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ピーカンの夏空の下、黙々と朝夕の田の草刈りに励んでいる百姓志望の川口巽次郎です。
田植えを始める6月中旬から田の除草を終える8月上旬までの期間は、私のような「なんちゃって」な自給農にとっても農繁期、存分に田畑で過ごす日々となっています。
そんな日々の一番の愉しみは何と言っても毎度のごはん!
早朝から朝露の輝く畑を抜けて田へと向かう。田で草を刈る間に陽は高くなり、眩しい日差しに焼かれて汗びっしょりになって戻る。火照った身体を水を浴びて冷ましてから食べる昼食!
そして、漸く傾いた太陽に焼かれた大地の熱気がまだ冷めぬ中再び田に向かい、夕焼けの残照が青黒い帳へと変わるまで作業して、月の明かりに映された自分の影を追うように家に戻る。ほっとするような涼しい風を感じながら頂く夕食!
毎食、これ以上のご馳走なんて有り得ないよなぁ…!と、文字通り噛み締めています。
最近は、自分たちの「自然農」の田畑からの作物だけで食卓を満たすことが出来る日が多くなった事も美味しさが益している一因なのでしょう。
より多くの人が、この素晴らしい美味しさに目覚める日がきたらどんなにか良いだろうに、と(誠に大きなお世話ではありますが・笑)想いを馳せずには居られない、そんな日々(毎食)です。
さて、唐突ですが、私がここJunkstage書いてにコラムを書いている「川口巽次郎(かわぐちたつじろう)」という名前、これは本名ではなくペンネームです。
わたくしの母方の祖父の氏名の漢字一文字だけを変えたものです。
件の祖父は、先の戦争中に満州で亡くなりましたので、私が生まれた時には既にこの世には居りませんでした。時に想い起こす縁(よすが)にと、ここで使わせて貰うこととしたのです。ただ、祖父と全く同じ氏名にすると、何やら重いモノを背負うような気がして、敢えて一文字だけは別にご縁のあった漢字に変えてあります。
ちなみに、「川口」と謂いますと、「自然農」に取り組んでいらっしゃる方々は、川口由一さんを連想されるでしょう。
川口由一さんは、30年ほど前からただお一人で取り組みを始めた「農」の在り方を、「自然農」と名付けられて、静かに、たんたんと、世に伝える活動をなさっていらっしゃる方です。
以前、極く簡単にご紹介した通り、私自身も5年前に田舎で暮らし始め、畑で野菜を育て始めた当初から、基本的に作物の栽培は「自然農」のやり方に倣って取り組んできました。
が、私がこのコラムを書き始めた頃には、まだ川口由一さんにはお会いしたことも無く、それどころか、「自然農」に取り組んでいる何方(どなた)とも一切の面識すらありませんでした。勿論、私のペンネームである「川口巽次郎」と、川口由一さんとの間にも、そもそもは、何のご縁も無かったのです。
そんな私ではありましたが、5年前、仕事を辞めたばかりだった頃に出会ったある本が切っ掛けで、一人密かに「自然農」をやってみよう、と想い、実践を始めたのでした。
それは、「自然農・栽培の手引き」という本でした。
仕事を辞めて田舎暮らしを始める半年程前、偶々旅した鹿児島で、偶々訪れた開聞岳の麓の植物園で、全くの偶然に妻に薦められるままに購入にした本だったのです。
パラパラと捲っては眺めている内に、この本に紹介されている作物の栽培方法ならば、「僕にも出来そうだな…。」と想ったのでした。
先ず、「自然農」の栽培方法は、一切の農業機械を必要としません。 基本的な道具は、鋸鎌(のこぎりがま)、スコップ、平鍬(ひらぐわ)の3点セットだけ。初期投資は一万円もかかりません・笑。
更に、当時のわたくしは、農作業というものは、毎朝夕に必ず畑に水を担いで行って灌水(かんすい、みずやり)をし、雑草は一本残らず除草して、折りある毎に耕すもの、要するに、重労働を伴うものだ、と信じていたのですが、このご本を読む限りでは、そのような重労働は尽く不必要である、とされていたのです。
将に、怠け者のわたくしに打って付けたようなお話だ!と、大いに悦んだものでした。
今、5年目を迎えている私の「自然農」。畑だけでなく、田でお米も作るようになりました。既に何回かご案内しているとおり、味噌、醤油、酢などの調味料、パンなども自家製で賄うようになって、日々の食事の為の買い物に出掛ける事も無くなりました。そして、自然農の農作業は、日に日にその愉しさを益しています。
それでも、「ほぉ、「自然農」とはそんなに愉しいものですか?一体、それはどんなものですか?」と訊かれても、今の私には端的にご説明することは難しいのです。
ただ、今のわたくしにとっては、「自然農」は、生活の一部、あるいは、生活そのものになっています。それは、とても愉しい、歓びに溢れた経験です。
ですから、そんな「自然農」についても、私に出来る範囲で折々に少しづつこのコラムでもご紹介が出来るようになれたら良いな、と想っています。