先日、日本舞踊のお稽古場での浴衣浚い会が行われました。
今回、その本番が、自分が別に出演する演劇公演の本番と近く、その演劇公演の稽古拘束時間が長かったために、浴衣浚い本番が近い時期に、日舞の稽古にはほとんど参加出来ませんでした。
最後のお稽古に行って、それから2週間以上も間が空いてからの本番ですから、ほとんどぶっつけ本番です。
本番当日、お稽古場の他のお弟子さん達の話を聞いていると、身内だけの稽古場内公演とは言え、人前で踊ることに対して、目標を定めている人が多かったです。
女の子の踊りを踊る人であれば、若さ、可愛らしさを出すことを目標にしたり、荒々しい踊りを踊る人であれば、とにかくパワーを見せることを目標にしたり等といったことですが、中でも聞いていて面白いなと思ったのは「間違いを3回までにおさめる」という目標でした。
もちろん、間違いは一度もないに越したことはありません。
しかしながら、何が何でも絶対に間違えないことを目標にしてしまうと、その目標によって自分を緊張させてしまい、その緊張がミスに繋がってしまうこともあり得ます。
また、完璧にやろうという意識を最初に強く持ってしまったばかりに、本番中で些細なミスをしたことでその完璧性が崩れ、動揺したばかりに全体が駄目になってしまうことだってあり得ます。
だからこそ、敢えて3回まではミスを許すことで、自らの緊張を解き放とうという発想には、成る程と思いました。
かく言う酒井は、その考えを受けたことが一因となったのかもしれませんが、“諦めの境地”で本番に挑んでみました。
あまり良いことではないかもしれませんが、
「どうせ今回は稽古出来ていないし、お客さんも身内だけでお金払っているわけじゃないんだから、上手く踊れなくても、何回間違えてもいいや。」
と思って踊りました。
結果、自覚症状としては、ノーミスで踊れました。
「上手く踊りたい!」「間違えたくない!」「評価されたい!」という余計な思考や緊張がなかったためなのか、曲が凄く身体に入ってきて、その曲に合わせて体か自然に動いていく様な感覚でした。
よくお芝居において、俳優は役に身体を明け渡すなどと言いますが、踊りにおいては、曲に身体を明け渡せた状態がベストなのかな…と思ったりしました。
小さい子どもの踊りが、技術的には当然未成熟なのに、見ていて面白いのは、余計なことを考えずに純粋な気持ちで踊っているからなどと言われます。
大人になったら、余計なことを考えるなと言っても難しいのですが、“諦めの境地”で挑むことは、意外とやりやすいかもしれませんね。
次回は、「録画」(古典芸能)をテーマにしたコラムをお届けします。