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2011/01/17

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あたしにはよくない癖がある。
隣の芝生は青いという言葉の通り、人の男が欲しくなる。勿論人の、ということは恋人なり結婚相手がいるわけだ。その人たちにも感情があることくらいは分かっており、倫理的にも道徳的にもよくないことは百も承知で、あたしは「それ」が欲しくなる。盗られたほうにしてみれば憤懣やるかたないと思うだろうしこんなことばっかりしてるんだからロクな死に方はできないだろうと思うけど、今のところ大きなトラブルもないので益々図に乗っている。

「で、なんでそんな話を俺にするわけ」
「あんたとはそんな関係に陥る余地がなかったから」

目の前で煙草をふかしたら、彼はすうっと目を細めた。この細い、糸みたいな目を気にしているのをあたしは前から知っている。こいつがいつ童貞を捨てたかもその相手が誰だったかも好みのタイプも振られた数も癖も寝相も。だから勿論、彼もあたしのことなら大抵なんでも知っている。もっともそれは聞かれもしないのにあたしが勝手に話すからだけど。
ちなみに一応清純派を装っているあたしが喫煙するのはこいつの前だけだったりする。

「こないだのはどうしたの。あの背の高い爽やかそうな奴」
「もう飽きちゃった。やっぱ、いい人過ぎるのってつまんないね」
「前から思ってたんだけどさ、お前、そろそろ落ち着こうとか思わない訳?」

そうやって呆れたような顔なんかするから腹が立つ。
そういうことを言うのは自分が今まさに落ち着こうとしているからだ。相手は会社の後輩で、そろそろ付き合ったと言ってもまあ間違いない状況らしい。社内恋愛だから結婚までは隠すつもりでいるようなことを、この前ちらっと聞いていた。

「落ち着いてもいいと思ってるよ、あたしは」
「じゃあ、」
「でも悪い癖だけど、直せないの。ねえ、」

あたしはそう言って目の前のやぼったい、でも真面目だし見ようによっては可愛いと言えなくもない男に手を伸ばす。かちんこちんに硬直して、糸みたいな目を精一杯見開いて、信じられないって顔をする。
かーわいい。
そのままキスをしてみたら、また目がすっと細くなった。避けなかった。そうしようとすれば出来ただろうに。

「……何してんだよ。俺とはそういう関係に陥る余地はないんだろ?」
「人の話はちゃんと聞いてよ。過去形で言ったでしょ、あたしは」

ああ、なんて隣の芝生は青いんだろう。
ちゃんと誰かのモノになった彼のことを、あたしはもう愛しいものとして認識してる。
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花言葉:おしゃべり
*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2011/01/17 07:51 | momou | No Comments