9月24日のライブを最後に、前ボーカルの青木さんがぼくらのバンド『3-4-3』を卒業して以降、新たなボーカリストを探す旅を続けております(リアルな旅をしているわけではないけれども…)。
ところで、ぼくらのバンドを“内山田洋とクールファイブ”に例えるならば…、
僭越ながらぼくはリーダーですので、内山田洋さんのポジションにおります。
そして、青木さんが前川清さん。
というわけで、今はまさに、“内山田洋とクールファイブ”から、前川清さんが離れた状況と同じです。
ウィキペディア情報によれば、“内山田洋とクールファイブ”から前川清さんが脱退されたのは、1987年とのこと。
で、それ以後の“内山田洋とクールファイブ”は、「低迷状態に陥る」とのこと…。
って、今回は“内山田洋とクールファイブ”を研究しようという回ではなくて…。
グループ(バンド)におけるメインボーカルの交代は、大きな出来事だよな、ということを言いたかったのです(当たり前ですけれども…)。
でも案外、ハードロックの世界ではあったりしますよね。
「ディープ・パープル」とか、「ヴァン・ヘイレン」とか、あとプログレで言えば「ジェネシス」とか。
(って、それぞれについてそれほど詳しくはないのですが…)。
ちなみにぼくは正直に言って、前ボーカルの青木さんとあと30年くらいは一緒にバンドを続けていこうくらいのイメージは持っていました。まじで。
しかし今、新ボーカルを探すに及んで、これは大きなチャンスである、と考えるようにしています。
ぼく自身が生まれ変わることはできないけれども、バンドは生まれ変われる…。
(生まれ変わりたいと思っていたわけではないけれど)。
ところで、ぼくが敬愛してやまないジャズトランペッターのマイルス・デイビス。
氏は、常に若いミュージシャンとバンドを組んで活動していましたですよね。
そうしていたからこそ、常に新しい音楽を作ることができたわけです(ぼくから聞かされなくて、これは1つの定説ですが…)…。
まあ、マイルス・バンドにおいてはマイルスがメインですから、今のぼくらとは状況は異なるのですが。
(状況はあくまでも、“内山田洋とクールファイブ”から前川清さんが抜けた状況…)。
でも、マイルスに習おう、そう思っている次第です。
さて。
諸般、手を尽くして、新たな縁を模索中です。
ちなみに言いますと、知り合いの知り合い、というルートはほとんど望み薄です。
とある方に相談した時、その方もこうおっしゃっていました。
「知り合いの知り合いで良い人がいるのだったら既に知っているはずで、今思い当たる人が浮かばないということは、知り合いの知り合いの中に良さそうな人はいないということ」
なるほどです。
というわけで、ぶっちゃけ、ネットのメンバー募集サイトが候補者探しの主戦場となっています。
昔は、音楽雑誌のメンバー募集コーナーが有効なメンバー探しの場でしたけれど、今はネットに移行しているんですよね。
あ、そういえば、現ベーシストの佐藤くんとは、雑誌のメンバー募集で知り合ったんです。
ぼくが20歳くらいの時です。
大学のジャズ研内でバンドを組んでいたのですが、もっと刺激的なバンドはないものかと思ってジャズ雑誌のメンバー募集を眺めていました。
すると前衛的なジャズをやっていそうな方々が、トランペッターを募集していました。
その記事を出していたのが佐藤くんだったのです。
が、しかし…。
連絡を取ってみると、そのバンドはすでに消滅している…、とのこと。
雑誌ですから、ハガキを出してから掲載までに、2、3か月のタイムラグが出ますからね。
で、佐藤くんがベーシストだと聞き、ちょうどその頃自分の大学のジャズ研でベーシストが不足していたので、逆にこちらに来ませんかと誘い、今に至っているのです(今に至るまでの間に、28年が経過しているのですが)。
さてこのメンバー募集サイト、これが結構使えるのです。
直接の連絡先を教え合うより前にサイト内でやり取りしますので、案外セキュリティは保たれています。
で、音源のリンクを貼っておけば話も早いです。
雑誌の時のように、タイムラグも発生しませんし。
基本は募集記事を出しておいて、それに対してお問い合わせをいただくのを待つ、というスタイルです。
しかし応募を待つだけでは限界もありますので、“加入希望”の告知を出されている方の情報も積極的にチェックしています。
音源を載せている方についてはその音源を片っ端から聴かせていただき、音源はなくともプロフィール文の感じで志向が合いそうな方にはコンタクトを取っていったり。
ちなみに最初のハードルは、こちらのサウンドに興味を持っていただけるかどうか。
しかしほんと、“縁”ですよね。
良縁を信じ、地道に積極的に動いていきたいと考えております。
すでに若干名の方とは、音合わせもさせていただいております。
しかしまだ、確定的なところまでには至っておりません…。
良い方と出会えたら、まずはデモを作ってYouTubeに上げ、早々に世間にその歌声をお披露目したいな、とか、案外カバー曲のほうが多くの方に聴いていただけるよな、とか…。
その後の進ませ方については、いろいろと妄想を膨らませつつです。
とはいえ、これにあたれる時間にも限りがありますし、やはり簡単ではないですね。良い縁と巡り会うのも(今ある情報については、ほぼ見終わっていたりもしますし)。
年内にメドが付いたらいいな…、というイメージで動いております。
(年内がマストとは考えていませんが、しかし無期限、とも考えておりません)
そうそう、この記事をご覧の方で、歌ってみたい、もしくはあの人がいいのでは! という情報がございましたら、ご一報ください!
(女性ボーカルを探しておりますので、男性の方は不可でございます!)
早めに、良いご報告がしたいものです。
押忍
何度かご報告させていただいております、録音参加させていただいたCDが、ついにリリースされました!
nominate(ナミノート)さんの2ndアルバム『Our Songs』。
って、10月22日リリースですので、もう1週間以上が経過しております。
参加させていただいたことに関してどーのこーのということはいいから、この作品の良さを書かせていただこうと気合いを入れて、空回って、時が過ぎてしまいました…。
この作品がどんな作品で、どんなバックボーンがあって、どこがどう良いのかを分析したり…、とか思ってみつつ。
おこがましかったです…。
ということで、方針を転換いたしまして、1ファンとして思いのままを綴らせていただきます。
いや〜、いいっすよ!!
どの曲もいいんですが、まず挙げたいのが12曲目の「予期せぬ逃避行」。
作詞が故・阿久悠氏。
それに、naminote(ナミノート)の小林さんが曲を付け、シングル配信もされている佳曲です。
やっぱり、阿久悠さんて、すごいですね…。
イメージを喚起させる度合いが、出色です。
このレベルに、いつか到達してみたい…(結局、おこがましい…)。
そして、素晴らしいメロディと、チャーミングな歌唱。
クリスマス・ソングですし、これからの季節、ヘビロテ推奨です。
あと、ぼくがもっとも気に入っている楽曲は、4曲目の「Purple Sea」。
これは、ボーカル・Erikaさんの魅力に、ベスト・マッチ・ソングですね。
(完全に主観。そして、頭が悪そうな表現になってしまいましたが…)。
この曲、アマゾンの試聴でぜひお聴きください。
4曲目ですよ〜!
そんなこんなでございまして。
ぼくが参加させていただいた5曲目「サンバのリズムが聴こえたら」。
(結局、参加させていただいたことに関して、どーのこーのという話になってしまうわけですが…)
で、自分のパートを聴くにつけ…。
とても照れくさいです…。
なんかもう、入れ込み具合が自分でわかるんです…。
自分しか感じないことなのかもしれませんが…。
とかなんとか言いながら、自分的にすごく気に入っている部分があります。
あ、今回のぼくのパートは、すべて小林さんが書いてくださっております。
で、ピアノソロの後半からトランペットとフリューゲルホルンが登場するんですね。
その後のBメロは休み。
そして、そのあとのAメロからフリューゲルで入って、後半からトランペットと2管になり、最後の1小節、ボーカルとハモります。
ここ、いーわ…(その1小節)。
くぅ…。
ぐっじょぶ、おれ(>_<)。
その直後の、(ン)パー!というキメも決まってます。
ふぅ…。
ちなみにこの曲でのぼく的なクライマックスは、ピアノソロ直後のBメロのピアノ・バッキング(その時ラッパは休みです)。
この演奏、ちょ〜いいです…。
この部分を聴くと、電車の中でも人目をはばからずに体をゆすってしまいます。
最高です。
ぼくが言うのもはなはだ僭越なのですが、特に鍵盤の永見さん、全編を通してとても素晴らしい演奏をされています(もちろん、皆さんが素晴らしいのですが)。
そんなこんなでございまして。
完全に独り言的な回になってしまいました。
参加できて、本当にうれしかったです。
お声かけてくださいました、naminote(ナミノート)のお二方に、改めて感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございました。
これを励みに、今後も精進を続けていきたいと思いも新たです。
8月の終わりに、住んでいるアパート(軽量鉄骨タイプ)の2階の方が引っ越された話を綴らせていただきました。
こちらです。
それにちなみまして、部屋でラッパを練習することにおける、ためらいや戸惑いについても綴らせていただきました。
今回のコラムは、その続編です。
まず…。
まだ2階には人が入って来ていません。
良い部屋なんですけどね。ぼく自身が引っ越しちゃおうかな、と思えるレベルです。
1階のぼくの部屋より日当たりが良いのです。
夏はそれほど変わらないのですが、真冬に大きな差が出ます。
真冬、ぼくの部屋は隣りのアパートの影になってしまうのですが、2階はセーフ、なんです。
ちなみに家賃は5000円ほど上昇してしまいます…。
さすが2階…。
まあ交渉すればあと2000円くらいは安くなるんじゃないかな、とは思いつつですが(ここもそのくらいまけてもらいましたし…)。
さてさて。
前回のコラムでもっとも書きたかったことは。
部屋で消音器をつけてラッパを練習していて、2階に聞こえているのかいないのか、それを日々心配していて。
最後にご挨拶をしたらその方、「全然聞こえていませんでしたよ」とおっしゃってくださって、ほっと胸をなで降ろした、という話でした。
でも…。
やっぱり自分の耳で確認できていない以上、その言葉を鵜呑みにするわけにもいかないな、と思っていました。
かつて山本リンダさんも歌っていらっしゃいました。「うわさは信じてはいけない」のです。
ぼくは基本的に、うわさは信じません。
ネット社会になって、うわさが氾濫する時代になりましたが、なおさらです。
とりあえず、それはそれとして。
この2か月間、上にはどなたも住んでいないわけなので、今は“騒音フリー”状態です。
なので夜中の2時頃に練習したりしています。
お隣りとは壁で部屋がつながっていない構造なので、上だけをケアすれば良いのです(そういう物件を吟味して探したんですよ)。
で。
良いことを思い付いたんです。
上に人が住んでいないこのチャンスに、上に行って音漏れ具合を確認できやしないかと。
ラッパの練習音を自分で確認することは不可能ですが、オーディオを鳴らしてテストしてみたらどうだろうと。
ナイス・アイデアです。
不動産屋さんの担当の方にメールを入れました。
自分が出す音が上にどの程度漏れるか(漏れていないか)を確認させてもらえないか、と。
部屋の内覧時とかに、5分もお時間をいただければ確認できるから、と。
ひと月半ほど返信がいただけなかったのですが、遂にそのチャンスを得ました!
「今から部屋の照明設置に行くが、その時に確認できますけどどうですか?」という連絡が!
その日は外出する用事もなかったので、「ぜひ!」とお願いしました。
そして、オーディオを鳴らしてチェック開始!
まず、“ここまでの音量は出さないな”という大ボリュームで音楽を鳴らし、2階へ。
さすがに、低音(ベースとバスドラムの音)は漏れていました。
昼間でしたが、静かにしているとちょっと聞こえる程度に。
床に耳を当てると、はっきりわかります。
でも、中域、高域はほとんど聞こえませんでした。
生活音は結構大丈夫な印象。
いいぞ、この建物!
そしてもう1度、今度は“まあちょっと大きめかな”くらいにまで音を絞り、また上へ。
そしたら、その程度ならばまったく聞こえていませんでした。
床に耳を当てても聞こえません。
となると、消音器を付けてのラッパの音はそれよりも小さいはずなので、ほぼ上には漏れていない、ということが確認できたのです(概ね)。
まあ、夜中のもの静かな時間帯にはもうちょっと聞こえる可能性はあります。
なので、常識的に気を付けたほうがいいとは思いつつですが。
それに…。
測定器で計測したわけではないので、まあアバウトなテストです…。
“ちょっと大きめなオーディオの音量”というところがそもそもアバウトです…。
なので、もう1歩踏み込みました。
ボリュームつまみはそのままで、オーディオを鳴らしながらラッパの練習をしてみて、その音がラッパの音より本当に小さいのかを確認。
オーディオを鳴らすとメトロノームの音がかき消されましたので、ラッパの音よりそれは大きい、はず。
うんうん。
結構安心できました。
この物件、使えるぜ!
長々書くほどの内容ではなかったのですが、一応、ご報告ということで…。
(小心者の、小心話でした…)
押忍
先日、懐かしいCDを買って、久しぶりに聴いて、そしてタイムカプセル的な感覚を味わいました。
アマゾンで、中古で見つけたCDです。
一時期、半年間とか1年間とか、割と長いスパンでめちゃくちゃヘブィにローテーションしていた1枚なんですよ。
しかし以後、ぷっつりと聴かなくなっていて。
とあるJ-POPです。
それをよく聴いていたのは、25歳くらいの頃(20年以上前ですね。1991年発売作品です)。
レコード会社から送られてきた、サンプルのカセットで聴いていました(自分で購入したものではないのです…)。
ぼくは大学卒業後ずっと出版社で編集の仕事をしてきたんですね(会社は何社か変わりつつ)。
で、雑誌にCD紹介ページがあったりすると、毎月、レコード会社からたくさんのサンプルが届くんですよ。
で、気になるものをもらったり。
当時は、サンプルはカセットでした。
世の中的には、アナログレコードからCDへと完全に移行し終わった的な時代だったと思います。
CDの初登場からは10年近く経った頃です。
ちなみにぼくは、自分のリスニング環境をCDに移すのが比較的遅かったほうだと思います。
中古盤、輸入盤で音楽を聴くことがほとんどだったので、レコードのままで良かったんです。
中古盤と輸入盤は、アナログレコードのほうが多く流通していたんですね。
ところがぼくが23歳くらいの頃ですかね、ついにタワーレコードの売り場のほとんどがCDに変わってしまい…。
というわけで、遂にCDプレーヤーを購入せざるを得なくなりました。
そうすると同時に、カセットデッキが必要なくなっていきました。
カセットは、自分のレコードを家以外で聴くために必要だったりしていたんですね。
カセットに落として、外でウォークマンで聴く、みたいな。
しかしCDに移行した後は、CDウォークマン的なものを使えばよくて、テープに落とす必要性が低くなっていきました。
ちょうどその頃、家のカセットデッキが寿命を迎えたということもあり(次のカセットデッキは購入しませんでした)。
しかし。
クルマの中は、以後の数年間、カセット環境のままでした(カセットとラジオだけの環境)。
というわけで…(だいぶよこ道にそれたのですが…)。
サンプルのテープは、クルマの中で聴くためのソフトとして活躍したのです。
(その数年後には、サンプルも徐々にCD化が進んでいきますが…)。
さて。
このような状況により、家で聴く音楽とクルマの中で聴く音楽がまったく異なる、という時代がその後何年か続きます。
家ではブラジルものとかジャズとかを中心に聴いて、クルマの中ではなんだかよくわからないJ-POPを聴く、みたいな…。
とは言っても、月に1本か2本ですかね、持ち帰るサンプルは。
サンプルで送られてくるものは、これから売り出そうとされている有名になる前の方の作品が多かったんです。
しかし、たまに掘り出しもの的なのも混ざっていて(自分比)。
今回の1枚もそういうタイプのものでした。
自分的にはよく知らなかったのだけれどお名前はよく目にしていたので、ちょっと聴いてみようかな的な感じで。
ところが聴いてみたらば妙にクセになり、しばらくはそれだけを繰り返して聴くことになった、という次第なのです。
『PSY・S』(サイズ)という2人組みユニットの『HOLIDAY』というアルバムです。
ぼくは、『PSY・S』のアルバムは、これしか聴いたことがありません(通算9枚発売されているようですが。件の作品は通算7枚目のオリジナルアルバムです)。
で。
クルマに乗ればそればかり聴いていたのですが、テープが寿命を迎えたのか何なのか、その1本がクルマの中から消えてからは、その作品はぼくの中で完全に封印されました。
街で流れることありませんでしたし、テレビで見かけることもありませんでしたし、買って聴き返そうという発想も起こらずに…。
思い出すことも希でした。
ただ2曲目は特に好きで、その曲のことは希に思い出すこともあったのですが。
で、今はYouTube時代。
先日その曲のことをかなり久しぶりにふと思い出し、YouTubeで探してみたんです。
しかしクリアなオリジナルバージョンを見つけられず。
そしてアマゾンで探してみたらば…。
見つかりました。
中古でなんと「1」円…(送料350円…)。
届いて聴いてみました(サンプルカセットで聴いていたので、ジャケはまったく記憶になし)。
2曲目以外はすべて忘れていました。
でも、それぞれの曲が始まるごとに、「おー、これこれ」とそれぞれを明確に思い出していきました。
まるで、乾燥しきったワカメが水に浸されて元に戻っていくかのように…。
(もっと良い例えが見つからず…)。
長いスパンでヘヴィローテーションしていたものなので、具体的な思い出が蘇るということよりも、
その頃の時代が、当時の感覚が、匂いとか、埃っぽさとか、食生活の貧しさとか(今もか…)、なんかすべてが蘇ってきました。
乾燥しきったワカメが水に浸されて元に戻っていくかのように…。
というわけで、今回もまた相当に聴いています。
そしてまた、完全に封印してみようと思っています。
また20年くらいたったら聴いてみます。
そしたら、2つの時代が蘇るのかな、どうなのかな。
(その前に死んじゃったりして。いや、生きるけど)。
押忍
今月は、月末になって3コラムを連投する形となってしまいました…。
その3本目(自らに課した4本/月のノルマの4本目)として、先日のライブを終えての、自分自身の反省を綴らせていただたいと思います。
音楽を続けること自体の目標は、前の前のコラムでも書かせていただいたとおり、『良い音楽を作って、それを1人でも多くの方に気に入っていただくこと』。
なのですが、毎回のライブでの目標はと言えば、『自己ベストの更新』です。
死ぬまで上手くなり続けたいと思っています。
今が1番上手い、と思って死にたいのです。
まだまだ下手くそなので、当分は死ねませんが…。
といいつつですね、ここ数年のスパンで考えて、音色は良くなっている手応えはあります。
ちょっとずつ、前進している手応えはなんとか感じつつ。
とはいえ、まだまだ、まだまだです…。
技術のみならず、メンタル・コントロールも大きな課題ですね。
今回もかなり緊張しました…。緊張により、最初の3曲くらいは特に固かったです。
ステージ上で、上手くいってないなと感じると、心は絶望感に支配され、もう止めて帰りたい…、くらいの気持ちになったりします…。
今回も、最初のほう、そのようになりかけて、持ち直すのに苦労しました…。
緊張に対する対策はいろいろなアプローチがあるのだと思うのですが、自分に自信が持てるかどうか、これも大切な要素だと思っています。
最近思うのは、「練習でいかに成功体験を積めるか」。これがカギかな、と思い始めています。
というわけでこの頃は、以下のようなことを考えながら練習するように努めています。
基礎的なメソッドを練習する時でも、ロングトーンをする時でも、今この練習は人に聴かれているんだ、とイメージするようにしています。
この音を外したり、出だしが汚かったり、いい音でなかったり、リズムが変だったり、そういう恥ずかし所は聴かせたくない、という気持ちで丁寧に吹こうと。
そして、上手くできたという成功体験を積み重ねようと…。
それらを強く意識するのもなかなか難しかったりするのですが、続けたいと考えています。
ところで先のライブで1曲、これは自己ベストだな、という部分もありました。
ピアニカを吹く曲が1曲あったのですが、そこでのピアニカソロ。
自己ペスト、出ましたね(音を聴かせられないことをいいことに、断言)。
ピアニカの場合、指さえ間違わなければ、正しい音が概ね正しい音程で出てくれますので、その分プレッシャーが少ないんです。
そもそも難しいことをするつもりもないので、前のめりに演奏できるんですよね。
トランペットでも、難しいことをするつもりはないのですが…。
音色も、音程も、保証されていませんし、狙った音とは違う音が出る可能性すらもありますし(ドを吹いたつもりなのにソが出たりすることもあり得るんです…)、なかなか難しいのですよ…。
と、言い訳をしなしな…。
まあまあとにかく、今後も練習あるのみです。
時間を確保するのが辛い時もありますが、なんとか時間も確保しながら。
次回のライブは現状未定ですが、行けるときはセッションにも行きたいですし、急に何かのお声がかかることもあるかもしれませんし、調子は落としたくないと思っております。
ではでは、来月も当コラムをよろしくお願いいたします(もうちょっと、コンスタントな更新を目指します…)。
押忍
9月16日付けのコラムでご報告させていただいた、レコーディングに関する続報です!
録音に参加させていただいた『naminote』(ナミノート)さんのニューアルバムについて、詳細をお知らせさせていただきます!
なんと!
“作詞家、故・阿久悠の未楽曲化詞「予期せぬ逃避行」も収録”
(製品紹介文より)
おぉ〜!! これはすごいっ!!!
で、詳細は以下です!
○タイトル/『Our Songs』
○発売日/2014年10月22日
○価格/3000円
収録内容はこちら!
○曲目リスト(9月29日現在の、Amazonでの表記)
1. Our Song
2. フラミンゴの季節
3. 幸福の島
4. Purple Sea
5. サンバのリズムが聴こえたら
6. (未定)(ポルトガル語楽曲)
7. New Moon
8. Eterna
9. いのちのリズム
10. あなたとの未来
11. abina abina
12. 予期せぬ逃避行 (収録予定曲・曲順変更予定)
現状のAmazonでの表記では、“曲順変更予定”とありますが、今頃は最終的な曲順が決まっているかも…。
しかしとりあえず、現状世に出ている情報はこちら、ということで。
で、【予期せぬ逃避行 ver.2/フラミンゴの季節】は、10月15日より先行配信発売!
iTunesでは、更に先行して10月1日発売とのことです!
そして!
ぼくが、トランペット&フリューゲルホーンで参加させていただいたのは、5曲目「サンバのリズムが聴こえたら」です!
(最終的なミックスダウン後の音源を聴いていないので、どんな感じかどっきどきです!)
そして、ジャケ写はこちら! どん!!
おお〜!!
このコラムを書いている9月29日午前11時現在、Amazonではまだジャケ写は掲載されていません。
当コラムをお読みいただいている皆さまに、先行公開です!
被写体は、ボーカルのErikaさん。
ちなみに、Erikaさんはぼくのことを「リーダー」と呼んでくださいます。
親しみを込めていただきつつ、リスペクトもしていただきつつ(多分!)、それでいて絶妙な距離感…。
さらにちなみに、ぼくのことを「リーダー」と呼ぶのは、世界中でErikaさん、ただ1人ですね。
だからどうだということはないけれども…。
2012年に初めて対バンさせていただいた後、『naminote』さんのライブを観に行った時から、「リーダー」と呼んでいただいています。
会うなり、Erikaさんは、こうおっしゃっいました。
「あ、リーダー!! あれ? キャプテンでしたっけ?」
(ぼくがサッカーのユニフォームを着て、しかも“キャプテンマーク”も着けて演奏していたので、“リーダー”と“キャプテン”、どちらが正式なのか迷われたというわけです。これもあまり必要のない情報ですけれども…)
というわけで、以来、「リーダー」と呼んでいただいている、という次第です。
そんなこんなでございまして。
『nominate』さんのニューアルバム、『Our Songs』、ご注目ください!
Amazonの掲載ページはこちらです!
押忍
9月24日に開催したライブをもちまして、ぼくらのバンド『3-4-3』のボーカル・青木文子さんが、バンドを卒業いたしました。
それについてのバンドからの公式発表を、バンドHPと、バンドのFacebookページに載せさせていただいております。
ご覧いただけましたら幸いです。
<HPはこちらです>
<Facebookページはこちらです>
というわけで、ここでは、もうちょっと素の気持ちを綴らせていただこうと思います。
まずは、今回のご報告がライブ後になってしまったことをお詫びしたいです。
ばくらのバンド『3-4-3』は、まだまだインディペンデントなバンドですし、社会的に小さな小さな存在なのですが、しかし、多くの方に支えていただいて活動が継続できています。
そして、青木さんがリードボーカルを務めていたところの『3-4-3』は、以前にも増して多くの方々から応援していただけました。
それらの支えてくださった皆さますべてに、事前にお知らせするべきでした。
本当に、申し訳ございませんでした。
今回のライブがイベント・ライブで、それはぼくが企画したもので、そして『コーヒーカラー』さんへの出演をお願いをして快諾いただけて実現できたものだったんですね。
なので、あくまでもイベント押しでまっとうすべきと考えたのです…。
しかし、それはそれとしても、事前に発表すべきだったのでは、と…、
当日は、たくさんの方々にお集まりいただくことができました。
天候の良くない中にもかかわらず、お越しくださいました皆さまに心からお礼を申し上げたいです。
皆さまのおかげで、気持ち良く、そして盛大に青木さんを送り出すことができました。
本当にありがとうございました!
ただ…。
事前にご報告していれば、もっともっともっと盛大に送り出せたかも…、という思いもあるんです…。
まあ、くよくよしてもしようがないのですけれど。
さて。
青木さんは今後、バンドに加入する前から活動していたソロシンガー『芙美子』としての活動に専念します。
これからの『芙美子』としての活動を、これまで以上に多くの方々に応援していただけるよう、切にお願いしたいです。
仕事を持ち、家庭も持っている中での活動で、その中で地道にトライを続けていく彼女を、どうか末長く応戦し、見守っていただけましたら…、と。
正直に言えば、バンドを卒業してしまうことを、残念に思う気持ちは大きいです。
とは言っても、寂しさに打ちひしがれているわけでもありません。
一生の別れではないですし、今後も繋がり続けられますし、なんらか活動を共にすることもあるかもしれませんし。
お互いが刺激しあえて、応援し合えていけると思っております。
今つくづく思うのは、寂しさより、感謝ですね。
青木さんは本当に責任感の強い人です。
メインボーカルとしての役割を果たそうと、いろいろと背負ってくれましたし、積極的に取り組んでくれました。
とても助けられました。
そして歌い手としての実力も確かですから、全体のクオリティアップに大いに貢献してくれました。
2011年の暮れに1stアルバム『ループシュート』をリリースできたのも、青木さんあってのことです。
そして1stアルバムを作ることができたからこそ、その後、女子サッカークラブ・スフィーダ世田谷FCさんに懇意にしていただけるようになれました。
たくさんのお客様にライブに来ていただけたことも、たくさんの方々にCDをお聴きいただけたことも、青木さんの力によるところが多大でした。
2001年に結成した我々『3-4-3』。
「良い音楽を作って、それを気に入ってくださる方を少しでも増やしたい」
これが活動目標です。
ぼく自身の、人生の目標でもあります。
そのためにできることは、すべてしたいと思っています(まだまだ力不足、努力不足ですが…)。
そしてそれは、ぼく1人ではできないんですね。
メンバーの助けがないと…。
曲作りもぼく1人ではできませんし、演奏も到底ぼく1人ではできません。
特に、力のあるシンガーが、絶対に必要なんです。
青木さんは、期待どおりの人でした。
素晴らしい歌い手と巡り会えて幸せでした。
青木さんが加入してくれる前の2006年までは、のべ4人のボーカルが入れ替わりました。
ぼくと、ギターの田中くんと、ベースの佐藤くんは、当初からのメンバーです。
こn3人は安定した関係を築けていましたが、なかなかボーカルを固定できずにいました。
その2006年までを第1期とするなら、青木さんが加入してくれた2007年からの7年間が第2期。
充実の7年間でした。
特に、1stアルバムのレコーディングは思い出深いです。
そして、女子サッカークラブ・スフィーダ世田谷FCのチャント音源の録音も、忘れられないですね。
2012年の春です。当時中2から中3に上がるところの世代を中心としたアカデミー生がたくさん参加してくれて、騒然とするスタジオ…。
本当に楽しかったです。
そして、それぞれのライブも。
過酷な条件の野外ライブもありましたし、大雪でメンバーの1人が来られないライブもありましたし、体調不良で1人が来られないライブもありました。
誰々が来られないと伝えた時の青木さんの絶望に満ちた驚きの表情は、今でも鮮明に覚えています。
それらも、良い思い出です。
たくさんの共演の方々とも巡り会えて、そして良い繋がりもたくさんできました。
特に今年は、素晴らしい対バンとのツーマンライブを3回連続で行うことができました。
『naminote』(ナミノート)さん、『バランサ』さん、そして最後に対バンさせていただいた『コーヒーカラー』さん。
最後の『コーヒーカラー』さんとの対バンライブも、心に残るものとなりました。
代表曲「人生に乾杯を!」を青木さんへ、と言って歌っていただけた時は泣きそうになりました。
ああ…。
今、『3-4-3』の第2期が終わりを告げました。
やっぱり、ちょっと寂しいですね…。
…。
まあまあ、繰り返しにはなりますが、一生の別れではないですから。
これからも青木さんとは、良い交流を続けていけるものと信じております。
旦那さん、娘のみっちゃんとも、たまには会いたいですしね。
さて。
長々と、個人的な思いを綴らせていただきました。
お読みいただき、ありがとうございました。
今後とも、青木文子と『3-4-3』にご注目、応援いただけますよう、心よりお願い申し上げます。
青木さん、今まで本当にありがとう!
これからもよろしくです。
押忍
PS こちらに青木さんからのメッセージが掲載されています。お時間がございましたらこちらもお読みください。
先日、レコーディングに参加させていただくことができました。
『naminote』(ナミノート)さんの、メジャーデビュー2作目となるアルバムです!
今秋に発売予定です
(詳しいリリース情報はまた改めさせてください)。
いや−、実にうれしかったです…。
お声かけいただけたことが…。
ちなみにぼくはこれまで、4作品(アルバム3枚、シングル1枚)のレコーティング経験がございます。
20代の頃のホーン・セクションで参加していたバンドでの2作品と、40代になってからの自分のバンドでの2作品です。
すべて、自分がパーマネントに参加していたバンドです。
40代の2作品は、自分がリーダーのバンドです。
つまり、手前みそなわけです(そしてすべてがインディペンデント作品です。最初の1枚はメジャー傘下のレーベルではありましたが…)。
しかし今回は、お誘いを受けて参加させていただくことができたのです。
なんたる名誉…。
『naminote』さんは、作曲家・プロデューサーの小林治郎さんと、ボーカリストのErikaさんからなるユニットです。
※『naminote』さんのホームページは、こちらです!
で、今回の作品は、昨年リリースされた『Blue Vacation』(オーマガトキ<日本コロムビア>)に続く意欲作!
ぼくと『naminote』さんとの出会いは、2012年の6月、下北沢のライブハウスでの対バンです。
実はぼくはその時まで『naminote』さんのことも小林さんのこともErikaさんのことも存じ上げていなかったのですが、何の先入観も持たずリハを聴かせていただいていて、その場でやられてしまいました…。
曲もサウンドも声も、本当に好きなタイプで。
(うちのバンドのボーカル・青木は、小林さん作曲の曲が入っているCDを持っていましたが…)。
で、その年の8月に開催を予定していた自分のバンドの主催ライブへの出演をオファーし、2回目の対バンが実現。
結局これまで、計5回、対バンしていただきました。
対バンでないライブも、それと同じくらいの回数、足を運んでいると思います。
ちなみに、自分のバンド『3-4-3』の13年の歴史の中でも、5度の対バンはぶっちぎりの最多です。
そうこうしているうちにメジャーデビュー、そして、矢継ぎ早に2ndをリリースされるという。
今、ノリに乗っていらっしゃるわけです。
今回、ぼくが参加させていただいた曲は、対バンの時に何度か演奏参加させていただいたことのある曲です。
正直、ぼくより上手なトランペッターは、相当数います。
にも関わらず、ぼくにお声かけくださったわけです。
ぼくが曲に親しんでいたので、お声かけいただけたものと思っています。
そして、その曲に、そして『naminote』さんのサウンドに愛着を持っている気持ちを汲んでくださっての起用だと思っています。
とは言いましても、少なくとも、合格ラインに乗っていなくてはお声かけいただけないと思うのです…。
そう思えることが、とても喜ばしくて…。
で。
演奏させていただいたのは、“カウンターライン”と言う、なだらかなフレーズです。
それを、トランペットとフリューゲルホーンそれぞれで録音いたしました。1人ホーンセクション形式です(曲の後半から登場)。
“カウンターライン”とは、その曲のハーモニーの進行を意識づける的な、いわゆる“白玉”フレーズです(二分音符とか全音符。おたまじゃくしが白丸になっている音符で形作られるフレーズ)。
いわゆる、ロングトーン系のフレーズです。
任せろでございます!!!!!
と思いきや、いざスコアが出来上がってきたらば、八分音符のフレーズもちらほら混ざりつつ…(最終的なスコアをいただいたのは、レコーディング前日深夜…)。
しかし。
全音符4小節連続(伸ばしっぱなし!)のロングトーンとかありましてですね。
これは燃えましたね。
すべてをぶつけました。
命を込めたと言って過言でないです。
完成が実に楽しみです。
完成したら何枚か購入して、くにのお袋、くにの姉貴2人に、贈ろうと思っています(ぼくのCDは買ってもらったけれど)。
聴きたいという方は、何らかの方法でぼくにコンタクトを取ってください。
ぼくが購入して、差し上げます!!!
(先着3名様までとさせていただきます。弱気…)
押忍
次回のライブを告知させてください!
まずは、フライヤー、どん!
詳細は以下です。
2014年9月24日(水曜)
@恵比寿・天窓switch
(渋谷区恵比寿3-28-4 B1F TEL:03-5795-1887)
AOR meeting
EBISU_NIGHTFLY
コーヒーカラー×3-4-3
open/18:30
○3-4-3/19:15~20:15
○コーヒーカラー/20:30~21:30
前売り:2500円 当日:3000円
(別途ドリンク代600円)
今年のレギュラーライブは、1シーズン1開催ペースでやっております。
毎回ビッグ・アーティストの方とのツーマン・ライブとしてきました。
そしてそれぞれ、テーマを設定し。
<以下、Facebookページに掲載のコピーです>
今回のテーマは、“大人・ポップ”。
かつての“渋谷系”よりちょっと“大人”、
“恵比寿系”時代の夜明け前。EBISU_NIGHTFLY …。
というような感じで押していこうと思っております。
で、対バンの「コーヒーカラー」さん。
フライヤーに掲載のプロフィールをお読みください!
<以下、フライヤーに掲載のプロフィール>
○コーヒーカラー○
モットーは「すべての働く人に活力を!」。グッとくる社会派AORを作り続ける。2004年「人生に乾杯を!」でメジャーデビュー。代表、仲山卯月による1人ユニット。近作2013年「迷走」。2014年「Limited_series_001」発表。
メジャーデビュー曲『人生に乾杯を!』のYouTube音源、いろいろと存在しているのですが、ぼく的にはこれが好きですね。
ライブバージョンです。
で、最近の音源では、こんなのもあります。
「コーヒーカラー」さんとは、共通の知人を介して2年ほど前に面識を持たせていただきました。
で、ライブを観に行って、さらにはそこで販売されていた最新CDにやられてしまいました。
そして、今回の対バンをお願いして、実現できたという次第です。
とにかくおすすめです。
「コーヒーカラー」さんを聴きに、ライブに、ぜひ!
押忍。
今日、管楽器屋さんに行ってきました。
ちょっとした故障を直すためです。
今日行ったそのお店は、ぼくが大学生の頃から利用しているお店です。
もう30年のお付き合いになるんですね、改めて数えてみたら。
とは言っても、管楽器屋さんって頻繁に通うところではないので、行った回数をすべて合計しても100回に満たないとは思うのですが。
オイルなどの消耗品はどこで買ってもよいので、通りすがりの知らないところで買ったりします。
ターミナル駅にあるわけではないので、ちょっと寄ってみた、的に行きにくいんですよね。
そのお店じゃなきゃだめ、という用事の時だけしか行かないんです。
アベレージで、年に3回行くかどうか…、そんなもんだと思います。
1年で1回も行かないこともあります(最近は楽器が壊れがちで、ここ数年はちょっと回数が上がりつつですが)。
ちなみに、そこじゃなきゃだめな用事と言えば、“楽器本体を買う”、“マウスピースを買う”、“リペアに出す”、以上です。
楽器本体を買うことなんかは、本当に稀ですしね。
ちなみにぼくがそのお店で買った楽器の総数は、30年間で4本です。
大学のジャズ研に入って早々に、外国製の中古品を買いました。
それが、そのお店での1本目です。
たいして高くもなかったのですが、2年ローンを組んだように記憶しています。
それ以後、トランペットを1本、フリューゲルホルンを2本。
フリューゲルホルンというのは、トランペットよりもひと回り大きくて、しかしキーは同じ、音域もほぼ同じ、音色がちょっと丸くて暖かい、そんな楽器です。
ぼく的には、あくまでトランペットがメイン、フリューゲルホルンがサブです。
で、その4本のうち今でも手元に残っているのは、1本のトランペットだけ。
(今、フリューゲルホルンも1本持っていますが、それは師匠から譲っていただいた楽器なので、そのお店で買ったものではないんですよ)。
手元にない3本はどうしたかというと…。
もう1本のトランペットは、なんと、電車の網棚に忘れて遺失…(過去のコラムでも触れたことがあるのですが)。
2本目のトランペットは、最初のを無くしてしまったから買った、という次第なのです…。
そして、2本のフリューゲルホルンは、というと…。
若かりし頃の生活苦時代に、質屋に入れて流してしまっています…。
買っては流し、買っては流し…。
ここで質屋マメ知識を少々。
質屋では、外国メーカーの管楽器って、結構いいお金になるんですよ。
国産の3万円くらいの時計を質に入れたことがあります。
3000円くらいでしか取ってくれませんでした。
それに対して外国製の楽器は、半額くらいでとってくれたように記憶しています。
まあ、比較的まだ新しかったから、ということもありますが。
楽器屋さんに売るという手もありますが、買った楽器を売ることに罪悪感があったので(自分で買った楽器とはいえ)、楽器屋さんには持って行きにくかったですね。
すぐにお金が欲しかったりもしますので、質屋のほうが手っ取り早いですし。
流れる前に戻そうという気持ちもありましたし…(戻せませんでしたが…)。
ちょっと、悲しく横道にそれてしまいましたが、話を戻しますね。
で、その管楽器屋さん。
ぼくが大学生だった当時、営業の方がよくジャズ研の部室にいらしていました。
Iさんという方でした。
新入生とか、新しい楽器を買おうとする時は、そのIさんと連絡を取ってから買いにいく、という感じだったような気がします。
そうすれば、普段営業に出ているIさんもお店にいてくれて、それで値引きもしてくれる。
そんな感じだったような気がします。
で、今日お店に行ったら、久々にIさんにお会いできました。
20年はお会いしていなかったので、懐かしかったです。
Iさんは外を回っていることが多かったですし、ぼくもたまにしかお店に行ってませんでしたから、お会いすることがなかったんですよね。
Iさん、ぼくのことを覚えていてくださいました。
そしてジャズ研の、伝説的な先輩の話でしばし盛り上がりました。
その先輩は、楽器を買ったり売ったりをよくされる方で、Iさんとはツーカーでした。
群を抜いて、ツーカーでした。
で、その先輩。
超スゴ腕でしたので、結局プロになられました。
しかしその後、サラリーマンに転身。
営業職に就かれました。
営業をされているその先輩と、ぼくは街でばったり出くわします。大学を出て、10年くらい経った頃でした。
で、営業のダミー役をやらされるようになりました。
営業のダミー役というのは…。
回る件数自体にノルマがあったようで、ぼくのところに営業に行ったことにしてくれ、と言うんですよ。
で、会った人には次の日に電話で“プッシュ”をしないといけない、とのことでした。
で、月末でノルマが厳しくなってくると、ぼくのところ(職場の電話)に“プッシュ”の電話がかかってくる、という…。。
その電話は監視されているとのことで、ある程度、話を聞いてもらえないとノルマとしてカウントされないとのことでした。
なので、ある程度のところまで聞いてからでないと、電話を切ることは許されませんでした。
「話がこういう展開になったら、こう言って切れ」と、細かく指示されていました。
で、今日Iさんとその大先輩の話題になって、そんなことをやらされたもんですよ、と話したら、
なんとIさんも、そのダミー役をやっていたようです。
Iさんとは久しぶりだったわけですが、その大先輩を通じて、ある意味、つながっていたんだな、と、ちょっと感慨深かったです。
そのIさん、お年をお聞きしたら、今年で58歳、とのことでした。
ということは、初めてお会いしたときは28歳だったんですね。
あと2年で定年なんでしょうか。
そのお店に定年制があるのかはわからないのですが。
しかし、もし定年されるとしたら、それこそ、もう次にお会いすることもないのかもしれません。
そう思うと、ちょっと寂しいですね。
…。
長く書いた割に、話の盛り上がりが中途半端ですみません…。
ちょっとうれしかったので、コラムとして書かせていただきました。
押忍
※昨日、1本コラムを投稿したのですが、あまりに安易な内容だったため、削除させていただきました。
サイトの“新作一覧”にタイトルだけ残ってしまっています。
紛らわしいことをしてしまいまして、申し訳ございませんでした。