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着換えを終えてロッカーからポーチを取りだし、かなんちゃんは化粧台に向かう。そろそろ急がないといけない時間であることは分かっているが、もともとそんなことを気にする性格ではない。のんびりとファンデーションをはたき、チークを入れ、ビューラーで睫毛をあげる。鏡の中に映った自分の顔を仔細に点検し、よし、とかなんちゃんは立ち上がる。
かなんちゃんは実はまごうかたなきお嬢様である。都内の一等地に実家を持ち、幕末志士のご先祖を持つ彼女はだから働く必要が全くない。つまり暇を持て余しているわけで、それを“お兄様”の一人に愚痴ったらこの店を紹介されたと云う仕儀である。
フロアに出ると、かなんちゃんは葵さんの隣にすとんと座る。この店のナンバーワンにも物おじをしない彼女は、営業メールに勤しむ葵さんの指先の動きをじっと見て、その美しい白い指に施されたネイルアートを鑑賞する。葵さんはいつも綺麗にしていらっしゃる、そう思うわけである。葵さんの指先をチェックするのはかなんちゃんのひそかな趣味だ。実は葵さんはそれを若干不気味に思っているのだが、そんなことはかなんちゃんにとっては瑣事にすぎない。
「今日もすてきなアートですね」
「……ありがとう?」
おっとりと会話を交わし、それからかなんちゃんはゆったりと店内を見回す。開店前のこの時間はどこか忙しないような、それでいて楽しいことを待っているとき特有の狂騒感に溢れている。それはかなんちゃんにとってここでしか味わえない貴重な時間だ。うる実ちゃんのアリアに合わせて舞夢ちゃんが踊っているのを眺め、ママが仕入れ票とにらめっこしているのを眺め、黒服さんたちがソファの掃除をしているのを見て、最後にマコトさんがひらひらと手を振っているのに気づく。かなんちゃんは立ちあがって傍に行き、やはり遠慮なく隣に座る。
「今日もよく化けたねえ」
「まあ、失礼な。かなんは永遠の22歳です」
親しいもの同士の軽口をたたき、かなんちゃんは口を尖らせる。公称年齢22歳、でも実はもう少し上だということを知っているのはこの店ではマコトさんだけである。けれどマコトさんはにっこり笑い、そうだねと肯定する。それから、かなんちゃんの携帯についている目新しい、不思議な形のストラップに視線を止める。
「なにそれ。また変なの貰ったのね?」
「ええ。公園で日向ぼこりをしていたら、知らないおじいさんに頂きました」
ついでにこのお店も紹介しておきました、とかなんちゃんはストラップを掲げて笑う。アメーバのような宇宙人のような形をしたストラップに限らず、かなんちゃんはよくどうでもいいようなガタクタを貰ってくるので有名だ。物には不自由していないだろうに、マコトさんはこの子の変わっている部分がそういう妙なものを引き寄せるのかなと思う。お金の価値を知りたいからと一人暮らしを始めた高円寺のマンションにはきちんとそれ専用の棚があり、異彩を放っていたのもマコトさんの記憶には新しい。
「そのおじいさん、来るといいね」
「そうですね」
それこそ日向ぼっこの会話のように、二人はどこか世間離れした言葉を交わす。
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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん