2017/05/26

宇宙の96%は,ダークエネルギー(74%)とダークマーター(22%)で満たされており,我々が観測可能なバリオンでできた世界は,宇宙の4%に過ぎない。更にその4%の宇宙のうち99%はプラズマ状態にあり,人間は,1%のプラズマでない中性の世界で生きている。地球自身も,地磁気は360万年で11回も逆転しており,最後の地磁気逆転は約77万年前。地磁気逆転の時代には,大量の高エネルギー宇宙線が侵入して,大気が電離して気象変動を誘発し,地上の生命体も被爆を免れない。

つまり,我々は,宇宙の中では,4%x1%=0.04% という,極端に稀な世界に生まれ,宇宙が誕生して今ままでを1年のカレンダーとすると,12月31日の除夜の鐘が鳴り始めた頃にホモ・サピエンスになったばかりの,束の間のパラダイスを謳歌している赤子の知的生命体と言える。

そして,宇宙では米粒のような存在のkmサイズの小天体が,たった1発衝突しただけで,日々の生活や未来までもが一瞬にして失われてしまう。そう,人類というのは,激動の宇宙の極々僅かな平穏期に,たまたま地球上で知性を持った生命体というだけであって(ある意味で神様から与えられたチャンス),今、叡智を集結して宇宙で生き延びる努力をしないと,必ず滅びる運命にある非常に危うい存在なのである。

 

そんな危うい地球には天文学者という集団がいて,その天文学者集団の中でも特にマイナーな地球衝突天体を専門とする知的集団がいる。そんな,地球衝突天体を真剣に考える研究者らが2年に一度集結する,今年で5回目となる国際会議「Planetary Defence Conference (PDC; 地球防衛会議)」が,世界中から200名を超える研究者が東京お台場の日本科学未来館に集い,2017年5月15日〜19日に開催された(NASAやESAからも20名以上が参加)。

集合写真

小惑星の物理観測,衝突予測(衝撃破,クレータ形成,イジェクタ噴出物,そして津波被害),一般市民への警報・避難など,通常の分野の限定された国際会議では交流し得ない研究者が一同に会したPDC国際会議は,まさに刺激的で衝撃的な1週間だった。

 

また,PDCでは,通常の国際会議では行われないような「Exercise(訓練)セッション」が連日夕方から実施された。直径約300mの仮想小惑星「2017 PDC」が2027年7月21日に中国-朝鮮半島-日本に衝突するシナリオに基づき,(1) 小惑星物理観測,(2) ミッション立案,(3) 衝突回避・破壊,(4) 衝突影響評価,(5) 一般広報,(6) 災害対策,(7) 情報集約と最終的な行動決定の7つのグループに分かれ,(1)〜(6)班のメンバーが議論を行い,(7)班が各班代表の発表に対する質疑応答を公聴会形式で行いながら,意見の集約と指針をまとめた。

 

阿部研究室の院生7名も運営委員(LOC)として参加し,現場で奮闘してくれた(3名はポスター発表も行った),学生らにとっても膨大な知見の蒐集と国際コミュニケーション能力を鍛えることができた,濃密な1週間だったと思う。

 

直径270m(密度1.9g/cm^2, 直径100mの衛星も存在することが地上とスペースからの観測により判明)のアポロ型小惑星2017PDCが2027年7月21日に地球衝突する想定で様々な検討が行われた。

東京お台場がグランド零になった場合,直径3.8kmのクレータが形成され,直径42km圏内はトラス橋が崩壊する爆風,直径98km圏内の木造建築は爆風で倒壊, 112km圏内の窓ガラスは吹き飛ぶ,3700万人が被災する。今から10年で,これだけの人間を退避させなくてはならない。被害想定ができているので,直接の死者数0が我々の設定目標。

太平洋に落下した場合,高さ29mの津波が到来する。洋上落下の場合は,海岸からの距離に関わらず,振幅約60mの波が減衰して,ほぼ同じ高さ(25-29m)の津波となる。(courtesy; P. Chodas[JPL/NASA], M. Boslough, B. Jennings[Sandia National Laboratories])

 

巷で話題になった新海誠監督の映画「君の名は。」。この映画は,空前絶後の世界の話だと思っている人は多いだろうが,実は,十分に起こりうる現実に即した話題であり,クレーターサイズなども物理的にリーズナブルなサイズで,統計的に見ても,いつ起きてもおかしくないありふれた小天体の地球衝突現象なのである(詳しくは;講演会・サイエンスカフェ等の講師引き受け可)。

 

地球衝突天体の研究(小惑星,彗星,流星,隕石,人工流星,スペースデブリ…)は,ある意味で人類の宇宙での存続を左右する結構重要な学問なんじゃないかと思う。。。。

 

「小天体の脅威を世に伝えることは,もう権利なんかじゃない 義務だと思うんだ。。」【君の名は。】RADWIMPS「スパークル」より

2017/05/26 10:37 | 天文・宇宙 | No Comments
2015/11/25

2015年2月20日深夜のニュース番組(FNN News JAPAN)で,現在我々が取り組んでいる研究・開発活動が取り上げられた。その前日に日経新聞に取り上げられた「人工流れ星、東京五輪の空に 開発に挑む女性起業家」を見たフジテレビのニュース番組ディレクターから当日の夕方に連絡があり,急遽対応することになった。

 

「人工流れ星」プロジェクトは,株式会社ALE(岡島礼奈・社長)の発案で研究開発が進められている事業で,首都大学東京システムデザイン学部 航空宇宙システム工学コース・佐原宏典先生, 帝京大学理工学部 航空宇宙工学科・渡部武夫先生と日本大学理工学部 航空宇宙工学科の3大学と,株式会社PDI,アクセルスペースなど複数の民間企業でチームを形成して取り組んでいる。

 

そもそも,人工的に流れ星を作るアイデアは古く1940年頃からある。世界初の人工流星実験は,1946年12月17日にFritz Zwicky博士によってドイツV2ロケットを使って実施されているが,ロケットが爆発して失敗に終わった。1957年10月16日(人類初の人工衛星スプートニク打ち上げの12日後)には,同じくV2ロケットを使って米国空軍がニューメキシコWhite Sandsで実験を行い,直径数cmの流星源(アルミニウム球)3発が埋め込まれた釣鐘型弾薬を高度87kmで爆発させ,流星源を秒速15km/sに加速させて人工流星を発生させることに成功している。爆発で生じたデブリの一部は,地球重力圏を超えて太陽の周りを回る軌道に入ったため,人類初の深宇宙人工物体になった。その後,1960年代にはNASAラングレー研究所が,サウンディング・ロケットとキックモーターを使った人工流星実験を何度も行っている。1-2cmほどの金属プロジェクタイルを弾道飛行と多段ステージで秒速11-12kmまで加速し地球大気圏に再突入させ,0等級(絶対等級:天頂距離100kmでの可視等級)ほどの流星を発生させている。日本国内では,20世紀末に日本大学理工学部航空宇宙工学科の石川芳男先生のグループが,宇宙から雪玉を大気圏再突入させる実験を提唱し,衛星の具体的な設計検討まで行っていたが実現には至らなかった。その他,衛星設計コンテストなどにも,似たようなアイデアが幾つか提出されている。また,2010年に地球帰還した小惑星サンプルリターン探査機 「はやぶさ」では,地球帰還カプセルのみならず,探査機本体も惑星間空間から直接地球大気圏に秒速12kmの超高速で再突入し,満月を超える明るさに輝く人工大火球となり,人工流星の様々な科学観測が南オーストラリアの砂漠地帯で実施された。

地球の果てでハヤブサを迎える(前編)

オカエリナサイ・はやぶさ

 

フジテレビ「ニュースJAPAN」

夜空に突然きらめく流れ星。これを人工的に作り出そうという試みが進められています。
いつでも流れ星が見られるという未来がやって来るのか、取材しました。夜空にすーっと伸びる一筋の光。
瞬く間に消えてしまうため、街中ではめったに見られない流れ星。
しかし、ちょっぴり寂しい東京の夜空にも今後、流れ星が見えるようになるかもしれない。
今、人工的に流れ星を作り出す試みが進められている。
日本大学理工学部の研究所。
実用化を目指し、開発しているのが「人工流星体」。
日本大学理工学部航空宇宙工学科の阿部新助准教授は「これが人工流星体ですね。こういったものを宇宙から地球に突入させて、流星発光させようと」と話した。
小さな玉がいくつも詰まったケース。
この1粒1粒が流れ星になるという。
その構想をCGで再現したものがある。
宇宙空間へ打ち上げられた人工衛星の中に搭載した粒を、地球へ向け射出。
粒が大気圏に突入すると、激しく発光し、地上から見ると、流れ星に見えるという仕組み。
素材は全て燃え尽きるため、地上へ落ちてくることはない。
阿部准教授は「(流れ星の大きさは、こんなに小さいものなのか?)実際の流れ星は、実はもっと小さいんですね。直径がもう本当1mmぐらい。超高速で地球大気に突入するために、非常に明るく輝きます」と話した。
本物の隕石(いんせき)の構造や、実際の発光の仕方を研究し、流れ星の素材作りに生かしていた。
阿部准教授は「小型衛星など、比較的安く簡単に宇宙に行ける手段がありますので」と話した。
1回の打ち上げ費用は10億円ほどで、2年後には、宇宙での実験を計画している。
この夢のような企画を発案したのは、ベンチャー企業・株式会社ALEを経営する岡島礼奈代表取締役。
5年後、東京オリンピックの式典での採用を目指しているという。
岡島代表取締役は「ものづくりって今、日本というのは元気がなくなってきているといわれているんですけれども。例えば、東京オリンピックとかで、日本の技術でこういうことができましたとアピールできたら、すごく元気になるなと思ってます」と語った。
いつでも夜空で流れ星が見られる未来が来るかもしれない。

 

さて,このニュースが流れてから,ネット上では様々な反応があった。反対意見の中には,なるほどニュース報道だけでは,そう考えるのも頷けた。ネガティブな意見の概要をまとめると,

  • 流れ星は滅多に見られないからこそロマンがあるのに,人工的に流したら意味がないな。
  • 流れ星は自然現象だから美しいのであって,いつ流れるか分からないから価値があるんだよ。
  • 田舎で1時間も空を見上げれば,流れ星ぐらい何個も見えるのに,何で人工的に作る必要があるのか。
  • 技術的にはすごいかもしれないけど,無意味でお金の無駄遣い。
  • 塵をばら撒いて環境汚染になる。
  • 軍事利用される可能性がある。
  • 流星観測の邪魔になる。光害になるようなショーは行って欲しくない(天文家より)。

 

我々が計画している人工流れ星は,地球の重力圏を振り切ることなく低軌道から減速させて再突入するので,地球の重力圏外から飛来する秒速数十kmの天然の流星よりもずっと遅い7.8km/s,人工衛星が落下してくるような超低速流星となる。継続時間も数秒以上続く「特異な流れ星」になる(流星の平均的な発光継続時間は0.5秒)。従って,一目で天然の流星との区別がつくし,願い事を3回唱えるのも簡単だろう。

 

そもそも地球には,毎日約100−300トンの地球外物質が降り注いでいる。その殆どは,太陽系内の彗星や小惑星からやってくるメテオロイドだ。一般にメテオロイドは,直径がμm〜mサイズの塵(ダスト)で,直径約1 mを越えると小惑星と呼んでいるが,学術的に明確な境界は定義されていない(現在,国際天文学連合において「塵-メテオロイド-小惑星・彗星」のサイズ境界の新たな定義案を提出中)。メテオロイドが超高速(秒速12-72km)で地球大気圏突入する際の,空力加熱(空気の流れが堰き止められて圧縮することで,運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて加熱される)によるアブレーション・プラズマ発光が,流星現象である。高温により物質が昇華して励起原子・分子や電子が生成される過程をアブレーションと呼ぶ。通常我々が目視できる流星は,大気突入速度や突入角などにもよるが,およそ直径が0.5〜数mmと見積もられている。地球に降り注ぐ宇宙物質の殆どは,肉眼では見えない非常に暗い流星(宇宙塵:IDP=Interplanetary Dust Particle)だ。頭の真上に掲げた拳1つの領域(上空100kmの約20km四方)に,1日で数千個の肉眼では見えない流れ星が,昼夜関係なく降り注いでいるのである。頻繁に発生する流星によって形成される電離柱を利用したVHF帯通信が「流星バースト通信」である。流星は発光(あるいは加熱だけ)しても完全にはアブレーション消失せずに,ミクロンサイズの粒子は,ジェット気流に流されながら何週間もかけて地上まで落下してくる。海底の泥や南極氷床など,静かな環境下に昔のままの姿で残される。

 

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マイナーな流星群も含めると,1年間に100個近い流星群の活動が知られている。彗星や小惑星からのフラグメントが地球軌道と交差し,地球大気圏に衝突して輝く現象が流星である。地球と遭遇することで,母天体からやってきた塵を観察することができるのである。つまり,流星現象の観測は,地球大気を「天然の巨大な望遠鏡」と見立てた,地球に居ながらにしての間接探査ともいえる。流星や地上まで落下する隕石から,母天体である彗星や小惑星を探査できるのである。実際,流星の二点観測からは速度や軌道が分かり,速度と光度から大きさが見積もられ,大気減速からは質量が推定される。また,天然の流星発光をプリズムなどの分光器を通して見ると,組成やプラズマ励起温度などの物理化学素過程を調査することが可能だ。しかし,いつどこに出現するのか分からない天然の流星や火球を対象にしているため,これらの物理量が全て精度よく求まることは稀だ。近年,小型汎用カメラと自動観測ソフトウェアーを利用した,SonotaCoネットワークなどの夜間常時流星観測網が発達し,流星群の活動や軌道についての新たな知見が次々と得られている。しかし,広い視野を監視しているため,空間分解能が悪かったり,天候の影響を受けざるを得ない。そこで,組成・突入速度・突入角・形状・密度が全て既知の人工流星体を制御して大気再突入させてやれば,時刻,出現場所,天空の出現位置が予め分かっているため,周到に準備された高精度の科学観測が実施できる。つまり,人工流星は,様々な物理パラメータが不明の天然の流星を詳しく知るための「モノサシ」となるのである。また,太陽活動により変化する電離圏(中間圏・熱圏)の状態を,人工流星プラズマを光やレーダーなどを使って調査する新たな観測手段が確立される可能性もある。

 

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しし座流星群流星スペクトル。観測値(上)と強度補正後(下)。長波長側のN,O,N2は超高層大気成分からの発光物質。短波長側のNa,Mg,Fe,Caなどは,メテオロイド由来の発光物質。人間の眼が感じる波長領域(380-700nm付近)で,これらの物質の発光色が混じり合った色として視認される。

 

 

昨今問題視されている「宇宙ゴミ」「スペースデブリ (Space Debris)」は,耐用年数を過ぎて廃棄された人工衛星,事故・故障で制御不能になった人工衛星,打ち上げに使われた多段ロケットの切り離しで生じた破片,さらにはデブリ同士の衝突で生まれた微細デブリなどの人工物である。1957年,人類が宇宙へ活動の場を広げて以降,4000回以上ロケットの打ち上げが行われ,今なお5000トン(1cm〜10cmで50万個,1cm以下のデブリは,数千万個以上あると推定)ものスペースデブリが地球を取り巻いている。これらのデブリは,同一軌道上を相対速度がライフル銃の数倍という速度を有しながら浮遊しており,例え数mmでも衛星や宇宙船を機能停止させてしまう。ある軌道では,既にデブリの数が増え過ぎており,デブリ同士の衝突によって加速度的にデブリが増え続けるケスラーシンドロームという現象に陥っている。ますます宇宙に活動の場を広げる人類にとって,スペースデブリの数を減らすデブリ除去技術開発の必要性が迫られている。最終的には,デブリの軌道を変更させ,地球大気圏に再突入させて流星アブレーションで人工流星にして,運動エネルギー(1/2mV^2)を光や熱エネルギーに変換させて消滅させる手段が,コスト面でも最も効率が良いとされている。2020年以降に地球大気圏に落下して廃棄させる予定の国際宇宙ステーションは,420トンのサッカー場が落下するに等しい。この巨大な宇宙建造物を安全に地球大気圏で消滅させる手段も,人工流星アブレーションが利用される。2001年3月にフィジー沖の南太平洋に制御落下された,ロシアのミール宇宙ステーションが良い例だ。「こうのとり」や「ATV」などの国際宇宙ステーション補給機も大気圏に再突入させて廃棄しているが,安全のため南太平洋上などで行われており,大気圏突入の流星発光を地上から精密観測することは困難である。JAXAは,こうのとり補給機に再突入データ収集装置(i-Ball)を搭載して流星発光を計測したり,NASA/SETI/ESAは,ATVの再突入を専用航空機から観測するミッションや未知のスペースデブリの地球再突入の様子の航空機観測を行っている。我々が計画している人工流星は,デブリ除去や,大気圏再突入実験にもフットワーク良く応用されることが期待される。

 

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ミール宇宙ステーションの大気圏再突入(2001/03/23, Fiji)。

 

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軌道が監視されている直径10cm以上のスペスデブリ。10cm以上の人工物は約22,000個(現在)が軌道上にあり,このうち95%がスペースデブリとなっている。

 

 

TVニュースで紹介されていた宇宙花火的な紹介(あるいは,宇宙葬など)は,エンターテイメント的な側面だけが強調された偏った報道である(ニュース性はあるが,研究者の視点では本質ではない)。もちろん,これらの活動は,宇宙科学アウトリーチやプロジェクトを進める上で重要な資金調達にはなるが,人工流星は上述の研究テーマやパンスペルミア説の検証実験などの科学目的利用,差し迫ったデブリ問題を解決する実験に必要な技術として活用されることを期待し,研究開発に取り組んでいきたい。

追記;

人工流れ星プロジェクト「STAR-ALE」ホームページ

もう少し分かりやすく解説した私のALEインタビュー記事もご参照ください。

人工流れ星プロジェクトは,TBS 夢の扉+(2015年11月22日)にて紹介されました。

「世界初」と言っているのには補足が必要で,「人工衛星を使った人工流星実験は世界初」となります。1957年10月16日にV2ロケットを使って米国空軍がニューメキシコWhite Sandsで実験を行い,直径数cmのアルミニウム球3発が埋め込まれた釣鐘状弾薬を高度87kmで爆発させて,人工流星を発生させています。その後,1960年代にはNASAラングレー研究所が,サウンディング・ロケットとキックモーターを使った人工流星実験を何度も行っています。弾道飛行でない地球周回軌道上から軌道とタイミングを制御して人工流星を「複数回」発生させることはまだ誰もやっていない「世界初」となります。

2015/11/25 12:51 | 天文・宇宙 | 1 Comment
2012/09/19

8月末から9月初めに2週間近く北京に滞在した。中国で初めて開催された「国際天文学連合(IAU)総会」に参加するためである。会場は、オリンピック公園の横にある「China National Convention Center (CNCC 国家会议中心) 」であった。小生は、故楼大街という下町にある中華式の安宿に宿泊し、毎日地下鉄を3回も乗り換えて、50分近く掛けて会場に通った。Google Mapに騙されて、オリンピック会場への直通地下鉄が開通していなかったからだが、かえって庶民の暮らしを毎日観察することができた。

前回北京に来た2006年と比べると、街も人も物価も大きく変わったと感じた。地下鉄やビル群などのインフラが大きく整備された他に、地下鉄やバスに乗車する「人々の整然とした列」ができていたのには驚いた。車両が満員に近づくと乗車を止めて次の地下鉄を待ち、地下鉄の中で下車する際には前の人に必ず「下車嗎?」と聞く。オリンピックを間近に控えた2006年の北京は、街の至る所が工事中であり、交差点の交通ルールは無きに等しく、バス停や駅で人々は、我先にと列に割り込んでくる戦争状態だった。オリンピックを経て、人々も社会的に教育されたのだろう。物価も台北で過ごす感覚とほぼ同じで、6年前の数倍の物価になったのではないだろうか。車内で多くの若者がスマホに没頭する光景は、日本や台湾と変わらない。天気は滞在中ほぼ晴れていたが、濃霧かと疑う「スモッグ」が何日も続いた。これは有毒スモッグで、特に降雨には絶対あたらないようにと注意された。学会からの配布物に、立派な折りたたみ傘が入っていたのもうなずける。

滞在中も日本大使館前のデモは行われていたが、街中やレストランで日本人だと分かっても、不快な目に会うことは一度も無く、むしろ地元の中国人らは親切だった。北京天文館プラネタリウムでは、小生は招待講師として「探査機はやぶさ(日本大空舟隼号)」の一般講演を行い(台湾中国語と英語を北京語に逐次通訳)、50名程の北京の聴衆からは歓迎され、天文館館長からは「いつでも北京に来たときは大歓迎で、無料でプラネタリウムにも招待するよ」と握手。(賄賂ではない)お土産もたくさん頂いた。

一方、TVでは終日、反日番組や映画・ドラマが放映されていた。こんな刷り込み番組を子供の時から見ていたら、日本人を嫌いになるのは当然だろう。中国滞在中は、北京在住の日本人の友人Nとも久々に再会し、いろいろと案内して頂いた。彼は小生の所属する台湾國立中央大學から北京大学へ2年前に異動した地球電磁気学専門のポスドク研究者だ。上海で同じくポスドクをしている天文学の後輩Hと同様、現地の安月給で中国人らに混じって粛々と成果を出し続けている「侍・日本人」である。友人Nとは、連絡を取り続けているが、彼のいる北京市内の北西地区では、相変わらず日本人への差別も無く、現地の知識人らはデモを冷やかに見ているようだ。

今回の反日デモは派閥争いが背景にあり、「反日」は利用されているということを、見抜いている中国人も多いのだろう。被害状況だけをクローズアップして「中国人悪」のイメージを植え付けるだけの報道を行う日本のマスコミも、中国での「日本鬼子(日本人悪魔)」の報道と同レベルであり、対立を煽るだけである。水面下にある真相こそ報道すべきだ。デモは、ネットやツイッター(微博)で呼び掛けられて集まったのではなく、バスがチャーターされ、Tシャツや横断幕が配られた組織的な「やらせデモ」なのである。北京・日本大使館前で行われているデモも、日雇いでやらせているという話を、北京在住の複数筋からも聞いた。ちなみに、北京からはTwitter、Facebook、Youtubeなどには接続できない(接続できる時もある)。Google検索も挙動が変で、リンク先が操作されており、天安門事件などで検索を掛けると警告がでた。困ったのは、仕事の調べものでNASA/JPLサイトに繋ぐ必要があったが接続できなかった(これはNASAが接続を制限しているのだろう。結局、VNC台湾経由で対応)。

デモが暴徒化した場所(山東省(青島など)、湖南省、広東省など)は、共産党主義青年団(団派)が牛耳っている。破壊活動は、デモとは関係ない場所で発生しており、放火などの手際が良いことからプロの仕業と言われている。私服警官や私服軍人が暴徒の中心メンバーとして活躍している姿が、複数目撃されている。これらの暴徒化したデモは、団派(胡錦濤・李克強 一派)が上海派(次期総書記・習近平 一派)を揺さぶっている可能性として指摘されている。

日本人暴行事件も報じられていたが、これは公安の仕業である。ラーメンを頭から掛けるなど、わざとらしい事件を起こしている。もちろん、そういう場所に日本人が近づくと危ない。

特筆すべきは、暴徒化しているのは若者が多いということ。「蟻族(アリ族)」や「鼹鼠族(モグラ族)」と呼ばれる大学卒業後も仕事が無い暇な人種や、地方から都市に出稼ぎに出たが仕事がなくなった人種などが、反日デモを「野次馬的」に暴走させている。日本への批判が本音ではなく、共産党への不満が鬱散していると見るべきである。これは、中国で最も不景気である深圳のデモでは、日本の商社ではなく中国人民政府の庁舎が襲われていることに、その真意が伺える。

こういう輩は、政府から絶対悪として標的にすることを許された「日本」へ対するデモを理由に、日頃の鬱憤を晴らすが如く「犯罪行為」を行っている。また、団派がそれを煽動している。人民を尊重した毛沢東の写真を掲げているのは、もはや反日ではなく、政府批判を意味している。

これらの事象は全て「やらせデモ」の想定外の「暴動」だったはずである。今後、反日デモが繰り返されていけば、数年の間にその矛先は共産党へ向けられるだろう。

そもそも中国は多方面で国際紛争を抱えている。

  • 南シナ海では、フィリピン、ベトナムと開戦準備を進めている。
  • 対台湾へのミサイル配備は約2000基だが、台湾とは平衡状態。←今こそ、日本は台湾へ歩み寄る絶好のタイミング
  •  韓国ともめている水面下の島「蘇岩礁(離於島)」は、韓国が今年、軍事基地を作ってしまったら中国は最近になって黙ってしまった。

日本は、今の(反日デモ容認の姿勢を示した胡錦濤政権)中国に対してまともに対応する必要は無い。尖閣諸島には自衛隊を駐屯させれば良い。そうすれば、韓国が実行支配した離於島と同じく大人しくなるだろう。もちろん、軍事的冒険に出る可能性もあるが、そうしないと近いうちに尖閣諸島は中国に実行支配されてしまう。国有化してしまったので、これまで通りの「棚上げ(何もしない)」支配では、尖閣を守れなくなってしまったのだから、これは国の責任だ。日本が尖閣諸島を自力で防衛する姿勢を示さない限り、無人島ごときに米軍が日米安保条約を発動する訳がない。

さて、IAU国際会議中の小生の名札は、「China Taipei」という所属に勝手に書き換えられていた。学術分野でさえ「Taiwan」の名前を認めないのである。もちろん、小生は口頭講演の中では、どうどうと「Taiwan」の名前を使った。小生は、親しくしている素晴らしい中国人研究者らもいるし、彼らとは共同プロジェクトでいっしょに仕事もしている。少なくとも科学者としては、政治的な紛争を越えた付き合いを今後も続けていきたいと思っている。

対中融和路線をとる台湾・国民党が2008年に政権を取って以降、中国共産党は「中華民族」を合い言葉に、台湾との様々な融和政策を進めている。尖閣諸島は「台湾省」の一部だとして、中国は台湾の「釣魚島」運動を支持している。「台湾統一工作」として中国に利用されているということも、台湾国民に広く知らしめるべきだろう。一方、この状況の中、日本への歩み寄りの姿勢を見せる台湾・馬英九総統に、日本政府は真摯に対応し日台友好を加速させるべきだ。政治・経済、文化、科学技術などの幅広い分野での台湾との国際交流が、今後を左右する「鍵=突破口」になる可能性を秘めていると個人的には考えている。

 

日本統治時代の歴史的建築物や日本人が残した文化の多くを、今日でも大切に保護している台湾は、近代史を学ぶのには最高の場所である。全ての修学旅行先も、中韓から中華民国・台湾へ!

 

以下、北京在住の日本人N氏のコメントを、N氏の許可を得て転載します。日系企業に雇われているのではなく、中国の大学研究機関に雇われている「日本人研究者」という特殊な立場からのコメントですので、日系企業で働く駐在員日本人とは異なる視点を有するかもしれません。むしろ、中国国民の目線に近い意見だと思います。


やはり柳条湖事件81周年の日は反日デモの規模がすごかったようですね。

しかしながら、北京大学の周辺は依然として”平然”としていました。僕自身もすっかり忘れていたくらいです。19日以降になってデモは小康状態になっているようですが日本大使館からは”用事がある時以外近づくな”とのメールが頻繁に来ています。

テレビを見て思ったのはデモに参加している人は貧困層の人々や定職に付けていないフリーターやニートっぽい人が多いということです。所謂、共産党政府の政策・政治に批判的な人々のようです。(いわずもがな、中国では公然と政府を批判すれば”国家転覆罪”で刑務所行きなので矛先を日本にしているというところでしょうか。)

また北京に住んでいて思うのは”日本を批判する暇があったら1元でも多く稼ぐために一生懸命働く”人々が大勢いるということです。”デモに参加する暇があったら働く!”という無言のオーラが街を歩いていてとても強く感じるということです。レストラン等の服務員が僕の中国語が変だと感じて”何人?”と聞いて”日本人”と僕が答えても過剰な反応は全くありません。

先週の日曜日に秀水街付近に用事があって行きましたが、あのあたりでさえデモの影響は全く有りませんでした。みなさんあくせく働いていました。北京の人もそんなに暇では有りませんし、日本の報道が”日本批判の嵐=中国全土・全国民がそう考えている”という構図を作り出しているように感じました。もちろん被害に有った日本人もいたようですが、それが全てではないということですね。

 

IAU・国際天文学連合会場、北京国家会議場。とにかくデカイ!

2008年北京五輪のメイン競技場だった北京国家体育場、通称「鳥の巣」

滞在した古風な中華式の宿。スタッフも皆親切だった。


会議のオープニングと総会の決議の様子。

会議の横断幕を掲げる小生の共同研究者ら(フィンランド人と中華/台湾系アメリカ人)。我々3人で3枚の(捨てられていた)ビニール横断幕を頂戴して持ち帰った。次回のIAUは、2015年にハワイ・ホノルルで開催されるので、持ち寄ってピクニック(potluck)のシートにする予定。


北京天文館。地元の高校教師や天文ファンを相手に講演を行った。

北京古観象台。1442年、明の時代に建設された世界で最も古い天文台の一つは、今では北京の高層ビル群に囲まれていた。


天下の北京大学の赤門。前を行く友人Nが通行証を見せて、小生はツレだと言って入校。


この夏から中国月探査プログラムが北京ビールの公式スポンサーになった。月面着陸の際は、きっと月面で北京ビールで祝杯をあげるのだろう。


万里の長城(八達稜)と天壇公園。中国の昔の人々はすごかったのだ。


天安門とセキュリティー・カメラの数々。街中のカメラの数もオリンピック前に比べれば圧倒的に増えた。

北京のタクシーは本当に捕まらない。道が分からないという言い訳?の乗車拒否もあり、昼間に5台捕まえてやっと乗れたりした。この日は、終電を逃してしまい、友人とタクシーを探したが捕まらず、仕方なく三輪タクシーに乗車。値段交渉したが、二人で20元(250円)とややぼられて乗車。シートベルトもないオンボロ三輪タクシー後部の箱の中で、幹線道路にこぼれ落ちそうに激しく揺られているときは、かなり怖かった。

 

追記、

今回は、中国語での会話がなんとかできるレベルだったが、北京語と台湾國語は発音がかなり違い、会話が成り立たなくなることもしばしば。なぜか、日に何度も通りすがりの民に道を聞かれたりもした。何処から来たのかと聞かれたときは「台湾からだ」と答え、台湾に住んでいる日本人じゃないのかと新秀水市場でしつこく聞かれた場面では(値引き交渉中だったので日本人とばれると不利)、「地球人だ」と答えて笑われその場を凌いだ。

 

一応ちゃんと仕事(学会招待講演、学会口頭発表、北京プラネでの招待講演、ビジネス会議など)の方も無事にこなした。

C-22(流星, 隕石, 惑星間空間塵)のプレジデントは、国立天文台・渡部潤一教授からSETI/NASA・P. ジェニスキンズ氏へ、C-20(太陽系小天体,彗星,衛星の位置と運動)のプレジデントは、JAXA/宇宙科学研究所・吉川真教授からNASA/JPLのS. R. チェスリー氏へ引き継がれた。渡部氏、吉川氏の推薦により、2012-2015 期のC-20、C-22のOrganizing Committeeには、小生が選出・承認された。また、C-22の流星群・命名委員会では、新しく観測されて申請された流星群を全て吟味して、承認できる流星群名を我々で決定した(こちらの仕事は、小生は殆ど貢献していないので(実質2名+αで決定されている)、これを期に(一時?)退任させて頂いた)。近年、レーダー観測で昼間流星群が多数発見されたり、自動TV観測による新しい流星群の発見が多数報告されている。流星群と認められるには、基本的に (1) TV観測などで顕著で明白な流星群活動が捉えられること(流星数の制限は無い)。一度だけ、単独観測でも認定する(長周期彗星起源の1回帰ダスト・トレールの場合は1度だけの出現となる可能性があること。また、流星群の突発が、ある時間帯だけに集中する可能性があるから)、 (2) 電波観測の場合は、単独ではなく複数点の観測によるチェックが必要(或は単独&複数年も可? このあたりは P.ブラウン論文の例を参照)。最近、ロシア語で数千個の新流星群を含む電波流星群カタログが密かに出版されている。レフリー付きで内容もかなり信憑性があるが、英語で表記されていないこともあり、新たな論争を生むので暫くは見てみぬふりかも。

2006年 IAUプラハ(チェコ共和国)では、冥王星が惑星から降格し「準惑星」枠ができるという、侃々諤々のエキサイティングな総会であったが、2012年IAU北京の総会決議では、議論も異論もなく(議長が議論をしないでスルーした!)決議が行われてしまい、個人的には大変物足りなかった。太陽系に関する3つの新しい決定決議;

  • 従来のDivision は廃止され、「Division III」は、「Division F “Planetary Systems & Bioastronomy”」に統合。
  •  「International NEO (Near-Earth Objects) early warning systemの構築」。地球に衝突する可能性のある小惑星(PHOs)の早期発見と国際社会へのアナウンスを円滑に行うシステムを構築。NEOのビジネス・セッションで議論したが、NASA/JPLのチェスリーを中心に、我々で詳細をまとめてIAUへ報告文を提出することになった。このあたりは、アメリカ(NASA)とイタリア(Neodys)が主導することになるでしょう。
  • 1天文単位 = 149597870700mとする(従来の±3mの誤差は切り捨て)。すべての時刻系(TCB,TDB,TCG,TT)において適用。天文単位の記号は「AU」から「au」に統一(紛らわしい?)。

 

2012-2015期のIAUプレジデントには、国立天文台元台長・海部宣男名誉教授が選出された。次回IAUは2015年8/3-14にハワイ(ホノルル)で開催される。セッションに出るより、宇宙生命の起源を求めてビーチで過ごす時間の方が長くなりそうな予感….

 

2012/09/19 02:23 | , 日本復興 | No Comments
2012/04/11

北朝鮮がいよいよ「ミサイル」の予行実験を行う.ロケットかミサイルかは,ペイロードに積まれているものが「衛星」か「弾頭」かの違いだけであって,北朝鮮の場合は核弾道ミサイルの予行と言ってよい.

沖縄島・宮古島・石垣島にPAC-3が配備された.習志野駐屯地にもPAC-3が配備されているが,配備された2007年には一悶着あったようだ.

 

パトリオットを実際にライセンス製造しているのは,H-IIAロケットも作っている三菱重工業である.本当に命中率は8割もあるのかは疑問だ.湾岸戦争では,PAC-2の命中率は9%という実績からして,5割ぐらいじゃないかと推測.地対空誘導弾パトリオットを中国語では,「愛國者飛彈」と呼ぶ.「愛国者のミサイル」がどれだけ国を守れるかは,大いに疑問だ.

なぜなら,PAC3の射程は20~30kmしかないので,沖縄地方で使うことがある場合は,北朝鮮のミサイル或は空中分解した残骸がその場所目がけてに落下してきた場合でしかない.しかも,残骸はそのまま地上に落ちて来る.軌道がそれて台湾やフィリピンが危なくなった場合,弾道飛行中を狙って落とせるのはイージス艦搭載のSM-3だけでは? PAC3は,ピンポイントで狙われた時に大惨事を誘発する「原発」にこそ配置すべきじゃないかね?

ちなみに台灣はPAC-2弾を数百発とPAC-3ミサイルユニットを米国から購入している.これは,大陸が福建省から台灣に向けて短距離弾道ミサイル「東風-11」2000発を配備していることへの対抗処置.

 

北のミサイルの打ち上げ予定は,
予定日;2012年4月12日~16日
予定時刻;7:00-12:00(現地時刻)=6:00-11:00(日本時間)

 

観測屋としては念のため,台湾の流星観測ネットワークのメンバーの協力で,この時間帯もカメラを稼働させることにした.2010年10月1日に中国の月探査機「嫦娥二号」は,長征3号Cロケットで西昌衛星発射センタから打ち上げられたが,その予定軌道はもろに台湾上空を通過していた.台湾ではニュースにもなっていなかったのが,念のため流星カメラで狙っていたところ,東向きのカメラに第二ロケット(エンジン・ブースタ)が大気圏再突入している様子が動画で捉えられた.また,ロケット本体は写らなかったが,ロケットが成層圏~中間圏に残したと思われる拡散雲が全天カメラに写った.台灣・宜蘭縣では,この火球が多数の住民によって目撃されていた

 

 

今回の北のミサイルの飛翔予定軌道から,1段目ロケット(エンジン・ブースタ)は黄海上に,2段目はフィリピン・ルソン島沖に落下する見込み.今回は昼間の打ち上げのため観測条件も悪いが,果たしてどうなるか.

 

2012/04/11 11:50 | 台湾, 天文・宇宙 | No Comments
2012/03/28

彗星会議が,2012年6月2日(土)〜3日(日)に,別府温泉で有名な大分県日出町の別府湾ロイヤルホテルで開催されます.

第42回目となる由緒ある彗星会議の記念講演会に,台湾在住の私を呼んで頂き大変光栄であります.

彗星(コメット)を主題にした百人規模の会議で,誰でも参加が可能です.特に今回は,地元の中・高校生らの参加も見込まれているため,分かり易い講演を行うつもりです.

彗星会議には,蒼々たる顔ぶれのコメットハンターの方々や,プロの天文学者もお見えになるので,講演内容も最前線のものでなければなりませんね.日本のいわゆるコメットハンターは世界的にも有名で,70個以上の彗星を発見してきています.

4年前に台湾に来てから私が取り組んでいる「パン・スターズ(Pan-STARRS)」は,ハワイ大学天文研究所と台湾國立中央大学天文研究所,ドイツ,英国の4ヶ国がコンソーシアムとして出資・運用しているプロジェクトです(日本は入っていない).ハワイのマウイ島ハレアカラ観測所に設置した口径1.8m望遠鏡,世界最大のCCDカメラと,最新鋭のソフトウェアー群を駆使して全天をくまなくサーベイしています.コメットやアステロイド(小惑星)も根こそぎ発見してしまう*恐れ*がある為,コメットハンター達の「発見の夢」を奪ってしまう脅威として捉えられているようです.

現に2010年秋から始まった本格的なサーベイにより,1年半の間に250個のNEO(近地球小惑星)と15個の彗星を新たに発見し,約72万個の既知の小惑星も観測しており,小天体を発見する望遠鏡として世界のトップに躍り出ました.

この辺りの発見の話や研究成果,関連して私が取り組んで来た(いる)小惑星探査「はやぶさ」の話も織り交ぜながら紹介して行こうと思います.

元々私はアマチュア天文出身であり,大学生の頃には大学天文連盟に加盟し,彗星会議にも何度か参加していました.久々の雰囲気を,温泉と美味しいお酒(酔星)と共に楽しみたいと思います.

参加申し込みについては,「第42回彗星会議 in 大分 日出(ひじ)町」を参考にしてください.

 

2012/03/28 03:22 | 天文・宇宙 | No Comments
2012/03/13

東日本大震災から一年が経ちました.亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに,被災地が復興へ邁進し,被災された方々に本当の笑顔が戻る事を心より願います.

2012年1月27日,旧正月休みで台湾から帰国した小生は,池袋発の夜行バス「釜石気仙ライナー」に一人乗車した.仙台の阿部一族の元へ帰省する前に,津波被災地をこの目で確かめてみたかったからだ.ただ被災地を訪れるだけの物見遊山にはなりたくなかったので,ボランティア活動に参加することにした.もう一つ,台湾は震災後に200億円を越える世界中で最多の義捐金を集め,震災発生直後から支援物資の支給や現地での支援活動も行っている.東京都(人口1318万人)が約9億円の義援金を集めたのに対し,人口2315万人,平均月収10万円足らずの「国交の無い」台湾からこれだけの支援があったのだ.小生の台湾人・老婆もワールドビジョンで活動を行っており,日々仕事(研究)にばかり没頭している小生も,現地で何か役に立ちたいという気持ちがあった.午後11時発の夜行バスは満員だった.それぞれの人生を乗せたバスは,都会の喧騒から一路北へ向った.この冬一番の寒さだった.

 

午前5時過ぎ,白み始めた車窓のカーテンを引くと,荒野と化した海岸線をバスは進んでいた.凍結した窓からぼんやりと臨む景色は,まったく言葉を失う別世界だった.午前6時に岩手県・陸前高田市役所仮庁舎で下車.津波被害によって市庁舎を含む市の7割以上が被害を受けた陸前高田では,海岸から3kmほど離れた丘の上に昨年5月,仮庁舎が設置された.バスを降りた若い女性グループがいた.彼女らは定期的に陸前高田を訪れているボランティアとのこと.地元の車がお迎えに来ていた.ボランティアセンタを通さずに,個人で活動しているこういう素晴らしい方々も多くいるのだろう.また,車中で小生の隣席にいた東京在住の男性は,津波被災地の見学の為に来たとのことで,海岸目指して丘を下って行った.小生は仮庁舎から更に内陸へ7km離れた陸前高田市災害ボランティアセンタへ向けて,仙台帰省のための荷物を背負い歩みを進めた.温度計は氷点下10℃,まつげも吐息の水蒸気で凍った.気仙川に沿って上流へ向ったが,かなり上流の橋桁なども落ちていて驚いた.ボランティアセンタ付近でも遺体が見つかったと現地の方から聞いた.内陸部にはコンビニや商店なども営業しており,復興作業員らしい人々が大勢いた.午前8時半の受付開始の1時間前には陸前高田ボランティアセンタに到着.眠れなかった夜行バスの疲れも重なり,これからボランティア活動だというのに既に体力を消耗していたが,陸前高田市災害ボランティアセンタ(以下,ボラセン)の熱気で一気にやる気が出てきた.ゴム手袋,軍手,防塵マスク,作業着,安全靴(金属製中敷き長靴),防塵ゴーグル・目薬,帽子,タオル,食料・飲料水,保険証(小生は日本の保険証はない.被災地ボランティア保険に予め加盟),常備薬・救急セット,着替え,雨具などを用意してきたが,ボラセンには,ゴム手袋,軍手,防塵マスク,栄養剤,ホカロンなどが用意されていた.被災地ボランティア保険の加入受付まであった.

 

厳寒の空の下,ボラセンには280名のボランティアが朝会に集まった.そのほとんどが,自治体や企業などで組織されたボランティア軍団で,遠路からのボランティア・バスツアーも複数到着.個人でのボランティア参加は,小生も含めて10名ほどだった.朝会では,新規参加の個人ボランティアの挨拶の時間があったので,「台湾から来たアベです…」と自己紹介した.どうも台湾人だと思われたらしく「日本語うまいですね」と色々な方に話しかけられ,お陰でその日は色々と親切にして頂けた.謝謝台湾.さて,ボラセンでは主に以下の作業項目があり,個人ボランティアは自分の希望で作業内容を選べるシステムであった.

(1) 漁業再開に向けた「カキ養殖イカダ作り」のお手伝い
(2) 津波で流された思い出の品の分別、洗浄のお手伝い
(3) 花畑作りのお手伝い(固くなった土の掘り起しや苗植えなど)
(4) ガレキ撤去
(5) 側溝の泥だし

小生は(2)を選択.熟練ボランティア松浦氏,韓国人ボランティア,東京から車で来た漫画家三人組とチームを組まされた.徒歩で来たので足がないので,松浦氏の車に同乗させて頂いた.韓国から個人ボランティアとして参加しているパクさんも同乗.途中,コンビニで昼食の買い出しをしてから市街地へ下り,初めて津波被害の光景を目の当たりにした.数ヶ月間ボランティア活動を継続している松浦氏の説明を聞きながら市街地を抜け,広田湾を回って広田半島の山の上にある陸前高田オートキャンプ場「モビリア」へ登った.ここは,陸前高田市内の中で残った数少ない施設の一つで,被災直後より避難所として利用されており,現在は仮設住宅地となりキャンプ場としては利用できない.広田湾の「ヒロタ」は,アイヌ語で「美しい砂浜」の意味がある.

 

現地に到着すると,既に先着隊が屋外で作業を開始していた.我々はまず簡単な力仕事を行い,「津波で流された年賀状アルバムの洗浄」作業を開始.泥まみれの年賀状,まだ湿っている年賀状などを一つ一つ丁寧に奇麗にしていく.氷点下の寒空の下での地道な作業.皆殆ど無口に作業を続ける.ついつい年賀状に書かれた文章を読んでしまう.受け取り主がちゃんとこのメッセージを受け取って欲しいと願いながら,丹念に清掃していく.現場の雰囲気をジョークを飛ばしながら和やかにしてくれた隣のおじさんも,年賀状の文章を読みながら時おり感想を漏らしていた.昼食を挟み午後2時過ぎ頃までこの地道な作業に専念した.日が傾くと道路は凍結するので,午後3時までにボラセンに戻るように指示されていた.

 

 

帰路は,漫画家さんらの車に乗車して,陸前高田の海岸の端から端まで走った.瓦礫の多くは撤去され固められていたが,津波で残骸と化した建造物は,まだあちらこちらに残る.その先には,エメラルドグリーンに輝く,恐ろしいほど美しい海が広がっていた.震災後に復活した漁では,漁獲量も魚の大きさも増している.通常は3年はかかる養殖牡蠣も,半年で成長してしまったそうだ.これは,津波で海底がかき混ぜられて,海中の養分が豊富になったからだと考えられている.津波後の海底が美しく生まれ変わっていることは,海底探査からも明らかになった.人々の作った街を破壊した巨大津波は,人々が汚してきた海を蘇らせ,東北の海は豊かになっていたのである.「一本松」も健在だった.長さ2kmに及ぶ遠浅の砂浜に生育する7万本のクロマツとアカマツの砂潮林である「高田松原」は,200年以上前に植えられた.この白砂青松は日本を代表する景勝の一つでもあったが,全て津波で流された,ただこの松一本を残して.

 

ボラセンに戻り,陸前高田市役所仮庁舎まで彼らの車で送って頂けた.バス停では,今朝方浜辺へ向った男性と再会した.多分,彼が見てきた津波被災地と,小生が体験して見てきた津波被災地は異なるだろうなと思った.街は津波で破壊され,その悲惨さだけが光景に映される.これは,テレビのニュース映像で散々見てきた.実際には,壊されたモノや生活を再び取り戻そうと必死に前へ進もうとする陸前高田の人々がそこにいる.ボランティア活動を通して,現地の人々と触れ合い感じた.被災地復興とはいうが,現地の人々は政府の復興対策の遅れに不満を持っている言葉も聞いた.ボランティアは自己満足で終わるのではなく,継続し更にその輪を大きく広げていかなくてはならない.震災から一年が経ち,非被災者達は日々の生活に追われ,被災者達のことを忘れてきているのではないだろうか.

 

 

午後3時56分に仙台へ向うバスに乗り込み海岸線を進むと,津波で破壊された小さな漁村や,いまだに大型船が打ち上げられている気仙沼の町中も通過した.仙台滞在中には,荒浜から仙台港までを一通り訪れた.福島県いわき市の沿岸も訪れた.同じ光景は,数百kmに及ぶ太平洋沿岸各地で見られるのだ.原発問題も含め,2万人近い死者,行方不明者を出した未曾有の災害に見舞われた(見舞われている)日本を復興するためには,日本国民全員が現在進行形で支援を続けていかなくてはならない.

「復興ボランティア=土方作業」と単純に想像していた小生にとって,年賀状の洗浄作業は最初はちょっと気抜けした.しかし,目に見える形だけの復興ならばお金を掛ければできる訳で,「想い出の復興」は現場で手を動かす我々ボランティアにしかできないことだと気付いた.被災地にはそういう義援金だけでは手の届かないニーズがいくらでもあるのだ.支援の形は他にもいろいろとあると思う.被災者以外の人々が支援し耐えなければ,国家の災難を乗り越えた日本復興,日本の将来は無いだろう.

 

台湾に戻った後,小惑星命名のチャンスを頂き「陸前高田」の名を国際天文学連合(IAU)へ申請した.うまく行けば,5月頃には小惑星「Rikuzentakata」が誕生するかもしれない.その時には改めて報告します.

 

Rikuzentakata is a city in Iwate, Japan, which was one of the most affected city by powerful tsunami waves triggered by the 2011 earthquake off the Pacific coast of Tohoku. A part of the shoreline Takata-Matsubara having seventy thousand pine trees which was selected a one of the 100 Landscapes of Japan was also damaged completely except a single pine tree. We would encourage the speedy reconstruction of Rikuzentakata and a place of scenic beauty.

 

震災から一年が経ち,台灣では以下のCMがTVで放映されている.世界中でこんなCMが放送される国は,台湾以外にはないだろう.台湾人が日本人をこんなに心配し支援してくれたことを決して忘れずに,世界で一番の親日国家・隣国「台湾」のことを日本国はもっと考えて頂きたい.

 

台灣!謝謝你! 東日本大震災滿1年

2012/03/13 03:08 | 台湾, 日本復興 | No Comments
2011/04/07

東日本大震災で被災された皆様、関係者に心よりお見舞い申し上げます。そして、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

今回の地震は、様々な形で我々日本人に大きな試練とチャンスを与えたと思います。

(1)津波から学ぶ

多くの命を奪った津波被害は、想定を越えていたと聞きますが、過去に同レベルあるいはそれ以上の津波が押し寄せていた記録が残っています。

津波の伝播速度は、重力加速度(g=9.8[m/s])に水深(d[m])を掛けたものの平方根 (sqr(gd))で表せ、大陸棚斜面から急激に海溝へ落ち込む崖っぷちに位置する日本列島の場合、水深はほぼ一定の4000 mとなるので、津波はおよそ秒速200m(時速約700km)もの速さで進むことになります。東北沿岸から震源までの距離は200kmかそれ以下だったので、津波の第一波は20分足らずで到達したはずです。こんな短時間では、少しでも判断に迷っていたら逃げる余裕はなかったでしょう。

また、津波は、湾や地形によって更に高くなり陸地を駆け上がり、その到達高度(標高)は、実際の津波の高さより高くなる場合が多いようです。明治三陸沖地震津波では、38.2mの峠を津波が乗り越えた記録が残っています。岩手県宮古市姉吉地区は、被害の大きかった宮古市にありながら「此処ここより下に家を建てるな」という、海抜60mにある先人の石碑の警告を守り被害は皆無でした。「津波てんでんこ」(自分の責任で(家族などに構わず)早く高台に逃げろ)の言い伝えを防災標語にしていた釜石市の小中学生の殆ども助かっています。

先人達は、浸水や土石流などの被害を地名として残しています。渋谷や四谷などの「谷」のつく地名も、洪水被害を受けているからです。アイヌ語やこうした先人達が残した「災害地名」は、今日においても尊重すべき警告であり、合併などで勝手に地名を変え、かつての貴重な記憶を失うのは愚かな行為です。

また、西暦869年に今回と同じような震源で発生したM8.3クラス以上の貞観(じょうがん)地震に伴う津波が、仙台平野を遡上した痕跡が残っており、掘削結果と津波の計算シミュレーションの調査・研究成果は、産業技術総合研究所から報告されていました。このレポートにより、宮城県から福島県にかけて、海岸線から3〜4kmも内陸まで浸水していたこと、また、地面を掘削した浮遊物の地層の間隔から、過去450〜800年程度の再来間隔で同規模の津波が起きたことまで解明されていたのです。果たしてどれだけの人々がこの事実を知って、そこに暮らしていたのでしょうか。

 

この事実を踏まえ、2009年の経済産業省の審議会において「福島原発の安全性」への指摘があったのですが、東電は科学的根拠に基づく歴史的事実(大津波)への対策を先送りし、「想定外の津波」と白を切った釈明をするに至っています。先人の言い伝えを守った人々と、科学的事実を無視した東電。。。

(続く)

2011/04/07 12:57 | 日本復興, 自然科学 | No Comments
2011/03/03

先週末、台湾に来て5回目の結婚式・披露宴に招待されて参加した。

台湾も日本と同じようにホテルで行われる披露宴が主流で、今回の披露宴も台北の有名ホテルで開催された。昨日結婚したのは、天文研究所の男生(PhD學生)と女生(ポスドク)。付き合って7年でめでたくゴールイン。

さて台湾は、日本以上に日取りの縛りがあるようだ。干支、旧暦、六曜、民國何年か、など。

ちなみに昨日の日取りは、

2011(民國100年)年2月26日(赤口)
旧暦 2011年 01月 24日 (赤口)

式場の開場が、12時12分だった。これは、「赤口神という鬼神が人々を悩ます日と言われているが、赤口神が休むという午の刻だけが吉とされる」を考慮したものだと推測される。

ご祝儀は、台湾では紅包(ほんぱお)といい、深紅一色の袋である。圧歳銭(お年玉)も紅包である。さて、包むお金の額には決まりがある。

– 偶数にする。日本では割り切れる数は使わないので、台湾は日本とは正反対。逆に、葬式の香典の額は奇数になり、白包を使う。

– 4はタブー。四(si4)=死(si3)を連想するので。

– 8はタブー。八(ba1)= 發財を連想するので。

具体的な額(台湾元)。約3倍で日本円に相当。

600、1000、1200、1600、2000、2200、2600、3200、3600、6000、6600、10000、16000

貧困學生で600元、通常は1200か1600元、特に親しい人で2600-3600元。中には紅包なしで参加する欠食児童もいるらしい。小生は、老師としての立場もあるので、3200-3600元を包む事にしている。台湾では、金額を2-3倍した額が日本円に相当する価値になる。実際に、高級ホテルで出て来る料理を考えても、常識的な金額だと思う。

また、紅包には、祝福の言葉を書く。以下、よく使う言葉。

百年好合:末永く仲良く
佳偶天成:仲睦まじい夫婦は神のなされたこと
縁定三生:縁は前世、現世、来世と決まっている
永浴愛河:永遠に愛の河を泳いでね
情牽一生:愛情は一生つながる
永結同心:同じ心は永遠に結ぶ

その他、台湾では、結婚式用に特別な写真を撮影する。まるで、女優・俳優のような出で立ちのロマンチックな写真集。画像処理なども施されるので、お値段は日本円で30万円ほどするらしい。撮影場所も大体決まっていて、例えば小生のいる國立中央大學のキャンパスも撮影場所として有名で、ドレス、タキシード姿のカップルの写真撮影が行われている。

台湾では、引き出物が出ることは少ないようだが、今回は素晴らしい引き出物を頂いた。玉手箱を開けると、日本風の菓子(喜餅)の3段詰め合わせだった。

ちなみに台湾原住民(台湾には14部族あり、ビビアンスーはタイヤル族)と結婚すると、老婆(嫁)を背負子で背負って山中を運ばないといけないらしい。また今日では、原住民の首刈り儀式は廃止されている。

2011/03/03 02:18 | 台湾 | No Comments
2011/02/17

過日、日本から2名の要人を招いてのミニ・ワークショップを國立中央大學にて開催した。お二方とも台湾は初めてとのことで、3泊という僅かな時間でいかに台湾を満喫して頂くか試行錯誤した。以下、その記録である。

到着日の日曜日は、台北を速攻案内。

  • 中華民國總統府;車で窓を開けて周回しながら撮影。私服警官や警固兵に睨まれたが、狙撃はされなかった。
  • 中正紀念公園;蒋介石記念館見学。憲兵交代式と国旗降納を偶然見る事ができた。両儀式ともに非常に複雑で美しくもあり感心した。
  • 晩飯は、台北市大安區忠孝東路の度小月で台南小吃のコースを楽しんだ。台北には2店あるが、この店の方が美味いと思う。
  • 龍山寺;長い線香を7本購入して、正式なお参りを実施した。 最後に正式な御御籤の方法を実施。小生は神様がお怒りになって引く事が許されなかったが、日本からの客人2名は無事に御御籤を引けた。御御籤を解釈する人がいて説明をうけるのだが、驚いたことに日本語で説明してくれた。お二方とも素晴らしい御御籤を引いた。

中正紀念公園中正紀念公園 度小月龍山寺

龍山寺夜市を散策し、珍珠奶茶(タピオカミルクティー)を楽しみ帰路に付いた。台北101は、遠目の夜景で見ただけで済ませた。帰路の高速入り口を誤り、淡水方面へ向ってしまい、30分ほどロス。台北の道路交通は複雑極まりない。

会議後の火曜日の午後は、珍道中とあいなった。小生が客人を案内すると、大抵何かハプニングが発生するのだが(一人旅でもそうだけど)、今回もハプニングが起こった。

台湾最大の陶器の街「鶯歌」へ向かった。鶯歌老街は観光客目当ての高級品が並んでいるので、結局我々は何も購入せずに散策しただけ。台湾小姐の提案で、場所は覚えていないが、近くにあるという友人のお茶屋さんに行く事になった。しかし、その友人に電話するも、泥酔していてろれつが回っていなくて何を言っているのか分からないらしい。小姐のあやふやな記憶で歩き回り、通りの店のおばさんに聞いたりしたが、結局路に迷いついには泥酔電話も繋がらなくなったので、タクシーを拾うことにした。檳榔(ビンラン=噛みタバコ)で口の回りを真っ赤にした運ちゃんのタクシーに乗車してしまった。タクシーで案内されたお目当ての店は、定休日で閉まっていた。どうりで泥酔している訳である。檳榔で歯が溶けてしまったタクシーの運ちゃんの怪しいろれつによると、運ちゃんの知り合いに有名な窯元がいるとのことで、そこに連れて行ってもらうことにした。ドキドキ。。。

観光客はまず来ないだろう細い路地から山へ登り、窯元のお宅に案内された。主人は留守だったが、お弟子さん(息子さん)と思われる美形男子が案内してくれた。なんとそこは、世界で一番薄い幻の陶器(厚さ2mm)を作り出す世界的に有名な先生の窯元だったのだ。上海万博に台湾から唯一出品された作品もずらりと並んでいた。

窯元 窯元窯元茶壺
明かりにかざすと透けるが、実用的な茶壺。

World thinest ceramic bowl

この厚さ2mmの陶器は、100個に3個しか成功しないそうだ。一番小さいものでも60万円。大きなものは、5つでポルシェが買える値段とのこと。勿論我々に買える代物ではないので、実用的な茶壺(急須)を吟味した。上海万博に台湾から唯一出品された陶器の茶壺が8000台湾元(~24000円)、筋状の模様が入った花柄のひんの良い白い茶壺が3000元台湾元(~9000円)で販売できるとのこと(筋を入れる技術は難しいらしい)。大きさも形も、書かれている中国の詩も一つ一つ違う、世界に一つの茶壺。我々3名は、通常は値切ることができないと言われたモノを値切り、失礼ながら3000元の白い茶壺を3個で8000元で購入した。この茶壺は、使えばつかうほど光沢が出てくるそうだ。

お茶を頂きたいという更に我が侭な我々の要望に、親切にも一軒の茶屋を紹介して電話予約して頂いた。待っていたタクシーの檳榔オヤジは、満足げに我々を茶屋へ案内してくれた。茶屋に到着すると、さっき我々が購入した茶器が売っているではないか!ボラレタあなと値段を見ると、何と6500元(~2万円)。8000元の茶壺は17000元(~5万円)、我々が購入した価格の2倍以上だった。どうやら我々は、元価を更に値引きして本物を買ってしまったらしい。満足満足。そして、お茶を入れてくれた美女は、茶壺に美しい詩を書いていた女性本人であった。彼女は、さっき我々が購入したものと同じ茶壺でお茶をいれてくれた。1年使ったというその茶壺の表面は、本当に光沢がでて輝いていた。台湾の高山茶各種を試飲して購入。

既に日は暮れてしまい、急いで完全予約制の山奥の隠れ家へ向うことにした。しかし、お茶騒動の一件でディナーに30分以上遅刻することになってしまい、先方に遅れる旨の電話を入れた。しかし、この遅刻が、次の素敵な出会いへと繋がるとは。。。

璞真山居璞真山居璞真山居

璞真山居は、台北縣三峽の山奥にひっそりと佇むまさに隠れ家。既に時間をオーバーしていたので、すぐ近くの大板根森林温泉には帰路に寄る事にした。璞真山居は、全てここで採れた野菜や魚などの有機栽培、天然素材を使った料理を出してくれる。連日連夜の中華料理で疲れた客人達の胃の調子を考えて、1年前の蛍のシーズンに来たこの店を思いついた。足下には墨の匂いが香ばしい火鉢を用意してくれた。台湾風・精進料理と表現すべきか。その味は、我々日本人にはホッとするようなお袋の味である。山芋や各種山菜キノコ、20年間塩漬けした大根「老菜脯」(台湾では有名な幻の珍味)や、山で採れた蜂蜜を酢で割った飲み物など、全てにこだわりをもった11品を堪能した。我々以外には、1組の客しかいなかった。さて、お茶を頂いて帰るというときに、突然僧侶達が店内にやってきた。その中の一人が我々が日本人だとしり、片言の日本語で話しかけて来た。どうも高野山関係の方々らしい。いっしょにお茶を楽しもうと店主の待つ茶室に誘われた。一人は、シンガポールから来た流暢な英語を話す修行僧で、重鎮らしきは身分の高い台湾の密宗僧侶だということを後で知った。店主が入れたお茶は、幻の「桂花茶」だった。そして、店主から六杯のお茶を以下の蘊蓄とともに頂いた。

茶 茶璞真山居

とても50歳過ぎには見えない ご主人。

一碗喉吻潤(一碗喉吻うるおう)

兩碗破孤悶(兩碗孤悶を破す)

三碗搜枯腸(三碗枯腸をさぐる)、唯有文字五千卷(唯だ有り文字五千卷)

四碗發輕汗(四碗輕汗を發す)、平生不平事(平生不平の事)、盡向毛孔散(盡く毛孔に向かって散る)

五碗肌骨輕(五碗肌骨清し)

六碗通仙靈(六碗仙靈に通ず);七碗喫不得也(七碗吃するを得ざるなり)、唯覺兩腋習習清風生(唯だ覺ゆ兩腋習習として清風の生ずるを)!

後日調べたとことろ、中国・唐代中期の詩人、盧仝(ろ・どう) の「盧仝集」1巻からの引用だと分かった。夜の12時近くまで、お茶と茶器、書と墨絵を語る高尚な会となった。今回は、宇宙を語ることは控えておいた。今回の予想外の出会いは、自分の中で進展しそうな何かを感じた。

2011/01/01

あけましておめでとうございます。

2011年謹賀新年

民國100年新年快樂

2011年賀

その帰路に己れを焼きし「はやぶさ」の光輝かに明かるかりしと

(皇后陛下の御歌より)

 

昨年は「はやぶさ」地球帰還という一大イベントがあり、2001年から関わってきたミッションの最後の場面にも立ち会う機会に恵まれました。「はやぶさ」は地球の一部となりましたが、「はやぶさ」を通して素晴らしい人々との繋がりが生まれました。今年はまず、「はやぶさ」との約束であるイトカワ探査の残された研究課題と、地球再突入光学観測の成果を世に出すことが任務です。また、2008年春に台湾へ渡り携わってきたパン・スターズ(Pan-STARRS)全天サーベイ国際プロジェクトが、ようやく軌道に乗り始めました。台湾の科学研究費を貰って行っていることもあり、成果を出すことが求められています。そして、いよいよ「はやぶさ2」が本格的に始動します。台湾に来て3年目になる2011年は、國語のレベルアップも必須です。台湾は建国100年という節目の年。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2011/01/01 09:04 | 台湾, 天文・宇宙 | No Comments

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