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「どうしたんですか?」
歌い終えて、ちょっとぼうっとしていたのだろう。うる実ちゃんは黒服さんの心配そうな声に現実に引き戻された。この黒服さんも歌を歌う。ジャンルは違えど歌が好きなことは同じで、ママの興が乗ると歌ってよとせがまれることもある。黒服さんは凪子さんの三味線で、うる実ちゃんはアカペラで。酔っぱらいの拍手はちっとも揃ってないがあったかくて、ときどきうる実ちゃんは歌が歌える環境に自分がいることを嬉しく思う。
昔から歌は好きだった。女優になりたいと思ったのも、最初は歌が歌えるかもしれないと思ったからだ。今は同居しているプロデューサーに歌と演技を見てもらっているが、なかなか芽が出る気配はない。プロデューサーに声を掛けられた時はさすが東京だと思ったが、やはり現実はそう甘くない。けれどそれは北海道にいたころから漠然と思ってはいたことだったので、うる実ちゃんはちっともめげず、今日も元気に出勤している。
それに東京には地元の自分を知る人は誰もいない。
なまじ旧家に生まれ、ちょっと擦れてしまったりもしてうる実ちゃんは一度夢を諦めた。歌なんてどうでもいいと思ったことも多少はあった。でも、今は違う。何しろこの店では自分の唄を喜んで聞いてくれる人がいて、踊ってくれる人がいるのだから。
最初にママにこの店に連れてこられた時、うる実ちゃんはお客さんだった。キャバクラともクラブともスナックとも違うこの店は、女の子が一人で遊びに来ていたり、なんだかすごく偉そうな感じの人が子供みたいにはしゃいでいたりする。しかもなぜか小間使い(男)までいる。変な店、と思った。でも変じゃなくて、なんだか妙にあったかくて楽しい店だと思った。
だから、うる実ちゃんはここで働くことにした。
レッスンがあるから、毎日は出られない。そう言ったらヘルプでいいよとあっさり許可され、うる実ちゃんは不定期でこの店を手伝いに来る。それ以外にも暇が出来るとふらっと来る。来ればそれなりに働かされもするものの、妙な客はいないので安心だ。
「ミーティングするので集合お願いします」
さっきとは別の黒服くんが声を掛けて回っている。この黒服くんは実は馬主らしいと噂だ。若くてイケメンで気遣いも出来るとお姉さんからの評判も上々で、日舞の名取の噂があるもう一人の黒服さんとこの店の女性客の人気を二分している。そういえば小間使いさんの姿を今日はまだ見ていない。買い出しにでも行ったのだろうか?
店長は無言でグラスを拭き続けている。隣でママがのんびりと集まってくる女の子を眺めている。葵さんやマコトさんはちょっとぴりっとして、めめちゃんは早くも反省モード、舞夢ちゃんとかなんちゃんはいつもと全然変わらない。毎月一回のこのミーティングでは売り上げ目標やイベントの時期が発表になるので普通ならもう少し前のめりになりそうなものだけれど、この店はそうならない。その辺もうる実ちゃんがこの店を気に入っている理由の一つだ。
「皆知ってると思うけど、来月は七夕があります」
ママが重々しく口を開く。隣で凪子さんがおっとりと笑う。なにかまた楽しいことが始まると思って、うる実ちゃんもドキドキしながら知らないうちに目を輝かせた。
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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん