仕事が段々増えてきました。
秘書的な役割をしてくれる方が重要で、最初は家内の知りあいの他でも秘書業務を経験したことのある50代以降の、しっかりものの方を曜日を分けてお2人来ていただきました。最初の頃のメントレやチームのデータなどをまとめてもらったりしていました。懐かしいです。
少しずつ外でやることが増えて、対応や時間のマネージメントが必要になってきたので、わたしが学生時代にメントレをしていた成蹊ラクロスのOGや慶應ゴルフのOGなどがその後2代目としてサポートしてくれました。そのうち2人とも、それぞれ秘書よりもスポーツコーディネーターやメンタルトレーニングなど事業そのものへの関わりが高まり、さらに新しい秘書に来ていただくことになりました。
その後本格的に秘書業務を確立してくれたのは、もともと大学時代はチアリーディングをやっていた女性で、わたしのキッズのチアのコーチをやりながら秘書的仕事を整理してくれました。その後、彼女がやはりチアで忙しくなってきたので、もう1人ヘルプで他の企業で広報をやっていた女性が助けてくれるようになりました。
チアの女性は夢を叶えるために、確か今は沖縄かどこかでダイビングの仕事をしています。その他の若い女性たちはみな結婚して子育てが忙しいようです。ちょうどその頃、秘書が結婚などでいなくて困っているとき来てもらったかたもいますが、残念ながら辞められたかたもいました。
そして、クラブエクセレンスのマネージャーになりたいと言ってエミネクロスに6年ほど前に来てくれた石川さんが今の秘書の基盤を創ってくれました。一緒に苦労しながらエミネクロスを支えてくれました。昨年、昔からやりたかった夢を実現するために辞められました。本当に助かりました。石川さんが辞めて、その分の秘書業務を2人の秘書が今はやりくりしてくれています。私が忙しいので大変だとは思いますが、佐藤さんと奥田さんがやってくれています。本当にありがたいです。
2人とも他社で働いていたのですが、講演会などの出会いでエミネクロスに来てくれました。奥田さんがわたしの個人のつてで来てくれる前に、FBやHPで秘書の公募を昨年しました。50人ほどの応募がありましたが、残念ながらそのときはご縁が繋がりませんでした・・・。
歴代の秘書の方々ありがとうございます。みなさんのおかげで仕事ができています。
AWAYはスポーツ戦略的にも特別な戦い方が要求される場でもありますが、メンタル的にもAWAYはノンフローにもなるリスクが大きいため、対策の必要となる課題です。人の心は環境、出来事、他人の影響を受けると言われています。AWAYはそのすべてがホームと違ってきます。
環境でいえば、慣れているとはいえホテル住まい、もちろん気候や食事などすべてが違います。出来事も特にAWAYが海外のような場合はあらゆる出来事が当たり前じゃないことも生じてきます。レーザービームとか・・・。また他人も通常と違うことが多く、ファンや観客もそうですし、審判さえも違うかもしれません。
そのために自分や自分たちの心がその3要素に持って行かれてしまい、心に揺らぎやとらわれが生じ、自分や自分たちのパフォーマンスが出づらくなるのがAWAYです。
今回のザックジャパンは海外組も多く日本以外のAWAYに慣れているとはいえ、少なからずいつも通りではなかったのかもしれません。その証拠に明らかに日本の方が実力も上で押していたにもかかわらず、前半の選手たちの動きに精彩を欠いていたように思いました。それは私だけかもしれませんが。AWAYこそ、今に生きると考えるとか、一生懸命を楽しむと考えるとか、意味の付いてないことに意味づけした自分に気づくとか、自分の感情に気づくなどのライフスキルを総動員して、自分や自分たちの力を発揮していかなければならない場だと思います。それがAWAYなのです。
試合後の選手たちのコメントは、みな立派でした。決して下を見る必要もなく次の6月4日のオーストラリア戦に向けて準備をしてほしいと思います。
印象に残った選手たちのコメントを紹介します。
●遠藤保仁選手
2カ月ぐらい空きますけど、予選の前に親善試合もあるので、良い結果を出して良い状態で臨むことだけを考えればいいと思います。
それまでチームに戻って、一人ひとりが成長すればいいんじゃないかなと思います。
→今日の結果よりも成長することに視点を置き、次に如何にいい状態で臨むのかということにフォーカスして切り替えています。
●長谷部誠選手
遠くヨルダンまで来ていただいた方々はじめ、夜遅くまでテレビの前で応援して下さった方々、応援して下さった全ての皆様、本当にありがとうございました。
→もちろん悔しかったのでしょうが、感謝の気持ちを全面に出して自分の気持ちを切り替えようとしています。
●岡崎慎司選手
本田はいれば、良いなと思うだろうけど、やっている選手はいない影響を感じるものではないし、いない選手のことも考えない。今日はただ負けて悔しいし、これが自分たちの未熟な部分だと思う。特に自分の未熟な部分。決定的な場面で決められるようにしたいと思います。
→このコメントがわたしは最高でした。自分にフォーカスされているし、感情を素直に表現しているし、するべきことに視点がいっているし自分の思いを語っている。ライフスキル的には高いコメントです。
ということで次回のオーストラリア戦をみなさんで応援しましょう。
エミネクロスがまだビジネス的にも不安定な独立翌年の夏に大事件が勃発し、それに巻き込まれました。その秋、1999年9月11日にあのワールドトレードセンターに自爆テロの飛行機が突っ込むという歴史的大事件が起きる、わずか1か月半ほど前の7月末のことです。
乗務員が亡くなるという世界初のハイジャック事件をご存知ですか?
日本でそれが起こり、私はそれに乗っていたんです。
羽田発の千歳行きのANA便でハイジャックに遭遇したのです。
全日本の車椅子バスケの合宿で札幌に向かう最中でした。飛び立っても一向に水平飛行にならずおかしいと思っていたら、機内放送でハイジャックをつげられ、機内は凍りつきました。わたしはコーチと一緒に1Fの後方席に座っていたのですが、明らかに大きく揺れて落ちていくのがわかりました。外の景色を見ているともうすぐそこに民家が見えて、あくまで印象ですが庭にいる人の顔がわかり目があってもおかしくないくらいの感じだったように思います。離陸と着陸以外の時にジャンボ機であんなに地面に近い経験などありません。本当に大丈夫なのかと思った瞬間に、大きく揺れながら急上昇。シートベルトをしてなかった人は座席から転げ落ちるほどの衝撃。
そして、その瞬間に機内放送でドクターコール。ハイジャック機の中でのドクターコール、いい状況であるはずありません。誰か他にドクターがいないか願っていましたが誰もいないようでどうしようか迷っていたら、隣に座っていたコーチがここにいますと手を挙げてしまいました。(超焦り…)スチュワーデスの方がすぐに飛んできて彼女に連れられてコックピットのある2F席へ。1階席のお客さんの中には拍手で見送る人もいました。まるで映画のようでした。
2Fに向かう間は私の頭の中は起こりうるさまざまな可能性、怪我による出血や負傷、心筋梗塞や脳梗塞などの急変、妊婦さんの産気づいた状態、子供の何か病気、などなどがよぎりました。2Fには犯人たちがいてピストルや刃物を持って立てこもっているんだと覚悟を決めながらスチュワーデスさんについて行きました。ハイジャックなど映画でしか知りませんし、その時間がとても長かったように今は思います。
ところが、2Fに行ってみると、わたしが想像していた光景ではありませんでした。コックピットのすぐ前で2人の男たちが1人は刃物を持ってもみ合っていました。どちらが犯人なのかよくわかりませんでした。訳もわからずにコックピットに案内されると、今度は私服の中年の男が1人で操縦管を握っていました。こいつが犯人の主犯格だなと思いました。そして、そのすぐ横のコックピットの床に血まみれになって倒れている機長らしき人物がいました。機長を挟んでそこにいたスチュワーデスさんはパニックでした。全面のガラス窓には血が飛び散り床も血の海でした。倒れた機長を蘇生しようと試みましたが、診察するとすでに亡くなっていることがわかりました。死亡診断を私がすることになり、この事件にいろいろと巻き込まれることになったのです。
わたしの役目は終わったと、まだドキドキしながらコックピットを出ると、1人の若い男の方がネクタイとベルトでぐるぐる巻きにされ一番前の座席に縛り付けられていました。2階席にはANAの方たちと、スーツの年配の男性と、先ほどもみくちゃになっていたもう1人の若い男性だけがいました。わたしは事情聴取その他があるため、その場に居残る必要があるとANAの方に言われ残されました。疑問は今操縦している私服の男性はいったい誰なのか?そこにいたスーツの男性に思い切って「何があったのですか」と尋ねてみました。
すると、離陸後すぐに今縛り付けられている若い男性が刃物でCAを脅し、副操縦士を外に出して、コックピットに機長と2人切りで籠ってしまったと。2階席にいた乗客は分かれて1階の空いている席に降ろされる中、自分は死んでもいいのでここに残ると言いはり残ったと。さらに他の乗客が1階に下りていくなかで、若い男性がいないといざというときに困ると判断し、声ではなく目で1人の若者に残ってくれと訴えたところその意味が通じその若者は友達がみな1階に下りていく中、1人だけ自分は残ると言って残ったそうです。
その彼が今、すぐ横に座っている先ほど格闘していてた今縛り付けられてない方の若い男性です。その状況でしばらく待っていたところ、飛行機の揺れは益々ひどくなり落ちて行ったと。そこに突然1階席から1人の中年の男性が2階に上がってきたそうなんです。そして、その男性が「あと2分以内にこの飛行機が落ちる!」「何があったのかわからないがとにかくコックピットに突入して操縦管を握って上昇させる」と。あとでわかったのですが、その方はたまたま休みでお客さんとしてこの飛行機に乗っていた全日空の機長さんだったのです。
1階の席から周りの景色の状況や落ちていく感じなどからあと2分しかないと判断したそうです。その年は長い梅雨でその日から晴れたのですが、もし雨が降っていたら外の景色が見えず、100%落ちていたと言われました。
その彼が2階にあがり、そこに残った若者に「2人で突入だ!」。お前が犯人、俺は操縦管、それだけ確認して突入したのです。そして犯人を引きずりだし、操縦管を引いて飛行機は急上昇。コックピットには血だらけの機長が倒れているのでドクターを大至急呼べと叫び機内アナウンス。
つじつまがやっと合いました。後でわかったのですが、飛行機が操縦不能になって地面すれすれの時にはいきなり操縦管を引いても、ジャンボ機くらいでかいと飛行機は上を向くものの落下していくそうです。急上昇と思ったのは勘違いで上を飛行機が向いただけで実はまだ落下していたのだと聞いて恐ろしくなりました。
さらに操縦管を引くのと同時にエンジン全開のボタンを押すのだそうですが、1人だったので操縦管を引き上げるのに精いっぱいでそのボタンを上手く手動では押せずに、オートで入るのを祈っていたと聞いて益々怖くなりました。
結局、あと数十秒のところでオートでエンジン全開となり墜落が回避されたとのことなのです。あの頃、飛行機は立川の住宅街の方だったと聞きました。墜落したら世紀の大惨事になっていたでしょう。
いろいろな奇跡のおかげで機長以外は全員無事、わたしもこうして生きているのです。まずはそのスーツの方が残ると言う判断をされたこと(無理やり降ろされていてもおかしくありません)、若者が目のメッセージに気づき残ってくれたこと(普通そんなの気づかないです…)、休みの日の機長が偶然にも乗っていたこと(まず乗ってないでしょ…)、その機長さんの判断が的確だったこと(感謝!)、その日の天気が晴れていたこと(奇跡!)、そしてエンジン全開ボタンがぎりぎりで作動したこと(ありえないでしょ…)。ありがたいを通り越して何でしょうか…。今の若者用語でしたら、やばいですね!
世間では1999年の大事件といえば、9.11ですが、私の人生の大事件もこの年に起こっています。エミネクロスを独立してまだまだ大混乱している頃の、本当の大事件でした。
私は体罰はどんな理由があっても反対です。暴力ですから。それはいろいろな理由や自己正当化はあるだろうが、結局、戦争だってその延長線上にあるように思います。
体罰をした先生の理由や目的はこういうことだと思います。
・子どものために子どもを教育する目的
・強いチームをつくるという目的
私もこの目的に部活があっても異論はありません。しかし、この2つの目的を達成するためには、体罰が必要なのかといえば大いに疑問だと言わざるを得ません。
殴らなければ子どもは教育できないのか?人生で立派に大人になっている人はみな体罰を受けた人なのか?
子どもによりよい大人、人間になってもらうために体罰があるのなら、体罰という授業があるはずです。
しかし、そのような授業や教えはどこにもありません。私の周りにいる素晴らしい人たちは殴られたり蹴られたりしてそうなったのではありません。中にはそうされてきた人もいますが、それが彼らの素晴らしさをつくったのだとは、どうしても私は理解できないし、そんな因果関係など絶対にないと思います。教育は必要ですが、その方法が体罰しかないなんて、そのようなはずはないです。
スポーツで強いチームや強い選手をつくるには体罰が必要か?体罰がないと強くならないのか?マイケルジョーダンは殴られて強くなったのか?メッシは蹴られて世界最高のアスリートになったのか?イチローや松井は体罰の結果なのか?オリンピックのメダリストは体罰の象徴なのか?競技成績の高い人ほど、体罰の率が高いのか?絶対にそんなことはないです。アスリートやチームの強化のために体罰という方法が必要などという証拠など一切ないはずです。体罰などなくても強いチームをつくっている指導者は世界にごまんといます。むしろほとんどの指導者はそうです。体罰という方法でしかチームを強くできない指導者は悲しいです。
体罰などなくても教育し育てる方法、体罰などなくても強く勝てる選手やチームをつくる方法を真剣に模索しないから、体罰で教育し強化していると自己満足に陥るのだと思います。
人は誰でもミスをします。ミスをしないように指導していくのが指導者です。ミスする選手を試合に送り出した、その指導者はなぜ殴られないのか?できないことをできるようにするのが指導者の仕事のはずです。できないといって体罰を与えるのであれば、指導者ではありません。ただの暴力者です。
恐怖や脅しでは人は育たないし、強くなどなりません。それは甘やかしていいといっているのとは違います。厳しさと体罰を混同しないでください。どう厳しくしていくのかを、大人や指導者やコーチや先生、そして社会が考えていくことが重要です。それによって教育される側もする側も成長していくのではないでしょうか?
部活の体罰は特に社会問題だと思います。今、日本は部活でスポーツをやらなければ、子どもたちがスポーツを一生懸命に取り組む場が他にほとんどありません。そのため、子どもたちは指導者の行動がおかしいとか、間違いだとか、理不尽だと感じても、部活を辞めてしまうと自分の大好きなスポーツができなくなってしまう現状があります。そうすると、常に子どもたちはスポーツを人質にとられているため反抗できず、指導者はその構造に甘んじているのです。
そして指導者は自分が絶対だと思い込んで体罰の正当性を自らつくりだし、甘んじている指導者も少なくありません。結局はどんなに体罰を与えても子どもも親もその部分で人質にされてしまっている以上、その指導が美化されてしまっているのではないかと思います。
あくまでも私見を思い切って述べてみました。ご意見をいただければ幸いです。スポーツの素晴らしさを信じて疑わないスポーツドクターの私としては、あまりに憂える事件だと言わざるを得ないというのが本音です。
エミネクロスは当初、乃木坂駅から徒歩3分の閑静な住宅街の中にあるビルの1階にありました。青山斎場の前です。有名人の葬儀がある時だけにぎわう場所です。家内が見つけて来た隠れ家的なよい場所でした。
しかし、人通りはなく、一元さんは絶対に来ないような場所です。私の活動もクリニックではなく、知り合いの方々しか来ないのでちょうど好都合でした。そのビルの1階はチャック・ウィルソンさんのオフィスだったところだそうです。2階に建築事務所、3,4階が大家さんというこじんまりとしたビルでした。
そこに私、チームエミネを動かすスタッフが常勤と非常勤で3名、事務のアルバイトの女性1名、そしてスポーツクリニックをサポートするトレーナーなどが非常勤で3名、そして講演会の担当1名の感じで狭いオフィスをわけて使っていました。当時は大学体育会のチームメントレとかも多く、いま思うとホント狭いところにぎゅうぎゅうの状態でやっていました。
オフィス周辺はその後、六本木ヒルズが建設され、ミッドタウンができあがり、国立新美術館などが開設され、まわりはどんどんと様変わりしていきました。近所のお寿司屋さんとフランス料理屋さん、そして喫茶ウエストと仲良くさせてもらい、ほぼ10年間滞在しましたが、周辺にできた会社や店はほとんどが潰れていきました。今いる代官山のオフィスも好きですが、実はエミネクロスが誕生したあの乃木坂の南青山は一生忘れられない素敵な場所として今でも記憶に残ります。
手狭になってきた頃、2階の建築会社が丁度都合よく出ていきまして、2階を改装し、セミナールームとして使用できるようになり、少しお客さんが増えてきたオフィスには好都合でした。それにしても懐かしいです。
しかし、依然としてさまざまな苦労や事件は続きます。その時々の素晴らしいスタッフたちに恵まれていたのだと改めて感じます。
引き続き、まだまだ続く辻秀一物語をお楽しみに。
科学者であれば誰でもが望むノーベル賞です。
わたしも医学部を出て、30歳までは内科の大学研究室に所属して研究者として過ごしていましたので憧れていました。その頃は論文もよく書いていましたし、学会でも発表していました。スポーツ医学の道に移っても論文をよく書いていましたし、大好きでした。父も大学の教授で、移植免疫学を研究する学者で今は名誉教授になっていますが、そんな影響もあり、ノーベル賞は人生憧れの賞の1つと言えます。
今回、山中先生が日本人としてあの若さで受賞したことはとても嬉しいですし、誇りに思います。山中先生の受賞後のさまざまなマスコミへのコメントはどれも素晴らしいものばかりです。
一番多いコメントは感謝です。何から何まで感謝です。1から10まで感謝です。
国から部下まで感謝です。親から他人まで感謝です。あくまでも理由ありの感謝ですが、先生ご自身が感謝している方が気分がいいというライフスキル的な感謝もあるのでしょう。感謝が全面に出ています。
もう1つは過去よりも今に生きる姿勢。
受賞したことよりも、今を大事にして、これからに責任を持つ姿勢。感銘を受けます。
さらには感謝と責任感の合わせ技のように社会貢献の気持ちも全面に出されています。貢献の動機づけは内発的動機となり、彼のエネルギーを自家発電のように高いレベルで安定的に供給し続けることでしょう。
しかし、先生が本当に感謝されるように、ノーベル賞などは1人で取れるものではないのでしょうし、どの仕事もそれは同じなのかもしれないと改めて考えさせられる先生の感謝のてんこ盛り発言です。
受賞の後ろにある受賞者の哲学をもっと知りたいですね。それがわれわれ一般人の成長と学びになりますから。まるでロンドンオリンピックの金メダリストたちのコメントにみる哲学や人生観と同じです。
次のノーベル賞受賞日本人はいったい誰なのでしょうか?それも楽しみですね。
立ち上げた当初はこれまでにつてのあった慶應大学の体育会やラクロス協会を中心にメンタルトレーニング、新しく立ち上げたチームエミネクロス、そしてそれに加えてぼちぼちと単発的に依頼のくる講演会を行っていました。
当時の講演会はスポーツドクターとしての健康に関すること、ライフスタイルに関するものやスラムダンク勝利学に関するもの、スポーツ心理学に関するもの、教育に関するものなどが、忘れた頃にたまに来ていました。プラス書籍を含めたこれもたまの執筆依頼。
これら4つを主なる生業で活動していましたが、なかなか軌道に乗るには時間がかかり大変だった思い出があります。
営業などしたこともなく、広告・宣伝も興味がなく、ただやっていれば来ると根拠なく信じていたのです。世の中そんな甘いものではなく、家賃やわずかなスタッフの給料などの支払いに追われていたことを思い出します。
そんな時代を支えてくれたのが妻で、そんな状況から抜け出すきっかけは1人の青年の出現でした。妻の話はまた折をみてしたいと思いますが、この難局を打破してくれた青年について話をします。
彼は学習院大学のラグビー部時代にわたしのメンタルトレーニングを聞いていました。
学生の時はそんなに印象深く付き合いがあったわけではないのですが、就職して数年後にちょうど私が独立して2年目になろうと苦労している頃に、連絡がありました。
UNISISという会社に勤めているが、今仕事で最も役立っているのは学生時代にメントレで私から習った心のつくり方だと。会社や社会ではそれができなくて困っている人がたくさんいるから、もっとこの考えをいろいろな人に広めていきたいと考えていますと。
嬉しい連絡でした。それからしばらくして、それを本格的にわたしのところで仕事としてやっていきたいと申し出てくれたのです。メントレをしたいのではなく、この内容を多くの人に講演会とかで聴いてもらえるようにすることに興味があると・・。
たしかにそうだけど、この申し出には困りました。なぜなら、そんなやる気のある優秀な青年を雇うお金もなく、ありがたいがどうしたものかと。すると彼が半年くらいは給料はいらない、半年もあれば先生の講演会で自分の給料くらいは出せる状態にできると言ってくれたのです。その申し入れを果たして受けていいものなのかわかりませんでしたが、現状打破しないといけないことは確かです。
そこで彼と話した結果、今のUNISISを退職してエミネクロスに来てもらうことになったのです。
優秀な彼が退職して転職するということで、上司の方の引き留めに強くあいました。彼の会社の取締役の方がどうしてもわたしに会って引き留めのお願いをしたいと面談したのを今でも覚えています。そのとき取締役の方がどんな条件で引き抜いたのかと聞かれ、いいえ給料なしのタダで来てもらいますと言ったことで決まったのです。
向こうとしては条件次第でより良い条件で引き留めようと思っていたらしいのですが、タダと聞いて、わたしと彼の思いがお金ではないということが伝わり転職可能となったのです。
それから半年わたしは一切営業など行くこともなく、彼が懸命につてをたどって営業してくれるようになったおかげで、給料を払ってもあまるほどに講演会の依頼が徐々にではありますが舞い込んでくるようになったのです。エミネクロスが生き残ってこれた1つの大きな要因は彼の登場だったことを否定する人はいません。今でも感謝しています。
今彼は結婚して義理のお父さんと新たな事業をすることになりエミネクロスは退社しましたが、今でも付き合いのある心から信用できる人材です。
人が人生を変えるのだと心から思います。
いじめは誰のせいでもなく、社会全体の、人類の問題だと思います。
戦争なんか大人の最悪のいじめですね。でも地球の歴史には戦争が満載・てんこ盛りだし、今も世界のどこかで戦争が起こっている。いじめや戦争は悪いし、ダメに決まっています。
しかし、なぜこうも起こるのでしょうか?それは人間の脳の仕組みにあるとわたしは思っています。人間の脳の主役をなす認知脳は、人を評価したり、比較したり、優劣をつけたり、を好み、やり続けます。このような認知脳による機能こそが、人間という社会にいじめや戦争を起こさせるのだと思います。
動物にはいじめや戦争はありません。あっても種の保存のための争いだけで、その目的は生命維持です。人間だけが強く持つこの認知脳のおかげで文明は発達してきたのですが、一方で人間にだけいじめや戦争が起きるようにもなってしまったのです。「いじめやめますか」は、すなわち「人間やめますか」って話にもなるくらいの必然悪です。
つまり、人間である以上、いじめは起こる可能性があるのです。それはいじめや戦争を容認していることとは違います。いじめがいいわけない。ただいけない、ただやめようと言っているだけでは、人間にそれを起こす仕組みがある以上なくならないといいたいのです。
しかし、人間にはもう1つ動物と違って素晴らしい脳の仕組みがあります。それは心をマネージメントするライフスキルという脳です。心の状態に機嫌のよさや余裕など揺らがず・囚われずのフローという心の状態を生み出してくれる脳です。いじめられる人も、おそらくノンフローでしょうが、いじめている人もノンフローなのだと思います。どちらも認知の世界の中で、認められてないとか、評価されてないとか、自分の存在価値を与えられてないとか、比較されているとか、劣のレッテルを貼られているとかの状況で心は機嫌も悪く余裕のないノンフローな状態なのだと思います。
とくに、人は自分の自由を謳歌したい生き物です。感情や考えをわかってもらって自由を感じます。なぜなら感情や考えは自由だからです。ところが、認知の世界の中で生きていると、わかってもらえない状態がいじめる人にもいじめられる人にも続き、みなノンフローになっているのだと思います。へたをすると子供も大人もノンフロー状態なのかもしれません。
ノンフロー状態は人の愛や優しさを阻害します。ノンフロー状態で人は愛することや優しくすることができにくいのです。いじめにもいろいろ原因があって、一言では言えないと思いますが、みんながフローだともう少しいじめも減るのではないかとわたしは思います。そのためには、みながライフスキル脳をもっと磨いてその脳が機能している人生を歩む必要があると思います。ライフスキル脳とは、自分の心の状態をフローに導くために、今に生きると考える、好きを大事に考える、感情に気づき表現する、ありがたいと考える、一生懸命を楽しむと考える、言葉を選択する、などまず自分の心をフローにしていくための脳の仕組みです。
1人1人がまず自分の機嫌を自分でとり、フローになれれば、社会はもっとよくなるように思います。そうすれば、余裕が生まれ、1人1人がわかってあげたり、わかってもらうコミュニケーションのある社会に近づくからです。社会にはその脳を育てる仕組みや環境が今欠落してしまっているのではないでしょうか?今一度、ライフスキル脳が磨かれる社会を創っていくことを心から願います。
子供たちのためのバスケ塾をはじめようとスタートしました。
バスケのスキルのための塾ではなくて、バスケを通じて人間が育つ人間塾的なものです。コーチはもちろん東野コーチ、コーディネーターには当時成蹊大学の4年生でラクロス部にいた高橋結城ちゃんと日本大学のバスケ部OBで埼玉ブロンコスの選手だった北村良くんで始めました。どうやって集客していいのかもわからず、とりあえず港区の区報に載せてもらったりしながらスタートしました。
第1回目は、私が勤めていた港区の北里研究所病院の体育館に、数名の子供たちが来てくれました。感謝です。涙が出るほど嬉しかったです。数名の子供のために、親やコーチやJBLの選手や外人などを呼んで、大人が3倍くらいいました。バスケをやりながら様々なものを学ぶというコンセプトを持ってスタートを切ることができました。
そして、子供たちに学んでほしいことを、ルールにして言葉化することを目指した結果、 チームエミネクロスのルールは
1)一生懸命にやる
2)楽しくやる
3)人の話を聞く
4)返事をする
5)「ありがとう」を言う
に決定しました。これからさまざまなチャレンジを子供たちのためにやっていくのですが、子供たちに伝えたいことは、すべてこのルール、5つの理念を貫いていくことになります。
中学校のバスケットボール部に所属している子やミニバスをやっている子供たちだけでなく、人間的成長を目指して預けられるお父さんやお母さんもいました。必ず、入塾の前に説明会を開いて我々のコンセプトや理念を理解してもらって共有しながら活動していきました。
バスケに関してもこだわりがあり、
1.どんな小さな子供でも7号ボール
2.全員にマイボールをわたす
3.リングは全員3メートル5センチ
4.対外試合はしない
勝つためのバスケでなく、バスケを通して人間的成長をあくまでも目指すことにこだわり続けて活動していました。
当時はコーチ、コーディネーターのスタッフたちと毎日夜中までどうやって運営するのか?どうやって子供たちに伝えていくのかなどを模索し続けていたのを思い出します。
しかし、このときにやってきた思いや活動が今私たちの糧になって、2013年よりスタートするバスケのプロチーム“東京エクセレンス”の理念の基盤となっていると思います。今もそのためにたくさん苦労していますが、その頃から苦労は始まっていたのだと笑えてきます。
▼東京エクセレンスの運営母体、
一般社団法人カルティベイティブ・スポーツクラブのHPはこちら。
※新スラムダンク勝利学が読める無料メールマガジンも実施中です!
www.cultivative.jp
▼東京エクセレンスのフェイスブックはこちら
tokyoexcellence?ref=ts
みなさん、応援よろしくお願いします!
いよいよ4年に一度のオリンピックがロンドンで開始されます。
みなさんはどんな種目のどの選手に注目していますか?
日本人や外国選手、国籍を問わず最高のプレイはわたしたちに感動をもたらしてくれます。
私の感動は、通常の自分では想像もできないことをやってしまう選手たちのプレイにまず感動です。
一番はやっぱり100メートルのボルトをはじめとした選手たち。
走るという誰でもできることを、100メートルを10秒以内に走るという信じられないレベルでやってしまうことに感動します。どんな人も走れるわけで、そのレベルの違いに感動します。
人間は1秒で10メートル以上も走るんですから・・・。
マラソンもです。42.195キロを100メートル15秒のペースで2時間走り続ける人間ってすごいなって思います。
陸上の凄さの方が水泳の凄さよりも伝わるので感動します。北島康介がどのくらい早く泳ぐのか、私はイメージできにくいです。もちろん、他の競技もその競技オリジナルのテクニカルスキルがありそれは並はずれたことと思いますが、単純に走ることの方が私はその感動が伝わりやすいと感じています。
バスケはずっとやってましたからその凄さはわかりますが、NBAでもよく観ているのでオリンピックで観る特別感はありません。
それと密かに重量挙げに感動します。
やはり重いものを持つという誰でもできることを信じられないレベルでやってのけてしまう彼らや彼女たちに超驚きがあります。海外旅行で30キロのスーツケースをもつと体が持っていかれてフラフラになりませんか?ベンチプレスで体重支えるだけでもすごいと思うのに、重量級である男子105㎏超級の世界記録はクリーン&ジャークで263キロです。人間技じゃないですね。
もう1つの感動は、ライフスキルです。
とにかく、一生懸命にやる姿、感謝する姿、今に生きる姿、表情を大事にする姿に感動します。ライフスキルはアスリートに特別な技ではなく、誰でもが可能な心のためのスキルです。それを4年に一度の大事なオリンピックで発揮できるよう日頃から磨いてきたのを感じると感動です。
100メートル10秒では走れませんし、200キロのものは持ち上げられません。しかし、一生懸命には出来そうだし、感謝もできそうだし、今にも生きられそうだし、表情も大事にできそう・・・。そのできそうなものを大事な場面でやってしまうその普通さに感動があります。
スポーツのスキルは我々ではできそうもないと云うことに感動があり、ライフスキルは我々でもできそうだと云う事に感動があります。
とにかく、さまざまな感動をスポーツを通じてどんな人にも感じさせてくれるオリンピックは素晴らしいです。メダルの数を数えるまえに感動を感じましょう。スポーツは文化なのですから・・・。
オリンピックの期間にわたしのフェイスブックページでオリンピック特集として私のコラムを配信していきますのでお楽しみに。
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東京でも感動を呼ぶプロのバスケチームを2013年から創っていきますのでこちらも応援ください。今ホームページを立ち上げ中です。7月中には立ち上がる予定です。要チェックでお願いします。