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2014/05/08

こんにちは。

前回のゴーストライター騒動も徐々に忘れられかけ、僕も「結局は素人の巻き起こした騒動に過ぎないな」程度の認識になりつつあります。あれから僕は素晴らしい演奏会への出演が続いたことで、ますます例の騒動がくだらない事だと感じるようになりました。

その素晴らしい演奏会の数々で感じたことについて記しておきたいと思います。

まず最初が3月のインバル指揮、東京都交響楽団によるマーラーの交響曲第8番・第9番。指揮者のインバル氏はイスラエルの方で、これまでにフランクフルト放送響、ベルリン響、チェコフィルなど世界のオーケストラで音楽監督を務めてきた、マーラー作品の演奏に定評のある78歳の名指揮者です。

インバル氏は東京都交響楽団のプリンシパル・コンダクターとして最後の演奏会、さらにクラシックファンの間でその演奏評価がどんどん高まってきたインバル/都響のマ-ラ-チクルス(全集)としてもラストとあって、もともとチケットが早くに完売するなど前評判の高い演奏会ではありましたが、第9番の前の週に行われた第8番「千人の交響曲」の演奏がまた素晴らしく、ネットで「歴史的な名演」と騒がれた事で、さらにファンの期待値が上がっていたようです。僕もこの第8番、第9番と演奏させて頂きましたが、久しぶりに自分と聴衆のテンションが一致したように感じました。

僕は今回の8、9番で初めてインバル氏の指揮で演奏をしたのですが「とにかく細かく、よく練習する指揮者だな」というのが第一印象。事前に「早く終わる事は無いから」と聞かされてはいましたが、時間いっぱい使うだけではなく、内容も非常に密度が濃いので、4コマの練習時間でフラフラになるほど集中力を使いました。僕のように英語が堪能ではない人間は、外国人指揮者の指示を聞き取る事にも集中力を要するので、特に疲れるんです。

練習の中身については想像にお任せし、ここではあえて深く触れませんが、マエストロの練習は、強い信念と意思のもとに同じ箇所を何回も妥協無く繰り返し、プレイヤーの脳と身体に叩き込んでいくという表現が合っているかもしれません。8 、9番とも、練習で一度も通さなかったのはちょっと心配でしたが、それすら「オ-ケストラの緊張感が欠けない為の手段だったのかもしれない」と思ったくらいでした。

今回、第8番は東京芸術劇場と横浜みなとみらいホ-ルの2公演、第9番は東京芸術劇場、横浜みなとみらいホ-ル、サントリーホールの3公演。どの会場もほぼ満席で、来場された聴衆の雰囲気も素晴らしかったのですが、とりわけ第9番千秋楽のサントリーホールは客席と舞台が見事に融合し、これまでにあまり体験した事のない空間だったように思います。入場した瞬間から、ビリビリするばかりの客席の緊張感と期待感が舞台に伝わってきました。プレイヤーは意外と客席の雰囲気を肌で感じる事が出来るので、この客席の雰囲気って実はとても大切なんです。演奏家は「どんな時も同じように演奏するよう心がける」と一応は言いますが、正直人間ですから、期待感を浴びればもちろんやる気も漲りますし、近くの席につまらなそうな顔をしている人がいればテンションも下がります。しかし、この日は2000人からの全身に浴びるような凄い期待感を感じました。

そして演奏が始まってすぐに「今日は凄い演奏会になるかもしれない」と感じました。すでに本番を2日こなした後でしたが、それまでの2日間を凌ぐような音、そしてオーケストラの集中力を感じましたし、第4楽章冒頭では全身が痺れるような感覚にすら陥りました。これはマ-ラ-の第9番が僕の大好きな曲である事ももちろん一つの要因でしょうが、会場の持つ雰囲気が大きく影響していたと思っています。曲がフィナーレに近づくほどに涙を流しながら演奏するメンバーも増えました。
僕はマエストロの指揮で演奏するのが初めてだったので氏にそこまでの思い入れはありませんでしたが、昔からの楽員さんはそれなりの感情があったのでしょう。演奏者が涙を流せばその空気は客席にも伝わります。終演してから見ると涙を浮かべているお客様も多く見受けられました。

演奏会の成功は終演後の拍手に表されると言っても過言ではありません。音が消え入るように霞んでいき、ホールの静寂はマエストロの手が降りるまで続きました。マエストロの呼吸が落ち着いたとき、まさに万雷の拍手が巻き起こったのです。立ち上がる聴衆、笑顔で応えるマエストロ、一つの歴史が刻まれた瞬間だったと思います。

演奏会が終わると僕らコントラバスは楽器や弓を磨き、松脂やチューナーなどの小物を片付けるため多少ステージに残るので、聴衆が下手側に集まり、スタンディングオベーションでマエストロを讃える瞬間を目撃する事が出来ました。結局マエストロはカーテンコールで数度ステージに呼び戻されたのではないでしょうか。

僕は普段演奏会本番の夜はテンションが上がってなかなか眠れないのですが、この日はいつも以上の興奮で、テンションが高いまま帰宅し、帰宅後はむしろ凄い疲労感に襲われてしまいました。翌日も早朝から仕事だったのですが、なかなか頭が切り替わらず、軽い燃え尽き症候群にすらなりかけました。こんな体験はほとんど経験がありません。この経験は今後の演奏活動にきっと活かされていくと信じています。

そして、これから演奏会に出かける皆さんも、入場する演奏者を仏頂面で出迎えるのではなく、多少の笑顔で迎えてみて下さい。きっとその笑顔は演奏会を盛り上げる要因の一つになるはずです。

2014/05/08 10:08 | sumi | No Comments