こんばんは、酒井孝祥です。
もうすぐ8月も終りです。
9月に入れば、連日朝から晩までの集中稽古となりますが、その開始が刻一刻と迫ってまいります。
その段階に入るまでには、作品の全体像を作り上げておきたいもの。
今回の今昔舞踊劇では、東京・山梨公演を合わせて、合計3本の新作が創られます。
先日の稽古では、その新作の候補となる3作品が発表されました。
稽古場で、皆の前でその原文が朗読され、全員が作品像を掴んだところで、なんと、ほぼその場で全キャスティング決定。
のみならず、流れで、まだ台本として形になっていない段階ではありますが、大まかな動きの段取りや演出がつけられました。
この3作品が発表されてから大まかな形がつけられるまで、所要時間は2時間とかからなかったでしょうか。
新作3本のうち2本は、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンによる怪談で、両方とも女性の怨念の恐ろしさを描いた、かなりホラーな話です。
それを、東京公演と山梨公演でそれぞれ1作品ずつ上演します。
もともと上演予定だった中にも、結構シュールな作品が含まれていることもあり、今年の今昔舞踊劇は、例年より、怪談路線が強いかもしれません。
ちょっと心配になったのは、本当に恐い内容なので、親子連れの多い山梨公演で、子どもが泣き出したりしないかどうかです。
今回、その怪談が加わったことで、過去の上演作品も含め、作品レパートリーの中に、男性に裏切られた女性の怨霊の恐ろしさを描いた作品が多くなり過ぎるのでは…という意見もありましたが、よくよく考えると、怪談エピソードの大部分がそうだという気もします。
男性の亡霊が女性を襲うという話はあまり聞きません。
男性上位の社会だったからこそ、現世では控えめだった女性の恐ろしさが引き立つのかもしれませんね。
ともあれ、新作も決定し、今年の公演の全体像が見えてきました。
ここからが正念場です。
こんばんは、酒井孝祥です。
本番まで1ヶ月を切り、酒井のスケジュールは、当然、今昔舞踊劇の稽古に参加することを最優先に組まれております。
しかしながら、先日、日舞のお稽古場での浴衣浚い会があり、それが稽古の日程とかぶってしまいました。
しかも、朝から夕方まで通してのロング稽古の日です。
本番数日前ならともかく、まさか、公演の稽古があると言って浴衣浚いに出ないわけにもいかず、僕としても、年に1度の浴衣浚い会にはどうしても出たかったので、その日の稽古は欠席することにしました。
もちろん、事情を話して、欠席することの承諾は得ています。
それが、1回であっても、稽古をまるまる休むというのは大きな痛手に思います。
週3回くらいのペースで稽古していれば、1回稽古が終って、その2日後くらいにはまた次の稽古日となります。
しかし、1日休むことによって、稽古日と稽古日の間が4~5日空いてしまうことだってあります。
それだけ空いてしまうと、どうしても意識が芝居から離れがちです。
ある稽古日に、その芝居に対する温度が沸点に達しても、時間が経つことで冷めてしまい、また温め直す必要が出てくるかもしれません。
たとえ僅かな時間でも、稽古場に足を運ぶのと運ばないのとで、その後の流れが変わってくる。
結局その日は、浴衣浚い会の踊り本番の後の交流会を早々に退席させていただいて、ラスト2時間に満たない時間しか滞在出来ないものの、今昔舞踊劇の稽古場に向かいました。
折角稽古場に着いても、稽古スケジュールの組み方の関係で、僕が出演する演目の稽古は行われませんでした。
けれど、それでも、この稽古に参加して、稽古場の空気を共有出来たということは、意義のあることであったと思います。
こんにちは、酒井孝祥です。
ある俳優さんから聞いた話です。
シェイクスピアか何かの作品を日本的な演出で海外公演をする機会があったときに、その国の稽古場で、能・狂言の基本的な動きである、すり足で歩いていました。
すると、現地の俳優達がそこに群がる様に集まってきて、
「まるで雲の上を歩いているようだ!」
と感動したそうです。
室内でも靴を履く習慣の国の人からすれば、想像の範疇を越えた動きだったのかもしれません。
しかし、頭の高さを変えずに、足を床にすりながら移動するという、ただそれだけの歩行方法が、意外と難しいものです。
今度の公演で、日本神話を題材にした作品があり、その作品の前半で、神様に扮した役者が歩いて登場するシーンがあります。
特別大きなアクションがあるわけでも、振り付けがあるわけでもありません。
ただ歩いて出てくるというそれだけのシーンなのですが、その歩き方だけで場の空気を創らなければならないという非常に難解なシーンでもあります。
神様に扮した役者が何人も出てくるのですが、そのうち一人でも歩きくときに頭がひょこひょこ動きでもしたら、その時点でお客様は現実世界に引き戻されてしまいます。
目指すのは、歩いて舞台上に現れるだけで、そこを人間界とは別の異空間にすることです。
そうは言っても、一見すると地味なシーンであることは否めず、特に小さなお子様が退屈しないだろうか…と心配にもなります。
ところが、過去に同作品を上演したときには、むしろお子様の方が、食い入るように見ていたとのことです。
良い空間が出来上がれば、純粋な心をそこに引き込むことが出来るのでしょう。
こんばんは、酒井孝祥です。
居酒屋などで、お芝居のポスターが貼ってあったり、チラシが10枚くらいの束になったものが、紐でぶら下がっているのを見たことがありますでしょうか?
そのお店のバイトや常連客がお芝居の関係者で、ポスターを貼ったり吊りチラシを置いたりするケースも多いかと思いますが、劇団によっては、エリア担当を決めて、片っ端から飛び込みセールスのごとくにお店を巡ることもあります。
しかし、お店からしてみれば、特にメリットもないことで、仕込み時間や営業時間に来られても迷惑になることがあります。
飛び込みで入っても、凄く冷たい態度で断られることも珍しくありません。
時間をかけて、精神的に辛い思いをしてまでチラシやポスターを撒いたところで、はっきり言って、その効果で実際に来客数が増えることは、ほとんどないかもしれません。
しかし、今昔舞踊劇では、この様なチラシ撒き作業を東京・山梨において毎年行っております。
山梨の公演会場である甲斐善光寺さんの周辺では、お店お店でポスターが目に入る程にご協力をいただいております。
あまり直接的な効果が期待出来ないにしても、毎年チラシが目に入れば、見た人には、公演に対するある種の親近感が生まれ、地元に密着した公演なんだという印象も残ることでしょう。
「また今年も今昔舞踊劇の季節がやってきた。」
地元の人にそう思っていただくためにも、地道な作業を積み重ねていくことが大切です。
なお、僕自身は先日、公演の会場とは離れているものの、東京で小劇場が集まっているエリアのお店を回りました。
さすがに劇場近辺だけあって、ほとんどのお店が気持ち良くチラシを受け取って下さり、とても幸せな気持ちになりました。
快く置かせてもらえるお店の方が、お客として行きたいという気持ちにもさせられます。
こんばんは、酒井孝祥です。
今昔舞踊劇の東京公演本番まで1ヶ月を切りました。
酒井が日本舞踊の名取で、毎年“舞踊劇”と名のつく公演に出ていると聞けば、客観的な印象として、身体を自由自在にコントロール出来、振付などもあっという間に覚えてしまうんだろう…という印象を持たれる方が多いかと思います。
ところが、現実には全く逆です。
非常に矛盾していると思われるでしょうが、酒井は身体表現も振り覚えも大の苦手です。
自分が主観的にこう動いていると思う形が、客観的にはその様に動いておらず、それを修正されてもなかなか直らずに、直ってもまた元に戻ったりで、人一倍どころか、人五倍くらい時間がかかります。
それこそ幼稚園のお遊戯会でまともに振りを覚えて最後まで踊れた記憶がなく、小学校の運動会のダンスの練習は苦痛でしかありませんでした。
じゃあ、なぜあなたはそんなに踊りが苦手なのに、日本舞踊の名取になれたの…と問われれば、答えは1つです。
やめなかったからです。
酒井が初めて日本舞踊に触れた劇団の研究所の同期、1つ上の期、1つ下の期をひっくるめて30人近くはいたと思いますが、その中で、未だに日本舞踊を続けているのは、酒井1人だけです。
研究所を卒業してから先生に弟子入りした人も少なからずいましたが、皆、それぞれの事情でやめていきました。
2年前に初めて今昔舞踊劇に出たときも、日本舞踊キャリアの長いお客様より、瞬間的にポーズが決まったときの形などは、酒井が古典をちゃんと勉強していることが裏付けられるとコメントをいただき、やはり続けることには意味があると思いました。
稽古がなかなか上手くいかないと、いっそのこと、自分がいない方がこの公演は良くなるのではないか…
自己の存在を否定したくもなります。
そう思ったときに、それでやめてしまえば、そこで終わりです。
これまで、そういう場面に何度も直面してもやめませんでした。
やめなければ、結果は出るしかなくなります。
ですから、今昔舞踊劇の稽古も、どんなに自分がいたたまれなくなる日があっても、決してやめません。
踊りが苦手な人間が踊りをやるという矛盾は、継続でしか克服出来ません。
こんばんは、酒井孝祥です。
稽古中、集団の持つエネルギーは凄いな…と感じることがあります。
今回の公演の出演者数は14名。
ここ何年かの今昔舞踊劇の中で、一番の大人数です。
一昨年の山梨公演などは、参加人数が9名で、殺人的な早替えによって、沢山のキャラクターが演じられました。
それはそれで、同じ役者さんが次から次に出てきて面白かったと評判でした。
今回は例年より人数が多いため、近年上演された作品の再演であっても、色々なところがバージョンアップされています。
もともと2対1で作られた立ち回りシーンが4対1になり、4人がかりで1人の相手をボコボコにする構図が出来上がったりすると、同じ内容の作品でも随分ボリューム感が出てきます。
また、以前上演したときには2人で構成した役どころを、今回はその3倍の6人で構成しているなんてこともあります。
この6人の動きは非常にシンプルなものですが、それが6人揃って動くと、また逆に、敢えて6人全員がバラバラに動いても、それだけで見ていて面白いのです。
1人や2人だとそれほど面白くない動きでも、6人でやると、揃っていてもバラバラでも、何をやっても面白くなってしまうマンパワーが凄いです。
しかし、集団で1つの役割を演じるアンサンブルプレイにおいては、誰か1人だけが悪目立ちしないように気をつけなければなりません。
特定の1人にフォーカスがあたってしまうと、集団によって得られるエネルギーが一気に弱くなってしまいます。
6人のうちの1人だけが他の人と違う動きをすると、その動きに何かストーリー的な意味合いがあるのかと思わせてしまい、作品そのものにも影響してしまいます。
アンサンブルプレイの基本は、自分だけが浮いた存在ににならないように、周囲の動きにアンテナを張り巡らせることでしょう。
こんばんは、酒井孝祥です。
ちょっとコラムの掲載に間が空いてしまいました。
なぜ空いてしまったかと言えば、今昔舞踊劇の本番の前に、日本舞踊の浴衣浚い会を控えており、その稽古と今昔舞踊劇の稽古を同じ日に掛持でこなすような日があったりと、かなり余裕がない日が続いたからです。
稽古場を掛持するというのは、珍しい話ではありません。
ある公演の出演者の中に、別の本番も抱えている人がいて、
「次の稽古場にいかなければいけないので、今日はお先に失礼します。」
と言って先に上がるようなことも日常茶飯事かと思います。
むしろ、色々なところから役者が集まって創る公演で、全員が全員その公演1つのみに集中出来る環境の方がむしろ珍しいでしょう。
掛持で稽古するにあたってとても大切なことは、気持ちの切り替えだと思います。
日舞の稽古が終ってから、息つく間もなく芝居の稽古場に行く間、さっきの稽古で悔しかった反省点を思い返したい気持ちと、次の稽古で失敗しないために段取りを再確認したい気持ちの両方が入り交じります。
しかし、後先のことがごっちゃになると、結局どちらも手つかずになることが多いです。
だから僕は、同じ日に掛持で稽古するときは、終ったことから気持ちを切り替えて、その次の稽古のことに集中することにしております。
日舞の稽古から芝居の稽古に移動する場合、日舞稽古が終った直後は、着替えの部屋内で動きを軽く反芻したり、舞踊符を描いたり、その日のダメ出しを書き連ねたりしますが、先生の家を出たら、いったんはサラッと忘れて、次の稽古に集中します。
最悪なのは、次の芝居の稽古の空き時間にも、その前の日舞の稽古の振りを浚ったりしてしまうことです。
以前にそれを注意されたことがあって気が付きましたが、集中力が散漫になるばかりか、1つの作品を創り上げようと皆の心が1つになっている場所に、異物を混入させるようなことは、とてもよろしくありません。
特に僕は、役者と語りと踊りで名前が3つある人間なので、名前に合わせた意識の切り替えを大事にする必要があります。
こんばんは、酒井孝祥です。
僕はかつて、一般客として2回今昔舞踊劇に足を運んでいるため、そのレパートリーの中から10作品近くは客観的に観ております。
そして、お客として観ていない作品であっても、自分が出ていない作品であれば、稽古のときに、その作品の全体像を観られることがあります。
前回のコラムでも述べた、2年前に芯の役で出演したのは、 宇治拾遺物語の中の「清徳聖の寄特の話」という作品なのですが、そのときが初演だったので、客観的には観ておりません。
今昔舞踊劇の作品は、立ち回りメインの作品を除くと、恐い話か馬鹿馬鹿しい話、あるいは教訓めいた話のいずれかに分類されるものが多いのですが、この「清徳聖の寄特の話」に関しては、そのどれにも当てはまらない、不思議な内容の話です。
果たしてこの作品はお客様の目にどう映るのだろうか…と疑問に思いながらも、演出から要求されたことを1%でもクリアしようとするだけでいっぱいいっぱいでした。
きっと、演出の求めていたことに、ほとんど応えられていなかったと思います。
そして、今年の稽古に入ってから、動きの確認等のために、2年前に自分が出たそのときの映像を初めて目にしました。
もちろん、映像として視聴出来るものと、客席で体感するものはどうしても異なります。
どんなに撮影技術と録音技術が発達しようとも、自分の生の芝居をお客として堪能することが出来ないのは、俳優にとって永久のジレンマです。
そうであっても、記録映像は、自分が出演した作品を客観的に確認するのに有効なツールです。
今回、初めてその映像を客観的に見たところ、良い意味で予想外に、自分が想像していた以上に面白い作品でした。
ストーリーの展開が全く予測のつかない構造で、もし何の前知識もなしに客席からこの作品を観たとしたら、
「次はどうなるのか…?」
「そう来たか!」
の連続で、終始ドキドキしながら楽しめたことが想像出来ます。
左右等間隔に開いていたと思っていた腕のバランスが悪かったりと、良くなかったところも色々見つかりましたが、
「自分のやったことは無駄ではなかった…」
という気持ちです。
今年は、同作品に別の役で参加するのが楽しみです。
こんにちは、酒井孝祥です。
オムニバス形式での上演のメリットの一つとして、各々のスケジュールの都合で、稽古日に全出演者が揃わなかったとしても、その日来ている役者だけで出来る作品をガッツリ稽古出来るというものがあります。
しかし、そうであったとしても、都合よく、1つの作品に出る役者が100%揃わないということはあり得ることで、代役をたてて稽古することも必要となります。
代役で稽古する場合、出来るだけ、本役とキャラクターが近い人が入るのが望ましいです。
他の本番などと重なって、なかなか稽古に参加出来ない役者さんがいる場合、その役者さんの役を誰が代役で稽古するのかを決めておいて、代役をする役者の方でも、ある程度段取りや台詞を覚えておくと、稽古はスムーズになります。
今回の公演の演目の一つに、2年前に僕が芯の役を務めた作品があるのですが、今回僕はその役をやりません。
そして、その役をやる役者さんが、ご自身の劇団の都合でなかなか稽古に参加が出来ない状況になると、自然に過去に同じ役をやった僕が代役で稽古することになります。
代役で稽古するときは、本役で稽古するよりもリラックス出来ます。
たとえ稽古で失敗しようとも、実際に出るのが自分でないならば、余計な気負いは持たずに済みます。
ですから、おもいっきり出来ます。
そして、過去に自分がやった役であると、多少文言は違っても、台詞の流れが入っているので、台本を持たずに済み、台本の文字をおいかける作業に気をとられることなく、芝居に集中出来ます。
もしかしたら、本役で稽古しているときよりも、むしろ代役で稽古しているときの方が、充足感を得られることも、時にはあるかもしれません。
もちろん、万が一、本役での出演者が突然に出られなくなったようなときは、稽古で代役をやっていた役者が出演することになるという意識も、常に持っておく必要があるかと思います。
こんばんは、酒井孝祥です。
そろそろ、今昔舞踊劇の東京公演の告知をさせていただきます。
Junk Stage読者の皆様、そしてコラムライターの皆様、この公演は、僕がコラム「和に学ぼう!」で伝えたいことが集約された公演と申し上げても過言ではありません。
是非、お誘い合わせの上、足をお運び下さいませ。
●オフィスパラノイア 主催
●東京幻堂 公演
☆今昔舞踊劇「遊びの杜」其の六☆
◆作・演出:佐藤 伸之
◆出演:
佐藤 伸之
秋場 千鶴子
伊藤 貴子
荒井 典子
佐々木 夕里干
成田 みわ子
かなや たけゆき
北原 マヤ
太田 亜希
伊東 武志
竹中 美月
藤本 しの
河野 晴美
酒井 孝祥
◆パーカッション演奏:
大石 智紀
【日時】
2013年9月12日(木)~16日(月祝)
19:00開演
(18:15受付開始/18:30開場)
【会場】
靖国神社内 神池前特設ステージ
(雨天時、靖国神社境内「参集殿」2Fフロアーに変更)
※靖国神社が18:00で閉門となるため、建物正面から右に回ったところにある北門から入場
【交通】
・営団地下鉄:九段下駅(半蔵門線/東西線/都営新宿線)
1番出口より階段を上がりそのまま直進、徒歩7分
・バス:九段下~高田馬場系統「九段上停留所」より徒歩1分
【料金】
一般:前売3800円/当日4000円
小中学生:前売2000円/2300円
(未就学児童無料)
【予約】
下記酒井連絡先まで、ご希望日とチケット枚数をご連絡下さい。
sakai.taka2013◆gmail.com
(◆を@に変えて下さい)
直前の連絡には応じられない可能性がありますが、当日受付で酒井扱いと仰っていただければ、前売り扱いでチケットを用意いたします。
【公演概要】
日本各地に古くから伝わる、身の毛もよだつ怪談話から、お腹を抱えるほどの笑い話、そして神話まで、現代人の心に通じる物語を集め、オムニバス形式でお芝居として上演いたします。
パーカッションの生演奏をバックに、日本舞踊と殺陣、そしてイリュージョンの演出が盛り込まれ、早替えに次ぐ早替えにも定評のある、大人から子どもまで楽しめるエンターテインメント作品です。
そして演じられる舞台は、靖国神社境内の神池前に造られる、能舞台を模した野外特設ステージ。
自然の木々や池をも利用した舞台空間です。
前半で複数の短編作品を上演し、休憩を挟んだ後半では、大立ち回りを含んだ長編作品を上演。
過去の上演レパートリーには、
「 八岐大蛇 」「貧乏神と福の神」「ろくろ首」「かちかち山」「鬼の背に乗りたる男の話」「ぬえ」「幽霊滝」「こぶ取り翁」「大井光遠の妹の強力の話」「二人小町」「清徳聖の寄特の話」
…等々があります。
例年大好評をいただき、リピート客も続出しております。
本年は、ここ何年かの中で出演者数が最も多く、舞踊色も強めに押し出して上演いたします。