素晴らしき日
【ONE FINE DAY】1996年
ラブコメになるのか、ラブストーリーになるのか。
主演のミシェル・ファイファー 【Michelle Pfeiffer】にしても、
ジョージ・クルーニー【George Clooney】 にしても、黙っていると割とクールに見える。
そんな二人がこんなテンポの良いどたばたストーリーで共演、というギャップがいい。
恋愛モノなら今だダントツにマイ1位。
しかも96年といえば、大学卒業直後の社会人1年目。
子持ちバツイチ・メラニーと親権なし・でもたまにやってくる娘がいるバツイチ・ジャックの話で
自分を重ね合わせて共感した、って訳では絶対ない。
改めでどこが魅力なのかを考えてみる。
恋愛ゴトももちろんだけど、それ以上に親子の関係を丁寧に描いているコトに気がつく。
ストーリー前半、サッカーの試合にパパは来てくれるのかとたずねる息子サミーに
他のパパとは違って、ミュージシャンは急に仕事が入ることもあって、
来れないこともあるのよ、と、まさかに備えるメラニー。
そして『愛しているわ、サミー ものすごく』 とくくると『パパのことは?』 と聞き返される。
少し間があって、答えたのは
『愛しているわ だって あなたのパパだもの』
『I will always love your daddy because he gave me you.』
自分にあなたを授けてくれたのはパパだから当然愛しているわ、ってこと。
確かに嘘じゃない、うん。
かたやストーリー後半、大事な記者会見へ向かう途中なのに、
猫を追いかけて迷子になった娘マギーを引き取りに行くことになったジャック。
タッチ&ゴーの勢いでマギーを連れて行こうとするが、猫と遊びたいとだだをこねられる。
遅れてパパがクビになってもいいのかと叫ぶと、首をふるもののマギーは納得していない。
そしてここであっさりとジャックは腹をくくり追い立てるのをやめる。すばらしい!
短時間だけれど、丁寧な話合いの末、猫のボブをジャックの家に迎え入れることで決着がつく。
一件落着、ジャックがすかさずたずねる。
『じゃ 記者会見に行こう』
『Now can we get outta here already?』
行こう、って言うより、もう行ってもいいだろ?というお伺い。
いずれもついて来いというには理不尽な大人な事情に巻き込まれる子供たちに
ただ理不尽について来いと言わないふたりの対応、
こんなシーンがところどころにちりばめられている。
けれど、やっぱりこの映画、シングルマザー&ファザーに送る恋愛映画であることは間違いない。
だいぶ後半、お互い好き合っているんじゃないかと気がついてきたのに
それでも素直になりきれないふたりがタクシーの中で言い合う
+++
メラニー 『男は信用できないわ』
ジャック 『君みたいな女が俺を女嫌いにさせるんだ』
Melanie 『Men like you have made me the woman I am.』
Jack 『All the women I know like you make me think all women are like you.』
+++
ジャックがメラニーに、なんで君はそう素直になれないんだ、っていう会話から続くこのセリフ。
『あんたみたいな男がいるから私がこうなっちゃうのよ』 とメラニーは主張し
『君みたいな女が、僕に女はみんな同じって態度をとらせるんじゃないか』 とジャックが反論。
『あんたみたいな 男/女 が 私/僕 をあんたが嫌いっていう 女/男 にさせるんじゃないか』
って、ともすれば責任の擦り付け合いというか、過去の経験からの不信感というか、
つまりは似たモノ同士。
オンタイムで見た当時はこんなセリフにつまづいた覚えはなかったけれど、
15年たった今、うっかり共感してしまった。
英語が理解できるので、英語圏の映画を好んで見るけれど、他の言語のモノももちろん見ます。
中国語の花様年華とか、スペイン語のオール・アバウト・マイ・マザーとか、
ドイツ語のラン・ローラ・ランとか、日本語のいま、会いにゆきますとか。
普通に良いと思ったものを見に行く。
ニューヨークにいた頃は、街が狭くて、どの映画館も割と駅からのアクセスが良くて行きやすく、
少ないながらも英語以外の言語の映画も、映画館で見て楽しんだ。
EAST VILLAGEとSOHO近くにあった映画館アンジェリーク(だったと思う)にはよく通ったもので、
あの頃で十分古い建物だったけれど、今もあるんだろうか。
日本に帰ってきてからは、立地が良い映画館は日本かアメリカ製作が主流で
もっぱら他言語の映画はDVDで見ることに。
最近見て良かったのが、2006年のフランス映画
『ぼくの大切なともだち【MON MEILLEUR AMI/MY BEST FRIEND】』
仕事にしか興味のない男が、ある日ビジネスパートナーに
“親友を連れてくる”という賭けを持ちかけられる。
さて大変、親友って何?から始まった彼が、
ひょんなことから出会うタクシードライバーと友情を育む、、という話。
今、こうやって書いていても、もう一度見たいな、と思える丁寧でかつ、
仕事中心な生活になりがちな現代社会では、割と他人事ではない、なかなか味のある映画。
その主演のダニエル・オートゥイユを調べてみたら、
小さい頃見て一時期大マイブームだった『ザ・カンニング【LES SOUS-DOUES】』に出ていた。
懐かしくなってDVDを借りてみて、見覚えのあるカンニングシーンに、そうだ、そうだ、とうなずく。
けれど見終わってみると、話は確かにおもしろかったが、なんだか物足りない。
どうしたのだろう? 新鮮じゃなくなった? 思い出だけが美化された?
いろいろ考えて、数日たって気がついた。
小さい頃だったから、日本語吹き替えで見ていたんじゃないかしら、と。そして多分確実にそう。
でも今回は、外国映画は 『字幕で見るもんだ』 と思い込んでいたから、もちろん原語で。
そしてフランス語はさっぱりだから、字幕を追うことに一生懸命だったわけで。
日本語吹き替え版で見ることは、本当の役者の演技からのセリフではないから
なんだか映画の良さを半減しているように思いがちだけれど、
少なくともプロの翻訳家が訳し、吹き替えの役者さんが原作を理解して挑む訳で、
字幕を追うことで話の細部を捉え損ねるのなら、
吹き替えで見るほうがずっと楽しみ甲斐がある、はず。
次回の『ザ・カンニング』は日本語吹き替えで見てみよう。
グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち
【GOOD WILL HUNTING】1997年
言わずと知れた、マット・デイモン【Matt Damon】とベン・アフレック【Ben Affleck】の出世作。
舞台がボストンだったこともあり、オープンカフェや、レンガ造りの建物などの
たった4年住んでいただけのアメリカで故郷とも呼べるその街並みを、懐かしく思いながら見た。
ハーバードやMITなんてほどの大層な大学に通っていたわけではないけれど
ミニー・ドライヴァー【Minnie Driver】演じる女学生スカイラー【Skylar】とのデートシーンに
出てくる風景は、ほとんどがカナダのTrontoで撮影されているらしいものの、
やっぱり雰囲気はボストンで、大学時代を思い出させる。
正直言うと、それほどマット・デイモンをすごい役者と思っていない。
むしろ私の印象は、感情がなく、いつでも平ったい顔をしていて
例えばキアヌ・リーブスのように、~彼と同じ分類と言うことだが~、目立った『特徴』がなく、
イタコのように監督や脚本家の作る 『役』 が降りる役者、と言うイメージ。
作品自体の話が良ければおもしろいけれど、
役者である彼からのメッセージを感じた経験はないに等しい。
だからこの映画も特別気にしてはいなかったけれど、ふと思いたって何年ぶりかに見て、
あまりに丁寧で完成度の高さに驚き、何よりマット・デイモンの『感情』がそこにあり再び驚いた。
ボストン南部のスラム街に住むウィル・ハンティング【Will Hunting】、
親のいない孤児で、幼い頃義父に虐待され、警察沙汰前科も数多くあり、誰にも心を開かない。
毎朝迎えに来る親友チャッキー【Chuckie Sullivan】と掃除や土木現場でその日限りの賃金を得、
一日の終わりにはバーに行って飲み明かす。そんな生活の繰り返し。
お金がないのに、なんで酒は飲むんだろう?
酒を飲まずにお金を貯めれば何かしらもっと 『良い』 暮らしができるであろうに。
浅はかにも私はそう思う。簡単なことだけれど、『教養の有無』 による貧富の差のしくみ。
けれど、根本的で精神的なこともある。
誰にでも経験があるように、お金を貯めることだけでは満足は生まれない。
必要栄養素以上のゴハンを食べ、酒を飲み、生きていくのに絶対ではない買い物をする。
そのバランスは半永久的で、近年支出が多くなるヒト達が増えているものの
人間はそのバランスの中で、物理的法則で言えば、減らない増えない何かをまわし続けている。
ひょっとしたら地球が回っているから、全てもまわり続けていかなくてはならず、
羽ばたき続けて飛ぶ鳥が、動きを止めてしまえば落ちるように
その生活の営みを止めてしまったら、世界はどこかに落ちてしまうのかもしれない。
知識を得ると、そのバランスのフィールドが広くなり、バランスを取るべきアイテムが増える。
そして増えたバランスをコントロールするのに更に知識が必要になる。
ウィルは明確に『学校に行く』とういう形で知識を得たわけではなく、
まわりはそれを天才と呼び、彼はその使い道を知らない。
そしてそんな彼の次ステップへのヒト押しをする親友チャッキー。
本当の賢者、バランスの良い人物は彼であろう。
***
C: 親友だからハッキリ言おう 20年たってお前がここに住んでいたら
おれはお前をぶっ殺してやる。脅しじゃない、本気だ
W: 何の話だ?
C: お前はおれたちと違う
W: またそれか?おれは自分の好きに生きる
C: 待てよ、お前は自分を許せても、おれは許せない
おれは50になって工事現場で働いていてもいい
だがお前は宝くじの当たり券を持っていて、それを現金化する勇気がないんだ
お前以外の皆はその券を欲しいと思ってる それをムダにするなんて、おれは許せない
W: ムダだとなぜ分かる
C: おれはこう思っている
毎日お前を迎えに行き、酒を飲んでバカ話 それも楽しい
だが一番のスリルは車を降りてお前んちの玄関に行く10秒間
ノックしてもお前は出て来ない 何の挨拶もなくお前は消えてる そうなればいい
***
C: Look, you’re my best friend, so don’t take this the wrong way.
In twenty years, if you’re still livin’ here, comin’ over to my house to
watch the Patriots games, still workin’ construction, I’ll fuckin’ kill you.
That’s not a threat. Now, that’s a fact. I’ll fuckin’ kill you.
W: What the fuck are you talkin’ about?
C: Look. You got somethin’ none of us–
W: Oh come on..Wh–Why is it always this, I mean,
I fuckin’ owe it to myself to do this..why if I don’t want to.
C: All right. No. No no. Fuck you. You don’t owe it to yourself.
You owe it to me. Cus’ tomorrow I’m gonna wake up and I’ll be fifty.
And I’ll still be doin’ this shit. And that’s all right, that’s fine.
I mean, you’re sitting on a winnin’ lottery ticket.
And you’re too much of a pussy to cash it in. And that’s bullshit.
Cus’ I’d do fuckin’ anything to have what you got.
So would any of these fuckin’ guys.
it’d be an insult to us if you’re still here in twenty years.
Hanging around here is a fuckin’ waste of your time.
W: You don’t know that.
C: I don’t?
W: No. You don’t know that.
C: Oh I don’t know that. Let me tell you what I do know.
Every day I come by your house and I pick you up.
And we go out, we have a few drinks, and a few laughs, and it’s great.
But you know what the best part of my day is?
It’s for about ten seconds from when I pull up to the curb to when I get to your door.
Because I think maybe I’ll get up there and I’ll knock on the door and
you won’t be there. No goodbye, no see you later, no nothin’. Just left.
I don’t know much, but I know that.
***
ウィルが今していることがムダだと断言できない。
Oh I don’t know that.
でもチャッキーだけが感じ、知っていることがある。
Let me tell you what I do know.
詳しい理由なんて説明できなくて、でも彼はただ知っているだけ。
I don’t know much, but I know that.
無茶苦茶な論理で、全く説得にもなっていないけれど、
単に自分が叶えられない夢を託す、とかいう理由ではなく
親友として行き先を見失ったウィルに行くべき道が自分とは違うことを伝える。
多分、それだけは伝わったのだろう。
マット・デイモンがいいとか、ベン・アフレックがいいとか、そういう単的ではなく
相互がうまく絡み合った、良い作品と改めて思う。
ちなみに、ランボー教授【Prof. Gerald Lambeau 】役のステラン・スカルスガルド
【Stellan Skarsgård】はパイレーツ・オブ・カリビアンシリーズの“靴紐のビル”ビル・ターナー。
ロビン・ウィリアムズ【Robin Williams】も素晴らしいけれど、
スカルスガルドの知識への情熱と天才への脅威のはざまの人間らしい葛藤ぶりが素晴らしい。
来年2011年で日本に戻ってきてから10年目になる。
大学の為にアメリカに行って、そのまま仕事して、
気がついたら11年たっていて
その内人生の半分以上アメリカにいることになるんじゃないかと思っていたら
ひょうんなことから帰国して、今、同じくらいの時がすぎさろうとしている。
アメリカにいる時は、日本に生まれて育ったことは、確実な記憶と体の一部としてあったけれど
今、アメリカにいたことを振り返ると、実は幻で夢だったんじゃないかと思ってしまう。
人間の記憶って意外に頼りない。
それでも、昔は英語が理解できなくて、今は英語が理解できることが、決定的な違い。
それが唯一自分が体得したもので、『アメリカにいた』という記憶の礎になる。
日本で育った時と、日本に戻って来て過ごした時を合わせると
断然人生の半分以上を日本ですごしていることになり、アメリカは人生のほんの一部になる。
けれど、英語を『理解』し『体得』し、映画を観ることぐらいにしか使っていないものの
気がつけばもう人生の半分以上を日本語と英語ですごしていることになった。
昔はそんな風な考え方をすると思ってはいなかったけれど
そう思うと確かにあの時、人生の岐路がひとつあったんだなと、
世界って広いけれど、やっぱりつながっているんだなと、そう実感する
マディソン郡の橋
【The Bridges of Madison County】1995年。
この映画も、1995年の映画だったコトに驚く。
印象に残っている映画を思いつくままに書いているだけなのに、1995年はこれで4つ目。
アウトブレイク、クルーレス、ユージュアル・サスペクツ。
95年は大学を卒業した年で、映画を観る物理的な時間があった、ということもあるけれど
いろんなものを真っ正面から受け止めていた時期で、だからよく覚えているのだとも思う。
私にとってこの映画は『クリント・イーストウッド【Clint Eastwood】が監督の映画』の
それ以上でもなく、それ以下でもなかった。
それどころか、メリル・ストリープ【Meryl Streep】が
主演のフランチェスカ【Francesca】だたことも気がつかなかったぐらい。
短絡的に語ってしまえば、ストーリーはごく簡単なラブロマンス。
結婚してイタリアからアイオワ州マディソン群の片田舎に移り住んだ主婦が、ある日、
夫と子供達の留守中に、ワシントン州からやってきたカメラマンのロバート【Robert】に出会う。
わずか4日の間に 『生涯に一度の確かな愛』 に遭遇し、葛藤したものの駆け落ちはせず、
その後死ぬまでの24年間、家族にも秘密にし彼を愛し続けたことを、息子と娘が知る。
夫と子供達が帰って来る前日、家族を去ることができないと言うフランチェスカにロバートが言う。
+++
I’ll only say this once.
I’ve never said it before.
But this kind of certainty comes just once in a lifetime.
一度だけ言う
初めて言う言葉だ
これは生涯に一度の確かな愛だ
+++
ロバートは“this kind of certainty”と言っているが愛【love】という言葉は使っていない。
ヒトは、今ある現実の先にある未来と、変化によって新しくできあがる未来の選択に
多々葛藤し、錯覚であれ本物であれ、時に “kind of certainty” 必然的瞬間が来たと感じる。
異性間(今や同性間もあるけれど)の愛情限定ではなく、仕事や趣味の選択な場合もある。
不安に思うことは共通で、今を捨てたことを後悔せずに新しい未来に進むことができるほど、
その新しいコトは価値あることなのだろうかと。
隣の芝生が青く見えるというのは、常に比較する『今』があるから。
けれどその青さは時に、本当に『今』より青いことがあり、
そして反面、今の青さは離れてみると、思っていたより青いこともある。
フランチェスカの場合、ロバートがロバートであったからこそ愛したのか、
今の生活に不満だったから、ロバートが救世主に見え恋に落ちたのか。
昔この映画を観た時は、『クリント・イーストウッドの映画だから』、
意味は分からないけれど、『イイ感じ』の『上手な』映画で片付けた。
15年たった今観ると、まどろっこしいともとれるフランチェスカの自問自答が
決断する前に 『今の芝生の青さ』 をちゃんと知る為の、取るべき段取りなんだとそう思う。
私は、このふたりが『愛』に巡りあったというより、生きる『理由』にあったのだと思える。
別の映画で『きみに読む物語【The Notebook】』という映画を思い出す。
似たような2つの愛に悩む主人公の女性が、葛藤の末、変化による未来に進むことを選ぶ。
大切なのは、どちらが進むべき道なのかではなくて、進むべき道と決めたその決断に
どれだけ考え自分を納得させられるのか、だ。
そしてその葛藤は、時間と共に風化され美化され、いい具合にヒトの過去へと馴染んでいく。
ストーリー前半、フランチェスカとロバートが家で初めてお互いの人生について話すシーン、
昔思い描いた今じゃないというフランチェスカにロバートが語る。
+++
昔の夢は、よい夢
かなわなかったが いい思い出
The old dreams were good dreams.
They didn’t work out, but I’m glad I had them
+++
風化する思い出の為に、今葛藤することにたくさんの意味があるのだから、ヒトとはややこしい。
4月になって新しい人が部に出入りするこの季節、
ふとしたことでアメリカにいた頃の話をすることになる。
留学生がアメリカの大学で、ある一定期間在籍し受講し続けていると、
『プラクティカル・トレーニング【Practical Training】』を申請することができる。
まるめて言うと、アメリカで働くことができる就労ビザのようなモノ。
しかし、厳密にはビザとは全く異なり、学生ビザとセットになって有効になる就労許可書である。
今更ながらに知ったのだけれど、プラクティカル・トレーニングには
OPT【Optional Practical Training】とCPT【Curricular Practical Training】の2種類があり、
前者は専攻と同じ分野で、卒業後実際の職務経験を積むことを目的に発行される就労許可、
後者は授業の一環として就労する場合に発行される就労許可 という違いがある。
一般的には、アメリカで就職を目指す学生が
卒業後の就職活動期間としてOPTを申請し活用する場合が多い。
そんな違いも知らずに申請していたけれど、きっと私のもOPTだったに違いない。
ステータスはあくまでも学生なので、大前提として『有効な学生ビザ』がある場合に申請できる。
この『有効なビザ』がある場合、っていうのが落とし穴だったりする。
私が取得していた学生ビザF-1に関しては、
申請時の内容によって6ヶ月~最長5年の長さで発行される。
私の場合、大学留学する1年前の90年2月にカルフォルニア州に短期語学留学をしていて、
その際学生ビザF-1が5年分発行された。
91年9月入学で大学が決まり、途中単位を落としそうな危機もありながらも、
4年で卒業することができたが、F-1ビザは卒業前の95年2月に切れている。
幸いにもと言うか、もちろんと言うか、大学から発行される『I-20』、いわゆる入学許可書、
が卒業までの期限だったので無事PTを申請することができた。
ちなみに学生ビザを持っていてもこのI-20がないと、アメリカには入国できない。
このPTの『有効なビザ』がある場合、にはもうひとつ落とし穴がある。
申請時に学生ビザが有効であればOPTの場合1年間の就労許可がおりるが、
その後、学生ビザが失効してしまった場合、アメリカ国内に滞在することは合法だけれども、
一旦国外に出てしまうと、戻って来れなくなる。
有効なPTがあるけれど、有効な学生ビザがないので再入国できない、というワケだ。
これはI-20の場合も一緒。
つまり学生ビザ(F-1)は出入国に必要な手形みたいなもので、入学許可書(I-20)やPTは
滞在許可書みたいなものになり、常にこのセットがないと学生として国への出入りができない。
気をつけていればそんなことにならないよ、、って言うかもしれないけれど、
そこは地続きのアメリカ大陸、うっかりカナダに旅行に行ったり、メキシコに行っちゃったりする。
国境を越えてアメリカを出るときはなんのチェックもないのに、
戻ってくる時には厳しい移民局の審査が待っていて、そこで実はビザが切れていました、
なんてことになればそれこそアウトである。
人によっては、ビザが発行されすぐ入学、4年で卒業すれば、PT分の1年間のビザが残るが、
私のようなケースや、1年英語学校に通ってから進学したり、卒業するのに4年以上かかったりと
いざ卒業後にPTを申請、と思っても、ビザがなくて申請できない、なんてことも多々ある。
私が知る限りPT申請の為、学生ビザが延長できたって話は、
あるのかもしれないが、聞いたことがない。
そんなコトを調べつつ、私も皆に続けと1995年5月の卒業時にPTを申請、
F-1が切れているので、もちろんこの間、日本に一時帰国もできない。
そんな中、就職難でアルバイト生活が続いた末、PT期限切れぎりぎりに就職先を見つけ、
就労ビザH-1Bの取得にたどり着いたワケです。
アウトブレイク
【OUTBREAK】1995年。
私にとってこの映画は“ダスティン・ホフマン【Dustin Hoffman】”の映画。
79年のクレイマー、クレイマー【Kramer vs. Kramer】でも、88年のレインマン【Rain Man】でもなく。
82年のトッツィー【Tootsie】は大好きで良く見たけれど、
ホフマンだったからではなくストーリーが良かったから。
アウトブレイクのホフマンは、なんと言ったらいいのか、
演じる陸軍軍医ダニエルズ大佐【Colonel Sam Daniels MD】の人柄が本人に近く見えた。
早口でまくしたてる話し方や、ジョークを小刻みに入れ、
そして筋肉を動かさずに声だけで感情を表現するところとか。
本人に会ったことなどむろんないのだけれど、とにかく演技には見えない
その本質っぽいイメージが好印象で、勝手に私の中のホフマン像に決定した。
この映画、そんなにドラスティックなストーリーでもなんでもない。
未知のウィルスがアフリカからアメリカに持ち込まれ、それを食い止めようとするダニエルズ大佐。
その裏では、病原をつきとめるよりも数年前の隠された事実を隠蔽する為
町一つを破壊しようとする上官。
ホフマンが出るシーンではないが、ストーリー中盤、
このウィルスがアメリカ全土に広がるのを食い止める為、
住民もろとも街を破壊すべきかどうかが論議されるシーンはなかなか見モノだ。
+++
権威ある専門学者に完備した実験資料を提示させ
“一掃作戦以外に道はなかった”と証言させること
…I want an army of experts citing thousands of lab experiments…
…telling the media there was no other way!
+++
確かにその通りだけれども、人の命の重さって量なのかだろうか。
けれど、集団や国を治めているヒトにとって、
その選択肢を迫られる時があるのだろうと思うとすごく怖くなる。
自分ゴトにしかできないけれど願わくはそのような選択を迫られる時が来ないことを祈る。
余談だけれども、ダニエルズ大佐の同僚ケイシー【Casey】役で
ケヴィン・スペイシー【Kevin Spacey】が出演している!
95年と言えばユージュアル・サスペクツ【The Usual Suspects】で主役を演じた年。
何度も見ていた映画だったのに、全く気がついていなかった。
Marching On 【Timbaland Feat. OneRepublic】
音楽は不思議なもので、知らないうちに口ずさんでいたりして、
例え歌詞を聞き流していたつもりでも、意外にちゃんと聞いている。、
その時に必要な気持ちを汲んで、無意識で好んで選んで聴いているのだと思う。
楽しいときは楽しい歌、恋する時は恋の歌、失恋すればもちろん失恋の歌、
やるせない時はそんな気持ちを語る歌をいつの間にか聴いている。
最近はもっぱら元気が出る歌に寄りがちで、
この1曲もリズムの良さとサビ部分の歌詞で気に入った。
ところが、その肝心のサビの部分を聞き違えていたことに、最近気がつく。
私の耳にはこう聞こえていて、、
『so many words we find / so many things we deny
with reasons you have, promises we have / we marching on』
あたしたちはたくさんの言葉を見つけ、たくさんのことを否定するよね。
だけどちゃんとした理由と守られる約束があるから、うちらはみんなやっていける。
物質的には飽和状態なこの世の中、そりゃたくさんの言葉があって、
いらないものだってたくさんあって。。
でもちゃんとした理由があって、そして約束を守り合い信頼していれば、やっていけるよ。
なんて勝手に思っていた。
で、あまりにイイ曲なので、ちゃんと歌詞を確認。
『There’s so many wars, we’ve, fought / There’s so many things, we’re, not
But with what we have, I promise you that / We’re marching on』
あたし達にはたくさんの戦いがあって、そしてそれと同じくらい戦っていない事柄がある
だけどうちらの手の平にあるものでだって、やっていけるっって、約束するよ。
wordsじゃなくてwarsかぁ、、denyじゃなくてare notね、、
とてもアメリカ在住●年とは思えない失態。。やっぱりテーマがでかい。
でもここで言う『wars』っていわゆる国の間の戦争だけじゃない。
日々生きていくことも、やっぱり『wars』の連続。
その後に続く歌詞もイイ。
力を振り絞り登らなければいけない山々、
時間だけが治せる傷、血も汗も涙も乾ききる
太陽がなくなれば、夜を取り戻せばいいし
勝ちたければ、戦い返すだけ。
のろくても、それでもうちらは進み続ける
やがてゴールが目の間までやってくる
とにかく相反するものが混在し、時には自分じゃやっていけないよって思うような世の中、
そんな時はゆっくり進めばいいし、時間が解決してくれることだってあるし、
けれどやりたいことがあるなら戦って勝ち取ってみろ!みたいな。
多分、これ、すごく今の自分に言いたくて、そしてみんなにも伝えたいこと。
仕事が仕事を生んで、毎日会社に行って、その働く理由が、
巨大な人間の営みをまわし続けるだけの為にあるように思える今の世の中。
ヒトにとって働くことが昔の狩りや農耕と思えば、やっぱりそこには理由があるんだと思う。
頭を使い手足を動かし、友人や同僚と会話をする毎日。何の為って生き進む為かなぁ。
すっかり歌詞を聞き間違えたけれど、やっぱり曲の印象は変わらない。
今やってることは決して無駄ではなくて、小さくても、のろくても、進んでいるんだって
進む先を目指し、信じて進んで行けばいいんだって。
今年の目標をちゃんと立てよう、って、そう思った。
+++
For those days we felt like a mistake
Those times when love’s what you hate
Somehow.. we keep marching on
For those nights when I couldn’t be there
I’ve made it harder to know that you know
that somehow.. we’ll keep movin on
*
There’s so many wars, we’ve, fought
There’s so many things, we’re, not
But with what we have, I promise you that
We’re marching on, we’re marching on, we’re marching on
So many hills we had to climb
Almost without our strength
but we kept.. slowly marching on
Time heals the wounds we couldn’t close
Blood sweat and tears dried up
We’re okay… we kept marching on
Get your legs and walk cause we’re not too far
A little more to go, but well we marching on
Ah well we marching on, ah well we maching on
Ah well we marching on, ah well we marching
If we lose the sun, we turn the night back
Yep we gonna win, we gotta fight back
We marching on, ah well we marching on
Ah well we marching on, ah well we marching
The bridges are gone, and we’re almost home
The end is clo-ose
ライラの冒険 黄金の羅針盤
【THE GOLDEN COMPASS】2007年
日本で初めて転職したその翌年。
2001~2003年にロード・オブ・ザ・リング【THE LORD OF THE RINGS】の3部作が、
2005年(&2008年)にナルニア国物語【THE CHRONICLES OF NARNIA】が
映画化された流れの中、原作を知らず、同じようなファンタジー作品かな、と思って観た。
話はとても普通で、ある好奇心旺盛な少女ライラ【Lyra】が
冒険家の女性コールター夫人【Mis. Coulter】に連れられ、生まれ育った土地を旅発つ。
ある日、コールター夫人の屋敷で、親友ロジャー【Roger】がさらわれたことを知り、
更にその誘拐に夫人が関与していることが分かる。
ライラは屋敷から逃げ出し、ロジャー救出の旅へ出る。
真実を読み取るコンパス、アーマーベア・イオレク・バーニソン【Iorek Byrnison】との出会い
人の『魂』となる『ダイモン【dæmon】』、魔女セラフィナ・ペカーラ【Serafina Pekkala】。
正直、娯楽映画としてはこんなものかなという感じだったけど、
それぞれの要素が興味深く、原作を調べる。
すると、『His Dark Materials』というシリーズで、『黄金の羅針盤The Golden Compass』、
『神秘の短剣The Subtle Knife』、『琥珀の望遠鏡The Amber Spyglass』の3部作となっていた。
英語力のキープも兼ねて読んでいた『ハリーポッター6』を読み終え
ちょうど次の本を探していたので、早速英語版を取り寄せ読むことに。
これがまたおもしろかった。
特に、映画化された第1章の次作となる、第2章が『The Subtle Knife』が興味深い。
この物語の特徴となる、そして映画ではまだ描かれていない
『パラレルワールド』の不思議が書き綴られている。
こうなると、映画の見方も変わってくる。改めて見ると、なるほどと。
今まで気に止めなかった、原作を再現すべく努力されたCGのクオリティの高さにも気がつく。
経済不況の為、無期延期となってしまった2&3作目、なんとか映画化を実現して欲しくなる。
そんな1作目の映画『黄金の羅針盤』でアーマーベア・イオレクとライラが初めて出会うシーン。
アーマーベアにとって戦いがどんなに大事なことかをイオレクが語る。
+++
町の連中に酒を飲まされ仕方なく ここにいるんだ
眠るまで酒を飲まされ よろいを奪われたのさ
よろいがないと 戦争に行けない
俺は よろいグマなんだ
戦争は俺にとっては 海や空気みたいなものだ
よろいがないと 何もできない
I stay because the people of this town… gave me spirits…
and let me drink till I was asleep.
Then they took my amour away.
Ans without my amour, I cannnot go to war.
And I am an armoured bear.
War is the sea I swim in… the air I breathe.
Without my amour, I am nothing.
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戦争がなぜ海や空気みたいなものなのかを、もう少し詳しく原文は説明している。
戦争は俺にとっては 『海=the sea I swim in (泳いでいる海そのものであり)』や
『空気=the air I breathe (吸っているこの空気そのものである)』みたいなものだ
よろいがないと 『何もできない=I am nothing (何モノにもなり得ない)』
更にこの最後の2ラインの音の流れが美しい。
アーマーベア【armoured bear】がアーマーベアである所以の誇りとそれを無くした失望を感じ、
イオレクが言う戦争がイイコトが悪いコトかはさておき、素晴らしい演説である。
原作があるからこそのキャラクターの背景が、少ない言葉にもしっかりと浮かび上がってくる。
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DVDには特典映像が入っていて、この映画の監督クリス・ワイツ【Chris Weitz】が、
あまりに物語が壮大なのと、CG撮影に不慣れだったのとで、
一度降板し、その後別監督も降板した為、再度任命された、というエピソードが入っていた。
ワイツはインタビューの中で謙虚にこう語る。
『アメリカン・パイやアバウト・ア・ボーイのようなコメディを手掛けた監督が
こんな大作を手掛けるなんて、、、(インタビュー続く)』
ええっっ、アバウト・ア・ボーイ【About a Boy】ですか! と驚く。
何故なら、映画が良くて、うっかり英語版を読んでいたから。
もちろん読み終えた原作は絶賛モノだった。
『アバウト・ア・ボーイ』も『ライラの冒険 黄金の羅針盤』も脚本まで手掛け監督を務めたワイツ、
彼が選んだ作品の原作は、注目すべき、なのでしょうか。
ちなみに昨年の『ニュームーン/トワイライト・サーガ』もベストセラー&ヒット作でワイツが監督。
最近になって、高校時代に思い出のあるヒトが
音楽活動を続け、CDも出していることを知り手紙を書くことにした。
もう10何年も前に連絡した切りで、住所を探そうと昔もらった手紙を探す。
今のようにEメールがなかったので連絡はいつだって手紙だった。
アメリカ時代にもらった手紙をひとまとめにしていたのだけれど、改めてその量に驚く。
使ったことはないけれど、a pile of a letters というのは正にこのことだろう。
いくつか読み返すと、皆、その時代を一生懸命生きている。
たぶん私から皆への手紙を読んでも、同じように精一杯生きているのだろう。
手紙じゃなかったら、今、こうして読み返すことはできない。
正直、書いている時はひとりなので、相手のコトを思って書き始めた手紙は、
たいてい最後には自分のコトを書きたてて終わるコトになる。
だから、交換し続ける手紙の内容はどちかと言えば日記のよう。
でも誰にでも書けばいいってワケではなく、やっぱりそのヒトに書く必要がある、
手紙って、そんな不思議な関係を持っている。
不思議と言えば、今、友人タチの手紙は私の手元にあって、確かな存在を持っているけれど、
残念なコトに、そして当然ながら、私が書いた手紙タチは謎のママ。
こんなにたくさん手紙をもらっているけれど
わたしはちゃんと皆に返事を書いていたのだろうか?
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そのヒトの曲の中に 『レインボーフィッシュ』 という曲がある。
小学校からスイミングスクールに通い、高校の時は水泳部だったその後
一時期自分の前世はサカナに違いない、と思うほど水中を自由に動くサカナに憧れていた。
レインボーフィッシュなんてサカナがいるんだと、新しい発見をした。










