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寒さが次第に厳しくなって参りましたね。
そんな日々の中、炭火の魅力を発見しつつある、百姓になりたい、川口です。
冬至も近いこの頃ともなりますと、外での百姓仕事が出来る時間はとても限られたものになります。
特にここは広く明るいとは言え、谷間ですから、今頃の陽の高さでは、朝は8時過ぎ、夕方は4時ごろまでしかお日様が暖めてくれません。
作業自体は手元が明るい間は可能です。が、手元が見えるからと作業をしていると大変な目を見ることに成りかねないのが今頃の季節です。
お昼の日差しのある間は、小春日和の呼び名もあるとおり、それなりにポカポカと、汗ばむ程の日もあります。
そんな日には、足元も上着も薄くして仕事をするものです。
ところが、そんな成りで作業をしておりまして、ふと夕暮れが迫っている事に気が付くと、そのときには、背中にずっしりと、そして、足元からがっしりと冷気に取り付かれていることがよくあります。それは、突然に気が付く、痛いような感覚です。
気が付くと、脚の指先の感覚が無くなっていて、痛いくらい。肩から背中にかけても何か鋼鉄の板を背負わされているかのように冷たく硬く感じられるのです。そのままでは命に関わるかも、とすら思う程の冷たさ。
ですから、今頃にはよく脚の指先に霜焼けというよりも、軽い凍傷を負ったような状態になることがあるのです。
そんな時には、少しお風呂に入って暖めただけでは感覚が戻らず、夜布団に入ってからも指先が痛いような痒いような、という事がよくありました。
ところが、最近、この症状を癒してくれるとてもよいものを見つけました。それが炭火です。
昔の火鉢に炭を熾し、その横で作業などをしていると、直接的には別に温かい、という程ではなくとも、しばらくすると何やらじんわりとした温かさを感じるようになり、気が付くと、ストーブなどで暖めてもなかなか直らなかった爪先の痺れがすっかり取れていたりするのです。
そうか、これが遠赤外線というやつの効果なのだな、と改めて認識しました。
そんな訳で、炭火を熾すようになってからは、お魚や野菜なども炭火で焼くようになりました。これがまた、聞きしに勝る美味しさです。
お隣のおばあちゃんに聞いてみたら、かつてこの辺りでは各家で自家消費の炭は畑や庭に炭焼き釜を作って焼いていた、といいます。
私もぜひ、この冬には炭焼きにも挑戦してみたいものです。