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2015/03/31


お彼岸も過ぎ、昼の陽射しはもう初夏を想わせます。
夏野菜の種を降ろしながら過ごした3月ももう終わり、明日から新年度の始まりなのですね・・・。

我が家に燕が帰って来て、庭の梅が咲いて散り、この3月の終わりの日には桃の花と紅木蓮の花が開きました。

毎日の食卓には、人参、大根、青菜などの冬野菜に代わって、蓬に野蒜、土筆に藪甘草、芹、ハコベなどの野の草の香りと彩が溢れる季節です。

春の摘み草の美味しさは格別です。

そんな季節のめぐみの話の前に、今日はまだ寒い日が多かった新暦の桃の節句頃に作った料理のお話です。

桃の節句。新暦の今日、桃の花はまだまだだけれど、今夜の食卓には咲かせてみました。

塩揉みした紅芯大根を、柚子果汁、自家製葡萄酢、麦芽糖を合わせた寿司酢で鮮やかに発色させて桃の花に、
深紅の梅干しの紅梅に、
真っ白な茹で里芋の白梅に、

花々を、我が家の摺り立て古米キヌヒカリ(伝)の炊き立てに寿し酢を馴染ませた飯に混ぜ込んで、、、

桃の花が咲く頃には芽を出す若葉を我が家の山形青菜の塩漬けで、
温もる土や枝の様子を、友人からの内海の海苔、我が家の干し椎茸に干瓢を醤油と自家製麦芽糖を甘辛に煮て、、、。

我が家の炒り立て金胡麻と共に彩豊かに散らしました。

贅沢を云うならば、畑で密やかに咲き始めた黄色い菜花を添えられたら良かったな…。

冷たい雨の一日だったけれど、初春の気配が嬉しい宵が更けてゆきます。。。

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桃の花が開いた今夜も、季節の移ろいに沿って日々の食卓を整える歓びを文字通りに噛み締める、そんな春の宵が更けて往く我が家です。。。

2015/01/31
暦は大寒。寒いですね!それでも、一日毎に陽が伸びて、縁側の陽だまりには小さな春が。
もう一か月もすると、再び田畑での仕事が忙しくなってきますから、それまでに、山でコナラの木を一本倒して椎茸の榾木の用意に薪作り。お味噌も仕込まないといけません。
朝のお布団の温もりが恋しくてつい朝寝を、などとのんびりしている場合ではないのですが、つい…(笑)
さて、何回か書いている通り、我が家では田で育てたお米を籾米で保存しています。
そして、毎日、食べる分だけを「籾摺り」しては食べてきました。
そうして食べる事が、一番美味しくお米を食べる事だからです!(実は、単にお金を使わない為だけだったりもしますけど・笑)
その為に使って来た道具は、ずっと、擂鉢に擂粉木。
以前書いている通り、我が家に来てくれる方々には、基本洩れなくご自分の食べるご飯はご自分で籾摺りして頂いておりました。当JunkStageのスタッフの皆様がはるばる我が家を訪ねて下さった折にも、皆さん、長旅の末に疲れ切って漸く辿り着いたこの田舎の谷間に暗闇が迫る中、殆ど泣きながら(笑)籾摺りして下さっていた事をとても懐かしく想い出します。
この擂鉢、擂粉木での籾摺り、我々が日々食べる分のお米を準備するだけならば、慣れれば30分も掛からない作業ですのでそれ程の負担ではないのです。が、お客様が食べる分、他所のどなたかにお米を送ろう、などという折には、ちょっと、いえ、とってもとっても、大変です。
子供たちを含めて12名程の方をお迎えして、皆でご飯を薪炊きしたお握りを食べよう!という集まりをした折には、わたくし、徹夜しましたもの…(大笑)
ちなみに、擂鉢と擂粉木で籾摺りして出来るお米は、白米からは程遠い、玄米を大体2~3分程度搗いた感じになります。
玄米よりはずっと炊く時間も短く、口当たりも柔らかい、風味豊かなご飯になりますので、私たちは、この擂鉢で擂ったご飯が大好きなのですが、時々、白米というか、銀シャリというか、が懐かしくなる事もありました。
ちなみに、ものの本(*)によりますと、お江戸の日雇い仕事のトップ3に入っていたのが、米搗き(精米)だったといいます。既に江戸時代になると都会(お江戸)の人たちは私たちが食べている様な玄米に近いお米ではなく、銀シャリ(白米)を好んで食べていたのですね。
(*) 宮本常一 「日本の宿」p.196 「…町の中で江戸時代に一番必要としたのは米搗きであった。個人の家で米をつく事もあれば、米やが付き臼をならべておいて人夫に搗かせることもある。」
擂鉢、擂粉木だけに頼って暮らしていた頃の我が家は、まだ江戸時代のレベルにも達していなかったということになりますね(笑)
ところが、そんな我が家にも、ついに、産業革命が訪れたのです!!!
こちらをご覧ください。
石うす一番

石うす一番

「現代の石うす、石うす一番!」です。人力ではなく、電気で廻ってくれるスグレモノ(?)です!
元々は、蕎麦や小麦などを粉に挽く為の製品で、仲間が小麦用にと貸してくれているものでした。
が、ある日、これで籾摺りも出来るんじゃないか?と想い付きました。
あくまでも穀物を粉微塵に挽く事を使命とする通常の石臼は、お米を粉にしてしまうのですが、この電動石臼はネジの締め方で荷重を自在に調整出来るので、お米を潰さずに籾殻を外す目的でも使用できるはず…。
何回かの試行錯誤の結果、見事に籾摺りが出来る様になりました!(実は、動力を使う機械で籾摺りする様になる戦後までは、木や土で同様の臼を作って籾摺りをしていたのですけどね。)

籾殻を吹き飛ばして、摺り残された籾を選別してまた摺って、という工程ではまだ擂鉢を使いますが、人力だけでやるのに比べれば遥かに速やかに籾が摺れる様になりました!

これが革命前夜でした・・・。
そして、昨年末、我が家についに本当の産業革命が訪れました。
優しい友人が、最新式の籾摺り精米機を新規購入したのでこの老兵はお宅に譲って上げよう、という事で我が家にやって来ました。
こちらです。
循環式籾摺り精米機

循環式籾摺り精米機

循環式籾摺り精米機、その名も、「New 白銀B」!
「白」は白米の「白」、「銀」は、銀シャリの「銀」ですね!!!(うっとり・笑)
もちろん、電気で動きます。
「New 白銀B」の凄いところは、「石うす一番」でも難しかった、白米、銀シャリを吐き出してくれる(精白してくれる)という処です。
お蔭様で、こんな風に、色とりどりのお米に、真っ白い白米まで、自在にご準備出来るようになりました。
眩しい~!(笑)
籾摺り、精米後のお米

籾摺り、精米後のお米

まさに、産業革命。。。遂に、江戸時代は遠い彼方となったのです!!!
皆さん、おめでとうございます!
これで、我が家を訪ねても、あの擂鉢と擂粉木を差し出される事はなくなりました!!!
(追伸)
ちなみに、我が家では今も擂鉢、擂粉木は現役で活躍しています。
というのも、「New 白銀2」を使うと最低でもかなり大量(2人で10食分位)のお米を精米する事になるからです。
お客様用のご飯を用意する時や、お米をお送りする際には使いますが、毎日食べるお米は、やはり玄米、白米にして置いた物よりも摺り立ての方が美味しいですし、白米ばかりですと分搗き米が恋しくなるからです。
2014/11/01

気が付けばもう11月、本当に月日の巡る速さに驚かされます。
百姓見倣いの川口です。

雨ばかりの日が続いて日照不足が心配された今年のお米つくりでしたが、我が家の田の稲たちも立派に実りの時を迎えてくれています。
我が家でも先日から早生のお米から稲刈りを始めました。

こちらが刈り入れまで今暫らくとなった色とりどりの餅米たちです。

色彩々の餅米たち

色彩々の餅米たち

こちらは我が家の粳(ウルチ)米の最晩生のアサヒ。まだ緑濃く、これから一週間程ゆっくり熟れ太って貰います。

たわわに実って秋風に揺れるアサヒ

たわわに実って秋風に揺れるアサヒ

秋晴れの空が拡がる日を待って、稲を刈ります。

そんな秋晴れの一日はこんな風に過ぎて行きます。。。

稲刈り作業を始めるのは、朝露が消える10時過ぎ頃まで待ってから。

この日はこのやや早生の粳米、ヤマビコを刈り入れ。

登熟が進んで穂を垂れるヤマビコ

登熟が進んで穂を垂れるヤマビコ

 

株を掴んで一息にザクッと刈りとる。2株から3株をリズミカルに刈っては置き、刈っては置き。

刈り取って束ねる単位にまとめて置いた稲達

刈り取って束ねる単位にまとめて置いた稲達

お腹が空く頃まで、半畝程を刈り終えたら、畑でインゲン、トマト、ラディッシュ、人参、チコリにバジルを摘んで帰ってお昼ご飯に。

今日は、インゲンとパスタを一緒に茹でて、ジェノベーゼ(バジル)ソースで和えたリングィーネに。我が家の自然農のニンニクの味と香りが格別..。
トマト、ラディッシュ、チコリ、バジルのサラダに、朝、田に出る前に仕込んでおいた焼き立ての自家製酵母の人参葉入りフォカッチャを添えて。
デザートはピオーネ葡萄のジャムを載せた自家製全粒粉パンに、富有柿。
深焙りの珈琲を挽いて、淹れて…。

美味しい…。

余りのんびりしていると日が傾いてしまうから、再び田で畦の小豆を摘んで干す。畑で菊芋を掘って、大根、青菜を晩御飯のオカズ用に間引く。

そして、お日さまの下で少し乾いた稲束をどんどん藁で結束して、脇に抱えて運んで、稲架を立てて、掛ける。

束ねて、運んで、稲架に掛ける

束ねて、運んで、稲架に掛ける

掛け終わった頃には夕暮れが近づいて、片付けて家に戻れば、釣瓶落としに日が暮れる。

今夜は、土鍋で炊いた銀杏入りの摺り立ての玄米ご飯に、おかずは菊芋と間引き人参、岩手の菊池牧場さんの絶品チョリソーを炒めてきんぴらに。里芋と間引き小松菜のお味噌汁。大根の塩揉み。

摺り立てのお米、採り立ての野菜に、自家製味噌にお漬物。毎日食べてもまだ溜息が出る程に美味しい、最高のご馳走です。

ご飯を食べたら、もう直に眠くなりますから、お風呂に入っておやすみなさい!

2014/02/28

暦は早「立春」を過ぎ、「雨水」、この谷間も今夜は春の雨に濡れています。雨音を聞きながら、そろそろ本格的に始まる畑での農作業に想いを馳せている、お百姓志望の川口巽次郎です。

今朝、「日生(ひなせ)の牡蠣を持って行くから一緒にお昼ご飯を食べに行っていいですか?」という突然のメッセージが飛び込んで来ました。出雲の焚火小屋のOさんと、倉敷の元南極越冬隊員、Hさん、お2人からの、嬉しいお誘いです。

ロケスト、羽釜

勿論ですよ!と庭に常設している瓦のキッチン用のロケット・ストーブ(略して「ロケスト」)にいそいそと火を入れて、羽釜に湯を沸かしながら、畑で野菜を摘んでいると、やってきました!

 

日生一斗缶

日生の牡蠣!一斗缶に入って売られているのです。 100個は入っているのではないでしょうか?凄いインパクトです。

 

早速、ノブヒェン窯と我々が呼んでいる、簡易ですが大変な優れもののオーブンを瓦のロケストに載せて牡蠣を投入します。待つこと数分。牡蠣の殻が開いてジュースが鍋の中で焦げ付き始めるとオイスターソースのような濃厚な香りが辺りに漂い始めます。

ノブヒェンで牡蠣

ナイフを差し込んで貝柱を切り、蓋を外すとそこにはプリプリとしたアイボリー色の身が湯気をあげています。

牡蠣と橙

因島で「自然農」での柑橘栽培に取り組んでいらっしゃる友人のいしくら自然農園さんのダイダイをギュッと搾っていただきます!

我が家の畑から採り立てのベローナのバラ色チコリに岡山菜、ルーコラの自家製ワインビネガードレシングのサラダが付け合せです。

続いてノブヒェンから羽釜に掛け替え、パスタを茹で、脇でパスタソースを温めます。

今日のソースは我が家のニンニクをたっぷりのエクストラ・バージン・オリーブ・オイルで弱火でじっくり、ぷくぷくときつね色になるまで温めて薫りを移し、そこにやはり我が家の人参と大根と、山で育てている原木栽培の半乾燥生椎茸の千切り、更に山東菜(中国白菜)、唐辛子少々を加えて蒸し煮にしたソースです。

断面がレンズ型をしたロングパスタ、リングィーネの茹で立て熱々をソースの入ったフライパンに投入。最後に畑脇の水路で成長を始めている芹(セリ)を一掴み混ぜ込んで戴きます!

パスタ

いや、絶品でした。

食後はちょうど前日に石臼で挽いてあった大麦粉があったので、チャパティというか、がレットというか、を鉄板で焼いて、白下糖バター、いしくら自然農園さんの丸ごと温州ミカンジャム、オリーブオイルに塩、などで頂きました。

がレット

薬缶のお湯も沸いたので、紅茶を淹れてのんびりとした春の午後は過ぎて行きました。。。

友人たちをお見送りしてから、夕暮れ前に近隣の街の郵便局と種屋さんまで自転車でひとっ走り。用事を片付けて戻ると、ご飯を炊く用意が出来ていましたので、竈(ロケスト)の熾火を熾して牡蠣を蒸し焼きに。その剥き身を入れて土鍋で玄米牡蠣ご飯を。

玄米牡蠣ご飯

やはり薪で炊いたご飯の美味しさは格別です。

何とも贅沢な1日になりました。

長々と食べ物の事ばかりを書きましたが、今日書きたかったのは、この食事の中身もさることながら、この豊かな食卓を整える為に使った燃料は、椎茸を栽培している山への往復の度に少しだけ拾っては持ち帰っている山の木々の小枝(所謂「柴(しば)」、おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ柴刈りに、のあの柴です。)だけだった、という事です。

古瓦を積み上げただけの小さな竈、ロケストですが、それに鍋釜さえあれば、これだけの豊かさを、僅かの小枝を集めて来るだけで、友人と共に愉しむ事が出来る。

この小さな谷間でも自然のめぐみはそれ程に豊かです。

そして、この谷間以上に豊かな場所が、日本の至る所に今はまだ残されています。

何も遠い国で掘り出された石油やガスを、はるばる海を越えて運んで、加工して、更に全国に配る様な大事業を経ずとも、わたし達の暮らしを十二分に豊かに支えてくれるエネルギー、少なくとも、日々の食事を賄う為のそれは、全て、自然が用意してくれています。

況してや、原子力までも「活用」して支えなければならない「生活」なんて…。

そんな事を想った初春の宵でした。

2013/05/30

豆の季節は、陽射しが強くなって山菜採集に歩き廻るにもそろそろ少し暑いなぁ、という初夏にやってきます。

 

我が家の畑の一番手は、キヌサヤエンドウ。

関西の方ではべたに「ウスイマメ(薄い豆)」と呼ぶそうですが、その呼び名通り、まだ豆が膨らんでいない扁平な「莢(サヤ)」を食べるお豆です。
さっと色好く茹でてサラダや和え物にして戴くと、新緑のように目に鮮やかな彩で、美味しいですね。
花を付けてから一週間もするともう莢が食べ頃に育ちます。旬には次々に実るので摘みきれない程に採れますが、実が入ってしまった(莢の中の実の粒が膨らんだ)ものでも、莢は少し硬くなっても味は濃くなるので、炒め物やポタージュスープ、ピューレにしてパンに載せたりすると、それはもう実に美味しいものです。
糖分と併せて鶯餡にすれば、和菓子やアイスクリームにもなります…(涎)
次に参戦してくるのがスナップエンドウ。
やはり莢ごと食べる豆ですが、絹サヤよりもずっと実が大きくなってプックリと莢に厚みが出たものを収穫して食べます。トウモロコシのような強い甘味があって美味しいです。
更に、実(ミ)エンドウ。
所謂、グリーンピースです。我が家では赤い実豌豆(餡蜜に入っているミツマメになります)も育てています。この豌豆を入れて炊いた豆ごはんの色合いの美しさ、薫り、美味しさは、梅雨時の最高のおご馳走の一つです。
ちなみに、豆ごはんに使うお米は、新米よりも古米の方が美味しいように想います。お鮨のシャリには古米が良い、という話は有名ですが、基本的に同じ理由によるのでしょう。
つまり、新米は水分や油分を多く含んでいるので、お米そのものの薫りや味が強く、他の食材、特に新鮮で繊細な味、香り、食感を持つ食材と併せた時に馴染み合うよりも喧嘩してしまい勝ちなのですね。
豆ごはんの神髄は、豌豆の鮮烈な風味と香り、そして、柔らかな豆の食感。古米はその枯れた静かな風味と少し強い歯応えの残る粒粒感で、豆の個性を静かにしっかりと吸収して受け止めてくれるから、それはもう、絶妙に美味しい組み合わせとなるのですね。
※ 勿論、「古米」といっても、普通に売ってる白米や玄米の古いものは駄目ですよ!籾のままで寝かせておいた「生きている」お米の「古米」が美味しいのです。
対して、新米では豌豆の鮮烈さ、柔らかさが喧嘩してしまうというか、生命力が溢れ過ぎたご飯になって、特に梅雨の季節には元気が付き過ぎる、いのちが強すぎるような感じがします。
塩味をやや強めに利かせ、丁度収穫期を迎える裸大麦と併せて上手に炊きあげた豆ごはん
は将に天国なお味です!(下の写真は、赤、緑2種の実エンドウと裸大麦入りの玄米リゾット)
そして、青豆の季節の掉尾を飾るのがソラマメです。
空に向かって伸びあがるように豆果(莢)を付けるから、「空豆」という説がある通りの姿で実りますが、食べ頃はその莢が項垂れて下を向いて少し黒ずんで来た頃になります。
はしりの頃、若めの青い豆果(莢)を収穫して莢ごと焼いて中の豆を皮も丸ごとに戴く、ソラマメの莢焼きは、実に美味しいご馳走です。
良く熟れた実を甘いズンダ餡にしたものも実に美味しい!!!
大豆と同様に、エンドウも蚕豆も完熟した豆を乾燥保存して保存食としても使う事が出来る頼もしい食材です。
エンドウもソラマメも、この辺りで種を播くのは霜が来る前の晩秋の10月半ば頃。長い冬を耐えて、こうして半年後に実ってくれる、有り難い命です。麦と相似た時期に一生を過ごす作物だからか、夏に向かう頃に戴く味は身体に沁みるます。

 

海に面した街の魚屋さんから、瀬戸内ではこの季節、青豆が美味し過ぎるから、皆が魚を食べるのを忘れてしまって魚の売り上げが落ちるのだ、という話を聴いた事があります。本当かどうかは解りませんが、その魚屋さんに我が家の摘み立ての青豆を少し持って行ったら、凄い量のお魚をオマケしてくれた事がありましたっけ。

確かに、筍の季節の終わりを告げる、淡竹、蕗に各種青豆を散らした精進散し寿司はこの季節のオールスターを揃えた最高のご馳走だ、と想います。

今年の梅雨時も、お豆を沢山食べて、マメマメしく働いて参りたいと想います。

2013/03/28

春分を過ぎました、 田畑では麦の緑が眼にも鮮やか。梅の花が散り始め、木瓜が咲きました。桃の花ももうすぐ開きそう。 間もなく桜の季節、春爛漫を迎えつつある谷間より、久しぶりのご挨拶です。

ご無沙汰しておりました。百姓を目指して丸五年を過ごそうとしています。 川口巽次郎です。

昨秋にお迎えしたJunkstageの皆さんとの想い出も最早、春霞のかなたに朧に浮かぶばかり。 でも、しつこく書かせて頂きます。

yuuさんが書いて下さっていましたが、皆さん、夕食の準備が終わった頃には将に「疲れ切って」いました。 直接の原因は、以下の3つです。

1) お米の籾摺り

この件については、既に先回書かせて頂きました。改めてYuuさんから頂いた写真をアップしておきました。しつこいですが、とても現代日本の光景だとは想えません(笑) ぜひご覧ください。

2) お魚の調理

最初のお買い物編で当日仕入れた魚についてはご紹介しました。が、この仕込み、大変に手間のかかるものなのですね。

そして、

3) 竈の火の番

当日の夜ご飯のメイン料理は、蟹と鶏でしたが、この2品は共に庭の竈で皆さんに火の番をして調理して頂きました。いまどき、キャンプでも無いのに、もしくは、キャンプであったとしても、野外で薪炊きで調理をする、というのは珍しいですよね。

という事で、今日はお魚について。

こちらでご紹介した通り、仕入れた魚は全て海から揚がったままの状態、というか、殆どが調理する時まで活きてます。 都会の魚屋さんの店頭や、スーパーの鮮魚売り場でパックされて並んでいる魚たちとは全くの別物なのです。

当然ながら、鱗もついているし、鰓も内臓もついている。

勿論、そんな素材だからこそ美味しく頂けるのですが、実は、瀬戸内の魚には大きな特徴があります。

それは、大きくない、というか、小さい!という事です。

当日のメニューからお魚料理を振り返ってみましょう。

1) お刺身(サヨリ、コチ、カレイ、スズキ、チヌ) 2) ネブトと小蝦の唐揚げ: 3) 小蝦と南瓜のサラダ: 4) 釜茹で渡り蟹:

4) の蟹については下拵えは要りません。釜で茹でる。以上です。

が、他のものは結構手間が懸るのです。

先ず、2) のネブトと小蝦。

ネブトの正式名は、「テンジクダイ」。岡山県東部では「イシモチ」とも呼ばれる小魚です。(関東でイシモチと呼ばれる魚ははるか大型の別物、瀬戸内ではグチと呼ばれます。)実は沖縄の珊瑚礁で無数に群れている姿が有名なのと同じ種類のお魚です。

このネブト、どれ位のサイズかと申しますと、小さいのは小指の先位、大きくても精々親指の先程度のものです。 まぁ、唐揚げにしたら1人で10匹程度は軽く食べてしまいますので、当日の10名分は軽く100匹を超えていたと想います。

先ずはその100匹以上のネブト君たちの鱗を綺麗に洗って外してから、一匹ずつ、頭を外します。「イシモチ」という別名が示す通り、ネブトの頭の骨は非常に硬く、食べ難い為です。胸鰭の辺りを摘まんで身体の1/3位の大きさの頭を引っ張ってちぎりとります。

これ、お魚係りになった皆さんにやって頂きました。

言うは易しですが、結構難しい。取り組んで下さったお嬢さんから、「え、私、これ無理!身が壊れちゃう。」という聲が漏れたのを聴いたような覚えがあります。

でも、100匹以上、きっちり頭を外して頂きました。

次は小蝦。 瀬戸内では1年を通じて実に様々なサイズ、種類、名称の小蝦を食べます。 この日の蝦はまぁ、小さい方でしたね…。どれ位小さいかというと、大きくても小指位のサイズでした。

小蝦の唐揚げは頭ごと丸ごと全部揚げて食べられますので特に下拵えはありません。嬉しい事です。

が、サラダの方は、茹でた蝦の頭を外して殻を剥いてから使います。 こちらも、まぁ、お一人5匹は軽いという感じですので、50匹以上は、剥いて頂きました。

言うは易しですが、これも結構チマチマとして難しい作業です。取り組んで下さったお嬢さんから、「え、私、これ無理!剥けないで身が壊れちゃう。」と呟いていたのを聴いたような覚えがあります。

でも、50匹以上、きっちり殻を剥いて頂きました。

そして、お刺身。

サヨリ5本に、コチ3本、カレイ、スズキ、チヌ。

実は、わたくしもお刺身用にこんなに沢山の種類のお魚を用意したくは無かったのです。 が、何故かその朝の市場には小型の魚ばかりで人数分を纏めて取れる大きな魚がいなかった・・・。 コチやスズキ、チヌは1枚で10人前のお刺身が採れる程のサイズにもなりますが、この日のものはどれも小さかった。

それで仕方なく数を増やすしかなかったのです。

しかも、買い物から戻ってから、皆さんの到着までに下拵えをしておく時間が無かった為、私が卸した身から小骨を抜いてお刺身にする工程は全て皆さんにお任せする事となってしまったのでした。

合計、20枚以上ものわたくしが卸した切り身をお刺身にひいて盛り付けて頂きました。

上記の作業を全てやって下さったお魚係りだった方々、あなた方は本当に素晴らしいです。 あなた方は、間違いなく、どこに行っても、どんな時代が来ても、生き伸びて行ける方だと想います!(笑)

でも、やっぱり、「これ、絶対無理。私がやると身が壊れる。」という呟きも聴こえた覚えが…(笑)

何もそんな小さな魚を食べなくても…、と想われる方も多いと想います。かつて東京で暮らしていた頃のわたくしも間違い無くそう想っていたでしょう。

しかし。。。、

実は、瀬戸内の魚の美味しさの神髄はこうした小魚、雑魚にこそあるのです。

有名な「ママカリ」も実はそんな雑魚の一つなのですが、私が特に凄いなぁ、と想うのは「ギギ」です。

「ギギ」は「ヒイラギ」と呼ばれる魚ですが、精々体長5cm程度の薄い菱形のお魚で、しかも、殆ど身らしい身が付いていません。お醤油で煮付けるのが一番ですが、そのまぁ、薄っぺらで小さい事といったらありません。その薄く小さいお頭付きを1枚だけお皿に乗せて戴くのが基本です。尖ったお箸の先でチマチマチマチマと身を突いては有るか無しかの身を解し、チョビチョビと摘まんでは口に運びして頂きます。身を解して食べてしまったら、これまた小さな骨を上下裏表しゃぶって間に残っている僅かな身までを舐め尽くします。小さな身体に似合わず、実に旨味の濃いお魚なのです。

純粋な量的には、ギギ1枚を食べ尽くすのと、鮭の切り身の「一口分」とで殆ど変りがありません。

ところが、そんなギギ1枚が、鮭の切り身「一切れ分」を遥かに超える美味と満足感とを与えてくれるのです。

「ギギ」を戴くと、食べるという事の奥の深さを想わずにはいられません。

瀬戸内に移って来た当初は、わたくしも勿論そんな事は想像も付きませんから、どうして、瀬戸内の魚というのは調理にも食べるのにも、こんなに面倒臭い小魚ばかりなのだろう?と想っていた事でしたが、今は、小魚にこそ本当の美味しさがあるのだ、と想うようになっています。

ですから、皆さんをお迎えした当日、偶々市場に調理のし易い大型の魚が無かったのは、そんな、瀬戸内の真実を東京からのお客様達に伝えたいと想った瀬戸内の神様たちのお計らいだったのかもしれないな…、と今振り返りつつ想うのです。

2012/11/30

いつの間にか、暦も小雪、雨に雪が混じり始める頃となりました。 「北風木の葉を払う」候と云ふ通り、荒神様の銀杏も木枯らしに吹かれていつの間にかすっかり裸になっています。

稲刈りを終えた私たちの田では稲架に架けた稲がカサコソと風に吹かれています。日に日に募る寒さに追い付かれない様にこれから12月初旬にかけて稲の脱穀を進めて行きます。こうして寒くなってくると、新米のいのちが身体に沁み通るような美味しさが何よりも待たれるようになってきます。葉物や根菜も美味しくなる季節です。

さて、先回のお買い物編に引き続きまして、Junkstageのライターの皆さん、8名様が秋の合宿と称してお越しになった時の想い出、第弐回です。

殆どのメンバーは、前夜東京から今や残り少ない夜行列車で岡山に早朝にご到着、それから目一杯観光などを愉しまれてからのご到着でした。お若い方々ばかりとはいえ、お疲れだったと想うのですが、ここでは容赦ない労働が待っております。

自分で食べるものは自分で誂える!

というのが、この谷間にご滞在になる方々の基本です。それでも、今回の皆さんは徹底してそれを実践なさって下さいました。エライなぁ!

私の処でのご飯の支度と云えば、何と云っても「籾摺り」です。以前の私の記事を読んで下さっている方も多く、驚いたことに皆さんこぞって挑んで下さいました。

8名もの方々が続々と籾を摺る光景は大変な圧巻だったと想います。何しろ、スペースの制約もあって、今回は屋外、庭先に広げた茣蓙の上での籾摺りだったのですから。

私自身は魚を捌くのに忙しくて残念ながらその場の様子を観ることが出来なかったのですが、実に驚くべき積極性で皆さんが籾摺りに挑戦して下さっている様子は聲で聴こえておりました。実は今回いらっしゃった方々はほぼ全員うら若くも美しいお嬢様方ばかりです。そんな皆さんがひたむきに籾を摺る、とても、現代の日本の光景とは思えません。

素晴らしい写真もありますので、出来ることならばこちらに掲載させて頂きたく、著作権者に交渉したいと想っております。

わたしの妻が籾摺りの指導をしたのですが、量を間違えて最初にお願いしたのは必要量の半分。で、改めて更に籾摺りして戴いた為、結局真っ暗になるまで摺って頂きました。寒かったと想います。とても、現代の日本の光景とは思えません。

それでも、皆さん、不平の一言もおっしゃらずにひたむきに摺って下さいました。

 

摺った玄米は無事、翌朝のお粥になり、皆さん、完食して下さいました。

美味しかったのだと想います。うれしいことです。

自分で手を懸けたいのちを戴くこと、そんな行為から湧き出てくる感謝の気持ち、歓び、そして、美味しさに少しでも触れて頂けたならば、わたくしにとって、それ以上に嬉しいことは無いのであります。

11:57 | 食べる | 1 Comment
2012/11/12

いつの間にか、立冬を過ぎました、
荒神様の銀杏も黄金色、私の田の稲もすっかり黄金色です。
早生種からすこしづつ進めて来た稲刈りも今週中には終わります。
あっという間の4年目のお米作り。まだまだ食卓にあがるまでには手が懸りますが、それでも確かな実りを手にしてほっとしている百姓見習いの川口巽次郎です。

先週末、そんな谷間に、嬉しいお客様をお迎えしました。
Junkstageのライターの皆さん、8名様が秋の合宿と称してお越しになったのです。
その際の顛末は、yuuさんを始め、いくつかのコラムでご紹介下さっております、

そこで、私も、お迎えした側の視点から、その愉しかった時間を何回かに分けてここに記録させて頂こうと想います。

先ずはお買い物編。

ランチ作り体験で10名様以上のお客様に里山暮らし体験をして頂いた事は何度かありますが、泊まり掛けで来て戴いたのは初めての事です。折角の機会ですし、お魚の美味しくなる季節でもありますので、早朝から自転車で買い出しに出掛けました。

一番近くの市場ではないのですが、敢えてお気に入りの海沿いの魚市場まで、自転車で往復2時間以上の道のりをものともせずに参りました。

以前書きましたが、流石に毎日これでは身が持ちませんが、月に一度も無い事ですから、十二分に愉しめるサイクリングです。幸いお天気も良く、峠を越えて下りにかかる頃には丁度目の前に日が昇って来て、霧の間に差し込むオレンジ色の光がなんとも美しく輝いておりました。

海沿いの道に出ると、多島美の美しい波も穏やかな瀬戸内海が拡がり、吹く風も爽やかです。

市場に着くと、そこには既に沢山の人が溢れていました。祝日の朝ですからね。

次々とトロ箱に詰まった蟹や蝦が獲り合うように売れていってしまうので、買い負けないように頑張りました。お刺身用の中大型魚がやや品薄でしたが、それでも、皆飛び切り新鮮な魚を仕入れる事が出来ました。

こんな感じです。

お刺身用: ハネ(鱸)、チヌ(黒鯛)、鰈、鯒(コチ)、細魚(サヨリ

 


唐揚げ用: 中エビ、ネブト(天竺ダイ)


そして、瀬戸内で珍重されるワタリガニです。

豪勢です。

ちなみに、この魚たちは皆主に定置網で漁ったものです。

定置網というのは、瀬戸内でもこの辺りで特によく見られる漁法です。

その名の示す通り、魚を採る網そのものは決まった場所にいつも設置されていて動かしません。沿岸から見ると、海の上に棹が何本か規則的に立てられてその棹に沿って網が張られています。わざわざ舟や人が引っ張って網を動かさなくてもお月様の力でとどまることなく日々繰り返される潮の干満によって魚が勝手に入って来てくれる、そんな聴くだに素晴らしい漁法なのです。

先ず、潮が満ちると陸近くの浅瀬で大量に発生するプランクトンを求めて小魚たちが寄せ集まって来ます。
すると、続いて中大型の魚たちがその小魚たちの後を追って集まります。
潮が満ちている間の浅瀬は謂わば魚たちのダイニングルームなのですね。

やがて、潮がひき始める頃になると宴を終えた魚たちが沖へと戻って行きます。が、この帰り道に待ち構えているのが、上記の定置網。

岸に向かって長く伸びた網にぶつかった魚たちはその網に沿って沖へと泳ぎ、自然にその先に円く張られた網の中に誘導されます。そして、出口を見失ってその網の中をぐるぐると回遊しているうちにやがて漁師さん達がやってきて掬い上げられる、という寸法です。

この定置網には特に出口を塞ぐ蓋らしきものはありませんので、実は一旦は円い網の中に誘導された魚たちもその7割程はそのまま外へと泳ぎ出て行ってしまうものなのだそうです。

3割ほどの、私のようにのんびりした(というよりも有体に謂えば間の抜けた)お魚たちだけが網の中である事を特に気にも留めずにぐるぐると廻っている内に、漁師さんに掬い上げられる、ということになるのだそうです。

我が同類ながら、実に何とも間が抜けているというか、のんびりとしたお話ですよね?

でも、そんな風にして漁られた魚はどれもその季節に旬を迎えたものばかり。しかも、満腹で幸せの絶頂状態、ストレスも受けていない最高の状態で水から揚がってくるのですから、これ以上に美味しいものは望めない、という素晴らしいお魚たちな訳です。

こうして仕入れたとびきり新鮮な瀬戸内のめぐみを皆さんと一緒に調理して戴いた訳ですが、その模様は第二回以降に詳述させて頂きます。

ところで、市場で魚を仕入れる愉しみはそのとびきりの品質と安さだけではありません。(ちなみにお値段はこれだけ大量でも1人分は諭吉さんを越えない程度なのですから驚きですが。)
更には、今回のように大人数分の仕入れになると、色々なオマケを戴くことが出来ます。
お会計の際に、あ、あのママカリを少々、それから、そっちのトロ箱に入っているいろんな魚、安く分けてくれないかな?なんてお願いをしますと、それこそ、まぁ、持って行って、という事になったりするのですね。

瀬戸内の魚の本当の美味しさは「雑魚」と呼ばれる小魚にこそあるのですが、そんな「雑魚」をオマケに付けて貰っていただくのがまた何とも贅沢な幸せなのです。

今回は、食べ切れない分をお隣のおじいさんにもお裾分けをして、普段から頂戴しているお野菜のお礼とすることもできました。

いやぁ、ちょっと疲れるけど、たまの買い物は愉しいなぁ…笑

では、また次回。

2012/09/17

今日は台風へと吹き込む温かい湿った空気の影響で雨が降ったりやんだり、秋冬野菜の種降ろしも終盤を迎える頃ですが、一休みの一日になりました。 ご無沙汰しております。お百姓になりたい、川口巽次郎です。

今年の夏もこの谷間は小雨でした。灌水もしてあげない中、野菜たちは一生懸命に身を縮めて暑さと乾燥に耐えつつ実を結ぶ準備をしていました。中には耐えきれずに枯れてゆく作物もあります。が、こんな小雨でも乾燥を好む瓜類はとても元気で、今年は胡瓜、縞瓜(冬瓜の親戚みたいな瓜)、メロンなどが特に良く採れました。中でも、余計な肥料や水をあげないで育った自然農のメロンの美味しさには、将に目を見張らされました。

立派に大人に成長し、出穂・開花した田のお米や畦の豆たちも今はもう結実して、これからは日夜、実を太らせて立派な子孫を残す為の営みへと入っています。幸せな晩夏の時間が過ぎて行きます。

先日、そんな田の様子を畦から眺めていると、お隣の畑の方が声をかけて下さいました。

「あなたの稲は農薬も使っていないのに、病気にもかからずに立派に育っていますねえ!一本づつ植えているから、株間も大きく空いていて風通しが良いからでしょうね。」

ちなみに標準語に翻訳する前の原語では以下のような感じです。

「ああさんとこんいねあくすりもせんのにええようんなっとってどがんもねえな!いっぽんばあうえよるんじゃけえ、ようかぶがすいとうでかぜんとおるけえらくじゃ。」

煩雑になりますので、以下は標準語のみで。

私:「そうですね、よく育ってくれますよね。」

お隣さん: 「それでも蝗(イナゴ)に食べられるのは避けられないな。沢山居るなぁ。」

私:「全く沢山跳んでますよね。皆さんはイナゴ対策でも農薬を撒くのですか?」

お隣さん: 「蝗(イナゴ)対策に農薬撒く人もなかには居るけれど、蝗はその時だけ他所の田畑に逃げて出てしばらくしてから戻って来るだけだから大した効果はないな。」

私:「そうでしょうね。でも全部食べ尽くされてしまうような事はないし、我が家の稲の葉はしっかりしていて固いから、寧ろ稗を好んで食べてくれたりもするみたいですから、気にしなくても例年通り何とかなりますよ。」

お隣さん:「せっかく沢山居るのだから採って食べたらよいでしょう。」

というと、サッと手を伸ばして握った拳の中には蝗(イナゴ)が見事に治まっていました。

そして見る間に二匹三匹と捕まえて…。

という事で、仕方が無いから、わたくし、蝗を食べてみることにしました。

以前、お隣のおばあちゃんが遠くを見るような眼差しで、「田で捕って帰ったイナゴを炉端で塩焼きにして喰うたのが旨かったんじゃぁ…」と云うのを聞いて以来、いつかは喰べてみたいものでもあるな(でもちょっと怖い・笑)、と想っていましたが、ついにその時がやって来たのです。記念すべき我が百姓人生における狩猟生活への第一歩です。

数年前には猪を倒して豪快にその肉を焼いて喰っているマッチョな自分、というのを妄想していた事もあったのですが、意外にもスケールダウンしたデビュー戦となりました。

先ずは、私も蝗を捕まえてみます。最初は結構難しいものですが、何故か個体によっては私を舐めているのか碌に逃げようともしないで捕まるものもいます。何度か逃げられながらも試すうちには、子供時代に蝉やバッタを捕まえた頃の身体感覚も甦り、あっと云う間に10数匹を捕まえる事が出来ました。

この調子ならば売る程に捕獲する事も出来そうだ、と調子に乗りそうにもなりましたが、買ってくれそうな人も想い付かないし、もとより自分たちではそんなに沢山食べる気にはなりませんので、あっという間に狩猟は終了。

お隣のおばあちゃんは、蝗を捕まえてはその場で腰にぶら下げた針金に刺して筏(いかだ)のように並べていたものだった、と言っていましたが、初心者のわたくしにはそれは高度な荒業に想われましたので、現代人らしく、取り敢えずはビニールの袋に入れました。

袋の中でバシャバシャと跳ね回る音が哀れを誘います。

家に帰って、竹串に刺し並べ、直火で炙って羽やらを焼いてから、フライパンで塩煎りにしました。

なんだか香ばしい良い匂いが漂いました。

そして、晩ご飯の日本酒の肴に。

妻が小さな一匹を口にして言いました。「これは、ししゃもだねぇ!」

……

まぁ、そういう事です。

自然農の田では蝗も格別の味に育つようでした。

実はわたくし、大人になってからは蟲さんが大の苦手だったのです。自分がとうとうこんな事になったなんて、と感慨も一入に深いものがありました。

わたくしの狩猟生活、もうこちらの方面にはこれ以上進まなくても良いよなぁ、ともおもふ夕べ。

お酒が沁みました。

ちなみに、サラッと書きましたが、活きた蝗を火に炙る為に串刺しにするのが都会っ子には結構ハードルが高い様に想われました。まぁ、活き海老に串を打つのに比べればカワイイものですけど、蟲はまた格別ですからね…。

実は、後にご年輩の方に蝗の捕り方を見せて頂いたのですが、その方はその辺に穂を伸ばしている稗の穂軸を折り採って、捕まえた蝗の腹側の胸の辺りから背中に向けてさっとその穂軸を貫き通していました。すると蝗はぴくりともせずに静かになります。実に鮮やかな適切な殺め方でした。使うモノも全て身近な自然に還る素材でエコの極みです・笑。今後は私もこのやり方を見習おうと想います。

さて、次の狩猟生活へのステップアップの道は、池の鮒、空の雀か、はたまた、最近復活しつつあるという山の野兎か?乞う、ご期待を。

2012/07/22

皆様、大変にご無沙汰しておりました。 この谷間も梅雨が空け、朝夕の田の草刈りに日を過ごしている、お百姓になりたい、川口です。

5月の終わりから今年もベリー(木の実)の季節が始まっています。梅雨時には田植えと雨の止み間を見て大急ぎでベリー(木の実)の収穫に走り回ります。 写真は6月の半ば過ぎ頃に近所の休耕畑の桑の実、我が家の山の実山椒。そして庭のグミ。グミは妻が摘んでくれました。

Mulberry, Gumi and Sansho (Japanese Pepper)

実山椒は定番の佃煮など、ベリーは生で食べて、食べ切れない分は、砂糖漬け、果実酒、ジャムなどにして頂きます。

こちらはゆすら梅。

Yusura_Ume

完熟した摘み立ての木の実は、実に鮮烈な薫りと味わいです。

苺 ゆすら梅 小梅 桑の実 グミ 実山椒 ビワ 梅 野苺 ブラックベリー ラズベリー ブルーベリー …

様々な木の実の実りを逃さずに収穫しては保存食にしていく日々を過ごしつつ、採集生活を送っていたご先祖様方の暮らしぶりに想いをはせています。

いやぁ、さぞ美味しく感じられたことだろうなぁ!

お盆過ぎからは無花果、桃、葡萄、栗、柿などの果実の季節が始まります。

本来の日本は美味しい自然のめぐみに溢れている国、この本当に嬉しいことを、ぜひとも先の世代へと守り手渡してゆきたいものです。

 

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