思い出した昔話
10才頃まで、父の源氏太郎の千社札を、
あちこちの神社や寺に貼る手伝いで色々行きました…
上の方に貼るのが自慢で…釣り竿を改造した道具を使って
人のより上に貼りました
だから、大きく作って上に貼っても目立つ!
娘が父と歩かなくなった原因のひとつ…(^-^;)
恥ずかしかったなあ
こんなふうに
誰だって 自分の親の話は
思い出の中でも
心に特別な場所があって
そこに 自分の一部として
しまってあるような
そんな気がするのですが いかがでしょうか
私の父は 昭和4年生まれ 1929年生まれ
来年2013年1月28日で 84歳です
今では 音楽の漫談家として 最高齢
現役芸人です
今年は結構 腰に痛みがあって
定席の(毎月決まった日に 寄席に出演する)
浅草東洋館も 月に数日というペースでした
まあ 父は
18歳でデビューして
三味線とハーモニカと下駄タップの芸が
のちに
より 音調整が楽な
ギターとハーモニカとカスタネットに変わり
もっと エンタメ度を高めて
太神楽の五郎師から皿回しを習いうけ
トレードマークとなった芸
「ひとりオーケストラ・笑いの音楽」に
結実したわけであります
でもね
80歳超えた時に
母がくも膜下で突然70歳で亡くなってから
ハーモニカとギターと皿回しにしたり
ハーモニカと皿回しだけご披露したりして
現役を継続していますが
今年2012年の10月
いつもの散歩コース
中野区 哲学堂で
苔ですべって
腰椎破裂骨折ですよ…
約1ヶ月入院
11月にリハビリ退院して
今は定時 検査通院のみ…
娘の私も ハラハラし通しでした
東京に父が独居老人していて
一人で家事も こなしながらですから
こういう時にこそ
実家に帰って 父に楽してもらおうかと
しょっちゅう電話して聞いても
「必要ない」
このひと言です
もっと 信じられないのが
回復力です
傷みはあるものの
日常買い物や 外出が出来るという事で
なんと
今月12月の22日から24日まで
浅草東洋館に 出演するって言うじゃないの!
どうなっちゃってんの~?
やせ我慢に違いない
とか
私は思っていたので
きっと ハタから見たら 痛くて
辛そうにしていて
仕事はもう無理かもしれないな
そろそろ 引退かしら…
とまで 考えていたのにです
一番近くにいる 芸仲間が
寄席の番組を決めています
父の病状を見ているんですから
行く気になってる父も父だし
頼む仲間も すげえ~ (@o@;)
てなわけで
お時間ありましたら
皆さん
師走を笑い飛ばしに
浅草東洋館へ お運びくださいませ
「爆笑いろもの演芸大行進」
東京演芸協会 定席公演
以下 源氏太郎 出演時間
22日 トリ 16時10分
23日 中トリ 14時55分
24日 ヒザ 15時55分
詳しくは リンク 貼っておきますね
(平成24年12月下席)を ご覧ください
私の あてずっぽう占いで
今私が住んでいる
愛媛県の 内子町という場所が
とても魅力ある動きが
色々と集まってくるような予感がする…
なんて
適当に書いておりますが
実は もうじき 内子座という
大正時代の 芝居小屋が
100年を迎えるのです
そう
歌舞伎も 話題を控えている事ですし…
ただいま 東京の歌舞伎座が 改修中ですね
きっと こけら落としののち
しばらく 歌舞伎の話題が続くはずで
獲らぬ狸の皮算用です
内子座についても
勘三郎丈 玉三郎丈 猿之助丈みなさんが 公演した縁もあるのですから
何らかの動きは これから 出てくる事でしょう…
と いうわけで
私たちなど 内子座の通りではなく
古い町並み保存地区の町家の方なので
直接は かかわりがありません
でも
内子を魅力的にするという
大きな目標が
どうやら ひとつ
また 実を結ぶことになりそうなのです
来年の事をまた
言うので
今週も鬼が大きく笑うなあ
まあ
いいか…
瀬戸内海をぐるっと回って 船で移動して文化をつないだり
山間の地から 大工の腕を持って 愛媛や高知の高い山に寺社を残したり
人というのは 本当に すごい事をして 時代を作ってきたのだなあと
そう 思います
私たちの曲独楽も
元は 木地師が作った コマを売ったりしたのが 始まりじゃないかと考えます
それから 外国の遊びの文化が流れ込んだり
物珍しさを利用して 布教活動の手段にしたり
芸を考えて 権力者の手先になっていったりして
時代が進むと
姿が変わっていくから
きっと 曲独楽も そういう生い立ちなのではないかしら
各山地の雑木を切りながら移動する木地師のことを
もっと勉強して
また ザラザラ書いてみたいと思います。
桂小春団治お兄さん、とても色っぽい落語家。襲名の時のご縁で、
愛媛県の松山・道後での「新春落語とおいしいお酒の会」で
ご一緒する事が決まった。
お知らせを頂戴してから
ハタと気がついた
私 まだ 道後で温泉に入った事がない…!
何と 仕事でビジネスホテルに宿泊することがあっただけで
この今 一番近いメジャーな温泉
道後で 入った事がないとは!
なんてことだ…
愕然とする私に
小春団治にいさまが
粋なプレゼントをしてくださった
初 道後で 温泉じゃ~!
ということで
鬼 大笑い
2013.1.5 夜18時から
新春落語とおいしいお酒の会
ホテル椿館別館にて…
楽しみだ~
私は飲めないけどね…
曲独楽
さて 色々調べているうちに
木地師 山の歴史など 地質や民俗学 それから
山岳文化…
今住んでいる愛媛県にも
面河という場所があって
どうやら ここが 木地師が拓いた地域ではないかという
そこの地質学博物館の記載に興味津々
裏付けを どこかのどなたかに確かめるつもりです
(誰か助けて~)
家の中が散らかってまいりました
家人がプンプン怒っておりますので
この辺で…
やっと 父 源氏太郎が
入院28日で
退院できました!
本当に ご近所の\( ^o^; )\
皆さんに 支えられて
私どものような芸人父娘が
こうして 遠距離で
のほほんと していられるのも
東京で今や
新しい「下町の人情」的な人と人との交流が
あの 去年の地震以来 しっかりと 出来つつあるのかなと 思います
心配な事が 無くなった今
全力で次の課題に向けて スタートを切ることが出来ます
父も 痛みはあるようですが
驚きの回復で
経過観察の通院日を決めて サッサと自宅リハビリを開始
この芸以外での テキパキさは 亡き母が見たら きっと驚くと思うよ…父ちゃん…(^^;)
一時は愛媛までどうやって連れて来るか亭主と相談までしたのですが
ウソのようです
この一ヶ月というもの
まともに調査を進められず いろいろたまっておりますので
近々公演する 愛媛県大洲市豊茂公民館での
豊茂ふるさとまつり
楽しみです
リンクしちゃいます
![]() |
大洲市指定無形民俗文化財(五ツ鹿踊り) 豊茂ふるさとまつり [大洲市] |
◆会場:大洲市立豊茂小学校グラウンド
愛媛県大洲市豊茂甲537
◆開催時期:2012年11月11日(日)
毎年11月第2日曜日に大洲市立豊茂小学校グラウンドで「豊茂ふるさとまつり」が開催され、市内外から多くの人々が訪れます。
新鮮な農産物の即売が行われるふるさと市や、バザー、餅つきのほか、地元に古くから伝わる郷土芸能、「五ツ鹿踊り」(市無形民俗文化財)、「越後獅子」披露など楽しい催しが行われます。
お問合せ先:豊茂公民館
愛媛県大洲市豊茂甲537
電話番号 0893-57-0303
メール toyoshigekominkan@city.ozu.ehime.jp
(*)スケジュール等が変更になる場合があります。
事前にお問合せ、確認の上お出かけ下さい。
さびしい話が 続いてしまうのが なんともいえないのですが 古今亭円菊師匠が 亡くなられてしまいました 言葉に出来ないほどの「恩」 を 頂戴した 円菊師
これしか申し上げられないのですが
心から ご冥福を祈ります
さて 今回原稿が遅くなったのは
父 源氏太郎が 腰椎骨折したからなのです
円菊師と 父は落語家修業時代 同期ということで
年も一つ違いだから 何かとご縁が深かったわけですけれど
やはり 同じ世代の 真剣さと 面白さに事欠かない
私にとって本当に 大・大・大好きな 雰囲気を お持ちで
浅草の楽屋の
いつもの場所…
そこにいらっしゃるだけで
フワッと 空気を柔らかく変えたり
お客様だけでなく
舞台袖で見ている私も ビックリするような
楽しい事をいきなり おっしゃったりする
そういう遊びが 寄席の高座に 現れて
それはそれは 素敵な世界観でありました
父も 残念がってましたが
入院中なので お別れにも行けず…
そう その 父ですが
腰が痛くなって 立って舞台をする事を
最近やめていましたから
骨粗しょう症かしら とか 私は心配していたわけです
そんななかでの 骨折事故
東京演芸協会の相談役ですが
記念公演も 休演ということになってしまい
小紋姉さんが 紋也襲名の公演を
するので
そのトリも 代演していただくことになり
かなり 申し訳ないことになっています
仕方ないですね…
体第一なので
どうか 父ちゃん 早く骨をくっつけてね…
あこ天然酵母ストロングタイプ… この乾燥酵母は
パンやお菓子の材料を販売するサイトで買ったものです
使う道具
- お日様 ひとつ(無い時は 30cmボウルが入るオーブン)
- 30cmボウル
- ラップフィルム 25×40cm程度
- ゴムベラ
- 泡だて器
- スプーン
- オーブン付属の焼き物用皿
- オーブンシート
- 電気
- 体力
材料
- 薄力粉150g
- そば粉100g(強力粉でも いいのよ)
- 卵 2個 Mサイズくらい だいたい 100gから120g
- 水 か 牛乳 100cc
- バターかサラダオイル70g
- 砂糖60g
- チョコチップ60g
- あこ天然酵母 元種 20g以上だいたい50gくらいまで
- 塩5g
作り方
- まず 混ぜまくり!
- ボウルに卵と砂糖と塩を入れて泡だて器でまんべんなく混ぜる
- あこ天然酵母元種と 水 を入れて混ぜる
- 薄力粉と そば粉 を入れ 泡だて器からゴムベラに替えて混ぜる
- バター(小さく切って混ぜ込む)かサラダオイル(手間なし簡単)を入れて混ぜる
- チョコチップを入れて混ぜる
- なめらかになったら完成(好みでバニラオイルを使ってもいいと思います)
- いよいよ 発酵と焼き作業!
- 日なたに ラップフィルムをかけたボウルを置きます(タオルを乗せるとフタが風で飛びません)夏場はオーブンで発酵させた方が高温で酵母が死滅せずに安心ですので30度で5時間 オーブンの発酵機能をお使いください
- だいたい秋か春でしたら 5時間程度で立派に発酵します(完成の目安はぷくぷくと気泡が生地全体に現れるとOK)
- お日様ありがとう の気持ちで 生地のガス抜きをゴムベラでします(押しつぶす感じ)そんなに神経質にならなくても 焼いちゃえば格好よくできます
- オーブンシートに生地をスプーンですくってたらします だいたい3cm程度です 生地が乾燥しないように 作業中はラップでフタをした方がいいです
- オーブンを200度に設定して20分 余熱無し 下の段で焼きます
- 皆さんのお宅のオーブンの特長によって焦げたりしますから マメに見てください 我が家の古オーブンは奥が先に焼けるので途中でひっくり返します用事をしながら 焼く場合 いい匂いがしてきたら~~~(^Q^)/~~~急いで見に行ってくださいね この時点でチェックすれば 焦げませんぞ
- できましたか…?結構たくさん焼けます 完成総量は 息子2人が食べたから不明 <(^。^;)」マイッタマイッタ
特に 今まで ホシノの酵母と 白神山地の酵母などを 使ってきたのですが
超素人の私でも
この酵母の面白さに はまり込んでしまいました
今回 あこ酵母を仕込んで 元種という
パンを作るための発酵酵母を
だ~いぶ前に作って 冷蔵庫で保存したまま
しばら~く
ホッタラカシに していました
普通なら 発酵力が弱まるので
ピザ生地であきらめてしまうのが今までの酵母との付き合い方でしたが
あこ天然酵母ストロングタイプというのは
本当にストロングでした
観月会関連で3日徹夜やら
息子2人の運動会の台風 二日連続延期 弁当も二日分 のべ 7人分製作
こんなことが続き
正直
桃生さんに メールいただくまで
すっかりJunkStage原稿 アップを 忘れ去っていました
唐突に始まるのが 私のコラムの特徴なので
お許し願いたいのですが
昔から 暮らしの知恵は 口伝といって
文字を学ばなくても 充分生きていけた先人の時代には
地域の結びつきの中から生まれた知恵を
その恩恵を受けるべき 人たちが 共有してきました
日本でも その生活様式は とても長く親しまれていたので
社会が 外国の 政治的思想や武力による威圧に晒されでもしない限り
その一般民の生き方は あまり変わらないまま 今に伝わってきました
しかし それが一変しつつあるのが
現在のネット上の混沌とした状態に現れているようです
原因のひとつとして
先に言ったモン勝ち的な さみしい気持ちがあります
ネットに親しむ機会が少なかった 働き蜂の わが亭主の世代は
多分特に 貴重な情報を持ちながら
手元に大切に抱えている世代という事になるでしょうか…
昭和世代の華やかな雰囲気を 今に伝えるべき人たちですが
あまりにも ノスタルジックに傾く
「三丁目の夕日」的で
しかも現実よりはるかに貧しい描写の世界観とは
まったく無関係ですので
そいつぁ ひとこと 言っとかねば なるまい!
愛媛の内子町 古い町並み保存地区 料理店の かわせみ… 25年前の開店当時は町並み保存地区の店舗はごく少なく 夜は地元の皆さんが行く店といえば 町並み保存地区以外の 商店街の中なので 夜の時間帯はかわせみの明かりだけが点いている…
この字の由来は
その景色を 内子座に毎年 大阪から公演に来られている 文楽の 吉田文雀さんが 書いてくださったものなのです
まるで 舞台でくっきりと浮き上がる 花道のような印象を この字に表現されたのでした
今年の内子の町並み保存地区での観月会は
かわせみが お客様のご依頼を受けて たくさんイベントを企画していた20年前頃を
思い出すような
様々な事がありました
若い華道家の 杉謙太郎さん
ご縁があって
今回
初めて 特別に花を活けてくださいました
しかも 活けた場所は 美しく手入れされた古民家です
そして 観月の夕べに
その中では 「秋」にふさわしい題材を 謡曲の皆さんが謡ってくださいました
驚いた事に
二曲目が始まる頃
里山のお宅の方から譲っていただき
活けていた つぼみの夕顔の花が
ふわりと開いたのです
一度 我が家の山の家にお越しいただいた時に
花の位置や意味合いをお話くださいましたが
杉さんの花は とても印象深く
一輪咲くという事の
命の尊さを感じるような
そんな花でした
今回の観月と謡曲そして花と古民家の取り合わせは
本当に予想も出来なかった素晴らしい空間を生み出してくれました
翌日 二日間の観月会ということで 日曜日にも 町役場主催でイベントがありましたが
役場など公共の手配には 時間的な制約があり
どうしても 自然の流れとは 合わせられない限界があります
かわせみのお客様は去年から ご贔屓くださった 若い方々で
町並みへの ちょっとした疑問や 若い方の印象を聞かせていただきました
曲独楽の歴史など お返しにお話しするうちに
時間も10時を過ぎ
お客様が店の前へ出た時です
ちらりと現れたのは
雲間からの中秋の名月でした
ほんの一瞬です
それでもお帰りの道すがら
お客様の歩くスピードに合わせるように
ところどころから満月が時折見えて
夜の町並みを歩く楽しさを
感じていただけたようでした
とても嬉しい観月会となりました
健康なればこそ…