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いってきます、と声を掛けて家を出ると、早朝の澄んだ空気の匂いがした。
新しい制服の袖をひっぱるようにして、足早に歩く。今日から新学期。クラス替えの発表があるから早く来るようにと合格発表のあとに言われたのだけれど、気慣れないブレザーがなんとなく落ち着かない。こんなことなら学ランを制服にしている高校に入ればよかったと、少し後悔した。
こんなところをあいつに見られたら、何を言われるかわかったものじゃないからだ。
同じ高校でないと知ったのは、間抜けなことに卒業式だった。
え、と聞き返した僕に、あいつときたらデリカシーのかけらもない大声で「あたし女子校だもん」と言いやがった。名前を挙げたのはこの辺ではお嬢様学校としてそれなりに有名なところで、間違っても目の前のオトコオンナが行くような場所には思えなかった。
「だからあんたとの腐れ縁はおしまい。分かった?」
「そりゃこっちの台詞だっつうの」
軽口を交わしながら、僕はなんでかもやもやしてしまって派手に椅子を蹴ってしまい、最後の最後まで先生に怒られた。怒られている僕を見て、あいつはこともあろうににやにやと笑っているのを隠さなかった。まったくなんて女だ。
だから僕としてはなるべくスマートに初登校を終えて、もしあいつに会ってしまうのであればお前なんかいなくたって僕は全然問題なくやってけるんだぜ!的なポーズをつけたかったんだけれど、悪い予感は当たるものでバス停でばったり会ってしまった。考えてみれば当然だ。僕の家もあいつの家も同じ団地の中にあり、通う学校は違っても方向は一緒なのである。バツが悪いことこの上ない。
が、あいつはホントに僕の心情などお構いなしにじろじろと無遠慮に制服姿を眺め廻し、「へええええ」とわざわざ大きな声を立てた。
「…なんだよ。なんか文句あんのか」
「別に。それ新しい制服でしょ? 案外似合うね」
へ、と間の抜けた返事をしてから、こいつも新しい制服を着ていることに気が付いた。この辺では珍しい、クラシックなセーラー服。なんとなく並んでバスに乗り込んだとき、風にふわりと重たそうな生地のスカートが揺れるのを見て変な気分がした。女だったんだ、こいつ。最初から知っていたはずなのに、なんだか今初めて知らされたような気がして、バスの中ではほとんど無言だった。
「じゃあ、わたしここだから。先行くね」
「ああ。あのさ、」
呼びとめて何を言うつもりだったのか、一瞬忘れて僕はお前も似合うよと口走っていた。
あいつは一瞬驚いたような顔をして、ばーか、と軽口を叩いてタラップを降りて行った。ざまあみろ、だ。こんなことで切れるほど僕らの腐れ縁は軽いものじゃないって知って、僕はブレザーの袖をもう一度愉快な気持ちで引っ張っていた。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。