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12月、といえば世の中はクリスマスであるらしい。
仕事柄、季節の感覚が人より半年ほどずれている私は、当然その日も仕事が入っていた。春物の小物と化粧品のグラビア撮影。その打ち合わせをした際に、雑誌編集ってやくざみたいな商売だよね、と女の子だけで話し合った。雑誌は夢を売るものっていうけど、とまだ若い副編が言う。作ってる女は夢もなにも、って感じだよね。乾いた笑い声を合わせるのは私をはじめとした編集兼ライターの女たちで、全員が三十路を越えて年末最後の追い込みに走り回ってばかりいた。
私の所属している編集部はティーン向けのファッション誌で、モデルは10代の女の子しかいない。彼女たちの学業がひとまず落ちつく冬休みは撮影ラッシュで、撮るそばから選定、キャプション作り、校正へとなだれ込み印刷所の締切に合わせてきりきり舞いだ。年明けには各社合同のプロモーションもあり、その打ち合わせも挟まってくる。少女性をアピールしつつ大人びた服装のモデルたちの機嫌を取り結ぶのは百戦錬磨のヘアメイクの女たちで、この修羅場感は確かに夢というには程遠い。
「年末って感じするね、この徹夜校正」
振り向くと、目の下に隈を作った編集者が立っていた。メイクページの担当だけあって上手に隠してはいるが、年齢のせいか疲れた風情が目立った。嫌だなあ、と思う。同じ年頃の女が疲れた顔をしていると、まるで鏡を見ているような気分にさせられる。
「そっち、今何号?」
「今撮ってるのは2月号。だいぶ巻いたけど、肝心のグラビアが穴だらけなの」
首をすくめて見せると、だよねえ、と共感のため息が帰ってくる。この時期はどこも同じような進行具合だ。目の前でフラッシュを浴びて笑うモデルたちも若いとはいえ一日で五着も十着も着替えるのだから大変だろうと思う。とはいえプロのモデルと違って子供たちはお小遣い稼ぎの感覚なのか、こちらの思惑通りには動いてくれず、無駄な休憩などが入るのは常だった。
「そういや、聞いた? ――のチーフの子、今月いっぱいで辞めるってよ」
「初耳。なんで。あそこは実売だって良かったし、うちの社では一番稼いでいたじゃない」
「妊娠したんだって」
残念ね、彼女出来るから上も引きとめてたみたいだけど、妊娠しちゃったらね。そんなことを小声でささやくと、呼ばれた編集者はそちらの方に向かってしまった。なるほど、妊娠。女性の多いこの会社でもまだまだ妊産婦には風当たりが強い。とりわけこの時期には、動けない女はお荷物い扱いされるのだ。彼女ほど働ける女であればそのうちひょっこり戻ってくるかもしれないが、私は。私はどうだろう。戻ってこれるか、引き止められるか。まだ自信はない。
鮮やかな背景を背にして笑う少女たちに夢を売るのがこの仕事。手の届く幸せを売るのが私の仕事。
でも私の夢は、まだまだ叶いそうにない。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。