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こんばんは、酒井孝祥です。
自慢ではありませんが、酒井はブライダル司会の研修を受けていた頃、講師から、うちの事務所で一番滑舌が良いと評されました。
しかし、滑舌がよければそれで万事OKというわけではありません。
特に芝居などでは、ただ滑舌が良くて聞き取りやすいというだけの台詞よりも、多少聞き取りにくくとも、気持ちが入った台詞の方がよほど心に響くでしょう。
けれども、何を言っているのか聞き取れないことが多くて、ストーリーの内容が理解出来ずに「???…」となってしまう芝居よりは、役者の喋っている言葉がはっきり聞き取れる芝居の方が安心して観劇出来ることは間違いありません。
では、滑舌を良くするにはどうしたらよいのか…?
滑舌を良くするという目的のみであれば、一番お勧めな方法は、母音で読んでみる訓練をすることだと思います。
母音で読むとはどういうことか…?
たとえば、
「私は“ジャンクステージ”の コラムライター の 酒井・孝祥 です。」
という文章だったら、
「ああいあ“あんううえーい”お おあうあいあー お ああい・ああおい えう。」
となります。
「あいうえお」の母音だけで読むには、口をしっかり動かさなければなりません。
全て母音で読むことで口を鳴らしてから、もとの言葉に戻して読むと、そうでなかったときに比べ、一文字一文字がはっきりと聞き取り易くなっていると思います。
特に“ああい”の“ああ”の様に、母音の同じ音が続く連母音は読みにくいです。
決して“あーい”になってはいけません。
“あ・あ・い”と一文字ずつを正確に読まなければなりません。
“あー”ではなく“あ・あ”と読もうとすると、一つ目の“あ”と二つ目の“あ”を発するときとで、身体の筋肉の緊張状態を若干変える必要があることに気がつきます。
それをちゃんと発せられるまで繰り返し反復すれば、一文字一文字をはっきり読むための筋肉の使い方を身体が覚えていきます。
それから、滑舌をよくするためのキーポイントになることとして、無声化すべき音を無声化することが挙げられると思います。
先ほど挙げたように、一文字一文字の母音を立てるという方法を全てに対して用いると、返っておかしくなる部分もあります。
部分によって、あえて母音を出さずに無声化する必要が生じます。
では、無声化とは何か…?
はっきり言って、こうやって文章で説明するのは難しいのですが、標準語で自然に喋っていると、カ行やサ行などの音が、文章の一番頭に来るとき以外は、“あいうえお”の形がはっきりと主張されずに、息が漏れるように発音されていることがあるのにはお気づきでしょうか?
そうすることによって、喋る方も喋りやすく、聞く方も聞きやすくなります。
実は、関西圏の人は無声化することが苦手で、イントネーションが標準語に直っていても、無声化が出来ていないことによって、「この人は関西人だな…」と思わされることがあります。
母音を一文字一文字はっきりと発音出来るようになって、無声化すべきところを無声化出来るようになっても、やはり人それぞれ苦手な行というのはあると思います。
自分が何行が苦手なのかをよく認識して、その行を意識した早口言葉を何気のないときにでも口にする習慣を身につけるのもよいかと思います。
僕の場合は、ナ行が苦手で「あのアイヌの女の縫う布の名は何?あの布は名の無い布なの」という早口言葉を稽古や本番の前によく口ずさみます。
ところで、昔、とても驚いた出来事があります。
救いようがないくらいに滑舌が悪い男がいたのですが、彼が自分の不甲斐無さに感極まってしまい、泣いてしまったことがありました。
そのとき彼の口から、自らの不甲斐無さを恥じるような言葉が発せられたのですが、その言葉は、かつてその口から聞いたことがない程に流暢に流れ出たのです。
恐らく、そのときに出てきた言葉というのは、彼が心の底から、“他の人に伝えたい”という衝動をもって発せられた言葉なのだと思います。
伝えたいという目的が明確であるからこそ、発せられる言葉も生きた言葉になるのだと思います。
砂漠で喉がカラカラになって死にかけた人の目の前に、水を持っている人が現れたとします。
その人から水をもらわなければ死んでしまうかもしれないという状況になれば、「水を下さい」とはっきりと言葉が出てくるでしょう。
滑舌が悪くて「みず」を「みう」なんて言ってしまったら、相手に正確に意志が伝わらずにそのまま死んでしまうかもしれません。
生き残りたいという強い意志があれば、必ず「みず」とはっきりと言えるはずです。
結局のところ、喋ることに対する技術的な問題よりも、その言葉を伝えたいという明確な意思を持つことこそが、滑舌を良くするための一番の早道なのかもしれません。
次回は、「習い事を続けるための心構え」(古典芸能)をテーマにしたコラムをお届けします。