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2011/07/19

こんにちは。歯科医師の根本です。

前回までで、「事前的モラルハザード」という単語が出てきたり、
なぜ欧米では歯科医師が1日10人以下で悠々としていられるか、
雀の涙とは何か?など若干ややこしい部分がいくつか出てきました。

そこで今回は主に今まで発表された数字や資料などで補足を行います。

まずは目安としてOECD20カ国と日本のデータを比較してみます。

詳細は以前お世話になった平健人先生にいろいろ教えていただきました。



意外なことに

・ 人口千人当たり歯科医師数は平均的(若干多目)
・ 歯科医療費(保険+保険外)は平均的(若干少な目)
・ 65歳以上無歯顎者率は少な目(<-1SD)

日本は歯科医師過剰だ過剰だ、コンビニより多い、などと言いますが
このように、それほど多すぎる訳でもないことが分かります。

65歳以上の無歯顎者が少ないのは、ブリッジや部分入れ歯で粘るからです。
何か、先生も残った歯を利用してブリッジや部分入れ歯で粘ると、
あたかも良い治療をしているかのような錯覚に陥るのでしょうか。

1本の歯に1本分以上の負担をかけることは、結局ツケ回しに過ぎません。

そして案の定

・ 治療に通い杉(3.2 回)(>+2SD)
・ 12歳児DMFT大杉(2.4~1.7(2005))(>+2SD)

・ 医療費の中の歯科の割合が低い(<-1SD)
・ 公金持出(保険など)率が最高(平均の倍以上)

諸外国に比べてずいぶんと安易に

 歯の治療に通う=歯を非可逆的に削る・抜く

ことをしていることが伺えます。
私は、日本の保険制度で患者様が経済的な心配をあまりせずに
必要な医療を受けられることは、大変結構であると思っています。

しかし物事には限度というものがあります。
何事も、あまりにも度が過ぎてしまうと、強い副作用を伴うものです。
とくに歯科はそうです。
では、いったいどのくらい度が過ぎて折るのでしょうか?

以下に示す図表は、「歯科医療再生のストラテジー&スーパービジョン
(川渕孝一編 医学情報社)」からの引用になります。

前掲書では、2002年上半期の基準外国為替相場および最低外国為替相場
に基づいた研究データとなっています。

そこで、昨今の円高最高国債最強の世相を反映して
「各国内の歯科治療費はとくに変更されていない」という仮定で、
本日のYahoo!ファイナンスの為替(open)で再換算したデータと並べてみます。

表の明朝体部分は前掲書からそのまま抜粋、ゴシック部分は日本を1とした場合の
換算値
を計算しました。上の表は2002年、下の表は2011年(再換算)です。
ちなみに日本の治療費は「窓口負担(3割)」と「診療報酬(7割)」の合計10割
での換算です。



驚くことに

 上の表(2002年)では、国別・項目別ともにおよそ8倍
 下の表(2011年)では、国別・項目別ともにおよそ7.5倍

の格差があることが分かります。
さすがは大震災でも世界から秩序正しさを賞賛される秩我慢強い日本国民、
これでよく暴動がおきないものだと、初めて表を見たときに呆れたものです。

 ところが日本の窓口負担は(一般的に)3割です。これで比較すると

 2002年では 8倍 ÷ 3割負担 ≒ 27倍
 2011年では7.5倍 ÷ 3割負担 ≒ 25倍

 窓口負担ベースでは日本と世界で25~30倍近い格差があるのです。

 これをグラフにしてみると、一目瞭然です。
 それぞれのグラフの下のほうに日本と横線で書いてある所が
 わが国の治療費です。





いかがでしょうか。
日本は安いとは言うものの、こんなに低いとは思わなかったのではないでしょうか。

なお、青いマルで囲った「保険外」のエリアの「陶材冠(=セラミック)」の部分は
ほとんど国際価格と一致しています。
保険外のものについては、先進国ではおおむね価格統一化の方向に向かっている
といってもいいでしょう。

10割分でも海外と8倍近い差がある
◆ 窓口に限定すると海外と25~30倍近い差がある

いくら公共事業の下請けといってもひどいものです。
いやむしろ、その治療をしてもペイしない、つまり経費を引くと赤字になる治療項目が
数多く含まれている
ことが容易に推察されます。

これでは日本の歯科医師はたまりません。
保険は勝手に値段を上げることはできませんので、少しでも回転率を上げないと、
あっという間に自分のお店がつぶれてしまいます。

そこで、やはり前掲書から、今度は、歯科治療で平均どのくらいの手間をかけるか、
言い換えると、年間(つまり単位時間)何人くらい診ているのか、という値を紹介します。

・横軸が1年間の歯科医療費の合計
・縦軸が1年間ののべ患者数の合計

です。



どうでしょう、このきれいな直線。
日本以外の国では、単位時間に何人診るという基準が大体一致しています。

ところが、日本だけが回帰直線を大きく外れ、だいぶ上のほうに位置しています。
つまり、世界の平均どおりなら、1年間で日本全体の歯科医院に訪れる患者数は
1.8億人くらいと推察されるのですが、予測を大きく上回り、1年間に合計で
4.1億人もの患者数が押し寄せている、ということになります。
4.1÷1.8≒2.3なので

 回転率が世界標準の2.3倍    ――― ①
 客単価が世界標準の7.5分の1 ――― ②

これらより導かれる結論は、(言いたくありませんが)2.3÷7.5≒0.31

「日本の歯科医師は海外の歯科医師の2.3倍の患者数をこなしても3割の収入に留まる」as
「海外の歯科医師は日本の歯科医師の4割の患者数をこなすだけで3倍以上の収入を得る」

・・・初めて知りましたか?

ちなみに、これ、平均ですよ。
予約制なのに待ち時間がいつまでたっても終わらないような人気の歯医者から
近所中でヤブと評判が立って閑古鳥が鳴いているようなヤバイ歯医者まで
全部足した平均です。

下手すると人気店では海外の4~5倍程度の回転率をこなす、なんてザラです。
そりゃ、無理ですよ。
それでいい治療をしろなんて言われたって、手の動きに限界がありますから。

「・・・そんなことでは困る」

そういう声が当然聞こえてきそうです。よく理解できます。
それは、私たちもかれこれ”四半世紀”困っているからです。

・・・もう25年前になりますか。
今の私たちから考えれば十分に歯医者天国、歯科バブルの時代です。
(あの頃開業できてればなあ、ベンツに豪邸に愛人○人にクルーザーに不動産・・・)

そんな時代にすでに、とんでもない国会質問が行われていたのです。
以下抜粋します。


第102回国会 予算委員会第四分科会 第2号
昭和六十年三月八日(金曜日)

次に、薮仲義彦君。

○公明党衆院議員 薮仲義彦分科員
私は本日、厚生大臣に歯科の問題に限って質問をさせていただきたいと思います。(略)
上下の入れ歯に要する時間、これも医科歯科大学、日本歯科大学、東京歯科大学でやった平均時間が出ています。215分。それから材料代、保険点数でできるのが486点、これも間違いがないと思いますので、時間がないので、厚生省資料がいっているから、これはこのままでよろしいと思いますので、やらしてください。
この割り算も、大臣、そこに載っていると思います。今申し上げた4985万(当時の一医院当たり年商平均 根本註)という収入の中の経費率と申告所得の合算でいきますと94.1%になるわけです。それを掛けまして、お医者さんの収入がそれだけ(≒4690万)ですよということですね。それを一年間、御指摘のように275日で割りますと、一日当たりの金額(≒17万)が出てくるわけです。一日八時間労働として八で割りますと、一時間当たり(≒2.1万)が出てきます。それを一分当たりに直すために六十で割ります。そうすると、一分当たり大体355円37銭、こうなりますけれども、この金額はよろしいですか、局長さん。
○厚生省保険局長 幸田正孝政府委員
お話しのとおりでございます。
○薮仲分科員
これに大臣、所要時間の215分を掛けるわけです。そうすると、76404円という金額が出るわけです。この点、局長、間違いございませんか。
○幸田政府委員
先生の前提に立ちまして計算いたしますと、そのとおりでございます。
○薮仲分科員
今、総義歯の保険で請求できます最高金額は幾らでしょう。最も難しいと言われるものは幾らになりますか。
○幸田政府委員
四千七百十六点、一点十円でございますから、(上下で 根本註)47160円でございます。
○薮仲分科員
今ざっと計算しますと、七万六千円、保険点数が四万七千何がしですね。ここだけでももう二万以上赤字になっているわけです。私の手元にある資料等でやりましても、大体保険診療というのは七万円、八万円、九万円とかかるわけです。アメリカ、西ドイツ等々における総義歯のいわゆる保険点数はどのくらいかかっているか、これはおわかりだと思いますけれども、局長は資料をお持ちですか。
○幸田政府委員
アメリカで申し上げますと、日本円に直しまして片側だけで86250円でございますから、両方、二倍をいたしますと十七万円余になります。西ドイツの場合は片側で56185円、これの二倍ということになるわけでございます。
○薮仲分科員
今、総義歯の海外の例とそれからいま一つの数式を出しますと、海外では十六万、十万。ざっと歯科医師がどれくらいかなという単純計算でいつでも七万六千円、八万近く入れ歯はかかるのに、実際の保険点数では四万七千円何がしかしかもらえない。こうなりますと、今現場の臨床の先生方が一番問題にしていらっしゃるのは、私の医院ではあの先生は総入れ歯がうまいですよと言われることについてはじくじたるものがございます、入れてあげたい、治してあげたい、でも大変な不採算になるので、どうしても保険ではできませんと言わざるを得ない部分がございます。今、保険でできる件数をお示ししましたように、総義歯のパーセントは〇・八%、それが今保険の現状でございます。私は、保険医全体の診療報酬の中で勘案すればいいことだということは十分承知の上で申し上げているわけでございますが、実際これから高齢化社会になっていって、このような状態で推移するということは非常に問題ではなかろうかと思うわけです。
それと、大臣、この際ですからもう一点御指摘申し上げますと、大臣のお口の中にも鋳造冠(FCK)といって冠がかぶっていると思います。全部鋳造冠というのがあるのですね。がしゃんと全部大臼歯なんかにかけるわけでございますけれども、これも今と同じような数値で計算をした資料が大臣のお手元にあろうかと思います。これで計算しましても、鋳造冠も同じように保険点数では赤字になります。今と同じようにこれを計算するとどうなるか。簡単に言いますと、分当たりの355円37銭掛ける全部鋳造冠は時間が100分でございますから、35537円かかるということになっています。
これは保険で請求できるのは幾らでしょう。大臼歯全部鋳造冠です。
○幸田政府委員
およその数字でございますが、8000円程度でございます。
○薮仲分科員
資料がなくてお困りでしょう。もうちょっと高いと思いますけれども、いずれにしても似たような金額でございまして、全部鋳造冠を歯にかぶせるということで金銀パラジウムを使った場合に、やはり歯科医師にとっては心の痛む問題で、不採算の大きな課題でございます。

ごにょごにょと分かりにくかったかもしれませんのでまとめます。

昭和60年(1985年)当時

①歯科医院の平均年商4985万(所得+経費4690万)

 ÷275日(週休2日)~日計17万
 ÷8時間(診療時間)~1時間2.1万
 ÷60分~(1分売上)355.37円

②「総義歯」作製時間平均215分=3時間35分(医科歯科大ほか各大学の平均)

 1分売上355.73円かける215分=7万6404円
 (これが総義歯作成コスト)

しかし保険収入=4万7160円ちなみに現在もおよそ同額
アメリカ保険=17万2500円
西ドイツ保険=11万2370円

③「全部冠」作製時間平均100分=1時間40分(医科歯科大ほか各大学の平均)

 1分売上355.73円かける100分=3万5537円
 (これが全部冠作成コスト)

しかし保険収入=8000円ちなみに現在はおよそ1万3000円

以上です。

今回の内容は、読者の方によっては若干お気を悪くされたかもしれません。
「医は算術ではない。金儲け主義wを持ち込むな」
レベルの低い話をするな」
・・・
お気持ちは良く分かります。
しかし、少なくともこれらの数値を、概算ででもはっきりと掴んだ上で歯科をお考えの方が
果たしていらっしゃったでしょうか?

数字は数字です。
「これは初めて見た。とりあえずひどいなぁ」
ということであれば、今回の内容はひとつの情報提供だ、ということでお願いいたします。

ひとつ震災にちなんで申し上げます。

最近のニュースでは、どうも政府与党の対応が悪くて、被災地での仮設への入居が
予定通りにすすんでいない、と報道されています。
すべてを流されて、さらにこの猛暑で、いまだに冷房もない体育館などの避難所で
すごされている方を思うと、まさに胸を締め付けられる思いがいたします。
(その意味でも、今般の被災者の保険診療無料の措置は当然のことです)

この『応急仮設住宅』、私には大変興味深いのです。

◆ 施工費用は230万円
◆ 入居期間は2年間

これ、まさに保険の歯(入れ歯・差し歯)と同じなのです。

価格が230万ということは、平均的な一戸建の施工価格の十数分~の1クラスです。
つまり、保険の歯と保険外の歯の価格差とほぼ同じなのです。

また、入居期間が2年間という点ですが、保険の歯には
 差し歯・ブリッジには2年間(補綴物維持管理)
 入れ歯には半年間(義歯管理)
という、短いながらも保証が付いています。

この短い保証期間が、仮設住宅の入居期間2年と一致しているのです。
じつは、これはお上が「2年以上は持たないと思うよ」と言っているのと同じです。
数年で壊れる「仮設住宅」を失っても、また強引に「仮設住宅」を探す。
そして、それを繰り返すのでしょうか?

つまり、そういうことです。

 保険の歯 ≒ 仮設住宅

保険の歯が2年以上持っているというのは2年以上仮設に居座っているのと同じなのです。
仮設住宅は、災害があるから一時的に無料で入れるのです。
そんなもの何年も居座ったら、建て付けも悪くなるだろうしいろいろ故障するだろうし
非常に住み辛いでしょう。

 仮歯 ⇒ 避難所
 保険の歯 ⇒ 仮設住宅
 良い歯・インプラント ⇒ 終の棲家

もちろん何でも金を出せ、ということではありませんが、私の今までの臨床実感では
金額比率的にも、耐久年数的にも、おおむねこれで合っているような気がします。

ですから、まずは『応急仮設住宅』とやらのお世話にならないように、定期的な
歯の予防とメンテナンスがいちばん大事だということです。
もちろん、自然災害は回避不能ですが、歯科疾患は回避可能だからです。

ところで、あなたは今回のデータのように、日本でも、まあ4割3倍とは言わないまでも
せめて歯科医師が現在の半分の患者数で2倍の収入を得られるようにすべきだ、
(トータル客単価4倍)という意見があったら、ご賛同いただけますか?

それとも、日本の医者は、応分の環境で応分の報酬を得てはいけませんか?
日本の医者というだけで、海外の医者よりも格段に格が落ちるとおっしゃいますか?
逆に、外人は全員バカで間違っている、日本だけが正しい、と八紘一宇でもしますか?

でも、自分が同じように言われたら嫌ではありませんか?
医者は体のいい道具か何かで、何でも叩き放題ですか?
・・・それって、産経や変態毎日の社会部とかと同列に堕ちてませんか?

医療も、あまりにも粗末にしすぎると、逆に医療に依存するようになって
現場もシステムも疲弊・劣化します。
とくに歯科は、治療ではなくリハビリであり、しかも歯は有限ですので、
医療リソースや制度・財源等の劣化は今後にとって致命的です。

・・・まあ、そんなに治療費を上げろ、などとは私からは強く言いませんが、少なくとも
「今回5000円だった治療の実際の価値は(x30=)15万円であった」くらいには思って
可能な限り自立心と健康(と、歯については予防とメンテナンス)を大事にしてください。

よく、お菅変え考えください。

【今回のまとめ】

データは、患者様と歯科医院の相互の悩みを示している&仮設住宅と保険の歯は似ている。

2011/07/19 04:00 | nemoto | No Comments