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2011/06/06

 

――また、没。
大げさにくしゃりと丸める元気があったのは最初のころだけで、てっぺんを超えるとそんな気もなくなってくる。打ち出した企画書を捨てて天を仰いだ。隣で苦笑する気配があったが、声はかけられなかった。隣は隣で納期に追われているのだろう。
締切は来週に迫っていた。
4社競合のプレゼンは、大げさにいえば社命を掛けたプロジェクトである。新しくオープンする複合施設のコンセプトは『子供から大人まで楽しめる食空間』という、どこかで聞いたような内容だが、それだけに成功例がほとんどない。
今回の案件の立地はそこそこいい。繁華街ではないが、最近の再開発で地価がじわじわあがっている。飲食店フロア以外のテナントは未定らしいが、接待の場でキャリア向けのアパレルは確実に入れると聞いた。順当に考えれば女性客に照準を合わせて内装がお洒落なイタリアン、でも価格帯は手ごろ、というラインだろう。ただそれでは他社と確実にバッティングするのが目に見えており、俺はひとりで頭を抱える羽目になるのである。

「煮詰まってるの?」

いい加減無視するのも面倒くさくなったのか、隣から投げやりな声がかかった。帰宅するつもりなのか、既にパソコンのモニターを切っている。仕事中はいかにも“出来る女”風な同僚は、誰もいない時間帯になると化粧すら直さない仕事の鬼になる。女性向けの店舗企画よりも男性目線のほうが得意で、今回は別案件に回されていた。仕事が出来る奴だけに引っ張りだこだが、その忙しさを不満にしない、俺には不気味な女である。

「その通りだけど、そっちは? もう帰るの?」
「帰るよ。そっちのテナント用の資料揃ったし」

はい、と目の前にびっしり数字の埋まったデータを渡された。さっきからダカダカとキータイプ音を響かせていたのはこれを作っていたらしい。プレゼン用に転用できるよう、マーケからあがってきた内容よりかなりビジュアルが追加され、ついでに俺にも分かりやすくなっているようだ。
助かる、と素直に受け取ると、彼女は面白そうに笑った。

「世の中では女性向けの店舗開発をこんなおっさんがやってるなんて考えたことないんだろうね」
「そういうなよ。俺だってまさか女が新橋の焼酎バーの開発してるとか思ってなかった」

そんなもんだよね、と彼女は軽やかに手を振って帰って行った。
オフィスに残っているのは俺一人。
子供から大人まで、女性客に楽しんでいただける食空間は、こんな風にして出来て行くのである。
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花言葉:宗教的熱情
*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2011/06/06 10:38 | momou | No Comments