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2013/06/15

凪子さんの朝は、ウォーキングから始まる。

夜はロングドレスにピンヒールを履く小さな足をスニーカーに包み、凪子さんはずんずん歩く。朝といっても凪子さんの感覚の朝は第三者にとっては昼で、陽射しもそれなりに強くて、代謝のいい凪子さんの背にはすぐにぷつぷつと汗が浮いてくる。

本日の凪子さんの目的地は、スージーママの家である。

多分まだ寝ているだろう、と思いながら凪子さんは自宅のある三軒茶屋から国道沿いに進路を取り、池尻大橋にあるスーパーで簡単に買い物をし、スーパーの袋を片手に下げて颯爽と歩く。袋の中身はサラダ菜とスプラウト、バナナ、それから林檎にヨーグルト。昔からスージーはこれが好きだった。そんなことを思い出しながら、少しだけ凪子さんは頬を緩める。

凪子さんとママの付き合いは長い。

夜の世界から足を洗って10年経つのに、そしてそれと同時に疎遠にもなりつつあったのに、スージーママは電話口で「明日逢えない?」と凪子さんに告げた。気負いもてらいも時間の流れさえすっとばした誘いに凪子さんは反射的に待ち合わせ場所を尋ねていた。懐かしかったからではなくて、単純に会いたいと思ったからだった。

渋谷にあるスージーママのマンションに辿りつき、凪子さんはちょっと考えてからインターフォンを鳴らした。返答なし。やっぱり寝てるか、そう思いながら合鍵を使って中に入る。玄関口には男物の靴はなかった。昨日べろべろに酔っていたママをタクシーに押し込んだものの不安もあった凪子さんは、まっすぐ帰った印をみてほっとする。

冷蔵庫にスーパーで買った食材を入れ、クローゼットから自分の着換えを引き出して、凪子さんはシャワーを浴びる。勝って知ったる他人の家でさっぱりして身支度すると、コーヒーメーカーのスイッチを入れ、凪子さんはサラダを作る。そのうちにごそごそと音がして、まだ半分眠たそうなスージーママが起きだしてくるという寸法だ。

「おはよう。……今何時?」
「おはよう。まだ2時だからゆっくりしていていいわよ」

2時半に起こしてくれと頼んでいたのはママの方で、だから凪子さんは穏やかに言いながらママの前に林檎を入れたヨーグルトを出してやる。有難くそれを食べながら、ママはキッチンに立つ凪子さんの後ろ姿をなんとなく眺めてスタイルがいいなあと思う。凪子は昔ポールダンスをしていたそうだ。すらりとした背に無駄な肉はついておらず、その代わりに柔らかな包容力を身に纏うようになった友人を同僚として迎えたのは正解だったとママは一人自画自賛した。

「お店、どうするの。七夕に何かしたいって言ってたでしょ」
「うん」

ママは頷く。七夕と言えばこの業界ではどこもイベントを行うが、うちの店はどうしようかと昨日話していたのを凪子さんは覚えていたらしい。店長はやる気があるんだかないんだかという顔でどっちでもいいんじゃないですかと言っていたが、さてどうしたものだろうか。

「正直ね、うちのお店の子たちって変に飾らないほうが良いと思うのよね」
「そうね。みんなちょっと……面白いものね?」

変わっていて、という言葉の代わりを口にして凪子さんは頬笑む。ママの店、ClubJunkStage のホステスは一風変わった経歴の子たちばかりで、彼女たちは全員ママがスカウトないし拾ってきた女の子である。だからママは結局のところ彼女たちに少し甘い。もちろん、過度に甘やかしはしないけれども。

目を細めて葵がマコトがと話しだすママをみて、凪子さんはゆっくりとコーヒーを啜る。
二人の朝は、こんな風にして過ぎていく。
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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!)
※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん

2013/06/15 07:26 | momou | No Comments