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2012/11/05

昔から、ささいなことでよく嘘をついてきた。
嘘って言ったって、例えば昨日の夕飯のメニューだとか、誰と遊んだとか、本当でも嘘でも別にどっちでもいいようなことばかりで、罪はない、と思う。誰だってしていることだ。その場限りの小さな嘘。

あたしはそれが、天才的に上手い子供だった。ばれたことは一度もない。大した嘘をついていないせいもあるけど、多分、それは自分でもその嘘をどこか信じているからだと思う。最初は嘘だという自覚があるのに、話しているうちに、それがだんだん本当のことみたいに感じてくるのだ。

彼とのことも、そうだった。

「結婚してるの、残念だな」

友達の結婚式の二次会で、彼はそんな風にあたしに話しかけてきた。左手の薬指にちりちりした熱を感じた。あ、好みだなって最初から思ったのに、見栄もあって左手の薬指に指輪をしていっただけなのに、幸せそうな周りに置いて行かれそうで、あたしはうんって頷いた。

「独身だったらよかった?」
「うん。そしたら口説けたのに」

そう言って笑ったくせに、彼は結局あたしを口説いた。
既婚者であると言う前提は、彼にとって都合がよかったのだ。彼は正真正銘奥さんがいたから、めんどくさくない女とばっかり付き合っているような男だったから。

あたしは彼といるとき、思い切り奔放な人妻になった。本当は一人暮らしで毎日暗い部屋でご飯を食べたり寝たり起きたりしているのに、彼との会話の中では貞淑な妻を演じているのだった。グルメな夫のための食事の支度が大変だったり、お姑さんがいじわるだったり、そういう苦労話をすればするほど、あたしには本当にそんな家族がいるような気がしてしまった。
クリスマスやお正月や大型連休に、一緒にどこにも行けない彼とずるずる付き合って、それでもお互い大変ね、なんて言ってしまうくらいには。

「一回くらい、なんか嘘ついて二人でどっか行かない?」
「無理無理。俺の、なんか異様に勘がいいんだもん」

そんな会話も何度かした。
たしかにそうだ。女は勘が鋭い。自分のものに対しては特にそうだ。あたしもそうだから、それはすごくよくわかる。奥さんからしたらあたしなんて脅威以外の何物でもないだろう。だって、ほんとはあたしは独身だから。彼と違って守る家族なんていないから、捨て身になってしまうこともあるかもしれない。

でも、あたしは嘘の天才だから。そしてそれを本当と思う天才だから。
嘘じゃない家族を、いつか手に入れることがきっと出来るような気がする。
あたしはそう思いながら、安全日という嘘を、どこかで少し信じている。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

 

2012/11/05 07:15 | momou | No Comments