今回は、スクールに通う生徒さんのお話をしようと思います。
私が講師を務めるのは、社会人向けの各種資格取得を得意とする大手スクールのネイルコースです。
一般的なネイルスクールはネイルサロン直営や関連という形が多いので、私のスクールのような形は特殊といえば特殊かもしれません。
転職や資格仕事、というキーワードにマッチするためか受講される生徒さんも一般のネイルスクールより幅が広いように感じます。
年齢的なものももちろん、経歴や職歴、環境なども本当に様々です。
以前にご紹介した「親子ネイリスト」のような方もいらっしゃいます。
ネイルサロン通いをされていて「ネイル大好き!極めたい!仕事にしたい!!」というきっかけより、「ネイリストって仕事としてどうなんだろ?」という方が多くいます。
そんなせいかどうか、個人のキャラクターも個性豊かで刺激的、同種に偏らず様々な方々がクラスメイトとして集うので見ていて面白いこともたくさんあります。
これからお話するエピソードは、プライバシーを考慮して事実をベースに若干のアレンジも加えます(が、かなり事実に近いです)。
初日の自己紹介、みなさん緊張しています。
お名前と軽い自己紹介をしてもらうのですが、ある時「元・キャビンアテンド」という方がいました。
お化粧もばっちり、姿勢がもの凄く良くて、終始口角を上げ気味にして「良いお顔」でいらっしゃいます。足も常に斜めに組んでいたり、立っても片足が半歩前です。
それなりの場所でないと、案外にもこうした完成度の高い雰囲気って浮くものみたいです。
別に何もしていないのに、彼女は明らかに「異種」でした。
私の経験上、第一印象で何かしら「ん?」と引っかかる場合は、その後も色々な意味で悩みの種になったりということが多いものです。
彼女の番がきて、ハキハキしたアナウンサーを意識したような明るい声でご挨拶を始めました。
「わたくし、元はCAでございました。ネイルは女性の嗜み、これから皆さんとともに頑張ってお勉強いたしたいと思っております」
関係ないかもしれませんが、うちの学校は千葉にあります。
このキャラは場所柄やや珍しいような…。銀座校とかならしっくりくるかもしれません。その後も他の方の自己紹介をにこやかに相槌を挿みながら聞いていた彼女。
私よりぜんぜん先生っぽいです。すごく疲れそうで心配です。
もしかして今回のクラスはこの人が「要注意生徒さん」かな…なんてうっすら思いました。
そしていよいよ初回の授業開始。
初めての授業では、まず道具や材料の説明と確認、座学ではネイルの歴史を学びます。
スタートから約15分、ガターンという音がしました。
驚いて見ると彼女が椅子から落ちちゃってます。
慌てて近寄ると「具合が悪い。。。」と。とにかくスタッフを呼び、空いてる教室に椅子を並べて横になってもらいました。
心配で様子を見に行くと目を開けていたので、大丈夫?と話しかけました。
「先生、すみません、わたくし時々こうなってしまうんです」と。
落ち着いたところで今日のところは帰宅することになりました。
そして彼女はそれから二度と現われませんでした。
後のスタッフの説明では、実は他の校舎にも一度通ったことがあるそうで、そのときもほぼ同じような状況で初日で帰ってしまったのだとか。
しばらくして本人から「もう一度通いたい、でも違う校舎で」との連絡があり今回に至ったそうで、
なぜ違う校舎なのか、なぜ初日に具合が悪くなってしまうのかよくわからないままなのだとか。
特に持病(緊張による発作とか)があるという話でもないらしく、またいつも元・CAであることを常に必要以上に強調する意味もよくわからず。
その後彼女がどうしているかは知りませんが、謎多き女性として記憶に残っています。
うーん、今も不思議。そしてやっぱり少し心配。
お次のお話。
検定試験にはアートの課題があります。
その都度テーマは与えられて、今春に控えている試験の場合だと「バタフライ(蝶々)」ですし、前回は「スイーツ」でした。
ある時の試験、お題は「海の生き物」。
決められた時間内にバランスよく手際よく見栄え良く描こうとすると、だいたいパターンは決まります。
イルカ、ニモ(クマノミ)、海亀。
このあたりが人気でみなさん頑張って描いていました。
いつもニコニコしていて可愛らしい、でもその若さゆえだけではない天然ぶりがやや心配だった生徒さんがいました。
彼女は最初イルカを描いてきました。
なんか違和感を感じる…と思って観察すると、イルカのほっぺ(が実際はあるかどうか)にピンクの丸いチークを描き入れているのです。
子供向けのアニメならいいのかもしれませんが、試験ではないほうがよさそうです。
「イルカにチークはいらなくない?」と言うと、
「えっ!?」と、もの凄く意外だったというような反応が。
試験だからね、と諭し描き直しを指示しました。
数分後、出来ました、と可愛い声がしたので見に行くとまったく同じチーク仕上げ。
だからなんでチーク描いちゃうの?いらないでしょ、と強めに聞くと、
少し口を尖らせて
「じゃあ、センセ、亀にしてもいい?」と聞きます。
いいけど…。
それから嬉々として描き始めた彼女。出来ました!で呼ばれると。
もうおわかりですね。
海亀のほっぺにもしっかり丸いチークが。
長いため息をつきたいのを我慢して、描き直しを伝えると
「え~、じゃ、今度はニモにする」と。
どうぞどうぞ。
そして、また同じ展開です。
たぶん普通だったら、からかわれてるのかと思いますが、彼女はいたって真剣なのです(それが天然)。
あのさ…、と私が言うと、周囲の黙々と作業していた他の生徒さんも流れを読みクスッと笑い出します。
「えーっ、ダメですか?」と上目遣いで聞いてくる彼女。
「てか、なんでいつもチークを絶対描いちゃうの?」
「えー…、だってこっちの方が可愛いから」と。
ま、「アート」なのでその発想はありっちゃありなんですけど。
結構真剣な試験なので、かたく合格を目指すならやっぱり「なし」です。
早口でまくし立てたい気持ちを抑え、ゆっくりした口調で諭しました。
結果、口を尖らせ納得いかないオーラ満々で普通にイルカを描き上げてくれましたが、
果たして本番ではどうだったか…。
試験後は会っていないので今も時々気になります。
後は、練習に付き合ってモデルになってくれているお母さんと喧嘩を始めちゃうとか。
モデルさんって、素人とはいえ慣れてくると割りと目が肥えるらしく
生徒さんより冷静に評価が出来たりするんですね。
身内なのでなおさらのようで、
「違う、先生はこうしていた」とか「もっとそーっとやっていた」とか
聞いているこちらも、わが意を得たりのような的確なアドバイスをズバッとしています。
すると生徒さんが怒っちゃうんです。
「うるさい!」とか「わかってるよ!」とか。
するとお母さんも負けていなく
「だからアンタのやり方は違うってば!」とか。
親子喧嘩勃発です。宿題やったの?今やろうとしたのに!みたいな。
そんな時、身内の争いには下手に口を出さない方が良いので、
しばらくは聞こえないふりで静観しますが、
ボルテージが上がりそうなら間に入ります。
やれやれですが、それだけ皆さん真剣ってことで微笑ましくもあります。
色んな方と接することで、私も楽しかったり刺激を受けたりしています。
またコミュニケーションのお勉強にもなりますし。
なにより、この仕事をしていなければ接することのなかったであろう年齢層や
経歴をお持ちの方々にお会いできるのは本当に嬉しいことなんです。