« キプロス世界大会(3)プレ大会DAY1と「深度申告」 | Home | 先輩のわかりにくい助言 »
■DAY2 57m
さて、例によって悩みに悩み、DAY2はついに-57mを申告しました。
-57mは、4年前のギリシア大会で出した公式自己ベスト記録と同じ深度。そして58mでブラックアウトの経験があります。55mは何度も潜っていますが、ここから先の50m代後半に、突如として壁が現れます。
私の場合、耳抜きが障壁になることはほぼありません。申告したボトムまでは行こうと思えば行けてしまいます。問題は「息が持たない」という点なので「行けるか行けないか」ではなく「きちんと往復して帰ってこられるか」という帰り道が課題。浮上途中で酸欠になれば非常に危険なブラックアウト(失神)をしてしまいます。これを自己ベストゾーンで潜行の段階で見極めるのはかなり難しいのです。
これを考えるとどうしても申告をためらってしまいます。でも最後はもうこれ以上は逃げられない、57mしかない・・と消去法的に決定。前日はしっかりごはんを食べた後、早々にベットに潜り込みました。
さて、当日の朝・・・いつもの青空を見て深呼吸、と部屋の窓を開けると。
毎日抜けるような青空の中で生活していたので、太陽の無い茶色の風景には驚きです。まあ、曇りの日くらいあるか・・
ともあれ、ストレッチと軽い朝食を済ませて、ボート乗り場へ。途中まで同室の諏訪恵選手が一緒に来てくれましたが、この時何となく息苦しく「これ、光化学スモッグかな??」と言い合ったのを覚えています。
沖に出ると、空気がどんどんくすんできました。海はとても穏やかなのですが、空気が茶色・・沖から見渡せるはずの街並は一切見えず、海の中より空気中のほうが透明度が悪い。
こんな不思議な空の下、-57mに向けて淡々と時間が迫ってきます。ウォーミングアップを終えて競技ゾーンへ。この日既に競技を終えた木下選手&廣瀬選手が2人でサポートのために待っていてくれました。二人のサポートは可愛くて面白くて、競技直前まで気持ちを和ませてくれました。
ここ何年も、55mをしつこい位何度も潜っていたお陰で、57mは頭の中で十分イメージすることが出来ました。40m頃から始めるフリーフォールですが、いつもより、2秒多くカウントすると目の前にボトムプレートがありました。
「よし、ぴったり!」そしてあとは浮上するだけ、、とはいえ、私にとってはこの浮上が一番の課題。途中で意識を失ったりしないように、体全体をリラックスさせながら、でも気持ちは引き締めながら浮上と同時にロープの高い位置を掴んでしっかりサイン。そして・・
「ホワイトカード!」
今大会最初の公式記録は自己ベストタイ。この日のダイブの感触の良さは格別でした。全てイメージ通り。酸欠感は全くなく、身体にしっかりと血液が巡っている実感。浮上してロープを掴んだ瞬間「もっと深く行ける」そう確信しました。
この後、環境は悪化します。茶色い空気は、アラビア半島からの砂塵でした。なんと、10年に一回のレベルの砂塵だったようです。お隣のレバノンやイスラエルでは、砂塵の影響で病院に担ぎ込まれる人が出たり、外出禁止令が出た程の酷さです・・
<当時のBBCニュース>
Middle East dust storm puts dozens in hospital
キプロスはヨーロッパというより、地理的にはほぼ中東ですからね。
翌日はまたレスト。砂塵はどんどん酷くなってきました。私は喉が苦しく、咳が止まらず、一歩も外に出られない、そんなオフを過ごすことになりました。この翌日は一番砂塵が酷く、砂塵が気管支や肺に入ることを恐れてトレーニングに出ない選手もいました。
■DAY3 60m
プレ大会の最終日。この日私は、60mを申告しました。
しかも今回の申告は1秒も迷うことなく。一大決意をしたわけでもなく、他の選択肢を検討する余地もなく決まっていました。1mで迷う私が、+3mで何故迷いもしなかったのか不思議ですが。
「こうしたい」という自分の意思というより「こうすることになっていた」とでもいう感じ。人生にはそういう時って、ありますよね^^;
60mは私にとって4年越しの壁。57mまでは4年前にサクッと到達出来たのに、その後のたった3mがどうしても突破出来ませんでした。60mを目指して本当に色々な奮闘をしてきました。フィンワーク、閉息トレーニング、陸上トレーニング、肺活量訓練、体幹トレーニング、試行錯誤しました。が、結局到達出来ず。
私が悪戦苦闘している間に、いとも簡単に70m,80mと潜る選手が増えてきました。けれど、3年前のバハマ大会でも、2年前のギリシア世界大会でも、60mは失敗。私は万策尽きて、もう私の身体はこれ以上は無理なのだ・・といわば諦めの境地に達していました。そしてもう、60mを「目指す」ことはやめていました。ただ、今年はキプロス大会に向けて、ベストを尽くそう、と粛々とトレーニングし、食事や鍼灸で身体を整えていました。(そして結果、ブラックアウトしやすさの原因の一つと考えられる低血圧が改善しました!)
そして「この日」は、やってきました。
まだ砂塵が残る中、マスクとサングラスをして船に乗り込みます。少し咳も出ています。海は穏やかで青くてトロンとしていました。
バージ船の上でストレッチと呼吸、ビジュアライゼーション。
ゆっくりウェットスーツに着替えて、ウォーミングアップはいつも通り。顔つけ5分、そして10m、15mのフリーイマージョンを1本づつ。
開始15分前、待機場所に行くと前回と同じくdeepダイブを終えた木下選手・廣瀬選手がサポートに来てくれました。全ていつも通り。淡々と進んで行きます。
カウントの声が聞こえ、潜行開始。
-20m地点はサーモクラインですぐにわかります。急に水の温度が3-4℃下がり、ひやっとします。薄目を空けると、水中カメラマンたちがこの地点で浮上をし始めるのが見えます。
さあ、ここからはひとりぼっち。
30mを過ぎ、40mまで、ゆるやかにキックを緩めながら進みます。そしてフリーフォールに突入。このあたりで圧力はもの凄く増しているはずなのに、何故か感じる安堵感。すーっと加速しながら落ちて行くのが心地よい。
50mを過ぎてもまわりは明るい青。キプロスの海はどこまでも明るい青。目をつむっていてもわかります。
いつもより5秒長くカウントし、目を開けると目の前にボトムプレートがありました。「よし!ピッタリ!」
60mまで「来たこと」は何度もあります。でも浮上を失敗していました。これまではボトム地点で「ずいぶん深くまで来てしまった」と感じていました。ところが今回は「あれ、もう着いてしまった」とあっけなさに笑ってしまいそう。
浮上はいつもより軽快に感じました。50m…40m…30m…ここで1stセーフティダイバーが水中スクーターでお出迎え。このあと20mでさらに2名のセーフティダイバーやカメラマンが出迎えてくれます。
そして浮上。絶対に水面で失神等しないように、思い切り、高い位置を掴みました。そして、しっかりとサイン。
取って来たタグを見せながら、顔が笑ってしまうのがわかります。
「ホワイトカード!」
長年の壁をついに突破しました!
もうこの後は狂喜乱舞です^^;
ジャッジのロバート・キングにハグ!みんなにハグ!!
60mは、世界大会では全然深い深度ではありません。でも間違いなく、この喜びっぷりは今大会ベスト3入りしたのではないかと思います。木下選手・廣瀬選手、二人とも私よりずっと深く潜ったばかりなのに、自分のことのように顔をくしゃくしゃにして喜んでくれました!
そして、この場にはいない沢山の人たちも、私を支えてくれていました。ありがとうを1000回言っても足りないくらい、感謝の気持ちでいっぱいになりました。早く戻ってこの感謝を伝えたい、という気持ちと、このままずっと水の中にいたいという気持ち。
申告から潜り終わるまで、身体が勝手に動いていたように感じた、とても不思議な一日でした。
この日のダイブは、一生忘れないでしょう。
この先、もっと深く潜れる日が来てもきっと忘れない日です。
それにしても、よく考えると、あらゆる努力をして、わざわざ60mも潜るなんて、相当馬鹿げていますよね。クレイジーです。そして越えられなかった壁とは何だったのでしょう?本当にそんなものがあったのでしょうか?
でも・・私は浮上後ロープにぶらさがり判定を待ちながら、もっと馬鹿げたことを思ったのです。
「もっと潜りたい・・・そうだ、70mに行こう!」
何年かかるかわかりません。でも私の次の目標はこうして、決まってしまいました^^
photo by Daan Verhoeven , Soteroula Tsirponouri