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恋愛ってなんて手間暇がかかって割に合わなくて面倒臭いものなんだろう。
いつの間にか剥げかけていたベージュピンクのネイルを落としながら、わたしは深々とため息をついた。そろそろ潮時なのかなあ、なんてふと考える。幸いというべきか、抱えた原稿も納期が近く忙しい。
このネイルは先日、仕事がらみで会うことになった男の趣味に合わせたものだった。連絡先も聞かなかったし、メールに返事も出していない。男がいてもいなくても充実した生活を送ることが出来るのは女として不幸なのかもしれないけれど、かといって男のために貴重な自分の時間をつぶすなんて性にあわない。
(ま、だから独身なわけですけれど)
でもそれだって別に不満ではないのだから、仕方がない。
わたしは仕事が好きだ。
正社員だったメーカーを辞めてまでもぐりこんだ雑誌の世界は眼が眩むほど美しかった。記者会見、新ブランドのレセプション、パーティ、業界人たちとのお付き合い。もっとも、わたしのようにフリーランスのライターはさほど華やかな場に直接縁があるわけではないけれど、まだ若いというのとデスクの覚えがめでたいのとで多少のおこぼれにあずかれる。仕事はコンスタントに貰っているし、高給とは言えないが食いっぱぐれる心配もない。
だから、仕事とデートのどちらを優先するのかと聞かれたら迷わず仕事と答えるだろう。 男なんて所詮代わりのきくアクセサリーなのだ。安定した将来を捨ててまで得た仕事と比べるなんておこがましいと、その質問を投げかけてきた恋人たちとのやりとりを思いだす。彼らは彼らで仕事に恵まれていたけれども、女を見る目はなかったのだろう。少なくとも、わたしに関しては。
いつか、わたしは女の皮をかぶった男だと言われたことがある。
仕事を始めたばかりで面白くてたまらなかった頃の話だ。徹夜明けでそれでも行った同業者たちとの飲み会で、辛口のコラムで知られるフリーライターが面白そうな顔をしていた。
「お前ね、そんなんじゃ人生損するよ。それじゃ決まったオトコなんてできないでしょう」
「いらないんですよ。だって毎日十分楽しいんですから」
あの時、わたしは本当にそう思っていたし、いまだってそれは変わらない。
彼に指摘された通り、わたしは案の定決まった相手が未だに居ない。恋愛に時間を割くなら、その分楽しいことをしていたい。恋愛が楽しくない訳ではないんだろうけれど、今のところその楽しみを実感するほどひとりの相手に入れ上げたこともなく、その分のエネルギーは仕事に全部向けられていて、十分な成果を上げている。 それでいい。
(わたしはわたしのためだけに)
歌うように呟いて、思い切りよく裸の爪を光にさらした。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。