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2011/09/29

こんにちは。根本齒科室の根本です。

前回は、歯科医院には3つのタイプがある、というようなお話をしました。

これは、私なりに大まかに分類すると3つということで、きっちりクリアカットなものでは
ありません。
それぞれの間の差は、なめらかに移行的なものです。

一番言いたいことは、現在は歯科の概念についての変化の過渡期にあるということです。
現在、旧式な考えから、新しい考えに移行しようとしている最中だと考えられます。
そこで、表面化はしませんが、静かに、旧勢力と新勢力のせめぎ合いが行われているのです。

前回、あえて言及しませんでしたが、歯科業界には、歯科医師のほかに有資格者として、

歯科衛生士と歯科技工士の2つのポジションがあります。

これらの2つのポジションの本質を考えていくと、おのずと歯科業界の大きな流れが
どのようになっているのかが見えてきます。


◆歯科衛生士(DH)


歯科衛生士と歯科助手(DA)の区別がなかなかつかない方も多いのではないでしょうか。
「歯科衛生士は資格がある人でしょ」
という声も聞こえてきそうです。

ただ、あなたが歯科医院にかかったときに、スタッフから受ける接遇を見て
「この人はDHだ」
「この人はDAだ」
と、自分ではっきり院内のスタッフを判別できる方はほとんどゼロではないでしょうか。

これは、日本の歯科界に独特な特徴です。

 Dr~『先生』。女医でも『先生』。カッコからして違うし、偉そう。
 DH~ちょっと資格があるけど見分けもつかないしとりあえず『ねーちゃん
 DA~資格もないし、カワイイので普通に『ねーちゃん

ほとんどの国民(≒患者様)にとっては、歯科衛生士はねーちゃんの範疇です。
そして、これは今までの治療中心主義側の医院にとっても都合の良かった概念です。

 「偉いのは先生だけでよい」

戦前の日本には歯科衛生士はいませんでした。
歯科衛生士法が制定されたのは、占領下の昭和23年です。

敗戦後、アメリカの真似をして、中身も分からないまま、
歯科衛生士というカテゴリーを急ごしらえで作ったのです。

当時は「とりあえず先生のお手伝いのために口に中に触れる資格」のような考えが主流でした。
削った歯や抜いた部分の型を取って、削った歯に仮のフタをしてもらえれば患者が捌けるので
仕事が助かる。

そんなです。

歯科医師の方針と異なることや頼みもしない患者指導などしたりすると、
・衛生士の分際で生意気だし
・患者数が捌けないので医院の売上が減少する、
・第一、忙しい歯科医師のストレスがたまる。
だから、余計なことはするな、言うな。
ずっと、こんな考えでしたし、今でも正直、こんなところが結構多いです。

ですから日本では、法律制定以来、今日まで歯科衛生士は

①ずっと開業権が与えられないままです。
②すべての行為は歯科医師の直接管理下でしか行えません。
③何か問題があると、衛生士の権限を狭める方狭める方にすぐ話しが行きます。
 ・局所麻酔はダメ
 ・レントゲンのボタンはダメ
 ・カルテを書いたらダメ
 ・縁下歯石を取ってはダメ

歯学部の専門課程がたった4年間に対して、衛生士学校では3年間も拘束しているのに、
あれはダメこれはダメ、がんじがらめに法律と規制と院長に手足を縛られています。

そして、国民(≒患者様)からは、『ねーちゃん』扱いです。

今まで何回かコラムに書いてきたように、いわゆる歯の「治療」は

 ◇歯は再生しないので、削ったり抜いたりしたら終わり
 ◇機能と形態の回復は医療行為ではなく、リハビリテーション

なのです。
この2点をないがしろにしてスクラップ&ビルドを繰り返してきた挙句、多くの国民の歯や口が、
広範かつ回復不能なダメージや破壊リスクを背負わされてきました。

もう、いわゆる歯の「治療」に、未来はないのです。

このようなことは、1980年代ごろから、北欧の統計学的データが出揃い始めて、それを受けて
多くの先進国では、歯科医師の数や権限を縮小して、歯科衛生士のそれを拡大する方向に
政策的に舵を切ってきています。

医学上の統計学的(後ろ向き)研究は「歯の治療の本質とブラックボックス3」でも書いたように
確固たるエビデンスになるまでに、10年20年と、非常に時間がかかります。
しかし、せっかく出たそれらの知見を目の前にしながら、日本の歯科政策は世界をよそに
まるで一昔前の原子力政策や、電事連のロビー活動さながらの様相を呈しています。

海外ではまるっきり事情が異なります。

ほとんどの先進国では歯科衛生士は、『独立的』な専門職としての地位を確保しています。
局所麻酔も、レントゲンも、開業も、場合によっては初期治療も当然認められています。

また、日本以外のほとんどの外国の非開業衛生士は、院内に自分専用の個室とユニットを
与えられています。
そして、英語のWikipediaでアメリカやカナダの衛生士事情を見ると、平均的収入は
時給換算30ドル(2500円)程度だそうです。
これを週40時間、年間52週のうち45週勤務したとしたら、2500×40×45≒年収450万円です。
(もちろんこれ以上の人もたくさんいます)
(今の1ドル75円の異常なハイパー円高で計算しても、400万を超えます)

今、日本の歯科医院で、衛生士1人に年間450万の人件費を払っている医院が、いったい
どれだけあるでしょうか?

そして、国としてそのように舵を切った所のほうが、むし歯も喪失歯も日本より少ないのです。


◆歯科技工士(DT)


これがまた非常にわが国の特殊性を表しているのです。

 *ここからは歯科医師として少し胸をいためながらの記述になります

歯科技工士の法律は、占領も終わったサンフランシスコ平和条約後、昭和30年に
制定されました。
つまり、アメリカの真似をしたり占領下で押し付けられて作ったものではありません。
日本が独自に法律を作ったのです。

その理由は簡単です。
3年後の昭和33年に、歯科の国民皆保険化があるのです。

それまでは歯科は保険がなくて、いわばぜいたく品であり、まさに職人芸のようなものでした。
1日数人~10人程度の患者様の型を昼間にとって、夜の技工作業で入れ歯作りに本気を出す。
これが当時の歯科医院の一般的な姿です。

しかし、歯科の国民皆保険が実現してしまったら、今まで歯がなくて困っていた多くの方が
怒涛のように歯科医院に押し寄せて大混乱になるのは想像に難くありません。

しっかり需給を見越して準備をしなければいけません。
つまり、日本の歯科技工士の法制度は、数が多い保険診療の技工物に対応するために
準備されたのです。

不思議なのは、何でこれをわざわざ業務独占資格にしたのか、です。

寡聞にしてその理由は直接分かりませんが、おそらく国家や歯科医師の管理下におくことを
念頭においていたと推察されます。

◇資格にしておけば無知な国民が「それっぽい」と思って安心する
◇制度で規制しておけば管理しやすい

そこで、当初は非常に多くの技工物が出ることになりましたが、早晩問題が発生します。

①保険技工物の質の低下
②技工所などの労働環境の劣悪化

私も以前某所で分院長をしているときに、院内技工士さんのSさんにいろいろ話を聞きました。
「新人はバケツ1杯の加工(鋳造で作る詰め物、かぶせ物)を作って一人前だ、と言われて育った」
と聞いたときには、若い根本院長はさすがにたまげました。
Sさんも最初は大手技工所で修行したそうですが、今で言ういわゆる「超ブラック」状態で
週の半分くらいは帰れない、みたいな話はざらだったそうです。

また、昔は鋳造にアスベストリボンが必要だったので、大変危険な環境であったことが
知られています。
その他、金属や石こうの粉塵の量が半端ではなく、平均寿命もかなり短く、主に呼吸器障害で
キャリアを終えることが多かった、とも教えていただきました。


もうひとつ、ご覧の方のほとんどは患者様の立場なので、聞きたくない内容だとは思いますが
これは言わなければならないことです。

日本の技工士は歩合制です。そこでの技工料の取り分というものがあります。
たいていは、材料経費別で、技工料の5~6割といったところが国内の相場のようです。
そこで、皆様はいわゆる保険の銀歯などが大体いくらくらいかかっているかご存知ですか?
以下に、

 保険点数×10~[技工経費率]
  歯科医院が払う技工料
   (~そこからの技工士の取り分)

のおおよその目安を示します。

・銀歯の詰め物   ~ ¥6000~[17%] ¥1000 (→ ~¥600)
・差し歯の土台   ~ ¥2000~[50%] ¥1000 (→ ~¥600)
・銀歯のかぶせ物  ~¥11000~[27%] ¥3000 (→~¥1800)
・プラスチックの前歯~¥23000~[16%] ¥5000 (→~¥3000)

・・・
銀歯のかぶせ物を作って、~1800円、銀歯の詰め物に至っては、~600円
じつはあなたの歯は、「1800円だ」「600円だ」と思われて作られているのです。

こ  れ  は  ひ  ど  い ですよね。

こんなイジメとしか思えないような額で、それでも彼らは超人的な努力で何とか形にします。
こんなもの、日本人のような、モノ作りが骨身にしみているような民族でなければ、
世界中探しても絶対に実現不可能です。確実に暴動がおきます。断言します。

今はすでに「過労死」「技工士の結婚問題」「技工士の逃散」がごく普通に語られる所まで
事態は進展してしまいました。これは

 少しでも安いところに出したい歯科医院
 少しでも仕事を多く取りたい技工所

という二重の影響で、このようなひどいことになってしまっているのです。
その意味では、歯科医院もその責任の一端を担っているといわざるを得ず、この点は
大変心苦しく思っています。

しかし、歯科医院も商売です。借金やリース、人件費、地代家賃、他の経費もあるので
どうしても技工所に満足の行く返答をしにくい面もあるのです。
彼らも商売ですがこちらも商売です。路頭に迷うわけには行きません。
(だからこそ私は保険診療所の国営化を訴えているのです)

ただ、いくら超人的なといっても、さすがにこの経費では省力化につぐ省力化は避けられず
そこかしこにエラーが出るものです。
たいていは高さや内面に瑕疵があり、結構調整しないと保険の銀歯なんて入りません。

しかしもっと大きなエラーの原因が、じつは歯科医院にあります。
それは、ひとつには安物の粘土を使ったりしてエラーが大きいということもあるのですが
もっとも大きなものは
「保険だからこの程度でいいだろう」という、歯科医師が決して口にできない諦観です。

 マージン、コンタクト、バイト。
 この辺が大体あってれば少々波打っていても内面ががたがたしていても、入れちまえ。
 出来上がった物の調整能力も技術のうちだ。

考えたくはありませんが、仄聞する範囲ではおそらく一昔程度前までの
保険診療に対する平均的なコンセンサスといっても間違いないと考えられます。


これが自由診療の1本3万円くらい取られる技工物だと、不思議なことに、神業のように
スッと入ってしまうから、不思議なものです。
そのかわり、経費率から換算しても、そういうものは1本10万円くらいはいただかないと
とてもではありませんが提供できません。


・・・嗚呼、ついに一番言いにくいことを、さらっと言ってしまいました。

皆様の憤慨する気持ちも分からないではありませんが、どうか一旦こらえてください。

ひとつには、歯科医院が絶対に口にしたくない情報なので、そうであればこそ
どこかで一般読者に提供される機会は絶対必要だからです。

もうひとつには、結局「モノ」は「モノ」でしかなく、安かろう悪かろうだったり
耐久性・精度で目に見えないところで大きなリスクを生じてしまうことは
とくに一般の方には絶対に忘れていただきたくないからです。

・歯科医院は金を出せない
・技工所は金を使えない

これでは「良い物」ができるわけがありません。

「なら、保険点数を上げていい物を作るようにすればいいではないか」
という声が聞こえてきそうです・・・


・・・でも、それは本末転倒なのです。


①このデフレなのに構造改革とかムダ削減とか仕分けとか、今までもそういうのに喝采したり
 投票してきたのって、日本人自身ですよね。自分の保険料がっつり上がるかもしれませんよ?
 (本当は医療は年金と異なり内需なので、デフレ期の医療費への支出は名目GDP↑に寄与する)
②残念ながら、保険の10割(窓口3割+医院診療報酬7割)でも、価格的にも世界標準の
 8分の1程度
なんです。
③ところで、さっきの「良い」でだまされたでしょうw だから、
 天然歯>>>(越えられない壁)>>>「良い物」>>>(越えられない壁)>>>保険の歯
 ですから。「モノ」は「モノ」なんです。天然歯にはぜんぜん叶わない。だから予防なんです。

もうすでに①②の段階で、歯科の皆保険については、今後非常に厳しい見通し、というかすでに
実質破綻状態です。

で、③という厳しい現実です。前回のコラムの通りです。
私も、達人や上手な先生の作であろう歯が結構壊れてきているのも経験上よく目にします。


すると、厳しい環境下で苦労されている現役の技工士諸兄にあっては、大変心苦しい結論に
ならざるを得ないのですが、あえて言います。
(諸兄には何の他意も反感もありません。いつもお世話になっております)


 近 い 将 来 、 技 工 そ の も の が 実 質 的 に 消 滅 す る

話が荒唐無稽とは言えない状況も十分ありえます。

まずは妥協の産物である保険の技工が壊滅状態になるでしょう。
そして、次世代の方々が「歯を失わない」ようになると、インプラントが消えます。
矯正用の技工(取り外しマウスピースなど)はそこそこ増えると思われます。
しかし、次世代の方々が「むし歯にならない」ようになると、「良い物」が消えます。
(芸能人や趣味の方、先天疾患、事故など特定のニーズで審美補綴自体は残ると思いますが)


なぜなら、現状では「歯を失わない」「予防中心が当然」の未来のニーズに合致しないからです。

今までの議論から、これからの一般レベルでの未来のニーズ予測をしますと
 予防管理~歯科衛生士
 咬合管理~矯正・予防歯科医
の時代になることは、多くの他国の事例からも強く推察されるところです。

何と言ってもまずは、切削回避がもっとも大事です。
ご案内のように私は

 原子炉を守るのが重要か vs 付近住民の安全を被曝から守るのが重要か
 自作の義歯を守るのが重要か vs 周囲の歯質や残存歯を守るのが重要か

において、付近住民や周囲の歯質のほうがはるかに大事だと思っている人間です。

原子炉や自作の義歯のほうが大事だとばかりに歯を大きく便宜拡大したり削ったりするのが
ちょっと現在の私には理解できないところです。

現在は、まだまだ過渡的な段階です。削る必要があるケースが多いのも残念ですが現実です。
しかし「付近住民や周囲の歯質のほうを大事にする」コンセプトでいけば、接着性の
安価で審美的な素材が非常に発達してきているし、削る体積を大幅に削減できますので、
極力それでいくようにしています。

よく、「金属よりも強度が若干落ちるので機能咬頭などの出っ張ったり力のかかりやすい
所には使いにくい」というご意見の先生も多くおいでです。
いわゆる「住民よりも原子炉大事」派です。

しかし定期健診とセットで考えると

・少々の欠けなどは即座に修復できる
・接着性の素材にしたばかりに抜歯や大幅な歯質削除に至ることは考えられない
 (逆は非常にありがちないつものパターン)
・万一将来偶発的に型を取って金属修復が必要になりかねないとしても、そのタイミングを
 限りなく後に延期できる

などのメリットの大きさは計り知れませんので、私は現在のところ「削らない派」です。

ところで、あなたは自分の歯を「 ど う さ れ た い で す か ? 」

【今回のまとめ】

日本独特の「歯科衛生士」「歯科技工士」事情を見ると、現在が過渡期であることが分かる


p.s.

最近、少し疑問に思うことがあります。
それは、日本人に特有かもしれない、考え方とか意思決定プロセスについてです。
良い面に働くこともありますが、歯科については、あえて非合理なものを選んでいる
ような感じがします。

同じようなことが、SPEEDIの隠蔽や食品の風評被害にも見られるような気がします。

 客観的なデータや情報、安全・予防原則を忌避する気持ち
 子供や女性を軽んじる不調

このあたりが、無意識に日本人の間に伝統的に裏でつながっているのでは、と案じます。
機会があれば、やや逸脱しますが、それについても少し考えてみたいと思います。

2011/09/29 08:57 | nemoto | No Comments