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2012/03/19

 

ついうっかり何かをしでかして、びっくりする結果を迎えることがよくある。
例えば考えなしに口にした言葉になんだか申し訳なるほど感動されたり、まだそのタイミングではないのに好意を匂わすようなことを言って告白すら許されずに振られたり。思い返せば僕の人生はなんだかそんなことの繰り返しだったような気すら、する。
つい先日も、うっかり彼女のことを抱きしめてしまった。
いまはもう人妻である彼女の初めて触れた体の小ささに驚いて、そして逃げられなかったことにも驚いて茫然としているうちに、彼女は触れあった熱だけおいてするりと改札の向こうに消えてしまった。その背を見送っているうちに、抱きしめたことは裏切りになるのだろうか、とふと、
考えた。

僕と彼女は、学生時代からの腐れ縁だ。
実際には“付き合っている”状態であったことは無いけれど、客観的に見たら限りなくそれに近い、男女のペア。
彼女は失恋の度に僕をつき合わせ、僕は得恋の度に彼女に相談を持ちかけて、そのたびにどちらともなく生きるの死ぬのとかいう面倒臭い話もして、何度か共倒れになりながら生き延びてきた。
だから、いわば戦友みたいな存在なのだろうと思う。
彼女はひどく明るかった。僕はその明るさが好きだったし、大事にしたいと思っていた。
彼女は僕のことも好きだと言った。まったく生臭くない、清潔な目で。
僕らの間に肉体関係があったらもしかしてこういうふうにはできなかったかもしれないけれど、そうなる前に僕は今の恋人を見つけたし、彼女も結婚して新しく家族を作った。
僕らは互いにそれを祝福し、自分のことのように喜びあった。

僕は恋人をとてもとても好きだと思うし大事だし愛している、と思っている。
誕生日にはベタに花を贈ったりプレゼントもするし、記念日には夜景のきれいなホテルでデートするし、毎日のメールも欠かしたことは無い。
でも、好きだと思うし大事だから格好悪いところは出来るだけ見せたくないとも思っている。
例えば仕事で失敗してやけ酒を飲んだり、休日だからとだらけているところは、恋人には知られたくないわけである。だけどそういうときは異様に寂しくなったり自分に価値が全然ないとか思ったりして、彼女に愚痴を吐いてしまう。恋人には見せられない、弱くてしみったれた自分を見せて、慰められたり張り飛ばされたりしながら、僕はいままで生きてきたのだ。
多分それは彼女も同じなんじゃないだろうか。
物わかりのいい優しい旦那さんには言えない小さないらだちや明るさの裏返しの不安定さを、僕を罵倒したり構っている間はちょっとだけ忘れることが出来たんじゃないか。
ポケットの中の携帯には、あの日、彼女が寄越したメールが保存されている。
「ばかもの」と彼女は軽やかにまた僕を突き放して、手を差し伸べてくれている。
彼女のことをもう二度と不用意に抱きしめてしまわないように、揺れる心にセーブを掛けて、僕はまた、恋人の待つ家に戻る。
恋人と彼女の両方を裏切られずに済む自分に、その双方に捨てられずにいる自分に、どこかでほっとしたものを感じながら。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

 

2012/03/19 10:20 | momou | No Comments