先日、北海道の旭川市ではさくらが「開花の日に満開」を迎えた。
今僕が来ている旭川市の隣町、東川町でも同じ現象が起きた。
これは「観測史上初めてのことだ」とラジオで何度も伝えていた。
確かにその日の朝、昨日まで味気のない茶色だった山肌全体がきれいなピンクに
染まって いて驚いた。
不思議なこともあるもんだと思いながら、誘われるようにピンク色の山肌を目指した。

さくらは一年に一度だけ、この時期のわずか数日間しか出会うことができない。
そして、なによりも強く「春の到来」を実感させてくれるものだろう。
毎年なにげなく見ているこの花と何度めぐり会うことができるのか?
そう思うとやはりちゃんと見ておきたい。

暖かい空気が流れ、緑が芽吹き始めた北海道。 近頃はやっと「春」の到来を実感
できるようになった。
今は大雪山の麓の町で農家の仕事に精を出している。 トラクターに乗って2週間、
田んぼから眺める残雪を抱いた大雪山は格別に美しい。
この時期、ここの農家で働く者はほとんどが自然をこよなく愛する人たちだ。
山岳ガイドやスキーヤー、僕と同じ自然写真のカメラマンなど。 その生き方は自由
で皆輝いている。
自分がどんな生き方をしていくか? それは私達一人一人にとって終わりのないテーマ
ではないだろうか。
今の社会の仕組みの中で自分のやりたい事を貫き通すことは意外と難しい。 でも、だから
こそ自分の目指す道に挑戦していきたいという欲望が高鳴る。
自身が「自分らしい生き方」というものを理解し、どんな時代の中でも揺るぎ無い自己の
思想を 貫き通していければ、それこそが魅力的で充実した人生に繋がっていくような気が
する。

この時期の農作業は自分にとっては新鮮で貴重な経験だ。 毎日当たり前に食べている
お米を自分で作ってみることによって、その恵みの有難さ を実感する。
さて、桜の開花もまもなくだ。
これから短い春が駆け抜けてゆく。
つい先日まで春を予感させる暖かい日差しの毎日が続いていたのだが、
寒気が入ってまた氷点下の日々となった。
一昨日は知床半島の付け根の町、斜里町で-19度まで下がった。
同じ国の一方でサクラが満開だというのに、全くこの違いには驚かされる。
先日、海岸近くの広い草原を眺めていて、遥か遠くに一条に続く無数の「点」を見つけた。
エゾシカの群れだ。
群れの目指す方向を先回りをして近くで観察を試みた。
よく見ると遠くから小さな群れが次から次へとこちらに向かってくる。
きっと夕方には一箇所に集結するだろう。

見渡す限りの草原に細く連なるエゾシカの群れは、以前アラスカを旅した時に見た
カリブーの群れを連想させた。
果たしてこれはエゾシカの本当の姿なのか・・・。
それとも、北海道内で唯一の天敵であったエゾオオカミが絶滅したことよって増殖した
不自然な姿なのだろうか・・・。
ふっとそんなことを考えるのである。
ただ、少なくともこれが今の自然の現実の姿であり、彼らは生き続けようとする本能にのみ
従って毎日を歩んでいることだけは確かだ。
人間との関わりによって65万頭という数にまで増えてしまった理由など、彼らには知る由も
ない。
数十頭もの群れが通り過ぎた後、草原にエゾシカ達の力強い歩みの跡が残されていた。

テレビのニュースから桜の便りが届き始めた近頃だが、同じ日本列島の最東端、知床半島
ではざらめ雪を踏む感触にかすかに「春の到来」を感じるようになったばかり。
同じ国の中でこれほどの違いがあるのはおもしろいものだ。
断崖から見下ろす海はまだまだ水平線の彼方まで流氷で埋め尽くされている。
春を待ちわびたエゾシカが断崖近くのかすかに顔を出した草地で採食をしていた。
ここまで雪が解ければ、もう大丈夫・・・。

厳しい寒さと食べ物の枯渇する冬に命を落とす固体もたくさんいる中で、彼らは生き延びた。
あちこちで何気なく目にするエゾシカ達が乗り越えてきた冬の試練は計り知れない。
そう思うと、穏やかに草を食む姿にも野生動物の命を繋ぐ力強さを感じるものだ。
それはかつて北海道の先住民が呼んでいた「モモンガ」の名前。
「子供の神様」という意味を持つという。
その神様は日没と同時に姿を現す。
夕方5時20分、観察していたひとつの巣穴から次から次へとモモンガが出てきた。

モモンガは極寒の季節、血縁関係が無い固体と共同生活をする。
小さな巣穴の中で複数が体を寄り添い合うことによって厳しい寒さから身を守るのだという。
そんな愛くるしい動物は夜行性で、普段は森を歩いていてもほとんど目にすることが
ないのだが、意外に人里近くの森に生活していたりする。
今日はこの神様と出会う為に夕方に森へ入った。
日没直後、巣穴から出てきたモモンガ達は木の上に駆け上り、体にある大きな幕を広げて
エサのある数十メートル先の木に向かってそれぞれ飛翔し始めた。
可愛らしくも、なんとも不思議な動物だ。
人の生活域のすぐ近くにこんな動物達が住んでいる。
夕暮れの時、静まり返った森の空間に立って頭上の木々を見つめていると、なんだかこの
場所が別な世界のように思えてくる。

僕達にはきっとまだまだ知らない自然の世界がある。
私達が自然に惹かれる一番の理由とは、人間界とは違う時空の中に存在する生命の
不思議さなのかもしれない。
3月に入り、北海道の森も少しずつ寒気が緩み始めた。
あの頬に突き刺さるような厳しい寒さはもうない。
森を歩くトドマツの木の幹にクマの爪痕を見つけた。
他にもないかと辺りを見渡してみると・・・、
あるある。
あの木にもこの木にも。
爪痕の大きさからして、まだ若いヒグマだ。
付近には住宅も点在し、注意を喚起する看板が幾つも立てられているが、ちょっと茂みを
隔てればクマは人間の恐怖心もよそに平気で周囲を徘徊している。
冬になって茂みが雪の下に隠れてしまえば、そんな様子が一目で分かるからおもしろい。
冬の森をスノーシューで歩くとあちこちに動物達の足跡や食事の痕などを発見することができて、
それだけでたくさんのことが想像できて楽しい。
まるで自分が絵本の中の舞台に飛び込んできたようだ。
今日は小春日和の森の中で変わった住人に出会った。
暖かな春を待ちわびる人間達と同様に、森の動物達も雪解け後の美味しい草の芽吹きが待ち
遠しいことだろう。
まもなくクマが目覚め始める。
雪の上にクマの足跡が見つけられるのももうすぐだ。

先日、ホームページのギャラリーに新たなカテゴリーを追加した。
「原点」 Humanityというタイトル
これまでずっと野生や自然の姿を記録する傍らで、「人間の自然」、つまり人間らしい姿に
惹かれるとことが幾度もあった。
自然に関わって生きている人の姿、自分のやりたいことに一心に向かっている人の姿、
人間の中にある思想や気持ちによって強い関わりを持つ創造物や生き物。そして生活。
そんなところに「曇りのない人間らしさ」が見えた時、輝きの瞬間にシャッターを切った。
「自然」と同じように美しさ、豊かさが感じられた瞬間である。
常に進化を求めて存在してきた人間という生き物。
そして社会も私達個人もその恩恵に預かって「今という時」を生きている。
生活は一昔以前に比べ、格段に便利で快適なものになったに違いない。
だがしかし、個人や企業や社会にとって、この止まることのない時代の進化や流行に
ついて行かなければ、存続さえ危ぶまれるのが今の時代の現実でもある。
こんなに豊かになったのに、更なる進化を求めているはずなのに、皆ココロのどこかで
不安を抱えているのはなぜだろう。
人々が求めている豊かさとは一体どんなものだろう。
僕の中ではその思いの探求が写真作品の創造に繋がっている。

自然を題材に写真を撮っていても、一動物や景色の姿にこだわるというよりは、
写真の中に豊かさを感じられる作品を創りたいという思いで被写体と向き合う。
僕にとってその「豊かさ」が輝きに満ちて目に映るのものは、太古から変わらな
い自然の姿であり、人々が時代というものに関わり無く内包している「人間らしさ」、
つまりは人間の原点を感じる姿なのである。
ホームページでのギャラリー展示はごく一部ではありますが、そんな想いで撮られ
た作品達を見ていただければ幸いです。
自然は時に不思議な造形を生み出す。
僕は厳冬の山奥にその姿を探して歩いた。
地形図を片手にスノーシューを履いて雪の森を歩き、深い谷を滑り降り、川沿いを上流に
向かって歩き続けた。
もしかしたら道を間違えたか・・・・。
そう思い始めてまもなく、探していた洞窟にたどり着いた。
薄暗い洞窟の中に進んでいくと、そこには不思議な光景が広がっていた。
それは今までに見たことの無い世界だった。
つららが地面から伸びている・・・。

様々な形をしたガラスのような氷の柱。
氷荀(ひょうじゅん)といわれるこの造形物は大きいもので人の背丈ほどもあった。
川の音も風の音も閉ざされ、シーンと静まり返った洞窟の中で耳を澄ませてみると、かすか
に水の滴る音が聞こえてきた。
洞窟の天井から無数に滴っている湧水がこの氷荀を少しずつ育てていた。
僕は地面に座り、寝転がり、その様子をつぶさに観察した。
そしてゆっくりとカメラのシャッターを切った。
世の中には不思議な自然があるものだ。
どのくらいここにいたのか、氷荀を壊さないよう静かにゆっくりと外に出てみると、いつのまにか
冬の短い陽が傾き始めていた。
さっきまでの興奮は治まり、今は静かにココロが満たされていた。
帰りはもう一度地形図を頼りに、今度は山の稜線に上がって雪原を歩いて帰ることにした。
美しい夕焼けに足を止めたかったが、凍傷寸前の極寒の風が足取りを早めた。

北海道の奥深くに「氷の村」がある。
ここは極寒の土地であるが、つい先日も気温が氷点下30度まで下がったらしい。
おみやげ屋さん、Bar、教会まである。
建物はもちろんのこと、テーブルや椅子、グラスまで全て氷でできている。

どうやら今日はここで結婚式があったらしい。
村の敷地内でフワフワのあったかそうなドレスを着たお嫁さんを見た。
寒さが一段と厳しい夜、村の周りを歩いた後雑貨屋さんに立ち寄ってみると驚くほど暖かかった。
室内の気温は0度前後。
暖かいはずだ。

観光で南からやってくる者にとっては夢のような光景なのだろう。
あちこちから人々のはじゃぐ声が聞こえてきた。
「寒さは時に人のココロを暖める。」
厳冬期真っ只中の北海道。
僕は自分の生まれ育ったこの土地が大好きだ。
北海道市町村振興協会発行の北海道内市町村職員向け政策情報誌
にて山田雅幸の写真と文章の掲載です。

「大雪山」の紹介として、麓の景色、ナキウサギ、ヒグマの写真を掲載して
いただきました。
年が明けて出版物の仕事第一号です。








