« 47.三度、ブータンへ | Home | 譜読み »
母の話はまだ続きがある。
一度きちんとお詫びしたい、ということで訪れてきた父はまず母に土下座して謝った。押しかけるように来られた時は正直うんざりしたわよ、というのは母の弁。
父の謝罪は多岐にわたった。
母と相手の婚約は知っていたということ。ただ、今回の株主のリストの中にそのひとの会社が入っていたということは知らなかったのだということ。知らずにあなたを深く傷つけてしまった、と父は土下座したまま泣きじゃくり、怒涛のごとく流れる涙を隠しもせずにでも好きであなたの花じゃないと嫌でどんな手を使ってでも一度お会いしたかったのだと絞り出すように許しを乞うた。
多弁ではあれど、大の男がひたすら「申し訳ない」「ごめんなさい」を繰り返す様子は、それが繰り広げられたのが玄関先であったこともあっていっそ映画か何かのワンシーンを見ているように母には感じられたという。
だから、だろうか。
母はその熱意に圧倒され、次いで呆れ、そして許した。
「多分、ほだされたんだわね。捨てられた犬みたいな顔してたし」
「……そんなことで許しちゃったの?」
「許しちゃったの。だって、仕事したときにとっても感じのいい人だと思ったんだもの」
そして母は父を立ち上がらせ、ほだされ続けて恋人になり、この家に嫁いできたというわけだ。
「で、さっちゃんのほうはどうなの? 勝郎くんとうまくいってるのかしら」
急に話の矛先が変わったので思わず紅茶を吹きだした。
あわててお手伝いさんが飛んでくる。汚いわねえもう、と母の小言を謝り倒してなんとか無視し、洗濯に他人が姿を消した後、恐る恐る顔を上げた。
母はすばらしい笑顔だった。
「あの、なんで知ってるの?」
「そりゃあ見てれば分かるわよ」
お母さんの目は節穴じゃないのよ、と得意そうに肩をそびやかされる。こういう仕草がチャーミングに映るのだから母は得だなあと思う。
「ま、あなたが男の人と知り合うチャンスなんて本当に無いものね」
だから推察もあるけどね、と母はにこにこと続けた。ねえ、いったいどこまで進んだの?
穴を掘って入りたい、というのはこういうことを言うのかと思った。
next vol.5→8/22公開
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※この物語は2011年9月11日に上演されるJunkStage第三回公演の物語を素材としています。(作・演出・脚本 スギタクミさん)
※このシリーズは上記公演日まで毎週月・木曜日の2回公開していきます。