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2013/08/04

前回記事はコチラ

88.ブータンの「ネット選挙」(6)
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=493

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最近になって、日本では盛んに「ビッグデータ」という言葉が取り沙汰されている。
インターネット上に溢れる膨大な情報を如何に素早く的確に分析できるか、
ということが、「ネット選挙」解禁における一つの大きな目玉でもあった。

毎日新聞と立命館大学が共同で、ツイッター分析に乗り出すなど、
先の参院選の動向も盛んに研究されていたようだが、
さて、そこからどのような発見があったのかは、まだあまり漏れ伝わって来ない。

参考:毎日jp┃2013参院選 ネット選挙 ツイッター分析
http://senkyo.mainichi.jp/2013san/analyze/20130721.html

ところで、ブータンにおいて、どの程度ソーシャルメディアが利用されているのか、
という至極当然の疑問をお持ちの方もいるだろう。
ブータンの『秘境』というイメージと、ソーシャルメディアが、
上手く結びつかない人も多いのではないだろうか。
実は、2年ほど前に書いた記事で、そのことについて触れているので紹介しよう。

38.Facebook症候群
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=199

記事の中で、あまりにもブータン人がFacebookにハマり過ぎてしまい、
仕事が手につかなくなっている、という笑い話のような本当の話を書いたのだが、
さて、その後、状況はどのように変化したのだろうか。

結論から言えば、相変わらずブータン人はFacebookが大好きだし、
インターネットの普及率の上昇に伴って、利用者の数も確実に増加している。
2012年12月時点のユーザー数は 80,220人で、人口の約11.5%が利用している。


出典:SocialBakers┃Facebook Statistics┃Bhutan

日本でも、特に昨年1年間でFacebookの利用者は急増し、
2012年12月時点で、17,196,080人(人口比約13.7%)が利用している。
http://www.socialbakers.com/blog/1290-10-fastest-growing-countries-on-facebook-in-2012

若干、日本のほうが人口比の利用率では上回ったものの、
ほぼ互角、という状況はなかなか驚きではないだろうか。
それもそのはず、インターネットの普及率で比較すると、
日本が 79.1%に対して、ブータンは 18.5%と4倍以上の開きがある。
ブータンでは、実にインターネットユーザーの3人に2人が、
Facebookを利用している、という計算になる。
つまり、それだけFacebookへの依存度が高い、ということを物語っている。

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●ソーシャルメディアの光と影

前置きが随分長くなってしまったが、今回は、
選挙戦におけるソーシャルメディアの功罪に焦点を当てていきたい。
前回記事に引き続き、有識者へのインタビューを元に話を進めていこう。

まず、今回の選挙で、ソーシャルメディアはどのような効果をもたらしたのか。

クエンセル紙のチェンチョ・ツェリン編集長は、
「ソーシャルメディアは、緊急時には役立つが、選挙においては良い影響は少ないように思う。信頼性や寛容性に欠ける。それぞれがそれぞれに都合の良いことしか言わないので、悪口や悪い噂の温床にもなる。特に問題なのは、それらが事実であるか否か、確認できないことだ」
と語り、その負の影響力に警鐘を鳴らした。

BCMDのペク・ドルジ氏も、同様に、
「ソーシャルメディア上の発言は、フェアではない。あくまでも誰かの視点に立った意見にすぎないし、その良し悪しを判断できない。たまに、不快なコメントもある。ソーシャルメディアでの発言はチェックされているわけではない」
と述べ、必ずしもソーシャルメディア上での議論が建設的ではないことを指摘した。
そして同時に、
「プロのジャーナリズムとは、バランスの取れた視点を持つこと」
との見解を示し、既存のメディアとの違いに言及した。

ブータンオブザーバー紙のニードゥップ・ザンポ氏は、
「ソーシャルメディアだけを見ていると、(悪い言葉が飛び交っていて)ブータンが腐敗した国に見えてしまう」
と嘆いた上で、
「より健康的なコミュニケーションは、やはりFace to Faceが基本。テレビや新聞の取材では、必ず名前を出す」
と述べて、ペク・ドルジ氏と同じく、従来のメディアが、
情報の質の面では優位に立っていることを強調した。

一方、ソーシャルメディアの持つメリットについては、
クエンセルのチェンチョ・ツェリン氏が、「面白い話がある」と言って、
次のような話をしてくれた。
「ある親子が選挙の開票速報を、父親はテレビで、息子はインターネットで、それぞれ見ていた。息子が、ネットで速報が出たのを読み上げたが、父は信じなかった。後で、テレビで結果が流れた際に、父は息子に『なんで結果がわかったんだ?』と尋ねたという」
この話のように、ソーシャルメディアは速報性の面では優れており、
既存メディアと上手く役割分担をしていくことが重要になるだろう。

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●ブラックアウト・ピリオド

ブータンの選挙法における特徴的なものの一つとして、
48時間のブラックアウト・ピリオド(広報管制期間)が挙げられる。

以下、選挙管理委員会ソーシャルメディア利用規則 第6条を引用する。

投票日の48時間前から投票が終了するまでの間は、広報管制期間となり、以下の事項が法の下に制限される。
6.1.1 特定の候補者または政党に対して、支持または不支持を表明する選挙広報の出版、報道、放送。
6.1.2 インターネット広告にも本規制は適用される。しかしながら、広報管制期間前に公開され、期間中に更新されない限りにおいては、その掲載を継続することができる。
6.1.3 新聞、雑誌、その他の期間紙において出版される目的で準備された純粋な報道目的のニュース (インタビュー、実況等) は、特定の団体に依らず、公正な競争を促す限りにおいては、政治広報とは見なされない。

つまり、この間、いかなる候補者、有権者も、選挙運動に類する行為をしてはならず、
静かな2日間を経た後に投票日を迎えることになる。
投票日のみ選挙運動が禁止(選挙カーなどによる宣伝活動は前日の20時まで)となる
日本とは、様相がだいぶ異なる。

これについて、選挙管理委員会のダショー・クンザン・ワンディ長官は、
「48時間の広報管制期間は、各有権者が自身の選挙区へ移動する時間も考慮した。3日間とったほうが良い、という声もあるが、今回は適切だったと思う。今回、その間に何か問題が起きたという話は耳にしていない」
と述べて、その意義と妥当性について説明した。

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●ソーシャルメディアは誰のものか

クエンセル紙のチェンチョ・ツェリン編集長は、
「ソーシャルメディアは、教育を受けた若者のもの、という印象がある。多くのブータン人は、識字の問題もあり、インターネットにアクセスできない。スピードと同時に、どの程度の数の人に届くのかを考えるべきだ」
と語り、必ずしもソーシャルメディア上の声が、全てのブータン人の声を
代弁しているわけではない、という見解を示した。

一方、BCMDのペク・ドルジ氏は、
「ソーシャルメディアの監視は誰がどのように行うのか。ルールはあっても、それを運用することができていない」
という危機感をあらわにした。

これについては、選挙管理委員会のダショー・クンザン・ワンディ長官自身が、
「ソーシャルメディアを全て監視することは不可能だ」
と白旗を上げており、実際に、十分な規制ができていない反省も口にした。
しかし併せて、
「ソーシャルメディアも、他のメディアと同様に、伝える内容には責任を持たなければならない。それは、とりもなおさず、全てのユーザーが、自らの発言に対して責任を持たなければならない、ということだ」
と述べて、自主的な規制を促していきたい、との思いを吐露した。
さらに、「ただし」と前置きをした上で、
「自分自身の意見を述べる、というのは民主主義の基本なので、それをないがしろにしてはいけない。国民は鎖でつながれた犬ではない」
という言葉を口にして、今後、ソーシャルメディアが多くの国民にとって、
意見を述べるための受け皿になりうる可能性にも言及した。

最後に、クエンセルのチェンチョ・ツェリン氏の言葉を引用しておきたい。
「中東では、ソーシャルメディアが力を発揮して革命がなされた。だが、その後も混乱が続き、平和な社会は築けていない。ソーシャルメディアはあくまでも手段であって、どう使うかはその人次第だ」

ソーシャルメディアが何かを成すのではなく、
何かを成すのは、あくまでも人の力。
今回、ブータンの選挙でも、その片鱗のようなものを至る所で感じた。


選挙翌日の記者会見に応じる選挙管理委員会のダショー・クンザン・ワンディ長官

2013/08/04 12:00 | fujiwara | No Comments