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2011/11/02

「貧困」の問題はぼくの仕事上の
メインテーマのひとつであり、
実務の上でも社会問題としても
非常に大きな関心をもって
世間の動向をみまもっているところである。

貧困の問題はすなわち社会保障の問題であり
国として、社会としてどのようにして
生存権を保障するかという話と間違いなく直結している。

仕事中の事故で誤って切断した2本の指を持って
病院に駆け込んだ大工が医者からこう問いかけられる。
「薬指をくっつけるのは1万2000ドル。中指なら6万ドル。どうされますか?」

地道に堅実に生きてきた大工はしかし現に今目の前にある
つけようと思えばつけられるはずの中指をあきらめざるを得なかった。

これは実話であり現実である。

アメリカの医療保険制度とその問題点について
コメディタッチでありながらそれでいて
非常にシリアスかつ硬質に描いた
マイケル・ムーアによるドキュメンタリー『シッコ』は
アメリカではドキュメンタリー映画史上第2位の観客動員数を記録している。
超映画批評(96点)
Cinema Topics Online
Wikipedia

アメリカの貧困問題の現状については
岩波新書から出ている堤未果の『ルポ 貧困大国アメリカ』が詳しい。
格差、貧困、医療、教育といった現代的な諸問題を考えていくうえで必読の書ともいうべき、
火が出るように熱くそして絶望的に加速していく社会の貧困と八方ふさがりの現状を描いたルポタージュである。

アメリカには先進国で唯一国民皆保険制度(日本でいう「国民健康保険」にあたるもの)がなく
医療保険の大半はHMO(健康維持機構)という、民間の保険会社が医師に給料を支払って管理するシステムにて行われている。
6人に一人が無保険で、毎年1.8万人が治療を受けられずに死んでいく。
そして2005年の統計では、204万件の個人破産のうち、その原因の半分以上は
「あまりに高額の医療費の支払いができないため」である。

ニューヨークで1日入院して盲腸の手術を受けたとする。
平均的な費用は243万円である。

日本では国民健康保険に加入している一般所得者の場合
4、5日入院したとしても医療費としての最終的な自己負担額が
10万円を超えることはないだろう
(国民健康保険の高額療養費制度により自己負担上限額が決まっているため)。

また、先に述べたように
アメリカの医療保険制度では多くの場合、
民間の保険会社が医師に給料を支払って管理するシステムとなっているため
保険料の支払いは決してスムーズには行われない。

民間の保険会社にとっての優先事項は
会社としての利益を上げ株主や投資家に最大限の利益を還元すること、と当然ながらそうなる。

アメリカの医療は、貧困層においては(そしてそれはある日とつぜん一度の病気や事故や怪我で
いつそのような状況に陥ることになるかは一部の富裕層を除いた誰にとってもまったくの他人事ではないのだが)、
すでに言いようもなく破綻しているような現状にある。

さて、長々となぜアメリカの医療保険制度について述べてきたかというと
今、参加の是非が盛んに議論されているTPP ― 環太平洋戦略的経済連携協定による
「自由化」、「規制緩和」のなかで医療や保険制度、薬価、医薬品認証という
現在の社会保障や生存権保障の根幹が大きく揺るぎかねない事態となっているからだ。

農業協同組合新聞 10月28日付記事 医療自由化目標 「入手していた」 米国文書で厚労相
米国政府がTPP交渉で、公的医療保険の運用で自由化を求める文書を公表していたにもかかわらず、日本政府は「公的医療保険制度は交渉の対象外」と国民に説明していた問題で、小宮山洋子厚生労働相は27日、「9月16日に外務省を通じて受け取っていた」と述べ、入手していたことを明らかにした。公的医療制度の根幹である薬価の決定方法がTPP対象になる可能性も認めた。

11月2日付記事 TPP、医療崩壊まねく 慎重に考える会が会合 情報不足に批判高まる
民主党国会議員で構成する「TPPを慎重に考える会」は10月12日、日本医師会などを招き、医療、医薬品、公的保険制度などへの影響を議論した。

同会長の山田正彦元農相は「政府としても党としても早期に結論を出すというかたちで(TPP議論が)動き始めた。本当に慎重にやらないと大変なことになる。農業だけの問題ではない。医療や医薬品、国民皆保険は本当に守られるのか、今日はしっかり議論をしたい」。
日本医師会の中川俊男副会長は「非常に危惧しているのは新自由主義的改革。市場原理を持ち込めばうまくいく、医療も例外ではないというもの。TPPは究極の規制改革だとわれわれは認識している」と危機感を表明。
TPPによって株式会社の医療参入など規制緩和が実施されるようなことになれば、「民間企業や投資家にとって魅力的な市場が開ける。そうなれば本当にお金がなければ医療が受けられない時代がやってくる」と強調、国民皆保険制度が崩壊しかねないことを訴えた。

作家、評論家の西村幸祐さんの11月1日のツイートより。

TPP問題、長尾たかし民主党議員が告発!医療保険に関する重大な疑惑です。政府と厚労省、外務省を巻きこむスキャンダルかもしれない。

以下、長尾議員からのメッセージです。
——————
重大な事実が分かった。

国民向けTPP資料には、「公的医療保険制度は(TPP議論の)対象になっていない」と明記していた。我々議員にも繰り返しそのような説明がなされていた。医療保険制度自体を交渉するTPPの「金融サービス分野」では議論の対象とはなっていないというもので、実は別の分野である、「物品市場アクセス分野」で取り上げられる可能性を厚生労働大臣が認めたのだ。ではこれをいつ認識したのか。なんと、9月16日に「米国政府が公的医療保険の運用で自由化を求める声明」を、大臣は外務省を通じて受け取っていたのだ。

受け取っていたじゃぁないかっ!!!!!!

今迄、何十時間とPTで議論してきたことは何だったんだ??これ迄の議論は、国際協定であるが故、我々も外務省との質疑を中心に行っていた。きっと、外務省は黙っていたのだろう。一方の厚生労働省としては、懸念表明をしたかったが其の舞台がなかったと言い訳もしたいのだろうが、それは許されない。国民を欺くとはこのこと。違う器を指差しここにはありませんが、こちらに入っていますというものである。こういうやり取りがPTや委員会で繰り返されるから信用できないのである。また、薬価決定方法について交渉対象になる可能性について認めた。

明日厚生労働省の役人を呼んでこの2点について事情を聞くこととしている。厚生労働委員会でも質してみようと思う。

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これから日本は、社会保障はどうなっていくのだろうか。
堤未果は先にあげた『ルポ 貧困大国アメリカ』(2008年出版)で
アメリカの状況が日本においても対岸の火事ではないことを既にはっきりと明言している。

そしてそのあとがきにおいてこう言っている。

何が起きているかを正確に伝えるはずのメディアが口をつぐんでいるならば、人間が「いのち」ではなく「商品」とし扱われるのであれば、奪われた日本国憲法二五条を取り戻すまで、声を上げ続けなければならない。無知や無関心は「変えられないのでは」という恐怖を生み、いつしか無力感となって私たちから力を奪う。だが目を伏せて口をつぐんだ時、私たちは初めて負けるのだ。そして大人が自ら舞台をおりた時が、子どもたちにとっての絶望の始まりになる。

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短歌はこの頃あんまり詠んでいません。
そのことについてはまた別の機会にでも。

2011/11/02 06:43 | senami | No Comments