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幹の太さは60cm、
奇麗な切り口からは、
彼女の生きた人生が伝わってくる、
56年間の彼女が巡りあった、
素晴らしかった出来事も、
哀しかった出来事も、
傷ついた出来事も、
別れた男達のことも、
皆、彼女の年輪に刻み付けられている、
そんな彼女の年輪を一言で言えば、
奇麗としか言いようがない、
そんな杉丸太が目の前に突然現れたとしたら、
もう彼女の皮を剥かさずにいられない、
彼女の生きた生き様が見たくて、
彼女の愛した男たちのことが知りたくて、
彼女の水分を十分に含んだ柔らかな木肌に触れてみたくて、
彼女の皮を剥かさずにいらない、
今日は森の予定を総てキャンセルして、
一日中彼女に付き合うことにした、
森の朝は静かなはずなのに、
先程から山小屋のすぐ側でチェーンソーの音がします、
妙に近過ぎる場所からチェーンソーの音が聞こえます、
眠たい目をこすり森のドアを開けてみると、
木こりの職人が2人で裏の杉林の枝打ちをしています、
長い二段梯子の先端から杉の木に飛び移り、
杉の太い枝を足場に杉の木の先端まで登っています、
腰に縛り付けた小ぶりのチェーンソーを木の上で回し始め、
杉の木の枝を切り落としています、
ゆっくりと下の枝に移動しながら、
肩の高さの枝を、
チェーンソーで切り落としています、
そして地上にいる私に気がつくと、
『やあ、起こしちゃったかな、
今日、あんたが来ていたんで良かったよ、
先日の台風で大きな杉の木の先端が折れただろ、
ムササビが杉の丸太に穴をあけて住んでいたんだけど、
台風の風でその穴の部分から先が折れてしまったんで、
もうこの杉は枯れるしかないんだけど、
話しでは、あんたこの杉の木が欲しいんだって、
この杉の木は素性が良いよ、
今日切り倒すから、
あんたどこに置いたら良いか、
言ってくれないか』
『分かった、
そしたら、そこに切り倒した丸太置いておくから、
後は自由に使ったら良いさ、
その代わりもうしばらくうるさくするけど、
そのうち終わるから、
それまで待ってくれないか』、
65歳を超えた老職人は、
小柄な体型で禿げた頭と顔は山の優しい日射しに照らされたせいか、
こんがりと染み込んだように日焼けしている、
ただ、大きな目だけが人なつっこさを含んだ優しい人柄を感じさせる、
20年以上も顔を合わせて入るものの、
老職人が作業をしている時は、
常に厳しい目つきの為、
あまり会話はしたことがなかった気がする、
老職人は遠くで重機を動かして、
枝打ちされた杉の枝を地面に埋め込んでいる若い職人を手招きで呼び寄せ、
先端の折れた杉丸太の根元当たりを手で触れて、
再びチェーンソーを回し始めた、
刃の目立てがちゃんとしているのだろうか、
まだ、水をいっぱい含んだ杉丸太の根元にチェーンソーの刃を入れると、
まるで柔らかな物でも切っているように、
チェーンソーの刃が気持ちよく杉丸太の幹に食い込んでいく、
ある程度幹を切る進めると、
手招きで重機の若い職人に指示を与え、
杉丸太の地上5〜6mの部分を重機のショベル部分で、
倒したい方向に力をかけさせた、
それからほんの数分後には、
杉丸太は大きな音とともに、
他の木を傷つけないように、
哀しくに森の中に横たわっていった、
そして彼女の56年の人生を終わりにさせた、
私が小屋の中の用事を済ませ、
再び森の中に出てみると、
職人たちが去った後には、
私の敷地の丸太置き場に幹の太さが60cmもあろう杉丸太が3本置かれていた、
ここまでされたら、
目の前に奇麗な彼女が横たわっていたら、
反射的にそして無条件に、
杉丸太の皮を剥きたくなるのが、
今では習慣になってしまっているようだ、
物置から皮むきの刃を取り出し、
ディスクサンダーと平ヤスリで、
皮むきの刃先を研ぎ始めている自分に気がつく、
太い丸太の皮は彼女をどこまでも守ろうと言う決意の表れなのか、
厚く堅く彼女に木肌にしっかりまとわりついていた、
全身に力を入れて皮むきの刃を引き抜かないと、
皮を剥ぐことは出来ない、
この感触って久しぶり、
木の幹近くの柔らかな皮を削ると、
水しぶきが顔に当たる、
この感動も久しぶり、
今日、この森に来て良かった、
彼女に会えるなんて、
こんなチャンスに出会えて良かった、
そんなことを思いながら、
杉丸太の幹から飛ぶ水しぶきが、
私に何かを語りかけているように思えて、
私はただただ合図値をうちながら、
彼女の話しに、
耳を傾けていた。