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真新しいスーツに生まれて初めてネクタイを結んで、俺は今日二十歳になった。
たまたま成人式と誕生日が重なって名実ともに大人になることになったのだけど、母がその偶然を喜んで買ってくれたブランド物のネクタイと、祖母が貯金をはたいて買ってくれたスーツは、まだ俺には少し大きい。
オーダーメイドで作ったのに「いずれ背が伸びるから」といわれた袖口は手の甲を覆う大きさで、我が家の女性陣はまだ学生服の習慣が抜けないらしい。さすがにもう伸びないと思う、少なくとも縦には。それでも売り場のお姉さんはにこにこと頷いて笑っていた。
鏡の中の自分は、なんだか自信なさげに見える。
ちょっとぶかっとした上着、締め慣れないネクタイから来る首元の窮屈さ、背後に見える、昨日までと何一つ変わらない部屋の中と俺自身。これで今日から酒もたばこも解禁、と言われても、なんだか微妙に騙されているような気がする。
二十歳になると何かが変わる、と無邪気に思えたのは中学生くらいまでで、高校に入って大学に入って、結局未来の自分は今の自分と地続きでしかないんだと知った。つまり劇的に何かが変わるなんてありえないと言うことだ。いや、もしかしたら変わる奴は変わるんだろうけど。例えば女子なんて大学入った途端にみんな揃って妙に女っぽくなったし、そういう女と付き合っていきなり垢抜けた感じの男もいるし。
でもそれは、俺には起こらなかったイベントだ。
俺はまったく変わらない。良いところも悪いところも、子供のころに自覚した、そのままに大人になってしまった。それはそれで自分の個性と割り切れればいいのだけれど、やっぱり「大人」になるからには、もっといろいろ変化していてほしかった、鏡の中の自分に思わないでもない。
例えば背が伸びるとか、もっとしっかりしているとか、責任感が増しているだとか。
「何してるのー? 成人式、遅れるわよー」
間延びした言い方で、一階から声を掛けられる。どこかうきうきしている母の声。
確かに今日の母は朝からハイテンションで、早く着替えろだの着替えたら見せろだの帰ってきたら写真を撮ろうだの大興奮だ。祖母も口には出さないけれど、朝食の間中俺の動きを眼で追っていた。まだか、まだかとわくわくした顔で。姉貴たちは意外と普通だったけど、下の姉なんか酔っ払って帰ってきた挙句に俺にあげるとビールをくれた。まだ昨日は未成年だったのに。
「今行くよー」
同じく間延びした返事を返して、俺はもう一度点検をする。
スーツが合っていないのはもう仕方がないとして、ちょっと曲がっていたネクタイを直し、俺は自分の部屋のドアを閉める。
帰って来た時は、二十歳の自分。
何かが変わっても変わらなくても、俺は今日、大人になる。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。