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2014/09/24

先日、東京芸術劇場にてシエナ・ウインドオーケストラの第38回定期演奏会が終了致しました。

このコラムを読んでいらっしゃる皆さんはおわかりかもしれませんが、シエナ・ウインドオーケストラは僕の演奏活動の中心となっている楽団の一つで、テレビ朝日「題名のない音楽会」で司会を務めていらっしゃる指揮者・佐渡裕さんが首席指揮者に就いている吹奏楽団です。

吹奏楽というのはコントラバスとハープ以外のほとんどが管打楽器で構成されており、クラシックのみならずポップスやジャズ、タンゴ、ミュージカルなどあらゆるジャンルの曲をレパートリーとする世界です。僕は音楽大学を卒業し、オーケストラの本場ドイツで生まれ留学経験を持った純・クラシックな人間ですから、他ジャンルの音楽を演奏する時はそれなりに準備が必要だったりします。演奏する曲だけではなく、そのジャンルの有名な曲をなんとなく耳に入れて雰囲気をつかむようにしていたりするのです。

さらに、吹奏楽のコントラバス奏者には一つ大きな問題が生じてきます。それは、「エレキベースとの関係」。

世の中には「コントラバスを弾ければエレキベースも弾けて当たり前」と感じている方が非常に多いのですが、これはとんでもない誤認識と言えるでしょう。世界中のオーケストラのコントラバス奏者にアンケートを取ったって、「エレキベースも人並みに弾ける」という回答は2~3割しか返ってこないと思いますし、逆にエレキベース専門に活動しているスタジオミュージシャンのほとんど、そしてジャズベーシストの多くは弓を扱う事に慣れておらず、彼らがモーツァルトやベートーヴェンを演奏する事は大変な困難を伴います。こういった事情から、どちらも弾きこなせる奏者は、かなりの少数派と言えます。アマチュアレベルで通用しても、プロの世界でどちらも高いレベルで両立するというのは容易ではありません。

さて、僕はといえば、このシエナ・ウインドオーケストラで演奏するようになるまで、いや、正確には最近までエレキベースに触ったこともありませんでした。はっきり言えば「興味もなかった」が正解かもしれません。ですから、楽譜に「エレキベース」と指定があった場合、コントラバスにピックアップマイクを装着してアンプを通すか、或いはエレキベース専門の奏者を別に手配してもらっていました。

そんなあるとき、ディズニーの曲を演奏した際に、コントラバスではどうしても演奏困難な箇所にぶち当たり、代役を依頼する時間も無かったので、仕方なく僕が9,800円程度の「エレキベース入門セット」を購入して練習し、何とか本番を乗り切った事がありました。本当に書いてある音をただ弾いただけの本番でしたが、この時改めて「コントラバスとエレキベースは全く違う」と痛感したものです。右手の指の感覚、アンプの調整、音量バランス、何もかもが未体験ゾーンでした。

ところが、これを機会に「エレキベースも弾いてもらえませんか」というご依頼が増えました。僕としては全く自信はありませんが、フリー奏者としてはこれでチャンスが増えるかもしれない、この経験がコントラバスにも還元されるかもしれないという理由で「書いてある音をだた弾くだけで良いなら」という条件付、さらに1度の演奏会に数曲限定でお請けするようになっていきました。1年もすると、今度は他の団体からもエレキベースで依頼が来るようになりました。

こうなってくると、どこかで歯止めを効かせないと、いつか大きなミスをすると思い始めていました。僕は基本的なノリがクラシックで、他のジャンルに関しては全く雰囲気だけを真似しているだけ。さらにはコード譜、タブ譜が読めないという、エレキベース奏者としては致命的な弱点があるのです。もちろんジャズやスタジオの専門用語もあまり知らず、スラップを始めとした高度な技術も持ち合わせていませんから、万が一指揮者にレベルの高い要求をされた場合に対応出来ない可能性がある事も、自分では分かっていました。特に、サックスの須川展也さんや作曲家の宮川彬良さんといった、いわゆるクラシック以外の分野への造詣が深い方々とお仕事をしたときには、「このままではいけない」という焦燥感に強くかられたものです。

かといって、コードの勉強や技術面の練習を始めてみると、今度は本職であるコントラバスの練習が足りないような気持ちになり、ここでも強い葛藤にさいなまれる日々がこの数年続きました。

そんななか、今回のシエナの定期演奏会のご依頼を頂きました。指揮は前述の宮川彬良さん。大ヒット曲マツケンサンバ、或いはNHK Eテレ「夕方クインテット」への出演などでもその名を知られる作曲家で、大阪市音楽団のアーティスティック・ディレクターを務めていらっしゃいます。

誤解のないように述べておきますが、僕は宮川彬良さんの練習や音楽作りが大好きです。楽曲解説なんかは「音大でこんな授業を受けたかった!!」と悔やむほど勉強になりますし、「聴衆を楽しませる為に何をすべきか」という事を常に考えていらっしゃる姿勢、楽しい中にも厳しさを忘れない練習の進行など、尊敬するべきところが多い。だからこそ、僕は彬良さんと音楽をするにあたって、高い次元で応えたいと思っていましたし、自信のないエレキベースは担当するべきではないという考えを持つようになっていました。さらに今回は新曲もあって、楽譜の完成が直前になるかもしれないとのこと。いくつかの理由から、最初僕は事務局に「高い次元で対応出来ない可能性がある、専門のエレキベース奏者を手配して欲しい」とお願いしました。

一度お断りしてちょっとホッとした数時間後、携帯の電源を入れたら事務局からの着信履歴。どうしたんだろうとかけ直すと「宮川さんが、あなたのベースが良いと仰ってる」と言われました。そう言われても、プロである以上いざ練習になって弾けないなんて言えないし、フリーで活動している以上、守ってくれるところはなく、責任は全部自分で背負わなければなりません。1日考え、やはりリスクが大きいとお断りしました。すると今度は数分後、再び電話がかかってきて「今から君に電話して説得するって仰ってる。宮川さんと直接話しますか?」と言われ、観念せざるを得ない状況となりました。きっとお話したところで説得されてしまうだろう、と思ったのです。ただ、この時点で僕に拘る彬良さんの気持ちが全く分かりませんでしたし、その期待に応える自信も皆無でした。

それからの1週間、本当に重圧と緊張のなか過ごしました。新曲の練習をしたくてもオーケストラの演奏会に地方への出張レッスンに、ほとんど自分の練習時間が確保出来ず、仕方なく帰宅してから夜な夜なヘッドフォンを耳に練習を続けたのでした。

リハーサルは2日間。その初日の最初の時間に、新曲をやる事になりました。大変な緊張感のなか何とか弾き終わり、自分でもどうだったのかよく分からないまま休憩時間も練習をしていると、彬良さんが近づいてきて「やっぱり君で良かったね」と仰って下さいました。そこで僕は意を決し、やるやらないの騒動をお詫びしたうえで「何で僕なんですか、僕で本当に大丈夫なんですか」とお尋ねしました。すると返ってきた言葉は

「小手先の技術じゃない、あなたの音楽は居心地が良いんだよ。自信持って大丈夫だから」

というものでした。非常に抽象的な表現ではありましたが、何だか感動して震えました。音楽を支えるべきベース奏者にとって「居心地が良い」は最高の褒め言葉だと思います。同時に、「技術じゃなく音楽そのものを受け止めてくれていたんだ」という発見も、僕の大きな喜びでした。

2日間のリハーサルそして演奏会本番を終え、改めて最後に楽屋にご挨拶に伺うと「お疲れ様!良かったよ、やはりあなたの音楽は楽団を包む器がある。僕は以前にご一緒してあなたの音楽を分かっていたから、最初から信頼していたよ。これからもっと違うジャンルの勉強もしてごらん、きっと良い事があるから」と仰って頂きました。

まだ自分で欠点や弱点も分かっていますし、音楽は生涯勉強だと母からも言われていますし、こうして信頼して下さった方からの助言は大切にしたいと考えているので、ちょっとこれからしばらくは、クラシックバカから「音楽バカ」になっても良いのかなあと思った数日間でした。

またさらなる成長を目指して、頑張ろうと思います。

02:52 | sumi | ■葛藤、信頼、感動。 はコメントを受け付けていません
2014/09/03

先日、都内で行われた中学生向けの「音楽鑑賞教室」で演奏をしてきました。

音楽鑑賞教室というのは、オーケストラや室内楽の演奏会を聴いて頂き、音楽の良さを知ってもらう為の非公開演奏会。だいたい対象は小学生から高校生になっています。オーケストラ側はこれをきっかけにクラシックに親しむお子様が少しでも増え、客層の拡大に繋げるチャンスですし、学校としては授業の一環で生演奏に触れる機会が出来るので、演奏者・教育者ともメリットがあると言えます。演奏するのはオーケストラだったり小編成のアンサンブルだったり、予算に応じて様々な形態が取られます。最近はスポンサー企業向けに同じような内容の演奏会を企画する楽団もあります。他にも歌舞伎などの文楽鑑賞に行った経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。

音楽鑑賞教室は業界で通称「音教(オンキョウ)」と呼ばれます。オーケストラの場合、音教で演奏するのは、テレビなどでもよく使用される有名な楽曲が中心となります。ベートーヴェン「運命」第1楽章、ドヴォルザーク「新世界より」、ビゼー「カルメン」より前奏曲、ハチャトゥリアン「剣の舞」などなど。こういった楽曲だと演奏者が慣れているのでリハーサル回数も少なくて済むんですね。さらに、演奏の合間に「楽器紹介」といって、各楽器の構造などを説明し、少し音を聞かせるコーナーがあったりします。

この楽器紹介が、意外と演奏側にとってはキモだったりします。だいたいどの楽器も首席が小曲を演奏して音を聞かせるのですが、小さいとはいえ仲間の前でソロを演奏するのはそれなりにプレッシャーがかかったりするのです。僕はフリー奏者ですから、ゲスト首席としてオーケストラに伺った時に楽器紹介を演奏しなければならない事が多いのですが、こうなるともう大変です。「アイツはどの程度のもんか」という目で見られているような気すらしてきます。ちなみにコントラバスの楽器紹介はサン=サーンスの「象」が多いのですが、聴く側はそれが何の曲か理解出来ない事が多いので、僕は童謡の「象さん」や第九のメロディーなどを弾き分けています。

これまでに演奏した音教で特に印象に残っているのが、場所はハッキリ覚えていませんが、10年以上前に埼玉県で実施された演奏会。当日のゲネプロ前に校長先生が「本校の生徒はいわゆる不良が多く、あまり大人しく聴くタイプではないので、最悪の場合演奏会が途中で中止になる可能性もございます」と話されたときは、オーケストラもざわついたものでした。実際に開場してみると、今は不良漫画でもなかなか見かけないような髪型の生徒さんがたくさん入場してきて、物珍しそうに楽器を眺めたりしていましたし、ある女子生徒に至っては演奏会が始まってすぐ携帯が鳴り、「もしもしぃ、いま演奏会~」とその電話に応答したので、弾きながら思わず吹き出しそうになりました。しかし、最終的に半分くらい眠ってはいたものの、終盤には静かに集中して演奏を聴いていましたから、やはり外見で判断してはいけないんだよなと感じた演奏会でした。

最近の音教でよくあるのが、音楽の先生による演奏前の「音楽の聴きかた」講座。テレビ番組の「前説」みたいなものですね。我々演奏者は出演直前なので舞台袖で聴いているのですが、実に押しつけ気味なものが多いのです。

「携帯電話の電源は切って下さい」

ここまでは常識の範囲内ですからいいとしましょう。

「演奏中はおしゃべりをせず、静かに聴きましょう」

演奏する側としては助かる忠告です。しかし、聴こうとする生徒にとっては、既に押さえつけられている感覚があるのも否めません。正直、初めて聴く人なら感想を話したり先生に疑問をぶつけながら聞いたっていいんじゃないか、とすら思います。

「楽章の合間に拍手をしてはいけません」

まあ、これも演奏者にとっては集中力を持続する為に嬉しい事ですが、そもそも「楽章」が何か分からなかったり、曲を知らない子が多い音教で求める内容かどうか、甚だ疑問です。これを気にするあまり、曲が終わっても拍手が起きない事がままあります。こちらのほうが演奏する側としてはなんだか悲しい。何だったら「素晴らしい」「凄い」と思ったら拍手をしても良い、くらいのフランクな感覚のほうが、生徒さんたちは入り込みやすいとも思われます。

「演奏中は音がするので、プログラムなどを読まないように」

いま演奏している曲に疑問を持ったら何か情報を得たいと思うのは自然なことです。増して、ほとんどがクラシックに興味を持っていなかった子だろうと思うと、これくらいは許してあげたい。注意するとしたら「大きな音をたてないように、静かにページをめくりましょう」程度で良いのではないでしょうか。

「演奏中、なるべく寝ないように」

良い演奏は眠気を誘うものです。無意識に耳から演奏は入り、振動は身体を揺らすでしょうから、寝たって構わないと僕は思っています。

「演奏者が入場したら拍手、演奏が終わったら拍手、退場するときも拍手をしましょう。しかし、曲が終わっても指揮者が指揮棒をおろすまで拍手をしてはいけません」

こうなるとルールで縛り過ぎて、音楽に興味のない人が前向きに聞くようになるとは思えません。

と、こんな具合に「演奏を聴くルール」を事細かく注意する先生が多いのです。それまでに市長やら校長先生の長くてつまらない話を聞かされてテンションもモチベーションも下がり、眠気が襲っている矢先にこんなルール説明をされたら、聞く気も失せてしまいます。こんな事はある程度興味を持ってから覚えれば良い事です。音教ではない、オーケストラの定期演奏会に行って見れば、また全く別の緊張感溢れる空気がありますから、そこで自然と「暗黙のルール」は覚えていくものです。音楽鑑賞教室はあくまでもクラシック音楽を知ってもらう、好きになってもらう導入部分ですから、まずは気軽に聞ける空気を作ってもらえたら、と思います。

「では、演奏会を楽しんでください。『聞いた事ある曲だ』と思ったら、どんなCMやテレビ番組だったか思い出してみてください。気持ち良くなったら寝ちゃっても構いません。でも、カッコイイ人や可愛い人が演奏しているかもしれないから、寝る前に探してみて下さい!『凄い!』と思ったら拍手してくださいね」

前説はこんな軽いノリで、何だったら「最後に質問コーナーを設けるので、演奏中に不思議な事があったらそこで聞いて下さいね」なんて企画も良いと思うのです。これを読まれた企画担当者のかた、先生方、ぜひご一考下さい。

ちなみに、僕が小学生のとき、学校のホールに新日本フィルハーモニー交響楽団が音楽鑑賞教室にやってきました。当時、僕の父がホルンの首席奏者として所属しており、父も演奏していたらしいのですが、僕は開演と同時にグッスリ眠ってしまいました。帰宅後感想文を書かなければいけないので思い悩み、母に相談して代わりに書いてもらったら、それが賞を獲ってしまい学校の小冊子に掲載され、先生からも「音楽家の家庭に育つと目の付け処が違う」とか褒めちぎられて、何とも気まずい思いをしたのを覚えています。

 

12:28 | sumi | ■音楽の聴きかた はコメントを受け付けていません
2014/08/20

昨晩の公演で、佐渡裕×シエナ・ウインドオーケストラのツアーが一旦終了致しました。

siena2014

「一旦」というのは、この後も同じプログラムで富士山河口湖音楽祭や東京でのテレビ収録が残っているからなんですが、ツアーとしては昨日で一区切り。この先ソリストが変わるので、チェロの宮田大君も昨日が最後でした。宮田君、昨晩の越谷公演はまさに「集大成」とも云える鬼気迫る雰囲気で、最後は涙を流しながらの演奏でした。「ツアーが終わると思うと寂しくて」というのが理由だそうですが、その感情が我々にも伝わってきて、なんだかこちらも泣きそうになってしまいました。いや、実際泣いている奏者も何人か居ました。デ=メイ作曲のチェロ協奏曲「カサノヴァ」、本当に名曲です。

さて、今回のツアーは名古屋→鈴鹿→清水→長岡→水戸→越谷と移動日・休息日無しの6日間連続弾丸ツアー。佐渡さんは練習でも手を抜きませんし、本番になると演奏者の持つ力を100%以上引き出す方で、シエナと佐渡さんの演奏会は毎回「熱狂」という表現がぴったり当てはまるコンサートになります。連日キャリーケースと楽器を持って(僕は楽器を団のトラックに乗せてもらえますが)移動し、毎晩ハイテンションで演奏会をこなすので、それだけ演奏者にはかなり過酷な環境ではありますが、それでも頑張れるのはやはりお客さんのおかげと言えます。このツアーも6日間全公演完売、満員御礼。終演後の拍手を全身に浴びると「ああ、また明日も頑張ろう」と感じられるのが演奏者の活力の源だと改めて気付かされるのが佐渡×シエナツアーなんです。

シエナの8割~9割の公演に出演している事もあって、僕はよくシエナの団員さんと間違われるんですが、僕はただの客演奏者(エキストラ)です。「もう団員みたいなもんだよ」とメンバーからも言って頂く事も多く、もちろん心情的には嬉しいのですが、団と何の契約も交わしていない以上、この言葉は僕の立場に全く何の効果ももたらしません。ですから、いつ呼ばれなくなっても、誰かに取って代わられてもおかしくない立場な訳です。そんな自分の立場をわきまえ、僕はどんなオーケストラでも、全ての本番を「この団体での最後の演奏会」と位置付けて、自分に悔いが残らないよう徹底的に準備をして緊張感を保ち演奏会に臨むよう心がけています。幸い、シエナに関しては参加させて頂くようになって既に8年目になりますから、多少は「積み上げた信頼」があるのかな、とも思いますが、むしろ、それまで築いたものが崩れ去らないよう強く心がけています。

シエナに出演するようになって最初の1、2年はかなり遠慮して様子を見ていた部分もありますが、3年目くらいからは「音楽的にプラスになる」と思えば意見も発するようにしましたし、自分が不安なところはどんどん質問をするようにもしています。こうして話し合いによって音楽を構築していこうとすると「話し合うなんてアマチュアっぽい、音で通じ合えばいいんだよ」と批判する方もいるのですが、これは「以心伝心」の気持ちを重んじる、実に日本人的発想だと思います。プロだからこそ、ベストの演奏を提供するために奏者同士の意思疎通は欠かせませんし、音だけで通じ合えない部分は言葉をもって解決するべきだと僕は思っています。

そして、最近僕がシエナなど吹奏楽の団体で心がけているのが「視覚的にリードする」ということ。

吹奏楽において、コントラバスは手の動きでテンポや音の変わり目、入るタイミングを周囲に伝えられる数少ない楽器のひとつです。コンサートマスターはサックスやクラリネットの奏者が務める事が多いのですが、やはり管楽器は見た目で音の入り、変わり目が予測し辛いんです。ですから、僕は「ちょっとテンポが前に行き過ぎだな」と思ったら弓を多めに使ったり頭、身体を大きく振ったり動かしたりして周囲に警鐘を鳴らします。コントラバスもそんなに楽器を振り回さず演奏するのが理想だとは思いますが、身体の軸がブレなければそれほど音に影響はありません。それに、オーケストラではかなり自制していますが、僕は曲に入り込むと動きが大きくなってしまう性質でもあります。

どうしても吹奏楽のコントラバスというと「目立たない、聞こえない」という先入観があるからでしょうか、最初は全く存在を認めてもらえない感覚がありましたが、最近はだいぶ見てくれるメンバーが増えてきました。普段から積極的にコミュニケーションを取るように心掛けていることも、多少は関係あるかもしれません。そう考えると、やはりエキストラでも、単発で呼ばれるよりは定期的に呼ばれる方が音楽的にもやり易い環境を築く事に繋がりますね。

特にコントラバスとティンパニは同じタイミングで演奏する場面が多く、その一発で曲の雰囲気を決めてしまうこともありますから、僕は常にティンパニとの関係性は重要だと思っていますし、常にティンパニを意識して演奏するようにしています。海外のオーケストラではコントラバスとティンパニの関係性は常識として浸透しているところが多いように感じます。今回ゲストで参加されているティンパニ奏者の方は、先方から「大変タイミングが分かり易いよ、ピチカートも良く聞こえてくるし、素晴らしい」と仰ってくれました。これはコントラバス奏者にとってはこれ以上ない賛辞の言葉だと言えますし、普段から意識していた事をちゃんと気付いてくれていると分かると、演奏会本番でも安心感、遣り甲斐が増すというものです。

また、吹奏楽でコントラバスが苦労するのが音程。管楽器は口で息を吹き込みますから、疲労してくると口が締まって音程が高くなりがちです。これはプロの楽団でも同じこと。オーケストラでは弦楽器が多いので、管楽器奏者は弦のピッチを聴きながら修正可能ですが、吹奏楽ではコントラバス、ティンパニ、ピアノ、ハープなどハッキリ音程を聞きとれる基準となる楽器が少ないので、管楽器同士の相乗効果によりどんどん音程が高くなっていきます。ですから僕は「音程が上がってきたな」と感じると、コントラバスが裸になる(目立つ)場所であえて音程を低めに取ったりして、周囲に警鐘を鳴らす事を意識的に行っています。よく「コントラバスは弾いていると弦が緩んで音程が下がる」と言われますが、ちゃんと管理して日常からこまめに調弦をしていれば、そんなに下がるものではありません。中学・高校吹奏楽部によくあるような管理状態の楽器だと確かにピッチが変わり易い事は多々ありますが・・・・。

この音程に関しては相当悩んだ時期もありましたが、あるとき佐渡さんに「本番はお客さんもいるし、音程がズレて聞こえるより、こちらが管楽器に寄った方が良いですか」と質問したら「いや、その音程は基準の音程であるべきなんだから、高い方に寄るのは違う」という返答を頂き、気持ちが楽になりました。それでもやはり本番では合わせに行ってしまう事はありますね。
今回のツアーではもう一つ苦労がありました。

ツアーで1曲目に演奏した伊福部昭さんの「シンフォニア・タプカーラ」では、冒頭にコントラバスが2部に分かれる指定になっていました。Dの音をオクターヴで演奏するのですが、これは元がオーケストラ向けに書かれた作品であること、そして下のDは五弦コントラバスでないと出ないので、おそらく五弦のコントラバス所有の前提、かつコントラバスを6~8本に想定して書いているものだと思われます。

シエナは原則コントラバス奏者が1人、団に楽器が無いので僕の個人所有の楽器を使用します。あいにく僕は四弦しか持っておらず、リハーサル初日は四弦で上のDを弾いていました。すると佐渡さんが「そこは五弦のゴリゴリ感が欲しいなあ~」と言われたのです。当然その場に五弦はありませんし、借りてくるにはお金がかかる。ちょっと考えた結果僕は四弦のE線の調弦を下げてDを出す事を提案、マエストロもそれで了承して頂きました。次回からは五弦を使用するかどうか、早めに指揮者に確認しなければと反省した出来事でした。

調弦を変える事は現代曲で経験済みでしたし、この曲は始まる前に調弦を変えておけば良いので、準備はそれほど大変ではありませんでしたが、問題は1楽章の間に音を戻すこと。1楽章の途中にはE線を使って低音楽器のメロディーが出てきますし、2楽章冒頭はE線を使って和音を支えなければなりません。何とか早めに調弦を戻す必要があります。いろいろ研究した結果、ペグを1回転半と約15度くらい回転させればほぼEの音に近くなる、というところまで辿り着きました。ところが今度は、曲中にハーモニクスを鳴らして調弦を確認出来る場所がほとんど無い事に気付きました。オーケストラならともかく、吹奏楽だとハーモニクスがあまり聞こえないんです。逆に聞こえるレベルの音量だと演奏を邪魔してしまいますし、数回のリハーサルでいろいろ探り、2ヵ所だけ、数秒間ハーモニクスを鳴らしても演奏を邪魔しない場所を発見し、何とかツアー中はその2ヵ所で出来るだけ正しい音程に戻す努力をし、楽章間で再確認する方法を取りました。

いざツアーが始まると、また別の問題が起きてきました。何度もE線の調弦を変えていたら、今度は隣のA線まで低くなり始めたのです。という事は、曲中で調弦を直す弦がさらに1本増えたということ。これはさすがに萎えましたが、こちらも調弦のスピードをあげること、そしてペグの角度を覚える事で何とかクリア出来たと思います。

ただ、やはり調弦を何度も変えるのは弦を痛めますし、駒にも悪影響だと思うので、あまり真似しない方が良いと思います。もしこの曲を演奏するとなれば、「上のDを演奏し、コントラファゴットやコントラバスクラリネットに演奏してもらう」或いは「五弦をレンタルする」という選択肢が一番に来るべきで、「調弦を変える」という方法は最終手段にして下さい。
まあ、そんなこんなでいろいろと苦労はありましたが、シンフォニア・タプカーラも、シンフォニア・ノビリッシマも、そしてカサノヴァも、中身が濃くて楽しい曲ばかりでした。もう一度富士山河口湖音楽祭では同じプログラムを演奏しますし、気合いを入れ直して楽しんできたいと思います。

06:10 | sumi | ■佐渡×シエナ2014夏ツアー はコメントを受け付けていません
2014/08/09

皆さんは「全日本吹奏楽コンクール」というイベントをご存じでしょうか。

全国の中学・高校・大学そして一般社会人までの吹奏楽団体が全国大会金賞を目指して白熱した演奏を繰り広げる、云わば「吹奏楽の甲子園」。吹奏楽は近年、映画「スウィングガールズ」や日本テレビの「笑ってコラえて!」の特集で一躍世間からも注目を浴びるようになったジャンルといえるでしょう。

コンクールは出場バンドの人数により大編成のA部門・小編成のB部門に分けられ、課題曲(毎年発表される5曲から選択、B部門は演奏しない)、自由曲の2曲を12分以内という制限時間内に演奏しなければなりません。コンクールは実に長い期間にわたり開催されます。7、8月の都道府県大会に始まり、都道府県代表が集まる支部大会を勝ち抜き、この支部大会で代表権を得ると10月の全国大会に出場出来るのです。最近は吹奏楽人口も増え続け、コンクール参加団体は10,000団体を超えるようになりました。だいたい1団体40~50人程度と考えて、50万人が参加する訳ですから、大変なビッグイベントです。

実際、僕も高校2年の時にたまたま吹奏楽名門校に転向してコントラバスを始めるきっかけがあり、このイベントの存在を知り、実際に高校2、3年と全国大会まで出場する事が出来ました。楽器を始めたばかりの頃は「そもそも吹奏楽ってなんだ?」というレベルでしたから、半年後の全国大会もよく分からないまま弾いていたのが実際のところで、高校3年の時に初めて「全国大会で金賞を取りたい」と思って練習に取り組むようになったものです。

僕が所属した学校は当時9年連続で東京代表として全国大会に出場していましたから、「全国は当たり前」という生徒たちの意識を強く感じました。校長や父兄の協力もあって、早朝からの朝練、そして授業が終わると夜遅くまで練習し、年末年始を除いて一年間ほとんど休みが無い高校生活。今の時代ならPTAが許さないでしょうが、往復2時間近い通学時間もあって、あの時期に変な遊びを覚えず、アイドルやテレビドラマにのめりこんで時間を消費することも無く、音楽一筋の有意義な時間を過ごせた事は現在にも大きく影響していると感じますし、部活は挨拶や上下関係にも厳しく、ここで叩きこまれた礼儀は社会に出た今、大変役に立っています。

実際にコンクールバンドを指導しに行く立場になると、学校に入った瞬間に生徒たちの挨拶一つで「この学校はきちんと指導されているな」「あ~この学校はダメだな」と分かります。何も体育会さながら「こんにちは!」と大声で叫ぶように挨拶する事が決して良い訳ではありませんが、敬語を使えなかったり、挨拶も出来ない生徒さんが増えた昨今、他人の目を見て、ハキハキした声や態度できちんと挨拶出来たり、私たちの荷物を持とうとしてくれる生徒さんを見ると、人間として基本的な部分をきちんと指導・教育されているなと感じますし、そのような生徒さんたちはおそらく練習もきっちりこなす事が出来るでしょう。そういった日常の些細な事が、自然と、音にも表れていくものです。

ただ苦言を呈するならば、そのような礼儀面を外面だけ取り入れた結果、こちらが何を指導しても、云われた内容を把握する前に「はい!!」ととりあえず大声で叫ぶ習慣が身についてしまっている学校も少なくない、ということ。相手の目を見て、何を言われているのか、何が大切なのか必死で食らいつこうとする姿勢は生徒本人の心から表れますし、意外と相手に伝わります。外見だけ取り繕ってもダメなんですね。これは教える側の我々にも言える事で、どんなにカッコイイ言葉を言っても、気持ちが無いと生徒の反応は鈍くなります。実際の体験から、僕は先生と生徒が本気で、全力でぶつかりあったときに本当の効果が現れると思っています。僕は教える人間としてはまだまだ未熟だと思っていますが、音楽の指導者として世に名を残す祖父や両親のレッスン風景は傍でずっと見てきました。その記憶から「生徒の為に何か力になりたい」という意思だけは強く持っていますし、今でも「教えるための研究」は欠かしていません。

僕の高校時代の顧問の先生は、それはもう怖ろしくて、怒ると灰皿が飛んできたりは日常茶飯事。これも改めて考えると、当時の先生は今の僕と同じくらいの年齢だった訳ですから、思い出してもあの貫録は不思議でなりません。そんな先生がブレていなかったのは「コンクールの審査は所詮他人がやるもの。審査員の採点なんて気にするな、アイツら何も分かっちゃいねえ。自分が金賞だと思ったらそれでいい」という信念でした。僕はいま吹奏楽関連の仕事をしているので、審査員を務める知人も多く、この発言を思い出すと何とも背筋が冷たくなりますが、指導する立場としてのブレない姿勢には強く心を揺さぶられましたし、実際「先生についていけばいい」と思っていました。

で、いざ僕が高校を卒業して音楽大学に進むと、管楽器の同級生の多くが吹奏楽部出身で、「実は全国大会で同じ舞台に立っていた」と分かりました。と同時に、楽器を辞めてしまう人の多さにも驚いたものです。僕の高校同期にしても、アマチュアで続けている人はいても、プロの演奏家として活動しているのは僕だけです。冷静に見渡してみると、強豪校でもその後音大に進む人は吹奏楽部の学年に1、2人。ここからプロになる人は本当に限られた人数になります。もちろん、趣味として楽器を選ぶ人が大多数だとは思いますが、吹奏楽コンクール強豪校であっても、決してプロの輩出率は高くない。中学・高校だけで年間10,000校近く参加しているコンクールから、ほとんど職業音楽家になる人がいないという事実は、正直物足りないといっても良いでしょう。これは一つの問題点だと思います。せっかくこれだけの人が楽器を選んだのだから、うまく受け入れ取り込んでいくシステムを構築したら、日本は音楽大国になれると思うのですが、残念ながらそのようなシステムが無く、高校を卒業するとそのまま楽器を趣味とするか、辞めてしまうのが現実です。

もう一つ吹奏楽部における問題点が「コンクールに向けた指導しかしない」こと。 「全国出場」だけを目標に、基礎もそこそこに同じコンクール曲だけを1年間ずっと演奏し、コンクールが終わると燃え尽き、卒業する頃には「そこそこ音は出せるけれども音色も汚く、吹ける曲数が圧倒的に少ない」という子が多いように感じます。自分が演奏している楽器が持つ本来の魅力、可能性を知らないまま辞める子がほとんどなんです。

実際に僕が指導に行っている学校も、コンクール直前のみの依頼が多く、僕が行く頃には入部直後からの変な癖がついてしまってコンクール曲を弾くこともままならなかったり、入部後に呼んで頂き、しっかり基礎を教えていてもコンクールの時期になると曲に追われて基礎が崩壊するケースが非常に多い。しかし、これは本末転倒です。コントラバスに限って言えば、基礎がしっかり出来ていれば2年目くらいから吹奏楽の曲はだいたい弾けてしまうはず(もちろん、一部の例外はあります)です。おそらく他の楽器にしても、基礎や音作りをすっ飛ばしてコンクール曲を練習し、結果音が汚いまま大会に出場しているケースも多いと思います。強豪校に行くと、スケールやロングトーンなど基礎をみっちりやって音作りをしているところがとても多い。強いには、それなりの理由があるんですね。

もちろん、部活はあくまでも趣味の延長で、最初から「プロになろう」というつもりで吹奏楽部に入部する生徒さんのほうが少ないでしょうし、中学・高校から楽器を始める人も多いでしょうし、強豪校に進む人は皆さんコンクールに出たくて、勝ちたくて入部してくるのですから、コンクール曲だけを練習してしまうのも仕方ないとは思います。決して職業音楽家の養成所ではない「学校の部活」に何を求めるか、これは顧問のさじ加減ひとつですから何とも難しいところ。ただ、音楽界からしたらこれだけ大きな人材の宝庫をみすみす逃すのは、何かもったいない気がします。だからといって僕に何かアイディアがある訳ではないんですが。

それぞれの部活に諸処事情はあるでしょうが、余裕があるのなら、例えば未経験者であれば最初から「1年目はコンクールに出さない」と決め、徹底的に基礎を固め、2年目からコンクールを経験しつつもいろんな演奏会を聴きに行かせ、様々な曲を演奏させる機会を作ってあげるだけで、自分の担当する楽器の面白さが格段に広がると思いますし、「もう少しきちんと勉強したい」と考える子が増えるように思うのですが、部活の練習時間優先で演奏会やレッスンに行く事を許可しない先生もまだいるようです。それでは耳も育ちませんし視野も狭くなる。僕は初心者の生徒さんが来ると、技術の指導のほかにオーケストラの映像やコントラバスのソロの演奏を見せる事で楽器の持つ魅力や可能性を必ず伝えます。演奏会にも積極的に行くよう勧めています。全てを決めるのは自分の「耳」だからです。自分の音ばかり聴いていても大した上達は望めません。上を見て、目標を設定することが大切だと思っています。

ついでに、吹奏楽に唯一弦楽器として参加しているコントラバスについていえば、まだまだ理解されていないのが現実です。管楽器出身の顧問が多いため、「弦の事は分からない」とほったらかしにされているケースが本当に多く、僕は指導に行くと怒りに震える事だらけです。百歩譲って「弦楽器の事が分からない」のはまだ理解出来る。しかし、「日本語が読めない」訳じゃないんだから、日本語で書かれている教則本を読んで、せめて基礎部分だけでもきちんと指導してくれよ、というのが僕の心の叫びです。ただでさえ趣味の延長としての部活で、練習する義務もないのに教則本を渡されて「後は勝手にやれ」で上達する生徒さんがどれだけいるでしょうか。それでも独学で何とか基礎を勉強している子がいると、涙が出ます。しかし実際はメチャクチャなフォームで、かすれた音を出している子がほとんど。未だに左手は1本の指だけで(実際は主に3本使って弾きます)弾いている学校もたくさんあるのです。

よくあるのが「レッスン講師を呼ぶ予算が無いために卒業生が教えに来る」パターン。卒業生が誰かにきちんとレッスンを受けた人なら良いのですが、独学でおかしな癖をつけた人が来てしまい、代々悪しき伝統が伝わっている学校も少なくありません。しかも、我々がレッスンに行って正しい奏法に修正しようとすると「でも、センパイがこう言ってました」とプライドを傷つけられたかのように不満を露わにされる事も多々。講師よりセンパイ、これもよくある吹奏楽部の悪い一面です。

まれに、そんな現状にご両親が溜まりかね、学校とは別に僕に指導を依頼してくるケースがあります。こういった環境を変えるためにも、僕は依頼があれば全国どちらへでも駆けつけます。もちろん、ボランティアではありませんので料金は発生しますが、それでも力になりたいとは思っています。吹奏楽部向けの教則本も執筆中ですので、今後も吹奏楽部でのコントラバスの立ち位置を改善するべく、活動を続けていきたいと考えています。

そんな吹奏楽コンクールですが、僕は決して否定派ではありません。実際僕自身がこのコンクールを通じて得たものは多く、この部活をきっかけにこうして演奏家になった訳ですから、やはりコンクールに向かう生徒さんたちには頑張ってほしいと思います。ただ、コンクールにおいて、結果はあくまでも他人による評価であり、金賞はオマケと考え、練習する過程から集中力を得て、友人との付き合いから多くのものを得てほしいと思います。

そして、その吹奏楽の数少ないプロ団体「シエナ・ウインドオーケストラ」の毎年恒例の夏ツアーが、来週から始まります。今年も首席指揮者・佐渡裕さんと、名古屋~鈴鹿~清水~長岡~水戸~越谷~河口湖とまわり、最後にはテレビ朝日「題名のない音楽会」の収録もあります。この演奏会を聴きに来てくれた学生さんたちに、吹奏楽の楽しさを少しでも知ってもらえるよう、精一杯全力で演奏したいと思います。

05:46 | sumi | ■吹奏楽コンクールに思うこと はコメントを受け付けていません
2014/07/07

母の東京音楽大学退任記念演奏会でした。

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出演者は先日の記事に書いているのであえてここには挙げませんが、現役の音大生から世界で活躍するピアニストまで、母と関わりの深い人たちが出演してくれた演奏会となりました。

僕はミューザ川崎で東京交響楽団の演奏会本番があった為、母の演奏会を第1部から聞く事は出来ませんでしたが、このミューザの演奏会の前半がピアニスト小菅優ちゃんのソロによるリストのピアノ協奏曲第2番。この小菅優ちゃんは10歳まで母の生徒さんで、彼女はこの日リストの協奏曲、さらにアンコールを弾き終えると大急ぎで紀尾井ホールに移動し、すぐに母の演奏会でモーツァルトのソナタを演奏してくれるという離れ業を見せてくれました。彼女の音楽はもちろん、そのスタミナ、パワーには脱帽です。

この日出演してくれた門下生のほとんどは僕も知り合いで、懐かしい再会となった人たちも大勢いらっしゃいました。そんな人たちとの再会の場となったこの演奏会、母のみならず僕にとっても大変嬉しく、意義深い一日になりました。今回出演した下さった方々、企画運営に携わって下さった皆様には心より感謝申し上げます。

幸い、ミューザでの演奏会が昼本番だったので、急いで移動して何とか母の出番である第4部には間に合い、シューマンのピアノ五重奏曲を聴く事は出来ました。

本音を言うと、母から「何か一緒に弾かない?」と言われれば仕事を断ってでも演奏したかったんですが、お声がかからなかったという事は、まだ演奏家としては認められてないんだなと感じ、悔しさと無念さでいっぱいです。この日クインテットに出演してくれた生野君は唯一「僕の友人枠」として出演してくれたので、勝手に彼に魂を預けたつもりでした。チラシ、ポスター、プログラム、チケットのデザインで多少なりとも母の力になれたかな?とは思いますが、チラシに関していえば作成時間も無く多くのミスを犯してしまい、猛省しております。

母の演奏はというと、最初は若いカルテットに老人介護される状態になるんじゃないかと心配だったんですが、演奏を聴く限りがっつりカルテットを支え、まだまだ元気な母の姿に安心しましたし、相変わらず美しい音色、そして最後の最後で音を外したりカーテンコールで譜面台を倒したりというお茶目な一面を見せる辺り、母の特徴が全て出た演奏会でした。

他にも母が可愛がってきたチェリストの趙静ちゃん、バリトンの寺田君、祖父の愛弟子だったヴァイオリンの佐藤俊介君、そしてヴァイオリンの中川さんとチェロの門脇君などは多忙を極めるスケジュールのなか出演してくれました。彼らにも感謝するばかりです。

演奏会後のレセプションでは母の昔からの友人である俳優の石坂浩二さんをはじめ、音楽会のみならず母の交流の広さを伺わせる多くの方々が参加され、お話していて「母は温かい人たちに囲まれているなあ、これも母の人懐こく裏表のない性格が為せる業なんだろうなあ」と感じた次第です。

きっと母はこれからもピアノを、音楽を勉強し続けると思いますし、また幼い子の育成に力を注ぎたいと話していましたから、まだまだ元気でいてくれると思いますし、皆様のご支援が必要になると思います。今後とも、母をどうぞよろしくお願い致します。僕も、陰ながら母の力になれるよう、そして母に追いつくよう音楽に邁進していこうと思っています。


感謝。

01:10 | sumi | ■母の退任記念演奏会を終えて はコメントを受け付けていません
2014/06/04

たびたびの宣伝になってしまうのですが。。。。

来月7/6、母の東京音楽大学退任記念演奏会が開催されます。

ポスター入稿用

鷲見加寿子退任記念演奏会~教え子たちと共に~

2014/7/6(日) 13:00開場/13:30開演
紀尾井ホール

全席自由(税込)一般:5,000円/学生:4,000円

<出演>鷲見加寿子、篠永紗也子、前田史也、小林遼、齊藤文、小原慧子、手嶋菜月、大橋緑、根岸玲那、中村純子、岩間有美恵、森浩司、一柳麻衣、濱本愛・山崎裕(連弾)、池村京子、石井理恵、石黒典子、佐藤彦大(以上ピアノ)

<特別出演>小菅優(Pf)、佐藤俊介(Vn)、趙静(Vc)、寺田功治(Br)

<賛助出演>中川直子(Vn)、生野正樹(Va)、門脇大樹(Vc)

<チケット問合せ>
ミリオンコンサート協会 03-3501-5638
紀尾井ホールチケットセンター 03-3237-0061

あいにく僕は自分の演奏会がありコンサートの最後に間に合うかどうかなんですが・・・、チラシやプログラムのデザインで微力ながら関わっています。

これまでに母が育て上げてきたコンクール入賞者勢揃いのピアノ門下生たちだけではなく、今やヨーロッパで大活躍のピアニスト小菅優ちゃんやヴァイオリニスト佐藤俊介君、ミュンヘン国際コンクール優勝のチェリスト趙静ちゃん、声楽界のホープ寺田功治君など、豪華多彩な出演者陣です。演奏会のレベルの高さはもちろん、様々な音色をお楽しみ頂けるコンサートになると思います。皆様お誘い合わせのうえ、ぜひご来場下さい!!

04:40 | sumi | ■鷲見加寿子退任記念演奏会 はコメントを受け付けていません
2014/05/18

今回はちょっと宣伝です。

僕が2007年から客演させて頂いている吹奏楽団、シエナ・ウインドオーケストラの新譜が5/14に2枚同時リリースされました。いずれも僕が出演した演奏会のライヴ録音です。

1枚目は昨年の夏、世界的なジャズピアニスト山下洋輔さんとのツアーで演奏したプログラムの一部がそのままCD「ラプソディ・イン・ブルー」になりました。録音はツアーの最後の2日間のもの。

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ジャケット写真をよく見るとめちゃくちゃ拍手している僕の姿が写っています 笑

収録曲は

Mr.O/狭間美帆
ピアノ協奏曲第1番 即興演奏家の為の《エンカウンター》:第4楽章/山下洋輔
ラプソディ・イン・ブルー/ガーシュイン
ボレロ(ピアノ・ソロ版)/ラヴェル、山下洋輔編

まず何といっても1曲目の「Mr.O」、これが最高にカッコいい!
作曲者の狭間美帆さんは1986年生まれとまだ20代の「美女」作曲家。彼女がアメリカで磨いた感性で書かれたこの曲、吹奏楽界の新感覚ジャズと言えるでしょう。「コントラバスとか、低い音が大好きなんです~!」と言ってくれた彼女、この曲もベースを上手に活かしてくれています。

2曲目の「エンカウンター」は山下さん自ら作曲したピアノ協奏曲。
ソリスト山下さんと締太鼓のアドリブバトルが見どころです。締太鼓を担当したのはシエナの打楽器奏者土屋吉弘君。ツアーでも、毎回2人のアドリブバトルには楽しませてもらいました。

3曲目が「ラプソディ・イン・ブルー」。
クラシックの演奏家と共演する時とは全く違い、カデンツァになると「ヤマシタ・ワールド」が繰り広げられ、ツアーでは「山下さん、いま何の曲やってるか忘れちゃって、ひょっとしてこのまま帰ってこないんじゃないか・・・?」と不安にすらなった事もありました。ツアーにおいて毎回違うカデンツァを聞かせてくれた山下さんの世界が存分に楽しめます。後日談になりますが、ツアー直後のテレビ朝日「題名のない音楽会」収録ではこれまた世界的ジャズピアニスト小曽根真さんとこの曲を共演し、この時の演奏がかなりの名演として吹奏楽ファンに語られているようです。

最後にラヴェルの「ボレロ」。
ツアーのアンコールで演奏された曲。通常フルオーケストラで演奏するボレロを山下さんが一人で演奏してしまいます。この曲に限ってはライヴが一番かもしれません。最後のほう、肘打ちを繰り出し演奏する姿に聴衆は息を呑んで惹きこまれていました。

このツアーは本当に「熱狂」という言葉がぴったりくる演奏旅行で、今この音源を聞くとあの興奮が甦ってきます。少しでもクラシック、ジャズ、吹奏楽、オーケストラ、ピアノに興味のある方はぜひ聞いてみて下さい。

つづいて同時発売の「スパーク!スパーク!スパーク」。

こちらはイギリス人作曲家スパークの作品を、作曲者自身の指揮で演奏した今年1月の演奏会がCDになったもの。2枚組です。

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収録曲は

陽はまた昇る/フィリップ・スパーク
オリエント急行/フィリップ・スパーク
エンジェルズ・ゲートの日の出/フィリップ・スパーク
ウィークエンド・イン・ニューヨーク/フィリップ・スパーク
メリーゴーランド/フィリップ・スパーク
ダイアモンド・コンチェルト – ユーフォニアム協奏曲第3番/フィリップ・スパーク
宇宙の音楽/フィリップ・スパーク
サンダーバード/バリー・グレイ(編曲:フィリップ・スパーク)

東日本大震災復興支援の為にスパーク氏が作曲、印税は全て救済基金に寄付されるようになっている「陽はまた昇る」、吹奏楽ファン必聴の難曲「宇宙の音楽」、ユーフォニアムの世界的ソリスト外囿祥一郎さんを迎えて演奏した「ダイアモンド・コンチェルト」など、こちらも聴きどころ満載です。

個人的にはピチカート(指で弦を弾く奏法)がかなり多く、リハーサルで指の皮が破れ、本番は肌色の包帯をしながら乗り切った記憶が一番強いのですが、本番後の打ち上げでスパーク氏に「ピチカートが過酷過ぎる」と言ったら笑っていました。ただ、曲は素敵な曲ばかりですのでぜひこちらも聞いて頂けたら幸いです。

宣伝ばかりになってしまいましたが、宜しければぜひ聞いてみて下さい。

05:11 | sumi | ■熱狂の記録 はコメントを受け付けていません
2014/05/08

こんにちは。

前回のゴーストライター騒動も徐々に忘れられかけ、僕も「結局は素人の巻き起こした騒動に過ぎないな」程度の認識になりつつあります。あれから僕は素晴らしい演奏会への出演が続いたことで、ますます例の騒動がくだらない事だと感じるようになりました。

その素晴らしい演奏会の数々で感じたことについて記しておきたいと思います。

まず最初が3月のインバル指揮、東京都交響楽団によるマーラーの交響曲第8番・第9番。指揮者のインバル氏はイスラエルの方で、これまでにフランクフルト放送響、ベルリン響、チェコフィルなど世界のオーケストラで音楽監督を務めてきた、マーラー作品の演奏に定評のある78歳の名指揮者です。

インバル氏は東京都交響楽団のプリンシパル・コンダクターとして最後の演奏会、さらにクラシックファンの間でその演奏評価がどんどん高まってきたインバル/都響のマ-ラ-チクルス(全集)としてもラストとあって、もともとチケットが早くに完売するなど前評判の高い演奏会ではありましたが、第9番の前の週に行われた第8番「千人の交響曲」の演奏がまた素晴らしく、ネットで「歴史的な名演」と騒がれた事で、さらにファンの期待値が上がっていたようです。僕もこの第8番、第9番と演奏させて頂きましたが、久しぶりに自分と聴衆のテンションが一致したように感じました。

僕は今回の8、9番で初めてインバル氏の指揮で演奏をしたのですが「とにかく細かく、よく練習する指揮者だな」というのが第一印象。事前に「早く終わる事は無いから」と聞かされてはいましたが、時間いっぱい使うだけではなく、内容も非常に密度が濃いので、4コマの練習時間でフラフラになるほど集中力を使いました。僕のように英語が堪能ではない人間は、外国人指揮者の指示を聞き取る事にも集中力を要するので、特に疲れるんです。

練習の中身については想像にお任せし、ここではあえて深く触れませんが、マエストロの練習は、強い信念と意思のもとに同じ箇所を何回も妥協無く繰り返し、プレイヤーの脳と身体に叩き込んでいくという表現が合っているかもしれません。8 、9番とも、練習で一度も通さなかったのはちょっと心配でしたが、それすら「オ-ケストラの緊張感が欠けない為の手段だったのかもしれない」と思ったくらいでした。

今回、第8番は東京芸術劇場と横浜みなとみらいホ-ルの2公演、第9番は東京芸術劇場、横浜みなとみらいホ-ル、サントリーホールの3公演。どの会場もほぼ満席で、来場された聴衆の雰囲気も素晴らしかったのですが、とりわけ第9番千秋楽のサントリーホールは客席と舞台が見事に融合し、これまでにあまり体験した事のない空間だったように思います。入場した瞬間から、ビリビリするばかりの客席の緊張感と期待感が舞台に伝わってきました。プレイヤーは意外と客席の雰囲気を肌で感じる事が出来るので、この客席の雰囲気って実はとても大切なんです。演奏家は「どんな時も同じように演奏するよう心がける」と一応は言いますが、正直人間ですから、期待感を浴びればもちろんやる気も漲りますし、近くの席につまらなそうな顔をしている人がいればテンションも下がります。しかし、この日は2000人からの全身に浴びるような凄い期待感を感じました。

そして演奏が始まってすぐに「今日は凄い演奏会になるかもしれない」と感じました。すでに本番を2日こなした後でしたが、それまでの2日間を凌ぐような音、そしてオーケストラの集中力を感じましたし、第4楽章冒頭では全身が痺れるような感覚にすら陥りました。これはマ-ラ-の第9番が僕の大好きな曲である事ももちろん一つの要因でしょうが、会場の持つ雰囲気が大きく影響していたと思っています。曲がフィナーレに近づくほどに涙を流しながら演奏するメンバーも増えました。
僕はマエストロの指揮で演奏するのが初めてだったので氏にそこまでの思い入れはありませんでしたが、昔からの楽員さんはそれなりの感情があったのでしょう。演奏者が涙を流せばその空気は客席にも伝わります。終演してから見ると涙を浮かべているお客様も多く見受けられました。

演奏会の成功は終演後の拍手に表されると言っても過言ではありません。音が消え入るように霞んでいき、ホールの静寂はマエストロの手が降りるまで続きました。マエストロの呼吸が落ち着いたとき、まさに万雷の拍手が巻き起こったのです。立ち上がる聴衆、笑顔で応えるマエストロ、一つの歴史が刻まれた瞬間だったと思います。

演奏会が終わると僕らコントラバスは楽器や弓を磨き、松脂やチューナーなどの小物を片付けるため多少ステージに残るので、聴衆が下手側に集まり、スタンディングオベーションでマエストロを讃える瞬間を目撃する事が出来ました。結局マエストロはカーテンコールで数度ステージに呼び戻されたのではないでしょうか。

僕は普段演奏会本番の夜はテンションが上がってなかなか眠れないのですが、この日はいつも以上の興奮で、テンションが高いまま帰宅し、帰宅後はむしろ凄い疲労感に襲われてしまいました。翌日も早朝から仕事だったのですが、なかなか頭が切り替わらず、軽い燃え尽き症候群にすらなりかけました。こんな体験はほとんど経験がありません。この経験は今後の演奏活動にきっと活かされていくと信じています。

そして、これから演奏会に出かける皆さんも、入場する演奏者を仏頂面で出迎えるのではなく、多少の笑顔で迎えてみて下さい。きっとその笑顔は演奏会を盛り上げる要因の一つになるはずです。

10:08 | sumi | ■聴衆の期待感 はコメントを受け付けていません
2014/02/12

久しぶりにクラシック界があまり好ましくない、大きな話題で世間を騒がす事になりました。

「被爆2世」「耳の聞こえない全聾の作曲家」「現代のベートーヴェン」としてメディアに大きく取り上げられ、「交響曲第1番-HIROSHIMA-」のCDが18万枚というクラシック界では異例の大ヒットとなった佐村河内守氏。実は彼は楽譜を書く事も出来ず、耳も聞こえていたと告発を受けたのです。告発者は18年間、佐村河内氏の代わりに作曲していた某音大講師のN氏でした。

念のためこの問題と僕の関係性を整理しておくと、まず僕はこの両者とお会いした事も無ければお話した事もありません。ただ「交響曲第1番-HIROSHIMA-」のレコーディングには演奏者として参加しており、4月にもこの曲を演奏する予定があった、という程度。4月の公演中止により数日間の仕事を失い、キャンセル料金が発生しなかった事も考えると、被害者という表現は大げさにせよ、関係者の一部という立場にはなるかと思います。僕よりも遥かに文章能力が高く、音楽的な知識・経験が豊富で、社会的地位のある方々が既に多くの意見を発表されているなか、僕のようにもともと語彙も少なく稚拙な文章表現能力しか持ち合わせていない人間が何か意見を述べるのは大変恥ずかしいのですが、一歩退いて冷ややかにこの騒動を見ている関係者を見るほどに、少なくとも自分はこの交響曲の演奏に携わったクラシック音楽関係者として、多少なりとも現在考えている事を説明するべきだと判断しました。

僕は「興味のない人にもクラシックを身近に感じて貰いたい」「自分の演奏記録を残しておきたい」という2点の目的からブログを書いていましたが、正直なところ、僕のようなフリー奏者は、関わった演奏会について手厳しい意見を書いたりすると依頼が無くなり仕事を失う可能性がありますから、過剰に褒めちぎって楽団に媚びを売るような事はせず、かつ自身の演奏活動記録としてブログに記録を残す作業を維持するため「感動した演奏会は記録に残すが、特に得るものが無かった場合、またソリストや指揮者が個人的に好ましくなかった場合などは一切触れない」というスタンスを貫いています。それでも最近は仕事量が増えるほどにそれらを失うリスクを恐れて公の場に書き辛くなったり、よく文章を読まず意図を理解もせずに突っ掛かってくるような人たちへの対処が面倒くさくなったりして、友人への限定公開にしているSNSへの投稿が中心になり、ブログはほとんど更新出来ていませんが、それでも何かしら心に残った演奏会などは記録しています。

で、いまこの時期に何を書いても後出しに取られるとは思いますが、この交響曲について、演奏した僕がその当時どう感じていたかを探る手段として、上記のスタンスで書いているブログが参考になると思います。この時期の記事を読み返してみると、録音の事には触れてすらいません。Facebookにも何も書いていませんし、唯一Twitterで「録音中に地震。とりあえず最後まで弾いたものの、反響板の揺れかたが恐ろしかった……」と、何らかの録音に参加していた事が分かる程度の呟きしか残していないのです。この事実からも、僕が何ら感銘を受けなかった事は理解して頂けると思います。

結局、自身が参加したにも関わらずこのCDを持ってもいませんし聞いた事もありません。依頼されたお仕事ですからきちんと準備をして全力で演奏しましたが、特筆するような感動は得ていませんでしたし「難しいなあ」と思った程度でした。同様に、佐村河内氏の特集を組んだNHK、TBSの番組も見ていません。被爆2世だろうが、書いている曲に魅力を感じなかったから本人の人生にも興味が無かったのです。ちなみにこれは交響曲に対する感想で、ソチ五輪絡みで話題の「ヴァイオリンの為のソナチネ」については綺麗な曲だと好感を持っていますから、全てを否定するものではありません。

ですから、純粋に交響曲に感動した人についても否定する気はありませんし、また佐村河内氏の人生を重ね合わせてストーリーとして聞く事で感動を得た人が居たって良いとも思っています。演奏する我々だって、作曲者の人生を調べ音楽を表現する手段、材料として参考にします。僕だって特定の曲を聞く事で大学時代の恋愛や、留学した時代の思い出に浸る事があります。単純に音だけを聴くのも、何かしらストーリーを重ね合わせて聴くのも音楽だと思います。そして、少なからず感動した人はその感性を恥じたり意見を覆したりせず、大切にして頂きたいと思います。僕も昔はバッハが退屈だと思っていた時代がありましたが今では大好きですし、モーツァルトやブラームスの曲の受け取り方だって十人十色なのです。

そう考えたら、「違う人物が書いた曲だから」という理由でCDやチケット代金の返還を求めるのも難しい問題ですね。曲を良いと思って購入したのか、彼のサブストーリーに感動したのか、或いは世間の話題に乗っかったのか。いずれにせよ、お勉強代として収めておくのが無難ではないかと思いますが。

それから、業界と世間に認識のズレがあると思ったのが「耳が聞こえない状態で作曲をする」という作業に対する考え方。音大などで多少なりとも音楽をかじっていれば「絶対音感があり、ピアノを演奏し、和声や作曲法を学んだ経験もあり、まして《最近まで耳が聴こえていたのであれば》作曲する作業は簡単ではないにせよ、感動するほど困難な事ではない」と感じたのではないかと思います。耳が聞こえなくなると持っていた音感にどのような影響があるのか専門的な知識が無いのでなんとも言えませんが、少なくとも僕はそう思っていました。ただ、作品が爆発的に売れた事で、それらを指摘して興醒めさせるのも・・・という思いもあり表だって意見する人が少なかったのかもしれませんし、そもそも業界における僕の周辺では彼の生い立ち、彼の作品に対する興味そのものが薄かったような印象でした。

さて、事件発覚後、僕のSNSのタイムラインは、音楽家の友人知人によるゴーストライターN氏について庇い、励ますコメントで埋め尽くされました。中にはマスコミの的外れでおかしな質問も介在するなか、誠実な回答を繰り返すあの告発記者会見を見ただけでも、彼の実直で飾らない性格は十分に伝わってきましたが、周囲のコメントを見るほどに「なぜこんな事に足を突っ込んでしまったんだろう」との思いを強くしました。もちろん、N氏が代役を務めたのは事実ですが、だからといって善意を利用され事件に巻き込まれてしまった彼を責める気になれないのが、今の僕の気持ちです。

あくまでも噂レベルですが、先生が弟子に書かせた作品を自らの名前で発表するという事も昔はよくあったようですし、ポップスの世界では楽譜を読めないアーティストが鼻歌を元に楽譜を書いてもらうといった作業は日常茶飯事だと聞きます(この場合、作曲者名がどのような扱いになっているかまでは知りませんが)。過去のクラシックの大作曲家ですら偽作がいくつも判明している訳で、ポップス業界を含めゴーストライターの存在について音楽家はそこまで驚いていないと思います。但し、真摯に曲を生み出す作業に没頭している作曲家を僕は何人も知っていますし、これをきっかけに「ゴーストライターが横行している」と取られるのは心外ですが。話が逸れましたが、友人知人の意見を見るにつけ、N氏には本来の道で、自身の持つ能力を発揮して、これからもぜひ音楽に携わって頂き、素晴らしい作品を生み出して頂きたいと思っています。

彼のドキュメンタリーを報道してきたメディアにも非難の声が出ています。これも番組を見ていないので何とも言えませんが、「これは売れる、数字が取れる」と飛びつくテレビ局の気持ちは分からないでもありません。TBSの特集では、タレントさんが佐村河内氏の背後から話しかけ、聞こえていないはずの氏が即座に回答するという不自然極まりない映像が放送されたにも関わらず、編集時、放送当時は視聴者も含め誰も気づかなかった訳ですし、スタッフも視聴者も、彼の作りだした「雰囲気」に呑まれ、騙されていたのかもしれません。密着時に佐村河内氏の持つ怪しさに疑問点を抱いたとしても、よほど冷静に、穿った見方を出来る人物が居ないと突っ込めないでしょうし、今の日本のメディアにそんな技量があるとは思えません。「全てが嘘だと知りながら」特集を組んだならともかく、「密着取材で気づかなかったのか」という批判はメディアに対する過剰すぎる期待だと思います。

ちょうど開催中のソチ五輪、渦中の曲を使用するフィギュアスケートの高橋大輔選手については、何ともコメントのしようがありません。発表のタイミングがベストだったのかどうか、僕には正直分かりませんが、N氏の「五輪で曲が使用されて佐村河内の名前が世界に広まる前に」という判断は正しかったのだろうと思いますし、きっと氏も思いつめられた限界のタイミングだったのだろうと推測し、これで良かったのだろうと考えるしかありません。高橋選手には、五輪でベストの滑りを見せて頂きたいですし、素晴らしい結果に繋がるよう心から応援するばかりです。

渦中の佐村河内氏は雲隠れしたまま公の場に姿を現していないので、まだ全ての真実がハッキリした訳ではありませんが、誤解を恐れずに言えば、ほとんど全てが嘘だったと分かったいま、その過剰なまでのセルフプロデュース力、大観衆の拍手喝采に応える図太い精神力にむしろ驚きを隠せません。ただ、もし「耳が聞こえない」のが嘘だったとするなら、障害者を利用した悪質な詐欺行為ですし、障害者手帳取得の経緯は徹底的に洗われるべきでしょうし、何よりご本人が一刻も早く公の場で会見をし、法に導かれるべきでしょう。僕からすれば、この騒動は、佐村河内氏が法の裁きを受ける事で収束するべきもので、彼が世に出るにあたり力を貸した周囲の人間は、多少の責任を感じ反省する事はあっても、そこまで周囲から叩かれるべき事ではない、と捉えています。

余談になりますが、この「偽ベートーヴェン騒動」が発覚した日、僕は奇しくも本物の?ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」のリハーサル日でした。運命を演奏しながら僕は「やはり良い曲だなあ」と感じましたし、これが例えベートーヴェン以外の誰か書いたものだとしても評価は変わらないでしょう。N氏の記者会見の2日後に行われた演奏会本番では、45年ぶりの記録的な大雪にも関わらずご来場頂いたお客様の拍手を受けながら、改めて音楽の素晴らしさについて考えさせられました。

そして、あまり好ましくない話題を振り撒いたクラシック界ですが、今回の騒動を一つ反省材料として真摯に音楽に向かいつつ、不謹慎な言い回しになるかもしれませんが、良くも悪くも世間の注目を集めたいまだからこそ、この騒動を利用するくらいの逞しさで、演奏会場に足を運んでもらう企画・努力を続けていければ良いのではないでしょうか。これからも僕は音楽を愛し続け職業としていきますし、このような騒動によって大好きな音楽の世界が誤解と偏見に包まれる事が怖く悲しいですし、もっと多くの方々に、多くの素晴らしい作品の存在を知ってもらいたいと思っています。この騒動に興味を持たれた方は、ぜひ一度クラシックの演奏会場に足を運んでみてください。そこにはきっと日常から離れた一種夢のような空間があると僕は思っています。

11:54 | sumi | ■ゴーストライター問題に思うこと はコメントを受け付けていません
2011/09/19

先日、母のリサイタルが終了しました。

2年に1度のペースでリサイタルを開催してきた母も、この10年くらいは満身創痍で、手術などもあり今回は5年ぶりの開催。

私は費用や事務など諸々の負担をかけないよう、少しでも力になれればと、チラシやプログラムのデザインを担当。「ひたすらシンプルに、読みやすいように文字は大きめで」という要望は、実に母らしいものでした。

さて、ヴァイオリンそして音楽一筋だった祖父同様、母もまた音楽に真摯に向かい合ってきた人です。私はなぜ二人の血を継がず多趣味になってしまったのか…という話はともかく、音楽家、演奏家、教育者としての母には尊敬の一言しかありません。

そんな母は決して日本のマスコミが大好きな「天才」タイプのピアニストではありません。いや、「努力する事の天才」と言えば良いのかな。真面目に輪をかけたような性格で、本当に音楽が好きだからこそ、よくありがちなレパートリーを回して頻繁に演奏会を行うような事をせず、二年に一度のリサイタルに全力を傾けてきました。

その一方で教師として本当に多くの生徒を抱え、ピアノの技術だけではなく人間教育として礼儀から教える厳しさで、コンクール入賞者を輩出するだけでなく、素晴らしい教師をも育てています。

今では音大の教授という立場にあり、リサイタルをしなくても名前に傷がつく訳でもないのに現役に拘る、それはただ母が音楽を愛しているからなんだと思います。

私も演奏家の端くれとして、年齢を重ねる毎に音楽の難しさや怖さを知り、体力や技術の衰えを感じてきていますから、あの年齢で、そしてあの過密スケジュールの中でソロリサイタルを開催する勇気には感服するばかりです。

そんな母も、先月会った時は体力と暗譜能力の衰え、そしてブランクの長さによる本番感覚の欠如が不安だと話していました。私もそんな弱気な発言をする母は初めてだったので、数日前からはほとんど連絡をしないようにすらしたくらい。

いざ会場に到着して驚いたのは、開場前にも関わらず既に長蛇の列が出来ていたこと。事務所によれば完売だったとのこと。小ホールといえど東京文化会館完売はなかなか無いこと。始まる前から、改めて母の凄さを思い知る事になりました。

事務所側から招待客指定席を用意して頂きましたが、私は目立たない端の席へ移動。母のリサイタルは毎回異常に緊張するので端から静かに聴きたいこと、それから真ん中に座っていると関係者への挨拶で落ち着けないのが理由。いや、挨拶が面倒な訳ではなく、あくまでも主役は母なんで、あまり自分が前に出たくないんです。

そして始まったリサイタル。

母が入場してきた瞬間、その雰囲気から今までにない緊張を感じました。それと同時に手足が震え始め、痺れすら感じ始めた私は「あ、そういえば俺は毎回、母のリサイタルでこんなに緊張感を味わってきたんだよなあ」と徐々にその感覚を思い出してきました。

1曲目のバッハでは母としては珍しくかなり危ない場面もあり、もはや私は自らの心臓の鼓動で演奏に集中出来ない状態。ひたすら「無事に通ってくれ」と祈るばかりでした。しかし次のブラームスは流石の内容。不覚にも涙が止まらなくなりました。やっぱり、母のブラームスは最高です。

前半のバッハとブラームスを終わってちょうど一時間経過。先月まで母はこのまま前半でウェーベルンまで弾くつもりだったのですから、今考えても変更して正解でした。

ブラームスで落ち着いたのか、後半は一気に安定しました。ベートーヴェンもまた素晴らしい内容でした。ただ、私の場合緊張で冷静ではなく、半分くらいしか聴こえていないかもしれませんが。

終演後、打ち上げのパーティーに顔を出し、一瞬だけ母と話す時間がありました。「心臓止まりそうになったでしょ」と笑いながら話す母を見て何だか一安心、終電で帰途についたのでした。

終わってみて私は物凄い安堵感に襲われていますが、母にとってリサイタルの終了はまた多忙な日々への再スタート。これからも全身全霊で音楽に向かい合っていくに違いありません。そして次回リサイタルがあるなら、私はまた客席の端で必要以上の緊張と闘う事でしょう。

とにかく今の母には、心から「お疲れさま」と言いたいと思います。

07:34 | sumi | ■鷲見加寿子ピアノリサイタル はコメントを受け付けていません

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