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こんばんは、酒井孝祥です。
今回は歌舞伎の演出に関する話題です。
初めて歌舞伎を観に行ったときに、他の劇場の客席との違いに驚いた事柄が2つあります。
1つは、客席で普通に飲食が行われていたこと(劇場によっては、飲食禁止のところもあります)。
もう1つは、客席にいるお客さんが舞台に声を掛けることです。
突然近くから声が聞こえたので、最初は、客席の方にスピーカーでもついているのかと錯覚しました。
役者が花道から登場したときや、ポーズを決めたりしたときなどに、「○○屋!」とその役者の屋号の声が掛かることが多いですが、他にも、たっぷりと芝居を見せて欲しいという意味で、「たっぷり!」と声が掛かったり、男女の役柄が揃ってポーズを決めると、「ご両人!」と掛かったりします。
中には、客席からの「待ってました!」の声に反応して役が台詞を喋るため、掛け声がなければ成立しない演目まであります。
歌舞伎にとって、客席からの掛け声は演出の一部なのです。
声を掛ける人は、頻繁に劇場に通う歌舞伎通であり、上階の方にある、チケット代が低価格の客席に座っていることがほとんどです。
その、何度も足を運ぶ通の席は、舞台側から見て遠く離れているため、「大向う」と呼ばれ、転じて、掛け声そのもののことも「大向う」と呼ぶことがあります。
その「大向う」を利用した、面白い演出があります。
歌舞伎の上演劇場には、舞台後方に通じる花道があって、花道から役者が登場すれば、上階で見ようがない客席の人以外は、舞台後方の、花道からの出入口に注目します。
この出入口には揚げ幕があって、幕が上がるとチャリンと鈴の音がします。
その音が鳴れば、花道から役者が出るという合図なので、観客は花道に目を向けます。
「義経千本桜」という演目に、狐忠信という摩訶不思議なキャラクターが登場します。
その狐忠信が登場するあるシーンで、客席にいるお客さんから「出があるよ!」と、“花道からの役者の出がある”ことを教える声が掛かり、揚げ幕のチャリンという音も鳴ります。
当然、観客は花道に注目します。
ところが、花道からは誰も登場しません。
狐につままれた様な気持ちで視線を舞台に戻すと、そこにはいつの間にやら狐忠信が登場しているのです。
まるで、花道から瞬間移動したかの様な、姿を消して移動したかの様な錯覚を起こさせ、狐忠信の妖しげなキャラクターを引きたてます。
客席にいるお客さんがダイレクトに作品作りに関わることも、大衆芸能たる歌舞伎の魅力の1つですね。
次回は、「出があるよ!?」(ブライダル)をテーマにしたコラムをお届けします。