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2011/07/19

 

この仕事について、1年がたった。
飽きっぽい性格の割に長く続いているのは基本的にお客とは一回こっきりしか会わないということと、一人でいられる時間が長いせいだろう。実車していないときは公園の脇で寝たり、携帯を眺めて時間をつぶす。たまには本を読んだりもする。基本的に歩合給ではあるが、一人暮らしでそんなに掛かりがあるわけでもない。
そんな仕事危険じゃないの、と聞かれることもある。
まあ、危険がないこともない。酔っ払いが乗るのは深夜の実車では当たり前のことだし、絡まれることもある。しかし大抵の客はおとなしい。俺はそんなに会話が上手な方ではないから、話す相手には聞き役に徹し、そうでない場合はラジオをつけっぱなしにして間を持たす。そうすると客は静かに下りて行き、また俺は一人でガラ空きの道を戻るのだ。
ほとんどがこういうパターンで、危険が入り込む余地はない。

ただ、たまに不思議な客にあたることもある。
今日載せた客もそうだった。
明らかに水商売系の(もしかしたら風俗かもしれない)若い女の子だった。載ったとたん喋り出した。社長だというのである。その苦労譚は微に入り細に入った。もしかしたらそれを話したいがために30分以上かかる住所を指定したのかと思うような熱のこもった話しぶりだった。でもその話には実が無かった。だから俺は嘘なんだと直感した。大体、本物の社長族は最近タクシーに乗らないのだ。

「お客さん若いのに凄いですね」
「そんなことないのよ。あたし、若作りだからあ、若く見えるけど、若くないのお」

話が途切れた汐に相槌を挟むと、女はどこか間延びした口調で笑った。
泣いているような、自嘲しているような声だった。バックミラーをちらりとのぞくと、女の眼元は化粧が禿げて黒いくまどりのようになっていた。

「でもさあ、若かったら、やり直せるよねえ。若くなりたいなあ、若くなりたいよう」

もうあたしやり直せないのよねえ、と女は声だけで泣いて、それから渋谷できちんとお金を払って降りて行った。ありがとね、と囁くような声を残して。
女の降りたシートには、名刺が一枚落ちていた。場末のピンサロだと一目でわかるうすっぺらいそれに、さっきの女に似た写真が載っていた。

俺は勿論その店に行く気はない。
もしまた彼女が俺の車に乗ることがあったら、社長、と呼んでやろうと思っている。
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花言葉:また逢う日まで
*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2011/07/19 07:01 | momou | No Comments