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わたしがこの谷間で田舎暮らしを始めた2007年頃、巷では、スローライフ、とか、LOHAS(lifestyles of health and sustainability)といった言葉が流行っていました。
だから、わたしも漠然と、僕がやりたいことって、「スローな暮らし」とか、「スローフード」作りとか、「LOHAS」な仕事だったりするのかなぁ…?と想っていました。
それから5年以上が過ぎた今となっては、最早、「スローな暮らし」、だとか、況してや、「LOHAS」なんて言葉は、すっかりどーでもよくなってしまったわたくしですが、以前の都会でのサラリーマン時代に比べると、今のわたしの暮らしは明らかに、スロー(ゆっくりしか進まない)ですし、食べてるモノは全てこれ以上スローには出来ないものばかりだし、健康(Health)で、持続可能(Sustainable)なLifestyle(LOHAS)になっている事にも疑う余地はありません。
ただ、決定的に違うのは、「スロー」も、「LOHAS」も、そもそも、マーケティング用語、つまり、そういった言葉のラベルを貼る事でより沢山のお金を集めようと企図されているものなのに、それを実践している私の処には、まったくお金は集まって来ない、ということです(笑)
う~ん、どうしてかなあ?!?ユウさんに訊いてみたい(笑)
実は、以前、このコラムで「スローライフの心強い味方」と題して、4つのモノ
菌 植物 月 太陽 を紹介させて頂いています。
わたしたちが生きていられるのは、菌たちや、植物が生きていてくれて、彼らを殺して食べてるからです。菌も植物も生きていられるのは、月や、太陽が巡ってエネルギーを与えてくれているからです。
それも、わたし達が、仕事をしている間も、考え事をしている間も、ぼんやりとしている間も、ご飯を食べている間も、眠っている間も、一瞬も留まることなく流れて行く「時」があって、その同じ「時」の中で菌たちや植物が一刻も休むことなく生きていてくれて、月も太陽も巡っていてくれる。それで、わたしたちも生きていられるのですね。
つまり、そもそも、「時」というものが流れてくれなかったら、そして、その時が流れる場所がなかったならば、何一つとして生きることはできません。勿論、わたし達自身も生きられません。
個別にみればもっとはっきりと解ります。
パンを食べる為には、酵母菌など、沢山の菌たちが働いてくれなければ風味豊かに膨らんだパンが出来ません。小麦の粉が、風味豊かなパンになる為には、夏なら数時間、冬ならば数日の「時」を菌たちが生きてくれなければなりません。
お味噌やお醤油の場合には、もっと更に様々な菌たちが、半年から数年間の長い長い「時」を生きてくれなければなりません。
田や畑でお米や麦が育つ為にも、半年間という「時」が必要です。4か月間程度で実るじゃが芋や、2か月で収穫出来る胡麻や蕎麦のような作物もありますが、それでも、それだけの「時」を生きてくれない限り、それらの「実り」を手にする事は決して出来ません。
月も、太陽も、そして、勿論、我々が生きているこの地球も、宇宙という空間の中で、「時」を過ごしているからこそ、朝夕があり、4季があり、年も巡るのですね。
この巡る「時」があるからこそ、わたしたちの命は生きていられるのです。
不思議ですね?
かつての都会での暮らしの中では、わたしにとって「時」は一番の苦痛の種でした。出勤時間、締切り時間、仕事の期限。ぼっとしている時間、のんびりしている時間、週末や旅先、自然の中で過ごす愉しい時間は、いつもあっという間に過ぎ去って、必ず朝が、月曜日が、そして締切りがやって来る(笑)
今のわたくしにとっての「時間」は、めぐみそのもの、生きていることそのもの、になりました。掛け替えのない、味方です。
それでは、皆さま、よいお年をお迎えください。