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先日、都内で行われた中学生向けの「音楽鑑賞教室」で演奏をしてきました。
音楽鑑賞教室というのは、オーケストラや室内楽の演奏会を聴いて頂き、音楽の良さを知ってもらう為の非公開演奏会。だいたい対象は小学生から高校生になっています。オーケストラ側はこれをきっかけにクラシックに親しむお子様が少しでも増え、客層の拡大に繋げるチャンスですし、学校としては授業の一環で生演奏に触れる機会が出来るので、演奏者・教育者ともメリットがあると言えます。演奏するのはオーケストラだったり小編成のアンサンブルだったり、予算に応じて様々な形態が取られます。最近はスポンサー企業向けに同じような内容の演奏会を企画する楽団もあります。他にも歌舞伎などの文楽鑑賞に行った経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。
音楽鑑賞教室は業界で通称「音教(オンキョウ)」と呼ばれます。オーケストラの場合、音教で演奏するのは、テレビなどでもよく使用される有名な楽曲が中心となります。ベートーヴェン「運命」第1楽章、ドヴォルザーク「新世界より」、ビゼー「カルメン」より前奏曲、ハチャトゥリアン「剣の舞」などなど。こういった楽曲だと演奏者が慣れているのでリハーサル回数も少なくて済むんですね。さらに、演奏の合間に「楽器紹介」といって、各楽器の構造などを説明し、少し音を聞かせるコーナーがあったりします。
この楽器紹介が、意外と演奏側にとってはキモだったりします。だいたいどの楽器も首席が小曲を演奏して音を聞かせるのですが、小さいとはいえ仲間の前でソロを演奏するのはそれなりにプレッシャーがかかったりするのです。僕はフリー奏者ですから、ゲスト首席としてオーケストラに伺った時に楽器紹介を演奏しなければならない事が多いのですが、こうなるともう大変です。「アイツはどの程度のもんか」という目で見られているような気すらしてきます。ちなみにコントラバスの楽器紹介はサン=サーンスの「象」が多いのですが、聴く側はそれが何の曲か理解出来ない事が多いので、僕は童謡の「象さん」や第九のメロディーなどを弾き分けています。
これまでに演奏した音教で特に印象に残っているのが、場所はハッキリ覚えていませんが、10年以上前に埼玉県で実施された演奏会。当日のゲネプロ前に校長先生が「本校の生徒はいわゆる不良が多く、あまり大人しく聴くタイプではないので、最悪の場合演奏会が途中で中止になる可能性もございます」と話されたときは、オーケストラもざわついたものでした。実際に開場してみると、今は不良漫画でもなかなか見かけないような髪型の生徒さんがたくさん入場してきて、物珍しそうに楽器を眺めたりしていましたし、ある女子生徒に至っては演奏会が始まってすぐ携帯が鳴り、「もしもしぃ、いま演奏会~」とその電話に応答したので、弾きながら思わず吹き出しそうになりました。しかし、最終的に半分くらい眠ってはいたものの、終盤には静かに集中して演奏を聴いていましたから、やはり外見で判断してはいけないんだよなと感じた演奏会でした。
最近の音教でよくあるのが、音楽の先生による演奏前の「音楽の聴きかた」講座。テレビ番組の「前説」みたいなものですね。我々演奏者は出演直前なので舞台袖で聴いているのですが、実に押しつけ気味なものが多いのです。
「携帯電話の電源は切って下さい」
ここまでは常識の範囲内ですからいいとしましょう。
「演奏中はおしゃべりをせず、静かに聴きましょう」
演奏する側としては助かる忠告です。しかし、聴こうとする生徒にとっては、既に押さえつけられている感覚があるのも否めません。正直、初めて聴く人なら感想を話したり先生に疑問をぶつけながら聞いたっていいんじゃないか、とすら思います。
「楽章の合間に拍手をしてはいけません」
まあ、これも演奏者にとっては集中力を持続する為に嬉しい事ですが、そもそも「楽章」が何か分からなかったり、曲を知らない子が多い音教で求める内容かどうか、甚だ疑問です。これを気にするあまり、曲が終わっても拍手が起きない事がままあります。こちらのほうが演奏する側としてはなんだか悲しい。何だったら「素晴らしい」「凄い」と思ったら拍手をしても良い、くらいのフランクな感覚のほうが、生徒さんたちは入り込みやすいとも思われます。
「演奏中は音がするので、プログラムなどを読まないように」
いま演奏している曲に疑問を持ったら何か情報を得たいと思うのは自然なことです。増して、ほとんどがクラシックに興味を持っていなかった子だろうと思うと、これくらいは許してあげたい。注意するとしたら「大きな音をたてないように、静かにページをめくりましょう」程度で良いのではないでしょうか。
「演奏中、なるべく寝ないように」
良い演奏は眠気を誘うものです。無意識に耳から演奏は入り、振動は身体を揺らすでしょうから、寝たって構わないと僕は思っています。
「演奏者が入場したら拍手、演奏が終わったら拍手、退場するときも拍手をしましょう。しかし、曲が終わっても指揮者が指揮棒をおろすまで拍手をしてはいけません」
こうなるとルールで縛り過ぎて、音楽に興味のない人が前向きに聞くようになるとは思えません。
と、こんな具合に「演奏を聴くルール」を事細かく注意する先生が多いのです。それまでに市長やら校長先生の長くてつまらない話を聞かされてテンションもモチベーションも下がり、眠気が襲っている矢先にこんなルール説明をされたら、聞く気も失せてしまいます。こんな事はある程度興味を持ってから覚えれば良い事です。音教ではない、オーケストラの定期演奏会に行って見れば、また全く別の緊張感溢れる空気がありますから、そこで自然と「暗黙のルール」は覚えていくものです。音楽鑑賞教室はあくまでもクラシック音楽を知ってもらう、好きになってもらう導入部分ですから、まずは気軽に聞ける空気を作ってもらえたら、と思います。
「では、演奏会を楽しんでください。『聞いた事ある曲だ』と思ったら、どんなCMやテレビ番組だったか思い出してみてください。気持ち良くなったら寝ちゃっても構いません。でも、カッコイイ人や可愛い人が演奏しているかもしれないから、寝る前に探してみて下さい!『凄い!』と思ったら拍手してくださいね」
前説はこんな軽いノリで、何だったら「最後に質問コーナーを設けるので、演奏中に不思議な事があったらそこで聞いて下さいね」なんて企画も良いと思うのです。これを読まれた企画担当者のかた、先生方、ぜひご一考下さい。
ちなみに、僕が小学生のとき、学校のホールに新日本フィルハーモニー交響楽団が音楽鑑賞教室にやってきました。当時、僕の父がホルンの首席奏者として所属しており、父も演奏していたらしいのですが、僕は開演と同時にグッスリ眠ってしまいました。帰宅後感想文を書かなければいけないので思い悩み、母に相談して代わりに書いてもらったら、それが賞を獲ってしまい学校の小冊子に掲載され、先生からも「音楽家の家庭に育つと目の付け処が違う」とか褒めちぎられて、何とも気まずい思いをしたのを覚えています。