなかった私のような人間にとって、プロレス技を見ると、つい“自分でかける場合”“かけられる場合”を脳内でシミュレーションするのは、「布団に入ったら寝る」「とりあえずビール」と同レベルのルーティンなのですが、この技を脳内シミュレーションしてみると……
「RKOの実際のダメージは、やられる方よりも、技をかける方が大きいのではないか」
としか思えないのです。
もちろん、プロレスラーの受け身の技術は非常に高度ですので、背中からマットに落ちるダメージは、見た目ほどではないでしょう。リングも多少は衝撃を吸収する(※)ようにはなっています。
※学生時代、リング屋さんのアルバイトを経験したので、リングの構造はよ〜く知ってます。あれはレスラーにしか機能しません。素人の場合、あんなの板の間同然です。
それでも、相手の胸の高さくらいまでジャンプして、背中から落ちるわけですよ。痛いでしょ、普通。
一方、相手はぶっちゃけ手をマットにつけるし、顔はオートンの肩の上です。余程のことがなければ、ちょっとすっ転んだくらいのダメージのはずです。実際には。
しかしそれでも、RKOはプロレス技としてとてつもなく素晴らしいのです。無理矢理こじつけたわけではなく、実際の観客がドッカンドッカン湧くのを見れば明白です。
さて、なぜそういうことが起きるのか。
段階を踏んで考察したりなんかしようと思います。

ダメージと説得力の関係

 かつてプロレス技に求められたのは、“本当にかかった時のダメージ”だったのではないか思われます。
プロレス技の多くは、かける方とかけられる方の呼吸が合うことで成立しますが、もしも本当にかかった場合や受身をちゃんと取れなかった場合、物凄いダメージになるものでした。
プロレスごっこ経験者ならおわかりのように、ヘッドロックでさえ本当に締めると頭が割れそうに痛みます。
ブレーンバスターを食らうと何秒か呼吸できませんし、4の字固めは脚が折れるんじゃないかと思います。
バックドロップなんか食らった日には、生命の危険さえあります。
痛くなさそうなコブラツイストでさえ、ちゃんとかけるとメッチャ痛いんです。元祖ディック・ハットンやダニー・ホッジの写真を見ながら研究しました。
少なくとも、エンターテインメント宣言する前のプロレス技は、基本的に「かかった時のダメージは大きいもの」だったのです。
アメリカでも、“決まればダメージがでかい”という基本線は同じでした。
ハルク・ホーガンのレッグドロップ(日本で言うギロチンドロップ。アックス・ボンバーは日本向けの技です)、リック・フレアーの4の字固め、ランディ・サベージのエルボー・ドロップ……みんな、ガッツリ決まれば死ぬほど痛いです。
そして、決め技ではない技に比べると、とても効きそうに見える技が決め技となっていました。

プロレスの決め技の本質をさらけ出す、革命的な技

 ところが、ある技が、状況を一変させたのです。
いや、正確にはわからないし、何の検証もしていませんが、私の中ではそうなんです。
この技は、ダメージ追求から呆気なく離れたばかりか、それによってプロレスの決め技の本質をむき出しにしたと考えています。
その技とは、ピープルズ・エルボー、という技です。
ザ・ロック、今やハリウッドのトップ俳優の一人、ドゥエイン・ジョンソンの技でした。
まあ、こちらをご覧ください。

 とても装飾されたエルボー・ドロップです。
で、この技は、あらゆる説明を拒否する、ひたすらかっこよさだけを追求した技なのですよ、これが。
名前も、ピープルズ・チャンピオンの技だからピープルズ・エルボー!
※悪役転向して会社側の手先になった時は“コーポレイト・エルボー”に名称変更!
エルボー・ドロップは、ダウンした相手にジャンプして肘を落とす技です。
ということは、重さとスピードで、威力は決まってしまいます。強いて言えば、肘の骨の硬さとか、当たるところの面積とかもあるでしょうが、基本はでかい人がやった方が効くんです。
でかい人でなくても、スピードがあれば威力は増します。
そのくらいのことは、物理の成績が極悪だった私でもわかるんですよ。
でもこの技は、ロープに走って勢いをつけてはいますが、当てる時に止まっちゃうわけですから、率直に言って走ることに何の意味もありません。
サポーターを外して客席に投げ入れる、相手の両腕を蹴る、ポーズを取る、ロープに走る、止まる、肘を落とす。この一連の流れこそがピープルズ・エルボーという技であり、単なるエルボー・ドロップとは異なる点なのです。
恐らく、これを見て「凄い威力だ!」と思う人は、子供も含めて1人もいないと思います。
が、見ていて楽しいではありませんか。
ロック様はカッコイイではありませんか。
何となく真似をしたくなるではありませんか。
むやみに盛り上がるし、カウント3つ入った時にカタルシスがあるではありませんか。
であれば、これぞプロレス技!なのです。
ピープルズ・エルボーという技が認知された時期は、公式にWWEがプロレスがエンターテインメントであると表明した時期に(おおむね)一致します。
その後から、決め技は必ずしもダメージを追求しなくなっていったと記憶しています。私の中では。
恐らくどんなにガッツリ決めても(レスラーには)効かない技、得意技の中では比較的ダメージが少ないけどカッコイイ技、そして、冒頭のRKOのように、かける方が痛い技。
こういう技が増えてきます。
でも、何の問題もないですし、むしろそれこそが、プロレスというものの特異性を引き立たせるのです。

プロレスの決め技には何が必要なのか?

プロレスの決め技に必要なものとは、いったい何なのか?
威力でもない。いかにも痛そうな説得力でもない。
カッコイイ技ならたくさんありますし、決まった時の綺麗さなんて、決め技以外でもあるものはあります。決め技よりもカッコイイつなぎ技なんてのも、珍しくありません。
では、何なのか?
それは、“これが出たら試合が終わり”という雰囲気があるかどうか、ではないかと思うのです。
雑駁な言い方ですが、記号としての機能の強さというか。
この技が決まったら、普通なら試合は終わる、ということが観客に伝わるかどうか。これこそが、プロレスの決め技に必要なことなのだと思います。
見得の切り方や出す時の表情なのか。いや、何の前触れもなく、突然出る技もあります。
受けた相手の反応なのか。いや、つなぎ技でも、ものすごいダメージを演じるレスラーも多いです。
様々な理由はあると思いますが、すぐれた決め技は、出ると「これで決まった!」ということが、見ていてわかるのです。
結局、ここで考察はおしまい。というのは、なぜ「決まった!」とわかるのかが、説明できないんですよ。何らかの“特別感”があるということくらいしか。
そして、それを伝えられるのは、やはり上手いレスラーであり、すぐれた決め技なのです。
プロレスの技というのは、しみじみ考えると非常に面白いものです。
人間が、あんな形でぶつかりあうという場面自体、プロレス以外では見ることができません。
技をかける方とかけられる方の呼吸がピッタリ合った時の、えも言われぬ様式美というのは、ガチンコの競技では滅多に見られないものです。
フィニッシュ・ホールド(現代アメリカ式の言い方だとフィニッシャー)がバッチリ決まり、1、2、3とカウントが入った瞬間のカタルシスも、他では味わえない気持ちの良さがあります。
 あなたもぜひ、機会があったら“決め技”に注目してみてください。
むずかしく考える必要はありません。見てればわかります。
すぐれたレスラーは、ここで試合が終わるぞ、と伝えることができるのです。
そして、その裏をかいて試合が続いたりすると、これまたものすごい盛り上がりにつながるんですが、それはまた次の機会に!
2016/09/04 05:44 | 見方 | No Comments
2016/06/22

プロレスラーの仕事は“闘うこと”ではなく、“闘いを見せること”であるのは、本コラムで再三強調してきたことではあります。

しかし、時にはプロレスラーは“闘うこと”になる場合もあるのです。
伝統的には、この回で書いたように、プロレスの試合の中で身を守るために闘う技術が必要でしたし、実際に身につけたレスラーもいます。
そして、レスリングや柔道を経験しているレスラーも数多くいるのが現実です。
普段は闘ってはいなくても、いざとなったら闘うことができる、と。
そんな背景もあり、今でもプロレスラーが闘う機会はなくなっていないのです。

個人的には、プロレスラーの“本当の強さ”は、あまり重要とは思っていません。
今もWWEのトップクラスで活躍するあるレスラーが、日本人レスラーと揉めてボコボコにされたなんて話を知っても、日本のレスラーはガチンコの練習してるしなあ、程度の感想しかありません。
プロレスのリングでの価値は、残念ながら、やられた方のレスラーの方が上なのです。
彼は今でもトップスターの1人であり、やった方の日本人レスラーは、この事件とは関係なく解雇されています。

しかし、因果なものだと思うのですが、プロレスラーが他の競技の選手と闘うとなると、プロレスラーを応援せずにいられないのですよ、心から!
来たる7/10、WWEのブロック・レスナーが、UFC200に出場して、マーク・ハントと闘います。
もうね、当然レスナー応援ですよ!

ハッキリ言って、私はレスナーはプロレスラーとしては大根役者だと思ってます。ストーリーでお膳立てされた“無敵キャラ”しかできないし。

一方、UFCでハントが出るときは、だいたいハントを応援しています。
実際、キックしかできなかったハントが、K-1を離れて総合格闘技に挑戦して、歳も若くないのに、剛腕を武器に生き残ってるのは、尊敬に値すると思っています。

……でもね、そんなことは関係ないんだよ!
俺はプロレスが好きなんだよ!
プロレスも総合格闘技も好きだけど、図にするとこんな位置関係なわけですよ、俺の中では!

プロレスと格闘技の個人的序列

そんな俺にとって、ハントがこんなことほざいてるのを読むとね、応援する気には到底なれないんですよ!
真剣勝負じゃないからって無条件に下に見ている、この田舎のヤンキーみたいな感性が許せない!
じゃあてめえ、プロレスやってみろ。絶対できねえから。

レスナーには、キッチリ勝って「プロレスもできるし、MMAでも力を発揮できた。じゃあ俺はWWEに戻るよ。じゃあな」とか、試合後に堂々と語ってもらいたい!

そして、颯爽とサマースラムに現れて、マネジャー役のポール・ヘイマンには、こう言ってほしい!
Ladies and gentlemen, my name is Paul Hayman. I feel so honor to introduce you my client. He beat Mark Hunt comletely in very first round and proved he is one of the best MMA fighter in the world. He is the beast! conqueror of UFC! Brrrroooock Lesnar!!!!!

2016/06/22 06:36 | 見方 | No Comments
2016/04/20

前々回、WWE殿堂に「レガシー部門」が設けられた意味について、「感慨深い」と書きました。
プロレスの成り立ちと、WWEのこれまでを考えると、非常に感慨深いのですよ。
今回は、その辺について掘り下げてみようと思います。

Money In The Bank 2015

再三書いているように、プロレスの試合の目的は、対戦相手に勝つことではありません。その試合を通じて、観客を楽しませることです。

するとここに、いささか疑問が生じます。
だとしたら、演劇でもいいではありませんか。肉体的なパフォーマンスなら、シルク・ドゥ・ソレイユみたいなのでも十分に楽しいものです。
アクション映画だって、ストーリーも闘いも見ることができます。

“最初から”そういうものであったとしたら、何も表現としてのハードルが高いプロレスリングである必要はなかったはずです。

プロレスラーに要求されるスキルはたいへんなものです。
頑強な肉体、受け身の技術、レスリング・ムーブ、運動能力、カンペなしで15分以上しゃべれるトーク力、アドリブ能力……これらをすべて身につけて、初めて一流になれるのがプロレスラーです。
アスリート、俳優、司会者などに必要なスキルを、一通り持っていないといけないのです。

もうおわかりでしょうが、プロレスは最初から現在のようなエンターテインメントだったわけではありません。
競技から出発して、非常に特異な進化を遂げてきたため、今のユニークなエンターテインメントの形を作ることができたのではないかと思われます。

※以下、すっげえ大雑把にプロレスの成り立ちを語ります。マニアックな視点からは物足りない部分もありますが、本コラムの目的は歴史検証ではありませんので、ご了承ください。もっとマニアックに知りたい方には、もっと適したサイトや文献を末尾でご紹介いたします。

プロレスの起源については、ネット上では概ね2つの説を巡って論争があります。まあ、論争っつっても、ネットでよくある単なる主張のぶつけ合いですが。

ひとつは、アメリカやヨーロッパの各地で行われていたレスリングがプロ化したものという説。つまり、元々は競技だったものがエンターテインメント化していったという説です。

もうひとつは、“ATショー”と言われる、動物なしのサーカスみたいな旅芸人一座の出し物のひとつであるレスリングショーが進化したものという説です。レスリングのできる旅芸人が、楽しめる試合を見せるショーです。

昔は基本的に前者(競技派)のみが語られており、後者(ATショー派)は比較的近年に言われるようになった印象です。
恐らく、大仁田厚が「プロレスの起源はレスリングじゃなくてサーカスの芸人なんじゃあああ!」的な発言をしたことが、後者の意見が出るきっかけになったように思います。根拠は私の印象です。

ところで、この度レガシー部門受賞者の1人である“鉄人”ルー・テーズは、自伝「Hooker」で、あっけなく両方に起源があるような書き方をしています。

※日本でも「鉄人ルー・テーズ自伝」として流智美氏の訳による本が出ていますが、原著「Hooker」にふんだんに織り込まれた“本当のプロレス”に関する記述が丁寧に除去された、「プロのレスラーとして闘い続けた男の物語」になっており、あまりお勧めできません。テーズ本人の記述に触れたい方は、原著をお勧めします。

テーズの自伝には、プロレスの始まりは概ね「ヨーロッパからの移民を中心に、アメリカ中西部を中心に行われていたレスリング興行が、ATショーと合流したもの」というような感じで書かれています。

※ただし、テーズ自身は「ATショー」という言葉を使っていません。また、キッチリと定義をすると言うより、「こんな感じだったんだよ」と淡々と綴っています。

実際、これがほぼ正解なのではないかと思います。
後述しますが、客前でレスリングショーをやるわけですから、ATショーはレスリング技術の裏付けなしにできるはずがありません。
実際、プロ競技としてレスリングをやっていたレスラーが食うためにATショーの巡業に入ることもあれば、ATショーから競技レスリングに入っていった人もいます。
つまり、両者のプレイヤーは同じだったわけです。

もちろん、レスリング興行の方は、当初は競技として行われていました。
あまり知られていませんが、20世紀の初期までのアメリカでは、レスリングとボクシングは密接な関係にありました。両方を手がけるプロモーターも多く、公的な組織も元々同じ組織だったのです。

※日本でも知られているNWA(National Wrestling Alliance)の前に、もっと公的な別のNWA(National Wrestling Association)があったのですが、それはNBA(National Boxing Association。後のWBA)の一部門だったのです。

そして、両者とも八百長が横行し、マフィアが幅を利かせる世界でした。
ボクシングは安全対策やルールの整備によってスポーツへと向かい、レスリングは真逆に見せる要素を高度化してエンターテインメントに向かったのです。

競技の性質上しかたないことですが、レスリングはコンスタントにおもしろい試合ができません
今のアマチュアレスリングを見ていても、おもしろい試合なんて滅多にありませんよね? あれでも、試合が膠着しないように、常にルールを改正してるんですが、それでもまあ、あんなもんです。

ましてや、膠着を防ぐルールのなかった時代のレスリングで、実力が近い者どうしの試合は、どうしても動きの少ないものになります。
たとえば、エド・“ストラングラー”・ルイス×ジョー・ステッカー(両者ともレガシー部門で殿堂入りしました)の試合は3回の真剣勝負があったそうですが、何とその3試合の合計は11時間にも及ぶとのことで、しかもその大半は“睨み合い”や“組んでからのチャンス伺い”に費やされたそうです。
最後の試合なんか、5時間もかかった挙げ句、引き分けになっちゃったそうで。いくら何でも、これでおもしろいわけがありません

そこで、だいたいの試合時間と結果をあらかじめ決めて、できるだけおもしろい試合をするようにした、ということなのです。
昔は、非公開で試合をして勝った方が客前でも勝つ、というようなこともあったそうです。競技としての建前がありますから、強い方が勝つ、という原則を保っていたんでしょうね。
テーズはその“工夫”を、野球でフェンスを低くして打者有利にしたり、アメフトで投げやすいボールに改良したりするのと同じで、“スポーツを面白くするための工夫”と考えていました。

その結果、プロレスは大衆の鑑賞にも耐えられるようになり、だんだんと人気を回復していきます。
試合を面白く見せるためのノウハウには、ATショーの貢献が無視できません。
現在のアメリカのプロレス界での隠語(レスラーはboys、試合中の合図がcall、見せ場がspot、負け役をまっとうすることをjob、試合地は大都市も田舎も関係なくtown、本当に攻撃することをshootなど)の多くは、ATショーの隠語から来ています
外部に聞かれたくないことを示す「kayfabe」(ケーフェイ)も同様です。観客を楽しませるノウハウが、ATショーからもたらされたことの証左ですね。

元々エンターテインメントであるATショーですが、レスラーどうしのエキシビジョンもやりつつ、観客から挑戦者を募っていました。
しかも、単に「俺に勝てば賞金やるよ」ではなく、「15分間フォールされなかった奴に賞金を払う」というようなやつです。
ほとんどは素人なので、手もなくひねられておしまいだったのですが、テーズの自伝にもあるように移民を中心にレスリング興行は盛んに行われていましたから、時々腕に覚えのある人も挑戦してきます。

そんな時、プロレスラーが使ったのが“hook”という、関節を極めたり首を締めたりするテクニックでした。hookを駆使して腕自慢を片付け、賞金を払うのを免れていたわけです。
実は、そのhookの技術の源流は、日本の柔術らしいのです。この頃すでに日本から柔道家や力士が腕だめしにアメリカに渡っていましたので、彼らからもたらされた技術なのではないかと言われています。
そして、そのhookの技術が受け継がれていたために、後々の歴史に複雑な陰が落ちるのですが、それはまた別の機会に。

人の交流、技術の交流を経て、レスリング興行とATショーは融合していったと考えられます。

そして完全に今のようなプロレスの形ができあがったのか、というと、コトはそんなに単純ではありません。極端な言い方をすれば、プロレスが完全に“スポーツの呪縛”から逃れたのは、1990年代になってからなのです。日本の場合、未だに逃れ切れていないと考えています。

100年くらい前までは、(言葉は悪いですが)“八百長まじりのレスリング”だったプロレスが、現在のような完成されたユニークなエンターテインメントになるまでには、長い年月がかかったのです。

テーズによれば、史上初の“レスラーではない純粋なパフォーマー”が世界王座に就いたのは、第10代王者ウェイン・マンとのことです。1925年のことでした。
あくまで“世界王座についた”のが初めてということですから、その頃にはすでにレスリングができないパフォーマーがリングに上がるようにはなっていたわけです。
しかし、本当に強い王者であるエド・ルイスが(もちろんわざと)パフォーマーに王座を譲ったのは、重い決断があったはずです。競技としての正統性より、業界が食べていけることの方が優先である、と決断したわけです。
これ以降、世界王座はレスラーとパフォーマーの間を行ったり来たりするようになります。

こうなると、純粋なレスリングには戻ることはありません。
当然、レスラーの主な努力はレスリング技術よりもパフォーマンスに注がれていきます。が、エンターテインメントと決めたなら、全部パフォーマーでいいや、とならなかったのが、プロレスのおもしろいところです。

その背景には、プロモーターどうしの争いがあります。その争いは、もちろんガチ、“shoot”です。人はお金が絡むと争うもんですからね。
スポーツの体裁があり、プロモーターとは別の組織が王者を認定している、という構造の中で、自分の子飼いのレスラーがチャンピオンである、ということは、利益の源泉になるわけです。
そうすると、

  • チャンピオンに子飼いのレスラーをぶつけ、真剣勝負で王座を強奪する
  • 子飼いの無名だけど強いレスラー(隠語でポリスマンと呼ばれています)からの制裁を背景に言うことを聞かせる
  • ポリスマンを競合にスパイとして送り込み、スパーリングでチャンピオンを負傷させる

なんてことが行われたのです。

前述のエド・ルイスは、ある日の試合で負けることを承知してリングに上がったにも関わらず、リング上で相手を脅し、勝ってしまったことがあります。
それでもスポーツの体裁がある以上、プロモーターも対戦相手も、契約不履行で訴えるわけにもいきません。泣き寝入りするか、対抗手段に出るかしかないわけです。

その後、公的組織のNWA(Associationの方)とは別に、プロモーターの互助会である新NWAが結成され、王座の取扱にルールを決めたり、チャンピオンに保証金を課したりすることで、一応はそうした暗闘は収まりました。
NWAに逆らうと事実上の失業が待っていますので、そりゃ当然です。

しかし、大きな組織になると派閥争いが起きるのは必然ですから、やがて組織は分裂します。独禁法違反やらもあり、NWAの独占は破れ、全米のテリトリーは大きくは3〜5つに分割されました。

すると、トップどころのレスラーの意見は通りやすくなります。「俺、あんな奴に負けるの嫌だ。じゃあ俺、ここ辞めて○○に移籍するわ」と言えるわけですから。
スポーツの体裁が生きているので、勝ち負けの意味合いが今より重かったんですね。

実際の力のあるレスラーだと、承知した振りをしてリングに上がり、勝っちゃってから他団体に逃げるという手も使えます。
だからなのかはわかりませんが、AWAなんかでは、どんなに人気があっても弱いレスラーはチャンピオンにはなれなかったそうです。
その一方で、まだ互助会形式で維持されていたNWAでは、移籍云々の心配が薄いからか、プロモーター5人の多数決で決まっていたとか。リック・フレアーが、自身のDVDの中で「俺が王者になった時の投票は3対2だった」と証言しています。

ロード・ウォリアーズのDVDを見ていて驚いたのですが、アニマルが「ファビュラス・ワンズに負けろと言われたが断った。結論の出ないままリングに上がり、奴らに“負けるつもりはない”と告げた」と語っていたのです。
もし、ここでファビュラス・ワンズが譲らなかったら、公衆の面前でシュート・マッチになっていたかもしれません。

そんなことが80年代になっても起こっていたんです。
ウォリアーズのケースは、試合結果が決まらないまま本番を迎えてしまったので、ダブルクロス(プロレス界では、裏切りを意味する言葉のうち、これを使うのが一般的です)とまでは言えませんが、エド・ルイスのようなやり方でリングに上がってから結果を覆すのは、まま行われていたようです。

1990年代には、WWEとWCWの2大団体時代になったわけですが、その頃にはプロレスがエンターテインメントであることはかなり認知され、試合上でのダブルクロスはあまり意味がなくなっていました。
とはいえ、競合団体はあるわけなので、モントリオール事件のような事件の要因は常にあったのだと思います。

そしてWWEが自らエンターテインメント宣言を行うことで、プロレスの勝敗は“勝ち負け”ではなく“エンディング”であることが明確にされました。
勝ち負けがレスラーの実績に関係ないことが公になれば、1試合1試合の結果にはこだわる必要がありません。
事実の公表を受け、プロレスはついにエンターテインメントとして完成した。私はそう思っています。

一方で、プロレスはその起源の特異さから90年代までエンターテインメントとしての構造の歪みを抱えて来ました。その未完成さ加減も、プロレスの魅力の一部ではありました。
この時書いたように、WWEは「レスリング」「レスラー」という言葉を葬り去ろうとしました
その理由は定かではありませんが、プロレスの特異な歴史から離れ、完全に独自なエンターテインメント産業として歩んで行こうとしていたのではないかと私は思っています。

しかし今回、WWE Hall Of Fame 2016での“レガシー部門”で、多くの“レスラー”たちを称えました。
これは、“レスリングだった時代”を自らの起源として認め、プロレスの奇妙な歴史を受け入れたことだと解釈しています。
長年のファンとしては、これがWWEの長期的な展望にどう影響するか、注視していきたいと思います。


※参考資料
Hooker Lou Thesz, Kit Bauman 著、J Michael Kenyon, Scott Teal 編

リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実 スコット・M・ビークマン 著 鳥見真生 訳 早川書房

The Nature Boy Ric Flair The Definitive Collection

Road Warriors The Life and Death of the Most Dominant Tag-Team in Wrestling History

那嵯涼介の“This is Catch-as-Catch-Can

魔術とリアルが交差する「プロレス怪人伝」

2016/04/20 11:10 | 全般, 見方 | No Comments

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