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2016/06/27

m317

つむじ風みたいだ、と思った瞬間には通り過ぎていた。見知らぬ子どもたちだ。男の子と女の子、ゴムまりのような身体はすぐに見えなくなって、残響のように笑い声だけが耳に残る。
うちの子たちも、あんな感じだったのだろうか。
自分たちだけで世界の全部が満ち足りているかのような顔をして、元気がぱんぱんに詰まったような手足を振り回して、高らかに笑って。そうだといいと思う。そうであって欲しかった。
ぐらぐらする初夏の日差しに、私は知らず俯いていた顔を上げる。目的地までは、まだ少し歩かなければならなかったから。

 

私が子供を置いて家を出たのは、上の子が5歳、下の子が3歳になった春だった。その頃はまだなんとか夫婦の体裁は取れていて、寝室は別だったけれど家族仲も悪くはなかったと思う。相手には既に恋人らしき存在があるようだったが、私は追求しなかったし、できなかった。そこに触れた瞬間に瓦解しそうな、妙な緊張感に包まれて、私は食事を作ったり子供に食べさせたりして過ごしていた。

「もうやめよう」と言ったのは向こうからだった。私と別れて恋人と一緒に暮らしたいのだそうだ。先方はすぐにでも結婚したいと言っているとのことだった。離婚、という言葉が初めて実感を持って落ちてきた。そうか。いつか来るかもしれなかった未来が、手の届くところまで来ていた。

「わかった。でも、……子どもたちはどうするの?」

絞り出した声はかすれていた。まだあの子たちには両親が必要だ。でも、もし、もし離婚するとして、どちらかが子供を引き取るとなったら? 私は勝てるだろうか。この人に? 生活力も経済力もある、この強大な母親に。

「申し訳ないけど、引き取りたいの。だって、あなたはまだ自分の子供を作れるでしょう」

妻はそういって、はっきりと私の眼を見た。あなたは男だからまだ子どもは作れるでしょ、だけど私はもう無理なの、幸いあの人は跡取りの子どもが欲しいみたいだし養子縁組してもいいっていってくれてるし、ね、だから、わたしが。
私は気おされて頷いた。子どもたちがかわいそうだというより、彼女がひどく痛々しかった。

緑にまみれたような路地を抜けて大通りに出る。目当ての店はもう見えていた。教えられていた通り、とても分かりやすい看板が出ている。重たい扉を開けると、中に座っていたブレザーと学ランの二人連れがハッとしたような顔をした。

私はゆっくり手を振った。そして、眩しくて目を細めながら、静かに二人のほうに足を踏み出した。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2016/06/27 09:18 | momou | No Comments