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2013/06/30

最近読んだ アーシュラ・K・ル=グウィン【Ursula K. Le Guin】の
『空飛び猫【Catwin】』の一節にこんな文章がある。

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「お母さんはここを出て行きたいとは思いません」とタビーお母さんは静かに言いました。「私はここで生きていきます。ゆうべトム・ジョーンズさんが私に、結婚の申しこみをしました。私はその申しこみを受けるつもりです。そうなると、子供たちは邪魔になるのです。」

子供たちはみんなしくしく泣きました。でもみんなにはわかっていました。猫の親子にとってはそれが当たり前なのだということが。子猫たちはまた誇らしくも思いました。これなら大丈夫、もうちゃんと独り立ちできるとお母さんが認めてくれたわけですから。
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何故自分の子供たちに羽が生えて生まれたのかがずっと分からなかった
お母さん猫ジェーン・タビー【Mrs. Jane Tabby】が、ある日犬から逃げるために
ふわっと飛んだ一番ちび猫のハリエット【Harriet】を目撃、環境の悪いこの街を出て
もっと良い地へ飛んで行くための翼だと悟り、子供たちに旅立ちを促す。

気になったのは『子供たちは邪魔になるのです。』と言い切り
子供たちも『猫の親子にとってはそれが当たり前』というところ。

この本は猫の家族の話であるけれど、読み手は人間の子供である。
原作が1988年(アメリカ)、村上春樹氏の訳本が1993年。

正直な印象は、猫一家の話とは言え、
再婚するから前の旦那との子供は邪魔なのよ、だからあなたたちは自分たちで生きなさい
ということかしら? 子供たちを旅立たせたいとは言えそんな表現でいいの? と驚いた。

1988年、まだ日本にいた自分のまわりには『お母さんだけ』『お父さんだけ』
という家族が少なく、たまに病気で、という話を聞くことがある程度の環境。

もともとそういう話題に疎い、という性格と、多分本当にまわりに少なかった、
という環境のせいか、『離婚した』『再婚した』という話題は
1991年にボストンの大学寮の生活を始めてから聞くようになる。

私のように両親が生まれた時から一緒(というのでしょうか)という友達と
両親が離婚して、再婚して、家族構成が変わった、という友達が半々ぐらいに。

最初親が離婚して、再婚して、と聞かされ、なんと答えて良いやら、と戸惑った。
それが、何か情をもった返答を求められ言われていることではなく
単に情報として伝えられていること、つまり家庭にはそれぞれの形がある、
と理解してからは、聞いてもあまり気張らなくなった。

(この話は深いので今回はここまでに留めます。いつか言葉にできる時が来るまで)

その時と同じくらいの気持ちでこの一節は割と重く響いた。

だから原文を読むことになったら、
そこがどういう風になっているかを確認しよう、と思っていた。

===
“I have no wish to leave,” said Mrs. Tabby quietly.
“My work is here. Tom Jones proposed to me last night, and I intend to accept him.
I don’t want you children underfoot!”

All the children wept, but they knew that that is the way it must be, in cat families.
They were proud,too, than their mother trusted to them look after themselves.
===

すぐには意味がわからなかったが『underfoot』がポイントに違いない、
と調べてみる。

underfootは副詞で『足元に』という意味、
leave ~ underfootは~を足元に残す、という意味。

子供たちが母親や大人の“足元にいる”=“まとわりつく”=“邪魔をする”
の意で多く使われている。

可愛い子には旅をさせよ、ライオンは子供ライオンを谷に突き落とす、というように
タビーお母さんは何としてでも子供たちを旅立たせたかった。
だから『邪魔になるのです』、と。

そしてそもそも、新しい旦那トム・ジョーンズとの新生活はただの口実にすぎず
離婚だ、再婚だ、なんて話は私の取り越し苦労であった。

けれど、人間に当てはめると当たり前ではないから
『猫の親子のとってはそれが当たり前【that is the way it must be, in cat families】
の一文が入っているならば、この箇所はやっぱりそうそう楽観的な事ではない。

訳者の村上春樹氏に葛藤があったかは分からないが、
1993年の私が訳していたら躊躇していたと思う。

そして躊躇した結果、最終的にタビーお母さんの心情を言葉にしたら
やっぱり『子供たちは邪魔になるのです』としていたとも思う。
だから今、この訳にたどり着く訳者という職の素晴らしさを思う。

参考)
村上春樹氏の訳書 『犬の人生』についてのコラムは こちら から

***
全く余談ですが、2年前に猫を火葬したら、
肩甲骨が綺麗に形が残ったままで、まるで羽のようだったことがある。

火葬場の人曰く、人間の肩甲骨は滅多に形は残らず、
犬や猫は時々あんな風に形が保たれることがあるそう。

多分その昔、こんな風に“羽”が残った、生前に人徳ある人がいて、
それが背中に翼“天使の羽”を持つ、天使誕生の由来かなぁ、
と思うほどそれは対になった、真っ白で大きなだ円を描く翼でした。

2013/06/30 05:23 | masaki | No Comments