皆さん、おはようございます。
しばらく坊さんとしてのお話が続きましたが、
久々に音楽家としてのお話をしてみたいと思います。
今日は、演出家としての見解をお話ししてみましょう。
「演出の方法」と書きましたが、
これは実際に現場でどう演出をつけていくか、
ということではなく、
初めに立てるべき演出プランの方向性ということです。
つまり、作品解釈と表現方法ですね。
その第一弾として、「設定」の問題を扱ってみたいと思います。
オペラに限らず、演出において「設定は?」と問うた場合、
そこでいう設定というのは、物語の基本設定を意味します。
例えば、時代は?場所は?人物のキャラクター設定は?
というあたりが基本設定だと思います。
具体的に話を進めていきましょう。
作品を「フィガロの結婚」にします。
すると、原作者ボーマルシェが設定した時と場所の設定は、
以下のようになります。
時:1765年~1767年くらい
場所:セヴィリアから3リュー離れたアグアス・フレスカスの館
まず、時ですが、「フィガロの結婚」のオペラ台本、原作台本、
いずれを見ても上記の年代は出てきません。
ボーマルシェはこれを書いた数年後、続編である
「罪ある母」を書きますが、そこには設定があります。
時:1790年
場所:パリ
場所はともかくとして、年代が明確に設定されていて、
セリフの中に、ここ20年ばかりの間に何があったか、
書かれています。
そのセリフを基に、最短の年月を算出すると、
どれほど遅くとも「フィガロの結婚」は1767年時点で、
およそ2年くらいは延長できそうです。
それが、「フィガロの結婚」の年代を、
1765年~1767年くらいと規定している根拠です。
もちろん、「フィガロ」を書いた時点のボーマルシェに、
そういう意図があったかどうかはわかりません。
しかし、ボーマルシェが生まれたのは1732年。
1767年といえば35歳。
その頃のスペイン事情はある程度知悉していたでしょう。
ですから、演出する側も、その当時のスペインのことを
ある程度調べればよいということになります。
さて、ここまでが「フィガロの結婚」という作品の、
基本的な設定になります。
この先どう料理するのか、ここからが本題になります。
まずは年代設定の問題が大きいでしょう。
方法は基本的に以下の3つになります。
1:原作や史実に忠実な年代設定
2:作者の生きた時代、あるいは書かれた年代に移行
3:上演する年代に移行
1は、いわゆる原作通り、というものです。
「フィガロの結婚」であれば1760年代後半、
「ポッペアの戴冠」のような歴史ものならその史実の年代、
つまり西暦64年とかですね。
2は例えば「フィガロの結婚」の場合、
モーツァルトがそれを書いた1786年頃にすると。
ボーマルシェが発表したのもその2年前ですから、
そう違いはないでしょう。
「ポッペアの戴冠」ですと、史実との差は大きく開きますね。
なぜなら、「ポッペアの戴冠」が書かれたのは、
1640年代だからです。
3は、いわゆる現代版というやつです。
現在生きている我々の時代の話に置き換えて上演する、
ということです。
俗に「読み替え演出」と言われています。
例えば「フィガロの結婚」を現代の会社の物語に読み替えると。
この演出方法については次回詳しく解説しますが、
賛否両論、好き嫌いがかなりはっきり分かれる演出方法です。
さて、一般的に1や2の方法というのは、
オーソドックスと言われる傾向があり、
3の方法は褒め言葉としては斬新とか、
悪口としては「奇を衒った」と言われる傾向があります。
しかし、方法論をよく考えるとどちらも極めて単純で、
現代化するからといって、それだけでは斬新でもなんでもありません。
そう見えるだけです。
例えば「フィガロの結婚」でいえば、
18世紀当時の貴族と召使の関係が、
今日の社長と社員の間で繰り広げられていれば、
問題になっている内容はどちらも共通であり、
よく考えれば何も目新しくはないのです。
アルマヴィーヴァ伯爵の館で起こっている問題が、
アルマヴィーヴァカンパニーの中でも起こってさえいれば、
話はそれで成立するのですから。
なお、3の方法にはいくつか変化球があります。
それは中途半端な時代設定移動です。
「フィガロの結婚」を原作指定の年代でも、
モーツァルトの時代でも、現代でもない、
例えば19世紀の話にするとか、
原作よりも前、古代ギリシャにするとか、
はたまた我々の時代を通り越して未来の話にするとか、
そういう方法です。
このように時代設定だけでも色々あるのですが、
それにともなって場所も動かすことはできます。
時代、場所、いずれも動かして演出された典型例は、
「フィガロの結婚」でいえば、ピーター・セラーズ演出です。
現代のニューヨークに設定されています。
当然、人物の設定も現代の何かに置き換えられているのです。
「ドン・ジョヴァンニ」など、日本にも好例があります。
東京二期会で上演された宮本亜門演出です。
ちょうど9.11のあった後で、
テロによって破壊されたビルの廃墟に設定されています。
もちろん、作品によって時代移動のしやすい作品と、
やりにくい、あるいは不可能な作品もあると思います。
実は先ほどから例に出している「フィガロの結婚」など、
よく考えるとあまり時代を動かしたくはないオペラです。
歴史に基づいて考えると、
貴族社会がひっくり返される契機となったフランス革命が起きる、
その直前という、非常に条件が限定されている時代だからです。
従って、予算の許す限り、衣装や舞台装置は、
時代考証を綿密に行って1767年当時のものにしたいところです。
逆に「コジ・ファン・トゥッテ」などは、
セレブ階級とそうでない階級が存在するシチュエーションであれば、
どのように見せても問題は少ないオペラです。
もちろん、人名や地名が登場するため、
あまりにかけ離れた設定の場合、場所の設定は無視することになりますが。
でも、それでも作品の本質部分は損ないません。
このようなことが、演出の「設定」に関わる部分ですが、
次回は「読み替え演出」と「読み直し演出」について解説しましょう。