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みどりちゃんが、先輩と別れた。久しぶりに一緒に帰ろうって誘われたのは、どうやらそれが理由だったらしい。アスファルトも溶けてしまいそうな暑さのなか、私たちはコンビニでアイスを一つずつ買って、三か月前は毎日のように来た公園に向かった。
「先輩ね。好きな子、出来たんだって。だから別れてほしいんだって」
ほんとふざけてる。みどりちゃんは絞り出すような声で少し笑い、それから、ちょっと溶けてしまったアイスを怒ったみたいな顔で急いで食べた。まだ五月なのに、真夏みたいだ。
先輩と、私たちは中学が一緒で、家も近かった。いわゆる幼馴染ってやつだ。先輩は一つ下の私たちのことを妹のように可愛がってくれ、私たちも慕っている先輩と同じ部活に入った。吹奏楽部。先輩は花形のサックスで、みどりちゃんはフルート、私はユーフォニウムを選んだ。みどりちゃんは木管ならアンサンブルで一緒に演奏する機会が多いのにと不思議がったが、ちゃんと理由はあったのだ。ユーフォの位置なら二人が演奏している姿をいつも見ることが出来たから。
先輩は進学先の高校でやっぱり吹奏楽を部活に選んだから、私たちは中学のころから今通っている高校の吹奏楽部に出入りしていた。定期演奏会や合同発表会で、先輩はいつも私とみどりちゃんを呼んで、みんなに紹介してくれた。先輩がみどりちゃんの癖の強い髪の毛をからかうのはいつものことで、みどりちゃんも真っ赤な顔でむくれるのが恒例だった。私はそれをまあまあとなだめる係で、なんとなく、決まり切ったお笑いの型のように吹奏楽部の全員がそこで笑った。
私も笑った。眩しくて目を細めながら、みどりちゃんが先輩の隣で笑ってるのを見ていた。
それがなんだか本当に尊い光景みたいに思えて。
だから、みどりちゃんから先輩がそういう意味で好きなんだと言われた時も、なんだか腑に落ちたような気がした。女同士なのに、とは思わなかった。むしろ、それだからこそ、二人はすごく大切だったんだと思った。私の大事な先輩。私の大事なみどりちゃん。大事な二人が、そういう意味でも思いあえるなら。そしてそれを、私が近くで見守っていいのなら。
「おめでとう」
付き合うことになったから一緒に帰れないとみどりちゃんが言ったとき、私はたぶんそう言って笑ったんだと思う。
好きだったから。本当に、二人が、ふたりでいるのを見ているのが大好きだったから。
恋の真夏はあっという間に終わって、みどりちゃんは私の隣に帰ってきた。
先輩は戻ってこなかった。
卒業式に告白して、春休みいっぱいお付き合いして、それでも大学の授業が始まったらひと月で、先輩は普通に男の人を好きになったのだそうだ。みどりちゃんは大学の吹奏楽サークルにも呼ばれて遊びに行ったけれど、そこでは妹扱いで、男勝りな先輩が媚びたみたいな声で話すのも聞いていたらしい。悔しかったし悲しかったそうだけど、みどりちゃんは泣かなかった。妹として、かわいく振る舞っていたんだって、みどりちゃんはアイスを食べながら話してくれた。たいへんだったね、そう言ったらみどりちゃんは頷いた。
「でも、好きだったから。あたしは本当に先輩が好きだったから」
だからいいんだと、みどりちゃんは吹っ切ったような顔を作った。痛々しくてりりしくてかわいくて、大好きで、私は黙って頷くことしかできなかった。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。