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2013/02/04

恋をすると、わたしはお菓子が作りたくて仕方がなくなる。

朝も昼も夜も時間に関係なく、猛然と台所に立て籠り、小麦粉をふるいバターを湯煎しチョコレートを刻み木べらで混ぜる。さく、さく、さく、さく。心地よい疲弊感に包まれるのは、オーブンの中で香ばしいにおいが立ち上るころで、結果として出来あがったケーキなりクッキーなりマフィンなりを連日連夜ぶっとおしで食べ続けるのも毎度のことだ。

これは一種の病気みたいなものかもしれない。

食事は殆どコンビニか外食ですませてしまう。季節限定、とかのワーディングにも興味はない。けれど、はしかみたいな恋にかかると、わたしはパティシエの修行をするかのごとくストイックにお菓子を作り続ける。

作るお菓子にも微妙にはやりすたりがあるらしく、無自覚で作る割には毎日同じものを食べ続けることになる。三年前、大好きだった人がいたときは毎日カヌレを作ってた。去年、片思いしていた時はアップルパイばかり焼いていた。自分で作っているとはいえ飽きることは飽きるのだけれども、だからといって違うものを作ろうとは思えないのだ、こういうときは。

そして、今年好きになった人は、チョコレートが好きなのだそうだ。
従って、うちの狭いキッチンはここのところ甘い匂いばかり漂わせることになる。

二月は、うちだけではなくて街中がとろけるようなカカオの香りに包まれている。
有名ブランドの宝石のように美しいショコラ、おもちゃのようにカラフルなボンボン、リキュールを潜ませた生チョコレート。それらに交じって戦うだけの美貌も気位も持たないわたしのチョコレートは、ラッピングも掛けられずアルミホイルに包まれて、毎日わたしのデスクに並ぶ。時々は同僚の子が立ち寄ってはつまんでいく。ああ、もうじきバレンタインだね、なんて頓珍漢な事をいう上司もいる。手作り、期待してるよ。にこやかに去っていく後ろ姿に、誰がお前になんかやるかと思う。

わたしは、本当はこのお菓子を彼に捧げたい、のかもしれない。

今回だけじゃない。カヌレもアップルパイもスイートポテトもシフォンケーキも、全部彼らに食べてほしかった。おいしいとは言わなくていい。それでも、食べて欲しかった。

差し出せば食べたかも知れない、彼らも。でもわたしはそれが出来ず、黙って自分の胃袋に消した。恋のおしまいのお菓子の味は、はじめとちがってとても上手にできていて、その巧みさがなんだかとても切なかったけれど。

「あ。今日は、チョコレートなんですね」

急に話しかけられてどぎまぎした。彼だ。チョコレート好きというのは本当だったらしく、しげしげとわたしの机の上を覗きこんでから、一粒いいですか、と断ってつまみあげてぺろりと食べた。

「あまいですね」
「……チョコレートですから。甘すぎますか」
「おれはもう少し苦めのほうが好きかなあ。次、期待してますね」

ごちそうさまでした、と礼儀正しく彼は会釈をしてフロアの角を曲がって行った。
次、があるということが、こんなにも嬉しいだなんて初めて知った。

つまみあげたチョコレートは、舌の上でとろりと溶けて、甘い。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2013/02/04 10:36 | momou | No Comments