男には、書かねばならぬことがある。
今日はとてもとても難しい問題に取り組みたいと思います。
それでは、吟じます。
ニュースでbjリーグの特集を見たらしい同僚の女の子から~~~
別に親しくないけど知り合いでバスケ馬鹿は俺しかいないので連れて行けと言われ~~
会場で選手やらルールやら一生懸命解説してるのにガン無視されて~~
イケメン選手にキャ-キャー言っているのでそんなもんかと思っていたら
帰りの電車で「将来子供にはバスケさせたいな~」とか俺に言ってきたとき~~~
なんだか今晩いけそうな気がするぅ~~~~~
アルと思います (-△-)
・・・・えー、、本題です。
bjリーグは今期開幕の直前に大きなルール改正を行いました。
「選手の国籍に一切の制限なし」というルールが大きな特徴であったこのリーグですが、開幕の一週間前に下記が発表されました。
□公式戦ルール変更のお知らせ
bjリーグでは、2008-2009シーズン 公式戦の開幕にあたり、ルールの変更を行いまし たのでお知らせします。 2008-2009シーズンのルール変更に関しましては、ロンドンオ リンピックを見据えたFIBA(国際バスケットボール連盟)のルール変更をいち早く取り 入れており、また、bjリーグ宣言でもうたっている外国籍選手に関する考え方におい て、現状のレギュラーシーズンでの 選手起用状況を踏まえ、今シーズンより外国籍選 手のコート上のプレイに関し制限を設けます。
1.アジア地域を除く、外国籍選手はコート上で同時に3人までプレイできることとする
2.アジア地域を含めた外国籍選手は、コート上で同時に4人までプレイできることとする
→日本国籍選手が必ず1名はコート上にいることとする
はい。
俗に言う「オン・ザ・コート~(人)」という外国人選手の出場枠ルールですが、これはもう何十年も前から常にスポーツ界で議論されているネバーエンディング議題ですね。
この問題について、bjリーグでは「競争激化による日本人選手の育成」「高レベルでエンターテイメント性の高い試合の実現」「国際的に開かれたリーグ」を標榜し、「制限なし」という明快な姿勢を打ち出しておったのですが、4シーズン目を数えた今期、満を持して(?)変更に漕ぎ出したワケです。
出場枠についていろいろと問題視する声が多いのは確か。
私が目にしたところだとこんな感じです。
「外国人ばかりのチームでは共感できず、地域密着運営にならない。」
「日本のリーグなのに活躍するのは出稼ぎ外人だけ。日本人の活躍が見たい。」
「外国人ばかりだとチームワークがなく、一見派手だがバスケのレベルは低い。」
「日本人選手(特に長身選手)が出場できないので、育成にならない。」
確かに3連覇を成し遂げた大阪エヴェッサは、試合時間の多くが外国人選手4人体制でしたし、昨季のプレーオフでは、ライジング福岡がコート上の5人を全員外国人選手にしたこともなどあり、内外から危惧の声が少なからず起きていました。
またリーグの経営戦略としてアジア圏への進出を推進しているので、やはりより共感を得やすいアジア系選手に多くのチャンスを与えたい、という思惑もあるようです。
以上のような疑問や要望に応える形で今回の変更になったとワタクシはこのプリンのようなつるつる脳みそで推測します。
でね、ワタクシとしてプリン脳で思うに、
制限をかける前にもっとやることがあったんでないの?と。
その辺についての私なりの考えを、通常の記事も挟みつつ。
何度かにわけてじっくりと。書こうかなと。
それでは、吟じます。
■「ガイジン」選手に観客が共感できないのは、チーム・リーグ・メディアの怠慢。
常々疑問に思っていることがあります。
なんで私達は、外国人選手を「ガイジン」でひとくくりにしてしまうんでしょ。それぞれ違う人格で名前もあって、それぞれの夢や目標、事情や思想を抱え、バスケ選手としての人生を全うすべく、日本で暮らしながらプレーをしているのです。言葉や文化的な背景の違いはあるにせよ、バスケをやる・見る上では、それこそ「人それぞれ」で、これには日本人もアジア人も外国人もへったくれも無いわけですよ。
色々異論はあると思いますが、これは「見る側が成熟していない」のが主な原因なんだろ~な~、と私は思うんです。でもこれは今はしょうがないんですよ。なんせ、そういう文化がなかったんだから。
プロ野球もJリーグでも、外国人選手はあくまで「助っ人」で、誤解を恐れずに言うなら、便利に使い分けるオプションパーツのような扱いです。もちろんプロ選手である以上、当たり前っちゃぁ当たり前なのですが、なんていうか「気持ちの繋がり」的なものはどうしても薄いですよね。
しかしながら、例外も多くいるのも確か。
私が思う浮かぶところでは、野球ならバース、クロマティ、ブライアント、ローズ、ペタジーニ、ラミレス、バレンタイン。サッカーならジーコ、リティ、ラモス、アマラオ、ドゥンガ、ブッフバルト、ベンゲル、オシムなどなど、人によってはもっと沢山出るでしょ?
格闘技の世界はもっと成功してます。故アンディ・フグなどは日本人以上に武道人としての共感を得てましたよね。
彼らのように、日本を愛しファンのために尽力してくれた選手や監督として、親しみと尊敬をもって語られる外国人も沢山いるわけです。これはもちろん本人の努力によるところが大きいと思いますが、チームやメディアが積極的にその功績や人となりを伝えた事による成果、という面は無視できないと思います。
動機はともかく、伝える努力なくして彼らがこれほど私達の心に残ることはなかったでしょう。
翻って、bjリーグにおける外国人選手のばやい~。
これまで3シーズン、東京アパッチをはじめbjでプレーや指導をする外国人選手たちを見てきました。中にはホントにナメてて「腰掛け程度に考えてんなコイツ」という選手もいないではありませんでしたが、そんなのは極々少数。言葉が通じなくても雰囲気で分かるし、結局はチームになじめず、実力を出せないまま日本を去ることになるケースが多かったように思います。
多くの選手達は、プロ選手としての生活、つとめをとても大事にしていますし、ブースター(ファン)や地域の人々との良好な関係を築こうと、日本人選手以上に積極的にファンサービスやコミュニケーションに努めてくれます。それは、bjリーグの試合会場やイベント会場、クリニックや地域訪問などの活動で外国人選手達と実際に触れ合えば、たとえ言葉が通じなくても態度や表情ではっきりと伝わってきます。
一度でもそういう触れ合いを経験した人は、外国人選手を「腰掛けの助っ人ガイジン」とは感じられなくなります。ちなみにガッツリ実体験です。
ね、ディーン大好きのOOさん!
彼らは「プロフェッショナル」として大事な事を日本人選手に教えてくれます。多くの若い日本人選手は「体育・教練」としてのバスケ環境で育っています。「プレーを見てもらうことで対価をもらって生きる」という事が、最初はよく理解できていなかったように思います。私自身もそうでしたし。そういう選手達の意識を変えたのも多くは外国人選手たちでした。
たとえば大阪のリン・ワシントンCAP、滋賀のマット・ギャリソン、東京のニック・デービスなどはチームの精神的支柱と言われ、チームの中心として公私にわたってチームをリードし、出身国籍を問わず選手達に慕われる存在です。
また、野心ある若い外国人選手たちは、プロとしての将来を掛けていろいろな選択肢からbjリーグを選んで来日しています。少しでも良い成績で注目を集め、(他国のリーグも含め)良い条件でキャリア・アップを図ろうと毎日必死です。
実際、大卒で大阪エヴェッサ入団。3年間プレーし、コートリーダーとしての頭角を現したマット・ロティックは、非常にいい条件でドイツの名門チームに迎えられました。
これはbjリーグや日本バスケ界の国際的評価をぐーーっと高める慶事なのですが、その話は別の章で。
若い日本人選手達は、たとえ出場機会は少なくても、彼らのような熱い外国人選手と共に研鑽を重ねるなかで、大きく意識を変えて信頼関係を築き、結果、心技体とも段違いに成長しています。国籍無制限制での大きな成果は、そういうメンタル面だと思うのですが、その辺もまた別の章で。
問題なのは、そういう実情や、一選手としての外国人選手のことを何も伝えようとしないチーム、リーグ、メディアの姿勢です。
マーケティングの世界でも「顧客の親近感=情報発信量」といえば、もう飽きが来るほど言われていることなのに、自チームのHPでさえ彼らの声を満足に伝えているところは殆どありません。機会損失も甚だしい。金額にしてナンボ損してるんでしょ。
勝ち馬にしか乗れない多くの(へぼ)スポーツメディアは、まあ、しょうがないとしても、当のチームやリーグが外国人選手の人となりについて、なぜもっと情報発信しないのか、まったく疑問です。エージェントとの契約に何か制限でも付いてるのでしょうか。これでは宝の持ち腐れが一周回って倍率ドン!さらに倍!
まさか今の状況で「bjリーグは成功した」とでも考えてるんじゃなかろうなぁ。。
日本人スターを育てたい思惑はあるでしょうが、それならそれで、外国人選手にあえてその日本人選手について語らせるとか、いろいろ手法はあるでしょうがホントにもーーーー!!(海外から評価される事に弱い僕達の特性ね。)
広報担当者やその管理者は、JAPAN TIMESの日本バスケ大好き記者、ED ODEVEN氏のツメの垢をせんじて1リットル以上飲め!!
いや、もう面倒くさいからツメになれ!!
「よりよいスポーツ文化の醸成」っぽい事をリーグも、チームも謳っています。
100年ちょっと前にアメリカで生まれ、瞬く間に世界中に広がり今では4億5千万人がプレーしているこのバスケットボールというスポーツ。その世界性を体言している選手達を全く軽視したプロモーションをしといて何が「グローカル」かと、スポーツ文化かと、もうアホかと。
あ、なんか腹立ってきた。
やだ!!もう言っちゃう!!言っちゃうよ~~!!!
なかでも酷いと思うのは、埼玉ブロンコスのデビット・ベンワーHCの扱いです。
ベンワーHCは、現在日本バスケ界で活動するバスケ関係者の中で、ダントツというべき輝かしい経歴を持つ、素晴らしいバスケットマンです。
1991-1996 NBA ユタ・ジャズのスタメンSFとして活躍
1997-1998 NBA ニュージャージー・ネッツ,オーランド・マジック
1998-1999 イスラエル マッカビ・テルアビブ(ユーロリーグの超強豪)
2000-2001 NBA ユタ・ジャズ
2002-2003 CBA(中国) 上海シャークスで優勝(現NBAのヤオ・ミンと一緒)
2003-2004 JBL 日立サン・ロッカーズ
2005-2007 BJ 埼玉ブロンコス
2007-現在 BJ 埼玉ブロンコスHC
1991-1996のNBAといえば、マイケル・ジョーダンの全盛期にあたり、超人的なガード選手が勢ぞろいだった時代。そんな激戦区のSFとして6シーズンに渡りスタメンを張り続け、その全シーズンでプレーオフに出場、1992年には地区優勝を果たしています。
(2000年にジャズに復帰した年も地区優勝をしていますが、そのときはスタメンではありませんでした。)
私はその頃LAレイカーズ大好きっ子ちゃん。シカゴ・ブルズがあまり好きではなく、どちらかと言えばプレーの参考になるユタ・ジャズ寄り(キャップもTシャツも持ってた)だったので、いつもジョーダンとマッチアップするベンちゃんを応援してました。けっこう互角にやってたと思います。
当時のチームメイト、ジョン=ストックトンとカール・マローンは、共にバスケ殿堂に名を連ねている伝説的な名選手。少し前のNBAファンにとっては、神の位置にいる選手です。1992年のバルセロナ五輪で初代ドリームチームのメンバーでしたから、バスケファンならずとも名前を聞いたことがあるという方は多いと思います。
その後ユーロリーグの超強豪、マッカビ・テルアビブや、中国の上海シャークスでチームを優勝に導き、1年間のNBA復帰後、JBLの日立入団で初来日。
翌シーズンより、新たに誕生したbjリーグの埼玉ブロンコスに選手として入団して初期のブロンコスを牽引、アキレス腱を断裂し一時は選手生命が危ぶまれたが、AC兼任として見事に選手復帰。2006-2007シーズンを最後に現役を引退。
2007-2008シーズンより同埼玉ブロンコスのHCに就任。シーズン後半にユタ・ジャズの戦術をベースにしたベンワースタイルが確立すると、東地区の台風の目として次々と上位陣を撃破。結果として我が東京アパッチのシーズン2位上昇の援護射撃になったこともあって、本当にありがとうベンちゃん。
まあ凄い経歴です。匹敵するのはウチのジョーHCぐらいです。
時代がちょっと上ですがね。
しかし私はベンワーHCの経歴が凄いから素晴らしい、と言っているのではありません。彼が凄いのは、これだけの経歴を持ちながら「日本に(埼玉に、もしくは所沢に)バスケ文化を定着させる」という使命感を持って自ら率先して活動しているところです。
2005年、シーズン開始まもなくアキレス腱を断裂し、ベンワーはそのシーズンの活動を断念せざるを得なくなりました。しかしチームは彼を解雇せず、また彼も即日手術を強行して、なんと次の試合からベンチに座っていたのです。
外国人選手の場合、大きな怪我をしたときは母国に帰ってゆっくり治療するのが普通なんですが、彼は帰りませんでした。ホームもアウェイもずっと帯同してベンチに座り、自分の怪我で窮状に立たされたチームを鼓舞し続けました。
そしてなんと、彼はそのシーズンオフも殆ど母国に帰らず日本に留まったのです!
小さな地域イベントにも(松葉杖で!)顔を出してチームやリーグの周知活動に尽力していました。地元の人々と交流を続け(いつだか日記見たら畑仕事手伝ってたな~)、地元でクリニックを開催したり。バスケ人として、世話になったチームや地域に貢献する姿に感動しました。
今オフも、6月末~7月頭のラスベガストライアウトで選手のスカウティングを終えるとすぐに来日。7月に長野で行われたbj主催のバスケットボールキャンプでHCを勤め、地元の小学生からプロ選手までの指導に当たっていました。
こんな素晴らしい人なのです。ベンワーHCという人は。
有明や他のバスケイベントでもしょっちゅう見かけます。(でかいし、いつも特徴あるアフリカ風のジャケット?を着ているので目立つ。)声をかけると気さくに応えてくれます。
他にも、滋賀のピアスHCはアメリカ人ながら日本バスケのために長く尽力してくれている方ですし、日本代表歴も長い元アイシン・シーホースの帰化選手マッカーサー・エリックや、ワイス団も日本のバスケに多大な恩恵を与えてくれました。
しかし、ベンワーHCのように、NBAで栄華を極めた選手がここまでチームや日本のバスケ、この国そのものを愛し、力を尽くしてくれているなんて、考えられますか?
埼玉の人はベンワーHCを「ベンちゃん」と呼びます。ブロンコスに入団して最初の試合、選手紹介のときに、球団代表を通して、自分から「ベンちゃん」と気軽に呼んでほしい。と観客に言ったそうです。
こんな凄い経歴を持ち、人格的にも貢献度的にもこれ以上ないほど素晴らしい選手が、2007年に埼玉で選手生活を終え、埼玉で指導者になりました。
それについて、ブロンコスならびにbjリーグは、何かしらのアナウンスをしたのでしょうか。ささやかでもいいからセレモニーの一つもやったのでしょうか。ブースター個人個人だけではなく、リーグとして感謝の言葉を伝えたのでしょうか。
日本人選手の扱いが低い?ガイジンにばかり高い給料を払っている?
私の心情から暴言させてもらえば、バスケット選手として、一人の人間として、最大の尊敬に値する選手を正当に評価ができないような、貧相な文化しか持たないリーグやファンが、日本人選手に対して、いったいどれだけ正当な評価を与えられられるというのでしょうか。
まずはそういった文化を身につけ、フェアな目で選手全体を見ることができて、初めて日本人だ外国人だという区別の話が始まると思うんです。
実際に会場で選手達と触れ合う機会が多い積極的なブースターの間では、そういうフェアな文化が生まれつつありました。日本人だろうが外国人だろうが、地元人だろうが県外人だろうが、自分の愛する地域やチームのために、目標を一つにして一緒に闘い、一緒に楽しい時間を共有する仲間である、という認識が生まれつつあったのです。
まだその観点が「ごく一部に芽生えた」という段階で制限に踏み切ったというのは、非常に残念で勿体無いことです。っていうかリーグの目指す方向について自ら進路を崩したようなもんでしょう。
これは「極論」ですが、この段階で制限を加えたってことは、外国人選手を一般選手ではなく「外様の助っ人」、日本人選手を「保護対象」として正式に規定した、ということをブースターや世間に宣言したに等しく、チームごと(地域ごと)の思想による多様なチーム作りを否定し、今後はリーグ主導の画一的な体制を押し付ける、と受取ることもできます。
もちろんそこまでの事を言うつもりは無いんでしょうけど、もしそうだとしたら、ベンちゃんや、ウチのジョーHCや新潟の廣瀬HCが、リーグの理念に沿って、それぞれに苦心して、「日本人選手を育成しつつ魅せて勝つ」という新しい「プロ」の日本のバスケを作りつつあるのに、、、それを当のリーグが否定したというわけですよ。
「バスケ選手」ではなく「日本人選手」としか共感できないバスケファンが集まる会場って、、、。
河内さんホントにそんなリーグの姿を望んでるんですか?
「ファンを育てる」って、自分で言ってませんでしたか?
それとも、しょせん我々には無理って思ったんですか?
次回は、
■チームは規定ではなく思想で作るべき。ベッキーは割と好き。
でお送りしまっ酢。
<追記:上記の記事内容に関するお詫び 08年11月8日>
本エントリーで、埼玉ブロンコスのデビット・ベンワーHCの現役引退に際し、
チーム、リーグからセレモニー等で敬意を表したのかYO!!と強く疑問を投げかけたのですが、心ある方から情報を頂きまして「bjリーグ及び埼玉ブロンコスは引退セレニーを企画したが、ベンワーHCご本人が固辞した。」のが真相だそうです。
誤った認識で批判的な記事を書き、bjリーグ、埼玉ブロンコス殿ならびに関係者の皆様・埼玉ブースターの心象を害しましたことを、深くお詫び致します。
また、記事内容に付きましては、本謝罪文を掲示することで謝意を表することとし、内容の修正は致しません。(己のアホさ加減を晒すの意です。)
そして、改めてベンワーHCの人柄に敬意を表すものであります。
カッコいいぜベンちゃん。。