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2013/12/31

2014年 平成26年という 年越しの瞬間に原稿を出させていただきます…

 

みなさん 紅白歌合戦ご覧になっておられるのかしら

 

私は 井岡選手のボクシング拝見

熱戦に感動しました

滅多にない すごい試合だと思いましたので 挑戦する側の選手が 井岡選手と同じ24歳…

長くライバルになりそうな人ですね (それに 楽天の田中投手とも同じ年齢だそうで…)

組み合いで休んで試合運びするような 老獪なボクシングではなく 本当の打ち合いでした

人の成し遂げようとする力と精神というものは 何かを動かすエネルギーになりますし

それは 見たり聞いたりする人の心も打つものですね

 

年末のこの大晦日に 震度5の地震が発生するのもとても 驚くと共に 「しっかりしなくては」という 大震災直後の心を思い出させる出来事でしたね

 

被害が出なくて良かったと思います

 

2013年を送り… そして 新年が より 力強い一年を また 重ねていかれますように

 

みなさま 良い年を お迎えくださいませ

 

曲独楽師 三増 巳也

新年2014三増 巳也

新年2014三増 巳也

 

 

11:42 | miya | いろいろありましたね 年末の地震には ビックリしましたが はコメントを受け付けていません
2013/12/30
愛媛・内子・大瀬の冬 曲独楽師三増 巳也

愛媛・内子・大瀬の冬 曲独楽師三増 巳也

2013年 冬…
今年は この愛媛の山にも 結構積もりましたね

あっという間に ここまで着雪しました

 

寒い風がだいぶ吹きましたので

子どもたちも 雪合戦 雪だるま作り

一通り作業終了で あとは 家でひたすらリラックスの冬休み突入です

 

とても面白いのですが

あちこち雪で埋もれているので

生き物が餌探しに奔走している様を目撃します

 

つくづく当事者にはなりたくないと思いますが

野鳥や イノシシ 狸が 走り回って食べるものを取り合っている雰囲気…

 

そこここに 足跡など 夜中の争奪戦の痕跡が残っていることもあります

 

実際に 寝ていると 遠くで鼻息みたいな音が聞こえて結構怖いのですが

出くわすことはなかなかありません

 

今日は 3日ぶりに晴れて たぶん年内に この大雪もとけてしまうでしょう

 

薪ストーブの薪の減りが早いので

暖かい最近の冬に比べると この年末年始の温度は だいぶ低く感じます

 

さて 昨日 嬉しいことがありました

 

愛媛の地方にある特色の強い独楽の遊び 「ちょんがけ」について

調べて 実際に 遊び方を 習ったりしている私の元に

内子町の地元の方から ご連絡を頂戴しました

 

最近すっかり 曲独楽の仕事にかまけていて

ちょんがけ独楽の事は 放置状態だったので 申し訳なかったのですが

本当に 実際ちょんがけ独楽を 実体験で見ていらっしゃった方が また増えて

心強く 嬉しく 素晴らしいつながりが生まれました

独楽の芸を仕事に させていただいている私ですから

その 歴史や 世界の独楽の伝わり方を学んでいくのは 本当に興味深く

これからも 勉強を続けていきます

でも 実際に 歴史と自分の暮らしの領域にまで

それを体感させられるかというと

なかなか 日本であっても

そういう地域の歴史と密接につながっている独楽と出会えない場所が多いので

すごく 面白いことなのです

 

この ちょんがけ独楽の遊びの為に 独楽を作っている会社は 廃業して今はありません

 

『四国 アキヤマ』という刻印がある 小さな鉄の輪がはまった木製の鉄芯独楽…

 

これが また どんなつながりを 引き寄せてくれるか

 

楽しみな年末の出来事でした

 

 

 

01:14 | miya | 2014年もいいことありそうな… 曲独楽師 三増 巳也 はコメントを受け付けていません
2013/12/25
使い方 ボタン象

使い方 ボタン象

中村獅童さんの所と 同じように

4年前に 入浴中に急死した母は 享年70歳…

 

みなさんも 寒い時の温度差には 充分気をつけてくださいね

 

日常の場所で 別れが急に来ることもあるんだなと

いつも 寒くなると 思い出しますが

 

その場にいた父は 「つらかった」と 何回も言います

東京と愛媛…

離れて住んでいると

大変な時 一緒にいられないのは

やはり 私も つらかったなと思います…

 

さて 今回は その母の形見の品の行方についてです

 

毎日テレビに出演するような仕事のやり方じゃない私たち親子の芸人は

自分たちの身近でいろんな事を 片付けることがあります

 

ご縁や出会いで その道のプロの方に 衣装や舞台道具をお願いしながら

自分でも 修理や リメイクをするんですが…

 

 

母は衣装を縫うのが好きで 独身の頃から手縫いの服をたくさんきていたようです

 

それを活かして

父 源氏太郎と 私 三増巳也の 舞台衣装は 母が担当していました…

 

子どもの頃の私の遊び場のひとつ 母の手芸品店通いにお供すると

ボタンや生地の色の洪水の中で しばらくうろうろして

気に入った柄や色のものを見るのが好きでした

絵やら建築物 それから働く人を見るのが面白かったんですね

 

静かな地域の自宅へ帰ってから

真っ白な画用紙に何か書いたりしましたが

今思うと

にぎやかな場所には 数時間しかいられないけれど

静かな所は いくらでもいられるんですね…

何かを作る習慣が 私には子どもの頃からあったみたいです

…今も いろんなところで 何かを作って 楽しくしようと毎日 同じ事をやっている気がしますけど…

 

今回の写真について…

自由な考え方を 子どもから習うことが多い私ですが

次男が 彼らにとってのばあちゃんの形見を使って 図工の授業で「動物の家」を作ったとのこと

先日の参観日に見てきました

 

じいちゃん (源氏太郎) の舞台衣装用の

ボタンや レース スパンコールで

キラキラの 見事な象が 出来ていました

 

子どもは面白い…

 

こう感じるたびに

私の事も 両親は そう考えていてくれたんだなと 納得するのでした…

はっぴいーくりすます

 

04:32 | miya | キラキラの はコメントを受け付けていません
2013/12/13

私がこの話題の作品を取り上げるのは危機感からです
経済的な旨味がある表現作品は
誰でも見られる自由と
同時に『見ない自由』を主張するべきだと考えるからです
私は自分の子どもに大人になるまで見ないように言ってある作品があります!
その1本がこの『進撃の巨人』…
どこが私の不快感の元か考えました…
まず私の思い込みから感想を書くのでそれこそ私のコラムで不快感を覚える方がいらしたらゴメンナサイね…
作品の内容が読者の反応におもねっているような気がしたこと
ある特定の嗜好にダイレクトに「エサ」を与えるような作品の作り方に非常に違和感があります
やはりアニメを政治に利用する政治家への不快感と同じものです!
大きな企業がスポンサーにつくことは反対です!
ナゼこの内容の作品にスポンサーになる理由があるのか理解不能です…
私の携帯電話に来たダイレクトメールが今回の発端です…
イヤな世の中だなぁ!

01:14 | miya | ナゼ嫌悪感?『進撃の巨人』 曲独楽師 三増巳也 はコメントを受け付けていません
2013/12/12

小津安二郎生誕110周年、Googleトップページが『東京物語』に変更 | THE NEW CLASSIC.

パソコンで 検索中に たまに この Googleのイラストが気になることを 教えてくれる

 

12月12日は 小津監督の誕生日だそうだ

 

時代が変わっても 懐かしいと感じる物事は 家族の風景が多いのかもしれません

 

好きな映画で 同じ時代に製作された作品でも 黒澤監督の映画は 細かい場面描写まで 私にとっては娯楽として感じられて

とても印象深いのですけど

小津監督の作品は 俳優さんの バストショットが圧倒的なので

ちょっとした ひとことが すごく印象的に残る感じです

 

…あの 『東京物語』の 東京は

今や 小さな地方都市に見え隠れする 数少ない雰囲気に思えてしまいますが

 

日常が いかに 経済とか 他の人のかもし出す雰囲気とか 自分では どうにもならない物事で 多く出来上がっていることを感じます

 

言い方を変えれば

自分がいかに 他人の助けが無ければ生きられないかということです

 

思い切り 都市部を離れて生活しているので

身にしみますね

 

冬は特にいい季節です

私が生まれたのは1月ですので

小津監督同様 冬生まれです

 

人恋しいという感覚を 社会人になって 北海道拓殖銀行に就職して

初めて理解しました

 

冬の北海道の素晴らしさ… 今思い出しても 輝く記憶です

 

寒い場所でこそ 必要な物がわかるという事を 初めて自分で発見して

マイナス10度の札幌で 「今日は暖かい」という北海道の銀行の先輩の力強さも

人って面白いなと 思い出します

 

さて 今日は 干し柿を手入れしています

冬が暖かくなってきたせいか 去年より遅い干し柿です

時期が早すぎて カビが出来て 去年はまったく上手に干せませんでしたので

 

ご近所がみんな 干し始めてから作り 今回は成功しそうです

 

しかし この寒い中

干し柿を柔らかくするために もみこむのが大変なのです

 

曲独楽の稽古と 洗濯と 柿手入れを 平行して作業しているので

(そうしないと 手がかじかんで動かなくなるから)

飽きずにできますけど

 

今日は雨上がりの好天なので

この原稿と 小道具製作と 1月5日の 内子座公演での新ネタ稽古もしています

桂小春団治師の会です

 

5日(日)14:00 「桂小春團治 新春!!独演会」
出演 桂小春團治「冷蔵庫哀詩」「皿屋敷」・桂福矢「手水廻し」・桂治門「動物園」・三増巳也(曲独楽)
場所 内子座(愛媛県JR「内子」15分)
料金 前売2,500円/当日3,000円

20140105内子座桂小春団治新春独演会ヒザ出演曲独楽師三増巳也

20140105内子座桂小春団治新春独演会ヒザ出演曲独楽師三増巳也

ああ 手が 忙しい

干し柿曲独楽師三増巳也

干し柿曲独楽師三増巳也

 

12:16 | miya | 柿 曲独楽師 三増 巳也 12月12日 小津安二郎監督の誕生日とのこと はコメントを受け付けていません
2013/12/10

100号を突破して 少々喜んでいたら

120号を書いていることに気がつきませんでした…

 

日ごろの生活態度を 最近見直さなくちゃいけない現実が発生し

(原発反対とか 秘密保護法案の今の決め方に対しての 違和感とか…)

 

…固く考えないで お付き合いクダサイヨ!

 

どこまで 自分という人は 自分の事に責任が持てるのか もう一回考えてみようと思い立ちまして…

 

じゃあ 何が できるのよって事なんですけど あんまり大したことは 期待できない人物でありますから

それでは どういうことを責任持って 生き抜くのか 計画立ててみようということでして…

 

  1. 曲独楽師として 恥ずかしくない芸をすること
  2. 息子たちに 私のささやかな知識を教えておくこと
  3. 時間の無駄使いをしないようにすること

 

という形を おおまかに決めてみましたら

1. と 2. は 出来るだけを尽くせばこれから出来そうですが…

問題は3.です

 

時間の無駄使い…

結構これは 個人差があると思いますが

 

「何事も経験だから 無駄なことは 何も無いじゃないか…」

そういう達観できる方には 頭が下がるので この際は 私的に

いい加減にしないと 家族が迷惑するよ!

という事を基本に 据えていかないと どっちかといえば 「遊芸人」とか 「遊芸渡世人」とか 前世代には 言われていた仕事をする身として

もっと 役に立つ事を 実行していかなくちゃ 人生寂しいよね…という事なのであります

 

第一

誰だって 年をとったら 身体が若い時より動きにくくなるもんですので

早いうちに 自分の残り時間の管理を しっかりしておかないと 後で後悔することが目に見えております

 

2014.1.5に 愛媛県の 内子町にある 大正時代の木造の芝居小屋 『内子座』で 桂小春団治師匠の会に 出演しますので

今 その 舞台用 曲独楽セットを レイアウトしながら 今回の原稿を書いておりますけど

 

残り時間を 何歳まで セットするのか

それから どれをどういう風に 実行へ移していくのか

曲独楽の配置を決めるくらいに はっきりできたらいいんですが

 

次回までに 残り時間の計算をやっておきたいと思います

02:27 | miya | 曲独楽と時間 三増 巳也 はコメントを受け付けていません
2013/11/30

お歳暮のシーズンが 「前倒し」 早くなり始めたそうですね…

 

こういう記事を読んでいて はた… と気が付きました…

 

さつま揚げの元祖「つけあげ」は、琉球伝来の健康食品 | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉:日経BPオールジャンルまとめ読みサイト.

 

それで いろいろ調べていくと また興味深い記事を見つけてしまって…

唐辛子(トウガラシ)日本伝来説に異論.

 

本当に 日本という場所は 欧州やアジアから入ってきて そのままUターンするという経路が

アメリカが国力をつけて 黒船で来るまでの間

 

ずっと そのルートの伝わり方をしていたわけですね…

 

日常に利用されるきっかけは

簡単 おいしい 安い

やはり 今と共通の 動機だということが はっきりしてますが

 

蕎麦のように 硬い殻があって 中を粉にして

しかも サラサラの粉を食べるには 何かで糊の役を見つけなくちゃいけなかった食べ物は

今の蕎麦ツルツルの食べ方に 変わるのが ずいぶん遅く

ちょうど 曲独楽師が初めて京都四条河原で演じたのと 同じ頃

1600年代なんですよねえ

蕎麦の栽培自体は 縄文頃からあって

しかも 石臼みたいに力とものすごい労力がいらない方法の

水力…水車の回転で挽き臼を使うやりかたが

1200年代に 中国の僧に教えてもらうまで まったく技術革新が無かったってことで…

貴重な食料でも 海外の知識を取り入れなかったら

まったく 日本食に蕎麦という 当たり前は 無かったんですって…

 

だから

現在 当然のように 色々な食料がありますが

意外と渡来の伝達経路や それを尊重している心がなかなか見えない事が多い…

 

ポツンと 土地に昔からあるホコラとか 社…

何かを感謝して作られていたり

何かがそこで あったから 恐ろしくて後へ伝えようと残していたり

本当は

そういうものを 注視する日常が みんなに必要なんじゃないのかなあ…

Uchikosatoyamamiya20131128

Uchikosatoyamamiya20131128

 

06:02 | miya | 曲独楽師 三増巳也 考えてみた … 伝来 はコメントを受け付けていません
2013/11/29
曲独楽師三増巳也おすすめ本

曲独楽師三増巳也おすすめ本

やはり 日本が近代に入って どう 変化してきたのかを本当に知っておくために

この本は 欠かせないと思うので ここで取り上げておきます

Press Thisって 機能が便利なので 使ってみます…

『マンガ蟹工船』を無料公開!! – 白樺文学館 多喜二ライブラリー [TAKIJI LIBRARY].

 

このサイトで 小林多喜二著 『蟹工船』を マンガにして無料公開していて

 

とても わかりやすいので 一度ぜひ ご覧頂きたいです

 

私は 曲独楽師になる決意をして 資金を貯めるために銀行へ就職しました

 

その銀行は 北海道拓殖銀行であり

小林多喜二が 働いていたのも 同じ拓銀なのです

 

私にとっては とても雰囲気が大らかで好きな社風だったのですが

小林多喜二がいた時代は とんでもなく 違うことを 最近 『蟹工船』を 真面目に読んでみて知りました

 

近代化した 日本が 今 「国家の秘密保持・保護の法案」審議・決議について 日々報道がありますが

 

突然降って湧いたわけでも何でもなく

 

その社会の風潮に流されたり 世論でたやすく操作されやすい日本の今の意思決定の経路というのは

教育が きちんと人 ひとりひとりに 腑に落ちる・身にしみる 如く身に着けていないということを 浮き彫りにしています

 

国と 地域と 住んでいる場所の環境 そして 家族の気持ちの通わせ具合

その関連が ぜんぜんしっかりしていないと思うのは 私だけではないはずです

 

自分に問いかけてみて

反省しながら 注意深く考えて物事を見て 先輩から 意見を拝聴し 健康で 協力しながら 違う文化も考えも

どうしたら いいのかを 話し合っていくこと

 

84歳の父 48歳の私 親子の芸人で 今まで仕事してきて

いろんな後悔もありますが

時代と 人と 関わりあってこそ この仕事の環境はあるのですから

真摯に向き合う姿勢を 持ち続けて 仕事は娯楽・お笑いという部類に属するのですが

真面目に世の動きを 考えていきたいなと 思っています

 

先日 故 牧伸二 前東京演芸協会会長の 「お別れ会」が 開催されました

牧伸二さんお別れの会 青空球児ら出席/芸能速報/デイリースポーツ online.

ケーシー高峰先生 三遊亭円歌師 小松政夫さん … 多くのゆかりの方が来られていたと 父 源氏太郎から昨日聞きました

さすがに 80歳代は 父 源氏太郎 円歌師…もう少ない長寿芸人でございますが

ずいぶん話がはずんだそうです

会も 盛会に終わったということ…

 

でも やはり残念なのは 思わぬ形で 亡くなってしまわれたこと

 

年を重ねて 身体が思うように動かなくなるのは 当たり前の事ですから

父 源氏太郎の心境は こうです

「だって じじいなんだから そのマンマだよ~」

こういう 裸の感覚を 私も これから 身につけていこうと頑張るのみ…

 

ところで

 

…『蟹工船』では 「搾取」が テーマとして 話の一部を作っていますけど

読んでいて ピリッと効いてきたのは

領土とそこで金を生むモノの取り合いを いつでも誰かがやっていて

駆り出される現場で動く人が 耳と口をふさぐ形で働いて そこへ資金の流れを作っているというシステム

近代化の事だけでは 終わっていなくて

 

疑いを持たない大衆の登場が そういう昔の怪物を 今でも飼っている日本を見ちゃうことです

 

…て 事で

今回の締めくくりは

NO NUKES えひめ.

2013.12.1 松山で 「伊方原発を無くそう・サヨナラ原発集会」があります!

大きな動きにしていきたい活動なので

応援していきます

http://www.ikata-tomeru.jp/wp-content/uploads/2013/11/131119webshasindd.jpg

10:12 | miya | 曲独楽師三増 巳也は思う…近代への 入り口には やっぱり 『蟹工船』…サヨナラ伊方原発 はコメントを受け付けていません
2013/11/28
曲独楽三増巳也コマ

曲独楽三増巳也コマ

まず 2014年のJunkStageさん・山田雅幸さんの写真年賀状…とてもきれいです!

使わせていただけるとは 嬉しいことですね…

 

さて今回は

曲独楽の事を話すのが とても好きです…が

 

あまりに熱が入ってしまうので

 

人前でお話しするよりも

 

皆さん お読みいただく方の ご都合のつく

 

JunkStage コラムで お目に留まるほうが 読者の方のストレスになりにくいから…

 

今回は この話題で 久しぶりの 思い切り決め付けて進める曲独楽論です…

 

以前から こういう大衆的に支持をしていただいて 長持ちしてきた日本の芸のことを

 

話題にしてきて

 

こと 曲独楽になると その曲独楽自体の 「作られ方」が 私にとっては特別気になることが多く

 

文章でわかりにくいから今回は 「WindowsXP」卒業「Windows7」での“ペンタブレットお絵かきペン筆おろし”兼ねまして

曲独楽 説明図1

曲独楽説明図1

 

 

 

こんなふうに まず 考えていこうと思います

 

この3つの丸は お互いに関係がありますよね

 

どんなものにも 当てはまりますしね…

 

 

 

 

 

 

しかし 曲独楽という芸の 「今の芸能と似た 芸を楽しみとして見る」 という 同じ心理で 「観客」が存在した記録が

 

(毎回取り上げますけど) 京都 四条河原での 見世物

博多から来た 少年の コマの芸 「曲独楽」 初太郎とも市太郎とも 言われていますが この芸人の登場で

私の仕事の 「曲独楽」 の 形が 初めて文字の記録として出てきます

 

おすすめ曲独楽資料三増巳也1

おすすめ曲独楽資料三増巳也1

 

たいして社会的 政治力などと関係がない出来事ですから

本当に 世の中が 地震 飢饉 大火災 一揆など 無い時期

限られた「物好き」の 筆によって この記録は 今日まで残ってきました

 

曲独楽の 歴史の記録ですが 研究者の皆さんのご努力の結果

 

近年 わかりやすい ムック本に近い小説とかも 登場しています

 

もう 数十年前などは 田村正和さんが曲独楽師の役で時代劇を

作ってテレビシリーズがあったりしたから

 

ごく 一部の方には 記憶していただいている芸の種類なのですけども

 

最近 わかりやすい GoogleのBook閲覧でも 「興津要さん」が書かれている本が 閲覧可能です

この本は 江戸の町の描写が 見やすいので 良かったらご参照あれ

以下 出版社のPHP研究所の紹介リンク

http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-57026-6

大江戸商売ばなし | 興津  要 著 | 書籍 | PHP研究所.

山の生活と 町でのにぎわいを どのようにして考えるか

それは 今の時代でも 同じなので

私にはものすごく 興味がある話題です

 

期せずして 曲独楽の歴史を調べていたら

渡来文物の伝わり方とか 子どもの遊び文化 それから 部落差別と放浪芸の関連など

本当に 広範囲のかかわりが 見逃せない物語を次々私の頭の中で作ってしまっているので困っちゃうのです

 

トボトボと (田中コミマサさんなら ポロポロと言う感じです)

コラムに書いているから ますます 蓄積してしまうので

責任あるなあと思ったりしていますが

 

しかし 私が この今生活圏である愛媛の山の中で実感している 山の生活は

その昔なら きっと「こうじゃないか」という 大きく外れない程度で 予測ができているような 自己満足ができます

 

それは 普段 木を切って 運び出して 木の皮をむいたり ツルをよじ登って取って 容器を編んで作ったりしているからだと思います

 

薪ストーブの木を 人から人へ 運ぶ時に いかに 重心を低く 自分たちの息を合わせて体のリズムで木材を手渡しして作業するのか

 

それが 手順よく また 数量多く 豊かに暮らす肝の部分です

 

だからこそ 日本の里山には 相撲や 石を持ち上げることが 神事で伝わっているのだと納得します

 

これが たくさんの燃料を調達し より良い生活を確保するための 地域の強力な経済力でもあったからです

 

実感こそ 大事だなと 思います…

ああ そろそろ 山を降りて 息子を学校から迎えに行かなくては…

今日はこれから 地域の たった5軒になってしまったけど 土地神さまの 収穫感謝の「おこもり」がありますので

この辺で…

 

 

 

03:23 | miya | 曲独楽 3つの丸を書いてみた はコメントを受け付けていません
2013/11/14
kyokugomamiya手入れ

kyokugomamiya手入れ

曲独楽の 手入れをしながら

毎回必ずすることは

心棒の磨きと 曲がっているかどうかのチェックです

 

なかば 儀式か 無意識になっているのです

 

いつも必ず 流れとして体に覚えこむことというのは

そういうことは 緊張する現場に係わると

どういう場面でも

皆さんすることと思いますけど

 

自分がストレスを受けた経験と

それを 越えた体験があるからこそ

生まれる流れですね

 

最近の レストランの メニュー 表示と 内容が 著しく違うという事柄が 話題になりましたが

 

どういうことなのでしょうか

 

ニュースにまでなって 消費者庁の偉い人まで出てきてコメントしたりして

 

もう止まらないんじゃないのって 思ってしまいます

 

 

ここには いろんなことが入っているから

いつまでたっても スッキリしない話題になっている…

 

日本語の表し方

日本の都市部の考え方

農産物生産地の 経済的事情

行政の方の上から目線

放送局の慣例表現・何でも縮めて言う、キツイコメントが来るとそれに合わせちゃう風潮

もちろん

経営の側と調理担当者がぜんぜん一緒に活動できない環境にある…という大企業が

今回舞台なのですが…

 

消費するということ以外に 農業生産側とまったく接点が無いのは

どう考えても 本当は一番危ないことなんじゃないかと

 

私は思っちゃいます

 

危険この上ない…

 

電気を作っていたのが あの

原子力発電所…

 

自分たちの体を作っているのは

 

…果たして 何なのか?

 

どこからきて

どうやって ここまで運ばれているのか?

 

実に 不思議だと思いませんか?

 

土地に そのまま 種をまいて

健康にまったく悪影響なく

発芽した作物を食べられるということは

 

本当に 実は

まれな事なんじゃないのかと

 

最近思うようになりました

 

 

だって

私が小学生の頃 1960年~1970年頃は

できたものが

どこから来て

誰がどういう風に運んでいるのか

 

ほとんどのことが ちゃんとわかっていたということです

 

劇的に手に取るものが変わっていったのが

たぶん1970年代も後半の頃…

 

私の肌感覚で言うので とてもわかりにくくてすいませんが…(^^;)

住んでいる駅の前に お菓子屋のチェーン店ができた

駅の反対側に ファミリーレストランが開店した

隣の駅に マクドOルドができた

仲良かった肉屋が閉店した

幼馴染の魚屋が貸アパートになった

PTAの運動で通学路にあった貸し本屋と

駄菓子屋と映画館が無くなった

 

小さい町は こういう風に変わっていきました

劇的に変化するのが

国営の鉄道 国鉄の民営化の頃です

※当時の事が 少しわかる記事は以下

http://www.asahi.com/articles/TKY201310190256.html#

 

私の住んでいた地域には 大きな国鉄職員向けのマンションがあり

数百世帯が住んでいました

マンションは環状七号線にあって

中学校はそのすぐ隣に建っているという良い条件の場所にありましたから

私の同級生は国鉄職員が結構多かった

 

この地域はそのマンションがあったことで

にぎやかだったのだということは

私自身子ども過ぎて わかるまで時間がかかったし

実際に8年前頃 中学校が 統廃合で無くなってから実感が湧くことになりました

本来 そこで生まれた私の世代が

そこに住んでいたならば

学校は変わらずあっただろうし

店を継ぐ子もいただろうと思います

 

商店街がほとんど店を閉めたことで

今の雰囲気が出来上がったということ…それは

住んでいる人がもう東京都内でも高齢者の割合が高い現状

そして 借家に住んで家賃を払っている人が大半で

私のように

親が離れた場所にいるという人が本当に多いということです

 

(我が家の場合;父が現役の芸人で元気でやりたいうちは愛媛に迎えることが幸せとは思わないので当分「遠距離見守り隊」ということです…)

 

食べ物の事で言っても

親がずいぶん野原でとれる食べ物を 子どもの頃に教えてくれたので

大人になってからも 苦労することが無い現状は感謝が尽きません

 

特に

都市部の生活が日常風景になっていると

自然物と人工物の区別のつけ方に

 

普段 自然物に囲まれている人と比べて

大変な違いがあるという事実に気がついて

 

そこから

基準として持っている「味」「色の感覚」「体の基礎体力」などが

ぜんぜんかみ合わないことにも

実際にその変化をまざまざと体験して理解することになりましたので

勉強はするものだと思いました

 

 

誰でも当てはまることですが

 

自分の経済状況が悪くなることには

協力的になれるはずはありませんよね…

 

この偽装するということには

それがぴったりとはまり込んでいて 取れることがありません

 

経済的にとても驚くような変わり方を数十年ごとに見せるけられている私たち

消費する側にとっては

もう 「好き」と「嫌い」しか 選択肢が残っていませんから

こういう風に 「頼るべき何か」を

大きな「信頼関係」という姿で提示されれば

そこに身を置くしか

都市部で生活する側としては無いのですから

こういう「軽い裏切り」は

やはり「不快」につながって

結果 「バッシング状態」を生んでいくんでしょうね…

 

これからも 続きそうで

なんとも情けないですね

 

しかし

食べ物を作るということは おいてきぼりです!

国産の食料がどれだけ手をかけて

体力と そこの人の知恵の恩恵を受けているのかについては

まったく語られることはありません!

 

ジャOーズのタレントをイベントに派遣したとか

Oみます芸人としてそこに住んでるからとか

そういうことではまったく接点が生まれませんので

所詮は

大きなタレント事務所の利益と大きな流通機構の宣伝なのであり

個人として言えない事が増えますし

自分の意見を言ったら所属事務所をはずされる恐怖と隣り合わせの活動です

気の毒ですが 大きな会社に所属するということは そういうことなのです

 

この「B級グルメ」「B-1グランプリ」というイベントと

「郷土料理」「地場産」という表現の相反する言い方には ものすごい違和感があります

 

地元に住んでいる側 子どもたちの授業には 「郷土料理」で紹介し

地場産料理を開発する「○○甲子園」みたいなことができたりしています

同じ食べ物でも大きな会社に出してもらうと

「B級グルメ」で 販売しています

 

なんなんでしょう

節操がありませんが

容認しているのです

…上から目線の大きな会社やシステムに対する不信

農村の疲弊は今に始まったことではないからです

日本は歴史的に農村の搾取でどの地域も戦争や飢饉、天災を切り抜けてきていますから 無理もないのです!

 

だって第二次大戦のあとからですよ!

ほんの数十年弱しか 自由な環境で経済活動が成り立っていないということです

企業の中の環境だって 同じなのだということです

「ムラ」的経営や政治

自治のことも全部一緒です

 

日本はまだ

地域の活力の残り火で

切り抜けられてきたから

今まで大丈夫だったに過ぎないのです!

日本の人が農林水産業から離れていったら

国土を活用する人がいなくなったら

国土が荒れるのは目に見えています

 

会社の仕事を好きでしなかったら

転勤も嫌いになるし

成績悪くて降格されたら会社の敵対会社に情報を流したりするかもしれないでしょ

だって大きな会社だから 多少評判落ちたって大した業績悪化にはならないから

自分がもうかったらいいもん…自分がスッキリしたら構わないじゃん…

 

どっちも同じですね

 

まあ 今の地域のことに関係あることを書くならば…

里山という綺麗な言葉には 隠れているイメージがあります

 

山のや 谷に住んでいる人

数百年…そこで長く暮らしています…

ほとんどがそうです

 

しかし

生活の手段として新しく拓けた 「道の駅」

その姿はどうでしょうか…

 

(※皆さんに知っていただきたいのは

私が取り上げている話に出てくる物事を直接糾弾して悪く言うつもりはないということですけども

語らずにいるのも見ている私には 大変なストレスですので

JunkStageさんの コラム上ではきちんと言わせていただくのです)

 

なぜ

 

生産している側のほうが

経済的に圧倒的に弱くなってしまっているのか!?

 

道の駅の成立の事情は

各地域でぜんぜん違います

 

私の住む 愛媛県の内子町の地域では

「限界集落」になりつつある場所がたくさんあるので

その苦心して作ったものが

地域の道の駅としてあるはずでした

 

しかし

 

多くの道の駅が

 

「観光用」としての顔を押し出しすぎて

本当にしなければならない

地域を良くする為の活動と無縁の雑事が増えている悲しさは

いったいなんでしょうか

 

お客さんを呼ばなければ

(都市部で流行しているものと同じものを作ろう)

(デザインがいい包装紙はどこで買ったらいいのかしら…大学にコーディネートを頼んでみよう)

何かしなくては

(イベントをしてくれる会社を知ってる町に行って紹介してもらおう)

 

…そうじゃないでしょう…と私は思うのです

 

自分の体を動かして汗をかいてみてから考えなくちゃいけないのに体が冷えるからといってコタツに入って運動しないようなものです

 

そういう誰かの利害だけでできているような 閉鎖的な環境を見ていると

子どもに間違ったことを教えてしまいそうな恐怖を感じます

 

どうしたらいいのか わからなくて 本当にストレスがたまったことがあったのですが

わかったことは

自分のすることに責任を持つということでした

だから 私も責任を持って行動して 間違っていたら きちんと正して謝るということを

当たり前に繰り返していこうと考えます

 

少なくとも

外食する時は きちんと考えて マナーを身に着けながら高めていきたいですよね…

 

誰だって 叩かれて痛い思いをしなければ

本当に腑に落ちて活動する責任を実感することは出来ません!

…それまでに 願わくば 基礎的な地域の人の力が失われないように 祈るばかりです

11:32 | miya | 曲独楽師が 食べ物表記の偽装の話題から思ったこと… はコメントを受け付けていません

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